1
宇宙に上がって数日。無事合流を果たしたミネルバとリーンホースJr.は、ニキ達が使っていた衛星軌道基地で補給と修理を手早く終わらせ、一路アプロディアの指定したポイントへと向かっていた。
目指すポイント、それは月である。
本来ならば衛星軌道基地で十分な休息を取るべきなのだろう。しかし急ピッチで進められた作業に対し不満を言う者は誰一人として出なかった。
海面を離れるミネルバの後方。燃え盛る炎と時折起こる爆発の中、着水するサラブレッド。それでも抵抗を続けるモビルスーツ部隊。ぐんぐんとミネルバは速度を増し、みるみる小さくなっていくサラブレッド。そのまま雲の中に入ってしまい、サラブレッドの姿は完全に見えなくなった。
結局エイブラム達がどうなったのかを知る術は今のところない。しかしクル―全員があの光景を目に焼き付けている。ならば今すべき事は何なのか。エイブラム達の安否を確認する事ではない。一刻も早くこの馬鹿げた内乱を鎮める手掛かりを得る事だと、誰もが分かっていた。
故に不満を言う者などいない。全ての人間がそれを胸に作業を行ったのである。
勿論レンもその一人だ。デルタカイのコックピットに座り、機体の整備に勤しんでいる。しかしここまでの道のりは長かったとレンは思う。帰還したレンを待っていたのは案の定セリカの小言。更にはティアナにもニキにも小言を言われた。逆にスバル達には散々甘えられた。挙句の果てには航海経路を決める会議にも出席させられた。病み上がりに働かせ過ぎである。しかも衛星軌道基地ではキリシマに拉致され、身体検査を散々させられたときたもんだ。
特筆すべきはレンのリンカーコアが再び活動を始めた事だろう。この土壇場で閉塞していたリンカーコアの再活動はありがたい。これで戻ってからも戦える。そう思うと早くジェネレーションシステムに行き、ミッドチルダに行かなければという思いがより一層デルタカイの整備にも熱を入れる。ニキ曰く、デルタカイはレン奪還作戦の直前にニューロによって衛星軌道基地に運ばれて来たらしい。こんな事をできるのはアプロディアくらいだ。今は眠っているらしいが、予め手を打っていたのだろう。用意周到な事だ。
「ジェネレーションシステム、か……」
不意にその手が止まった。
ジェネレーションシステム。未だこの大型システムの謎は多い。
レン達も一度はシステムに突入したのだが、それはあくまでこの世界での話。システムの内側、電脳空間とでも言うべき場所だ。言ってみればレン達は攻撃プログラムとなってシステムに攻撃を仕掛けたようなもの。その外側、本体を確かめたわけではない。
憶測だけならある。公開意見陳述会直前に間に合ったユーノの調査報告書。そこに書かれていた事はしっかり頭に残っている。しかもユーノらしくそれ以外の事も細かに記されていた。ミッドに落ちた直後のキール達の足取りもそれで知る事ができた。本当に直前だった為にはやてには報告できずにいたが、まぁユーノの事だ。きっとはやてに報告してくれているだろうと、無責任にも思う。正直そんな事まで調べたユーノ自身の方が心配である。
「レン、ちょっと良いかな。デルタカイの事で少し確認しておきたい事があるんだ」
そんな考えごとから現実に戻す声が入り込んできた。顔を上げるとツナギ姿のオットーが覗きこんでいる。ディードが消えた事でショックを受けていた彼女だったが、やはり現実の死ではないというのがあるのだろうか立ち直りも早かった。スカリエッティの所でもガジェットを弄っていた経験があるらしく、瞬く間にモビルスーツの整備を覚えた彼女はこうしてデルタカイの整備を手伝っている。レンチ片手に汗を拭く彼女はもういっぱしのメカニックと言っても誰も疑わないだろう。
そんな彼女が確認したいと言っているのだ。レンに断る理由はなかった。
オットーの確認とはそのデルタカイの設定の事。彼女が示す数値の一つ一つにレンも丁寧に答えていく。
実に勿体ない。なかなか惜しい人材だ。やっぱりスカリエッティの側にいるよりこっちに……と考え、レンは頭を振る。
実の話、何度も彼女を誘ったのだ。チンクとセインも含め、スカリエッティ側ではなく時空管理局に協力しないかと。しかし彼女達は揃ってそれを拒否した。それはそれ。これはこれ。管理局の言い分も分かるが、自分達にも仲間がいる。大事な姉妹達がいる。ノーヴェとウェンディこそこの世界では袂を分かったが、彼女達には彼女達なりの考えがあるのだ。元の世界に戻れば大事な姉妹。裏切る事はできない、と。
やはりまだ割り切れていないのはレンだけだ。こうしてここで談笑するくらいまでにはなれたが、決定的な壁がそこにはある。その壁を壊すにはやはりスカリエッティを捕まえ、そこから解放する以外ないのかもしれない。そう考えるとレンの気は重かった。それには必ず彼女達と対立するという前提があるからだ。そう。ミッドに戻ったディードとも、だ。
