魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

48 / 69
第47話 悩む間もなく

1

 

 

 

 エイブラムの基地に到着してから二日が過ぎていた。

 ミネルバとリーンホースJr.は戦艦ドッグに入っての修理が続いている。先の戦いで損傷したGeistのモビルスーツも同時にだ。その間にニキら艦長達は作戦室に入り、次の目的地である宇宙へ上がる為の準備を進めている。

 人は慌ただしく動いているものの、こと戦闘という事に関しては不気味な程静かな二日間だった。

 強硬派にこちらの所在が判明していないのか、追撃の様子は無い。この分なら問題なく宇宙に上がれるのではないかという声まで聞こえてくる始末だ。

 しかし未だレンが元に戻る様子も無い。無気力に、ただ椅子に座って外を眺めているだけだ。

 この二日間で分かった事は、話しかける等の行為に関してはまるで無反応だという事。ただそれ以外、食べる、寝る等の人としての生理現象についてだけは行えるという事だけだった。

 ただただ生きているだけ。それが今のレンに最も相応しい言葉なのかもしれない。

 

「レン様、今日も良い天気ですよ」

「……」

 

 そんな彼の傍には基地の時の様なメイド姿のディードが離れずに付いている。反応が無いレンの世話を仕切っているのは彼女だ。あの基地でレンの世話をしていたのは自分だから、というのは彼女の弁。しかしここはそこではない。彼女がレンの世話をする義務は既に無くなっているのだが、彼女は頑としてそれを譲る事は無かった。

 今日も彼女はレンの横で静かに本を読みながら彼が回復するのを待っている。

 不意に本を読む手が止まった。そして視線は部屋の入り口に。

 しかしそこには何も無い。少し前までは気配があったが今は誰もいない。けれどもディードはそこに向けて小さな溜息を吐く。

 

「言いたい事があるなら、言えば良いと思うのですけれど。……お姉さま、どう思います?」

「まぁ、なかなか言い出せぬ事もあるさ。その為の一歩というのはなかなか難しい物だと思うよディード」

 

 部屋の影から頬を掻いたチンクが姿を見せた。しかしディードは首を傾げるばかりである。

 

「そういうものなのですか? 私にはまだ理解できません」

「分からない、と言う事が大事なんだ。自分で考え、理解する事。今は分からなくてもきっと分かる時が来ると姉は思っているよ」

 

 理解できない、という言葉が出るだけでも上出来だ。少し前のディードなら理解できない、ではなく理解しようとしないだったに違いない。

 けれども今は違う。この世界に来て、様々な人に触れ、感情の少なかったディードの明らかな変化が生まれている。それはチンクも同じだ。ディードよりは感情という物を知っている彼女もまた、この世界で気付かされた事は多い。

 

「とは言え、良い事ばかりでもない、というのが正直な所かな。……何故ドクターは私達に自由意思を与えたのだろうな。こんなに悩むくらいならいっその事自由意思など要らなかったと思う事もあるよ。ドクターの命令で動く機械だったならどんなに楽だったろうにってね……」

 

 椅子に座り肩を落とす。小さな肩が震えていた。今まではスカリエッティの言葉こそが全てで、それを信じて疑わなかったのだ。だがここで彼女の世界が一気に広がってしまった。故に悩む。一体何が正しくて、何が正しくないのかを。

 マフティーと共に行動し、モビルスーツで命が奪われる様を何度も見てきた。言葉では筆舌し難い光景も見てきた。以前ならスカリエッティの言葉こそが大義だと割り切って考えていただろう。しかしここにスカリエッティの言葉は無い。だから聞いてみたくなった。話してみたくなった。彼女達が語った偽りの管理局ではなく、彼女達が知る負の管理局でもない。管理局の正の部分を歩いてきたレン・アマミヤと機動六課のフォワード達と。あの基地でレンを助けたのはそれが理由。ティアナ達と行動を共にしたのもそれが理由の一つだ。連邦強硬派のやり方に嫌気が差しただけではないのである。

 

「それでも、私は意思を与えてくれたドクターには感謝したいと思います。チンク姉さまの言う通り、決して良い事ばかりではないかもしれない。でも悪い事ばかりでもないと思います。少なくても、今ここでレン様のお世話をしているのは私の意思ですから」

 

 そう言い切ったディードの顔はこれまでチンクが見た事もない程に晴れやかな物だった。

 そんな彼女を見てチンクは思う。

 やはり妹は変わった。様々な人に触れ、レン・アマミヤという人物に触れ、確実に変わった。

 全く不思議な物だと不意にレンへ視線を向けた時である。

 

「……チンク姉さま?」

 

 ディードが自分を呼ぶ声も耳に入らない。いや、この際無視したと言うべきか。それはとても小さな物だったが、チンクにとっては驚くべき事だったのだから。

 不思議に思ったディードもチンクの視線を追ってレンを見る。そしてチンク同様、驚きに目を疑った。

 

 レンが窓の外を睨みつけていた。

 

 そう。たったそれだけの事なのだ。たったそれだけの事なのだが、今のレンが久方ぶりに見せた感情の動きなのだ。まさか心が戻ってきたのか? ディードと共に今度はレンの視線を追う。窓の外は水平線が見える海だ。そこに何がある? レンが睨みつける程の何がある?

