1
外の音が大きくなってきた。戦線が押しこまれているのだろう。チンクは先頭に立ちながら注意深く前へと進んでいた。
「不思議なものですね。これまで私達はむしろ壊す側でした。ですが今は逆。私達の居場所が壊されようとしている。ねぇチンク姉さま。私はそれを怖いと感じます。私達が壊してきた場所にいた人々はこんな気分だったのでしょうか」
「……きっとそうだったに違いないよ。皮肉な物だな。いざ自分達が直面しないと同じ気持ちが味わえないなんて。より一層自分達がしてきた事が空しくなってくる」
ディードの呟きはチンクにとっても耳が痛い。
妹よりも破壊の数はチンクの方が明らかに多い。ナンバーズの初期ロットとして生まれ、言われるままに任務を遂行してきた。だがこうして自分がその立場になったからこそ思う。
もしかしたら他に方法があったんじゃないか、と。
確かにスカリエッティの任務をこなす内に管理局の闇も知った。だがそれはそれだ。自分がこれまで破壊してきた施設の中にはそれを知らない者だっていたはずなのだ。それらを一切合財無視し、チンクは破壊工作を行ってきた。
仕方ないと、割り切って。
「……! チンク姉さま!」
「む!?」
再び思考に囚われそうになったチンクをディードの声が引き戻した。瞬間、目の前の壁が吹き飛ぶ。
「機動六課フォワード、スバル・ナカジマ! 只今救助に参上しました!!」
元気よく、天真爛漫な笑顔がいきなり目の前に現れた。
突然の来訪者に二人は呆然とスバルを見ているしかできない。
「なーに難しい顔してるんですか!? さ、皆が待ってるから急いで行きますよ!!」
「あ、ああ。しかし来たのは君一人か?」
「はいっ!! こういう場所ならあたし一人の方がスムーズに動けるんで!!」
胸を張るスバルにチンクとディードは顔を見合わせる。
色々思う所はあるが、とにかく貴重な救助だ。素直にここは彼女の指示に従った方が良さそうだと判断する。
「さて、ではちゃっちゃと戻りたい所だけど……。ディードは飛べるんだよね?」
「はい。一応空戦適正がありますので。こちらでも問題なくいけます」
「じゃあチンクはあたしが連れてきますか!」
「……はぁ!?」
いや、待て、本当に勘弁してくれ!
そう懇願するチンクだが彼女はスバルの強引さをまだ知らない。じりじりと後ずさるも遂に捕まえられ、ひょいと抱き上げられてしまった。
……俗に言うお姫様抱っこという奴である。
神とやらがいたら呪うぞ。小柄なこの体は確かにコンプレックスだったが、今回は本気で神とやらを呪わずにはいられなかった。……いや、この場合この体型で完成としたスカリエッティだろうか。
だが自分が恥ずかしさを我慢すれば確かにこの方が早い。スバルはマッハキャリバーで瓦礫の中を苦も無く進み、ディードもレンを抱えているにも関わらずそのスバルについて来ている。
(……なんだか一番足手まといの様な気がしてきた)
せめて高速移動方法くらい身に付けておくべきだったかと、遅い後悔をするチンクであった。
◆
海上での戦いが続いている。
だが一騎当千のパイロット達の奮戦も空しく、戦線は徐々に押しこまれていた。
ミネルバもリーンホースJr.も動けない今、後方支援はほぼサラブレッド一鑑のみで行っている。その上、基地の混乱はまだ収まっていない。現場判断にも限界がある。
「ビリー! あちらの支援行けますか!?」
『無理でも行くしかないでしょう! なんとかこじ開けて見せますよ!!』
「お願いします!」
いつの間にかセリカがモビルスーツ部隊の中核となり、ビリーに指示を出す。それに応え、連装ビームキャノンをばら撒きながらビリーの機体がウィンダムに向かっていった。
彼の機体はガンダムF90。この機体もまたインパルス同様、Spiritsから譲渡された物の一つ。アサルト、デストロイ、サポートの三種類の装備を一つにまとめたA.D.S.混合装備型である。いわばF90のフル装備型とも言える重火器スタイルはビリーの戦闘スタイルと見事にマッチしていた。迫るウィンダムを次々と蜂の巣にしたかと思うと今度は連装ロケット砲ポッドからの追撃。セリカへの宣言通り、F90が戦線をこじ開けていく。
「おらぁ! お前ら俺に続けぇっ!!」
威勢良く声を上げるビリーにトルネードガンダムが数機従う。勇猛果敢に攻める彼に鼓舞されたのか、トルネードガンダムのパイロット達も士気が上がっているようだ。ビリーを中心に展開する弾幕をモニターでチェックしながらセリカに小さな笑みが浮かんでいた。
ビリーは人を惹きつける魅力を持っている。その力は特に今の様な状況ではこの上ない戦力だ。
