魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第57話 Sacrifice and nightmare

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 聖王のゆりかごに飛び移る為、ミネルバから空中に飛び出す五人と一匹。だが彼らが乗り込んでくるのを易々と許すトーレとセッテではない。レン達がミネルバから飛び出すと同時に彼女達も迎撃に動こうと武器を構えた。しかしレン達もまたそれは予測の範疇。レンはティアナと頷き合うと空中で並び合い、魔力スフィアを展開。再びV.F.R.が放たれ、ブルーとオレンジが甲板に降り注ぎ次々と爆発を起こした。放たれた魔法弾は炸裂弾。その爆風でうかつに飛び出せないトーレとセッテの顔に焦りが生まれる。これで終わりではなく、まだまだレン達のターンは終わらない。

 五人の中から雷光が一筋飛び出す。エリオがストラーダのブーストを活かしての切り込みをかけたのだ。彼の周囲に浮かぶ六本のバスターランサーとストラーダの穂先に電撃が走る。

 

「サンダー、レイジッ!!」

 

 彼はそれを一気に甲板へと突き刺した。同時に魔法を起動させると、たちまち青い稲妻が巻き起こる。

 ストラーダとバスターランサー、合計七本の穂先から発生した稲妻はたちまち甲板を覆い尽くし、トーレ達の動きを阻害する。電撃によるスタンと破壊を目的としたその魔法だが、この規模となれば閃光によるフラッシュスタンも狙える。それでもトーレが動こうとした刹那、その眼前に槍の穂先が突き出され否応なしに彼女は足を止められた。

 

「なるほど、私の相手は君という事か」

「いくらM-Systemで強化しても僕の実力はまだ貴方に届かないでしょう。それでも貴方は行かせるわけにはいかない。貴方は僕が抑える!」

 

 立ちはだかるエリオにトーレの体がぶるりと武者震いを起こす。

 目の前の少年をただの少年と思うなかれ。全身から発する覇気と気迫は正しく騎士そのもの。ナンバーズの戦闘リーダーとして幾つもの実戦を経験してきたトーレがエリオを戦士として、騎士として認めた瞬間だった。

 あの一瞬でレン達の思惑通り、各々のマッチアップが完了していた。

 ルーテシアとスバル。

 セッテとティアナ。

 スカリエッティとキャロ、フリードのペア。

 そしてラナロウには……。

 

「シュテルは返してもらいますよ。ラナロウ先輩」

「今更先輩なんてつけるなよ。一度も言った事ねぇ癖に。……嫌味か?」

「ええ、嫌味ですよ。本当に敵になってしまった、尊敬していたアンタへのね!」

 

 シュテルの拘束を解き、その身をマントの内側に隠すように抱きかかえたレンがヴァリアントザッパーの銃口を向けていた。だがラナロウがその銃口にナイフの先端を突き付けている。簡単に動く事はできない。二人の緊張はコップギリギリの水面の様に今にも崩壊しそうだった。

 そしてレンに抱きかかえられたままのシュテルは、レンの髪に手を伸ばす。以前よりも長くなった黒髪はすっかり耳まで隠してしまっている。指先がそれに触れると、一瞬だけ彼は彼女見て口元を緩めた。しかしすぐに視線をラナロウに鋭い視線を送る。

 

(傷……)

 

 レンの顔に見慣れない傷があった。額から眉間を通り、頬にまで達した長い長い傷痕。こんな傷を作って、一体あちらの世界で何が起こったのか。そっと頬に手が触れる。状況なんてどうでも良い。このまま抱きついてしまいたい。そしてその痛みの何分の一でも分けてほしいと心から思う。

 

<……五!! 四、三、二、一、ゼロ!!>

 

 ビクリとシュテルの体が震えた。彼女の思いを現実に戻すキリエのカウントだ。わざと強めの口調なのはきっとキリエからの忠告。それは後! 今はするべき事があるでしょう?

