魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第46話 四年後のミネルバ

1

 

 

 

 フローレンス・キリシマは手に持ったカルテに目を通しながら深い溜息をついていた。

 Spiritsの軍医になってそれなりの時間は経っている。その間、多くの治療を行ってきたが、その大体が身体的外傷。つまりは戦闘や艦内作業時の怪我だ。次に多いのはクルー達の心のケア。戦闘が続けば心が疲弊する。オーバーワールドシステムで世界の追体験をしていく長い旅路でもやっぱり心は疲弊する。そんな中、姉御肌の彼女がいる医務室はある意味駆け込み寺の様な物だった。

 溜まった鬱憤。身も蓋もなく言えば愚痴。それを聞き、アドバイスを与えるというのが本来の務めなのかもしれない。しかしキリシマ女史はそれを叩き切る。容赦なく叩き切る。何故なら大体が相談した本人にも悪い所があるからだ。そこを指摘し、自覚させる。でなければただ甘やかしているだけになってしまうというのが彼女なりの哲学である。

 だが考えてもみてほしい。相手は愚痴を吐きに来たのだ。それなのに待っているのは自分への駄目だしである。たまったもんではない、というのが一般的ではないだろうか。

 しかしてどうして、何故かキリシマの医務室にこの手の話は後を絶えない。彼女自身それが何故か分からない。だが流行ってしまっている。

 理由は彼女がなんだかんだで愚痴を吐きに来た人物の味方だという事。そして彼女の性格上、気風が良い為不思議とすっきりするのだ。たとえ自分の駄目だしをされても悪い気分ではないらしい。

 しかしそんなキリシマが頭を抱えている。

 理由ははっきりしている。ベッドで寝ているレンの事だ。

 いかに彼女がこの艦で多くの心のケアを行い慕われていても、やはり限界はある。何せカウンセリングは彼女の本職ではないからだ。

 とりあえず持っている知識をフルに使って診断は行った。が、正直どうして良いかキリシマにも皆目見当がつかない。

 

(とは言ってもねぇ……)

 

 チラリと前を見る。そこにはレンを心配して訪れているフォワード達とドデカ改めディードがキリシマの診断結果を今か今かと待っている。

 正直勘弁してほしい。私は万能じゃないんだと言ってしまいたい。

 もう一度深く溜息をつき、キリシマはカルテを机の上に置いた。

 仮説はある。事前にディードに確認した事が真実であるのならば、可能性としてはかなり高いはずだ。

 

「ディード、あんた言ってたね? レンをこんな状態にしたのはニューロ・レンだって。それで間違いはないかい?」

「はい。と言っても、何かした現場を見た訳ではありませんが」

「構わないよ。もう一度教えてもらえるかい?」

「はぁ……?」

 

 キリシマに促され、ディードは当時何が起こったかを語りだす。

 事の発端はレンがニューロ・レンと初めて邂逅したあの日だ。二人が相対した瞬間、レンが突然倒れたのである。一体何が起こったのか分からずにディード達はうろたえるばかり。そしてニューロ・レンは彼女達とゼノンに向けてこう告げる。

 

「レン・アマミヤの心を壊しておきました。彼に資格があるのなら自分で這い上がってくるでしょうから、しばらく放っておきましょう」

 

 一体何を言っているのか分からないディード達を尻目に彼は部屋を出て行く。彼の言う事を頭から信じたつもりはない。しかし意識を取り戻したレンは抜け殻の様だった。これでは嫌でもニューロ・レンの言う事を信じざるを得なくなった、というのが彼女の弁である。

 

「で、あんた達はそういう話も聞かずに鵜呑みにしてしまったって所か」

「弁明のしようもありません……。正直テンパってました……」

 

 なんとも言えない顔でティアナが頭を掻く。スバル達もまた同様。抜け殻のように虚ろなレンの目を見て、若い彼女達はすっかり気が動転してしまっていたと言うべきだろう。

 まぁそれは仕方ない、とキリシマは思う。こんな姿を見せられれば、落ち着いて考えれば首を傾げてしまう事も受け入れてしまう事は往々にしてある物。それに今はそこを責める意味もなければ必要性もない。

 問題なのはニューロ・レンだ。ディードの言葉からして、虚言の類ではないだろう。現にレンの様子は普通ではない。それに彼女には仮説がある。ニューロ・レンがレンをベースにしたニューロであるのならば今の状況を説明するにはこれが可能性として最も高いだろう。

