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三日が過ぎた。
レンの検査も終わり、彼らは無事に退院……とはいかない。
てっきりこれで退院できるものと思っていたレン達は既にセリカの用意した服に着替えている。
この時とばかりに気合いを入れて用意したのだろうか。見事に着飾った五人に彼女はご満悦の様子だ。
なのに彼らにここで待機しているように言ったゼノンが帰って来ない。既に待機が言われて一時間が過ぎようとしている。さすがに痺れを切らしかけたレンが腰を上げようとした時、険しい顔をしたゼノンが戻って来た。
「遅くなってすまない。よしよし、みんな揃っているな。本来ならこのまま退院なのだが、その前に見ておいてほしいものがある」
「中将、なんスか? それ」
「君達の検査結果だ。ああ、勘違いしないでくれ。君達はすこぶる健康で、変な病気の類は検出されなかった。しかしな、こちらとしても驚くべき事があったのだよ。その事についてはスバル君。君の口から説明して貰いたい」
ゼノンが指名したのはスバル。レンは首を傾げ、エリオとキャロは顔を見合わせている。ただティアナだけがこれから何が起こるのかを察知したようだ。心配そうにスバルの肩に手を置くが、スバルはそれにただ頷いて見せるだけ。そして一歩前に出た。
「……後戻りはできんぞ?」
「分かってます。でも、やっぱりちゃんと言っておかなくちゃならない事ですから」
ゼノンもまた彼女を心配するように語りかけた。だがスバルの決意は固い。検査結果の書類を受け取ると自分で封を開き、そこから一枚の写真を取りだした。何の変哲もないレントゲン写真だ。スバルの名前があることから彼女のレントゲン写真だろう。しかしそれをまじまじと見たレン達があっと声を上げた。
レントゲンに映っていたのは体の中にあるフレームの数々。内臓器官はあるものの、骨格や至る所が人工物になっていたのだ。何度見返しても、その写真が変わる事は無い。声も出せないレン達にスバルが事情を説明し始める。
スバル・ナカジマ。別名、戦闘機人タイプゼロ・セカンド。ミッドチルダで研究されていた人と機械の融合技術。そのプロトタイプが彼女である。エリオとキャロは勿論初耳。長い付き合いのレンですら知り得なかった事実。まさかスバルが戦闘機人、あのナンバーズと同じ存在だとは思いも寄らなかった。
「セカンドって事はもしかして……」
「そうだよ。レン兄の予想通りギン姉も戦闘機人。タイプゼロ・ファーストになるんだ」
「……その様子だとティアナと母さんは知ってたみたいだな」
「一応検査結果には目を通しましたから。それでスバルさんには確認も取り、あらかたの事情は把握したつもりです」
「すみません……。スバルに黙っているように言ったのはあたしなんです」
ポツリとティアナが呟いた。しかしそれを庇う様にスバルも言葉をまくしたてる。
「で、でも! ティアはあたしを心配してくれて! 変な誤解とか生まないように黙ってろって言ってくれたんだよ!? だからティアが悪いんじゃないんだ。あたしがもっと早く言ってれば……」
「スバル! どんな形でもみんなに黙ってろって言ったのはあたし。だからあんたがとやかく言う事じゃないの!」
「でも!」
「でもじゃない!」
終いには言い合いが始まってしまった。おろおろするエリオとキャロ。セリカとゼノンも何と言って良いか分からずに困っている。レンは顎を撫でてしきりに何かを考えている。しかしおもむろに顔を上げると二人を呼び、自分の前に立たせた。
何を言われるかとスバルとティアナはビクビクし、身を縮ませている。そしてレンの肩を動いた瞬間、二人はぎゅっと目を瞑った。
「お前ら、覚悟しろよ?」
「え?」
「は?」
ぱち―――んっ!!
良い音が部屋中に響き渡った。
「お、お、おおお……」
「レン兄ぃ痛い!! デコピン痛い!!
