魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第53話 弩級回路 ②

1

 

 

 

 スラムで地上部隊とガジェットが睨みあっている。

 スカリエッティが投入し、ゼストがゲンヤに伝えた情報によればガジェットの名はビルゴⅡ。武装自体は至ってシンプルだが、問題は機体周囲を取り囲むAMF発生装置プラネイトディフェンサーだった。

 これは本来電磁フィールドを発生させて光学兵器を無効化させる物であるが、スカリエッティはこれを改良しAMF発生装置として組み込んでいる。しかも出力はこれまでのガジェットよりも格段に高く、物理干渉まで引き起こすそれは魔導士への絶大な盾と化す。

 それでも地上部隊が辛うじて防衛線を死守できているのは、やはり相手がガジェットであるから。

 確かにガジェットの動きは精密で狂いがない。だが常に最適の判断を下すシステムであるからこそ、つけ入る隙がある。現場総指揮を執るゲンヤはそこを上手く利用していた。オーリスも到着し、手分けして現場に指示を出す。それでようやく均衡を保てるまでに状況を回復させていた。

 既に開戦から一時間が過ぎている。たかが一時間。されど一時間。先はまだ見えそうにない。

 

 

 

『ギンガ、西方面が押されている。救援に向かえるか?』

「行けます! 座標の指示を下さい!」

 

 ガジェット・ビルゴⅡをその拳で撃ち抜き、額に流れる汗を拭ったギンガにゲンヤからの通信が飛んでくる。間髪入れずに答えたギンガだが、流石に荒い息は隠せなかった。開戦からずっと前線に立ち続けるという身体的疲労。この地上部隊のエースとして立ち続ける精神的疲労。その両方は如何に一騎当千のギンガといえどもなかなかに辛いが、泣きごとを言っている暇はない。ギンガはもう一度汗を拭うと、後方に控えた魔導士達に現場を離れる事を伝えた。

 

「ギンガさん、カートリッジの支給です。持っていって下さい」

「ありがとうございます。それでは私はこれで!」

 

 後方部隊からカートリッジを受け取り、ブリッツキャリバーを走らせる。指定された座標はさほど遠くない。すぐにでも戦闘に入れるように走りながらリボルバーナックルにカートリッジを装填する。

 廃墟となったスラムを駆け抜けると空を切り裂く無数の閃光が見えた。その動きから押しこまれている状況が分かる。この部隊のリーダーに連絡している暇は無かった。ウィングロードを展開させると彼女は一気に空へ。状況を一望できる場所へと移動する。

 

(かなり押しこまれてるわね。敵が地上タイプだけであるのだけが救いかな)

 

 そう。今回のガジェットはどうやら地上に特化した物らしく、空中からの攻撃は無かった。こちらも聖王のゆりかごへ空戦魔導士を割いている為、それが有利に働く事は無かったがそれでも幾分かはマシである。ギンガはそのままガジェット・ビルゴⅡの中へその身を躍らせた。

 ガシャンと音を立ててカートリッジを一発装填。スピナーの回転と共に空色の魔力が渦を巻く。

 プラネイトディフェンサーを展開させる隙など与えるものか。ギンガはそれをガジェットの腹に直接ブチ込んだ。その剛腕がガジェットの腹にめり込む。そして解放された魔力がそのまま渦となってガジェットを飲み込んだ。錐揉み回転しながら空中で爆散するガジェットを確認するまでもなく、ギンガはその身を屈めて一体の足を払う。そして体勢を崩した所に回転を殺さぬままの回し蹴り。吹っ飛んだガジェットが他の機体に突っ込んだ。

 

「ブリッツキャリバー!!」

『All right! Gleipnir ignition!』

 

 ギンガの声にブリッツキャリバーが応える。そしてギンガの右腕から放たれたのは有線式ロケットアンカー、グレイプニール。弾丸となったクロー部分がガジェットに突き刺さると同時にワイヤーが巻き戻り、ギンガの前へ引きずり込む。待ち構えるギンガが左腕を中腰に構えた。左腕には追加装備が施されたリボルバーナックル。そこから伸びる杭がギラリと輝く。

 

