魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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夏休みなんて無かった!
全てはこの一言に尽きます。

では42話。どうぞ~。


第42話 悪夢

1

 

 

 

 元臨海第八空港、廃棄都市区画。

 シュテルがレン達と共にミッドチルダにやってきた始まりの地。

 瓦礫に腰かけ、シュテルは手にあるヴァリアントザッパーを見つめていた。キリエの心はまだ目を覚まさない。ルシフェリオンを介しシュテルでも使えるようにしているが、本来の持ち主はまだ戻らない。

 

「本当、何時になったら帰って来るのでしょうね?」

 

 指先に炎を宿す。日光の下でも分かる程鮮やかな蒼。目を細め、今度はそれを見つめる。

 蒼炎。これはあの人の炎。いつも一緒だったあの人の炎。

 あの人は無事だろうか。怪我は大丈夫だろうか。まさか酷い目にはあってはいないだろうか。

 ……本当に戻って来られるのだろうか。

 見つめる炎が歪む。喉の奥からツンとした物が込みあげて、胸が締め付けられる。

 ぽたりとシュテルの膝の上に滴が落ちた。一滴、また一滴とそれは次々に落ちて染みを作っていく。

 しかしシュテルは袖で滴を拭うと大きく何度も頭を振った。

 ふとするとこんな事ばかり考えてしまう。後ろ向きになる自分を叱咤し、彼女は指先に灯る炎を握り潰した。

 

「覗き見は感心しませんね。趣味ですか?」

 

 一人、誰も居ない廃墟に向けて問うと影から這い出るように人影が姿を見せた。数は二。男と女。しかし敵意は無いと二人は両手を上げつつ、シュテルに歩み寄って来る。

 

「趣味かと言われれば違うと答えないといけないね。でも気配を消したり、聞き耳を立てたりするのは職業柄もう癖になっててさ。一種の職業病だと思ってよ」

「どうだか。そうやって人のプライベートを覗いて口説く材料を探しているのではないですか?」

「そうなのですか!?」

「誤解だ! そんな事に魔法を使う訳ないじゃないか! シュテルもそんなに気を悪くしないでくれよ」

 

 男が女に詰め寄られて慌てふためく姿をシュテルは僅かに笑って見ていた。自分の醜態を見られた腹いせなのだろう。二人もそれを分かっているのか、それ以上険悪になる事はない。むしろ、彼女と一緒に笑っている始末だ。

 

「さて、では本題と参りましょう。ヴェロッサ・アコース、シャッハ・ヌエラ。私は合格ですか?」

 

 笑いを止め、シュテルは二人に問いかけた。

 ヴェロッサ・アコース。本局の査察官にして古代ベルカ式の使い手。

 そしてシャッハ・ヌエラ。聖王教会のシスター。騎士カリムの補佐官でありながら、近代ベルカ式AAAランクの実力者。

 共に八神はやての友人とも言うべき者達だ。

 二人はシュテルの問いに顔を見合わせると、揃って親指を立てる。

 

「合格も合格。君の力は十分に拝見させてもらったよ」

「受けた傷も順調に回復しているみたいですし、私達の方こそ貴方の力をお借りしたいくらいです」

 

 差し出される手を握り返し、シュテルはほっと胸を撫で下ろした。昨夜シュテルが撃退したチンピラはこの二人から課せられた課題だったがヴェロッサにもシャッハにも十分であったらしい。

 

「さすがはライセンサーって所かな。でも良いのかい? 機動六課……、はやての所ではなくて僕らと行動をして。あっちだって人が足りないだろう?」

「許可はもらっています。それに機動六課は今、積極的に動く事ができませんから」

「襲撃の傷跡か……」

「はい。レン達が居なくなった事による戦力運用の見直しやら上層部の圧力やら何やらで、まだ部隊が安定していない。捜査を再開するにしても、もう少し時間がかかるでしょう」

「後見人にレジアス中将もいるものね。質量兵器モビルスーツの隠匿と運用についてはやてさんも言及されていると聞いています」

「嘆かわしいよ。上の連中はよほど責任を誰かに押し付けたいらしい。何時またスカリエッティが次の手を出してくるか分からない状況なのにね」

 

 シャッハの補足にはヴェロッサも呆れるばかりだ。今は一刻も早くスカリエッティの暴挙を止めなくてはならないというのに、これでは再編どころか足の引っ張り合いだ。彼の言う通り嘆かわしい限りである。

 だからこそ自分に白羽の矢が立った。調査と潜入はお手の物。それにシャッハが加わり、シュテルもライセンサーの権限を最大活用してここにいる。これで結果が出せなければ可愛い妹分のはやてに合わす顔が無い。