 ゼロのカウントと同時に二人が動きだした。レンはアクセラレイター使い、シュテルはルシフェリオンを展開し互いに別方向へ飛び出す。レンの狙いはラナロウの背後。フェンサーモードへと瞬時に移行し、背後から彼を切りつける。だが、その一撃はダガーナイフの背面受けでやり過ごされる。

 チッとレンが舌打ちを打ち、ラナロウはフフンと鼻を鳴らす。

 

「甘いぞレン。奇襲に移る瞬間はあくまで平静を保てって前から言ってるだろ。何か仕掛けるつもりなのが雰囲気に出過ぎだ」

「無茶言わないで下さいよ。平然とそんな事できるのは傭兵経験のあるアンタだけでしょ」

 

 力の拮抗に二人の刃はギチギチと音を鳴らす。しかし二人の表情は正反対。口惜しげなレンに対し、ラナロウは余裕の笑い。そんな余裕のラナロウの脇からギラリと光る金属光。とっさにレンが体を捻るも、頬を何かが裂いていく。血が流れる感触も構わずにレンはもう片方のヴァリアントザッパーの引き金を引いた。だがすでに遅い。魔力弾は甲板に弾かれ、既にラナロウはこちらを向いている。コートの袖の中から飛び出した二挺のハンドガンを宙で掴むや、始まる光弾の嵐。甲板を転がり避けるレン。強風に吹き飛ばされそうになっても彼はグッと足に力と魔力を込め、一気に飛び出す。脚力と魔力のロケットスタートで距離を詰めるとレンはラナロウに接近戦を挑んだ。

 何度も突き付けられる銃口。弾く銃と剣。弾いては突き付けられ、突き付けられては弾いて、その度に銃声が鳴り響く。時には身を翻し、時には反撃し、それでも二人の攻防は止まらないし、一歩も退く事は無い。むしろじりじりとお互いが前に出る。光弾はレンとラナロウの後ろを飛び交い、甲板を跳ね、二人の距離は遂にゼロになった。

 

「やるじゃないか!」

「アンタが俺に教えた事だ!」

 

 額を擦り合わせながら睨みあう。右はヴァリアントザッパーの刀身をハンドガンが抑えつけている。左はハンドガンをヴァリアントザッパーの銃身が抑えつけている。力と力。技術と技術。そのぶつかり合いは依然、拮抗を保ったままだった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……。それぞれの特性を活かしたマッチアップという事かな? なかなか良い判断だと思うよ」

 

 周りの状況を見据えるスカリエッティが称賛の言葉をかけるが、ちっとも嬉しくない。

 対峙するシュテルとキャロは応えずにただスカリエッティを睨んでいた。

 トーレとエリオ。共に高速での一撃離脱型。成長途中のエリオに対し、トーレはほぼ完成されていると言っても良い。だがその騎士の心はたとえ相手が格上でも決して折れない。事実、彼は立派にトーレを抑えていた。トーレもそれを分かっているからこそ全力で当たっているというのに、だ。

 セッテとティアナ。セッテはブーメランブレードを使った三次元攻撃を使う。だからこそ視野の広いティアナが適任だった。フォワードの指揮官として鍛えられた空間把握能力と瞬時の状況判断が彼女の武器になる。攻めあぐねるセッテに初めて表情らしい表情が見えていた。

 ルーテシアとスバル。基本フルバックであるルーテシアにとって、防御の堅いスバルは天敵にも等しい。だがルーテシアにはガリューがいる。現に彼女を守るようにすでに彼は解き放たれていた。しかしスバルの防御力と突破力はヴィータ譲り。彼女がルーテシアに照準を合わせればガリューも守りに入らなければならない。スバルの防御が勝るか、ルーテシアとガリューがそれを突き崩すか。それがここの勝敗を分ける鍵だ。

 そしてスカリエッティに当てられたのはキャロ。基本スカリエッティは前線に出て戦う部類ではない。だからと言ってキャロなら楽勝かと言えばそうでもない。彼には二手、三手を読む頭脳がある。だからこそシュテルがキャロについた。そしてキャロの真価はやはりサポートにある。一人なら難しくても二人なら。彼女のサポートはそれを更に倍増させるのだ。

 

「やれやれ。キール君の言う通りになってしまった。軍師、策に溺れるとまでは行かないが、それでも私が劣勢に追い込まれたのには変わりは無い」

「なら早々にゆりかごを止めて下さい!」

「それは聞けないよ竜の巫女。何故なら、劣勢だからと言って私が負けるとは誰も言っていないのだからね!」

 

 スカリエッティの指が動き、魔力糸が触手の様に二人に襲いかかる。だがキャロもアルケミックチェーンを使い、防御に回った。魔力糸と鋼鉄鎖が何度もぶつかり一歩も退かない。その隙にシュテルも動いた。カートリッジを装填してから放つ蒼炎のパイロシューター、炎の誘導弾が次々と放たれる。キャロもフリードに命じ、ブラストフレアを放ちそれを支援した。