「ランサーダート! 行けぇ!!」

 

 突きこまれる拳と同時に杭が前方に伸び、ガジェットを貫いた。バチバチと放電し、動きを止めたガジェット。それを無造作に放り投げ、ギンガは油断なく周りを見渡した。

 右腕のグレイプニール。左腕のリボルバーナックル改。これこそディアーチェによって考案されたギンガの新しい武装。ベースとなったのはGAT-X207 ブリッツガンダム。流石にM-Systemまでは搭載できなかったが、ギンガはこれを十分に使いこなしていた。オリジナルのランサーダートは本来トリケロスという攻盾システムの中の武装の一つだが、ディアーチェは以前アメリアスが使っていた武装からヒントを得て、リボルバーナックルに取りつけるパイルバンカーとしてこれを考案。オリジナルの問題点であった取りまわしの悪さを改良する事に成功した。事実、ギンガが前線を保てたのはこの追加武装の恩恵も大きい。

 ディアーチェから対ガジェット用にと渡された時は戸惑いを覚えたギンガだったが、今は彼女の判断が正しかった事を痛感し、感謝している。

 ギンガを取り囲むガジェット・ビルゴⅡ。彼女はすぐに動いた。得意の高機動を活かし、ガジェットを内側から撹乱する。ガジェット達もギンガを狙ってライフルを放つが、それよりも速く動く彼女を捕える事はできない。そしてそうこうする内に押しこまれていた地上部隊も息を吹き返した。彼女を援護するように放たれる魔力弾が、ガジェットの進撃を止める。

 プラネイトディフェンサーを起動してこれに耐えても、内側からギンガに破られる。ギンガに集中すれば魔法弾の餌食になる。結果、統制の取れていたガジェットの動きが散漫になる。

 いわばギンガは囮だ。撹乱し一気に攻める為の布石なのである。これがどんなに危険であるかギンガ自身も分かっているし、指示を出したゲンヤも苦渋の選択だった。綱渡りそのものである。一瞬の判断ミスによって状況は一変する可能性を多分に含んでいる状況にゲンヤもオーリスも、勿論前線に立つ魔導士達も疲労の色が隠せない。

 そして、やはりその時は訪れた。

 

「きゃあ!」

 

 繰り出した拳が大きく上に弾かれ、ギンガの悲鳴が響いた。それを嘲笑うようにガジェット・ビルゴⅡがプラネイトディフェンサーを展開している。

 踏み込みが甘かった。十分な力を伝える事のできなかった拳では物理干渉域まで高められたAMFを貫く事ができない。駄目だ。すぐに次の一撃を放たなければ。ギンガはとっさにそう判断し、腕を引き絞ろうとしたその時だ。

 

「……え?」

 

 一瞬何が起こったのかすら理解できなかった。頭はしっかりと動けと命令している。だが動かない。引き絞ろうとした左腕はだらりと垂れ下がり、ギンガの命令を拒否していた。そして一度でも命令を受け付けなくなった体を意識した途端、彼女の体は鎖に絡め取られたかのように動かなくなる。

 そんな、こんな時に!

 自分の体なのに自分の言う事を聞かない。蓄積された疲労がここに来て遂に限界を迎えた瞬間だった。

 動こうとする意思が動かない体に上書きされる。疲労を感じる以上、戦闘機人であっても肉体の限界は存在し、抗う事はできないという事だ。

 そして待っていたのは横殴りの衝撃。一度糸の切れた思考が再起動するまでの僅かな間隙を見逃すガジェットではない。衝撃に体が浮き上がる中、ガジェットがビームサーベルを振り抜いているのが見えた。

 ブリッツキャリバーがプロテクションを張らなければ、今頃は胴と足が切り飛ばされていたかもしれない。ゾッと寒気が背筋に走る。

 しかしまだ攻撃は止まらない。これ攻勢とばかりにガジェットのライフルが、メガビーム砲が一斉発射されたのだ。未だ重い体に鞭打ち、ギンガはブリッツキャリバーと共に駆けた。しかしそこに精細さは無く、次第に追い詰められていく。陸戦魔導士達も援護を行うが、別のガジェットがプラネイトディフェンサーを展開し援護が届かない。そしてギンガの体が再び宙を舞った。