 しかしそれにしても、だ。

 

「力を見るだけで十分だったんだけど、これはちょっとやり過ぎじゃないかい?」

 

 シュテルの背後に目をやり、ヴェロッサは苦笑を浮かべた。シャッハも同じく頬を引きつらせている。

 

「……すみません。途中、何故かイラッとしたもので」

「イラッと?」

「はい。私と誰かを間違えた。そんな感じです。……一発ぶん殴りたいですね」

 

 ヴェロッサに答えたシュテルが拳を作って振り返る。

 そこには何も無かった。今、彼女達が居る場所を境に景色が一変している。シュテルの前には廃墟、その後ろには荒野の様な焼け野原。こんな光景を作ったのは紛れもなく、昨晩のシュテル。

 当の本人に悪気は一切無い。これっぽっちも無い。

 不意に左目を覆う包帯に手をかけ、小さな衣擦れの音と共に包帯が解かれていく。

 その下から出てきたのは紅玉の瞳。本来とは違う色の瞳にヴェロッサとシャッハは息を飲む。

 しかしシュテルは薄く微笑むと、包帯を持つ手を焼け野原に向けて伸ばした。

 はらり。白い包帯が遊ぶように焼け野原へ踊りだす。

 見つめる彼女の目はどこか違う所を見ているようで。

 

「……シュテル?」

「行きましょう。一刻も早くスカリエッティの居場所を突き止めなくては」

 

 シャッハが声に振り返ったシュテルが歩きだし、ヴェロッサもその後を追う。

 儚げで今にも消えそうに見えたシュテルの姿。しかしシャッハはそれを心の奥に仕舞いこみ、二人の後を追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

「違う……。違うんだ……。わざとじゃないんだ……」

「レン様。レン様」

「ううっ……。待ってくれ……。それだけは……シュテル」

「そいやっ」

 

 ゴッ!!

 

 朝から鈍い音が部屋に響いた。

 

 

 

 数分後、ベッドからむくりと起き上がる男がいる。体中に包帯を巻いたレンだ。ついでに鼻の頭が真っ赤になっている事を付け加えておこう。そしてベッドの脇にはヴィクトリアンメイド服に身を包んだ少女がすまし顔で佇んでいた。

 

「お早うございますレン様。随分とうなされていた様ですが?」

「あ、ああ。お早うドデカ。実はミッドにいる大切な人に顔面をグーパンされる夢を見てね……」

「それはそれは。レン様の事ですから何か失礼な事をしたのではないですか?」

「否定できないなぁ。けど何でだろう。グーパンが当たった瞬間本当に痛みが……」

「夢の所為でしょう」

「いやだって、本当にいた」

「夢の所為でしょう」

 

 ドデカの言葉からこれ以上の言及は認めないと言わんばかりのプレッシャーを感じる。

 黙ったレンに踵を返し、彼女はサッとカーテンを開いた。

 眩しい朝日が差し込んでくる。天から降り注ぐ太陽の光。眼下に広がる広大な海にも反射し部屋は一気に光に包まれた。瞼に突き刺さるそれにレンは目を細める。

潮の香りがした。

 ドデカの開けた窓から潮騒と共に風が入り込み、カーテンをゆらり揺らす。その風が日の光にきらきらと輝くドデカの長く美しい栗色の髪をぱぁっと広げた。

 その風が気持ちいいのかドデカの口に小さな笑み。視線は遥か遠く地平線。遮る物は何一つない海の先。

 

「今日も良い天気ですよレン様」

「今日も良い天気ですよレン」

 

「……!!」

 

 慌てて目を逸らした。

 心臓は一気に鼓動を早め、背中を冷たい汗が滴り落ちる。

 それは一瞬の虚像。

 

 自分は誰に誰を重ねた?

 

「レン様? お具合が悪いのですか?」

「あ、い、いや。大丈夫だよ。うん。大丈夫」

「ですが、酷い汗です」

「いや~、どうも寝汗をかいちゃったみたいでさ。平気平気」

 

 駆け寄り、レンの顔を覗こうとするドデカから必死に目を逸らす。それでもドデカは彼を逃がさない。

 ハンカチを取り出し、頬を伝うレンの汗を甲斐甲斐しく拭っていく。その間もレンはドデカの顔を見ようとはしない。見る事ができない。

 