「また難しい顔をしているね。そうやって色々考え過ぎるのは君の悪い癖だと思うよ」
「……顔に出てた?」
「うん。思いっきり」
苦笑するしかない。元々一歩引いて周りを見ている彼女だから見抜かれても仕方ないかとも思うが、こうまで的確に指摘されるとぐぅの音も出ない。
そんなレンの胸をオットーはこん、とレンチで小突いた。
「ボクらの事を真剣に考えてくれるのは嬉しいけれど、考え過ぎるのは止めてくれ。ボクらにはボクらなりに戦う理由があるんだ。それを止めるのは誰にもできない。それでどんな結果になろうとも、ボクはそれに納得できれば良いと思う。君のその優しさだけ貰う事にするよ」
「そっか」
「少し休んでくると良い。休める時に休むのもパイロットの仕事だろう? その、今の君は色々と無理をしているように見える」
「そう見える?」
「見えるよ。ボクが気付いたんだ。もう何人も気付いていると思った方が良い。君の事を色々な人が心配しているという事にもう少し自覚を持つべきだね」
「はは……。耳が痛いね。それじゃあお言葉に甘えて少し休んでくるよ。後よろしく」
「安心して休むと良い。完璧に仕上げておくよ」
デルタカイのコックピットから出て宙に浮く。無重力に身を任せてふわふわと漂いながらオットーの言葉を思う。
気付かれたか……。
ジ……と頭に走るノイズにレンは顔をしかめるのだった。
◆
自室に戻るなりベッドに勢いよく飛び込んだ。そして仰向けのまま自室を見渡す。
ノイズは止まらない。以前は敵意だけに反応していたノイズがここ最近頻繁に起こるようになっていた。
幸い魔力を集中させれば緩和できるが、それもある意味痛み止めのような物。しばらく我慢すれば落ち着くので余程の時でないとレンはそれをする事はなかった。
だが今回は些か長い。脈打つようにどんどん大きくなり、レンの頭をギリギリと締め付けるように痛みつける。
「う……、くっそ……。ああもう痛ぇなコンチクショウ!!」
痛みから逃げるようにゴロゴロとベッドを転がったかと思うと、おもむろに立ち上がり壁を殴る。
何度も何度も。拳から血が流れようが構わず殴る。
足りない、全然足りない。まだ痛い。頭痛が消えてくれない。
「いい加減……消えろゴラァッ!!」
ゴンッ!!
鈍い音が部屋中に響いた。最終的にレンが取った行動は頭突き。
目の前がちかちかし、火花が散ったかと思った。ふらふらと後退したレンはそのままバタリとベッドに倒れ込む。軽く脳震盪でも起こしたのか、世界がぐるぐる回っているが頭痛は消えてくれたようだ。
別の意味で頭は痛いが、あの頭痛に比べたらまだマシと思えてしまう。
「レンさんっ! 今の音何ですか!?」
あ、やべ。ちょっとやり過ぎたか。
その声を聞いた時、素直にレンはそう思った。
扉が開き、慌てて入ってきたのはキャロとフリード。遅れてエリオとエルフリーデが入って来る。
「全くお前は何をしているのだ。外まで音が聞こえていたぞ」
「ははは。悪い悪い、ちょっと寝ぼけてベッドから落ちちまった」
「……見え透いた嘘は止めて下さい。ならどうして手と壁に血がついてるんですか」
「それに顔も真っ青です。まだ体の調子が良くないんですか?」
「きゅくる~……」
呆れ顔のエルフリーデにとっさに言い繕っても、キャロとエリオには無駄だったようだ。フリードも頭に乗って心配そうに顔を覗きこみ、額の傷を舐めてくる。最年少二人組も左右を陣取り、じっとレンを見上げていた。
キャロの言う通り、見え透いた嘘は止めて。二人と一匹の無言の圧力にレンは言葉を詰まらせる。
できれば余計な心配をかけさせたくない。だがこの目にはどうしても弱い。
「レンさん? 大丈夫ですか? レンさんってば! 聞いてますか!?」
「あ、ああ。うん。ちゃんと聞いてるよ」
「本当に調子悪いならキリシマ先生の所に行きましょう。何か薬と処方してくれるかもしれません」
「あ、いや。エリオも大丈夫だか……」
「いい加減にして下さい!! どれだけ心配させれば気が済むんですか!!」
遂にキャロがキレた。ぴょんとベッドの上から降りるとレンの前に立ち、幼い顔を必死に怒らせて、ずいとレンに詰め寄る。あまりの剣幕にレンがビビる。ついでにエリオもビビる。フリードは身を縮ませる。
「良いですか!? 大体レンさんはいつもいつもい~~~っつも一人で突っ走るんです! ティアさんが言ってました。普段はなんだかんだ頼ってくれても本当に大事な最後の一線は自分でなんとかしようとするって。だったら自分達は何の為にいるんだって。私もそう思います! そんなに私達が頼りないですか? そんなに私達が信じられないですか!?」
「キャロ、ちょっと落ち着いて……」