 

「やっぱり感応力の増幅による精神干渉ってとこかな」

 

 呟いた言葉に五人が一斉に首を傾げた。そんな彼女達にキリシマはPCを操作し、画面に形の似た四つの波形を映し出す。だがこれだけではさっぱりだと言わんばかりの五人に、そりゃそうだとキリシマは更にもう一つ波形を表示した。それは最初の四つとは大きく形が異なっている。だがやっぱり分からないものは分からない。

 

「最初の四つはSpiritsの中でも特殊な能力を持つ人間の脳波パターン。そして最後の一つはそれを持たない一般的な人間の脳波パターンなんだ。時間もないんでネタバレすると上からマーク、レン、キール、レヴィ。んで一般人代表はマリアだ」

「へぇ~……ってレヴィ!?」

 

 ティアナだけではない。彼女を知らないディード以外。つまりは機動六課フォワード四人が驚きの声を上げる。マークとレンはまぁ良いだろう。キールも例としては許せる。だがレヴィが出てくるとは思わなかった。予想だにしなかった人物が特殊な能力を持っていると言われてもピンと来ない。

 

「そんなに驚く事かい? まぁ話を続けるよ。この世界に限らずジェネレーションシステムが見せる世界にはこの特殊な脳波を持つ人間を様々な名前で呼んでいて、自然に発生する者もいれば、人為的に生み出された者もいる。共通して言えるのは彼らが全員、強力な脳波を持っている事だ。そして強い脳波はそのまま強い感受性になる。どうやら無意識に身の回りの現象を情報として脳が処理しちまうみたいなんだ。それにこれが強い人間はテレパシーみたいに会話できるらしい。これは魔法の念話みたいなもんだと思ってくれて良いね。だがこの脳波も見ての通り、個人によって微妙に異なるのは分かるね? もしもこれが一致したら……。あたしは互いの精神に干渉する事も不可能じゃないと思っている」

「そうか! ニューロ・レンはレンさんのニューロなんだから波長ももしかしたら同じかもしれない!」

 

 エリオが声を上げる。そしてそれはキリシマが考えていた事をズバリ言い当てていた。

 かつてキリシマがオーバーワールドシステムで見てきた世界でも、この特殊な脳波を持つ人間は刻を垣間見る域にまで達した者がいるという。キリシマはそれを脳が高速で情報を処理した結果だと考えていた。

 極限まで集中した結果、物事がスローモーションに見えるあの現象に似た物だ。あれと同じ事が起こっているのならば、ディード達は何が起こったのか分かりもしないだろう。恐らくその刹那の間にレンとニューロ・レンは二人だけの時間が存在していたはずなのだから。

 しかしこれが正解だったとしても、解決には至らない。それはあくまで仮説が原因を解いたに過ぎないからだ。ようやくここでスタートライン。後はどうやってレンを戻すかが問題である。

 だがキリシマは一つの希望を見出していた。それはスバルがレンの声を聞いたという事である。もしもそれが真実であるとすればレンの心はまだ壊れきっていない。心と体のバランスが崩れてしまっているのだと仮定できる。

 

(けどそれが一番の難問なんだよなぁ……。さて、どうしたものか)

 

 専門外も良い所。それでもやらなければならない。

 突破口は必ずある。そう信じて知恵を絞りだすしか今はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃ミネルバのブリッジ。艦長ニキ・テイラーの下にセリカとゼノン。そしてチンク達が集まっていた。現在ミネルバはリーンホースJr.と共に極東基地に進路を向けていた。今回の作戦、連邦の上層部から許可は得てはいるものの、マフティーと繋がった一部の強硬派からは確実に目を付けられたに違いない。

 現在穏健派上層部も事態の把握に動きだしており、幾分かの牽制になってはいるが規模も不明な上、追手がいつかかるかも分からないのが現状。その前に機体をできるだけ修理したい。そして一刻も早く次の目的地である宇宙へと向かう必要があった。

 だがその前にやる事がある。

 情報収集だ。

 

「まずはご無事で何よりですゼノン中将」

「君もミネルバも元気そうで何よりだ。と言っても正直、驚きは隠せないな。四年前に消息を絶った君達がいきなり姿を見せたのだからね」

「その点に関してはお詫び致します。何分我々の存在はこの世界では劇薬にも等しいのです。故に今まで姿を隠しておりました」

 