 

「あうっ!」

 

 受け身も取れずに地面に叩きつけられる。そのままごろごろと転がり、彼女は無防備に地面に横たわった。迫りくるガジェットの足音。逃げなければ。朦朧とする意識の中でギンガは手足を動かそうとするが、一向にそれは言う事を聞いてはくれない。赤く染まっていく視界。それが自分の頭から流れる血だと気付くのはそれから少しの時間を要した。

 ちらりと自分の体を見る。バリアジャケットは所々裂かれて白い素肌が血で赤くなっていた。右足もあり得ない方向に曲がっている。痛みを感じないのはきっと感覚が麻痺しているから。

 

『Master……』

「ごめんブリッツキャリバー。私、もう走れないや。……ごめん。本当にごめん」

 

 涙が流れる。ここまでだという思いがこみ上げてくる。ガジェットはもう目の前まで来ている。

 諦めるなと語りかけるブリッツキャリバーの声も遠い。ギンガの心の火はそれほどまで消えかかっていた。

 もう限界。ごめん父さん。ここまでみたい。ごめん母さん。私、母さんみたいになれなかった。

 ごめん。ごめんねスバ……。

 

「駄目だ!!」

『Master!?』

 

 突然ギンガが声を張り上げた。その声にブリッツキャリバーも驚く。何よりもギンガが体を起こし始めたのだ。とうに体は限界。右足も折れ、立つ事すら難しいだろう。しかしギンガは両手を踏ん張り、震える体をゆっくり、ゆっくりと起き上がらせていく。

 玉の様な汗と一緒に地面に血が落ちる。全身が痛い。だけど起き上がらなきゃ。

 そうだ。スバルは今この瞬間もきっとこっちに戻ってこようとしているはずなんだ。こっちに戻ってきて私がいなかったらあの子はきっと泣いてしまう。そんなのは嫌だ。私の所為であの子が泣くなんて絶対に嫌だ。

 歯を食いしばれ。腕に力を込めろ。どんな事をしても起き上がれ!

 動け私の体! ギンガ・ナカジマ。お前は戦闘機人だろう? 人より強い体を持っているんだろう?

 だったらもっと根性見せろ! 足が折れたくらいなんだ! それくらい気合いでなんとかしろ!

 あの子ならきっと諦めない。だったらお姉ちゃんの私だって諦めるもんか!

 

「スバル……。大好きな私の妹……。あの子は絶対に帰って来る。あの子の帰って来る場所を……絶対に守るんだ!! 絶対に……、絶対に!! だから、こんな所で、諦められない!!」

 

 

 

「よくぞ吠えた!! その意気や良し。ギンガよ、そなたの思い。しかと聞き届けたぞ!!」

 

 

 

 闇が空を覆った。

 突如として現れた闇が集束を始める。その中心に向かって吹き荒れる豪風。ガジェット達はそれに抗おうとしているが、一体。また一体とその中心に向かって吸い寄せられていく。AMFは確かに魔法を打ち消す。しかしそれに付随する効果までは打ち消す事ができない。この豪風はその付随効果。吸い寄せられたガジェット達は強烈な力で闇の中心で押し潰されるしかなかった。

 

「さぁ、無限の闇に押し潰されろ!!」

 

 少女の声が最後のトリガー。集束した闇がガジェットもろとも大爆発を起こした。

 解放されたエネルギーが辺り一面に吹き荒れる。吹き飛びそうになるギンガの背を誰かが支える。

 驚き振り返ると、そこには緑の騎士甲冑を纏う湖の騎士が優しく微笑んでいた。

 

「シャマル……先生……」

「頑張ったわねギンガちゃん。でももう大丈夫よ。ここからは私達が引き受けるわ」

「それじゃああれは……」

「ええ。切り札投入よ」

「な―――はっはっはっはっ!! 吹き飛べ吹き飛べ! 新型だろうがなんだろうが、我の前では鉄屑塵芥! ゴミ屑以下の存在に成り果てるがいいわ―――ッ!!」

「……ノリノリですね」

「最近研究室にこもりっ放しで鬱憤が溜まっていたのかしら……」

 

