魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第54話 カナシミノレンサ

1

 

 

 

 ガンダムデルタカイとスーパーカスタムザクF2000。二人のレン・アマミヤはもつれながら、大空洞の縦穴からその部屋に突入していく。

 戦闘に集中するあまり、受け身も碌に取れず床に叩きつけられる二体がそのまま弾かれるように離れた。

 そこですぐに動いたのはニューロ・レンのザク。背部からサブアームを伸ばしマシンガンを連射する。

 だがレンもデルタカイのブースターを巧みに操り、右へ左へ。乱れ飛ぶ弾丸が床に飛沫を上げる。そしてその合間を縫って放たれるロングメガバスター。今度はザクが左右に動き、狙いを絞らせないどころか、反撃のミサイルまで飛んで来た。舌打ちしたレンが素早くパネルを操作する。デルタカイが両手を突き出した。彼が選択したのはミサイルに対して持てる兵装全てを使っての一斉射撃。これだけの密度だ。全てが当たらずとも、一度爆発が起これば勝手に巻き込んでくれるはず。

 そしてレンの予想通り、次々と空中で爆発するミサイルの群れ。

 その赤き爆炎の正面から蒼炎のデルタカイが飛び出す。盾を構えての正面突破。ブンと振った盾の先からビームサーベルが伸びた。

 やはり正面から来たか。ニューロ・レンもレンと同じ立場なら同じ選択をするだろう。感応力を使うまででもなく読める事。ニューロ・レンのスーパーカスタムザクF2000がデッドエンドGヒートホークを両手で振りかぶる。

 さぁ叩き斬ってくれる。

 戦斧が唸りを上げた。空を裂く風の音。モビルスーツ越しでもはっきり伝わる相手の殺意。

 避けられない。直感的にそう判断したレンは、とっさにロングメガバスターの砲身でデッドエンドGヒートホークの刃を受けた。一瞬でも動きを止められればそれで良い。ロングメガバスターを手放しデルタカイは後方に下がる。そして砲身を切断されたロングメガバスターがニューロ・レンの目の前で爆散した。

 それを目くらましに、デルタカイが盾からビームサーベルを抜き放ち再度斬りかかる。しかしニューロ・レンもそれすら読んでいたとばかりに腰のヒートホークを掴み、無理矢理ビームサーベルを弾く。

 まだだ! 二人のレンの動きは早かった。

 レンは弾かれた反動で盾を振り上げる。その先端にはビームサーベルの光刃。

ニューロ・レンはサブアームのマシンガンを放つ。マズルフラッシュと共に乱れ飛ぶ弾丸。

 ザクの右手首がデッドエンドGヒートホークと共に宙を舞った。

 銃声が鳴り響き、デルタカイの体が砲火にさらされた

 爆発と衝撃に二機はよろめき、互いに膝をつく。

 

『……魔法が使えないというのをここまで悔やんだ事はありませんよ』

 

 ザクを立ち上がらせ、忌々し気に呟くニューロ・レン。

 

「これが俺とお前の差だ。場数が違うんだよ」

 

 ヘルメットを脱ぎ去り、額の汗を拭ったレンが応えた。

 蒼光の障壁に守られたデルタカイの足元にパラパラと弾丸が落ちていく。そして輝きを放つレンのリンカーコア。マシンガンを受ける直前にレンが防御魔法を行使したのだ。そもそもデバイスが無いのだから出来る事は多くないが、それでも防御魔法を使う事はできる。しかし言うが易し。実行する為にレンは頭に走るノイズに割いていた魔力をそちらに回す必要があった。解放されたノイズは頭の中で騒ぎ立てている。そして直撃は避けられても衝撃までは防げない。レンは戦闘維持の為に機体を守る分、自分自身への防御を捨てているような物だった。

 

『こっちは右手とデッドエンドを持っていかれましたがまぁ良いでしょう。魔法も無限に使えるとは思えませんし? ましてモビルスーツレベルの規模となれば消耗も半端ないでしょう。分かりますよ。機体は無事でも貴方自身が消耗している。その強がりもいつまで続くか、根競べといきましょうか』

「ほんっと自分が相手ってのは憎たらしいね」

 

 やはり気付かれていたか。同じ波長の感応力の前では筒抜けらしい。だがそれを言うならレンも同じ事。

 ニューロ・レンも口ではそう言いつつも真面目に根競べするつもりは無いのは分かっていた。

 スーパーカスタムザクF2000が残った左腕にヒートホークを構える。レンも改めてデルタカイにビームサーベルを握り直させた。

 先ほどのぶつかり合いからは一転。それは驚くほど静かなものだった。動くに動けないとはこの事か。

遠く聞こえる戦いの喧騒にも関わらず、二機は静かに互いの動きを注視する。

 じりっ、じりっとゆっくり円の動きで間合いを測る。

 それは一瞬の静寂。だがそれも一発の流れ弾、いや流れミサイルが二機の頭上で爆発した事で破られた。

 それが合図であったかの様に飛び出すデルタカイとスーパーカスタムザクF2000。

 ビームサーベルとヒートホーク。再び鍔迫り合いが始まった。

 

 

 

『ちょっと大佐、何処に撃ってるッスか! ニレ君に当たったらどーするッスか! こっちはそれでゲームオーバーなんスよ!?』

「ニレ君?」

『ニューロ・レンだからニレ君! 文句あるッスか?』

「……別に」

 