だが足りない。まだ状況をひっくり返すにはピースが足りない。
(何かきっかけがあれば良いのですが……)
そう思った矢先だった。
『隊長危ない!!』
入ってきたエリスの声に我に返る。気付けばアラートが最大警告を発していた。頭で考えるより先に体が動き、インパルスが後退。だがそれが結果的にセリカを救う事になる。海中から飛び出した巨大な爪が先ほどまでインパルスのいた場所で空を掴んでいるのだ。
それはインパルスを軽く掴んでしまうほどに大きい。もしも捕まっていたらいかにヴァリアブルシフト構造を以ってしても抜け出せずに潰されてしまっていたかもしれない。
『隊長、あれは……?』
「正直、連邦条約違反どころの話ではありませんね。どこでこんな物作っていたんだか……」
海中からせり上がって来るそれを傍らに降りてきたエリスのF91と共に見つめる。
「AMA-X7 シャンブロ。陸上はおろか海中、海面でも運航できるモビルアーマーです。私も資料だけで実物を見るのは初めてなんですけどね……」
流石にセリカも声が上ずっていた。
その真紅のモビルアーマーの大きさやインパルスとF91が子供の様に見える程に大きい。まるで戦艦クラスだ。こんなもの一体どこに隠れていたのかと言いたくなる程に。
『流石は母さん。シャンブロの事を知っているなんてもの知りですね』
「……私は貴方の母ではありませんよ。私の息子はレン・アマミヤ唯一人です。ニューロ・レン」
しかも聞こえてきた声はセリカにとっても、エリスにとっても聞きたくない声。
ニューロ・レンの物。彼はいつもの飄々とした口調に文字通り母親に甘える子供の声を混ぜてセリカに話しかける
『そう言わないで下さいよ。そのレン・アマミヤと同じ身体情報を持っているんですから貴方の息子みたいなものでしょう?』
「くどいですね。貴方の為に腹を痛めた訳でもなし。まして息子が廃人みたいになった原因に母と言われる筋合いはありません。それともまだ乳離れができないのですか? 情けないですねぇ。レン君が貴方くらいの容姿の時にはもう私の手から離れていましたよ」
『た、隊長……』
しかし当のセリカはそれを突き返した。ニューロ・レンはセリカを母と呼ぶのを、セリカはそれを真っ向から否定したのだ。それによって場が一気に冷え切るのを感じ、流石のエリスもぶるりと身を震えあがらせた。
『言ってくれる。まるで僕がレン・アマミヤに劣っているみたいじゃないですか』
「みたい、じゃなくて劣っているのです。少なくともレン君はそんなおもちゃではしゃぐような子ではありませんでしたから」
『おもちゃねぇ……。ならばこのシャンブロがおもちゃかどうか、ご自身の体で味わってもらいましょう!』
それを皮切りにシャンブロの背部から小型のプロペラが次々と射出。瞬く間にインパルスとF91の周囲に展開される。何事かと構えた二機の前でシャンブロの肩部が光を集める。
『さぁ、踊ってもらいましょうか!』
そして一気に光が炸裂した。
シャンブロの肩から放たれたのは拡散ビーム。シャンブロ程の大きさにもなればそれは一気に殲滅兵器クラスにまで跳ね上がる。しかも先に展開していたプロペラはリフレクタービットに反射し、擬似的ながらもオールレンジ攻撃としてインパルスとF91に襲いかかってきたのだ。
危険を報せるアラームが絶えず鳴り響く中で二人は必死に機体を動かした。目で、肌で、勘で、迫る殺意を感じ取り機体を操作する。避けきれないと思えば盾をかざし、避ける時も動きは最小限に。でなければ縦横無尽に攻撃してくるビームの嵐に、いくらエースクラスの二人といえども対応しきれないのだ。
『このっ! 調子に乗ってぇっ!!』
それでもまだエリスの機体は良かった。空に浮いているのならばリフレクタービットの範囲内にまで機体を後退させればいい。そうやって難を逃れたF91がビームライフルを撃つ。が、それもシャンブロの装甲に届く前に掻き消されてしまった。それがIフィールドだと気付くや、エリスは忌々しげに舌打ちを鳴らす。
あの巨体で威力が分散されるだろうとは予測していたが、まさかIフィールドまで搭載しているとは。
そうなると通常の光学兵器ではダメージすら与えられない。セリカのインパルスならまだしも、光学兵器主体のF91では有効打は限られてしまう。実際セリカは後退しながらもミサイルやレール砲を的確に撃ち込んでいるのだ。F91でダメージを与えるにはどうすれば良いか。エリスは迷った結果、ビームサーベルを抜き放つ。
(あの巨体だ。懐に潜り込んでしまえば……!!)