 上空、魄翼を広げたディアーチェが高笑いをしながら魔法を放っている。それはもう気持ちよく、これ以上ないくらいに最高にハイテンションなのが見ているだけで伝わって来る。あれだけ苦戦したガジェットであるというのに、ディアーチェの前では手も足もでない様はギンガとシャマルを始め、見ている陸戦魔導士達も唖然とするほど。

 これが紫天の王。夜天の王に匹敵するもう一人の王の力なのか。

 ゴクリとギンガが唾を飲み込んだ。

 知ってはいたけれど、やはり規格外だ。

 

「まったく。ユーリとユニゾンしてるからって、バカスカ力を使い過ぎだ。少しは周りの事も考えてほしいもんだな」

「あら、遅かったじゃない。このままじゃディアーチェちゃんに全部持っていかれるわよ?」

「ゲンヤさんの所に行ってたんでな。ギンガがやられる所見てぶっ倒れそうになってたから、後でギンガと一緒に治療してやってくれ」

 

 影がギンガにかかった。見上げると、鋭い目付きの男が灰色がかった髪を揺らし、彼女の頭に手を置いてくる。安心できる大きな手に思わず呆けてしまう

 

「よくやったギンガ。後は俺達に任せろ」

「っ……、はいっ!」

 

 その声、マーク・ギルダーの声にギンガの体から緊張が一気に解けた。再び全身を疲労が襲い、同時に脳が休息を求める。しかしギンガはそれに抗う。気を失うのはいつでもできる。だが今は目に焼き付けたいのだ。空から舞い降りる紫天の王と歩み寄る不死鳥の後ろ姿を。

 

「ふん、漸く出てきたか。それで? それは使えそうなのか?」

「さぁな。だがあいつが意味の無い事をするとは思えない。だからさ、そいつに賭けてみようと思うんだ」

<大丈夫なのですか?>

「ま、起動させてみれば分かるだろ」

 

 ディアーチェとユニゾンしたユーリの心配そうな声を背に、前へと進み出るマークの掌で一枚のカードがくるくると回っていた。それはティーダ・ランスターがゲンヤに預けたカードでありデバイス。そしてそれを握りしめた瞬間、炎が渦を巻いた。

 天まで昇る炎渦は不死量の翼。その中で彼は理解する。唐突に、突然に、天啓の如く。戦えるという確信が芽生える。新しいデバイス。新しい機体。それでも分かる。何故かなどどうでも良い。直感的に分かってしまったのだからしょうがない。

 このフェネクスは、マスターフェニックスは驚くほどにマークに馴染むのだ。

 

「フェネクス、セットアップ」

 

 不死鳥がマークを抱きしめる。炎翼は熱く彼に寄り添い、その質を変化させていく。

 真紅のコートをバックルで閉じたその姿は以前と同じバリアジャケット。だが武装が違う。

 フェニックスであれば銃だった。ティーダもフェネクスを使う時は銃の形をしていた。だが今、マークの手にあるのは巨大な片刃の大剣だ。フェネクスのフルドライブ、マスターフェニックスが持つクロスバインダーソードをそのまま人間にサイズにした、そんな大剣。それを手にマークは目を細める。

 

「あんにゃろ。デザイン変えやがったな?」

「お主らどちらもガンナータイプだったろうに。今更使えんは無しだぞ?」

「ノープロブレム。俺を誰だと思ってる?」

「……だな。気にするだけ無駄か」

 

 並び立つマークとディアーチェ。迫るガジェットを目の前にしても、二人の顔は陰る事がない。

 ディアーチェが紫天の書を片手にエルシニアクロイツを構えた。マークも大剣を逆手に持ち替える。

 ニィッと二人は嗤った。

 

「「踊れ。鉄屑ども」」

 