 迫る火炎にもスカリエッティは揺るがない。ただただ冷笑を浮かべた途端、表面にハニカム構造の光が走る白衣が翻る。ブーストされたシュテルとキャロの魔法すらも弾き返す白衣の単純なまでに強力な防御力。しかしその真価は別の所にあった。

 

「フルオートディフェンダーですか」

「ご明答。ただ防戦一方というのもおもしろくないな。今度はこの光で踊りたまえ」

 

 そう言ったスカリエッティが見せたのは魔力糸を使った物とは別のグローブ。甲部分にあるスフィアが輝きを見せた瞬間、緑色の光渦がシュテルとキャロを襲う。その密度の高さに後退しながらシュテルがルシフェリオンクローを纏う。その拳に蒼炎を生み、彼女はキャロの前に立つ。

 一薙ぎ、二薙ぎ。迫る光線をルシフェリオンクローで叩き落とす。締めは全身毎伸びあがるアッパー。

 クルリと一回転し、着地した彼女の眼光が鋭く輝く。グッと体勢を低くし、シュテルが駈け出した。

 光が宙に弧を描き、シュテルを狙う。それを走りながら叩き落とす。何度も何度も、執拗に光がシュテルを襲っても、それでもシュテルは叩き落とし続けた。しかしそれでも限界がある。次第に捌き切れなくなった彼女は再びキャロの所まで後退を余儀なくされる。

 

「シュテルさん、これって……」

「オットーという戦闘機人のISにそっくりですね」

 

 シュテルが見た六課襲撃の際に残された記録と、キャロがオットー自身から見せてもらったという記憶が合致する。何故先天性固有技能であるそれをスカリエッティが使えるのか。疑問は尽きないがそれを考える余裕は二人にはなかった。スカリエッティが嘲笑う様に光の密度を上げる。このままではジリ貧だ。

 ルシフェリオンクローを元の双槍に変え、彼女は巧みな槍捌きで再び光を弾き続ける。

 

「キャロ、私に速度ブーストを。一気にスカリエッティを追い詰めます!」

「はいっ!」

 

 その返事を聞くや、シュテルの両手にあるルシフェリオンがカートリッジをロードした。彼女はそれを連結させた二又の突撃槍を右腕に固定する。

 

「我が乞うは疾風の翼。蒼炎の星刃に駆け抜ける翼を!」

「猛ろ業炎。我が刃に宿りしは煉獄の炎!」

「ブーストアップ・アクセラレイション!」

「スラッシャーフレア!」

 

 二人が同時に魔法を完成させる。キャロのブーストを受けたシュテルが一気に加速。ルシフェリオンに蒼炎の業炎を纏わせ、スカリエッティの光渦を突き抜ける。

 

「むっ!?」

 

 流石にスカリエッティの顔から冷笑が消えた。光渦を放とうにもシュテルはそれを抜けて、すでに目の前。着地し、急ブレーキの反動を込めたルシフェリオンを振りかぶっている。

 ギラリと輝くシュテルの双眸。完全自動で翻るスカリエッティの白衣。鉄壁の防御が何だ。彼女は構わずにルシフェリオンを振り抜いた。

 眩い閃光と爆発音が鳴り響く。苦悶に満ちたスカリエッティと表情を変えないシュテル。二人の頭上、千切れた白衣が風に乗って吹き飛んでいく。

 

(これでスカリエッティの防御は無くなった! 後は次の一撃で魔力ノックダウン!)

 

 くるりとシュテルの体が回転する。今度はその遠心力を使い、再びルシフェリオンが引き絞られた。

 これで終わる。スカリエッティを捕まえればそれで本当の終わりではないが、それでも一つの大きな目標は達成される。これはその為の一撃。大きな一歩を踏み出す為の一撃。

 勝利はもう目前。

 

 

 

 ニヤリとスカリエッティが嗤った。

 

 

 

 再び閃光が走り、爆発音が木霊する。

 だが違っていたのは一点。スカリエッティを貫くルシフェリオン。

 飛び散る血飛沫がシュテルの頬を濡らした瞬間、それは始まる。

 

 

 

 

 

 

 ゆりかごの動力炉。そこには三人の女性がいた。

 一人はナンバーズのNo.1ウーノ。もう一人はNo.4クアットロ。そして最後の一人は闇の書の管制人格。夜天の王が名付けたリインフォース・アインスの姿をした夜の女王アメリアス・ナハトヴァール。