「ははははっ! そりゃそうだ。俺も会心の一発だったからな」
うずくまり声を出す事もできないティアナと、同じ様に腰を屈めボロボロと大粒の涙を流しながら赤くなった額をさするスバル。レンはその姿に笑い声を上げながら「悪い悪い」と全く心のこもっていない謝罪で返していた。だが二人と同じ目線に屈み、不意に真剣な顔になる。
「正直に言うとな? スバル、俺には話して欲しかったな。それこそこの中じゃ一番付き合い長いんだし」
「うっ。だって……気持ち悪いじゃん。機械の体なんて知られたくなかったんだもん。お、女の子は体の事で色々悩むものなのデス」
「今更何言ってんだ。……まぁいいや。二人で良かれと思っての事だったんだろ? それに俺も勝手に居なくなった事もある手前、偉そうな事言えないしな。な・ん・で、さっきのデコピンで二人ともチャラにしよう。安心しろ。スバルはスバル。それは俺もエリオもキャロも分かってる。機械の体だろうと何だろうと変わりはしないさ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。だから気にすんな。な?」
ぱあっとスバルの顔が一気に花開いた。そして全身のバネを使いレンの胸に飛び込んでくる。またこのパターンかよと辟易するが、子犬の様に身をすり寄せてくる彼女を見ている内にまぁ良いかとレンは諦めた。そして復活したティアナもそんなスバルの様子に安堵し、エリオとキャロと一緒になって笑っている。
ゼノンとセリカもほっと胸を撫で下ろしていた。
「レン君、今日ここでカミングアウトする事を決めたのはスバルさんなんですよ。その意味、ちゃんと理解してあげて下さいね?」
「分かってるよ。むしろ礼を言いたいのは俺の方だって。俺達はスバルと一緒に居た時間が長いから気にしないけど、母さん達は会ったばかりだ。それでもスバルを受け入れてくれた事、感謝してる」
「何を言っているんです。貴方にそんなに懐いている子を親の私が受け入れないわけないでしょう。それに出会ってまだ一週間にも満たないですが、中将も私もスバルさんが良い子なのは分かります。驚きこそすれ、無碍に扱う事はしませんよ」
表情を変える事は無いが、それが本心であろう事はレンが一番分かっている。昔から細かい事は気にしない母親だった。しかし躾は厳しい。矛盾しているようだが、それはセリカの中で一定の基準があり、それに彼女が従っているからだ。
今回はそれに救われたと思った方が良いだろう。今も腰にしがみつき、相変わらずニヤニヤとしている妹分が幸せそうならそれで良い。
「さて、それでは行くとしようか」
『はーいっ!!』
ゼノンが先に立ち、スバル、エリオ、キャロがそれに続く。その年齢差を考えれば仲の良いおじいちゃんと孫達だ。レンとティアナも互いに苦笑しながらそれに続き、最後にセリカが部屋を出た。
外に待っていたのは二台の車。ゼノンとセリカの個人車だ。流石にこの人数となると一台ではちと厳しい。そしてセリカの車にはキャロが最も心待ちにしていた友達の姿もある。
「フリード!!」
「キュクゥ!!」
フリードもずっとキャロに会いたかったのだろう。ドアが開くと真っ先にキャロの胸に飛び込んできた。
彼女もそれをしっかりと抱き止め、しきりに頬をすり寄せている。しかしレン達は慌ててそれを囲むように隠した。フリードは翼竜。この世界には存在しない生物。どこで誰が見ているか分からない以上、それは必然的な行為である。
さていよいよ乗車な訳だがレンはセリカの車に乗る事が決まっている為、後はフォワード達。じゃんけんでそれぞれが乗る車が決定した。セリカの車にはエリオとキャロ。ゼノンの車にはスバルとティアナ。
それぞれ乗り込み、いざ出発。ちなみにレン達は何処に行くかを知らされていない。ドライバーの二人とも秘密だと言って明かしてくれないのだ。