「良かった。汗は止まったみたいですね。ではレン様、上着を脱いで下さい」

「いっ!?」

「寝汗をかかれたのでしょう? 包帯も交換しなくては」

「い、いいよ! それくらい自分でできるから!」

「いけません。貴方はお客様。私はお姉さまよりそんな貴方の身の回りのお世話を仰せつかっているのですから。それに今更です」

「で、でも……」

「い・い・か・ら! はい! 早く脱ぐ!」

「はい!」

 

 詰め寄られ、簡単にレンは陥落した。すごすごと上着を脱ぎドデカが包帯を解いていくと、その下から青黒くなった無数の痣と傷が姿を見せる。そして一緒に額の包帯も解くと、額に大きく残った傷が現れた。

 その痣と傷にドデカの表情が曇る。そっとその傷を撫でるとレンの体がビクリと小さく震えた。

 

「すみません。この傷はきっと残ってしまいますね……。私達がもう少し早く大佐の暴挙に気付いていればこの様な事には……」

「気にすんな。この程度で済んだと思えばラッキーってもんだよ」

「そう言って頂けると少し心が軽くなります。……さぁ、包帯を変えてしまいましょう」

「分かった。頼むよ」

 

 両手を上げてドデカがレンの体に新しい包帯を巻いていく。

 しかしレンの胸中は複雑だ。

 決して心を許してはいけない。けれど、レンが大佐から拷問という名の事情聴取を受けてから今日で丸三日。その間一心にレンの世話をしてくれたこのドデカという少女との距離は確実に狭まっている。

 そしてあろう事か、彼女は似過ぎていた。

 レンを愛していると言ったあの少女に。レンが愛したあの少女に。

 雰囲気、空気とでも言えば良いか。それが否応なしにドデカと彼女を重ねてしまう。

 分かっている。

 ドデカと彼女は別の存在。

 ドデカは、シュテル・ザ・デストラクターではない。

 

「はい。できましたよ」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 ポンと肩を叩くドデカにぎこちない笑みを返す。

 そう。彼女は……。

 

 彼女はこちら側ではない。

 

 

 

2

 

 

 

 一時間後、次にレンがいたのは大きなシャンデリアが揺れる部屋だった。

 窓は一切なく、赤い絨毯の上に置かれたテーブルと並べられたティーカップ。

 座っているのは三人。レンとゼノン。そしてペンデ。

 立っているのも三人。ドデカとオクト。そしてエクスィ。

 

「二人ともすまない。こちらから呼び出したのに、まさか彼らが遅れるなんて」

「気にせんでくれ。どうせやる事なんぞないのだ。それにレンとこうして合わせてくれただけでもありがたい」

「そう言ってくれると助かる」

 

 頭を下げたペンデに気さくに返すゼノン。いくらなんでも落ち着き過ぎだろと、レンは一睨みしたが彼は逆に片目を瞑る。今は合わせろ。そういう事だろうとレンは勝手に解釈した。

 何にせよ、ゼノンも無事であったのはレンにとっても僥倖だ。連れてこられてから今まで一度もゼノンには会わせてもらえていなかった。まさか自分と同じ様に拷問されていたのかと思っていたが、どうやらそんな事はないらしい。包帯を巻いているのは自分だけだ。

 

「レン殿もそんなに怖い顔をしないでくれ。大佐達の件は全面的にこちらに非があるのは重々承知だが、あれが我々の全てではないというのだけは分かって欲しい」

「分かっているつもりさ。ドデカから聞いたよ。君達が助けてくれなかったら俺はまだあの部屋にいる事になっていただろうからね。ただ大佐がした事も紛れもなく君達の一部だろ?」

 

 ゼノンの意図が分かっていてもつい言葉に棘が出てしまう。内心、言ってから焦ったがペンデからの言及は無い。レンの言葉の棘もまた当然だと、彼女は甘んじてそれを受け入れていた。

少し寂しそうにしたその顔にレンの胸がチクリと痛む。

 

「あ、あのさ……」

「いや~、すみません! 遅れてしまいましたぁ」

 

 胸の痛みに耐えられなくなり、せめて一言と思った途端。扉が勢いよく開けられ、陽気な声が入って来る。それにタイミングをずらされ、それ以上レンは言葉が出てこない。できるのはその声の主を心底恨めしそうに睨みつける事だけだ。だが当の本人は軍帽の下から蛇の様な視線をレンに向けてくる。

 

「おやおやレン君。どうしてそんなに私を睨みつけているのですか?」

「よく言うよ。この傷の礼はいつか返してやるからな……!」

「おお怖い怖い。しかしですねぇ、君はここに自分から来たのでしょう? まさか何もされない、なんて思ってたんですか? 自分の状況分かってます?」

「ちっ……」

「そ~れ~に~。君を助けたのも、拷問したのも同じ組織なんですよぉ~?」

「貴様ッ!!」

「大佐ッ!! もうそれくらいにしておけ!!」

 

 こいつやっぱり聞いてやがった!