 

「始まったな」

「ええ。ドクターが引き金を無事に引けたようです」

「しかしドクターも手の込んだ事をすること。ご自分の命を糧にこ~んな術式を展開させるな~んて」

 

 アメリアスの呟きにウーノとクアットロはそれぞれに思いを巡らす。

 

「全てはこの一瞬の為に奴が仕掛けた策の勝利だな。管理局の魔導士達が倒れるならそれも良し。それが叶わなくても奴自身の命を使い、術式を展開する。自分の命に価値を見出せない奴の考えなど奴らには読めもしないだろうよ。さて、話はここまでだ。これから大量の魔力がここに流れ込んでくる。忙しくなるぞ」

 

 アメリアスの言葉にウーノが頷き、クアットロが舌舐めずりをする。

 三人の前にはダブルオークアンタ。その巨体は体中をコードで縛られ、貫かれている。

 十字架に張り付けにされた聖者のような姿のコックピットには、膝を抱え眠りにつくアミタが魔力結晶に閉じ込められている。

 その瞳から一筋の涙が流れた事を三人は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 魔力素が嵐の如く吹き荒れる。ここは空高く浮かんだ聖王のゆりかごの甲板。当然強風が吹き荒れるとかそういう話ではない。文字通り、普段は大気と共にある魔力素がそれとは別に独自のうねりを始めたのだ。そしてその中心にいるのはルシフェリオンに貫かれたスカリエッティ。刺突箇所に留まらず、口からも大量の血と泡を吹いている。だがその金色の瞳は愉悦に染まっていた。一刻も早く治療をしなければ確実に死ぬ。もし治療をしたとしても生き永らえる保障は無い。だというのに彼は笑っていた。荒れ狂う魔力素を一身に受け、彼はひたすらに笑っていた。

 

「こ、これは……」

 

 シュテル自身も状況に頭が追いついていない。確かにあの一撃はスカリエッティの意識を狩り取るつもりで放った。だがそれでもこの管理局におけるルール、非殺傷設定はかけていたのだ。あの一撃が如何に強力でもこうして彼の腹部を貫く事はなかったはずなのだ。それなのにルシフェリオンはスカリエッティを貫通している。訳が分からなかった。

 

「フフフ……。君と愛機に落ち度はないから安心したまえ……。非殺傷設定と言っても、所詮は設定だ。私には効かない様に私自身に仕掛けを施したまでの事だよ……」

「貴方は最初から……」

「手段の一つという事さ……。正直私に直接攻撃をしてくれれば誰でも良かった。……強いて言えば、あそこで呆けている執務管ならばもっと良かったのだが、こればかりはどうしようもないね」

 

 スカリエッティの視線はようやく追いついたフェイトに向けられる。追いついてみればルシフェリオンがスカリエッティを貫いている光景だ。彼女が呆気を取られてしまうのも無理はない。

 

「だが! 君に貫かれたのは正に僥倖! ルーテシアに免じて君は逃がそうと思っていたが予定が変わった!」

 

 突然スカリエッティの反応が変わる。口から血を滴らせながら笑顔で。それも腹部に刺さるルシフェリオンを更に深く刺し入れながらにじり寄る姿はB級ホラーも真っ青な光景だ。シュテルも早くルシフェリオンを抜きたがり後ずさるが、彼がそれを逃がすはずもない。そしてスカリエッティは手を伸ばし、シュテルの両頬を手で包む。べっとりと血が彼女の頬に塗りつけられた。

 

「ひっ!」

「なかなか面白い事をするじゃないか! 願いを叶えるロストロギアとエネルギーの塊であるロストロギア! その同時使用なんて良く思いついたものだ!」

 

 たまらず悲鳴を上げるシュテルと、テンションが上がり切ったスカリエッティ。魔力素の嵐は尚もスカリエッティに向けて吹き荒れる。そしてその中心に最も近いシュテルの体からも遂に魔力が流れ始めた。

 魔力は蒼炎となりスカリエッティの衣服を焼く。現れた体の胸元に輝く青い宝石に蒼炎は吸い込まれていった。その度に脈動する宝石。いつしか炎の色は蒼色から緋色へ。スカリエッティの高笑いにシュテルが遂に膝をつく。

 