 そして始まるディアーチェのエルシニアダガー・ジェノサイドシフト。前方を埋め尽くす小剣の嵐。

 ガジェット・ビルゴⅡ達も急ぎプラネイトディフェンサーを起動させる。

 確かにこれが並の密度であればプラネイトディフェンサーのAMFによって弾かれていただろう。しかし物量が違う。密度が違う。荒れ狂う闇の小剣はあたかもヴァリアブルシフトと同じ現象を引き起こしていた。処理しきれなくなり突破を許してしまうガジェット。防御に徹しようとして、結局貫かれてしまうガジェット。次々と爆発が巻き起こる。

 その爆発を隠れ蓑に低空で地面を駆ける不死鳥が一羽。マークだ。ディアーチェの魔法に自らの姿を隠し、マークはガジェットの群れに自ら体を躍らせる。

 大剣が炎をまとった。マークはそのまま大剣で一体を切り上げ上空へ。そそり立つ炎壁。その間隙を縫って別の一体が反撃を試みるもマークはそのまま体を回転。ギラリ、陽光に刃が輝く。

 不死鳥が空から舞い降りた。

 叩きつけられた大剣がガジェットを両断。だがその力はそれに留まらない。噴出する炎が一直線に地面を割り、密集したガジェットもろとも爆発が巻き起こった。

不敵に不遜に傲岸に傲慢に。

 炎の中で青年は嗤い、大剣を肩に担ぐ。炎が走る世界。崩れた道路。燃え盛るガジェット・ビルゴⅡ。

 ガジェットに恐怖という感情は無い。機械だから当然か。

モビルドール? いや、それよりもあれは……。

 

「ニューロ、か。……まぁ良い。後ろにいるのはスカリエッティか? アメリアスか? それともラナロウ? ゾディ? キール? 誰でも良いからよく聞ききな」

 

 不死鳥がその翼を高らかに広げる。

 

「半端な覚悟で来るのなら……大怪我どころじゃ済まないぜ!」

 

 さぁ反撃の始まりだ!

 

 

 

2

 

 

 

 有線ビーム砲が行く手を遮る。

 タンホイザーの起動は確認している。だが自分達が突破口を広げなければ、直接パトゥーリアに撃ち込む事はできない。エリスとエルフリーデはただひたすらに有線ビーム砲を排除していた。

 声が聞こえる。感応力所有者だから? 違う。エルフリーデにそんな力は無い。

 だが感応力者であるエリスにも、そうでないエルフリーデにもその声ははっきりと聞こえていた。

 エリスはその声に何度も励まされた。そのままで良い。F91はきっと応える。

 エルフリーデはその声に何度も反感した。それで良い。真騎士ガンダムはそんなもんじゃない。

 

「もっと! もっともっともっともっともっと速く!」

「まだだ! まだまだまだまだまだまだ力を上げろ!」

 

 そうだ、その調子だ。

 F91の設定した限界よりももっと君は速く動ける / 真騎士ガンダムの秘めた力をお前なら引き出せる。

 

 声は何度も語りかけた。限界なんて関係ない。その先にある力を 君 / お前 なら使いこなせる。

 さぁ行け! どこまでも!

 

「「いけぇぇぇぇぇっ!!」」

 

 ピ―――ッ!!

 二機に警告音が鳴り響き、サブディスプレイに『System release』の文字が浮かび上がる。

 

 最初に変化を感じたのはエリス。歯車が噛みあったと言えば良いだろうか。エリスの感覚とそれに僅かながら遅れていたF91の挙動が一致したのだ。

 サブディスプレイには相変わらず『System release』の文字。それとは別に『Maximum operation』と『force-feed cooling』の文字もあった。最大稼働と強制冷却。機体の状態を表す画面も放熱フィンと頭部フェイスガードの展開を報せている。それはF91を最大稼働させた事を教えるサイン。バイオコンピューターがエリスの技量を認めたのだ。

 全力を出したF91はエリスの思うがままに動く。彼女の反応に最大限応えてくれる。

 そうなったF91を最早パトゥーリアの有線ビーム砲が止める事はできない。ビームサーベルを振り、ライフルとヴェスバーを撃ち、白い装甲を熱で黄昏色に染めてF91はエリスと共に翔けた。

 

「え、M.E.P.E.……。理論は聞いていましたが、まさか本物を見られるとは思いませんでした……」

 