基本に立ち返り、セオリー通りに事を進める。少しずつでもダメージを与える為には危険を覚悟で潜り込むしかない。
接近するF91を画面で確かめ、セリカはふと満足げに笑みを浮かべた。
そう。それで良い。確かに相手が巨大だという事はそれだけで踏み込む事に恐怖を持ってしまう。だがそんな消極的な戦法はかえって逆効果だ。距離を取れば取る程に相手が有利になる。その恐怖に打ち勝ち、一歩踏み込む事。それが巨大モビルアーマーと対峙した時の鉄則だ。エリスの腕は確かにエースクラスだが、些か慎重になり過ぎる所があるというのが、今まで指導してきたセリカの評価。今まではそれでも良かったが、これからはそうはいかないだろう。前回、ニューロ・レンに敗北した事はちゃんと活かされているようだ。
とはいえ、セリカも悠長な事を言っている場合ではない。まともに海上で相手をしている分、セリカの方が危険度は高いのだ。油断すればあの大型クローが振り降ろされてくる。それを掻い潜り、ミサイルとレール砲で少しずつだがダメージを与えてはいるが、やはり本命の一撃をそろそろ与えたい所ではある。
それに徐々に押しこまれているのもよろしくない。シャンブロが前に出てくるのを止める事ができないでいる。敵の数は減り始めているというのに、上陸させてしまったらシャンブロ一機で戦況は確実に押しこまれてしまうだろう。
それを回りの機体達も感じ取ったのか、数機のトルネードガンダムが支援に回ってきた。シャンブロのモノアイがギロリとそれらを睨みつける。ゾクッとセリカの背筋に悪寒が走った。
「いけない!! 全機シャンブロから距離を取って下さい! 早く!!」
急いで通信を入れる。だが遅かった。
シャンブロの両肩から再びあの拡散ビームが放たれたのだ。リフレクタービットが次々と乱反射を起こし、逃げ遅れたトルネードガンダムをたちまちの内に貫き、切り裂く。
そして空に爆音が響く中、次にシャンブロはその口を大きく開いた。エネルギーが口内にある砲台に集中していく。
再びの悪寒。感じ取ったのはエリスも同じ。彼女はビームサーベルとヴェスバーで、セリカはミサイルとケルベロスでなんとかそれを阻止しようと試みる。
だが。
「遅いですね。もうこれは止められない」
ニューロ・レンの口角が吊りあがり、トリガーが引かれた。
同時に大口径メガ粒子砲から光が走り、海を割る。その衝撃にインパルスとF91は吹き飛ばされ、射線上にいた味方敵もろとも砲撃が基地を襲ったのである。その姿は正にモンスター。怪獣が口から熱線を吐いている姿そのものだ。
再び劫火の炎を上げる基地。巻き込まれた味方も少なくなく、戦線はボロボロ。これぞ好機と敵モビルスーツが次々と基地に向かって飛んでいく姿をセリカは見ている事しかできなかった。
『どうですか? これでもまだシャンブロがおもちゃだとでも?』
「貴方という人は……。味方まで巻き込むのですか!!」
『それが? 戦場ですから何が起こっても不思議ではないでしょう?』
「この外道が……」
味方を撃つ事になんの躊躇いも見せないニューロ・レン。セリカはこれがレンの分身だとはどうしても信じられないと操縦桿を強く握りしめた。そしてやはり彼はニューロだと思ってしまう。四年前までの大戦で戦ってきた数多のニューロ。それが意思を持ったようにしかセリカには見えない。
再びシャンブロが拡散ビームを反射させてきた。光の檻の中、セリカとエリスは逃げの一手を迫られる。
度々反撃を仕掛けるものの、それと同時に後ろの基地の様子が気になって仕方ない。
そんな時だった。不意に目に入って来るものがある。
一瞬艦隊からのミサイルかとも思ったが、それにしては光が小さい。しかしそれは確実に二つ。空を裂いて、この戦場の真上で光の尾を引いて走っている。
「……流星?」
しかし次の瞬間にはその光は見えなくなっていた。ニューロ・レンの猛攻で神経を張り詰め過ぎて、幻覚でも見たのだろうか。ならば駄目だ。しっかりしないといけない。
ぶんぶんと頭を振り、再びシャンブロに意識を集中させる。
『隊長! 戦線が維持できねぇ!! どうします!? いっそ後退しますか?』
そこにビリーのF90が戻って来た。レイチェル達はリーンホースJr.の発進準備をさせている為、Geistは現状この三機のみ。確かにビリーの言う通りこれ以上戦線を維持するのは不可能だろう。後退するのも一つの手かもしれない。だがそれではシャンブロをみすみす上陸させてしまうような物だ。そうすればもっと被害は大きくなるだろう。元々あちらは殲滅戦を目論んでいる。
基地に相手が到達した時点でセリカ達の敗北は決まったようなものだった。
ミネルバ、リーンホースJr.とそこに残っているレイチェル達も投入すれば勝機はある。しかしそれはミネルバ達を宇宙に上げる為の機会を先延ばしにするのと同義。時間をかければ状況は悪くなる一方だ。どうする。どうすれば良い。
『らしくないですよ先輩。できる事をする。それ以外に方法は無いでしょう?』
突然通信が入って来た。同時に伝令も入って来る。セリカはその内容に戸惑いながらも、行動は早かった。エリスとビリーの機体と共にその場を一時離脱したのである。
当然面食らったのはニューロ・レンだ。彼の知るセリカなら徹底抗戦を選択しただろう。この状況で最善と思わしきは自分を退ける事。その上で艦隊に直接攻撃を行うのが突破の近道なのだから。しかしセリカはそれを選択しなかった。むしろ自分から距離を取った。それが意味する事は?