「君の願いも、その力も全て吸い取ってあげよう! そして私は私の夢を叶える。その為の贄になって……」

「人の女に何してくれてんだ。この変態科学者」

 

 泥水に浸かった物を引き上げた、ごぽっという空気の音が聞こえ、スカリエッティからルシフェリオンが抜かれる。それを抜いたのはレン。シュテルとスカリエッティの間に割って入り、力尽くで二人を引き剥がしたのだ。そして栓が抜かれた事で塞ぐ物の無くなった体から大量の血が噴き出した。

 素早くシュテルをマントの内側に抱き抱えるレン。自身に降り注ぐ血にも表情一つ変えず、ヴァリアントザッパーの銃口を眉間に突き付ける。

 

「贄ならテメェ一人でなりな」

 

 そして躊躇無く、彼は引き金を引いた。

 スカリエッティの頭が爆発と共に砕け散る。文字通り、脳髄をぶちまけ、頭骨を粉砕し、真っ赤な血と肉片が飛び散る。下顎から上部を失くしたスカリエッティの体がバタリと後ろに倒れた。同時に魔力素の嵐も止まる。再び風切り音が聞こえてくる中、スカリエッティであった肉塊に次々と突き刺さるナイフ。

 

「……。どういう事ッスか?」

「あのままだったらスカリエッティは死んでたよな。だったらお前がやろうが、俺がやろうがどっちでも変わらないって事だ」

 

 振り返るレンとシュテル。そこには銃とナイフで遊ぶラナロウの姿があった。スカリエッティの頭部を吹き飛ばしたのはレンではない。それよりも早くラナロウが引き金を引いていたのだ。その横にトーレ、セッテ、ルーテシアが集まる。レン達の所にもティアナ達が集まって来た。勿論フェイト達も。ゆりかごと並走するミネルバにはマークの姿も見える。

 

「アンタ、スカリエッティの味方じゃなかったのかよ」

「勘違いするな。味方じゃなくて協力者だ。味方と協力者は似ているようで違うんだよ」

「詭弁だよ、それは」

「どうとでも言え。どの道、俺は俺の仕事をするだけだ」

 

 瞬間、レンは感じる。

 何がどう、という物ではない。妙に落ち着いたラナロウ。自分の親たるスカリエッティが死んだ事にも興味を示さない戦闘機人と召喚少女。

 ただただ歯車の噛み合わない、そんな漠然と。それでいて妙にリアルな感覚。

 

「まさか!」

 

 振り返り、目に入ったのはナイフの刺さったスカリエッティだった肉塊。

 そのナイフを彼は見た事があった。見間違いであったならどんなに良かっただろうか。だがそれは彼の記憶の中、あの銀髪に眼帯の少女が使っていた物と見事に一致する。

 白黒だった感覚がここに来て、ようやく色を付け始めた。

 はっきりと、鮮明に。明らかにレン達にとって最悪の方向に。

 

「全員逃げろ! こいつは罠だ!」

「もう遅ぇ!!」

 

 パチンと鳴る指先。

 それに呼応するかの様にナイフから出た光が一気に膨れ上がる。

 耳をつんざく轟音。全身を焼く熱と衝撃。

 たちまち起こった爆発に反応は遅れ、レン達全員はゆりかごから弾き飛ばされてしまうのだった。

 

 

 

2

 

 

 

 機動六課襲撃の時、ガジェット・ジャベリンの攻撃でシュテルは大怪我を負った。

 AMFによってゼロカスタムの魔力炉は動かなくなっても、自身に対してなら対AMF制御ができる。とっさにシュテルはルシフェリオンを抱き、自身に対AMF制御を行いながら障壁を張った。その後レヴィとユーリの治療によって意識を取り戻したのも束の間。彼女の目の前でレンとフォワード達が次元の穴に飲み込まれてしまう。

 シュテルの悲鳴も空しく閉じる時空の穴。なんて無力なんだろう。虚空に手を伸ばしながら彼女は思う。

 

(彼らはきっと帰って来る。それは間違いない。だってその程度で挫けるような人達ではありませんから)

 

 それは不思議と確信になっていた。それまでに自分はできる事をしようと思うのだが、この体で何ができる? 六課襲撃の際、非戦闘員を除いて一番の痛手を負ったのは自分だ。このままでは満足に動けない所か、力も足りない。もっと力があればあそこでレンが無茶をする必要もなかったはずなのだから。