 ゼノンと握手を交わした後、ニキは軍帽を目深に被り謝罪を行った。彼女の言いたい事はゼノンも承知している。彼女達もまたジェネレーションシステムを知った存在。おいそれと軍に戻る事ができなかったのだろうと解釈する。

 

「ええ。クル―達を信用していないわけではありませんが、情報はどこから漏れるか分からないもの。勿論クル―の中にも地球に残した家族に会いたいと言う者もいましたが堪えてもらいました。本来ならば大手を振って会わせてあげたかったのですが、そうも言っていられない状況でしたので……」

「というと?」

「まずは私達に何が起こったのかを説明しましょう。私達も分からない事が多かったのですが、幸いティアナさん達と情報交換ができた事で少しずつ見え始めてきた所なのです」

「了解した。ここで一番状況を掴めていないのは儂と彼女達だ。是非艦長の話を聞きたい」

 

 そう言ってゼノンがチンク達にも目配せすると、彼女達も頷いて応える。

 ならばとニキは語り始めた。

 事の起こりはやはりジェネレーションシステムでの転移である。その時ミネルバもまたミッドチルダに飛ばされた。当時は訳も分からず、そこがミッドチルダだという事はティアナ達と話をしてようやく知る事になるのだが、驚くべきはレン達が飛ばされた時代から数年前のミッドチルダに飛ばされたという点だった。

 次元の境界が不安定だったのかどうかは定かではない。しかし事実としてミネルバはレン達よりも更に昔のミッドチルダへと飛ばされたのである。が、当然当時のニキ達は一体何が起こったのかさっぱり分からない。彼女達が気付いた時、外では既に戦闘が始まっていたのだから。

 いや、それすらもニキ達にとっては驚きの連続だっただろう。

 戦っているのは先ほどまで戦っていたレギナと生身の『人間』である。しかもなんという事だ。人が空を飛び、杖から光を放っているではないか。シュテル達から魔法の存在を知らされていなければ、それは魔導士だと言う事にも気付かなかっただろう。その予備知識があったからこそ、ニキは息を潜めるという選択をしたのである。

 シュテル達から得ていた予備知識からあれがきっと時空管理局という組織なのだろうとは容易に想像できた。しかし彼らは質量兵器を好ましく思っていないのに対しミネルバは戦艦だ。質量兵器の塊である。レギナと戦う管理局員には申し訳ないが、ここで動く事は得策ではないと考えたのだ。そして機を見計らって彼女はミネルバを動かす指示を出す。どこでも良い。とにかくこの場を切り抜ける為に、無理矢理空間跳躍を行ったのである。

 

「その話はドクターから聞いた事がある。その際に管理局が少女を一人連れ出していたのだろう?」

 

 チンクの言葉にニキも頷く。

 あの時連れ去られたのはカチュア。ニキがその報告を聞いたのは既に空間跳躍の準備に入っていた時だったのだ。途中で中断もできず、結局カチュアを置いて彼女達は空間跳躍をしてしまう事になる。

 

「まさかその後カチュアが十年も眠らされるなんて思いもしませんでした。そして彼女の知識がミッドチルダに大きな影響を与えるなんて……」

 

 そう言って目を伏せるニキにチンクは複雑な思いを抱く。

 その大きな影響の中心にいるのは紛れもなくスカリエッティだ。そして自分はその娘とも言うべき存在。

 無関係ではない。むしろ渦中だ。今までスカリエッティの言う事は正しいと信じ、どんな事もやってきた彼女だがここに来てそれに疑問が生じているのは否めない。果たして自分達が行っているのは正しい事なのか? もしも間違っているのだとすれば、一体どれだけ罪を自分は重ねてきたのだろう。

 知りたくなかった。知らなければ自分はスカリエッティの娘として任務を全うできたというのに……。

 スカリエッティの考えが分からない。こうしてこの世界に降り立った時点で自分がこんな事を考える事を予想できなかったはずが無いのだから。

 分からない。スカリエッティは自分達に何をさせようというのだ。

 

「ペンデ。……ああいや、本当の名前はチンクだったか……。あ~っと、チンク。考えるのは後だ。今は艦長の話を聞こう」

「ゼノン殿……。承知した」

 

 顔に出ていただろうか。ゼノンの言葉にチンクは肩の力を抜いた。とにかく今考えても仕方の無い事に間違いはない。ならば今は話を聞こう。

 チンクが話を聞く体勢になったのを確認し、ニキは語りを続ける。

 とは言うものの、次にニキ達が気付いた時にはこの世界に戻ってきていたのだ。

 

