魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第41話 手段選ばず

1

 

 

 

 部屋のざわつきが一気に大きくなる。

 しかしクロスミラージュを構えたティアナはそれに動じることなく、銃口をゼノンに向けたまま。

 そしてティアナを守る様に立つスバル達の中にはセリカの姿もある為、扉の入り口に集まったエリス達に動揺が広がっていく。

 昨日まで一緒に笑いあっていた少女達が一体何故? それにセリカも一緒になっているのは何故?

 

「ティアナさん! 今すぐその銃を降ろして下さい! 隊長も何をしているんですか!? すぐにティアナさんを止めて下さい!」

「……黙ってそこで見ていて下さい。真実は後で分かりますから」

「そんな言葉で納得できるかよ!」

 

 エリスの説得を切り捨てたセリカ。しかしビリーが言う通り納得できるものではないだろう。セリカの言葉は事実として足りなく、意味が分からない。そして本来彼女達をまとめるべき人物がそこにいない事に苛立ちを募らせる。

 

「レンさんは何処にいったんですか!? 誰かレンさんを連れて来て下さい! あの人なら……」

「無理ですよレイチェルさん」

「エリオ君?」

「レンさんはもうここにはいません」

「どういう……こと?」

「それを知る為に僕らはここにいるんです」

 

 エリオの表情は厳しくもどこか悲しそうだった。彼もまたこの様な行為に出た事をあまり快く思っていないのではないか。レイチェルの心が大きく揺れ動く。

 苛立ち、疑念、困惑、悲しみ。

 部屋中に立ちこめる様々な人の感情に彼女は眩暈を覚えた。世界がぐるぐる回り、吐き気がする。そしてぐらりと体が揺らいだ所をクレアが受け止めた。

 

「大丈夫?」

「うっ……。気持ち悪い……」

「あたしもだよ。なんか凄く嫌な感じ」

 

 そう言うクレアの顔も真っ青になっていた。彼女もまたこの場の空気を敏感に感じ取っていたからだ。

 それでもなお平静を保ち続けているのは何故か。もしかしたら普段の道化っぷりは……と思いつつもレイチェルは考えるのをやめた。そんな事を考えても仕方ないし意味が無い。それにそんな余裕も無い。

 そしてもう一人、この場の空気に当てられている人物がいる。

 エリス・クロードはそれでもなんとか踏みとどまっていた。クレアと同じく顔は青く、レイチェルと同じく吐き気が襲っている。しかし彼女は意地でも倒れる事はすまいとこの場の成り行きを見守っていた。

 レンがここにはいないというエリオの言葉。ティアナも似た様な事を言っていた。そして彼女はゼノンに銃を向けている。

 その意味する所、それを見届けるまで彼女は倒れる訳にはいかなかった。

 

「レンは自らここを出て行ったのだ。それを無駄にするつもりか?」

 

 グラッと来た。眩暈が酷くなり、エリスもまた倒れそうになってしまった。

 レンが自らここを出て行った? 意味が分からない。

 

「中将! どういう事ですか!? 私達にも分かるように説明して下さい!」

 

 遂にエリスも声を上げた。なんの意味も分からず、分かっているのはきっと当人達だけ。

 このまま蚊帳の外にいるのはもううんざりだと彼女は声を張り上げる。周りもそうだ。たった二週間ほどの付き合いだが、ティアナ達が何の意味も無くこんな事をする人間には思えない。何よりも自分達の隊長までもがそんな彼女達と共にいる。そこにはきっと意味があるはずだ。その意味をもしもゼノンが知っているなら教えてほしい。それは彼女の、この場にいる全員の願いでもあった。

 そしてゼノンが瞳を閉じる事、数秒。重い何かを吐きだすかの様に彼の口が開く。

 

「昨日、レンに連邦諜報部からの出頭要請が来た。ニューロとの共闘に関する事。そして彼の四年に及ぶ空白の事情聴取だ。レンはそれに応じ、夜の間に秘密裏に護送されたのだよ」

「表向きは、ですよね。白々しい理由は良いから本当の事を言いましょうよ」

「……正直こんなに早く気付かれるとは思わなかったよ。確かに君達に語るのが私の役目だ。さてティアナ君。君はどこまで知っている?」

「勘違いしないで下さい。聞いているのは私です。答えるのは貴方だ」

 

 なおも詰め寄るティアナだが、ゼノンは眉一つ動かさない。しかし沈黙は無意味と悟ったのか、再び彼は語りだす。

 

「全ては“神”と謁見しその力を手に入れる為。本来であれば君達も護送の対象になっていたのだが、私の目の前にいるという事はどうやら君達の捕獲は失敗に終わったという事だ」