 ネーミングセンス最悪と思いつつも大佐はそれ以上突っ込む事を止めた。言うだけ無駄だ。最近はこっちの足元を見ているのか特に酷い。だが、腹の虫は治まらない。気に入らない。

 アバター風情が何を偉そうに。ここはお前達の世界ではない。私達の世界だ。

 ガーティ・ルーの艦長席で、大佐はウェンディの文句に舌打ちを鳴らす。しかしここは我慢だ。あんなのでも戦力は戦力。今は一つでも戦力が欲しい。

ジェネレーションシステムへの鍵を手に入れていながら取り逃がしてしまった。あれだけの部隊を率いたというのに地上ではまんまと逃げられてしまった。立て続けに起こった一連の失態で強硬派上層部からの信頼は下落の一途。レン達がジェネレーションシステムに到達する以外に盤上をひっくり返す手段が無いのと同じ様に、大佐もまた後が無い。ここで失敗するようであれば更迭どころの話ではないだろう。最悪、全ての責任をなすりつけられ処刑だってあり得る。

 それだけは回避しなければならない。こんな所で死んでたまるか!

 ジェネレーションシステムを手に入れるのは私だ!

 

「む? ノーヴェ君、前に出過ぎです。一人で突っ込んでは袋叩きにあいますよ!」

『うるさい! あいつがいたんだ。ここで引き下がれるかよ!』

 

 モビルドール・サーペントよりも先行するシナンジュからノーヴェの声がガーティ・ルー内に響いた。

それがますます大佐の神経を逆撫でる。破損した物に変わって新しい機体を用意してやったと言うのに、まるでそれが当然であるかの様な態度。極めつけはこれだ。統制の「と」の字も無い。

 しかしその反面、大佐は自分が情けないと感じていた。もしも自分にモビルスーツの操縦技術があったのならば、無理矢理にでも言う事を聞かせるというのに自分にはその技術が無い。というか貴方、大怪我していませんでしたっけ? これもアバターの特性って奴ですか?

 このバケモノめ。大佐は親指の爪を噛みちぎった。

 

 

 

 ガーティ・ルーとそこから出てきたモビルドール・サーペントが張る弾幕。応戦するセリカ達Geistの状況は芳しくない。そうでなくても連戦に次ぐ連戦。補給もままならず、パイロットには疲労の色が濃い。加えてエルフリーデとエリスはミネルバに収容されて、レンはニューロ・レンを単独で相手にしている。

 絶対的な数が足りないのだ。どうにかしなければこのままでは押し切られるのも時間の問題だった。

 

「どけどけぇっ!!」

 

 F90がホバーで滑るように移動する。左腕の連装ビームキャノンで追い詰め、すれ違いざまにビームサーベルを薙ぎ、サーペントを腰から両断する。

 だがすぐに鳴る警報アラートにビリーが反応すると、弾丸の雨が目の前を通り過ぎた。

 ヒヤリ、背中を冷たい汗が流れる。

 全く息をつく暇もない。既に興奮剤は打っている。それが彼の神経をギリギリの所で繋ぎ止めていた。

 放たれたロケット砲がサーペントに直撃する。やはりこれではジリ貧だ。ならば狙うのはやはり敵鑑ガーティ・ルーだろう。ビリーはF90の踵を返し、ガーティ・ルーにメガビームキャノンを撃つ。空を裂く二筋の粒子砲だがガーティ・ルーに近づく程、何かが粒子砲の威力を削いでいた。当たりはしたものの、あれでは半減も良い所である。

 

「くそっ。アンチ・ビーム爆雷を撒いてやがったか!」

 

 粒子砲の減衰の仕方からそう判断したビリーは連装ロケット砲ポッドを再装填。しかしロックオンマーカーはGoサインを出さない。ここでは距離があると警告してくる。もっと近づかなくてはならない。決断をすぐに済ませたビリーがセリカに通信を繋いだ。

 

「隊長、敵鑑を叩きます! 援護を!」

『駄目です! まだ弾幕が厚い。蜂の巣にされますよ……くうっ!?』

「言わんこっちゃない!!」

 

 ビリーを止めようとしたセリカがサーペントの集中砲火を浴びている。如何に彼女でも連戦の疲労は拭えないのだ。この窮地にセリカはブラストシルエットを切り離し、ビームライフルで撃ち抜いた。ミサイルを積んだシルエットの爆発だ。たちまち数体のサーペントを巻き添えにしてしまう。

 ここだ! サーペントと弾幕の間を掻い潜り、F90が動きだした。

 せめてロケット砲の射程圏内まで行ければ。連装ビームキャノンで撃ち抜き、ビームサーベルで薙ぎ、少しずつ、少しずつ彼はガーティ・ルーに近づく。

 モニターのロックオンマーキングがセーフティーを解除した。射程圏内に入った証拠だ。

 すかさずビリーは連装ロケット砲ポッドを装填。トリガーを引こうとしたその時、襲いかかる衝撃にコックピットが大きく揺さぶられ、遅れてきた爆音と閃光が画面に広がる。システムが警告を鳴らし、ダメージパネルがF90の右腕を赤く染めていた。