流れる風景。エリオとキャロはどちらも見慣れぬ景色に目を奪われている。とは言え、街並みはミッドとあまり変わらない。人の営みは世界を越えたとて文化形態が似ている以上それは仕方の無い事と言えた。
つまるところ、一種の旅行気分に近いのかもしれない。レンが目を覚ました夜の不安も今の二人からは感じられず、人知れずレンは安堵の息を漏らしていた。
そしてセリカの車の前方を走るゼノンの車中でもそれは似た様な物。後部座席に座ったスバルが歓声を上げ、ティアナにたしなめられるいつもの光景が広がっていた。
「平和だろう? 四年前までは考えられなかった光景だ」
サングラスをかけたナイスミドルが後部座席の不意に二人に話しかける。慌てて姿勢を正す二人だが、ゼノンは気にもしない。ミッドも夏だったが、こちらも夏真っ盛り。だからだろうか。アロハシャツとハーフパンツ姿のゼノンに二人は襟を正す事はすれども、一度近づいた距離を離す事は無かった。
「レンさんが……、Spiritsが守った世界なんですよね」
「マークさんやマリアさん。シュテル姉達が懸命に守った世界……。本当に凄いと思います」
そこまで言って二人は思いだした。何度も戦ったファントムペインの事を。そしてキール・アルド。レンのライバルとして立ちはだかった男の事を。彼もまたSpiritsの一人だ。更に言えば目の前にいるアロハシャツの男はその祖父。そう思うとなんとも言えない複雑な気分にかられる。
「うちの馬鹿孫がそちらで随分と迷惑をかけたようだ。いや、もしかしたら今もかけているかもしれない。それについては謝罪する。儂が言ってどうにかなるものでもないのだが、すまなかった」
バックミラーに映るゼノンの目はサングラスに隠れて見えない。だがきっと悲しい目をしているに違いないと二人は思う。分かっている。彼には彼の事情があったのだ。それが許される物か、そうでないかは別にして彼の事情は理解しているつもりだ。
「お孫さん……。キール・アルドは強かったです。私やスバルが束になってもあの人には敵いませんでした。って言っても直接ぶつかったのは私達の初任務の時だけなんですけどね。後はずっとレンさんとぶつかっていましたから」
本当だ。ティアナとスバルが直接キールと対峙したのは初任務のリニアレールの上だけ。その後のホテル・アグスタも、地下水路でも、地上本部襲撃でも、六課襲撃でも、ティアナとスバルはキールと対峙していない。彼の矛先はいつもレンにあった。それにあれから訓練を重ねても、M-Systemの力を得ても、単機で再びキールと対峙したとなれば、状況は良くて五分五分が限界だろうというのがティアナの分析だ。
「そうか。やっぱりあいつはレンに固執していたんだな。まったく、レンをライバル視するのは昔から変わらんよ」
「レンさんとキール……さんってそんな昔からライバルなんですか?」
「そりゃあもう。レンがモビルスーツの訓練を受けている事に興味を持ったらしくてな。自分も連れて行けと大層ねだられたもんだよ。キールも両親を……、儂の娘とその夫なんだがその二人を戦争で亡くしていてな。歳も同じという事で尚更興味を持ったらしい。当時は儂もモビルスーツに乗っておったし、キールの為になるかもしれんと会わせてみたんだが……」
車が赤信号で止まる。横断歩道をエリオやキャロよりももっと幼い子供達が駆けて行った。無邪気に笑いながら、勢いよく通り過ぎていく。レンとキールにもあの様な時代があったのだろか。考えてみれば当然かとティアナとスバルはそれぞれに二人の幼少期を想像する。しかしゼノンはハンドルに体を預けて大きな溜息をついた。
「あの二人、出会って早々取っ組み合いの大喧嘩を始めちまったんだ」
「……は?」
「え? ちょっと何で……ですか?」
「なんかムカついたから。そんな理由らしい」