「落ち着いてます! でも今日という今日は言わせてもらいます! 大体レンさんには自覚が足りないんです! 貴方に何かあったら私は悲しいです! エリオ君だって、スバルさんだって、ティアさんだって! フリードもです! 悲しむ人がいるんです! だから正直に話して下さい。全部一人で抱えないで、私達にも背負わせて下さい!」
怒りのボルテージが振り切ったのか、キャロは怒りながら泣いていた。ぼろぼろと大粒の涙を流し、ギュッとスカートの裾を握りしめ、彼女は思いの丈を思いっきりレンにぶつけてきた。
その姿にレンは頬を掻くしかない。
君の事を色々な人が心配しているという事にもう少し自覚を持つべきだね。
オットーの言葉がリフレインする。全く本当にその通りだ。
受け止めなければいけない。反省しなくてはいけない。
そして認めよう。今まで一人で突っ走り過ぎた事を。仲間に心配をかけていた事を。
思えば確かにそうかもしれない。六課襲撃の時も、ニューロ・レンに捕まった時も。そういや、訓練校の時もそうだった。それぞれに事情があったにしろ、ティアナ達にしてみれば事後報告になってしまった。
そりゃ言われても当然かとレンは頭を掻く。ちょっとフリードが邪魔だ。
「そうだな。ごめんキャロ。それにエリオも。言われてやっと気付いたよ。俺も知らない内に一人で抱え込んでたのかもなぁ。……よっと」
「きゃっ!?」
ひょいとキャロを抱き上げ、自分の膝の上に乗せる。そのまま後ろから抱きしめ、レンはキャロの頭に自分の頭を乗せた。そして深く、深~く溜息をつく。
「キャロ達の事信じてない訳じゃないんだけどな~。突っ走るのは俺の悪い所だな」
「そうです! 反省して下さい!!」
まだキャロの怒りは収まらないようだ。レンに抱かれながらも頬を膨らませている。助けを求めるようにエリオを見ても、彼も基本的にはキャロと同じ考えだ。ふるふると首を横に姿にレンはまた溜息をつく。
幼女に怒られ頭が上がらない青年男子がそこに居た。
「エリオ~。俺、キャロがこんなに怒るの初めて見たんだけど」
「僕だって初めてですよ。でもそれだけキャロがレンさんを心配してるって事で諦めて下さい。勿論、僕だって心配です。キャロの言う通り自覚無さ過ぎですよ」
「無さ過ぎです!!」
「あ、うん。ごめんってば。だから機嫌直してよ」
「なら全部話して下さい。そうすればキャロの機嫌だって直りますよ。勿論途中で誤魔化すとかは無しで。でないとキャロだけじゃなく僕も怒りますからね」
そう言って笑うエリオの手にバチリで小さな電撃が走った。
ヤバい。こいつガチだ。レンの頬をたらりと汗が流れる。
「分かった! 話す。話すから! ……そうだなぁ。ついでだからエルも聞いてくれ」
「だから貴様はまたその呼び方を! ったく、それで? 何があった」
ずっと壁に寄りかかり見ていたエルフリーデも加え、レンは語りだした。
以前からあった頭のノイズの事。レン自身に敵意に反応してそれは起こっていた。しかしここ最近は様子がおかしい。正確には意識を取り戻してからだが、それが無差別に起こるようになった事。しかも頭痛を伴う。さっきもその痛みから逃れる為に壁を殴り、遂には頭突きまでかました事。
何かが自分に起こっている。それだけは確かに言えた。
「それって不味くないですか? そのノイズがいつ来るか分からないなんて、これから先もしもモビルスーツ戦でそれが来たら……」
「まぁ可能性としてはあり得るけど……。でも俺はデルタカイから降りるつもりは無いからね」
エリオの言いたい事は分かる。だが答えはとうに決まっていた。
レンにデルタカイを降りるつもりは微塵も無い。その意思表示にエリオとキャロは顔を見合わせる。
レンだってそれでキャロとエリオに心配をかけさせる事は分かっている。だがこれだけは。これだけは決して譲れない。
しかし。
「お前は本当に御し難い愚か者だな」
エルフリーデは許さなかった。
「体に変調を持つ者が戦線に立つとこちらが迷惑なのだ。真剣勝負の最中にお前一人動けなくなっただけで、部隊全体がそのフォローに回らなければならなくなる。結果危険度は高まり、それが原因で部隊が全滅の可能性もある。その程度も分からんのか?」
「分かってるさ。分かってるけれども……」
「いいや分かってない。だからそんな状態でも戦闘をすると言えるのだ。お前のそれはただの我儘。そんな物に我々を巻き込むな。迷惑なんだよ。お前はエイブラム艦長の意思を無駄にする気か?」
今日何度目かの耳の痛い言葉だ。エルフリーデの言葉は真実であるが故にそれは容赦なく突き刺さる。
黙りこむレン。反論したくても彼女の言葉を真実として受け止めてしまっている以上、何を言っても無駄だろう。ではどうすれば良い。どうすれば良いと言うのだ。
エリオとキャロもどう言って良いか分からない。レンの気持ちは分かる。しかしエルフリーデの言葉も理解できる。故に答えが見えない。
そんな三人を見渡し最初は素知らぬ顔をしていたエルフリーデだが、だんだんとイライラが募って来る。