しかしその思案は決定的なロス。自分の思う通りに進んできたニューロ・レンが犯したミスである事に本人も気付かない。だから気付くのが遅れた。予定外の事への対応能力不足が浮き彫りになる。
パネルが基地から熱源反応を示していたのだ。最初は火災による熱源だと思った。しかしおかしい。火災にしては熱量が高い。そして機体を下がらせたセリカ達。ニューロ・レンはここで漸く気付き、慌ててシャンブロを動かそうとする。
が、それは遅かった。先に自分が言った事が自分に振りかかって来るとは完全な予想外。
「……こいつは不味いですね」
さて耐えきれるだろうか。
シャンブロのIフィールドを全開に展開した瞬間、ニューロ・レンの視界は強烈な閃光で真っ白に埋まった。
2
先はシャンブロの砲撃が海を割った。だが今度は撃ち返すように基地から砲撃がシャンブロを襲った。
もうもうと黒煙を上げ、シャンブロの巨体が動きを止めていた。頭も垂れ、瞳からは光も消えている。
そしてセリカ達はというと、基地からゆっくりと出てくるミネルバに着艦していた。
「基地の出口からタンホイザーで直接シャンブロを狙うなんてよくもまぁ思いきったものですね」
『でも先輩も思いつかなかったでしょう? ミネルバが前に出るとは誰も思いませんでしょうから、不意打ちにはもってこいだったんです』
「確かにそうですけどね」
先の砲撃はミネルバの陽電子砲タンホイザーだった。基地の出口からの直接発射をニキが行ったのである。結果、それはずばり的中した。動けないと踏んでいたミネルバからの砲撃は流石のシャンブロも防ぎ切る事ができなかったのだ。そして被害はシャンブロに留まらない。その余波は艦隊のいくつかも飲み込み、強硬派は再編に取りかかろうとしているのがインパルスの画面にも映っている。
「その様子だと全員収容できたんですか?」
「いいえ。まだ“彼ら”が残っています。私達はその時間稼ぎも兼ねているんです」
「……えぇっ!?」
珍しくセリカの動揺した声が聞こえてきた。
仕方ないと言えば仕方ない。だがもう賽は投げられた。賭けというには危険過ぎる大博打。遅れて出来てきたリーンホースJr.とミネルバが宇宙に出られるギリギリのダメージに押さえられるかどうか。
それは基地に残っている彼らに託されたのだった。
◆
「まだシステムは立ち上がらないのかっ!!」
「今やってるでしょ! 後もう少しだから踏ん張って!!」
「それにも限度がある!!」
ミネルバとリーンホースJr.が飛び去ったドックに怒鳴り声が響いている。
声の主はティアナとチンク。ティアナはスバルと共に機器に向かい、そこから遠く離れた所でチンクとディードがバリケードを築いていた。何故バリケードを築く必要があるのか。それはその向こうに敵がいるからである。
シャンブロの砲撃の後、彼女達を待っていたのは白兵戦だった。別ルートから上陸した強硬派連邦兵がドックを占拠しようとなだれ込んできたのである。ニキは最小限の人数に後を託し、前線へと向かった。
残されたのはティアナ、スバル、チンク、ディード。そしてレンの五人。
するべき事はただ一機残されたレンの“相棒”の立ち上げだった。
「でもこれがレン兄の言ってた相棒ってどういう事なの!?」
「分かんないわよ! キリシマ先生の指示はとにかくレンさんを乗せてシステムを立ち上げれば分かるって言ってんだからやるしかないでしょ!!」
「ちょっとそれアバウト過ぎない!?」
「だって言ってる意味が分からなかったんだもの! 精神にショックを与えるとかなんとかはもう管轄外よ! それでも確率は五分だってさ!」
「ホント賭けじゃんそれ!!」
「言い合いはいいから早くしてくれ! こっちはそろそろ限界だぞ!!」
またもやチンクの声怒鳴り声が聞こえてきた。だがティアナとスバルもこれが精一杯。話をしながらもさっきから手は素早くキーボードをたたいている。ここはもうマルチタスク様々だ。でなければ話をしながら最高速度の打ちこみなんてできるはずがない。
レンは既にその“相棒”に乗り込んでいる。後は立ち上がりさえすれば……。二人は必死にキーボードを打ち続けた。
そしてチンクとディード。急増バリケードで通路を塞いでいたが、さっきから抑えるので精一杯だ。
いっそこちらから攻めてしまった方が楽ではないかと考え始めた時である。