 レンの頭に一気に血が昇り、大佐に殴りかかんと腰を上げた刹那。ペンデの声が先に響いた。

 彼女もまた憤怒の表情で大佐を睨みつけている。大佐からは影になって見えないかもしれないが、レンとゼノンはテーブルの下に隠れた彼女の手にナイフが握られているのが確かに見えた。しかしそれを震わせ、彼女は必死に堪えている。怒りを必死に殺す彼女にレンの怒りが急速に冷めていく。ここは彼女に免じて大人しくしよう。レンは荒々しく椅子に座り直した。しかしそんなレンの態度に大佐は少々拍子抜けだとあからさまに肩を落とす。

 

「なんだ。大人しくなってしまうのですか? 面白くない」

「別に貴様を楽しませる為にやってるんじゃねぇよ」

「私は君が怒ってくれた方がおもしろいんですがねぇ。まぁ良いでしょう。これからもっと面白い顔が見れるでしょうから」

「何?」

 

 大佐の意味ありげな言葉にレンは眉をひそめる。しかしペンデ達は一転、急に俯いてしまった。何か後ろめたい事から逃げるようにだ。豹変した彼女達にレンとゼノンは顔を見合わせる。

 

「さぁもう良いでしょう。エンネア、エンデカ。彼をここへ」

 

 扉に向けて大佐がまた知らぬ名を呼ぶと、ガチャリと音を立てて再び扉が開いた。

 そこにはドデカとエクスィとはまた違ったメイド服に身を包んだ少女が二人。この際ペンデが男装、オクトが執事服なのは置いておくとしょう。ドデカとエクスィがクラシックなメイド服ならば、扉に立つ少女達はさながら現代版と言うべきか。やけにスカートの丈が短い。

 

「ほいほ~い。や~っとお呼ばれしたッスよ~。そんじゃエンネアちゃん。練習した通りに言ってみるッス!」

「う、う、うるさい! あ、あたしは絶対に言わねぇぞ!!」

「ダメダメ~。くじで当たり引いたのはエンネアじゃないッスか~。今更そんなの無しッスよ!」

「うっ……う~~~っ!」

「ほら~。顔が引きつってるッスよ? 笑顔笑顔! でなきゃ彼も出てこないって言ってるッス!」

「う~~~っ!!」

 

 やけに明るい調子なのが濃いピンクの髪をアップにまとめた少女が、顔を自身の髪の様に真っ赤にして唸る少女に催促している。しかしやっと覚悟を決めたのか、ちょっと前かがみになり必死の笑顔で一言。

 

 

 

 

「お、お、お入り下さいませ。ご、ご、ご主人サマ❤」

 

 

 

 

 遂に言い切った。

 

「いえ―――ッス!! イエスっスよ―――ッ! もー、ちょ―――キュートッス! このエンデカ、しかと脳裏に刻みつけたッスよ! これでご飯五杯は軽くイケるッス!! できる事なら記録として残しておきたいくらいッスわ~!!」

「う~~~っ!!」

 

 余程恥ずかしかったのか、エンネアと呼ばれた赤髪の少女は顔を覆いうずくまってしまった。その横ではテンションMAXになったエンデカが小躍りしている。

 何これ。新手のイジメ?

 すっかり取り残されたレン達もなんと声をかけて良いか分からない。大佐だけはテーブルに突っ伏してぷるぷると体を震わせている。どうやら必死に笑いを堪えているようだが隠せていない。

 と、開かれた扉の奥に人影が見えた。それはゆっくりと輪郭を整え、部屋に入って来る。

 それは長い黒髪を一つに結った少年。

 ドクンとレンの鼓動が高まった。

 しかしそんなレンの動悸など気付くはずもなく、少年はエンネアの傍らに肩膝をつき、少女の頭を撫でる。

 

「うん。エンネア、可愛かったよ」

「う~~~!!」

「ご主人、多分それ逆効果ッス」

「あ、あれ? そうなの?」

 

 エンデカの突っ込みに少年がうろたえている。更に身を小さくしたエンネアを必死になだめること数分。

 やっと落ち着いたエンネアの手を取り少年は立ち上がる。まだ顔は赤く、今にも泣き出しそうだが。

 しかしそんな寸劇の様なやり取りの中でもレンの動悸は収まらない。むしろどんどんそのスピードは加速し、全身の血が沸騰したように駆け巡っている。

 

「お待たせしました。皆さん」

 

 そして微笑む少年とレンの視線が交錯した瞬間。

 

 

 

 

 世界が崩れ去る。

 

 

 

 

 白い闇に塗りつぶされた空間。天地が意味を失くし、零であり無限でもある二人の距離。

 正面に姿を捉え、背面に気配を感じ、内面に熱を持つ。

 混ざり合う意識。体の輪郭が崩れていき、四肢が感覚を失っていく。どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが彼なのか。自分とは誰だ。彼とは誰だ。

 レン・アマミヤは何処に行った?