「はい。私達には頼りになる相棒がいます。デバイス達が危険を教えてくれました。でも今のレンさんにはそれが欠けている。私達はレンさんを……守れなかった」

 

 ズキリと痛みが走った。きつく噛み締めた唇からつぅっと紅い血が流れる。

 そして流れるのは血だけに非ず。怒りに染まる双眸から滴が彼女の頬を伝い落ちた。

 

「あの人はいっつもそう。普段はなんだかんだで頼ってくれても、本当に大事な最後の一線は自分でなんとかしようとするんです。ええそうですとも。あの人から見たらあたし達なんてまだまだなんでしょうし? あたし達が出て行った所で何も変わらないかもしれない。でもね、だったらあたし達は何の為にいるんだって話ですよ! 自ら行った? はっ! 大きなお世話です。誰がそんな事頼みました? 勝手に一人で決めて大人ぶって! 残された方の身にもなってみろってんだ! だからね、あたし達はさっさとあの人を助け出して一発ぶん殴ってやんないと気が済まないんですよ!!」

 

 一気に思いの丈をまくしたてるティアナは、ゼノンですら若干身を引いてしまうほどの凄身があった。

 そしてそれを聞いていたエリス達も目が点になっている。

 レンが何を思って一人で行ってしまったのか。当然、それはミッドでのキール達の件が尾を引いているのは間違いない。彼は自分達がキール達の二の舞になる事を避けようとしたのだとティアナ達は考えている。全くどこの世界でも考える事は一緒かと、反吐が出る思いだ。しかしだからと言ってレン一人が行って良い理由にはならない。例えそれが最善の一手であったとしても、残されたティアナ達はたまったもんではないのだから。

 守られるだけはもう御免だ。だから今度はこっちから打って出る。その為に一刻も早くゼノンから情報を聞きだしたいというティアナの強い思い。

 少女とは思えぬ気迫にゼノンの頬を冷たい汗が伝う。

 

「私がそう簡単に教えると思うかね?」

 

 それは精一杯の抵抗と呼ぶにはあまりに陳腐な返し。あくまで教えないつもりなのか。

 呆れたとばかりにティアナは溜息を吐く。そして。

 

「うだうだいつまでもうるさい!!」

 

 一喝を浴びせた。

 その剣幕に誰もが言葉を失くす。スバル達も、セリカも、エリス達も。

 ゼノンも。

 

「潮時か。確かにこれ以上はゼノン・ティーゲルという人間を辱め、侮辱するだけだな」

 

 椅子に深く腰掛け、ゼノンは天井を仰ぐ。そしてひとしきりそうした後、彼は机のPCを動かし始めた。

 画面に映し出されたのは地図。その一点を赤い光点が示している。そこがレンの連れて行かれた場所なのだろう。ゼノンはそれを見せ、ティアナに「これで満足か?」と訴える。彼女も頷く事でそれに応えた。

 

「ここにレン・アマミヤはいる。しかし私が嘘をついている可能性もある、とは考えないのかね?」

「否定はしません。普通ならその可能性は十分にあり得るでしょう。でも貴方達はこうも考えているのでしょう? ついでにあたし達も抑える事ができるなら場所の特定くらい安いもんだ、とね」

 

 ニヤリとゼノンが笑う。

 ティアナはただ睨みつけるだけ。

 

「レンさんは餌。貴方の正体がばれて、あたし達がそこに行くのも計画の範疇。そういうシナリオなんですよね?」

「全く末恐ろしい娘だ。そこまで分かっているなら私から言う事はもう無い。……もう出せる情報は無い。好きにしたまえ」

 

 覚悟を決めたかのようにゼノンは瞳を閉じる。見つめるティアナの目から一切の感情の色が消え去る。

 まるで石ころを見つめるかのようにその目には何の感慨も無い。

 エリスが、レイチェルが、クレアが、エルフリーデとビリーが。ティアナが何をしようとしているかを察して身を乗り出すがスバル達がそこから先へと通しはしない。だがそれだけはいけない。やってはいけないと彼女達は口々に声を上げる。

 しかしティアナはチラリと彼女達を一瞥した後、クロスミラージュを構え直した。

 

「最後に一つだけ」

「何だい?」

「……あまりあたし達をナメない事ね。小娘達だと思って調子に乗ってんじゃないわよ」

「……くっくっくっ。ああ、成程。確かにその通りだ。君達を子供だ小娘だと侮った結果がこれというわけだ。宜しい。合格だよティアナ・ランスター君。私は一足先にレン君の所で君達を待とう。そこで君達に今できる最大限のおもてなしをするとここに誓おうではないか」