急に向こうからの攻めが無くなった。不審に思い顔を見合わせる二人。一瞬した後、二人は一目散にバリケードからダッシュで逃げる。
瞬間、轟音を響かせバリケードが爆発した。その余波を背後に受けながら二人は前に飛び込むように間一髪それから回避する事に成功する。
いつまでもバリケードが崩せない事に業を煮やした連邦兵が遂に爆破という手段を取ったのだ。そして四人のいるドックに連邦兵がなだれ込む。銃を構え連邦兵は威嚇を行うが、チンク達の行動は早かった。
間髪入れずに飛び出したチンクの手からスティンガーが投擲される。銃を威嚇で止めた事が仇となった。
撃つなら撃ってしまえば良かったのだ。それをしなかったから逆にチンクに時間を与えてしまう。
彼女の投擲は恐るべき命中精度で手に突き刺さり、数名の連邦兵が思わず銃を落とす。そして今度はメイド服の少女がふわりと自ら敵の中に降り立った。戦場にメイド服? 場違いにも程があるその姿にさぞや連邦兵の頭は混乱したに違いない。
が、そのメイド。ただのメイドではない。むしろメイドという先入観が間違いというもの。
何故なら、次の瞬間彼女を囲む連邦兵の銃身がすっぱりと切られて宙を舞っていたのだ。少女ディードの手にある二本の光剣によって。
「ふっ!!」
ディードが短く息を吐き、逆立ちのまま大きく開脚。スカートが花弁の様に広がり、そこからスラリと伸びた健康的な足はそれだけで見る者の目を奪う。そうでなくても見入ってしまうのが男の悲しい性だろうか。当然ディードにしてみればそんな性など知った事ではなく、そのまま回転して鼻の下を伸ばす連邦兵の顔面を蹴り飛ばした。そのまま回転を殺さぬままの足払いへ。運悪くそれを受けてしまった一人が倒れ込むが、ディードがそれを許すはずもない。またもや回転を殺さないディードの掌打が彼の顔面に力いっぱい叩き込まれる。
回転力によって底上げされた掌打の威力は大の大人を軽々とふっ飛ばし、何人かの連邦兵が巻きこまれた。そこでやっと連邦兵も我に返る。美しい少女に見とれている場合ではないと彼女に対し銃を突き付けようとした。だが既に遅い。銃を見せつける事での威嚇は最初の時点で意味を成していない。ディードは一跳びでそこを離脱し、再びチンクが宙に飛び上がっていた。
チンクの両手にはスティンガー。両手で八本、一気に投げつける。最初の投擲が刷り込まれたままの連邦兵の足元にそれらは突き刺さった。良かった。今度の投擲は大外れだと彼らが安堵した時だ。
チンクの指が弾かれ、八本のスティンガーが次々と爆発を起こす。
憐れ。兵士達はその爆発に巻き込まれるしかない。
鼻の下を伸ばし初動が遅れた結果がこれである。
「はぁ……。なんつー威力……って違う!! チンク!! やり過ぎじゃない!?」
「正当防衛だ!! 目をつぶれ見逃せ無かった事にしろ!!」
「多い!! つーか開き直るなっ!!」
「こっちも必死なんだ!!」
この世界でチンクは狩られる側の気持ちを知った。だがそれで自分が狩られる事を良しとしたわけではない。だから銃を向けられれば抵抗する。必死で生きようとする。ティアナに言ったようにチンクだって生きるのに必死なのだ。
ティアナも同じだ。ここで死ぬつもりは無いし、まして撃たれるつもりもない。
後もう少し、もう少しなのだ。既に折り返しは過ぎ、ゴールは見え始めている。
「スバル、あんたもチンク達に加勢して! 後はあたしとクロスミラージュで一気に突っ走るから!」
「分かった!」
スバルの判断は早かった。残りの作業工程量と現状。この二つを天秤にかけた際、何が最善であるかを彼女も分かっている。すぐさま自分の作業を切り上げてマッハキャリバーと共に駆けだした。
正気を取り戻した連邦兵の銃がチンクとディード。そして新たに加わったスバルに向けて発砲される。
銃は怖い。戦闘機人だろうが、ただの人間だろうが、自分の体を鉛の玉が貫くなんて。ましてそれが正面から飛んでくるかと思うと、一般的に考えて迎え撃とうとは思わない。
と、連邦兵は考えていた。心のどこかでまだ彼女達を自分達の常識範囲で考えていたのだ。
この短時間の攻防で彼らは気付くべきだった。投げたナイフが爆発するか? ビームサーベルの様な剣を持つ人間がいるか? 発砲したにも関わらず正面から拳で突っ込んでくる少女がいるか?