「なんだ。随分とあっさりと戻ってきていたんじゃないか。レンが言うにはあいつらは随分と苦労していたみたいだぞ?」

「うむ。キール達もだ。そんなにあっさり帰ってこられるなら彼らの苦労は一体……」

「二人とも……帰ってきた世界が既に二年の時間が過ぎていたとしても同じ事が言えますか?」

「……なんだと?」

「んなっ!?」

 

 ニキの言葉に二人は思わず声を上げてしまった。

 二年.一言で言うには容易いが、それは先のミッドチルダの件も含めて完全な時間移動だ。場所と場所のワープとはまた更に意味合いが変わって来る。

 いきなり十年前のミッドチルダに行き、帰ってくれば二年の時間が過ぎている。

 あくまでもそれはゼノンやチンク達の主観である。ニキ達にすれば全てが短時間の出来事だというのに。

 

「流石に混乱しましたよ。いきなり知らない世界に行って、帰ってきたと思えば既に二年が過ぎている。しかも後から聞けば最初の世界は十年前で、いつの間にか全ての元凶になってしまっている。一体何がどうなっているのやらと聞きたいのはこちらの方でしたね」

「うん。先の言葉は撤回させてくれ。軽率だった……」

「私もだ。すまない艦長」

 

 流石にゼノンとチンクが頭を下げた。しかしニキはそれを上げさせる。言われた事に関して思う所は無いし、レン達の苦労はティアナ達から聞いている。謝られても現実は変わらないのだ。

 

「何故私達が十年前のミッドチルダに転移したかは分かりません。しかしこの世界に帰還した理由については大凡の検討がついています」

「……それもジェネレーションシステム、という訳ですね」

「さすが先輩。飲み込みが早いです」

「先に聞いていた分、中将達より考える時間が多かっただけですよ」

 

 大した事ではないと肩を竦めるセリカだが、ニキは素直に彼女を称えた。

 しかしゼノンとチンク達にはピンと来ていないようだ。ならばとセリカが引き継ぎ彼女の仮説を話す。

 

「ミネルバの空間跳躍は元々オーバーワールドシステムの延長上にある技術です。そしてそのオーバーワールドシステムはジェネレーションシステムから与えられたもの。ジェネレーションシステムというOSの中で移動をするデータという扱いで考えればさほど難しいものではありません。しかしそれには一度ジェネレーションシステムにアクセスする必要性があります。つまり異世界で空間跳躍を行った事でニキさん達は図らずもジェネレーションシステムにアクセスした。いや、アクセスできてしまった。結果、強制的にこの世界に引き戻されたと考える方が筋は通るでしょう。ただ、二年の時間のズレについては説明しようがありませんが……」

「いえ、十分です。私も同様の考えですから。どうです? お分かり頂けましたか?」

 

 分かるには分かったが、とゼノンはニキの問いに顔をしかめるしかなかった。二人の推論が正しかったとしても実感が湧いてこない。セリカはどこか達観した所があるのでこの世界をシステムが生みだし、それを統括しているのもまたシステムだと言われても、それをそのまま受け入れられるのだろう。

 ゼノンも受け入れたたつもりだった。レンから話を聞き、最初こそ驚いたものの、そこに一応の理解を示したはずだった。だがこうして改めて考えてみるとどこかまだ違和感が拭いきれないでいる。

 

「儂は正直、今になって分からなくなってきたよ。ただ、君達の話を聞く程にこの世界がジェネレーションシステムによって生み出されたものだと再認識させられる。今までの常識が音を立てて崩れるのが聞こえてしまうくらいだ」

「仕方ありません。私達も気持ちの整理をつけるにはそれなりの時間を必要としました。二年。私達がこの世界に戻ってからそれを再度認識し、現実として受け入れるまでにそれほどの時間を要しました」

「では君達はこの二年間、それを受け入れる何かをしていたという事かな?」

「していた、というか目の当たりにした。というのが現実でしょうね……」

 

 そう言ってニキはゼノン達を見渡した後、チンク達で視線を止める。

 その意図を彼女達は理解した。そしてそれを語るべきは今だという事も理解する。

 だがその前にニキに確認しておかなければならない事もあった。一歩前に出て、チンクはニキに視線を合わせ、それを尋ねる。

 