 

「貴方はここに居るではないですか」

「貴方は貴方。それ以外の何者でもないわ」

 

 声が聞こえた。

 声は感覚を呼び覚まし、崩壊を止め、意識を分かつ。

 意識はピース。肉体は枠。

 多種多様、いくつも混ざり合った無数のピースから枠にあった物を選び、レン・アマミヤというパズルの絵柄を完成させていく。肉体という枠に意識のピースがはめ込まれるたびに、レンは一つ一つ自分を認識する。

 そして全てのピースが枠に収まった。

 レン・アマミヤというパズルが完成し、余ったピースは別の枠で別の絵柄を完成していた。

 

「そうか。そういう事か」

「そうです。そういう事です」

 

 混ざり合った意識から再び組み上げられた二枚のパズルは、今度こそ自分達の絵を認識し再び向き合っている。

 

「やっぱり同じ感応力は引かれ合い過ぎる。危うく僕も飲まれてしまう所でしたよ」

「俺なんか二度目だ。お前に飲まれかけるのなんざ、二度と御免だと思ってたのにさ」

「同感です。僕もこんなの二度と御免ですよ」

 

 少年が苦笑する。これは彼にしても想定外だったらしい。レンは笑う所の話ではない。

 実際一度二人の精神は混ざり合っていたのだ。どちらがどちらか分からない感覚はやはり慣れるものではない。

 しかしそれで分かる事もある。

 少年を見据え、レンは大きな大きな溜息を吐いた。

 

「お前がマフティーだな? そして……」

「はい。僕は貴方のニューロ。ニューロ・レンとでも呼んで下さい。二度目……。いや三度目ですね。レン・アマミヤ。僕のオリジナル」

「やっぱり俺が戻ってきた時に夢の中で話しかけてきたのはお前だったか」

「と言っても記憶が無いんですけどね。きっと無意識に干渉してしまったんでしょう。僕らは限りなく近くて限りなく遠い。そんな存在ですから」

「つーか俺も今思いだした。ってか口調が全く違うじゃんか」

「貴方の意識に強く引っ張られたんですよ。きっと」

 

 マフティー。いや、ニューロ・レンはそう言って頭を掻いた。

 なんとも不思議な感覚だ。レンの目の前にいるのは明らかに自分と同じ顔の少年。ただ違うのは若さだろうか。その姿は大戦時のレンよりは大人びており、今のレンよりは若い。

 

「全く悪い冗談だ。自分と同じ存在と向かい合ってるなんて悪趣味にも程がある。それで? どっかのSFよろしくお前も俺を消して唯一無二の存在になりたいとか思ってるわけ?」

「それこそ悪い冗談ですよ。それに勘違いしないで下さい。僕と貴方は同じ存在なんかじゃない。だって僕はここにいて、貴方はそこにいる。お互いがお互いを認識している。その時点で同じ存在ではないでしょう? だから別に貴方を消して唯一無二の存在になりたいなんて思わない」

 

 そう言ってニューロ・レンは片目を瞑った。レンにも彼の言わんとしている事は理解できる。

 どっちが本物で、どっちが偽物という意識は既に二人には存在しないのだ。

 どちらも本物なのだから、レンの言う様な話にはなり得ない。

 ではニューロ・レンは一体何がしたいのか。彼はマフティーの名を語り、連邦に攻撃を仕掛けるテロリスト。そもそも何で自分の姿なのか。分からない事だらけで頭が痛くなる。

 すると彼は大袈裟に肩を竦めた。まだ分からないのかと呆れる様に。

 

「全ては世界平和の為ですよ」

「何?」

「言ったでしょう? 僕の目的は世界平和だって。ま、今更隠し事なんていうのもアレですので白状すると、僕はその為にジェネレーションシステムに生み出されたんです」

「……待て。話が全く見えない」

「そりゃそうでしょうね。……大戦が終わった世界ですが、そこは決して平和という訳ではありません。ニューロという共通の敵を失った人類が今度はその矛先を自分自身に向け始めた。そこは良いですね?」