ティアナとスバルは顔を見合わせる。きっとそれなりに仲の良い幼少期を想像していた二人にとってそれはベクトルのまったく違う言葉だった。むしろそんな理由でと言いたいのが顔にありありと出ている。ゼノンだって同じだ。当時の事を思い出すと頭が痛い。良かれと思って孫を連れて来てみれば出会って早々の取っ組み合い。理由も理由になっていない。一体何故そうなったのかは十年以上経った今でも理解に苦しむ。
信号が青になった。アクセルを踏み、車が動きだす。ゼノンの口も動きだす。
「それからはもう、お互いがお互いモビルスーツの操縦技術を罵り合いながら覚えていったよ。やれ自分の方が上手いだの、やれ今日のシミュレーターの得点は自分の方が高いだの、そんな事の繰り返しだったなぁ」
「なんていうか……、男の子って感じですね」
「うんうん。良いなぁ。羨ましいなぁ。あたしはそういうの無かったからなぁ」
「何言ってんの。ギンガさんが言ってたじゃない。アンタは昔引っ込み思案でシューティングアーツをちゃんと覚えなかったって」
「うっ……、それはまぁ、そうなんだけどさ~。でもやっぱり憧れちゃうもんだよ。レン兄とキールさんみたいに気軽にポンポンそんな事言いながら一つの目標に向かうってさ」
スバルの言っている事はティアナにも理解できる。正直彼女にもそういう経験が無いからだ。一人で黙々と訓練するのも良いだろう。いや、実際ティアナはそうだった。それを変えたのは隣で笑っている少女と、レンだ。が、なんとなく癪に障る。だから取りあえずティアナはスバルの頬を引っ張っておいた。
「痛い痛い! なんで引っ張るの~?」
「ふん! 意味なんて無いわよ!」
「何それ!? 酷い!!」
「はははっ! 君達は本当に仲が良いなぁ。まったくレンとキールにも見習わせたいくらいだよ!」
ゼノンに釣られてスバルも笑う。ティアナも頬を少し染めながら窓の外を見ていた。
そして一方のセリカの車では……。
「ヤダ。もう恥ずかしいからやめてくれよ。むしろやめて下さいお母様」
レンが両手で顔を隠し小さくなっていた。頭にフリードを乗せて。
こちらでも話はレンの幼い頃の話。内容はゼノンが語っていた事と大差は無い。だが話しているのはセリカだ。ゼノンよりも更に詳細に伝わっている。
「何を言っているんですか。え~っと、それでですね、そんな事ばかりしているからいつも揃って私にお説教をされていたんですよ。エリオ君やキャロさんと同じくらいになってもこの子は聞き分けが悪くて、手を焼いたものです。それにキール君にシミュレーター訓練で負けた夜なんかは半分泣きながら居残りで訓練していたんですよ」
「ほんともうマジで止めてくんない!? 俺の先輩としての威厳無くなっちゃうよ!!」
「あったんですか?」
「え? あ、あるよな……? って二人とも何で目逸らすの? え? マジ? 俺って威厳ゼロ?」
『そ、そんなことないですよー』
「うわ~、微妙にハモってるよこの二人。フリードも人の頭に乗るな」
「レン君。後でお説教♪ エリオ君とキャロさんはもう少し詳しく教えて下さいね♪」
『はーい』
「俺に味方はいないのか……。フリードもいい加減降りてくれ」
「キュワ?」
まるで「何故?」と言わんばかりのフリード。久々の定位置でご満悦のようだ。
そして車は郊外を外れ、大きな門を潜る。
そこは地球連邦極東支部。
ゼノンが治める地球連邦の基地だった。
2
パンッ! パンッパンッ!!
『ようこそ極東支部へ!!』
『……は?』
鳴り響くクラッカー。テーブルに並ぶ料理の数々。そして一斉にかけられた歓迎の言葉と笑顔。
それらは全てモビルスーツの格納庫にあった。
しかしついていけないレン達は間抜けな声を出して呆然とするばかり。
え? 何やっちゃってんの? つーかコレ何? 何のドッキリ?