否。断じて否。彼らの常識で考えれば否なのだ。
まして少女のかざした手に生まれた光の障壁が銃弾を弾くなど、如何に彼らは戦場を生き抜いてきた人間だとしても見た事も聞いた事もないはずなのである。
彼らが悪いわけではない。この戦いに“魔法”が関わっている事を伝えなかった大佐及び、強硬派の上層部に問題がある。一部の者しか知らない機密事項。動乱後の利益を考えた愚かな情報規制。しかしそれを知っていれば、突入部隊を“駒”と考えていなければ、まだ対処はあったのかもしれない。
だがこれが現実だ。一体何が起こっているのか分からぬまま、数名の連邦兵の体がスバルのディバインバスターによって吹っ飛んでいった。
その間にティアナはクロスミラージュと共に一気に作業を進める。三人が有利な状況にある内に、なんとしても立ち上げを完了しなければならない。
焦る。しかし頭の中は冷静であろうと努める。幸いにも細かく状況を確認しながらというのが、無意識にそれを実現させていた。マルチタスクは総動員。事前にチンクとディードとのチャンネルを開いておいて正解だったとティアナは思う。こちらは急増チームなのだ。情報伝達は勝負の明暗を分ける鍵になる事は容易にできていた。それが連邦兵とティアナ達の大きな違いになっているのは嬉しい誤算である。
「もう少し! もう少し……」
必死に、今まで打った事もない程の速さでキーボードを叩く。
総動員させたマルチタスクで頭が痛く、額から汗が流れているが、視線は画面を所狭しと走り回る。
「……!! いけない!!」
ディードの脇を連邦兵がすり抜けた。彼が向かう先は作業を続けるティアナ。しかし彼女はそれに気付いていない。連邦兵が銃を構える。ディードが身を踊りだす。
「うぅごぉぉぉけぇぇぇぇぇッ!!」
「ディード!!」
ティアナの想いを乗せた最後の一打。
チンクの悲痛な叫び。
そして、冷徹な銃声が鳴り響いた。
◆
「くそっ! 放せ! 放せよ!!」
青年はもがいていた。体を締め付ける大蛇に絡まれながらも青年は必死にそこから抜け出そうとしていた。しかし目の前の空間では動けない彼に見せつけるようにティアナの姿が映し出されている。
助けにいかなければならない。その一念で体中に力を入れても、大蛇は尚も彼を放すまいと力を込めてくる。
「ちくしょう!! こんな所でぐずぐずしてる暇なんてないんだ!!」
「何故また戦おうとする? お前は散々戦ってきた。それこそ世界の為に身を粉にして戦ってきた。お前はもう十分に戦ったではないか。もうここで休んでしまっても良いではないか」
「……素直に驚いた。お前しゃべれたんだな」
「語りかけていたさ。ただお前が聞こうとしなかっただけだ」
大蛇が長い舌をチロチロと出しながらレンに問いかけてくる。大蛇が話せた事に驚くレンだが、むしろ自分が聞かなかっただけと一蹴されてしまった。ともかく話せるなら何か突破口が開けるかもしれない。
そこで大蛇の言葉の意味を考える。確かに散々戦ってきたし、傍から見ればもう休んでもいいのかもしれない。
けれど……!