 

「まさか……。ディード! お前はここでレン殿を見ていてくれ。私は急いで艦長達の所に行ってくる!」

「分かりました!」

 

 嫌な予感がする。胸騒ぎが止まらない。一刻も早く事実を確認する為、チンクは部屋を飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 一人、ティアナが自動販売機の前でがっくりと項垂れている。

 ディードが気付いていた気配。それはティアナだ。しかし彼女は部屋を離れ、一人こうやって項垂れている。自分に近づく気配にも気付かないほどに。

 

「どうした? 随分と元気が無いようだが」

「エイブラム艦長……」

 

 ガシャンと音を立てて自販機が缶を落とした。エイブラムはそれを取るとティアナに投げて寄越す。不意に投げられたティアナはあたふたとそれをお手玉しながらも、なんとかキャッチしてほっと肩を撫で下ろした。それをエイブラムは笑いながら見て、自分も一本自販機から取りだす。

 

「奢りだ。それでも飲んで少しリラックスすると良い」

「……はい。頂きます」

 

 ぎこちない笑いを浮かべ、ティアナは素直にそれに応じた。エイブラムも正面に座り、缶の蓋を開けてそれを煽る。

 

「苦ッ!! ってこれジュースじゃないでしょ!」

「はははっ! やっと気付いたか。そうだ、ノンアルコールビールだ。缶にも書いてあるだろう?」

「……確かに」

 

 缶を見てティアナは目を細めた。確かに缶にはノンアルコールビールと書いてある。何故基地にこんなものが普通に売っているのかは疑問だが、それに気付けなかった自分も自分だ。見ればエイブラムも同じ物を飲んでいる。飲めないと突っぱねるのも癪なのでもう一口、口をつけてみた。

 が、苦い物は苦い。

 

「苦いかい?」

「はいぃ。大人ってこんなの飲むんですか?」

「これが良いんだがね。だが本物には後一歩足りない。やはり本物のビールとは違うと俺は思うがね」

「……よく分かりません」

「大人になれば分かるさ」

「大人、ですか」

 

 大人になれば分かる。その言葉にティアナは少し頬を膨らませた。そもそも管理局は大人と子供の境界が曖昧な場所だ。認められれば子供の頃から大人と一緒に働き、時には上下関係だって子供の方が上である事もある。徹底した実力主義。それが管理局の姿なのである。昔、ティアナは早く大人になりたいと思っていた。けれどもそれ以上に自分の価値を認めさせたいとも思っていた。自分の価値を認めさせれば大人も子供も管理局では意味を成さなくなる。

 今でこそ幾分かその考えも軟化してきているものの、やはり根底にあるそれが完全に消える事は無い。

 むしろその大人の中で働いているからこそ自分がまだ子供だと言われているように聞こえるエイブラムの言葉には反感を持ってしまう。

 

「ふむ。気に障ったかな?」

「……いえ、別に」

「そこで素直になれない時点でまだ子供だという事だよ」

 

 駄目だ。反論できない。

 たとえ今どんな言葉で返したとしてもエイブラムを言い負かす事は不可能だと悟る。

 そして押し黙ってしまったティアナ。そんな彼女にエイブラムは悪びれもせずに微笑を浮かべたままだ。

 

「連邦と言うのは大きな組織だと言うのは君も分かっていると思うが、何分大人だけでは人手が足りなくてね。しかも四年前まで続いていた戦争の所為で更に人手は足りない。そこで志願兵を募った。結果入って来るのは君と同年代の若者達だ。これがはねっかえりの強い連中ばかりで、ちょっと力を持つと自分の力だけで何でも解決しようとしてしまう。いっちょまえに図体だけは大人と変わらないくせに、頭はまだまだ子供だ。それこそ若さゆえ、と言う奴だな。だが現場はそんなに甘くない。人一人の力なんてたかが知れている。俺達大人は若い奴にまずそれを教えなきゃならん。一人で何でもやろうとするな。何の為の部隊であり、チームなのかを考えろ、とな」

「……」

 