そして今度は彼女が壁を叩いた。突然の事に三人と一匹が竦み上がる。
「ああくそっ! レン! 頭痛を抑える方法は無いのか!!」
「え? ああ、まぁしんどいけど魔力で痛みを和らげるくらいならなんとか……」
「じゃあそうしろ! こんな所で辛気臭くなっているよりずっと良い! キャロ、エリオ。何時でもこの馬鹿と連絡が取れるようにしておけ。だが勘違いするな。今部隊にお前の事を話しても動揺が広がるばかりだからな。それでも動けなくなるようなら私はこの事を全員に話し、部隊からお前を外す事を進言する。それが嫌なら死ぬ気で抑えろ!! 分かったか!!」
「お、おう……」
レンの目が点になっている。鳩が豆鉄砲をくらったように、ただ返事をするだけ。
言いたい事を言ったエルフリーデも肩で息をしている。一息であれだけ言ったのだ。当然である。
「ありがとう。エル」
「ふん、だから勘違いするな。癪だがお前は貴重な戦力だからな。折角の力も使えなければ意味が無いだけの事。だがさっきも言った通り、動けなくなるようなら私は問答無用でお前を部隊から外す事を進言するぞ。お前一人の我儘と心中するのはごめんだ」
言いたい事は言った。後は貴様次第だとエルフリーデは言う。
だがそんな事決まっている。レンは戦う。そう決めたのだから。
ならばこれ以上言う事は無いと、部屋の入り口へ向かうエルフリーデ。
「そう言えば本来の目的は新しい機体の詳細マニュアルを借りにきたんだ。と言う訳でお暇させてもらう」
「あ、ああ。そう言えばSpiritsの機体を譲渡されたんだよな。……おい。まさかとは思うが」
「そうだ。そのまさかだ」
心当たりがあるレンにエルフリーデはニヤリと笑う。
「真騎士ガンダムだよ。誰の機体にもならずにあったのでな」
「マジかっ!? 確かに騎士だよ! これ以上ないってくらい騎士だけどさ!」
「ハハハッ! お前のその顔が見られただけでも譲り受けた甲斐があるという物だな。まぁそう言うな。Spiritsの誰も乗りこなせなかった機体。腕が鳴るというものだ」
笑い声を上げるエルフリーデに呆気を取られ言葉も出ない。
真騎士ガンダム。通常のモビルスーツとは違い、全身を甲冑で包んだその名の通り、騎士のガンダム。
設計図を手に入れて作ってはみたものの、当時のSpiritsでこの機体を使いこなせる者は誰もいなかった。
何せ基本武装はナイトサーベルと電磁スピアの二種類という超接近戦仕様。まぁ騎士なのだから当然と言えば当然なのだが、その分出力も高くSpiritsのメンバーでも機体に振りまわされてしまったのだ。幾分マシだったのはレヴィくらい。それでも全力とはならなかった曰く付きの機体である。
それをエルフリーデが使うと言う。心配どころの話ではない。よくニキが許可したものだ。
「まぁ艦長が許可したんならこれ以上止めないけどさ。振りまわされんなよ?」
「案ずるな。何度か訓練を兼ねて動かしたが、確かにSpiritsでは十分に動かせないだろうという事は分かったからな。恐らく扱えるのは私か、兄上くらいだろうな」
「随分強気だな」
「あれを普通のモビルスーツと……。いやモビルスーツと考えるから扱えぬのだよ。ま、百聞は一見に如かず。戦場で私があの機体を使う様をとくと目に焼き付けるが良いさ。エリオ、キャロ。私はここで失礼するが、お前達はどうする?」
「僕は残ります。レンさんが心配ですし」
「私もです。ごめんなさいエルフリーデさん」
「案ずるな。お前達はその馬鹿がまた変な行動をしないように見張っておいてくれ。ではな」
そうしてエルフリーデは部屋を出て行った。残ったエリオとキャロを見てレンはやれやれと肩を竦める。
可愛い監視役が付いてしまった。これでは確かに馬鹿な真似はできない。ここは大人しくしていた方が良さそうだ。
ならば今は英気を養おう。オットーにも休めと言われているし誰も文句は言わないはずだ。
「ふあぁぁ~あ。なんか一気に疲れたな。ごめん二人共、俺ちょっくら横になるわ。ここ最近忙しくて忙しくて」
「色々やってましたもんね。お疲れ様です」
「あ、なら私マッサージしてあげますよ。エリオ君も手伝ってね!」
「了解!」
「え? いやいいって」
「つべこべ言わずに横になって下さい!」
「……はい」
成長したもんだ。出会った頃のおどおどしていた彼女からは想像できない。キャロに押し切られるまま渋々うつ伏せになりつつ、そんな事を思う。
そして始まるキャロとエリオのマッサージ。これがなかなか上手い物で、レンはいつしか深い眠りに落ちていった。
二時間後。
「全くどこに行ったかと思えばこんな所にいたとはね」
「でも三人とも幸せそうな顔してるよ。良いなぁ。ね、ティア。あたし達もここで寝ちゃおうか?」
「ば、馬鹿な事言わないの! そんなのできる訳ないじゃない!」
「しーっ! 三人共起きちゃうよ」