 ちぃっ! 悔しげに吐き捨てる。右腕が何かに持っていかれたのだ。

 

『見つけたぜぇ。あたしを落とした男!!』

 

 シナンジュが迫っていた。最悪だと悪態をつく。ガーティ・ルーに意識を持っていき過ぎて接近に対応できなかった。だがそんな事知った事ではないシナンジュのビームライフルからうねる閃光が放たれ、右足を、ビームキャノンの砲身を貫いてはF90の力を奪っていく。

 だがビリーもただで転ぶつもりはない。力は奪われてもまだ戦える。応戦の連装ビームキャノンから乱れ飛ぶビーム弾。しかし真紅の猛禽に止まる気配は無い。むしろ嬉々として、獲物を追い詰めているかの様だ。

 誰かがビリーの名を叫んだ。もう遅いと猛禽が戦斧を振り上げた。

 ビームソードアックスがF90の装甲を内部フレームごと切り裂く。吹き出すオイルを返り血の如く全身に浴び、シナンジュはビームサーベルを頭部に突き刺す。グシャリとF90の頭が砕け散り、四肢の力が抜けていった。

 勝った。ノーヴェは勝利を確信する。こいつに戦う力はもう残っていない。後はトドメをさせばあたしの勝利はゆるぎない物になる。

 そう思っていた。だが彼女は気付くべきだった。ビリー・ブレイズ。彼もあの大戦を生き抜いたパイロットの一人だという事と、その意地に。

 

『油断したな?』

「なっ!?」

 

 突如F90のブースターが火を噴き、シナンジュに体当たりを食らわせたのだ。振りほどこうにもがっちりと組まれた上にこの加速。さすがのシナンジュの力を以ってしても振りほどく事ができない。

 

「離せ! 離しやがれ!!」

『嫌だね。お前にはこのまま俺に付き合ってもらうぞ』

「くそっ! こんな所で!!」

 

 ガシガシとF90に拳を叩きつける。だが離れない。離さない。

 二機はもつれるようにガーティ・ルーへ一直線に突き進む。

 血に濡れるビリーの脳裏に仲間の顔が思い浮かぶ。Geistの一員になった事に後悔は無い。誘ってくれたセリカとゼノンには感謝してもしきれない。後悔があるとすればあの騎士道娘のフォローができなくなる事と、レンの言うミッドチルダって所に行ってみたかったという事くらいか。

 フッと口元に小さな笑みが浮かぶ。悪くない。それでも悪くない人生だった。

 

「さぁて、ドでかい花火を打ち上げようとしようぜ!!」

「くそおおおおおおっ!!」

 

 ビリーの咆哮。ノーヴェの無念。

 それらを一緒くたにし、F90はシナンジュもろともガーティ・ルーに突貫。

 一際大きな爆発の中にその姿を消していった。

 モビルスーツ二機分の爆弾だ。ぐらりとガーティ・ルーが揺らぐ。

 ビリーの特攻は確かにガーティ・ルーを捉えた。しかし代償は彼の命。だというのにセリカ達には悲しむ暇すらない。歯を食いしばり、今がチャンスだと場を盛り返していく。

 

「ノーヴェったら撃墜されちゃったッスか~」

 

 その様子を空中のジャスティスからウェンディが眺めていた。ノーヴェが落とされ、ガーティ・ルーも攻撃を受けているというのに、その表情はいつも通り。「あ~あ」と肩を竦めてはいるが、特に怒るでも悲しむでもない。

 

「ま、どうせあたしらがここで消えようが実際に死ぬわけじゃないし? 目が覚めて顔真っ赤にしてるノーヴェが目に浮かぶッス~♪」

 

 むしろ楽しそうだった。「ぷぷ~」と言わんばかりに口元を押さえている。あっちに戻ったらどうやってノーヴェを弄ってやろうか。そんな事まで考えている。

 そんなウェンディとジャスティスにいくつもの光弾が飛来した。リフターを手足の様に操り回避行動に入る。撃ってきたのはクレアのデュナメス。呆れの混じった溜息がこぼれた。

 

『この、この! ビリーさんの仇だ!』

「な~に必死になっちゃってるッスか~」

『お前は! 仲間が落とされたってのに何ヘラヘラしてんのよ!』

「それがなんスか? それだけの事ッスよね?」

 

 GNビームピストルからGNミサイルへ。射撃兵装でジャスティスを追いたてる。しかしウェンディも機関砲をばら撒いてミサイルを撃墜し、粒子ビームはリフターを巧みに操り避ける。

 しかしそれでも主導権を握っているのはデュナメスに見える。絶え間ない攻撃にジャスティスが防戦一方に見えない事もない。だがそれとは裏腹にクレアの心は大きく揺れ動いていた。

 原因はウェンディの言葉。仲間が落とされたと言うのにそれだけの事とはどういう事だ。

 二機が同時にビームサーベルを抜き放った。刃が交わり、バチバチと閃光が走る。

 

『人が死んだんだぞ!? 仲間が死んだんだぞ!? どうしてそんな事が言えるのっ!』

「あんた、頭に血が昇ってて大事な事を忘れてるッス。あたしとノーヴェはアバターッスよ? 勿論そっちにいるチンク姉もセイン姉もオットーもアバターッス。この世界じゃあたし達に本当の死なんて存在しないんスよ! そういう意味じゃあんたのお仲間は無駄死に無駄死に! あ、戦力減らしたんだからその点は無駄じゃないか」