目だけで会話をするレン達の前にしてやったりとした顔のゼノンとセリカが歩み出た。
「はっはっはっ! 驚いて声も出ないようだな! まぁそんな顔をするな。今日はお前達の歓迎会だ。飲んで食って騒いで、うちの部隊の奴らと交流を深めてくれ!」
「意味分かんねーよっ!!」
「つまりは部隊総出でレン君達のサプライズ歓迎会をしようと言うのです。どうです? 粋な計らいでしょう?」
「粋も何も……。部隊って何なんだよ。ちゃんと説明してくれ」
「部隊名Geist。Spiritsの精神を受け継ぐ新部隊です」
説明を求めたレンの前に進み出てきたのは短い金髪の少女だった。歳はティアナより少し上。なのは達と同じくらいだろうか。真面目そうな雰囲気はティアナにそっくりだ。
「君は?」
「お初にお目にかかります。私はエリス・クロード中尉。Geistのパイロットの一人です」
「あ、こいつはご丁寧に。俺は……」
真面目そうな雰囲気は確かにティアナそっくりだが、なんというか物腰はこちらの方が穏やかだ。丁寧に頭を下げられてしまい、レンも慌てて頭を下げて名乗ろうとする。しかしそれにエリスはくすくすと笑いそれを止めた。
「知ってますよレン・アマミヤ大尉。SpiritsのメンバーであのSystem-∀を破壊したパイロット。その半年後に起こった第二次ニューロ戦役でも同様に戦果を上げたエースパイロットの一人。この部隊に居て貴方を知らない人はいません」
「そいつは恐縮……ん? 大尉? 俺、少尉だったはずなんだけど……」
「馬鹿かお前は。Spiritsが姿を消して四年だ四年! いくらMIAでも長過ぎるだろう。セリカの前で言うのもあれなんだが、お前達全員二階級特進扱いだ」
「つまり、死んだと見られてたわけですね。納得……」
ゼノンの言う通りではあるがなんとも複雑な気分だ。まぁ仕方無いのかもしれない。異世界に行っていたなどと誰も考えはしないだろうとレンは自分を納得させる。
そしてそれを見て相変わらず笑っているエリス。なんだかレンも恥ずかしくなり、誤魔化すように頭を掻くしかなかった。
「さぁさぁ、色々とあるでしょうがまずは歓迎会を始めましょう。美味しい料理とお酒を飲めば自然と口も開きます。但し未成年にお酒はいけませんよ。飲んだ方も飲ませた方もそれ相応の覚悟をしておいて下さいね?」
釘を刺すセリカに会場から「え~?」とか「そんな~」とか声が上がっている。しかしどれも本当に不満には思っていない、一種はやし立てているように聞こえた。そしてそれぞれの手にグラスが渡され、ゼノンがそれを高々と掲げる。
「さぁ、歓迎会の始まりだ! 今日は大いに食って飲んで騒いでくれ!」
そしてレン達は訳も分からないまま、自分達の歓迎会に巻き込まれるのであった。
◆
「よぅレン・アマミヤ殿。俺と一杯やらないかい?」
早速レンに絡んでくる男がいた。両手に持ったビールジョッキの一つをレンに差し出してくる。レンもそれを受け取り、まずは乾杯。二人でビールを仰ぐとその中身はそれだけで半分になった。
「っぷは~! やっぱビールはこうでなくっちゃな! キンキンに冷えて頭にくらぁ!!」
「ああ! 本当に美味いや。それでおたくは一体どちら様?」
「おっとこいつは失敬。俺はビリー・ブレイズ。さっきのエリスと同じくGeistでパイロットやってんだ。よろしくな! 英雄殿!」
バシバシとレンの背中を叩くビリー・ブレイズ。その髪はブレイズの名が示す通り、炎の様な赤だ。歳もレンに近いのだろうか。酒を飲んでいると言う事は同じかそれ以上なのだろう。
豪快に背中を叩かれた衝撃に少しむせたレンだったが、やんわりとその手を退かせて苦笑いを浮かべる。
馴れ馴れしい、とは思わない。基本的にあまり気にする性質でもないというのもあるが、物怖じしないビリーの性格には好感が持てる。しかし英雄、と呼ばれるのは少々頂けない。
「英雄は止めてくれよ。俺一人の力じゃないんだからさ」
「謙遜すんな。実際、あんた達Spiritsの活躍でこの世界は救われたんだ。もっと胸張って良いんだぜ?」