「ああ。連邦への不満が各地で爆発している。自由を叫び、連邦からの脱却を狙っているよな」

「そうです。四年前まではニューロという驚異に対抗する為にまとまっていた人間が、それを失った事で自分勝手に主義主張を訴え始めた。貴方達がもたらしたこの世界におけるオーバーテクノロジー。モビルスーツの力を使ってね」

 

 ズキリとレンの胸が痛む。ニューロと戦う為に必要だった事なのは分かっている。基本骨子こそアプロディアから与えられていたとはいえ、それをオーバーテクノロジーにまで高めたのは他でもない自分とSpiritsだ。しかしそうしなければ人類はニューロに滅ぼされていた。いや、ナハトヴァールとアメリアスに完全支配されていた。だがそれが排除された今はどうだ。人々はその真実を知らず、便利で強力な力としてモビルスーツを使っている。

 一方でそれは守る為の力。

 だがまた一方でそれは破壊の為の力。

 所詮、モビルスーツは兵器だ。使う者の意思一つで全く別の側面を見せる。

 全ての人類が自分達と同じではないなんて、分かっていた。分かっていたのに、改めて浮き彫りにされる真実はレンの胸を容赦なく痛めつける。

 

「何故人々はこうも争うのか。あの大戦を潜り抜けたというのに、何故また自分達から争いの起こすのか。数多の世界を観測し、幾千もの争いを見てきたジェネレーションシステムでもそれは理解できない。けれど過去、ジェネレーションシステムは何度もこの世界に干渉してきました。レンさん、貴方は知らないでしょう? この世界における英雄。時代の混乱と共に現れる勇者。これらは大なり小なりジェネレーションシステムの影響を受けています。理解できない。けれど理解できないなりにジェネレーションシステムも対策を講じようとしたんです。そうしてこの世界はバランスを保っていた。四年前もそう。ナハトヴァールに支配されたジェネレーションシステムは未曽有の危機に貴方達を導いた。アプロディアという形でね。これまでとケースは違うとはいえ、これも立派なシステムの干渉と言えるでしょう」

「……ああ。そう言われれば確かにそうなのかもしれないな。アプロディアの協力がなければ俺達はシステムに到達すらできなかった。正確にはアプロディアが人類にモビルスーツの事を教えていなければ、ティーダさんをこの世界に呼んでいなければ、俺達とこの世界はナハトヴァールに完全に飲みこまれていた」

 

 ニューロ・レンの言っている事は理解できる。過去の英雄、勇者がどうであれ、事実自分達もまたシステムの助力なくして今が成り立っていない。戦ってきたのは自分達の意思だ。しかしそれだけではあの戦いは勝つ事ができなかっただろう。Spiritsを導いたアプロディア。そしてティーダ・ランスターことコードフェニックス。この二つが揃って初めてできた事なのだから。

 

「はい。そして本来、今の世界において英雄になるべきだったのは紛れもなくSpiritsでしょう。四年前の偉業を継続するという事でね。しかし当の本人達は別世界に行ってしまった。いくらジェネレーションシステムでもインスタントの様にいきなり英雄や勇者を生む事はできません。そうすれば必ずエラーが起こり、世界が破綻する。一人の人間を生みだすにはそれ相応の時間とプロセスが必要なのです。だからシステムは苦渋の決断として、強行策に出ます。エラーを起こす事もなく、世界に人間として顕現する事ができる物。ニューロを使ったのです。そうして生みだされたのが僕。ハルファスガンダムを従え、アプロディアと共にナハトヴァールを打ち破ったレン・アマミヤをオリジナルとした僕がね」

「なるほど。だから世界平和か。本来お前がこの世界を導いて、新しい英雄になるべきだった。そういうわけか。……だったら何故テロなんか起こす。お前が英雄となるべく生みだされたのなら、何故世界をもっと混乱させようとするんだ!」

「いやいや、勘違いしないで下さいよ。これでも立派に世界平和の為に動いているんですよ?」

「なんだと?」

「世界平和ってあやふやですよね。言葉にするとたった四文字なのに、決まった定義も形も無いとてもあやふやな物だ。しかもそれは世界の状態によって意味も解釈も異なる。ではこの世界における平和とは何でしょうか? 大戦後のこの世界に残った材料で、世界を平和にするにはどうすれば良いか僕は考えました。そして、争いを失くすという選択肢を捨てました」

「なっ!?」

 