 どこかで聞いたような話、というかティアナはそれが他人事だとは思えない。

 かつて自分もまた同じ様に一人の力でなんとかしようとした経験があるからだ。あの時は多くの人に迷惑をかけた。後から聞いた話、機動六課分裂の危機にまで発展しかけたという。そして思いだす。あの時の気持ちを、あの時の決意を。

 

「……!!」

 

 パンッ! と盛大な音が響いた。ティアナが自分の両頬を叩いたのだ。突然突拍子もない行動をした為、エイブラムが呆気を取られているが関係ない。少し強く叩き過ぎたのか頬は赤くなっているが、その表情は晴れやか。エイブラムを真っ直ぐ見ていた。

 

「エイブラム艦長、少し相談に乗ってもらえますか?」

「……俺でよければ」

 

 ニヤリ。

 エイブラムはティアナの話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で、彼女達にどう接して良いか分からないんです……」

「ふぅむ。なるほどな」

 

 エイブラムはティアナ達の正体を知っている。協力してくれる以上、そこに隠し事はできないという理由でセリカとニキが説明したのだ。勿論トップシークレットの扱いでという事になっているが。

 その上でティアナは自分達とチンク達の関係を語った。

 ミッドチルダにおいて敵対している両者。両者合意の下、休戦のような形は取っているがミッドチルダに戻ればその関係は元に戻る。その結果が見えている以上、あまり深入りはすべきではないのではないのだろうか。彼女達を知れば知るほど、ミッドチルダに戻った時に果たして向き合う事ができるのかという不安が大きくなってくる。故にどう接して良いか分からない。

 

「思っていた以上に君達の関係は複雑なのだな」

「私もまさかこうなるなんて思ってもみませんでした……」

「当然だ。昨日の敵は今日の友、なんて言葉があるがそんな状況そうそうある物ではないからな。だがティアナ君。答えは至極単純な物だよ」

「単純、ですか?」

 

 果たしてそうだろうか。懐疑的な目をするティアナにエイブラムはふっと笑みを浮かべる。

 

「そう、単純だ。君は今まで通りに彼女達を捕まえる為に動けば良い。それだけさ」

「いや、それができるかどうか分からないから悩んでいるんですけど……?」

「ならば彼女達が君達の世界で悪事を働く事を君は容認するのかい?」

「それは……」

 

 思わず言い淀む。そうだろう? とエイブラムも肩を竦めた。

 

「本質的には何も変わらない。変えてはいけない事もある。彼女達を知る事と捕まえる事は決してイコールにはなり得ないだろう?」

「確かに……」

「彼女達を知るという事は悪い事ではない。むしろ何故彼女達が罪を犯さなければならなかったかを知るチャンスだと思えば良い。そしてこれ以上罪を重ねない様に君が止めてあげれば良い。それが君にできる事ではないだろうかね」

「そう……ですね。私、どこか焦っていたのかもしれません」

 

 エイブラムの言葉にティアナは肩の力がすっと抜ける気がした。言われてみれば彼女達を知る事と捕まえる事はイコールではない。考えてみれば当然の事だ。そして知ったからこそこれ以上の罪を止めなければならない。やる事は変わらない。単純な事だ。

 

「駄目ですね。どこかこうじゃなきゃ駄目だって考えを縛り付けていたのかもしれません」

「それに気付いただけ君は一つ大人に近づいたという事だ。……彼女達と今度ちゃんと話してみると良い。お互いが何を信じ、何の為に争うのか。こんな機会、本当ならあり得ないんだから」

「そうですね。捕まえるべき人間と一度話し合ってから捕まえるなんてあり得ませんよね」

 

 そう言ってティアナは笑いだす。つられてエイブラムも笑いだした。本当、こんな事滅多にどころか本来あり得ないだろう。しかしティアナはチンク達を話してみたいと、何故あんな事をしたのかちゃんと聞いてみたいと思った。その上でちゃんと彼女達を捕まえよう。これ以上彼女達に罪を重ねさせない為にもと決意を新たにする。

 と、その時だった。誰かが駆けてくる音が聞こえる。顔を向けるとそれは話題の中心人物、チンクではないか。息を切らして彼女がこちらに手を振り駆け寄って来た。その様子にティアナとエイブラムが顔を見合わせる。

 ただごとではない。チンクの様子から二人は直感的にそう判断した。

 

「エイブラム艦長! ランスターも丁度良い所に居てくれた。至急、管制室まで一緒に行ってくれ! 急いで確認したい事があるんだ!」

「ちょっと待ってくれ。一体どうしたと言うんだ?」

「事情は行きながら説明する! だから……」

 