「艦長、貴方は理解しているのですね? 私達がどういう存在なのかを」

「概ね、とだけ言っておきましょう。私達は結果しか知らない。原理は是非貴方の口から聞きたいものですね」

「承知した」

 

 今度はチンクが見渡した。大きく息を吸って、吐く。数々の戦闘をこなしてきた記憶があるが、それとは違った緊張感に彼女の顔も強張る。自分は試されているのだ。仲間と見てもらえるか否かを。

 

「……まずは私達がどの様な存在であるかからお話すべきなのでしょうね」

 

 まずはそれからだとチンクは話を切り出した。

 

 

 

2

 

 

 

「ニキさん、どう思いますか?」

「原理としては不可能ではありません。ジェネレーションシステムに介入できればもう何でもありな世界なんですよ。ここは」

「私もまだまだ理解が足りないという事ですか」

 

 チンクの語りが終わってニキはセリカと食堂に来ていた。二人でコーヒーを飲みながらチンクが語った事を思いだす。

 彼女達はこの世界において現実ではない。一言で言ってしまえばそれだった。

 アバター。

 以前、アプロディアがレン達に当てたメッセージの中にも出てきた単語である。

 その意味する所は分身。主にネットの世界での分身を指すが、今回もそれにほぼ等しいと言えるだろう。

 ジェネレーションシステムの外の世界。今回ならばミッドチルダに彼女達の本体がある。その意識、記憶、能力等のパーソナルデータをジェネレーションシステムに送り込み、再現したのがチンク達であり、アバターというプログラムだ。だがそれではジェネレーションシステムに不具合が生じてしまう。何故ならこの世界はシステムの監視下にあり、この世界の人の数は全てシステムが把握しているのだ。不自然な人口の変動はシステムに目を付けられる要因になり得る。

 だからスカリエッティは世界がプログラムである事を利用した。システムが数で判断するのならば、数を変動させなければ良い。つまりチンク達は誰かの人体構成プログラムを利用、成り変わってこの世界に存在している。セリカ達の前に現れたゼノンの偽物もこのプログラムを応用したものだ。誰かの人体構成プログラムを変容させ、ゼノンそっくりに仕立て上げたのである。

 それがスカリエッティの生みだしたアバタープログラム。ジェネレーションシステムの目を掻い潜ってチンク達がこの世界に存在できている理由だ。

 

「しかし恐るべきはこの世界にいる限り、誰が誰に成り変わったのかを私達が認識できない、という点でしょうね」

 

 揺れるコーヒーの水面を見つめセリカは深い溜息をついた。

 彼女の語った言葉こそこのプログラムの恐ろしい所。このプログラムが走った時点で記録の改ざんが行われる点だ。システムの目を誤魔化す為のアバターだが、それに加えて基になった人物データが上書きされ、あたかも最初からその人物がいたかの様に辻褄を合わせてしまうのだ。

 事実、チンク達はこれを利用しニューロ・レン達に接触を行っている。

 

「現段階では試作段階。大量投入される前でこの話が聞けただけでも良しとしましょう」

「そうですね。でも聞けば聞くほど、命のへったくれもないプログラムですね」

「その点については同意します」

 

 むくれるセリカにニキは同意しつつも苦笑いを浮かべた。

 チンク達アバターはあくまで分身だ。意識、記憶、能力は確かにオリジナルと遜色変わらない。そして生きている以上、死もまたこの世界のルールとして存在する。だが彼女達の場合、厳密にはミッドチルダにいる本体がいる限り本当の死ではない。どうやらアバターが死んだ場合、ここで得た知識、記憶は全てオリジナルにフィードバックする仕組みになっているらしい。そしてその人物が再びアバタープログラムを使用しれば、その記憶を持ったまま顕現できるというのだ。

 

「これもまた一つの不死の形という訳ですか」

「本体が死なない限りの、ですね。ただ気になるのは一点。ここまで手の込んだプログラムなのに、結局この世界で彼女達が自由意思を与えられているのは何故なんでしょうか?」

「それはチンクにも分からないらしいです。一体そのスカリエッティはどんな意図を持っているんでしょうかねぇ……」

 

 そうセリカは呟いてみたものの、分かる筈もない。そうである以上、彼女達をこのまま連れて行く事に対して不安がないと言えばやはりそれは嘘になるだろう。

 何故ならこれから本当に向かう先は宇宙。そしてその先にあるのは……。

 

「ジェネレーションシステム、ですか……」

「先輩?」

 