 

 覚悟を決めたかと思えば急に笑い出し、ゼノンはティアナに呪詛の如き言葉を吐いた。ギョロリと目を見開いたその顔にエリス達の知るゼノンはいない。全く別のナニカであると思わせる変貌ぶり。

 

「だったら首を洗って待ってるといいわ」

 

 しかしティアナはそれに感情すら表わす事無く、ただ静かにクロスミラージュの引き金を引いた。

 何度も、何度も。

 

 

 

2

 

 

 

 やった。やってしまった。

 部屋中に響いた銃声にエリスの体から力が抜けていく。項垂れた彼女の視線は虚ろに染まり、クロスミラージュを仕舞ったティアナと立ちはだかるセリカ達を見つめる。

 

「隊長! ここまでする必要があったんですか!? レンが連れ去られたのは分かりました。しかしだからといって中将を撃って良い理由にはならない!」

「そうだ! 中将が裏切ったのなら身柄を拘束するだけでも良かったハズだ!」

 

 声を上げたのはエルフリーデとビリーだった。二人はエリスとは違い怒りを隠そうとしない。エリスだって本当は声を上げたいくらいだ。ゼノンはこの部隊にとってセリカと共に要とも言うべき存在。それをこうも簡単に撃って良い理由はどこにもないのだから。

 だがセリカはそれに反論しない。ただ身を引き、椅子に倒れたゼノンであったモノを見せる様にするだけ。まるで良く見ていなさいと言わんばかりの行動だ。

 それに習いスバル達も身を引く。漸くバリケードが解かれビリーが動き出そうとしている。しかしエリスはゼノンを直視することができず、下を俯いたまま。

 

「な、なんだこれ……」

 

 その時だ。ビリーの呟きが耳に入って来る。一体何を驚いているのか。エリスはゆっくりと顔を上げ、その光景に大きく目を見開いた。

 ゼノンの体中に浮かび上がる数字の羅列。びっしりとそれに覆われ、ゼノンの体がただのシルエットになり下がっていく。人の形をした何か。その中で数字は崩壊を続け体から零れ落ちていく。

 ゆっくり、ゆっくりと崩れる体はまるで波に飲まれる砂の城。

 ただそこには何も残らず、数字も、ゼノンの体も最初からそこに何も無かったかと思わせるように跡形もなく消え去っていった。

 

「どういう……こと……?」

 

 今、目の前に起こった事だというのに全く信じられないエリスの呟きだけが響く。確実に言えるのはそれが人の死に方ではないという事くらいか。

 

「今まで目の前にいたのは中将を模した“何か”であったという事ですよ」

 

 セリカが振り返る。そのままエリスの前に片膝をつくと、そっと手を差し出してきた。

 いつもの彼女の笑みがそこにある。震える手でセリカの手を取ると、彼女はエリスをゆっくりと立ち上がらせた。だがまだエリスの目から脅えが消えていないのを確認すると、セリカはそっと彼女を抱きしめる。カタカタと震えている体を優しくあやしつつ、セリカは視線をティアナ達に向ける。ティアナ達も顔を見合わせると互いに頷き合った。

 

「ここにいるメンバーに聞いてほしいことがあります」

 

 皆の注目を集めるようにティアナが声をかける。動揺が抜けないままではあったが、全員がティアナに視線を向けた。ティアナも一度全員を見渡す。

 今から彼女は一つの決断を迫らなければならない。ゼノンの事で動揺が広がる中、それはGeistにとって厳しい選択であるのは間違いないだろう。だがレンを助ける為にはGeistの力が必要だ。しかし拒否されれば事態は一気に悪化する。

 ここが一つの勝負所だとティアナは大きく息を吸い込んだ。

 

「今から全てをお話します。レンさんに関する事、私達に関する事の全てを。ただ最初に言っておきます。これは皆さんにとって厳しい事であるのは間違いありません。そしてその上で私は皆さんにレンさんを助ける為の協力をお願いしたいのです。無理強いはしません。この時点で聞く意思の無い方や協力に賛同できないという方は速やかに御退出して下さい」

 

 再度見渡す。

 誰も動こうとしなかった。それがレンを助ける事に協力的だという事なのか、ティアナが話そうとしている事への興味なのかは分からない。しかしそれがなんであれ、彼女の言葉に聞く耳を持ってくれたのは確かだ。ティアナは一度頭を下げた後、残ってくれた事への感謝を述べた。

 

「ではお話します。全ては四年前、レンさん達Spiritsに起こった出来事。即ち皆さんの大戦の真実からになります」

 