 そんな時だ。ふとあの石の事を思いだす。願いを叶えるロストロギア、ジュエルシード。あれはガジェットの動力にも使われていたはず。だが足りない。あれは確かに強力だが、六課にあるのはほんの小さな欠片だけ。それでは出力が足りない。

 

「……あったんですよ。力の塊が」

 

 ヴィヴィオの体に一度は取りこまれ、再度摘出されたあのロストロギア。

 願いを叶える宝石と、力の塊である宝石。シュテルが決意するには十分な材料が揃っていた。

 

「つまり君はジュエルシードの欠片の力を使って、レリックの力を自分の物としていたわけだ」

「ええ。しかしレリックがまともな状態であれば制御はできなかったでしょう。皮肉な話ですが、一度ヴィヴィオに使用された事でいくらか消費されていた様です。それにジュエルシードも欠片であったが故に制御する事ができました」

 

 真っ暗な空間、シュテルはスカリエッティと対峙していた。しかし彼は目の前で果てたはず。これは幻か? それともあの接触の際に何かされたか? 疑問は尽きないがそれを頭の隅に追いやり、彼女は自分の過去を語る。

 

「結果、私は力を手に入れた。その魔力で身体も回復させた。まさか左目がレリックと同じ色になり、炎が蒼くなるなんて思いませんでしたが」

「無理矢理自分の体とレリックを適合させたんだ。影響が出て当然と考えるべきだろう? それが目の色の変化とは、まるでベルカ王家だね。知ってるかい? レリックというのは彼らの魔力貯蔵庫なんだよ。それを体内に取り込む事で強大な魔力を得る。つまり個としての兵器。レリックウェポンという奴さ」

「……だからヴィヴィオはレリックを取りこめたという事ですか。人体兵器とはいつの時代も愚かしいものですね」

「しかし君もその結論に辿り着いたのだろう? まぁ君はそうやって無理矢理レリックを取りこみ、魔力の出力が上がった。炎の色の変化もそれに伴ってだろう」

「でもそれも貴方に奪われた」

 

 睨むシュテルにスカリエッティは笑う。いつしか上半身が露わになり、口からは血の泡。腹部にルシフェリオンが突き刺さり、ボタボタと血を垂れ流していた。

 

「そうだね。インスタントの聖王。レプリカにすらなっていない紛い物の力を吸い取るなど雑作もない」

「自身にジュエルシードを埋め込み、あんな術式を発動させるなんて。何故最初から使わなかったのですか?」

「簡単だよ。それは足りないからさ」

「足りない?」

 

 スカリエッティの言葉の意味が分からない。聞き直すシュテルにやれやれと肩を竦めるスカリエッティ。

 

「人が願いを一番強く思うのは何時だと君は思う? 私はね、それは命の危険にさらされた時だと思うよ。生きたい。死にたくない。それは願いだ。死の危険は純粋にその力を高める。ただ私の場合、その対象が自分の夢だった。ああ、私の夢を叶えたい。私の夢を見てみたい。その願いを叶えようとジュエルシードは発動する。後はその発動術式を弄ってあげれば、ああいう結果になるという事だ」

「魔力の吸収。大方行く先はゆりかごの動力と言った所ですか」

「おや、気付いていたのかい?」

「自分の魔力の流れを追うくらいならできますよ」

 

 ギロリとスカリエッティを睨みつけたシュテルの体から緋炎が燃え上がる。目の前には血だらけのスカリエッティ。とりあえず我慢していたが、ここらでもう限界だ。本物だろうが幻だろうが関係ない。とにかく目の前に彼がいる事が不快で仕方ない。

 その不快感を露わにするシュテルにスカリエッティはクククッと笑う。

 

「おお怖い怖い。これ以上は本当に燃やされてしまいそうだ」

「では本当に燃やされてみては如何ですか!!」

 

 緋炎の流星が闇を切り裂いた。シュテルの怒りを具現したそれは容赦なくスカリエッティに打ち付けられる。だが燃え盛る炎の中、スカリエッティは無傷だった。また最初の様に白衣の姿に戻り、炎の中涼しい顔をしてシュテルを見ている。

 幻術? 精神干渉? やはりあの時に何かされてしまったのか? 目を細めるシュテルにスカリエッティはやれやれと大袈裟に肩を竦める。

 

「今、君は私が幻や精神干渉ではないかと疑っている。当然だ。突然こんな所に現れ、傷を負ったり治したり。自慢の炎も私を傷つける事ができない。種を明かしてしまえばそれで正解だ。けれどもね、だから君はここでは私に勝てない。絶対にね」