 ニューロ・レンは言い切った。いつの間にか彼が椅子に座っている。そして手には煙草とライター。一本口に咥えると彼はそれに火を点けた。大きく吸い込んでから吐き出す。白い煙がレンの所まで漂ってきた。そしてレンもまたいつの間にか椅子に座っている。自分との対談。ここが思考の世界だからなのか、何も無かった周りの空間に次々と映像が流れていく。それはレンの記憶の中にある無数の戦い。ニューロとの戦い、ミッドチルダでの戦い。そしていがみ合う幼いレンとキール。

 

「さっきも言いましたが、人が何故争うのかジェネレーションシステムは理解できていません。どれだけ対策を講じてもやっぱり人間は争う。ならそういうものだと割り切る方が懸命です。それに悪い事ばかりじゃないんですよ。人間は大なり小なり生きる上で他者と争い、その中で競争意識が生まれ、向上心が生まれる。貴方だってそうだったはずだ。キール・アルド。彼に負けたくなくて貴方はモビルスーツの訓練に励んだ。これも立派な争いだ。争いは人間を成長させる上で必要不可欠。だから僕は争いそのものが悪い事ではないと思うし、人間として当たり前の事だとも思います」

「程度の問題だろう? 個人の競争意識と世界の混乱を同じにして良いとは思えない」

「そうですか? そもそも根本は同じだと思えるのですが? まぁ良いでしょう。とにかく僕は争いを肯定しつつ、他の方法を考えました。そしてある時、ふと気付いたんです。もしかしたら視点を大きくし過ぎたんじゃないかって。英雄だ、勇者だ大いに結構。でもそれは人が生きる上ではそんなに重要じゃない。どんな時だって人はまず自分が生きてこそじゃないかって。結果、一つの結論に辿り着きました」

 

 映像が切れた。再び闇に閉ざされた空間だったが、今度は別の何かがニューロ・レンの背後に浮かび上がる。それはΞガンダム。レンがこの手で撃墜したニューロ・レンが搭乗していた機体。そして彼の手には何枚も積み重なった紙の束。すぐにレンも気付いた。

 

「それがこれ。世界共通通貨キャピタルとモビルスーツです」

「世の中金だって言いたいのか?」

「そんなつもりはありません。お金で買えない物は確かに存在するでしょう。しかし生きていく為に必要なのもまた然り。お金がなくちゃ生活もままならない、という事です。そしてこの世界にはモビルスーツがある。一機生産するだけでもかなりの利益を生むと同時に多くの人が関わっています。モビルスーツは兵器であると同時に、立派な産業なんですよ。しかし悲しいかな、連邦はその生産に制限を付けた。簡単には大量生産できなくなった。これでは生産に関わる人は職を失ってしまう」

「いい加減読めてきたぞ。だったらモビルスーツを生産できる環境を作れば良い。つまりは破壊だ。モビルスーツ同士の戦いが起きれば当然破損する。それを補おうとして工場が動く。人が動く。当然あらゆる形でキャピタルは発生する。それを人が使う」

「そう、経済が循環するんです。破壊と生産のバランスを取る事で大多数の人間が自分達の生活を維持できる。だから僕は連邦にも接触し、一部の人間と契約を交わしました。同様にテロリストを先導し、彼らにモビルスーツを与えました。何も知らないテロリストは自分達の思いのままに戦い、何も知らない連邦がこれを迎撃する」

「そしてモビルスーツが作られる。知っているのは一部の人間のみ、か。よくもまぁ考えたもんだ」

「お褒め頂いて何よりです」

「皮肉だよバーカ」

 

 つまり今の戦いは仕組まれたものだ。一部の人間のみが知る仕組まれた戦い。何も知らない者は己の正しさを胸に戦う。それすらも利用されていると知らずに。

 綺麗事だけで世界は動かない。分かっていたつもりだった。だがこれは、これではあんまりだ。

 テロリストを擁護する訳ではない。しかし彼らも己の信じる事を胸に銃を取っている。そしてそれから世界を守ろうとしている連邦の兵士達がいる。かつてのSpiritsの様に、今のGeistの様に。この仕組みはそれすらも歯車として扱うシステムだ。

 反吐が出るくらい醜悪で、溜息が出るくらい人間らしい。

 

「戦い、争いという点を割り切れば世界の安寧とはこういう事なんだと思います。真実を全て晒す必要もなく、例え仮初でも作られた物でも良い。人はまず自分の幸せを願い、潤ってこその平和でしょう?」

「ああ、正直ぐぅの音も出ねぇよ。真実を知った俺がそれを許せるか、許せないかは別にしてな。だが根本的な部分が分からない。何故連邦はジェネレーションシステムに行こうとしている? お前も何故ジェネレーションシステムを求める?」

「……来るべき取引の材料ですよ」

「何? ……まさか時空管理局か?」

「漸く頭が回って来ましたね。そうです。このシステムはこの世界の中だけで完結していればそれで良かった。しかし知ってしまったんですよ。自分達よりも遥かに高度で広大な文明が存在する事をね。その一員になる事は良い。しかし一員になる以上、発言力は欲しい。連邦は来るべき時空管理局との交渉の為のカードを持つ必要がある。モビルスーツを管理局は質量兵器だと言って許しはしないでしょう。ならばジェネレーションシステムは? 世界まるまる一つ構築するシステムが自分達の手中にあれば交渉を有利に進める事だってできると連邦は考えたのです」

 

 なんてこった!