 こうしてティアナは真実を語りだした。

 

 

 

 

 

 

 部屋は静まり返っている。

 世界の成り立ち、ニューロの存在する意味と大戦の真実。

 アプロディアとアメリアス、ナハトヴァールの対立。

 ジェネレーションシステムの存在について。

 だが休む暇は無い。続けてミッドチルダの事を話す。ゼノンであった何かが語ったレンの持つ知識とは何であるか。言わずもがな、それは魔法の知識とミッドの技術力に他ならない。それにはティアナ達も自分達の正体を語る必要がある。ここまで来て隠し事はできない。全てを語らなければ信頼を得る事もできないのだから。

 ティアナ達がSpiritsから聞いていた内容は全て語った。ミッドチルダの事も語った。足りない所はクロスミラージュ達が補ってくれている。証拠も見せた。彼女達が魔導士である証拠の『魔法』。

 誰かが溜息をついた。誰かが天を仰いでいる。

 無言でそれを見守る。さぁどうだ。誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「キャロちゃん。そのお友達、見せてくれるかな?」

 

 沈黙を破る声に視線が集まる。

 その先にいたのは……クレア。

 

「駄目?」

「え、あ、そんなことないです。フリード、クレアさんの所に行ってあげて」

「ク?」

 

 我に返ったキャロが抱きかかえたフリードに尋ねる。フリードは首を傾げてキャロとクレアを何度も見返した。しかしキャロが微笑み返すとバサリと翼を広げ飛翔。ふわりとクレアの膝の上に舞い降りた。

 じっとクレアとフリードが見つめ合う。おそるおそるクレアが喉を撫でると、フリードは気持ちよさそうに目を閉じてされるがまま。そしてクレアも段々と大胆に撫で始める。顔も強張った作り笑顔から彼女本来の無邪気な笑顔へと変わっていった。

 

「うわ~、すっごいスベスベ。きんもちい~!!」

「ちょ、ちょっとクレア。大丈夫なの?」

「何が~? レイチェルも撫でてみなよ。可愛いよ~」

 

 噛まれないか心配なのかレイチェルが尋ねるが、向けられたのはキラキラと目を輝かすクレアの笑顔。

 そしてクレアに抱かれたフリードが差しだされる。軽く身を引いてしまったが更にグイッと前に出され、逃げ場が無い。むしろフリードの赤い瞳がじっと見つめて離してくれない。「撫でてくれるの? ねぇねぇ?」という声が聞こえてきそうだ。

 ドキドキしながら手を伸ばす。腫れ物を触る様に、目の前の物を壊さない様におっかなびっくり手を伸ばす。さらりと撫でた手にフリードが目を細める。そしてその手が横顔を撫でるとフリードも頬をすり寄せてくる。

 生き物特有の温かさを感じる。それは命の温もり。確かに目の前にいる小さな翼竜は自分達が知らない、別の世界の生き物だ。けれど確かに命はそこにある。それを感じる自分自身もここにいる。

 くすっとレイチェルが笑った。クレアも「にしし」と子供の様に笑っている。

 しかしそれとは裏腹に難しい顔をしているエルフリーデ。隣にいたビリーはそんな彼女を横目で見てから……。

 

 尻を撫で上げた。

 

「何をするか貴様ァ―――ッ!!」

「おぐぅっ!?」

 

 瞬時に鉄拳と怒号が飛んだ。顔面にそれを受けて吹っ飛ぶビリー。

 盛大に壁に叩きつけられた。

 

「おー痛ぇ。腰のひねりが入った良いパンチだなエルフリーデ」

「き、き、貴様! 人のし、尻を撫でるとは何を考えている!! は、恥を知れ!!」

「何考えてるかって言われてもな。……このケツは良い。実に良いケ……うごっ!!」

「貴様……。本気で死にたいらしいな」

 

 手をわきわきさせながらキリッと真顔で感想を述べようとしたビリーの顔を、真っ赤な顔のエルフリーデが電光石火の速さで踏みつけた。それはもう遠慮なく、容赦なく、ぐりぐりと、ぐりぐりと、ぐりぐりと。

 

「ちょ、ちょっと待て! ほんとちょっと待て! 悪かった! 俺が悪かったって!」

「ん~? なぁに~? 聞こえんなぁ~?」

「頼む! 頼むから!」

 

 その足を必死に押し返しながら懇願するも、エルフリーデは更に強い力で踏みつけてくる。

 

「つ、つまりだな! お前が俺にケツ触られて怒っているのも、俺が顔面の痛みを我慢しながらお前の足を押し返すのに必死なのもみんな俺達が生きている証拠だろ!? 命の起源なんて誰も見てねぇんだし、そいつがたまたまプログラムから生まれたもんだとしても気にすることねぇって言いたいんだって!」