 呟くセリカの画面にはF91が分身しているように見える。如何に彼女が歴戦の勇士でもこの現象を生で見る事は初めてだ。無論彼女だけではない。センサーで見ている誰もが同様の現象に困惑している。

 

「ニキさん、これってどういう事なんですか? どのセンサーにもエリスさんの機体反応が無数出現しては消えていってる。これじゃ分身ですよ」

「分身とは少し違います。あれはM.E.P.E.と呼ばれる現象です」

「えむいーぴーいー?」

「Metal Peel-off effect。金属剥離効果と呼ばれる物です。機体表面の金属剥離効果によってバイオコンピューターを強制冷却しているんですよ」

『その結果生まれるのがキャロさんのセンサーで感知している現象。剥離された金属をセンサーがF91だと認識してしまうんです。この効果をそのままM.E.P.E.。もしくは質量を持った残像と呼びます』

 

 ニキの説明にセリカが重ねてきた。はぁと言うしかないキャロ。実は話の半分も分かっていない。多分理解できたのはティアナだけだろう。

 だがそこで彼女は気付いた。M.E.P.E.を引き起こしているのであるならば、これは少しマズイのではないか?

 

『おや? ティアナさんは気付いたようですね。ニキさん、分かっていますね』

「はい。ミラ、整備班に私の機体をアイドリングしておくように伝えて下さい。彼女なら使いこなせるでしょう」

「了解です」

 

 やっぱり。ニキの言葉にティアナも納得の表情を浮かべた。その裾を引っ張るキャロの顔が赤くなっている。難しい単語にそろそろオーバーヒートを起こしかけているのかもしれない。

 そんな彼女の頭を撫でて、ティアナは一言言い放った。

 

「つまりあれは諸刃の剣って事なのよ」

 

 

 

 

 

 

 機体が悲鳴を上げているのが分かる。

 迫る有線ビーム砲を裂きながらもエリスは気付いていた。

 M.E.P.E.は確かに強力だ。だがそれは機体表面のコーティングを剥がしている事に他ならない。つまりその度に機体は消耗していくのである。

 

(だけど今は! 今は我慢してF91!)

 

 もうパトゥーリアの目の前だ。一撃。最大稼働した状態で一撃を入れなくてはならない。

 その一念のみでエリスはF91を駆った。ずっと一緒に戦ってきた相棒。漸く認めてくれた愛機。F91のリミッターに悩む日もあった。だがこうして最大稼働したからこそ分かる。心身にかかる負担がいつもの比にならないのだ。自分はきっと守られていた。リミッターをかけられる事で、莫大な負担から守られていたのだ。

 しかしリミッターはリミッター。限界を超えた力はいつまでも行使できない。人が持てる力を全力で使えば、肉体はその反動で大きな傷を負うだろう。モビルスーツも同じだ。事実、F91もM.E.P.E.によって装甲とコーティングが随分と剥がれている。もう長くはない。これが最初で最後のエリスとF91の最大稼働なのだ。

 

「見えたっ!!」

 

 遂にF91が有線ビーム砲を突破する。目の前で大きく口を開けているニューロ・パトゥーリアに光が集束するのが見えた。構わずヴェスバーを起動。巨体から放たれる荷粒子砲と最大稼働のジェネレーターと直結したヴェスバーが正面からぶつかった。

 二つの閃光が互いに干渉し、歪められ、反発し、一気に弾け飛ぶ。

 降り注ぐ光にパトゥーリアは全体を焼かれる。F91もそこから逃げる余裕はない。ほとんど防御を失った所へ浴びせられるエネルギーと、ヴェスバーの反動。遂に機体も限界を迎え、機体の至る所で爆発が起こった。

 その光景に悲鳴が上がる。セリカも、ニキも、誰も動く事ができない。

 ただ、一つの例外を除いて。

 

 

 今だ! ここしかタイミングは無いぞ!

 

「分かっている! いちいち指図するな!!」

 

 唯一、それでも動いた機体があった。

 真騎士ガンダムとエルフリーデ。エリスと共にこの有線ビーム砲の中を突き進んだ銀色の騎士。

 彼女もまたその中を掻い潜り、パトゥーリアに肉薄しようとする。

 

「エリス、お前とF91の切り開いた道を無駄にはせん……。さぁ真騎士ガンダム。限界突破をしたお前の真の姿を見せる時だ!」

 

 ギンッ!!