『何だよそれ……。何だよそれ!!』

 

 至近距離からのGNミサイル。淡緑色の爆発が二機を包んだ。そしてその中から飛び出すジャスティスとデュナメスが互いの銃を取る。

 

『それに仲間が落とされたって言うなら、あんた達だって今までどんだけ落としてきたんスか。今更被害者ぶったって遅いんスよ!』

 

 交錯する光の中、投げかけられた言葉にクレアは息を詰まらせた。反論できない。仕方ないと言い聞かせてきた事が、自分に跳ね返ってきている。その迷いが隙を生んだ。ジャスティスから投擲されたパッセルビームブーメランに弾き飛ばされてしまう。そして畳みかけられるビームと砲撃にデュナメスのフルシールドが削られていく。

 完全なる攻守逆転。クレアに向けて死が唐突に牙を剥き始めた。

 嫌だ。死にたくない。警報アラームにクレアは何度も頭を振る。迫るジャスティスがサーベルを引き絞る。全てがスローモーションに感じるが何もできない。クレアはガチガチと歯を鳴らしてその時が来るのを待つしかなかった。

 

『クレア! しっかりしなさい!!』

 

 突然、凛とした声がスピーカーから聞こえた。その声がクレアの時間を正常化する。

 横から割り込んできた青白い光線がジャスティスの攻撃を阻止したのだ。舌打ちするウェンディと恐る恐る声の方に視線を向けるクレア。立っているのはビームスマートガンを構える重装甲モビルスーツ。

 だがあの機体は……。でもその機体から聞こえてきたのは……。

 

「え、エリス……?」

『クレア、酷だけどはっきり言わせてもらうわ。彼女が言っている事は事実よ。今更私達が被害者ぶっても遅いの。分かるでしょう?』

 

 MSA-0011[Ext] Ex-Sガンダム。F91を失ったエリスにニキが用意した機体。かつて彼女が愛機としていたガンダムだ。ディープストライカーに換装していたものの、有事の為にEx-Sへ戻していたのが幸い。

 そうして今度はエリスの力としてそのガンダムはここに立っている。

 Ex-Sがビームスマートガンをジャスティスに向けた。その銃口が、そのツインアイが。何よりもエリスの瞳がジャスティスを捉えて離さない。そして彼女はクレアの代弁をするかのようにきっぱりと言い放つ。

 

『目を逸らしたつもりはない。仕方ないなんても言えない。でもね、私達は貴方とは違う! この戦いをゲームみたいに思ってる貴方とは違う!!』

『実際ゲームっしょ! あたしらはこの世界で撃墜されても死なない! あんたらは死ぬ! さしずめボスキャラってとこッスよ!!』

『違う! 私達はこの世界で生きている!』

 

 Ex-Sが飛び上がり、ビームカノンとビームスマートガンの一斉発射を仕掛けた。ジャスティスもビームライフルとフォルティスビーム砲で応戦する。

 それを見上げるクレアの目に涙が溢れてくる。エリスの言葉が全てを代弁してくれた。そう。それは確かに間違いじゃない。でも目を逸らしていた。ずっと仕方ないと思っていた。だというのに、いざ自分にそれが振りかかった瞬間に死にたくないと思ったあの気持ち。自分が撃った相手も同じ事を考えていたに違いない。そう思った瞬間、自然と涙が溢れてきてしまった。

 これが目を逸らしていた罰だとでも言うのか。

 ならばなんて。なんて重く、悲しいのだろうか。

 

『みんながみんな、エリスみたいに思えるわけじゃないと思うよ』

「レイチェル……」

 

 いつの間にかタイタニアが隣に立っていた。無傷ではない。腕を一本失くしていた。その向こうでフォースシルエットに換装したインパルスと真騎士ガンダムの姿も見えた。良かった。エルフリーデもエリスと同じく再出撃できた事に素直に安堵する。

 そうすると尚更ビリーの死が胸に突き刺さる。彼はなんだかんだとエルフリーデと互いを支え合っていた事をクレアは知っているから。そして自分がこれまで撃ってきた人の事も。ずしりと重くクレアの心にのしかかる。けれど、そんな彼女にレイチェルは優しく語りかけてくれた。

 

『クレアが悪いわけじゃないと思うよ。誰でも目を逸らしたつもりはなくても、どこか心の中で撃った相手の事を考えないようにしてるんだと思う。自分達だって一歩間違えれば、相手と同じ立場なのにね。でもそれを全部受け止められる程、人の心って強くないと思うんだ。だから考えないようにしてるんじゃないかな。そうでもしないときっと心が耐えられないから……』

「……行くの?」

『行くよ。あたしだって死ぬのは怖いし、今まで撃った人の事を考えると胸が張り裂けそう。でもね、それでも私もエリスと同じで、この世界をゲームみたいに思ってる人に負けたくないもん』

 

 タイタニアも飛び上がっていき、Ex-Sが援護を開始する。これにはさすがのジャスティスも旗色が悪くなってきた。しかしそれでも僅かな合間を縫って投げられたビームブーメランがタイタニアの左足を切り飛ばす。爆発に揺らぐタイタニアに照準を合わせるジャスティス。だが今度はEx-Sの光線が頬をかすめる。