「まわりくどい!!」

 

 遂にぐしゃっと音を立てた。しかしそれ以上は追撃せずにエルフリーデは足をどける。鼻血を垂らしたビリーが何か言いたそうにしていたが、エルフリーデの顔を見てそれを止める。

 彼女が何か振り切ったような顔をしていたのだ。これ以上は野暮というものだろう。

 そしてその言葉はエリスにも同様に響いていたようだ。言葉の経緯はどうであれ、ビリーの言葉は確かにその通りだと彼女は思う。

 今、確かに自分達は生きている。それだけは変えようのない事実。

 そしてそれはレン達も辿りついた一つの結論。

 

「ティアナさん、話を進めて下さい。私達は大丈夫です」

 

 その言葉がどれだけティアナ達に勇気を与えただろう。

 きっと乗り越えてくれると思っていた。しかしそれはティアナ達の願望だ。実際の所は蓋を開けてみないと分からないもの。そして願望は現実になってくれた。

 

 彼女達の強い意思に最大限の敬意。そして最大限の感謝を。

 

 ティアナに視線が集まる中、机の上に置かれたのは一つのメモリーチップ。それが何だと言うのか。エリス達が首を傾げる。

 

「これは昨日、レンさんが出撃した際にニューロから受け取った情報が入ったチップです。私達もこれの中身を確認したのは今朝。レンさんがいなくなった後でした」

「よく隠せたな。それにあのニセモノの話だと、君達も狙われていたのだろう?」

「それはですね、私が彼女達を匿っていたのです。レン君から事前に彼女達を守ってほしいと連絡を受けていたので。このチップもその時に渡されたものですよ」

 

 エルフリーデの疑問にセリカが答える。その物言いだとレンは事前にこうなる事が分かっていたかのようだ。そして事前にセリカに連絡し、ティアナ達を匿う。連絡を受けたセリカとて息子をみすみす危険な目に合わせたくは無かっただろう。彼女は断腸の思いでレンの頼みを聞き入れ、ティアナ達を地下シェルターに隠したのだった。

 

「そのチップの内容は私も目を通しています。最初は信じられませんでしたが、後からティアナさん達の話を聞くと信じないわけにはいかなかった。だからこうして彼女達の側にいたのです」

「隊長、相変わらず心臓に悪いです……」

 

 エルフリーデの呟きにGeist全員が溜息をついている辺り、セリカの突飛な行動は初めてではないのだろう。無論ティアナ達はそれを知らないが心の中で合掌する。例えば自分達もなのはやフェイト達が同じ事をすれば気が気ではないと簡単に想像できたからだ。

 とは言え、それでティアナ達は難を逃れている。やり方に不満がないと言えば嘘になるが、それが結果的に今に繋がっているのだから納得するしかない。この鬱憤はレンを助け出してからたっぷりするとしようと彼女達は心に固く誓った。

 

「全てはこの中に答えがあります」

 

 聞きたい事は色々あるだろう。しかしまずはこのデータチップを見てほしい。

 それに反対する者はいなかった。ティアナはクロスミラージュに再生を頼み、空間モニターが開く。この世界にはまだ無い技術だ。身を乗り出す様な形でまじまじと見つめるエリス達の前で、それは再生を始める。

 映っていたのは淡雪のように白い肌を持つ女性。

 この世界の女神、アプロディアだった。

 

『このファイルが再生されていると言う事は無事にレンやフォワード達に届いたという事だと思います。皆さん、お久しぶりですね。無事であるならば尚の事ですが』

 

 白き女神は微笑を浮かべる。

 魚のえら呼吸の様に口をパクパクと開きながらエリスは画面を指さしてセリカを見た。一つ頷く彼女にまた画面を見る。

 話に聞いていたとはいえ、まさか本物。実際は映像なのだが、この世界にモビルスーツという技術をもたらしたアプロディアを見ることになるとは思わなかったのだから仕方が無いと言えば仕方が無い。

 しかし動画はそんな彼女達を置き去りにして進む。

 

『最初に突然いなくなった事を謝らせて下さい。しかし私は元々システムの一部。この世界では私はジェネレーションシステムとして存在しなくてはなりません。故にシステムとして世界と同等でなければならないのです』

 

 予想していた事だ。それがはっきりとしたという事なだけ。頭を下げるアプロディアにティアナ達はそんな感想を改めて持つ。

 