 チンクが二の句を告げようとした刹那。

 轟音と震動が三人に襲いかかる。不意打ちにも近いその揺れに三人はバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。そして鳴り響く警報音。廊下を照らしていた光が消え、赤いパトランプが回りだす。

 それだけでティアナもエイブラムも何が起こったのかを理解した。

 全くの不意打ち。奇しくもティアナ達がやったように、今度はこちらが奇襲をかけられているのだ。

 

 

 

2

 

 

 

「私、結構根に持つタイプなんですよ」

「は?」

「いや、だからですね。自分でもどうかと思うんですけど、結構根に持つタイプなんです。だからやられっぱなしというのはどうにも我慢ならないんですよねぇ」

「ええと……。それが今どうかされたのでしょうか?」

「いいえ。な~んにも関係ありません。ただの独り言ですよ。お気になさらず」

「はぁ……」

 

 基地周辺海域。そこに連邦強硬派の艦艇がいくつも姿を見せていた。そしてその艦の一つ、ブリッジには連邦諜報部、あの大佐が座っていた。今更ではあるが彼の名はエンハンスト・セッサンタ。しかし仕事柄名前で呼ばれる事はあまり無い。

 精々報告の為の会議といった公的な時くらいだろう。普段は彼の階級である大佐。もしくは彼のコードネームである『ネームレス』と呼ばれる事が多かった。

 諜報部と言ってもそれは表向き。裏では敵対勢力のスパイや裏工作も行う汚れ役。連邦の暗部を知る組織でもある。彼はどちらかと言えば後者の方だ。故の『ネームレス』。おあつらえ向きなコードネームだと彼も思っている。

 ニューロ・レンとはその仕事の上で知り合った。連邦とニューロ・レンのパイプは彼である。彼が連邦にニューロ・レンとの対談の場を設けたと言っても良い。おかげで上層部との繋がりも深い物になった。

 

「ふむ。奇襲のミサイルは成功と言った所でしょうか」

「ジャマーが良い感じで働いているおかげですな。これで彼らの出鼻を挫く事ができました。……それにしても私には未だに信じられません。英雄部隊Spiritsやそれを組織したゼノン中将。ましてその中将が新しく作った特殊部隊Geistと猛将と呼ばれるエイブラム艦長が揃って連邦に反旗を翻すなど……」

 

 隣に座る艦長が目を伏せる。それを横目で見る大佐の目が鋭くなった。声にこそ出さないが内心では舌打ちを鳴らしている。この部隊の多くは情報操作により、Spirits達が連邦に反旗を翻したと伝わっていた。

 故にこれは連邦の正義を示す為の部隊と認識されている。

 しかし如何せん相手は有名人とその部隊だ。艦長の様な事を考える者も少なからず存在する。

 

(黙ってこちらに従っていればいいものを。これだから半端に相手を知っていると面倒なんです)

「そうですねぇ。私としても信じられません。しかし私達諜報部はしかとその証拠を握ってしまったのです。やっと勝ち取った平和を壊さない為にも投降するなら良し。もしそうでないのなら彼らには相応の罰を受けて頂かなくては、というのが上層部の判断です。その栄誉に艦長は選ばれたのですから、期待していますよ」

 

 だから彼は本音と建前を使い分ける。相手を見下しながら言葉巧みに相手を操る。媚びへつらいも過ぎれば嫌味。しかしさらりとした使い方なら嫌味にもならずに相手は自分の掌の上。案の定、連邦上層部からの期待という言葉は艦長の士気を上げた。面倒くさいほどのヤル気が彼から溢れてくる。

 

「その期待、見事に応えてみせましょう。私の部隊のみならず近隣の部隊もまたSpirits、Geistに負けず劣らずの精鋭。それがこれだけ揃っているのです。もし戦闘になったとしても負ける要素は万に一つもありませんな!」

「それは心強い。艦長の采配、ここで拝見させて頂きますよ」

「大船に乗ったつもりでいて下さい!」

 

 大船ねぇ……。泥船にならなければ良いですけど。

 艦長はこう言うが、正直Geistの戦力は前回の戦いで自分の予想以上だと言う事を大佐は知っている。

 そこにSpiritsが加わったのは予想外も予想外。今度はそこにエイブラムの部隊も加わった。艦長が言うほど生易しいものではないだろう。

 情報が確かならあの基地ではミネルバとリーンホースJr.が宇宙に出る為の準備を行っているはず。時間をかけては宇宙に行く時間をこちらから与えているようなものだ。

 勝率を上げる為にも打てる手は打つに限る。

 その為のミサイル攻撃だった。

 

 

 

 

 

 