ベッドに大の字になって寝ているレン。そんな彼を中心にレンの腕枕で左右から寄り添うように寝ているエリオとキャロと、少し離れた所で丸くなっているフリード。そんな三人と一匹の寝顔を覗きこむのはスバルとティアナだ。姿の見えない三人を探しに来た二人だったが、こんなに気持ちよさそうに寝られては起こすのも忍びない。
ベッドの脇に座った二人はちょっとした悪戯心からレンの頬を突いてみたが、少し唸っただけで起きる気配の無さに顔を見合わせて笑い合う。
どうやら起こさない方が良さそうだ。そういう結論に達した二人はこのまましばらく三人の寝顔を見ている事にした。
丁度その時フリードが目を覚まし軽く顔を上げたのだが、スバルとティアナが優しい顔でエリオとキャロの頭を撫でているのを見て満足したようにまた眠りに落ちていくのだった。
2
カタカタとキーボードを打つ音が部屋に響いている。
ここはアースラにある部隊長室。そこではやてとリィン。そして退院したマリアが作業を行っていた。
いつスカリエッティが動いてもおかしくはない状況。一刻も早くスカリエッティの潜伏先を見つけたい所ではあるがそちらの方は現在シュテルに一任している。加えて潜入捜査に長けたロッサとシスター・シャッハも一緒だから問題は少ないだろうとはやては思う。“無い”と断言できないのが辛い所ではあるが。
ならば六課としても準備を怠るわけにはいかない。現在ディアーチェ達がなのはとフェイト用にカスタムしたM-Systemの最終調整を行っている段階。構想そのものはフォワード達によるぶっつけ本番の稼働テストが成功した時点からあった。公開意見陳述会には間に合わなかったが、その時点でもほぼ完成の目途はついていたのが幸いだろう。その合間に何かしているみたいだがまぁ、目を瞑ることにする。
それ以外にもやる事は山積みだ。裏でシュテル達がスカリエッティを追っている事を知っているのは後見人であるクロノ、カリム、リンディ。そしてレジアスだけ。そのレジアスも一時は難攻不落の地上本部への攻撃を許した事、質量兵器モビルスーツの投入の責任を問われるかに思われたが、最高評議会の存在とキール達が暴露した管理局の暗部がそれをうやむやにしてくれた。事実、ボロボロの地上本部を立て直すのにレジアス以上の人物がいなかった、というのも理由の一つだろう。不謹慎ではあるが、そのおかげではやてへの。ひいては機動六課への言及も酷く曖昧なもので落ち着いている。六課が引き続きレリックを追う事について異論が全く出なかったのもそれが理由だ。
ならばその間にやるべき事をしておく必要がある。先も言った通りやる事は山積みだ。そもそもはやて達が追うロストロギア、レリック。これについては謎が多過ぎる。謎があるからこそのロストロギアなのだが、それにしても知らない事が多過ぎる。
分かっているのはそれが高エネルギー結晶体であるという事。ただの高エネルギー体であればさして問題ではないのだが、問題なのはその純度と密度だ。たとえミッドチルダの優れた科学技術でもこれほどの純度と密度を生みだすのは難しいだろう。一体何の為に生み出されたのか、スカリエッティは何故これを求めるのか。レリックについて知る事がスカリエッティへの近道にもなるかもしれない。それがはやての考えだった。
だが問題はそれだけではない。レリック以外にもはやてを悩ます原因はまだある。
それは今、はやてが目を通している報告書であった。
「ふぅ……。あかん。これに目を通す度に頭が痛くなってくる」
眼鏡を外し目頭を押さえる。暗記するほどに読み返しているが読めば読むほど頭痛は増してくるようだった。
「さて、と。はやてさんはお茶で良いかしら?」
不意にマリアが作業の手を止めてはやてに尋ねる。この辺りで一度休憩しようと言うのだろう。リィンもふわふわと飛んで来てははやての肩にちょこんと座った。
「そう言えばはやてちゃんが眼鏡をかけているのってあまり見ませんねぇ。時々かけてるのは見かけますけど。目、そんなに悪かったでしたっけ?」
「ん? これは伊達なんよ。ただこれをかけると集中できるからな。お気に入りのアイテムや」
「確かレンが誕生日に買ってきたのよね」
ことんと置かれる二人分の湯飲み。マリアも自分用の湯飲みを手に机に寄りかかると、はやての手にある眼鏡の事を告げる。そんな事初耳なリィンはへぇ~と言いながらお茶をすする。
そんな中はやてはと言うと、レンズを拭きながら愛おしそうに目を細めた。
「そうや。大事な元カレからのプレゼントなんよ」
『ぶふぅ―――ッ!!』
「えらい盛大に噴き出したなぁ」
そういう問題ではない。揃ってお茶を噴き出した挙句、マリアに至っては器官にでも入ったのかごほごほと咳き込んでいる始末だ。そんな二人の様子をさも楽しそうに見ているはやてだけ。
「ごほっ! ごほっごほっ! ……ウソ、よね?」
「勿論真っ赤なウソ♪ 言ってみたかっただけや。私だって年頃の乙女やもん」