『しかしレギナと接触し、この動画を見ているという事はハイペリオンを起動させたと言う事。レンの魔力でも起動できるように設定をしておきましたから問題は無かったと思います』

「まさかレン兄が魔力使えなくなってるとは思ってなかったんだろうね……」

「おかげで散々苦労しましたしね……」

「全くです……」

 

 スバル達が溜息をつく。レンが魔力を使えなくなったのはアプロディアにしても誤算だったのだろう。

 

『何故こんな事をするのかとお思いでしょう。できる事なら私も貴方達を直接手助けしたい。しかしそれは不可能なのです。何故なら私はこれから眠りに就かなければならないのですから。この映像を見ている時も私はきっと眠りの中にいることでしょう。眠りに就く理由は唯一つ。私のリソースの全てを使い、被害の拡大を防ぐ為。この世界を維持させる為に全力を注ぐ為です』

 

 どういうことだ? エルフリーデが視線をビリーに送る。しかし彼は俺が知るかよと首を横に振るしかできない。

 

『あの日、組み込まれた私はシステムに不正なアクセスがあるのを発見しました。履歴に残されていたのはデータの吸い出しと新たなプログラムの入力。吸い出されたデータはモビルスーツとこの世界の情報。入力されたプログラム名は、“アバター”』

 

 ……なんだそれ?

 

 エリス達全員が首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋。日の光も天井の小さな窓からしか入り込まないそんな部屋だ。

 それ以外の光と言えば小さな机に置かれたスタンドライト。その机を中心に男が二人、向かい合っている。

 一人は制服を着た切れ目の青年。胸には地球連邦のマークが刺繍されている。身なりからして身分が高いのだろう。彼の後ろには若い将校が二人控えていた。

 向かい合うのは全身を拘束服に包み椅子に縛られているのも青年。

虚ろな目をしたその青年は、レンだ。

 

「では改めて聞きましょう。レン・アマミヤ。君は四年前に世界の真実に触れましたね。我々諜報部が半世紀をかけてもその尻尾すら掴ませなかったアプロディアと世界の創造主、ジェネレーションシステム。我々がそこに至るには君が必要なのです。是非とも協力して頂けないでしょうか?」

「……何度も言ってんだろ。お断りだ」

「そうですか。それはとても残念です」

 

 あくまで男は笑みを崩さない。レンも口の端を吊り上げた。

 二人の視線が交錯する。

 そして次の瞬間、椅子ごとレンの体が吹き飛ぶ。男の手には警棒。それでレンの顔を振り抜いたのだ。

 椅子に縛られ、拘束服を着せられたレンに受け身を取る事はできない。そのまま床に顔から突っ込む。

 

「レン君。君は確かに世界を救ったSpiritsの一員。世界の恩人、英雄と呼ばれて然るべき人間です。だが情報の独占はいけない。いけないなぁ。それがこの世界にとって有益であるならそれを皆で共有し、世界の発展に協力すべきだ。それこそが英雄の責務ではないですか?」

 

 警棒で遊びながら男はゆっくりとレンに近づく。その顔の笑みは崩れない。

 床に倒れたままレンは男を見る。その目は虚ろなままだ。

 男がレンの髪を掴み上げた。二人の顔が正面で向き合う。

 

「英雄の責務。世界の発展か。ならそれに貢献しなきゃならないか……」

「そうです、そうですとも。やっと話してくれる気になってくれましたか。いやぁ恩人であり、英雄である君に暴力を振るうのは私としても心が痛いんです。その気になってくれて嬉しい限りですよ」

「……アンタ、ちゃんと歯磨けよ。さっきから口が臭ぇんだ。それに体臭も酷ぇ。肉ばっか食ってんじゃねぇの? 野菜食え。や・さ・い。それだけで悪臭が一つ消えて世界に貢献できるぜ?」

「……」

「……」

 

 ゴッ!!

 

 鈍い音。それは男がレンの顔面を床に叩きつけた音だ。そして持ちあげてもう一回。更にもう一回。三度その音は鳴る。

 血が男の頬に跳ねた。それでも男は笑みを崩さない。笑顔のまま、額から血を流すレンを眼前に持ってくる。自分の頬についたレンの血を男の長い舌がペロリと舐め上げる。

 

「ん? すみませんがよく聞こえませんでした。私も歳なのかな。まだまだ若いつもりなんですがねぇ」

「……耳クソ、溜まってんじゃねぇ……の? ママの膝枕で……優しく取って、もらい……なっ!?」

 

 ゴッ!!