 頭から血が一気に抜けて、眩暈を起こすかと思った。ジェネレーションシステムを交渉のカードに使うなんて考え、レンの頭の中にはこれっぽっちもなかった。しかも時空管理局の一部もジェネレーションシステムを求めている。最高評議会が白日の下に晒され、スカリエッティの言葉であの世界もシステムの存在に気付いた。この後、第二、第三の最高評議会が出てこないとも限らない。そもそも、ジェネレーションシステムは人間の手でどうこうできる代物ではないとレンは考えていた。あの力は強大過ぎる。それを人間が正しく使えるとは到底思えない。

 絶対に碌な事にならない確信が彼にはある。

 

「ああ、やっと分かったわ。お前の組んだ世界のシステムも、ある意味じゃ正解なんだろうよ。ただお前は争いを失くすという事を切り捨てただけだからな。でもなモビルスーツの使い方なんて考え方次第で兵器以外にいくらでもあるはずなんだ。そして極めつけはジェネレーションシステムだ。あれは人が運用して良いもんじゃない。システムはシステムのままであるべきなんだ。だから俺はお前を否定する。今は兵器としてしか使えないモビルスーツを使ってでもお前を止めて見せる!」

「あははははっ! そうです! そうでなくっちゃ面白くない! 正直貴方がこの話を丸ごと受け入れたらどうしようかとヒヤヒヤしてたんですよ! さぁならば足掻いて下さいよレン・アマミヤ! どこまで出来るか僕は楽しみで仕方ない。精々僕を楽しませて下さいね!」

 

 ニューロ・レンは大きな笑い声を上げる。心の底からこの状況を楽しんでいる。

 楽しみが出来たと彼は言った。それどころではないとレンは思う。

 と、ひとしきり笑い終えた後、ニューロ・レンは二本目の煙草に火を点けた。そしてまた大きく吸って吐き出す。

 

「そう言えば一つ忘れていました。ジェネレーションシステムを取引材料に使おうとしているのはあくまで連邦。僕は僕の考えがある」

「へぇ。できればそいつも教えてほしいもんだ」

「知りたいですか? でもね……」

 

 

 

「教えてあげない」

 

 

 

 馬鹿にして、見下して、あざけ笑って。

 レンに向けられたのはそんな笑み。

 ああ畜生。そういう事かよ。

 お前にとって俺は玩具なんだろ? そうやってほいほい答えを与えて、本当の肝心な所はそうやって隠して俺がこんな顔をしているのをみてお前は楽しんでるんだろ?

 そうですよ。やっと分かりました? いやぁ本当に良い顔だ。その顔が見たかったんですよね~。

 ほらほら。もっとその顔を見せて下さいよ世界を救った英雄さん?

 いつの間にかレンの体を紫の大蛇が締め付けていた。ゆっくりと、するすると大蛇が体を締め上げレンは声を上げた。ニューロ・レンはただそれを見ている。口を歪め、目付きを歪め、レンが大蛇に締め上げられるのを見て楽しんでいる。

 さぁ、貴方にとびっきりのプレゼントをあげましょう。

 ニューロ・レンは嗤う。大蛇も鎌首を上げて嗤う。

 レンの目の前に大蛇の顔がやってきた。チロチロと赤い舌を揺らし、紅の瞳が顔を覗きこむ。

 身の毛がよだつ。これから何が起こるのかを考えたくないのに、思考は勝手にその姿を想像してしまう。

 そして大蛇は大きく口を開ける。どれだけ開くんだよと突っ込みたくなるほどに大きく口を開く。必死に力を込めて逃げようとするも、大蛇は逃がすまいと締め付けを更に強めた。脂汗が全身から噴き出す。

 締め付けられた体が強張る。だが大蛇の口はどんどん開き、ゆっくりとレンに近づく。

それはコマ送りの様にゆっくりとゆっくりと視界が大蛇の口内に埋め尽くされ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐしゃり。

 レンは自分の頭が砕ける感触を知った。

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