 

『あーもう! 敵キャラは敵キャラらしく落とされろッス!』

『残念。敵キャラが負けないって誰が決めたの?』

『負け惜しみ……うわっ!!』

 

 ジャスティスの背面が突然爆発した。何で? ウェンディが振り返ったその先、Ex-Sから伸びた円柱状の物がIフィールドを纏っているのが見える。何だあれは。ウェンディがその未知の兵器に顔をしかめた。

 その兵器の名はリフレクターインコム。一般兵器としては普及しなかったが為にウェンディも知らないビーム反射型インコム。動揺するジャスティスに好機とエリスがビームスマートガンを乱射を始める。直撃する物もあれば、リフレクターインコムの反射で当たる物もある。擬似的とはいえ、繰り出されるオールレンジ攻撃を受け、遂にジャスティスの足が止まった。

 

『ファンネル!!』

 

 そこにレイチェルが待ってましたとばかりにファンネルを全基射出。彼女の意思を受け、グルグルとジャスティスを囲い込む。すると一斉にジャスティスにビームの嵐が襲いかかった。避けても避けても途切れる事の無い波状攻撃。これぞ本当のオールレンジ攻撃だ。逃げ場を失ったジャスティスが一撃、また一撃とファンネルの攻撃に踊り狂う。

 

『クレア!!』

『今だよ!!』

 

 エリスとレイチェルの声にクレアが顔を上げた。その声に後押しされ、彼女は自然とデュナメスの切り札を立ちあげていた。トランザムシステム。GNドライヴが唸りを上げ、緑色の装甲を眩く燃える赤に染めた。そして圧縮解放された粒子をGNスナイバーライフルに再度集約。照準がジャスティスをロックする。

 

「……ッ!!」

 

 引き金を引くクレアの前に赤い閃光が満ちた。そして見た。垂直上昇する赤の閃光が一直線にリフターごとジャスティスを貫くその姿を。

 だが。

 

「ここまでッスね……。でも、スコアは一機でも多く稼がせてもらうッスよ!!」

 

 機体を撃ち抜かれ、各機器がショートと小爆発を起こす中でもウェンディはニィっと笑う。そしてリフターをオートコントロールへ。ジャスティスの足元からリフターが急降下を始める。

 その動きにエリスとレイチェルは動けなかった。クレアも一瞬の事に動けなかった。クレアの一撃はジャスティスを確かに撃ち抜いている。これで勝ったと思った。反撃する力など無いと思った。しかしそんな三人を嘲笑うかのように放たれるフォルティスビーム砲。

 奇しくもそれはビリーとノーヴェと同じシチュエーション。

 片側は勝利を確信し、もう片方はその一瞬の隙を見逃さず、最後の牙を剥く。

同時に爆発するジャスティスとリフター。巻き込まれ弾かれるEx-Sとタイタニア。その視界の隅で、デュナメスを二筋の閃光が貫いていく。

 

「クレア―――ッ!!」

「いやぁぁぁぁッ!!」

 

 エリスとレイチェルが叫び、コックピットから手を伸ばす。

 だがそれも爆発するデュナメスの中に掻き消されていくだけ。

 伸ばした手を掴む者は、誰も居なかった

 

 

 

2

 

 

 

 艦内が燃えている。大佐は口惜しげに何度も何度も拳を叩きつける。

 ノーヴェが落ちた。ウェンディも落ちた。そしてガーティ・ルーも風前の灯。モビルドール・サーペントも大半が失われ、ニューロ・レンもレン・アマミヤとの決着に執着しこちらを助けようともしない。

 どうしてだ。どうして勝てない。奴らは連戦で疲弊している。負ける要素は無かった筈だ。

 だと言うのに、何故勝てないのだ。

 

「……そうか。そうです。そうだよなぁ。ぜぇぇぇぇんぶ、お前が悪い。そうだ。お前が全部の元凶だ。お前が世界の真実なんて俺達に教えなければこんな事にはならなかった! 全部お前が悪いんだ! ニューロの癖にしゃしゃり出てきたお前が全部悪いんだ!!」

「た、大佐! 何を!?」

「どけっ! 地獄への道連れだ。お前もお前が執着するレン・アマミヤも、全部地獄に道連れにしてやる!」

 

 艦長席から飛び降りた大佐が兵を払いのけ、自ら機材を操作するとパネルに使える兵装が表示された。

 ゴッドフリートMk.71。大佐の口元に歪な笑みが浮かんだ。

 

 

 

「ガーティ・ルーの砲台が動いています! 照準は……デルタカイとザクです!」

「血迷いましたか! 各機とリーンホースJr.に連絡! なんとしても撃たせてはなりません。総攻撃です!!」

 

 ミラの報告にニキが総攻撃の合図を下す。大佐は全てを焼き払うつもりだ。ニューロ・レンもろともレンを焼き払ってしまおうというのだ。

 タンホイザーを撃つエネルギーも残っていない。弾薬も底を尽きかけている。だがそれだけはさせてはならない。ミネルバを筆頭にリーンホースJr.とセリカ達の一斉射撃が始まった。乱れ飛ぶ砲撃の雨がガーティ・ルーに押し寄せる。だがサーペント達がガーティ・ルーの前に立ちはだかった。自らを盾にし、砲撃からガーティ・ルーを守っている。