 

 四回目の音が響く。そして五回目が響こうとした瞬間、男の手が何者かに掴まれた。

 見上げると腰まである茶色の髪を揺らした少女がいた。彼女はじっと彼を見ている。そこには薄くも確実に存在する嫌悪の色。

 男が振り返る。この部屋に入ってきたのはこの少女だけではなかった。男の腕を掴む少女と同じ顔。しかし髪は散切りの少女が光の紐で縛り上げつつ、腕を捻り上げいっぺんに二人の将校を組み伏している。そしてその首筋には突き立てられたナイフ。構えているのは銀髪に眼帯姿の少女。背丈こそ将校の腰より高いくらいだが、倒された将校の首にナイフを当てるくらいには十分。そして彼女だけが他の二人とは違い、より深く不快感と怒りに満ちた目を男に向けていた。

 男はそれに肩を竦めてみせる。そして少女の手を振りほどき立ち上がると、乱れた制服を整え肩を竦めて見せた。呆れる程に白々しいパフォーマンス。銀髪の少女がギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「大佐。これはどういう事なのか説明してもらおうか」

「これはこれはペンデ殿。どういう事と言われましても、私は彼に話を聞いていただけですよ?」

「話を聞いていただけ? ふざけるな! 彼は我々の客人だ! これ以上手荒な真似は許さんぞ!」

 

 ペンデと呼ばれた少女が、彼女が大佐と呼ぶ男に食ってかかるも彼に反省の色は無い。むしろ彼女の言葉に呆れすら浮かべている。

 だがこれ以上は無意味と悟ったのだろう。堂々と部屋を出て行った。そして光の紐から解放された将校達もそそくさと部屋を出て行く。彼女は一目散にレンに駆け寄った。

 額からの出血が酷い。辛うじて意識はあるが目の焦点が合っていない。

 

「オクト! すぐに清潔な布と包帯を用意してくれ! 私は救急セットを用意する! ドデカは彼を椅子から解放して、なるべく安静に寝かせておくんだ! 拘束服? ああ構わん! 引き千切ってでも良いから解放しろ!」

 

 バタバタとペンデと散切り髪の少女、オクトが部屋から出て行く。残されたドデカと呼ばれた少女は言われた通りにレンを椅子から解放した後、拘束服に手をかけるが素手で引き千切るにはちと難しい。少し考えた彼女は、その手に光の剣を生みだす。そしてレンの体を傷つけないように慎重に拘束服を裂いていく。

 レンの上半身が解放され、露出した素肌に浮かぶ無数の青い痣。きっとペンデが戻ってきたら即倒ものに違いないと思いつつ、ドデカはレンを膝枕する。

 

「……シュテ……ル……か? ははっ……、やっと……あえた……」

 

 意識と記憶が混濁しているのか。レンが震える手を彼女の頬に伸ばしてきた。

 

 違います。私はドデカです。

 

 誰かと自分を間違えている。それを訂正する為に出かかった言葉。しかし彼女は喉まで出かかったその言葉をどうしても言う事ができない。

 

「……そうですよ。やっと、会えましたね」

 

 自分でも何故そう言ったのか分からない。

 しかしその言葉に満足した笑みを浮かべるレン。

 自分の頬に当てられた手に自分の手を重ね、彼女はそれが正しかったのだと思う事にした。

 

 

 

 

 

 

 廃墟が並んでいる。

 海に隣接しているそこはこの時間、夜にともなれば一層の不気味さを増す。

 今宵の様に月が雲に隠れている夜なら尚更だ。

 更に言えば、何故かミッドチルダにはこの手の場所が多い。ここもその一つで、かなりの広さで廃墟となっている。俗に廃棄都市区画と呼ばれる場所だ。そしてそこはミッドの裏の顔と言っても差し支えない。

 ミッドチルダが抱える問題の一つに貧困街、スラムがある。ミッドに存在する多くのストリートチルドレンや貧困にあえぐ者。そんな彼らが雨風を凌ぐ場所として集まりやすいのが廃棄都市区画だ。そしてそれは結果としてスラム街を形成する。

 魔法文化が発展し、一見するとミッドチルダは裕福な世界にも見えるだろう。

 だが時空管理局が設立されたのが今から約75年前。最高評議会が時空世界を平定したのはそこから更に約75年前。つまり約150年前だ。それまでミッドチルダも例外なく質量兵器が飛び交う戦国時代であったと歴史には残っている。

 約150年前に最高評議会が次元世界を平定したのだとしても、すぐに争いが無くなるわけも無し。事実、時空管理局が設立され、質量兵器が原則禁止になるまで更に約75年もの月日を必要としている。誰でも使える質量兵器の時代から、魔力という限られた者が特に重宝される時代への変化。魔力至上主義の誕生だ。