 そして大佐の思惑通り基地は突然の攻撃で完全に出鼻を挫かれてしまっていた。ミサイルによって火災が起こり、多くの人員がその消火作業に右往左往する羽目になる。

 しかし管制室ではようやく相手のジャマーを突破しその規模が判明。エイブラムにもその通信が入り、サラブレッドに出撃命令が下された。しかし当のエイブラムはサラブレッドから離れていて、未だ到達が出来ていない。爆撃に揺れる基地の中、エイブラムは通信で指示を出していた。

 

「よし、視認できる位置まで相手は動いたのだな? ならばモビルスーツ隊の発進を優先させろ。このミサイルは牽制だ。次はモビルスーツが出てくるぞ。……何? 泣きごとを言うな! 最悪出撃ハッチをライフルで撃ち抜いてもかまわん! 俺も急いでそちらに向かう。それまで持ち堪えるんだ!」

「艦長!」

「ティアナ君、君達の方は連絡がついたかい?」

「はい、全員無事です。各方面にいたSpiritsとGeistメンバーはスバル達が守りながら鑑に向かっています」

「そうか。チンク君、君の方はどうだ?」

「妹達ならランスターの仲間達と連携してクル―達を誘導している。ただ少しばかり厄介な事が一つだけ」

 

 状況報告の中、チンクの顔が少しばかり曇った。しかし事態は一刻を争う。ここで言い淀んでのロスは避けたい所だ。報告を促すエイブラムにチンクは一度ティアナを見た後、口を開いた。

 

「ディードと連絡が取れない。どうやらミサイルの着弾ポイントの近くだったのかノイズが酷いんだ。彼女の事だから心配はいらないと思うのだが……」

「……レンさんね」

 

 コクリとチンクが頷いた。ティアナも顔が険しくなる。少しばかりではない。かなり厄介な事だ。

 ディードだけならなんとかなるだろう。しかしレンが一緒というのが良くない。ティアナの顔から一気に血の気が失せていった。大丈夫だと信じたい。しかし悪い予感ばかりが頭をよぎる。

 

「……助けに行かなくちゃ。あの人を失いたくない!!」

 

 青冷めた顔のままティアナはクロスミラージュを起動させた。同時にM-Systemも展開させる。黒いバリアジャケットをまとったティアナが我先に駆けだそうとする。しかしそれはバリアジャケットの裾を掴むチンクに止められてしまった。そんな彼女を睨みつける。だがチンクは首を横に振り、手を離そうとはしなかった。

 

「私が行く。ランスターはエイブラム艦長をサラブレッドまで送り届けてくれ」

「はぁ!? 何言ってんの!?」

「状況を考えろと言っているのだ!!」

 

 反論した所に怒声が浴びせられた。思わずキョトンと目を丸くするティアナにチンクはポンと腰を叩く。

 

「エイブラム艦長はサラブレッドに必要な人だ。しかしこの状況下、一人で行かせる事などできん。しかしランスターが居れば話は別だ。君の力なら彼を無事に送り届ける事ができると私は思う」

「そんなのあんたも同じじゃない。一人で行こうなんて無謀だわ!」

「いや、ディードと連絡ができるのは私だけだからな。あの子は絶対に無事だ。だから必ず見つけ出して合流する。レン殿も一緒にな」

 

 そう言って笑うチンク。光が彼女を包み、いつしかその姿がいつぞやの軍服になっていた。ただ一点、銀色に輝くハニカム構造のマントを羽織っている以外には。

 

「私を信じてくれ、なんて言えた義理ではないのだがここは本当に私を信じてほしい。必ずレン殿はそちらに送り届ける。……この命に換えてもだ。まぁこの世界から私が居なくなるだけなんだが」

「……簡単に命賭けないでよ。迷惑だわ。例え本当の死がこの世界では無くても寝覚めが悪すぎるの」

 

 そっとチンクの手を離させ歩きだす。しかしティアナは先とは別の方向、サラブレッドのある戦艦ドックの方へ歩き出し、不意に立ち止まった。

 

「あんたとはまだ話したい事があるの。ここでくたばったらミッドで散々嫌味を言って捕まえてあげる」

「……承知した。君の小言は長くなりそうだからな」

「余計なお世話よ。それとね、ランスターって言い方はやめて。ティアナって呼ぶ事」

「……ああ」

 

 背中合わせ。互いに示し合わせたわけでもなく、自然に拳を合わせる。

 そして二人は歩みだす。お互いがお互いの責務を果たす為に。

 だが一度も。ただの一度も振り返る事はなかった。

 

 

 

「艦隊からのモビルスーツ発進を確認! ウィンダムです!」

 