 

 エルフリーデの呼びかけに真騎士ガンダムの瞳が輝いた。

 雷が疾る。銀の騎士甲冑は目も覚めるような青き鎧、霞の鎧へ。

 炎が猛る。握ったナイトソードは紅蓮の炎を宿す剣、炎の剣へ。

 星が集う。掲げた白銀の盾は十字星を中心に宿す盾、力の盾へ。

 これぞ真騎士ガンダムが三種の神器を纏いし姿、フルアーマー真騎士ガンダム!

 だがその一方で躁主のエルフリーデには耐え難いほどの激痛が走っていた。力の代償。エリスとF91が自身の耐久力を削って最大稼働をしていた様に、真騎士ガンダムには限界突破の代償として躁主にまで逆流する力の奔流があった。それは電撃となってエルフリーデの意識を狩り取ろうとしている。

 だがエルフリーデは決して意識を手放さない。彼女はこれを試されていると判断していた。限界突破は技量が足りているかを見極める第一段階。この痛みは精神力を試される第二段階。

屈してなるものか。お前の躁主はこの私だ、エルフリーデ・シュルツだ。

 

「私は負けん! 騎士の誇り、私の意地! 私を支える全てでお前の力を我が物としてくれる!!」

 

 突き出した炎の剣から業炎が噴き出した。その炎を纏い、エルフリーデは一直線にニューロ・パトゥーリアへ機体を推し進め、それは遂に到達。炎の剣が巨体に吸い込まれ、一つの大きな火球へ。炎が装甲を焼き、いつしか真騎士ガンダムを貫かせていた。

 

『ミネルバ! タンホイザーを!!』

「しかしエリスとエルフリーデが射程圏内です!」

『そいつは俺がなんとかします!』

 

 ニキに宣言したレンがデルタカイを変形させる。ニューロ・パトゥーリアが動く気配は無く、今ならあの有線ビーム砲も襲って来ない。蒼炎の尾を引いて飛ぶデルタカイにニキも遂に決断を下す。

 

「タンホイザー照準合わせ! 目標、ニューロ・パトゥーリア!!」

 

 レンからの指示で既にタンホイザーは起動済み。あれだけの巨体、細かい照準は不要。ニキの前に起動トリガーがせり上がって来る。

 

「デルタカイ、F91を接触! そのままパトゥーリアの脇を抜けて敵機後方へ移動します!」

「各機にミネルバ後方まで待機を通達! 総員、耐ショックに備えよ! リーンホースJr.は距離を取れているか!」

「問題ありません! 既にビームシールドを展開しています!」

「この縦穴です。逃げ場を失くしたエネルギーはそのままミネルバを直撃するでしょう。皆さん、覚悟は良いですか?」

 

 ミラからの報告後、ニキは全員にそう問いかけた。だが誰一人としてそれに反論する者はいない。聞かれずともタンホイザーを起動させた時点でもう覚悟はできているといった顔だ。聞くまでもなかったか。ニキはそんな仲間達を心の底から称賛した。

 

「宜しい。では……、タンホイザー、て―――ッ!!」

 

 光が砲台に集束する。しかしそれも一瞬の瞬き。限界まで集束されたエネルギーが一気に前方に溢れかえった。縦穴はその閃光に満ち、空を裂く。そしてニューロ・パトゥーリアにそれが吸い込まれてから数秒。今度はニューロ・パトゥーリアの内側から閃光が溢れた。

 

「エネルギー衝撃波、来ます!!」

 

 ミラの報告に全員が手短な物に捕まる。

 轟音と激しい揺れがミネルバを襲う。衝撃で外部モニターがシャットダウン。誰かの悲鳴が聞こえる。

 しかし矢は放たれた。後はこの嵐に耐えきるしかなかった。

 

 

 

 どれくらい経っただろう。永遠にも一瞬にも感じられるくらいの時間だった。

 目の前がまだチカチカする。揺れた時にシートにでもぶつけたのだろうか、後頭部が痛い。

 みんなは? 無事なの?