 額に手を当て、暗い表情を見せたセリカにニキもいたたまれない気持ちになる。

 最愛の息子があんな状況だというのに、事態は待ってくれない。彼女の事だ。本当ならレンの傍にいたいに違いないのだ。だがGeistの隊長である事がそれを許さない。レンを心配に思うのであれば、一刻も早く宇宙へと上がるべきだ。

 そもそもSpiritsとGeistが合流できたのには理由がある。レンに対しアプロディアがメッセージを残したのと同じく、ニキに対してもアプロディアからのメッセージが届けられていたのだ。

 そのメッセージを信じ、両者は宇宙で合流を果たし共同戦線を張る事になった。そしてアプロディアは宇宙のあるポイントを指定してきた。そこに向かおうというのである。

 

「ジェネレーションシステムにはまだアプロディアの意思が残っています。私達が空間跳躍の後、今まで隠れていられたのもニューロ達が断片的にシステムの力を使えるようにしていた基地に身を寄せていたからです。そこならばレンの治療も少しは落ち着いてできるはずですよ」

「……だと良いのですけどね」

 

 励ますニキだが、セリカの表情は一向に晴れる事はない。

 拭いきれない不安が胸を締め付けてくる。ジェネレーションシステムに到達する事が果たして正しいのだろうか。アプロディアがSpiritsとGeistをジェネレーションシステムに導こうとしているのは間違いない。だが導かれた先に何があるのだろう。所詮は人の世の中で起こった出来事。そこにシステムが積極的に介入してくる意味が分からない。

 セリカが黙って思案にくれる姿をニキは声もかけられずにただ黙していた。

 これでもそれなりに長い付き合いだ。彼女の考えている事は大体分かる。

 そして意を決し、声をかけようとしたその時だった。

 

 艦内に警報が鳴り響いた。

 

 二人は弾かれた様に顔を上げる。すぐさまニキが艦内通信機に駆け寄り、ブリッジに連絡を取る。

 そこに出たのはオペレーターのミラ。状況報告を促すニキに彼女は悲痛の声を上げる。

 

『艦長、敵襲です! 至急ブリッジにお戻り下さい!』

「先輩!」

「分かっています! ゼロを出しますよ! ミラさん、格納庫の方に連絡をお願いします!」

『了解しました!』

 

 ミラとの通信を切ったセリカは次にリーンホースJr.に繋ぐ。この騒ぎを聞きつけ、あちらでも既に部下達が動き出しているはずだ。そして彼女の通信に出たのはエリスだった。

 

「エリス、状況は把握していますね?」

『はい。既にクレアとレイチェルがスタンバイに入っています』

「宜しい。ではリーンホースJr.の指揮は貴方に一任します。私もこちらからゼロで出ますから、ニキさんと連携を取って下さい」

『了解しました。ニキさん、お願いします!』

「ではビーム撹乱幕の散布を! モビルスーツの発射を優先して下さい!」

『はい!』

 

 さすがセリカが鍛えた人物だ。パイロットだけではなく、セリカがいない場合は彼女が鑑の指揮を取れるようにしていたらしい。ニキが伝えた事を的確に指示するエリスに素直に驚くばかりだ。

 これは後輩だからと言ってうかうかしてはいられない。セリカと別れ廊下を走るニキはその思いのままブリッジに駆け込んだ。中はすでにいくつもの情報が飛び交う戦場と化している。艦長席に座り、軍帽をかぶり直すと彼女は一度全員の注目を集めるべく声を上げた。

 

「状況報告!」

「はい! 敵は地球連邦所属の機体、トルネード。数は十二! 後方にペガサス級、サラブレッドです!!」

 

 トルネード。正式にはトルネードガンダム。オーバーワールドシステムからSpiritsが得たデータを基に地球連邦が独自に開発したモビルスーツだ。ガンダムの名を冠しているのは、多くの世界でその名前が大きな影響力を持つ事に着目し、ニューロとの戦いでも味方の士気を上げる事を狙った為。また量産を目的に開発され、機体の癖も少ない事から多くのパイロットが使用する連邦の主力機体の一つである。

 余談だがセリカのフェニックス・ゼロもまた連邦が生み出した主力機体である。こちらはマークのフェニックスガンダムのデッドコピーの意味合いも強く、一部のエースに与えられる機体だ。