 そして時空管理局はその魔力の力で一気にその勢力を伸ばし、数多の次元世界を平定するに至る。しかし急激な世界の膨らみを生み出すが故に生まれる弊害もある。外に目を向けるあまり、内への対処の遅れが引き起こす犯罪率の増加だ。かつてレジアスがゼストと共に危惧していた地上本部の人員、戦力不足のツケである。そして魔力至上主義による生まれる人の格差。その他諸々の問題がこのスラムに集約されていると言っても良いだろう。

 そしてここ、元臨海第八空港廃棄都市区画もまた例外なくそのスラムの一つとなっている。

 

「……」

 

 そんな中、場違いな少女が一人廃墟の中を歩いていた。

 紺と紫の服に茶色の髪をした少女。その腕と頭には包帯が巻かれている。しかも頭に巻かれた包帯は左目をも隠し、痛々しさを更に引き立てている。

 しかし足取りはしっかりと。残った右の蒼瞳は前を見据えていた。

 

「……こそこそしていないで出て来なさい。鬱陶しいんです」

 

 そんな彼女が足を止めて闇を睨みつける。

 闇が蠢いた。

 這い出るように姿を見せたのは人。男、女、合わせて五人。誰も彼も目を血走らせ、手には管理局が原則禁止している銃。後はナイフ。いや、あれは既にダガーに含まれる短刀だろう。

 スラム街の住人なのだろうが、身なりはそれなり。スラムだからと言ってボロボロのみすぼらしい格好ではない。いくらでも調達はできるものだ。

 

「……狙いは金、ですか?」

「それだけじゃないねぇ。お譲ちゃんくらいのレベルになれば、欲しがる金持ちはたんと居る。それにスタイルだって良いじゃないか。何より巨乳じゃないのが良い。最近は巨乳が多くて売値が高くないのよ。お譲ちゃんくらいのサイズが金持ちの愛玩道具として今一番の売値なのよね」

「結局金じゃないですか。ですが巨乳が多いのはまぁ同意します。私の周りも全員では無いですが多くて多くて」

 

 少女は肩を竦めながら注意深く辺りを探る。どうやら自分と言葉を交わした女性がリーダー格だろうか。

 男の中でもリーダーを張れるという事は、それなりに実力はあるという事だろう。何より彼女の手にあるのはカートリッジ機能付きのデバイス。レイピアの形をしているという事は近代ベルカ式だろうかと少女は推測する。

 

「ですが生憎、私の体は既に先約がおりますので。愛玩道具なんて真っ平ごめんですね」

「あっはっはっはっ! 言うじゃないか。良いねぇその眼。クールぶったその眼がたまんないよ! その眼が、顔が! 泣いて、恥辱に染まって、助けて下さいって懇願する瞬間を考えただけでゾクゾクするねぇ!」

「……へぇ。そうですか」

 

 ごぉっ、と炎が天に向けて燃え盛った。

 

「……へ?」

 

 先ほどまで意気揚々と笑い声を上げていた女から間抜けな声が漏れる。炎が熱風となり、彼女の黒髪を大きく巻き上げていく。男達もただただ呆然と、目の前で燃え上がる炎を見ている。

 雲が晴れ、月光が降り注いだ。

 炎は更に燃え盛る。まるで天の月すら燃やし尽くすかの様に。その猛りに星は青冷め、天は蒼に染まり、月は揺れ乱れる。

 

「どうしました? 私を泣かせ、恥辱に染まらせ、助けて下さいって懇願させるのでしょう? まさかたかがこれしきの事で怖気づいた、とは言いませんよね?」

 

 炎の中で少女は嗤う。唇の端を吊り上げて。蔑んだ眼を輝かせて。少女を見た目のままにしか捉える事が出来なかった愚か者を嘲笑する。

 

 少女の名は、シュテル・ザ・デストラクター。星光の殲滅者。

 

 月光の下、その手に大鎌を携え、背には濃紺の翼を広げ、“蒼炎”を使役する姿は悪魔か堕天使か。

 

 哀れ、女達は漸く悟る。自分達が一体何に手を出そうとしていたのか。

 そして湧き上がる後悔。

 全ては遅すぎた。遅すぎる後悔だった。

 

 

 

 翌日、近隣の地上本部地域警邏隊に駆け込むボロボロの男女の姿があった。

 しかし彼女達は一様に何かに酷く脅え、口々に「捕まえてくれ!」「全部洗い浚い話します!」と連呼するばかり。余程恐ろしい体験をしたのだろうか。真っ青になった顔と真っ白な髪の毛をした彼女達に警邏隊の魔導士は顔を見合わせるばかりだった。

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