「って言ってもなぁ。とにかく英雄は止めてくれ。レンで良いよ」
「なら俺もビリーで良いぜ。こうして酒を飲めば俺達はもうダチだ! 遠慮なんかしなくて良いからな!」
そう言って豪快に笑うビリー。レンも声を出してはいないが口元には笑みが浮かんでいる。
別に遠慮なんかしたつもりはないが、そんなのは関係ないらしい。二人はもう一度ジョッキを豪快にぶつけ合い、一気にそれをあおる。中身はもう既に空になっていた。
「いよぉし! 酒も無くなった事だし、取りに行くついでにGeistのパイロット達を紹介してやるよ!」
「そうだな。それじゃよろしく頼むよ」
「任せとけ!」
ニッと笑い歩きだすビリーの後ろをレンも続く。周りはまだ序盤だというのに大盛況だ。
料理をつまむ者、酒を飲む者、誰もが笑顔で楽しそうに過ごしている。それがレンには眩しく見えた。
眩し過ぎて、自分が本当は何処にいるのかを忘れてしまいそうになる。
まだ戦っている仲間がいると言うのに……。
「おいレン、大丈夫か? なんかぼ~っとしちまってよぉ」
「あ、ああ。スマンスマン」
ビリーが差し出すビールジョッキを受け取り、なんとか平静を保つ。ふと、ビリーの隣に見慣れぬ少女がいる事に気付いた。褐色肌にサイドテール。キラキラとした眼差しを向けられ、少しだけレンはたじろいてしまう。
「き、君は?」
「れ、レイチェル・ランサムって言います! お、お会いできて光栄です!」
「ああ、まぁそう固くならなくて良いから。え~っと、レイチェル? 君もパイロットなの?」
「はいっ! 腕前はまだまだですけど……」
「そっか」
短く言葉を返す。どうにもこのキラキラした目は苦手だとレンは思う。彼女自身に悪気なんかないのだろうが、先のビリーの英雄発言といい、どうにも特別視されているようでムズ痒い。そんな事を考えていると突然歓声が上がった。何事かと視線を向けると人だかりができている。三人は顔を見合わせるとその人だかりの中に入って行った。
「おかわり~! じゃんじゃん持ってきて!!」
「なんとぉー!? こっちもおかわり!」
『……何をしてるんだ。あいつは』
「あははは~……」
そこに居たのはいつの間にかスバルだった。その隣には黒髪の少女がいる。レンとビリーは同じ言葉を発して肩を落とし、レイチェルは笑って誤魔化していた。
そしてそんな三人に気付いたのだろう。エリスとティアナが寄って来る。
「ティアナ、あいつは何をやってるんだ?」
「エリスも教えてくれよ。何でいつの間にか大食い対決みたいになってんだ?」
「みたい、じゃなくて本当に大食い対決になってるのよ。あの二人、出会い頭に何か通じる物があったみたいですぐに意気投合。そして気がついてみれば大食い大会。クレアのノリの良さには正直呆れを通り越して尊敬してしまうわ」
どうやらエリスもこの光景には辟易しているらしい。隣でティアナも親友が繰り広げる馬鹿騒ぎに顔を赤くしていた。そんな彼女の談によればスバルの隣に居るのはクレア・ヒースロー。ビリー達と同じくGeistのパイロットなのらしい。パイロットの能力としてはあまり高くないらしいのだが、持ち前の勘の良さと時折見せる才能の片鱗はGeistでも随一だとエリスが付け加えた。
「クレアもGeistだと言うのをもう少し自覚して欲しいんだけどね」
「まぁまぁそう言うなさんな。真面目過ぎるのはお前の悪い癖だぜエリス」
どうやらエリスはエリスで気苦労が多いらしい。レンとティアナは苦笑するしかない。どうにも発足当初の機動六課を思い出してしまうからだ。しかしこれで教えられたパイロットは四人。これで全てかと尋ねたレンだったがエリスは首を振りある一点を指さす。
途端にレンの表情が硬くなった。
そこに居た女性がそれに気付き、こちらに歩いてくる。視線はずっとレンを見ている。レンも目を逸らさずに女性を見据えた。一見すれば男性にも見える。しかしそれは服装の所為だ。彼女が着ているのは男性用の貴族服。つまり男装の麗人である。