 そしてペガサス級戦艦サラブレッド。これもまた現在の地球連邦の主力艦の一つに数えられる。

 それが後方に迫り、ミネルバとリーンホースJr.を狙っている。ニキは対空戦の指示を出した後、一人思案にふけった。

 展開が早い。基地の襲撃からまだ一日も経っていない。それほどまでマフティー支援派の勢力が強いのか? それとも諜報部の情報操作か? どちらにせよ、相手がこちらを潰しにかかっているのは間違いない。ここを切り抜けたとしても、無事に宇宙に上がれる確率も大幅にダウンしたと見て良いだろう。

 それにこちらもまだ傷跡が残っている。できれば穏便に済ませたい所ではあるが……。

 

「ミラ、サラブレッドに通信を繋げて下さい。一度話をしてみる必要があります」

「了解しました。通信繋げます」

 

 ニキの指示を受け、ミラがサラブレッドに通信を試みる。相手が受けてくれれば良し。尚且つ、話を聞いてくれる人物であれば良いのだが……。

 

「通信繋がりました。映像出ます!」

 

 まずは第一関門突破と言った所か。ミラの言葉にニキはひとまずの安堵を覚えると共に映し出された映像に目を向けた。相手の艦長はいかにも歴戦の戦士といった風体の男。後は彼が自分の話に耳を傾けてくれる事を祈るばかりである。

 

「お初にお目にかかります。Spirits所属ミネルバ艦長ニキ・テイラーです」

『地球連邦所属サラブレッド五番艦艦長のエイブラムだ。四年前の英雄艦に会えた事、正直驚きは隠せないが話ができる事を嬉しく思う』

「貴方があの……」

 

 エイブラム・M・ラムザット。ニキも噂程度に聞いた事がある。ニューロ大戦時から猛将と呼ばれた人物。多くの武勲を上げた有名人だ。

 なるほど、画面越しにも感じる威圧感。戦場での叩き上げは伊達ではないという事か。

 

「今回の襲撃の理由をお聞かせ願えますか? 我々が襲撃を受ける理由が皆目見当つきません」

『……上層部からの命令だ。上層部はSpiritsとGeistに向けての攻撃命令を下した。連邦基地襲撃の件に責を問う形でな。故に近郊にいた我々がその任を受けたのだ』

「そんな! エイブラム艦長、我々はともかくGeistは正式に連邦の許可を得て襲撃を行ったのです!」

『無論承知している。マフティーと連邦の一部が結託し、戦火を広げている。それを食い止める為の襲撃だったのだろう? だが事は貴方が思っているよりもっと悪い。その一部が強行策に出たのだ。今回の事もその一部が牛耳り、君達を擁護する側を封じ込めてしまった為。残念だが俺は軍人だ。上からの命令とあればたとえ間違っていたとしても出撃せねばならん』

「エイブラム艦長、貴方は……」

 

 彼も分かっているのだ。この戦いが無意味な物である事が。しかし軍人として、艦長として彼は決断した。愚かと分かっている戦いに身を投じる選択をしたのだ。

 そして事態は最悪だ。あの襲撃がかえって強硬派を刺激してしまった。

 まさか穏健派を封じ込める形をとってくるとは夢にも思っていなかった。

 ギッと唇を噛み締める。今は耐えるしかないと、戦うしかないのかと。

 が、答えは別の所から、意外な形で振ってきた。

 

「少し落ち着きたまえよ艦長。肩に力が入り過ぎだ。まったく想定外の事が起こった時に視野が狭くなるのは君の悪い癖だぞ?」

「中将?」

 

 突然肩を叩かれた。振り返るとゼノンが不敵な笑みを浮かべている。

 彼はもう一度、ニキを落ち着かせる様に肩を叩くと今度は視線を画面に。エイブラムへと向ける。

 

「久しいなエイブラム艦長」

『いえ、中将も変わらずで何よりです。テロリスト達に攫われたと聞いて心配しておりましたが、どうやら杞憂だったようですな』

「なに、優秀な部下達もいたからな。まぁ世間話はここまでとしよう。エイブラム艦長、そろそろ本当の事を言っても良いとは思わないか? 彼女は英雄艦の艦長だと言われてもまだ若い。あまりいじめないでやってくれ」

『これはこれは。少々お遊びが過ぎてしまったようですな』

 

 展開に付いて行けず、キョトンと目を丸くしたニキ。当然ミネルバのクル―も、通信を繋げていたエリスも訳が分からずただただ男達の笑い声に呆けるばかりだった。

 