まだ器官にお茶が残っているのか、しゃがれた声で尋ねたマリアにペロリと舌を出して答えるはやて。
一気にマリアとリィンは脱力し、へなへなと崩れ落ちる。
してやったり。はやてはけらけらと笑いながらそれを見ていた。
「も~、そういうのは冗談でも止めて下さいよはやてちゃん。一瞬本気にしちゃったじゃないですか~」
「私もよ。あ~、びっくりした」
「あはははははっ。こういうのは意外性が大事なんよ。レンさんが元カレ~、なんて誰も思わへんやろ?」
「確かに思わないわね。あの子の頭の中にシュテルとキリエ以外の女の子が入って来るのは想像できないもの」
噴き出してしまったお茶を拭きながらマリアは溜息をついた。とは言えまだ心臓は早鐘の様に打っている。全く性質の悪い冗談だ。悪戯好きの上司にも困ったものである。
「でもはやてちゃん、レンさんと仲良いですよね? 本当はそうなりたかったんじゃないですか~?」
うりうりとリィンの小さな肘がはやての頬に押し付けられた。しかしはやてはひらひらと手を振ってそれを否定する。
「ないない。あの人の頭ン中にはシュテルとキリエ以外無いってのは分かってたからな。恋愛感情生まれた時点で失恋決定なんて悲し過ぎるやん。だから最初から恋愛対象外。まぁマリアさんとマークさんみたいなもんよ」
「ちょっと。なんでそこで私とマークが出てくるのよ」
「まんまの意味や。悪態つける気心の知れた異性の友人ってポジションってこと」
なんだか納得がいかない顔をしているマリアだが、大凡間違ってはいないので否定はしない。
マリアにとってマークは確かに友人。幼馴染という奴だ。幼い頃から戦闘訓練に明け暮れ、機械のようだった頃から、人間性を取り戻し今に至るまでを知っている。なんだかんだとうるさく言っている内に恋愛感情なんかどこかに行ってしまった。
(そりゃ小さい頃はそんな感情もあったかもしれないけれど、所詮子供の恋愛感情よね)
それでも今思えば、初恋だったのかな。
幼い自分を思い返し、小さな笑みと共にマリアは湯飲みを机に置く。
「なんだか呼ばれた気がしたんだけど、なんかあったか?」
「無駄に感応力働かせるなーっ!」
「あだ―――ッ!?」
突然扉が開き、噂の主マーク・ギルダーが顔を覗かせる。同時に神速の勢いで投げられたマリアのトレイが顔面にジャストミート。
カ―――ンと心地よい音が部屋中に響いた。
「よぅ見ときリィン。私とレンさんはあんな感じや」
「よく分かりましたぁ」
ふぅー、ふぅーと肩を怒らせるマリアと崩れ落ちたマークを指さしたはやてにリィンは妙な納得を覚えるのだった。
◆
「……で? 俺は結局とばっちりを受けただけなのか?」
「有体に言えばそうなるなぁ。ご愁傷様」
「ごめんごめん。つい条件反射で」
「えらく反応の良い条件反射だなぁ!?」
数分後、落ち着きを取り戻した部位長室。事の次第を聞いたマークが額をさすりながら肩を落とした。
マリアはそんな彼の肩を叩き謝っているが、マークはまだ腹の虫が治まっていないようだ。
まぁ幼馴染のじゃれあいはこれくらいで良いだろう。はやてはコンソールを操作し、先ほどまで自分が読んでいた報告書を再展開。画面をマーク達の方へ向けた。
「ほな丁度ええし、ちょっと真面目なお話をしよか。マークさんもマリアさんもこっちに注目してな」
「これ、さっきからはやてさんが読んでる報告書よね」
「そうや。レンさんがユーノ君に依頼していたジェネレーションシステムの在り処。その調査報告書や」
「はぁっ!? そんなの初耳よ!?」
「そりゃそうや。レンさんが裏でこそこそ頼んでたんよ。まったくうちの男共はそういうの好きなんやなぁ。ユーノ君もそれに便乗してたみたいなんやけど、レンさんがあんな感じやろ? それで私に直接送って来たって話や」
マリアとマークが顔を見合わせ頬を引きつらせた。
マリアの驚きの通りそんな物初耳。はやて曰くこの事を知っているのは後、シュテルとキリエだけらしい。レンを含めた三人も公開意見陳述会の直前に目を通しただけとの事。しかし流石にこれだけでは納得できないマリアとマークにはやてはその経緯を語る。レンはジェネレーションシステムのある世界はかつて闇の書に破壊され、尚且つフォーミュラエルトリアと似た魔法を持った世界だと考えた事がそれだ。しかし結論から言えば残念ながらこの読みもまた外れに終わる。だが調査をきっかけにユーノはある疑問を持つに至る。
「ユーノ君が至った疑問。多分私らも一度は考えた事やけど、私達はそこで考える事を止めた。ジェネレーションシステム。これは一体何の為に生み出されたんや?」
「この世界にはジェネレーションシステムによく似たシステムがあるのを君は知っているかな?」
同時刻。薄い光の中で青年は問いかける。問われた女性はソファーに横たわりながらその紅玉の瞳から訝しげな視線を彼に向けた。答えるのも億劫だ。彼女の視線はそう言っている。