 

「私の……、俺の勝ちだぁぁぁぁっ!!」

 

 大佐の叫びと共に砲台が火を噴いた。バリケードを作っていたサーペントすら巻き添えにして、緑色の砲撃が一直線に走った。未だ衝突を続けるレンとニューロ・レン。二人を焼き尽くさんと悪魔の矢が放たれる。

 

「させません!!」

 

 だがそれを遮る物があった。

 フォースインパルスが盾を構え、ゴッドフリートの砲撃を一身に受けていた。スラスターが噴き加速を増す。フォースインパルスが光を押し返して前へと進む。

 全てはあの子を守る為。その為ならこれくらい押し返してみせる。

 レンは守る。何があっても守る。

 レンがSpiritsに編入されてからはそれができなかった。でも今、ここで息子を守れずして何が母親か。

 機体が悲鳴を上げる中、セリカはそれでも前に進み出た。

 

「させません。あの子は私が守るんです。……戦う事しか教えられなかったけれど、私は母親として、あの子を絶対に守ってみせる!!」

『もう十分です!! それ以上はインパルスが……。先輩!!』

「ニキさん、ソードシルエットを!!」

『先輩!!』

「早く!!」

 

 ニキの止める声も聞かず、セリカはソードシルエットを要請する。ミラが震える指でソードシルエットを射出すると同時にインパルスはガーティ・ルーの砲台に到達した。そのまま盾を砲台に押し付け、自身の左腕もろともその爆破させたのだ。

 しかしそれは機体にも大きなダメージを与えてしまう。過剰なエネルギーに耐えられなくなった各所から小爆発が起こっているのだ。それでもセリカは飛来したソードシルエットから対艦刀エクスカリバーをもぎ取った。狙うはブリッジただ一点。

 ゴッドフリート砲台から更に奥。戦艦後方部にあるブリッジ目掛けてセリカは飛んだ。右腕一本でエクスカリバーを構え、ボロボロのインパルスが翔けた。

 

「サーペント!! モビルドール! 俺を守れぇぇぇ!!」

 

 迫るインパルスに大佐が叫びを上げる。自身を守れとサーペントに呼びかける。しかしセリカには関係ない。いくら大佐が呪詛の声を上げようとも、既に手遅れなのだから。

 そして聖剣が突き立てられた。

 ブリッジに突き刺さったエクスカリバー。そこにミネルバ達の攻撃が降り注ぐ。爆破は爆破を呼び、いつしかガーティ・ルー全体に爆破が広がる。

 セリカがパネルを操作した。合体の強制解除。なんとかコアスプレンダーとの解除機構は生きていてくれたらしく、彼女はインパルスの上半身と下半身を切り離すと急ぎ、そこから離れようとした瞬間である。

 突如、レーダーが何かを拾い警告を発したのだ。そしてセリカの視界の隅、爆発の中から飛び出すミサイルが映り込む。

 それが大佐の執念が呼んだものなのか、ただの偶然なのかは分からない。だが不意に現れたそれの向こう。セリカにミサイルを放ったサーペントの姿が見えた。ただの一機。ただの一機だけである。しかしたった一機だけがセリカに追いついていたのだ。そして大佐が下した最後の命令を忠実に守り、ミサイルを撃ち出したサーペントがガタリと崩れ落ちる。

 

 

 

 ……波の音が聞こえる。

 目の前に広がる光が熱を持ってじりじりとセリカの肌を焦がす。

 その光に目を細めると、まだ幼いレンと夫であるティーノが海ではしゃぐ姿が見えた。

セリカは自分に手を振る二人に微笑みかける。

 懐かしい光景だった。ああ、あの海ですかと彼女は思う。いつもセリカが肌身離さず持ち歩いている写真に映る、三人で行った海だ。

 幻、ですね。

 もう戻らない。でもかけがえのない。とても幸せだった頃の幻。

 涙が頬を伝った。

 ありがとう。最後にこの幻を見せてくれて。私はとても幸せでした。

 

「レン君。貴方はいき……」

 

 その言葉が最後まで綴られる事は無い。

 写真が炎の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 爆散するコアスプレンダー。炎の中に消えたガーティ・ルー。

 衝突を続けるレンとニューロ・レンはその様子を見ていながらも、鍔迫り合いを続けていた。

 

「母さん……ッ」

『セリカ・アマミヤが落ちましたか。ついでにうちの大佐も。モビルドールももう動く事はないでしょう。良かったですね。実質貴方達の勝ちです』

「うっ……ううっ……」

 

 皆の悲しみが聞こえる。エリス、レイチェル、エルフリーデ、ニキ、ゼノン。そしてティアナ達。

 皆が泣いている。心の中で、声を上げて。皆が戻らぬ人を想って涙を流している。

 それらを全てレンの心が受け止めていた。心身が引き裂かれる様な思いだ。

 そして何よりも、レン自身が大粒の涙を流している。レン自身の心が慟哭している。

 

『泣いているのですかオリジナル。けれどこれは貴方の撒いた種だ。ビリー・ブレイズもクレア・ヒースローも同じ。貴方と行動を共にしなければ死ぬ事なんてなかった。全部貴方が悪いんですよ!』

「う……うわぁぁぁぁぁッ!」

 