「いつかは休むさ。でもそれは今じゃない」
レンは大蛇の言葉をきっぱりと否定する。
「休む時を決めるのは俺自身だ。戦うと決めるのも俺自身だ。お前にどうこう言われて決める事じゃない!」
「ではまた世界の為に剣を取ると言うのだな? この碌でもない世界の為にお前はまた戦うと言うのだな?」
「勘違いすんな。俺が世界の為に剣を取る? おこがましいにも程があるわ」
「……なんだと?」
大蛇の眉間に皺が寄ったように見えた。あくまでそう見えただけだ。なまじ人語を介する分、なんとなく人間に近い仕草をしたように見えるだけだ。……多分。
「俺は世界の為に剣を取る英雄なんかじゃない。俺一人の力なんてたかが知れてるもんな。結局自分の目の前で起こっている事をなんとかするだけで精一杯なんだ。それしかできないちっぽけな人間なんだよ。世界を救ったのだって俺一人の力なんかじゃない。多くの人が想いを俺に、俺達Spiritsに繋いでくれた結果だ。だから俺だけが英雄であるはずがねぇんだっつーの」
「……だが誰にでもその機会を与えられるわけではない。お前はその機会を与えられる運命だったのだ」
「やだねぇ。運命運命。こういう話になると決まって運命って言葉が出て来てそれで片付けようとしやがる。……ンなわけねぇだろ! まだ分かんねぇか!? 今、俺が言ったばっかだろ! 大勢の人が俺達に繋げてくれた結果を『もう決まってました』みたいな言葉で片付けんな! 運命ってのはなぁ、決まってるもんじゃねぇ。決めていくもんだ。少なくとも俺はそう思っている!」
いい加減うんざりだ。決まっている事が運命ならば、そこに至るまでの想いはどうなる? 自分はちっぽけだから、多くの人に助けられている事を知っているから。だからこそ自分に繋げてくれた想い、託してくれた願いをそんな言葉で片付けたくない。この大蛇には理解できないかもしれない。だがこれだけは言っておかなければレンの気が済まない。
彼は空間に映るティアナ達を指さし、高らかに声を上げる。
「今! 俺の目の前で戦ってくれている奴らがいる! 俺が戻ってくるのを待ってる奴らがいる! あいつらを助けに行きたいって思うのは俺の意思だ! 世界の為に剣を取るんじゃない。まして運命なんかで決められた物なんかじゃない。俺が、俺自身が助けに行きたいと、そう願うんだ! そして自分にできる精一杯をすると、俺が決めたんだ!!」
ドクン!!
鼓動が跳ねた。その感覚にレン自身も驚く。
この世界に戻ってから久しく忘れていた感覚だ。堰を切って流れ出した力が全身隅々まで行き渡る感覚。
たった数週間だと言うのにその感覚のなんと懐かしい事か。まるで乾き切った体が水を求めるように、それはレンの体の奥まで沁み渡っていく。
そして、声が聞こえた。
『レン! 何をぐずぐずしているのですか! いい加減に応えないと炎弾ブチ込みますよ!!』
『いやーん、相変わらず愛情表現が過激ィ❤ でもその通りよ~。こっちもそろそろ限界。これ以上は先に進めないんだから!』
『だから早く私達の名前を呼んで下さい。貴方の下へ私達を行かせて下さい!』
はっきりと、自分を呼ぶ一番聞きたかった声が。
どこだ。どこから聞こえる。レンは顔を上げ、その声の在り処を探し、そして見た。
この何も無い虚な空間に二筋の流星。
流星は赤く燃え上がり、身を削りながらも前へ進んでいる。
ただただ一心不乱に。レン・アマミヤの下へ馳せ参じようと、流星がこの闇を切り裂いてくる。
胸が高鳴った。締め付ける大蛇から腕を引き抜き、流星に向けて両手を伸ばす。
姿が見えた。声も聞こえた。ならばやる事はたった一つだろう?
さぁ体に力を入れろ。腹の底から声を出せ。今という刹那にありったけの想いを込めろ!
お前が愛した少女達の名を、高らかに呼び上げろ!!
「俺は……。俺はここにいるぞ!! シュテル! キリエ!」
ピシリ。音を立てて空間に亀裂が入った。
一度入った亀裂が最初はゆっくりと。だが確実に。
雛が内側から殻を破るかの如く、亀裂は瞬く間に空間一杯に広がる。
そしてそれが目の前いっぱいになった瞬間、二筋の流星が空間を突き破る!