 ミネルバから状況を確認していたミラが声を上げた。偶然鑑にいたニキとミラはこの攻撃に即座に対応し、基地管制室と連絡を取りながら状況の把握に努めている。そしてそれに抵抗すべく、基地からも数機のフェニックス・ゼロとトルネードガンダムが飛び出していった。

 だが奇襲をかけた前回とは違い、今度は完全に後手に回っている。その上で数も圧倒的に相手に分がある状態。劣勢は否めない事にニキは歯がゆい思いをしていた。

 加勢に行きたい。しかしミネルバとリーンホースJr.には既に大気圏離脱用のブースターが取りつけられている。この状態でも戦えなくはないが機動力はいつもの半分以下になっているだろう。そんな状態で出ても良い的になるだけだ。

 

「ニキ艦長……」

「安心して下さい。大丈夫。突破口は必ずあります」

 

 隣に控えたキャロが不安気に彼女を見上げている。彼女もまた運良くミネルバのドックにいた一人だ。

 作業をしているメカニックメンバーに食事の配膳をしていた矢先にこの事態に見舞われた。

しかし何故割烹着なのだ。しかもご丁寧に和服まで準備して。

 ……似合ってるから良いけれど。

 なんて少しの間思考を別の所に置いてしまうほどニキはこの状況に頭を抱えていた。元々予想外の状況に強い方ではないと自覚はある。ゼノンにも指摘された通りだ。だがいつまでもそうは言っていられないとうのはニキも分かっている。

 

「よし。切り替え完了です」

「え?」

「こちらの話ですよ」

 

 首を傾げたキャロの頭を撫でてからニキは再び思考の海に身を投げる。

 キャロには大丈夫と言ったが、事実として辛い状況には変わりない。

 さぁどうすると何度も自問する。この状況を切り抜ける策をいくつも頭の中でシミュレートする。

 

『こちらからも打って出る他今は無いでしょうね』

「相変わらず唐突で最早突っ込む気もおきませんよ先輩」

 

 思案にくれるニキに入った通信はセリカの物。既に彼女はパイロットスーツを着込み、コックピット内で機材のチェックをしているようだ。きっとニキが指示しなくても出撃するつもりなのだろう。事実、それ以外に現状を変える手段は無い。故にセリカを止める気は無い。

 

「先輩、分かっていると思いますがその機体は……」

『レン君のセカンド機体だというのは承知しています。最低限のシステム変更は既にやりましたから、細かい調整は実際に動かしながらやるしかありませんね』

 

 言うが易し。されどそれをさらりと言ってのけるセリカにニキの頬がひくひくと細かい痙攣を起こす。

 呆れたのではなく、心底この女性のポテンシャルの高さに脱帽しているのだ。セリカはやると言ったらやる。それを知っているからこそ尚更に。

 

「でしたら私から言うべき事はありません。ミネルバに残された戦力の一つ、インパルス。確かに先輩に預けましたよ」

『はい。預けられちゃいました』

 

 ふわりと少女の様な笑顔を見せる子持ちの女性、セリカ・アマミヤ。彼女が搭乗しているのは愛機フェニックス・ゼロではなく、ZGMF-X56S インパルス。ニキの言う通りミネルバに残された機体の一つだ。

 シルエットシステムという換装システムを持つインパルスなら臨機応変に戦う事が可能になる。そしてミネルバに搭載されたデュートリオンビームを最大限に生かす事もできるというのは大きい。

 それをニキはセリカに預けた。そもそもレンがメインに搭乗していたのはガンダムデルタカイ。しかしデルタカイが何らかの不備で出撃できない場合を想定して、レンに限らずSpiritsパイロットはサブ機体を特別に持っている。ニューロとの戦争が終結し、モビルスーツ保有に一定の制限がかけられた今では考えられない優遇措置。しかし裏を返せばそれだけSpiritsの任務というのは連戦続きだったという事の証明でもある。そしてミネルバにはまだその機体達がある。今回戦力アップを目的にニキはその機体をGeistに提供する事を申し出たのだ。

 

「インパルス、発進準備整いました! シルエットはブラストを選択。こちらも準備整っています!」

「ではインパルス、発進して下さい!」

『インパルス。セリカ・アマミヤ、出ます!!』

 

 ミネルバの射出口から勢いよく飛び出していくコアスプレンダー。それを追って上半身を構成するチェストフライヤー、下半身を構成するレッグフライヤーが射出されていく。それがドッキングし現れたのは一機のモビルスーツ、インパルスガンダムだ。その背に遅れて射出されたブラストシルエットが換装。機体装甲を緑色に変え、砲撃をメインとした姿となる。

 インパルスはそのまま海面を滑る様に移動。早速上空のウィンダムに向けて四連装ミサイルランチャーをばら撒く。次々と着弾し、爆炎が空に咲いたがセリカはコックピットの中で渋い顔をしていた。