「久しぶりだな。レン・アマミヤ」
「ああ、本当に久しぶりだ。元気そうで何よりだよエルフリーデ」
「ふん。……ここは少々騒がしいな。少し付き合え」
「そうだな。悪いビリー、少しの間席を外すよ。ティアナ達の事を頼む」
「お、おお」
何やら二人の間に重苦しい空気が流れている。それはビリーだけではなく、二人を見るティアナ達にも分かる程だ。スバルとクレアの大食い大会で沸き立つ周りとは違い、そこだけが妙に冷え切った空気になる。そして連れだって居なくなるレンとエルフリーデと呼ばれた女性。残されたティアナ達は首を傾げるより他なかった。
「え? エルフリーデさんってレンさんと顔見知りだったの?」
「い、いや、俺に言われても分かんねーよ。エリスは何か知らないのか?」
「私にも何が何だか……。ティアナさんは?」
「あたしに聞くのもどうかと思うけどね。そもそもレンさんってこっちの世界の事あまり話さなかったから。マリアさんやマークさんなら何か知ってると思うんだけど……。ごめんなさい」
「あ、ティアナさんが謝る事じゃないのよ? でもあんなエルフリーデ、初めて見たわ」
「うん。あんなに怖い顔見た事ないよ」
エリスとレイチェルが顔を見合わせる。ティアナにしてみてもレンにあれだけの敵意を向けている人間は見た事が無い。ファントムペインだってあそこまでの敵意は見せなかった。それにエリス達が言うにはエルフリーデという女性は確かに固い所もあるが、あそこまで誰かに敵意を向ける事は無いという。だから余計に仲間達には動揺が広がっていた。
「……見に行くか」
「ビリー!?」
「だってよ! あんなのなんかおかしいってエリスだって思うだろ? っていうか、あの様子だと顔見知りみたいだし、絶対何かあるぜ?」
「お止めなさい。あれはレンがSpiritsであるが故の問題。私達が入り込む問題では無いのです」
全員が振り返った。そこにはエリオとキャロと手を繋いだセリカがいる。どうやら最年少二人の保護者的立場で歓迎会を楽しんでいたようだが、彼女は飛び出そうとするビリーにぴしゃりと言い放った。
だがそれでビリーも納得する筈が無い。説明を求める彼だがセリカは答えを口にしようとはしなかった。
まずは当人達で話させろ。無言でそれを語り、次第にビリーも渋々それを承諾する。
仕方なく二人が帰って来るまで待つしかない。再び人の輪の中に入って行くビリー達。
しかしティアナは一度振り返り、見えなくなったレンの事を思っていた。
◆
格納庫から出たレンとエルフリーデ。
言葉は無く、晴れた空の下壁に寄りかかる。
いつまでそうしていただろうか。レンが漸く口を開いた。
「Geistか。Spiritsの精神を受け継ぐ新部隊って話だけど?」
「ああ。お前達Spiritsが疑似体験した事で得られたデータを有効活用する為に作られた部隊だ。ニューロは消えたが世界はまだ混乱の中にいる。肥大化した軍事力を今度は人が使う時代でもあるからな。Geistはその為の抑止力として結成されたのだ」
「なるほどね。俺達がニューロから地球を守っていたのに対して、Geistは人から地球を守るってわけか」
「そういう事だ。私も今はGeistでパイロットをやっている」
「やっぱりな」
短い言葉と共にレンは目を伏せた。エルフリーデも決して目を合わせずに遠くを見ている。
会話が続かない。お互い何かを言いたそうにしてはいるが言葉が出てこないという感じだ。
だが何時までもこうしてはいられないと思ったのだろうか。今度はエルフリーデが口を開いた。
「私は、お前が嫌いだ」
「知ってるよ」
「私は今でもお前がSpiritsに選ばれた事を認めてはいない。まして英雄などと……。本来ならその位置には」
「お前の兄貴がいるべきだった。そうだろ? エル」
「……っ! 私をその名で呼ぶな! その名を呼んで良いのは兄上だけだ!」
「はいはい。そうだったな」
顔を真っ赤にして怒るエルフリーデ。しかしレンは対して気にもしていない。