しかし青年の金色の瞳はそれを許さない。銀色の髪を掻き上げ、女性はやれやれと体を起こした。
「無限書庫。管理局が発見した世界のあらゆる情報を書物の形にして掻き集める次元世界最大のアナログデータベース。その情報量を収めきる為に次元湾曲をしてまで今なお拡大を続ける、自己拡張進化型情報収集システム。どうだ? これで満足か?」
「ブラボー。模範的な解答だね」
拍手喝采。金色の瞳の青年、ジェイル・スカリエッティは女性、アメリアスに称賛を贈る。
しかしアメリアスは少しもそれに嬉しい様子など見せない。むしろ更に眼光鋭くスカリエッティを睨みつけるだけだ。スカリエッティもやがて拍手を止め、改めてアメリアスに向き直る。
「無限書庫とジェネレーションシステム。どちらも同じ種類のシステムである事には変わりない。データの保存の仕方に差異はあれども基本的にどちらも根本は情報収集だ。そして無限書庫の担う役割は肥大した管理局の中でもかなり重要な位置を占めている」
「確かにな。労力はかかれど、整理さえしておけば局管理下にある世界の情報全てが手に入る便利なデータベースというのが一般的な考え。しかし見方を変えれば、それは管理局が管理世界を手中に収めているのと何ら変わりは無い。情報は武器だ。自分達が管理する世界の事を知らなければ管理など出来よう筈もないからな」
「その通り。ではその点を踏まえて更に質問させてもらおうか。……そんなに嫌な顔をしないでおくれ。これはとても重要な事なのだよ?」
あからさまに顔をしかめたアメリアスだが、スカリエッティはそんな彼女をなだめつつ、勝手に質問を続けようとする。これに何の意味があるのだ? アメリアスは口元まで昇って来た言葉を飲み込み、しばしこの科学者の質問に耳を傾けた。
「無限書庫とジェネレーションシステムの一番の違いは何だと思う?」
「無限書庫とジェネレーションシステム。その大きな違いは情報を集める世界に制限があるかどうか、という点や」
はやてはすっかり温くなってしまったお茶を一気に飲み干しそう言った。マリアがその湯飲みを受け取り、新しいお茶を注ぎこむ。ソファーに腰掛けたマークが目を伏せ言葉を繋ぐ。
「無限書庫が管理局の定めた決まった世界の情報を集める制限のあるシステムである事に対し、ジェネレーションシステムは制限なく情報を集める事ができる。だからこそジェネレーションシステムは多くの世界の情報を集め、自己を進化させた結果、自分の中に世界を生みだす事ができた。地球とモビルスーツ。この二つを主軸にしてな」
「それはちょっと違うな。それはあくまでジェネレーションシステムが地球とモビルスーツの世界を中心に世界を生みだした、という事からの判断でしかない。その気になれば数多の世界の情報をジェネレーションシステムは得る事ができるんと違うかな。ティーダさんを自分の世界に呼べたように、な」
ジェネレーションシステムは。いやこの場合はアプロディアだろうか。彼女はティーダの死を確認し、その魂を自分の世界へと招いた。自分を侵食するナハトヴァールに対抗する為に。それはジェネレーションシステムが無差別に世界の情報を得られるという証拠にもなる。
「ジェネレーションシステムは世界を知る為に、数多の世界を観察した。ではその能力はいつ手に入れた? 答えは簡単。最初からそのシステムが組み込まれていたからや」
「つまりジェネレーションシステムは最初から世界の情報を集める為に作られた。だからこそあんな芸当ができたと考えるのが自然ではないか……ってユーノ君は考察してるわね」
再びマリアがはやての前に湯飲みを置く。はやてはにっこりと笑うとそれを手に取った。緑色の水面を見つめ、彼女は再び表情を引き締める。
「しかもジェネレーションシステムは魔導炉搭載型の機械だ。そこに魔法技術が関わっていると考えて良いともユーノは書いていたな」
「そうやな。そこから導き出される結論はジェネレーションシステムを作りだすのには高度な機械技術と魔法技術の両方が必要っていうユーノ君の考察は確かに筋が通っている。ま、ゆっくり考えていけば当然の事なんやけど、意外と盲点やったな。誰もそこまで考えへんかったんやもん」
はやての言葉にマークとマリアは揃って肩を竦めた。返す言葉も無い。本来なら自分達が気付いて然るべき事なのだ。だがユーノに指摘されるまで気付きもしなかった。本当に単純なこの答えに。
「ここで話は最初に戻るっちゅー事や。じゃあ誰が何の為にジェネレーションシステムを生みだしたんやろな?」
「その鍵はミッドの先史文明にある」
コーヒーカップを持ち、スカリエッティはなおもアメリアスと対面している。
アメリアスもじっとその言葉を聞いていた。