「中将、どういう事ですか?」

「ん? どういう事も何もない。彼は味方だという事さ」

「はい? い、いやしかしですね、エイブラム艦長は上層部からの命令で私達を攻撃に来たのでは……」

「表向きはな。だが疑問には思わなかったかね? やけに彼が情報に精通している事に」

「……あ」

 

 ニキらしくない間の抜けた声だった。

 今回の件、いくらなんでも彼は詳し過ぎる。自分達の襲撃の事、連邦内部の事。強硬派と穏健派と対立の事。よくよく考えてみれば強硬派がそこまで情報を流すはずがないのだ。理由? そんなもの決まっている。誰が好き好んで戦争をしたいものか。事が公になれば世論は確実に穏健派に味方するだろう。それを食い止める為にも強硬派がそこまで情報を明らかにするはずないのである。

 

『ようやく理解したようだな。そもそも私と中将は古い友人同士でね、中将が敵の手に落ちる直前に連絡を受けていたのだよ。そして有事の際には協力を約束していたのだよ。無論、我が基地のトップも承諾している。故に今回、表向きは君達の攻撃として出撃しているが実際の所、我々に攻撃の意思は無い』

 

 誰もが口を大きく開けていた。エイブラムはいかつい顔に似合わぬ笑顔を浮かべている。性質の悪い冗談も良い所だ。まさかゼノンがそんな根回しをしているとは誰が気付くか。気付く訳が無い。

 しかしそんな彼女達を尻目にゼノンの顔は引き締まっている。彼にしてみればエイブラム達は本当に保険だった。その彼が出てきたという事は……。

 

「極東基地には戻れないと見て良いんだな?」

『いかにも』

 

 やはりそうか。ゼノンの最悪の予感が当たった。

 

『現在、別の部隊が極東基地を包囲している。このまま戻れば戦闘は避けられないだろう。そこで我々が動いた。君達SpiritsとGeistを我が基地に招き入れる為の体勢が整っている。艦とモビルスーツの修理、補給は任せてほしい』

「そ、それは願ったりです! 極東基地に戻れないとなれば是非お願いします!」

 

 即答だった。極東基地に戻れない事よりも自分達が孤軍奮闘ではない事が、こうやって手を差し伸べてくれる人がいる事が素直に嬉しい。ニキは立ち上がると深く頭を下げた。精一杯の感謝を込めて。

 

『気にしないでくれ。それより時間が無い。俺の部隊のモビルスーツに先導をさせる。ミネルバとリーンホースJr.はそれに従ってついて来てくれ。基地へと案内しよう』

「はい! エリスさんも良いですか?」

『勿論です!』

 

 画面の奥でエリスも満面の笑みを浮かべ、ニキに返事をしてきた。きっと思いは自分と同じなのだろう。

 クル―達も予想外とはいえ、差し伸べられた手に異を反する者は誰もいなかった。

 となれば、出撃命令は撤回しなければならない。ニキは急いで格納庫のセリカに通信を繋ぎ、事の事情を説明したのだった。

 

 

 

 

 

『そうですか。戦闘にならないのであればそれに越した事はありません。……にしても中将、悪ふざけが過ぎます。事前に言っておいて下さっても良いのではないのですか?』

「そう目くじらを立てんでくれよ。エイブラム艦長達は本当に保険だったんだ」

 

 相手が中将とはいえ、セリカは物怖じしない。それは上司と部下というより、父と娘の様な会話だ。

 本当にこの二人は変わらないですね。

 横目でそれを見ているニキの口元にはうっすらと笑み。昔から変わらずだ。

 現在サラブレッドを先頭に十二機のトルネードガンダムがミネルバとリーンホースJr.を囲んでいる。

 目指すはエイブラム艦長の所属する基地。予定とは異なったが、これで少しは休息が取れるだろう。

 

「艦長、見えてきました」

 

 ミラの言葉にニキは窓に目を向けた。

 そこには青い海。極東基地と同様、海岸線に作られた基地が眼下に広がっている。

 思わず目を奪われた。最近はずっと宇宙暮らしで海なんてもうずっと見ていない。今回だって久しぶりの地球降下なのだ。一応重力環境で生活してはいたが、やはり本場の重力は違う。

 実の所、もうくたくただ。

 

(本当、今日は疲れました)

 

 ズン、という衝撃と共にミネルバが着水する。

 きっと今ベッドに入ったら数秒も待たずに眠れるんでしょうね。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、ニキは先行するサラブレッドの後部を見るのだった。

 

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