 

「照準がまだ甘いですね。コンマ5修正と言った所ですか」

 

 そう言っている間にもウィンダムがセリカに迫る。上空から撃たれるビームライフルを後退しながら避けるインパルス。水柱が次々と立つ中、セリカはコンソールを見ずに誤差を次々と修正していくと、今度はケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲一門を構え、発射。今度はセリカのイメージ通り、寸分の狂いもなく、更には射線が重なったウィンダム二機を貫通、撃墜してみせたのである。

 だが彼女に油断は無い。すぐに振り返ると肩部のレール砲を発射。それもウィンダムを二機撃墜してみせた。

 全てがあっという間。あっという間に数機のウィンダムが海の藻屑へと消える。ミネルバからそれを見ていたニキは改めてセリカ・アマミヤという女性に尊敬と共に恐ろしさを覚える。本来ならSpiritsに選ばれても文句の無い人物なのだが、彼女はこれを辞退している。後進の育成及びSpirits不在時の守りを固めるという理由だったが、いつ見てもセリカにはSpiritsに入って欲しかったというのがニキの本音だ。

 

「すごいですねセリカさん。機体の調整をしながら撃墜なんてちょっと信じられません」

「すごいなんて物じゃないです。普通できませんよあんなこと」

 

 素直に驚けるキャロが羨ましいくらいだ。

 そんな会話がされているとも知らず、インパルスがまた一機撃墜した。

 

 

 

 

 

 

 ティアナと別れたチンクは劫火と瓦礫の中を懸命に走った。その間もディードへの連絡を随時入れていた事が運を引き寄せる。漸く彼女と繋がったのだ。まずは安否を確認できた事に胸を撫で下ろし、急いで状況を確認する。どうやら間一髪砲火からは逃げる事ができたようだが、身動きも取れないでいるとの連絡。チンクはすぐに合流ポイントを指定するとそこまでの最短ルートを進む為に数本の投げナイフ、スティンガーを構えた。

 

「どうせこれだけ破壊されているのだ。今更壁の一つや二つ壊れた所で問題はないよな」

 

 カカッ! と音を立てて壁にスティンガーが突き刺さる。

 そしてチンクが指を鳴らすと同時に起こる炸裂。マントで身を守る彼女の前に大きな穴が生まれていた。

 ISランブルデトネイター。一定時間触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変える彼女の先天固有技能。彼女達ナンバーズはこの先天固有技能を持ち、中にはスカリエッティによって更に昇華させている者もいる。しかしチンクはそれをしていない。それに頼らずとも強力な能力だから、というか愛着の問題である。

 

「ディード!」

「チンク姉さま!」

 

 立ち塞がる壁は全て爆破し、チンクが指定ポイントに到着すると、待っていたかのようにディードが顔を上げた。その横にはこの状況でも未だ抜け殻の様なレン。しかし左腕と頭にディードの着ていたメイド服の切れ端が巻かれている。

 

「レン殿は怪我をしたのか?」

「軽傷ではありましたが出血がありましたので。ですがチンク姉さまも……」

「そんな事を言ったらお前もだろう。酷い顔だぞ?」

 

 お互い煤と埃にまみれた酷い顔だ。だがそれもお互い名誉の証。微かに笑い合った二人だがここでじっとしている事もできない。すぐにティアナ達と合流しなければならないのだ。

 ひょいとレンを担いだディードと共に元来た道を引き返す事にする。外は既にモビルスーツ戦に移行しているが、チンクが使った道なら比較的なんとかなるだろう。

 

「……」

「ん? ディード、何か言ったか?」

「私ではありません。レン様です」

「レン殿?」

 

 微かに聞こえた声に耳を傾けると確かにそれはレンだった。虚ろな目は変わらない。しかしその口は何かをうわ言のように繰り返している。

 

「……かなきゃ……。俺を……呼んでる……。……行かなきゃ……」

「呼んでる? 行く? レン殿、何を言ってるんだ」

「アレが……。相棒が……呼んでる……」

「ずっとこんな調子なんです。ですが私にはさっぱりで」

 

 どうやらレンのうわ言はずっと続いているらしい。帰路を急ぎながらもチンクはレンの言葉を考える。

 その意味は? ただのうわ言かとも思えるが、久方ぶりにレンが意思を見せている事がチンクには引っ掛かった。これは意味のある事なのか? であれば相棒とは一体……。

 

「とりあえずここで考えも仕方ない。私はなんとか連絡を繋げてレン殿が無事だった事を伝える。ディードはレン殿をしっかり守ってくれ」

「承知しました」

 