 ティアナが涙目で後頭部をさすりながら周りを見渡すと、隣でスバルが涙目で頭を抱えていた。どうやら自分と同じ目にあったらしい。更にその隣ではエリオとキャロが目を回していた。他でも誰かが呻き声を上げたり、頭を振っている。ニキも額に手を当てて、意識をはっきりさせようとしている。

 

『……ルバ、聞こ……るか。ミ……バ、応答……くれ』

 

 通信ランプが光っている。外部モニターはまだ復旧していないが、辛うじて通信システムは生きていたようだ。そしてそこから聞こえてくるのは、か細いながらもはっきりとした彼の声。ティアナは急いでチューニングを操作し、それに応答する。

 

「こちらミネルバ。良かった。レンさん、無事だったんですね!」

『お、はっきり聞こえるようになった。ってその声はティアナか?』

「はいっ!」

『その様子だと大丈夫そうだな。こっちもなんとかって所……なんだけどな』

 

 その声に合わせて外部モニターが復旧する。ニューロ・パトゥーリアが消えた事で見えた縦穴の底。そこにデルタカイがF91と真騎士ガンダムを守る様に立っていた。驚くべきは三機を守る様に光の防御壁が展開されていた事。デルタカイの足元にはティアナ達も見慣れた魔法陣が広がっていた。とっさにティアナはレンが全力で防御魔法を展開させたのだと理解する。さすがユーリ直伝の防御魔法。ちょっとやそっとじゃ壊れない。しかしその割には映し出されたレンの表情から緊張が抜けていないのが分かった。じっと眉間に皺を寄せている。

 

「レンさん?」

『ティアナ、ミネルバをそのまま全速力で降下させるように艦長に言ってくれ』

「どういうことですか?」

 

 いつの間にかニキがティアナの後ろに降りて来ていた。割り込む形で問いかける彼女にレンはくいっと上を指さした。その仕草にハッとするニキ。その瞬間、艦内にアラートが鳴り響く。

 

「ミラ! 後方の映像を出して! 早く!」

「は、はいっ!」

 

 戦闘は終わったものと思っていた所にニキの激しい声を飛ぶ。慌てて画面を出した途端、全員の顔が青くなった。

 

「……お前、あのまま海に消えたんじゃなかったのかよ」

 

 そしてデルタカイの中からレンもそれを睨みつける。

 

『やだなぁ、ちゃんと脱出しましたよ。僕だってあんな所で死にたくはないですし?』

 

 返って来たのは人を小馬鹿にした明るい声。

 レンは魔法を解除すると、チッと短い舌打ちをする。

 

「俺としてはそのまま海の藻屑になってくれた方が全然良かったんだが」

『それじゃあ面白くないでしょう? あ、それと一つお礼を言っておきます。僕らの為に命をかけてくれてありがとう。おかげで僕らは何の障害もなくここまで来る事ができましたよ』

 

 縦穴上空。リーンホースJr.の更に上から降りてくる艦が一つ。

 特殊戦闘艦ガーティ・ルー。それがこの艦の名。

 その艦の前に立ち、それは悠々とこちらを見降ろしている。

 巨大な戦斧を構え、重厚な鎧に身を包んだその機体はスーパーカスタムザクF2000。

 レンのノイズが一層の警告を鳴らした。しかしもうそれに構っている余裕はない。心の底から湧き上がるドス黒い炎がそれすらも焼き尽くしてしまう。

 引っ張られている。

 魔力で抑えこもうとしても、すでにそれはその限度を越えていた。

 だがこいつは、こいつだけは!

 

「ニューロ・レン、お前を討つ! 今日、ここで!!」

「やってみろよオリジナル!」

 

 飛び上がったデルタカイのビームサーベルがグンと伸びる。ニューロ・レンもスーパーカスタムザムF2000を動かした。両手で構えるデッドエンドGヒートホークの刃が赤熱に染まる。

 光刃と熱刃。

 二人のレンがその刃を交える時が来た。

 

 

 

 そして二人のレンに呼応するかのように『彼女』はゆっくり瞳を開く。

 

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