だが彼女は気が収まらないのだろう。口には出さないが、しっかりとその目はレンを睨みつけている。
大層嫌われたものだと、レンは深く溜息をついた。
「それで? あの人の具合はどうなんだ?」
「む……。あまり芳しくは無いな。戦争が終わり、気が抜けたのだろう。今まで気持ちを張り詰める事で病気の進行を留めていたのだが、ここ最近は寝ている時間が多くなったらしい。私もここ半年程会っていないのだがな」
「そっか。皮肉なモンだな」
長きに渡る戦争は人々を疲弊させる。しかし逆に死んでなるものかと気持ちを奮いたたせることもある。
エルフリーデの兄は後者だった。病魔に侵されながらもそれを気持ちで抑えつける事のできる強い人だったのをレンは思いだす。しかし戦争は長過ぎたのだ。それをバネに生きてきた者にとって、その時代しか知らぬ者にとって突然訪れた平和は安心と共に、心の空白を生んでしまう。
だからこその皮肉。平和を望んでいたのにいざ平和になれば心の支えを失ってしまうなど、皮肉としか言いようがない。
「仕方あるまい。兄上にとって戦いで戦果を上げ、名誉を得る事が全てだったのだ。そのチャンスをお前なんかに奪われ、挙句の果ては病床に伏せるなどあの人にとっては屈辱の極みだったに違いない。故に緊張の糸が切れ、病気が進行した。そういう事だ」
「間接的に俺が悪いって言いたいのね」
「勘違いするな。直接的に、だ」
「そんな事言われてもなぁ」
もう何度も彼女と交わした言葉だ。レンがSpiritsに選ばれた事でシュルツ家に泥が塗られたと思っている彼女にはそれが許せない。家を大事に思うのは分かるがそれは逆恨みというものだ。しかし彼女にとって家と名誉は何よりも優先すべき事。だから彼女にはレンを許す事ができない。レンもそれは重々承知している。
結局、逆恨みという事実は変わらないのだけど。
「まぁ良い。私もこの四年で腕を上げた。もうお前に遅れを取る事は無い。お前より戦果を上げる事で兄上の無念を晴らす事をここに宣言しよう!」
「ちょっと待てエル! 前提がおかしいぞ! なんで俺が復隊する事で話が進んでんだ?」
「む? 違うのか? よもや私に恐れをなして逃げるなどとは言わないだろうな?」
「逃げるつもりはねぇよ。でもな、俺にはまだやる事があるんだ! ここで悠長にしてる暇なんてねぇんだよ。一刻も早く仲間の、マークさん達の所に戻る必要があるんだよ!」
「マーク殿の名を出すか。卑怯者め」
「だーかーらー!」
埒が明かない。どうやら彼女にはレンの事情など全く関係が無いらしい事にレンの頭が痛くなる。
ここで全部話してしまった方が良いのかもしれないが、それはそれでややこしくなりそうだ。
ますます頭痛が酷くなる気がするレンだったが、エルフリーデは優位に立てた事で機嫌が良くなったらしい。
そして話は済んだとばかりに立ち去ろうとする始末だ。
「そうだ。貴様、また私をエルと呼んだな?」
「弾みだ。許せよ」
「いいや許さん。歯を食いしばれ!」
思いだした様にエルフリーデが振り返ると拳を上げた。だがレンはそれをひょいと避ける。
これでもミッドチルダで何度も生身の戦闘をしてきたのだ。当たってやるわけにはいかない。
「何故避ける」
「いや、当たったら痛いし。ってか当たりにいく馬鹿もいねぇだろ。マゾじゃあるまいし」
「問答無用! 良いから殴らせろ!」
「御免被る!」
また飛んでくる拳を避け続ける。それでも諦めないエルフリーデだったが、いい加減当たらないのにうんざりしたのか、肩をいからせて戻って行った。
そして一人ポツンとレンだけが取り残される。彼はそのまま壁に寄り添い、ペタリと地面に座りこんだ。
どうにも厄介な事になりそうだ。
ゼノンとセリカには事情を話してあるものの、この分だと周りはレンが復帰すると思っているに違いない。勿論必要ならば協力するつもりだ。しかしそれはあくまでミッドに帰るまでの一時的なものに過ぎない。過度な期待をされても逆に身動きが取れなくなるだけだ。
「どうしたもんかねぇ……」
その問いに答える者は誰も居なかった。