「先史ミッドチルダは高度な技術の発展と共に、魔法文明も同時に栄えてきた。機械技術と魔法技術、その両方を同時に、しかも高度に発展させたミッドチルダだ。それくらい出来ても不思議ではない。しかも当時ミッドは戦争をしていた。他の次元世界の情報は喉から手が出る程欲しいだろう」
「しかしそれだと矛盾が生じるな。その戦争を終わらせたのは最高評議会なのだろう? 奴らがジェネレーションシステムを知らないはずがなかろう。それに闇の書だ。ミッドは滅ぼされてはいない」
「何も矛盾は起きないさ。組織というのは頭が一つではないのだよ。彼らも知らぬ別のプロジェクトが動いていても不思議ではない。それにジェネレーションシステムの性質上、それを所持しているという情報の漏えいを防ぐ為にも一部の人間しか知らなかった可能性だってある。そういう意味ではわざわざミッドで作る必要も無い。別の無人世界で秘密裏に建造したと考えるのが自然だろう?」
「つまり闇の書が滅ぼしたのはその別世界。ミッドチルダの技術者が秘密裏にジェネレーションシステムを作っていた世界だという事か」
アメリアスにスカリエッティはさも満足と微笑んだ。その笑みにアメリアスはフンと鼻を鳴らし顔を逸らした。いつの間にか彼のペースになっている。面白くない。
「しかしスカリエッティよ。まだ肝心の答えが出ていないぞ。結局ジェネレーションシステムは何処にあるのだ? まさかまだその世界にあるとでも言うのか?」
「おやおや、君らしくない発言だね。君だって私の最終計画を知っているだろう?」
「なるほど。そういう事か」
スカリエッティの最終計画。それこそが全ての答え。スカリエッティが何故こんな事を尋ねてきたのか、ようやくその意味を理解した。
マークとマリアの二人は黙りこむしかなかった。行きついた答えが共に同じで、それを口にできないというのが正しいかもしれない。リィンも瞳に不安をありありと浮かべてはやてを見上げた。
コクリとはやてが頷く。
「この考察の通りだとすればジェネレーションシステムを作ったのはミッド人。しかも無限書庫のプロトタイプと見るしかないやろうな。大方その中に夜天の王の先代もおったんやろ。けれど何らかの拍子で書が暴走し、世界は滅ぼされ当時のミッド人はジェネレーションシステムを切り捨てた。けれどそのノウハウは無限書庫に受け継がれた。……酷い話や」
「アプロディアはこの事を知っているのかしら」
ポツリとマリアが呟く。もしもこの話が真実なのだとしたら人恋しさに自らを進化させたジェネレーションシステムは。アプロディアはどう思うだろう。システムが本当に求めたのはこの世界の人間なのではないだろうか。
「そいつは無いんじゃないか? そもそもジェネレーションシステムに当時の技術者達が全て教えていたかどうかも怪しいだろ? でなきゃシステムを統括するアプロディアがこれを知らないはずがない。きっとシステムにとって目の前の世界が全てだったんじゃないかな」
マークが茶をすする。この話が真実かどうかは分からない。だが、だとすれば。
ジェネレーションシステムは今、どこにあるんだ?
その世界か? いいやそれもおかしい。戦争が終結し、時空管理局は数多の次元世界に足を伸ばした。
当然当時を知る一部の者がジェネレーションシステムを確認に行かないはずがない。しかしジェネレーションシステムはまだ発見されていないのだ。
ならば、何処にある? いや、何処に行ったと考えた方が正しいのか?
マークの頭の中で線が繋がり始める。そしてそれが最後の答えを出そうとしたその時だった。
突然、緊急通信のアラームが部屋中に鳴り響いた。
その音に四人は一斉に立ちあがる。一気に緊張が走った。リィンが緊急通信用のモニターを開く。
「はやてちゃん! アコース査察官から緊急通信です!」
「繋いで!」
「モニター出ます!」
グリフィスに連絡を取ろうとしたはやて。しかしリィンの言葉に優先順位を変更。
四人の目の前に大型の空間モニターが開いた。そこに大きく映るヴェロッサ。彼にしては珍しく、焦りの色がそこに見えた。
『突然の通信悪いねはやて』
「それはええから報告を。緊急事態なんやろ?」
『ああ。と言うより見てもらった方が早いかな。僕の後ろにある物が見えるかい?』
「後ろ?」
そう言ってヴェロッサが画面から消え、画面に映し出された物。はやてだけではない。全員が絶句した。
大地を割り、轟音と共に空へと舞い上がる物がある。その大きさたるや、はやてが知るどの艦よりも大きく、荘厳だ。
しかし敢えて言うのならば艦と言うよりもむしろ。
「方舟……?」
幼い頃に読んだ本に出てきた世界を滅ぼす大洪水からあらゆる動物を守った方舟を思い出させる。
はやてが抱いた印象はあながち間違いでもない。
映像を通して見ている艦こそ古代ベルカにおける絶対兵器。選ばれた者には安らぎと祝福を。選ばれざる者には恐怖と断罪を与える生と死の方舟。
聖王のゆりかご。
それがこの巨大戦艦の名だった。