 蒼炎がデルタカイを包み込んだ。オーバーブースト。レンの意思を感じ取りナイトロとサイコフレームが同調。装甲の下から真っ青な炎が噴き出し、ニューロ・レンのザクを弾き飛ばす。

 

「デルタカイ、ナイトロ最大稼働を確認! え? す、数値がまだ上昇を続けています! 設定限界値を突破! 危険領域に入ります!!」

「レン! 落ち着きなさい!! 悲しみに引っ張られてはいけない!! ナイトロに精神を破壊されてしまいます。貴方まで先輩達の後を追うつもりですか!!」

 

 ミラの報告にニキが声を上げた。ナイトロの最大稼働だけでも危険なのにそこから更に数値が上昇しているという事は、想像以上の負荷がレンの脳に与えられていると言う事。それだけの負荷に脳が耐えられるのかは極めて未知数。最悪、脳に大きな障害が残る可能性だってある。

 

『うるせぇ!! 俺に指図すんな!!』

 

 そしてその兆候は返って来た彼の声ではっきりした。ナイトロ使用者に見られる攻撃性の顕在化。

 ナイトロに耐性のあったレンですら、限界を越えたナイトロに引っ張られている。

 チンクは思った。あの時、自分の考えを読まれていたのは既にナイトロがレンの感応力を大幅に引き上げていたのだと。

 ティアナは気付いた。スバルに声を上げたレンから感じた違和感。あの時にはもう兆候が見え始めていたという事に。

 エリオとキャロは後悔した。やはり止めるべきだったと。全てを話してでも止めるべきだった。

 だが全ては遅い。遅すぎる。結果論でしかない。現に今、目の前で起こっているのが全てだ。

 そんな彼女達にできるのは彼の無事を祈るだけ。全員が祈る様な気持ちで蒼炎の翼を広げるレンとデルタカイを見ている事しかできない。

 そしてレンはセリカを失った悲しみと、心の底から湧きあがる憎悪に身を焦がしていた。

 ナイトロが、サイコフレームがそれを増幅させているのは気付いていた。そしてそれが自分を更に苦しめる諸刃の剣である事も。だが抑えられなかったのだ。仲間が死んだ。母が死んだ。そんな悲しさ。許せない。自分自身が許せない。そんな憎悪。それらが一緒くたに湧き上がり、自分自身を傷つけようとも、彼はその力に身を任せた。

 せめて散った仲間との願いを叶えたい。母と目指した物に辿り着きたい。

 例えこの身が滅びようとも!

 ザクの左腕に装備されたボルテックマシンガンZが火を噴き、デルタカイの肩部アーマーを吹き飛ばした。後退するデルタカイに追い打ちのミサイルの雨。切り払いも間に合わず、次々と起こる爆発にデルタカイの体が右へ左へ揺れ動く。

 

『その悲しみが自分だけの物と思うなよオリジナル! それはこの世界で誰かも味わう悲しみだ! モビルスーツという力を手に入れた人間が必ず引き起こす悲しみだ! そうして悲しみは連鎖する。こうやっている間も誰かがお前と同じ様に泣いているんだよ!』

「今更分かったように言うな! 世界で誰かがこの悲しみを味わうなら、誰かが泣いているのなら、悲しみが連鎖するのなら、それを世界に選択させたのはお前じゃないか!!」

 

 その合間を縫って放たれるハイメガキャノンの閃光がザクを直撃する。胸部アーマーが弾かれその下にある本体が見えた。今度はニューロ・レンが踊る番だった。ハイメガキャノンとファンネルの一斉発射をしながら迫るデルタカイに腰のマシンガンの乱射でかける牽制。だが遂に起こった爆発と衝撃にザクがつんのめり、ビームサーベルが左手とヒートホークを切り飛ばした。しかしそれでもニューロ・レンは手首の無い左腕を鈍器とし、デルタカイの右手に叩きつける。待っているのは膝に装備されたニークラッシャー。デルタカイの右手首が深く突き刺さり、爆発が二機をよろけさせる。だがそれでも二機は倒れなかった。地に足を踏ん張り、突き出した腕が互いの顔面を捉える。盛大なカウンターの応酬に再びよろけるデルタカイとザク。

 

『ああそうさ! 僕は選択したよ! 疲弊した世界、止まらない争い、溢れる人間の欲望。全てを解決する方法なんてあり得ない! だから何を切り捨て、何を活かすかを選択しなければならなかった! 今更じゃない。この選択が最善じゃない事くらい最初から分かってるよ! だからもう一度選択するのさ! ジェネレーションシステムを使って!!』

「そうか……。だからお前はジェネレーションシステムを求めるのか! それがお前の真の目的か!」

『あははははっ!! そうだ。そうだよオリジナル! ようやく僕の真意に気付いたようだね! 僕はやり直すんだ。今度こそ、今度こそ何かを切り捨てるような世界は作らない! 必ず作って見せる。僕が本当に作りたかった世界を!!』

「逃げるな! 目の前の世界に向き合え! これがお前の選択した世界だ!!」

 

 殴る殴る殴る。手首が無くても、装甲がひしゃげようともレンは何度もザクの頭部を殴った。その頭部が無くなれば、今度は腕を引き絞り渾身のボディーブロー。衝撃が機体内部を突き抜け、内部フレームが音を出して悲鳴を上げる。だがニューロ・レンも腕斧を肩口に叩きこみ、思わずデルタカイが片膝をついた。すかさずその膝の上に乗り、蹴り上げたニークラッシャーがデルタカイの頭部を砕く。

 

『その世界が悲しいから! だから世界を生まれ変わらせる! 僕の手で!』

 

 ブースターの噴射圧で機体を起こしたデルタカイにありったけのミサイルが襲いかかる。

 

「駄目だ! 悲しくても、悲しくても、俺達は世界をリセットなんてしちゃいけないんだ!! 