「……その根拠は?」

「聡い君の事だ。分かっているだろう? 今、私に勝てない事は君が証明したばかりだ」

 

 チッと短い舌打ちが響いた。言われなくても分かっている。スカリエッティの言う通りだ。彼女の炎が効かなかった時点で絶対的優位はスカリエッティにある。つまりスカリエッティの方がより強くシュテルに干渉していると言う事だ。

 迂闊だった。語り合いなどせず疑問に従っていれば良かったという後悔が押し寄せる。

 

「私はね、これでも君を評価しているのだよ」

「何をっ!?」

 

 闇からあの赤い魔力糸が伸びてきた。抵抗する間もなく両手両足にそれは絡みつき、シュテルを無防備に宙づりにする。そしてその顔をスカリエッティが掴みあげる。

 

「あのM-Systemといい、不完全とはいえレリックウェポンに辿り着いた事といい、その知性は称賛に値する。そして何よりもその瞳が良い。視線だけで私を焼き尽くさんばかりの熱い炎を奥に宿したその瞳。……実に奪い甲斐がある。まずはその邪魔な物を排除してしまおう」

 

 スカリエッティの手が殲滅服の襟もとを掴んだ。そしてシュテルがその意味を理解する前に彼は一気にそれを引き降ろし、殲滅服が紙の様に破り捨てられた。シュテルの素肌が晒され、闇の中で白い軟肌が浮かび上がる。

 まだ愛する人にも見せた事のない自分の無防備な姿にシュテルの頭が真っ白になり、現実を認識し、そして一気にそれは爆ぜる。

 ごぅっと炎がシュテルの体から吹き出した。両手を縛られた中、それが精一杯の抵抗だったから。しかしそれを全く意にも介さないスカリエッティは尚も彼女を蹂躙する。炎の中で彼の指がシュテルの体を這い、頬、首筋を降りて胸の膨らみへ。ゆっくりと形を確かめるように一度円を描き、その指は腹、腰、臀部と流れ、その指は遂にスカートの中へ。何度も何度も太ももをさすりあげる。

 悪寒が走る。気持ち悪いとしか形容できない。愛する人以外に体を触れられても快感にはほど遠く、ただ屈辱と恥辱だけが心を埋め尽くす。

 

「何故こんな事を、と思うだろう?」

 

 当然だ。誰だってそう思う。何故いきなりこんな辱めを受けなくてはならないのかとシュテルは思う。

 

「それはあの君達マテリアルの中で君が一番奪いやすいからだ」

「なん……ですって……?」

「私は聖王のゆりかごも手に入れた。ジェネレーションシステムももうじき手に入れる。だがまだ足りない。私の計画を盤石にするにはまだ足りない事に、不本意ながら私は気付くのが遅かったのだよ。これはその為の一つ。理、力。束ねる者と扱う者。それが揃った時全ては達成される」

 

 スカリエッティが求めるモノ。それがシュテルにははっきり分かる。その上で彼は自分を壊そうとしているのだ。心を折り、従順な操り人形にしようとしているのだ。屈してなるものか。身をよじり抵抗を続けるが、それはかえって彼の嗜虐心を昂らせるだけだった。

 

「彼にはこういう事をされた事はなかったのかい?」

 

 彼、というのが誰を指しているのかは明白だ。しかし首筋に舌を這わせながらの問いに答える義理は無い。

 

「……っ!!」

 

 途端、首に焼ける様な鋭い痛みが走った。問いに答えなかった罰だとでもいうのか。声を上げる事もスカリエッティにとっては愉悦にしかならないと思ったシュテルは、グッと唇を噛み締める。痛みならこっちの方が何倍もましだと、強く強く血が流れる程に噛み締める。

 

「ふむ。やはり君の心を折るにはこれくらいじゃ駄目か」

 

 これくらい。その言葉が恐怖心を湧き上げた。そしてスカリエッティが指を鳴らすと闇に人影が浮かび上げる。それはシュテルが今、一番会いたいと願うと同時に会いたくないとも願う人物。

 レン・アマミヤの人影。

 更にスカリエッティが指を鳴らす。次に現れたのはキリエ・フローリアンの人影。

 やめてと心が叫ぶ。しかし人影はシュテルの目の前で寄り添い、抱きあい、そして抱擁を交わし始めた。

 熱く、見せつけるような人影の抱擁。やめてと願っても、幻だと分かっていても、それでも瞳から流れる涙は止まらない。

 