 ここでは何も分からない。レンの言葉の意味を知るにも、自分達はまだ彼の事を知らな過ぎる。

 そう判断したチンクはそれを伝えるべく、そろそろ合流したであろうオットーとセインに連絡を繋げるのだった。

 

 

 

「え? うん。ディードもチンク姉さまも無事なんだね。こちらも無事合流できてます。うん。相棒が呼んでる? レン殿がそう言ってるんですか? 分かりました。伝えておきます」

 

 数分後、ティアナとエイブラム両名と合流したオットーの所にチンクからの通信が入っていた。

 彼女の近くにいたティアナ達は三名の無事に歓喜の声を上げる。

 

「オットー、場所は!? あたしが救助に行くから座標を教えて!」

 

 そこに名乗りを上げたのはスバルだ。元災害担当部としてはこの状況は見ていられないのだろう。

 

「しかし……」

「大丈夫! こういう所は慣れてるから。救助は時間が勝負! だから早く!!」

「では座標を送ります。……姉さま達をお願いします」

「任せて! 必ず帰って来るから!」

 

 オットーからマッハキャリバーにチンク達の座標が送信されるや否や、スバルは一目散に駆けだして行った。正に電光石火。瓦礫まみれの場所だというのにその姿はもう見えない。

しかし相変わらずの速度に呆れている時間は無い。ティアナにはレンが呟いているという言葉の意味が皆目分からないのだ。そこで助けを求めるようにキリシマに問いかける。

 

「先生、何か心当たりありませんか?」

「……ある。けどそれが正しいのなら……、いや、理論上は可能か。けど危険な賭けだぞレン……」

「は?」

「レンの言う相棒は確かに存在する。今、ここにね」

「……え?」

 

 そう言ってキリシマが見上げた先。

 そこにはモビルスーツが一機。静かに佇んでいた。

 

 

 

 そしてレンの危機に反応する者がここにも一人。

 

「レン?」

 

 夜の帳に包まれたミッドチルダ。不意に彼女は顔を上げた。

 

「ん? シュテル君、どうしたんだい?」

「いえ、何となく嫌な予感がしたもので」

「縁起でもない事言わないで下さい。もう少しでスカリエッティのアジトが分かりそうなんですから」

「確かにそうなんですが、それとはまた違った予感と言いますか……」

 

 言い淀むシュテルにヴェロッサとシャッハは顔を見合わせる。

 三人はあれからスカリエッティのアジトの捜索を行っていた。これまでのガジェットの出現情報とヴェロッサの希少技能によってその位置は大分絞れている。後は実際に調査をする段階にまで来ていた矢先、森の中で野営をしていた時だった。

 

「違う予感、ね。虫の報せという奴かな。そういうのは案外馬鹿にできないものだよね」

「ロッサも!」

「そう言わないでよシャッハ。そういう人と人の思いの繋がりって言うのは本当に馬鹿にできないんだ」

「ですが、今の私達ではどうしようもないですよ。今更それを確認している時間はありません」

「シスター・シャッハの言う通りなので……す、が?」

「シュテルさん! それ!?」

 

 シャッハに言われずともシュテルだって何が起こっているか理解できない。

 突然、シュテルの手からヴァイリアントザッパーが勝手に起動したのだ。光を明滅させるそれはシュテルの手からふわり浮き上がり、ゆっくりと彼女達から離れて行く。

 そして十分に離れた瞬間、フォーミュラエルトリアの魔法陣が起動したのである。

 

「……キリエ。貴方も何かを感じたと言うのですか?」

 

 シュテルがそれを見上げて呟く。ヴェロッサとシャッハはただただ呆然とそれを見ている事しかできない。

 ハルファスベーゼが肩膝をついてシュテルの前に出現していたのである。

 無言。キリエが目覚めたという様子でもない。だがシュテルはそれでも感じていた。今、ハルファスベーゼを起動させたのは紛れもなくキリエの意思。

 離れていても気付いたシュテルと同じ様に、レンへのキリエの想いが何かを察し、この機体を起動させたのだと。

 

「貴方は私に何をさせようというのです?」

 

 問いかけるシュテルに答えるかの如く、ハルファスベーゼのコックピットハッチが自然に開く。

 乗れ、という事なのか。

 レンを想うキリエの心。それはシュテルも同じ。

 シュテルがハルファスベーゼのコックピットに乗り込む事に何の迷いも無かった。




はい。というわけで第47話でした。
ところでなのセントされてる方、今回のシュテルイベ如何でしたか?
自分? あっはっはっはっ。
今回ほど資産運用もっとやっておけばよかったと後悔したイベはありませんでしたよ……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。