「せぇぇぇぇっい!」
飛び出した流星の一つ。それは大剣を持つ桃色の少女。彼女は飛び出した勢いのまま大きくそれを振りかぶった。彼女の斬撃は少女が放つとは思えないほどに重く強靭。目の前の困難すら砕く一撃が大蛇の脳天を直撃した。あまりの衝撃に大蛇が悲鳴を上げる。頭を振り、衝撃から自身を立てなおそうとしているが、今度は両手に銃槍を持つ濃紺の少女の視線がそれを許さない。
「立てなおす隙は与えません! 畳みかけます!!」
少女の槍に灯るは蒼炎。凝縮された熱の塊。溜めに溜めた熱塊は臨界を迎え、大蛇の頭部に二発の砲撃として放たれる。熱風と轟音に大蛇の叫びが加わり、より一層大蛇がのたうち回る。だがおかげでレンの体が放りだされる。宙に放り出されたレンだったが、それを『彼女』達が受け止めた。
しっかりとレンの両手を握り締める手は熱く、冷え切った体に再び命の脈動が戻って来るかのようだ。
「こんな所までありがとな。二人共」
笑いかけ、感謝を伝える。いくら言っても足りないくらいだ。
「再会を喜ぶのは後にしましょう。時間はあまり残っていません」
紡ぐ言葉は至って冷静。しかし裏腹に顔には再会を喜ぶ笑みを浮かべるシュテル・ザ・デストラクターをレンは見逃さない。そしてそれに気付き、ちょっと口を尖らせてそっぽを向く姿もまた彼女らしいと彼は忍び笑いを漏らす。
「そうねぇ。ま、大分弱ってるみたいだし? トドメはレンが決めちゃってね」
そう言って自分の持つ大剣を渡してくるのはキリエ・フローリアン。彼女は片目を閉じて花の様に微笑んでいた。この微笑みに何度勇気を貰ったか。何度背中を押されたか。今もこうしてキリエの笑みがレンに力を与えてくれる。
ならば応えなければ男ではない。握りしめる大剣が変化し、大きな鎌になった。
ヴァリアントザッパー・ハーヴェストモード。手に馴染むこの感覚も久しぶりだ。 ゆっくりと体から溢れる力を通し刃に蒼炎を宿す。レンは進み出るとグッと身を屈めた。
大蛇の体にまとわりつく炎はまだ消えていない。しかしレンの気配を感じたのか、大蛇は咆哮を上げて彼を威嚇する。だがそれも無意味だ。その程度では内から燃え上がる炎を消せはしない。
「終わらせる! この悪夢を、縛り付けるお前をたたっ切る!」
大蛇が動いた。もう締め上げようとは思っていない。もう丸吞みしてしまえと大きく口を開いてレンに迫った。しかしもうそこに彼はいない。瞬時にしてレンの体は大蛇の背面上空へ移動。そこでヴァリアントザッパーを振り上げていた。
「これで……終わりだぁぁぁっ!!」
宙を蹴る。加速したレンが大蛇に迫る。身をくねらせた大蛇の牙が迎え撃つ。
届いたのはレンの刃だった。牙を掻い潜り届く大鎌。鱗を蒼炎が焼き、肉に刃が食い込む。大蛇の上げる絶叫に一瞬顔をしかめるも、両手の力は緩めない。むしろもっと力を込める。足場の無い宙で足を踏み込み、腰を捻り、全身で刃を更に奥、奥へと押し進める。
前へ、前へ。ただただ前へ。たかだか人間一人のちっぽけな力。目の前の事をなんとかするしかできないたったそれだけの力を込めてレンは前へ進む。
急に手が軽くなった。前へ進む物を阻む物が無くなった。
阻む物が無くなったレンの体が勢いのまま空間の床に叩きつけられる。いつの間にか純白の床が目の前に広がっていた。急な変化に受け身を取る事ができなかったレンはその上をごろごろと転がっていく。
それを受け止めたのは、やはり二人の少女だ。見上げれば呆れた顔とうきうきした顔があった。
「締まらないですねぇ。最後くらいビシッと着地して格好くらいつけて下さいよ」
「あはは。面目ないです」
「そーお? 私的にはちゃんとカッコ良かったわよ~。シュテルちゃんがそんな事言うならレンをねぎらうのは私だけにしちゃうんだから!」
「あっ! 何どさくさに紛れて抱いてるんですか! ちょっとキリエ! 一人占めは許しませんよ!」
「知りませーん。これは頑張ったダーリンへのご褒美でーす」
「えぇっ!? あ、ちょっとキリエさーん!?」
ぎゅっと強く抱きしめてくるキリエに戸惑いの声を上げる。何やらいつもよりも積極的でこっちがどうして良いか分からない。さらっと何か重大発言をしたような気もするが、それよりも気恥ずかしさの方が優先して頭が回らない。
と、上着が引っ張られた。見ればシュテルが口をつぐみ、少し泣きそうな顔でじぃっと見ている。ここでその顔は反則でしょ。レンが苦笑しながら頭を撫でるとしずしずと近づき、ぴったりとくっついてきた。キリエに対するささやかな抵抗だろうか。
とは言え、やっと大蛇の呪縛から抜け出せた。その大蛇の体と切り落とされた首は蒼炎に包まれ、純白の床で今も燃え盛っている。これを施したニューロである自分を少しは見返せただろうか。
そしてレンは大蛇の言葉を思い出す。だから言っておかなければならない。
「なぁ、もしもお前の言う通り運命って奴に全て決められているのだとしたら……。お前はお前の今すらも運命で受け入れるっていうのかい? もしも俺がお前の立場だったら。……そんなの真っ平御免だね。」
ああでもアンタなら受け入れそうだな。
燃える大蛇の体を見つめてはそんな事を思い、レンは嫌そうに顔をしかめるのであった。