「う……う……、うあああああああああっっっ!!」

「あははははははっ! 良いね! 良いよシュテル・ザ・デストラクター! やっと叫んでくれたね。やっと泣いてくれたね。幻と分かっていても愛しい男が他の女を選ぶ姿はさぞ君の心を裂いているだろうよ。さぁシュテル。私に全てを預けなさい。君の全てを私に委ねてしまいなさい。そうすれば楽になれる。この悲しみから私が解放してあげよう」

 

 三度指を鳴らすと次の瞬間シュテルの体は真っ黒なウェディングドレスに包まれる。

黒いヴェール、胸元には黒い薔薇。喪服のようで、けれども荘厳な黒い花嫁姿。それは悪魔に娶られる生贄の花嫁だ。

 

「白い素肌も良い。しかし君には黒が良く似合う。今の君はとても素敵だよ」

 

 スカリエッティの囁きはとても優しい。耳元で語りかける彼の声はシュテルの心の奥にまで滑りこんでくるようだった。確かにこのまま身を任せてしまっても、楽になっても良いかもしれない。そう、本当に思った。もう嫌だ。涙が止まらない。なんでこんな目に。拳に力が入る。

 

 

 

 何故、まだ自分はこんなにも彼を想えているんだろう。

 

 

 

 ぐい、と顔が上げられ、黒いレースのウェディングヴェールをめくるスカリエッティ。見つめられた瞳の中の炎が消えかかっていた。青い瞳から溢れる涙をぬぐい、スカリエッティが笑う。後ひと押し。それで彼女は堕ちる。吊り上がった唇が勝利を確信する。

 

「……ん?」

 

 しかしスカリエッティは立ち止った。不意に感じた違和感。そもそもこの空間で違和感はありえないというのに彼はそれを確かに感じた。シュテルの精神に干渉し、支配した今、何が自分にそれを感じさせると言うのだとスカリエッティは視線を下に降ろす。

 

 何故、自分の腹部から刃が突き出しているのだ?

 

 何が起こっている? 何故こうなっている?

 肩が掴まれた。

誰だ。こんな無粋な真似をするのは。

 振り返る。そこにあったのは影。闇の中でもはっきりと形の分かる人の影が腕を引き絞っている正にその瞬間。

 

「お前は……ぐふぅっ!?」

 

 影は最後まで言わせない。その前に飛んで来た拳がスカリエッティの顔面を捉え、シュテルの前から吹き飛ばす。闇の中を何度も転がり続けるスカリエッティ。ようやく止まってもなかなか体を起こす事ができない。

 何故自分は殴られた? 刃が腹部を貫き、あまつさえ殴られて吹っ飛んだ。自分が支配するこの世界でだ。誰だ。誰がこんな事をしたのだ。

 震えながら体を起こし影を見る。影はスカリエッティからシュテルを守るように立ちはだかっていた。

 これ以上彼女に指一つ、髪の毛一つ触れさせないとばかりに、顔の無い顔でスカリエッティを向いている。そして気付く。あの人影は何処に行った? 自分が生み出したレン・アマミヤとキリエ・フローリアンの影は何処に消えた?

 

「ジェネレーションシステムの中で俺はシュテルとキリエに助けられた。その時も丁度こんな真っ暗な世界だったよ」

「まさか……。ありえん」

「ありえん? おいおいアンタらしくない台詞だな。科学者だろ? ちったぁ自分の頭で考えろよ」

「ここに入り込み私の干渉を跳ねのけるなど……いや待て。まさか貴様……」

「そういうこったよファッキンサイエンティスト」

 

 影の欠片が剥がれ落ちる。卵の殻が剥がれるように一枚、また一枚と人影を覆う影が剥がれて、闇に消えていく。そしてその下から出てくるのは色を持った人の姿。闇の中でもはっきりと分かる紺色のプロテクトスーツとマント。眉間から顔に大きく刻まれた傷。漆黒の黒髪。手にはプロテクトスーツと同じ紺色の双剣。

 

「感応力者ナメんな、バ―――カ!!」

 

 ビッと中指を突き立てると同時に影の欠片が一斉に砕け散る。

 レン・アマミヤ。スカリエッティが生み出した影が本人になったその瞬間だった。

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