 

 爆発の中で盾から伸びるビームサーベル。ブースターは噴射したまま、レンとデルタカイが走りだした。

 ザクもミサイルポッドをパージ。同じく駆けだした。残る武器は膝のニークラッシャーのみ。

 レンも真っ直ぐ剣を突き出し、爆発の中をひたすらにニューロ・レンのスーパーカスタムザクF2000へ向けて駆ける。

 

「その悲しみを越えて今ある世界でもう一つの未来を目指すべきなんだ!!」

 

 蒼炎が一層高々に燃え盛り、ガンダムデルタカイとスーパーカスタムザクF2000。

 レンとニューロ・レンを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 その光景をティアナは口に手を当て、涙を流しながら見ていた。スバルも大粒の涙を流していた。

 キャロは見ていられないと目を背け、エリオがその肩を抱く。

 

 ニークラッシャーがデルタカイの右胸部を貫いている。

 ビームサーベルが盾ごとザクの腹部を貫いている。

 

 そして、痛いくらいに操縦桿を握りしめたレンの頬も涙が伝っていた。

 

 ビリーが、クレアが。そしてセリカが逝った。それは確かに悲しい事だ。しかしニューロ・レンへの怒りはもう湧いてこない。あれほど湧き上がっていた怒りと悲しみと憎悪が今は嘘の様に消えていた。

 今頃になってニューロ・レンの真意が分かるなんてとレンは思う。最初は彼もただ自分の為にジェネレーションシステムを欲しているのだと思っていた。その為に人と人が争うシステムを作った事に怒りを覚えていた。

 だが違かった。

 何かを切り捨てる様な世界を作らない。それが彼の本当の願い。

 今なら分かる。ナイトロとサイコフレームと、強くなったレンの感応力がニューロ・レンの心を教えてくれる。

 本当は泣いていたのだ。多くの幸せを得る為に何かを切り捨てなければいけないこの世界に。

 本当なら争いなど起こらない方が良い。けれどそれが無理ならば、そういう物だと割り切るしかない。

 いつか彼が言っていた通りの事だ。

 だがジェネレーションシステムを手に入れる事ができたなら。世界をリセットできたなら。

 自分の思い描く世界が描けるのであれば、何かを切り捨てる事のない世界が作れる。

 ニューロ・レンなりに世界を憂いて、出した結論がそれだったのだ。

 レンはそれを止めなければならない。世界のリセットなんて許されない。

 それはあの大戦を、この戦いを、懸命に生きて、それでも命を散らした者達への冒涜。

 その悲しみを越えて、今生きている者が未来に繋いでいかなければいけない。

 だから許される筈がない。

 これからも。

 

 これまでも。

 

 二機が互いの爆発の中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ。聖王のゆりかご内部。

 シュテルは無限の猟犬と共にその中を飛んでいる。突如浮かび上がったそれに巻き込まれたシュテルは、ガジェットを撃破しながら出口を探していた。しかし内部にいるガジェットはギンガも戦ったビルゴⅡ型。

 プラネイトディフェンサーは厄介だが倒す事はできる。しかし無限に湧き出るそれを一々相手にしている暇は無い。ここは逃げの一手と、シュテルはできるだけ多くの道を選択しながら先を急いでいた。これまでの道筋は全てルシフェリオンが記録している。無限の猟犬も同様に道を記録している。再び突入する時の手助けになるだろう。

 後はどうにかして外に出るだけなのだが……。

 

「!!」

 

 急に飛ぶのを止めるシュテル。猟犬達が何事かと集まって来た。

 

「……レン、泣いているのですか?」

 

 胸が締め付けられる。感情が急に高まり、知らず知らずの内にシュテルの瞳から涙が溢れだした。

 分かる。これはレンの心だ。レンの心が今、悲しみに溢れているのが分かる。

 手の中のヴァリアントザッパーが鳴動していた。その中にあるキリエの心もレンを感じているのだろうか。一体何が起こっているのだろう。このままだと悲しみに押し潰されてしまいそうだ。ヴァリアントザッパーを抱きしめ、シュテルは膝をついて身を小さくしてしまう。

 

 カツーン。カツーン。

 

 シュテルの体がビクリと震えた。ゆっくりとこちらに近づいてくる足音に急ぎ体を起こす。ヴァリアントザッパーとルシフェリオンを同時に起動させ、その足音を迎え撃つ体勢に入る。

 ゴクリ。

 どうする。先制攻撃を仕掛けてしまうか。それとも様子を見るべきか。

 

「……シュテル・ザ・デストラクター?」

「貴方は……?」

 

 不意に呼ばれた自分の名に、シュテルは先制攻撃の機会を失くしてしまう。

紫の髪を持つ少女が目の前に立っていた。

 

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