魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第64話 Guilty or Not Guilty?

1

 

 

 

 艦内が揺れる。戦闘の音が遠く聞こえる。

 その中、ミネルバの格納庫でカチュア・リィスは仲間達と作業を続けていた。

 彼女達の前にはキールのバルバトスによって大破させられたアストレア。それを突貫で修理しているのだ。言ってみればエクシアリペアならぬアストレアリペア。本来なら戦える状態ではない。右腕は取りあえず補給パーツを組み合わせる事でなんとかできたが、左腕までそれをやっている余裕はない。それこそ予備で取っておいたABCマントを被せる事で一応の体裁はとる。砕かれた頭部もジャンクパーツを組み合わせる事でメインカメラを復活させた。武器は右腕に装着させたGNソードのみ。かつてキールが使っていた物が倉庫で眠っていた物を引っ張りだしてきた。装甲はもうツギハギだらけだ。

 

「GNドライヴ稼働確認。……粒子状態安定。ふぅ。なんとかこぎつけたよ」

「当然だ。そうでなくちゃ困る」

「でも……、本当に再出撃するつもり?」

 

 カチュアが振り返った先にはブラッドがいた。パイロットスーツの下や顔に巻かれた包帯が痛々しい。

 しかしギラギラと光る瞳は当然だとカチュアに告げている。二度も言わせるなと言わんばかりの迫力にカチュアも一歩身を引いてしまうが、それでも言わなくてはいけなかった。

 

「で、でもこんな状態でどうしようってのさ!? それにその体で耐えられるなんて思えない! みすみす死にに行くようなもんでしょ!」

「キンキンうるせぇよジャリ。俺の死に場所は俺が決める。テメェにどうこう言われる筋合いはねぇ」

「あたしはただ、レヴィが悲しむ顔を見たくないだけだよ……」

「それこそお前が気にする事じゃねぇ」

「ブラッド! やはりここにいたか!」

 

 後ろから彼に向けて怒鳴り声が響く。それに助かったとカチュアは表情を緩め、ブラッドは面倒な奴が来たと舌打ちを鳴らす。何故ならそれはキリシマだったからだ。白衣姿でまま格納庫へ肩を怒らせて入って来るとブラッドの肩を掴む。しかし彼はそれを乱暴に払いのけ、カチュアに向けた物と同じギラギラした目でキリシマを睨みつけた。

 邪魔するな。ただそれだけの意思を込めて。

 しかしキリシマも退かない。

 

「今のお前の体がどういうものかは理解しているつもりだ」

「戦闘機人くずれ。そう言いたいんだろ?」

「そこまでは言わんよ。だが戦闘機人のなりかけ、とは言っておこう」

「大して変わらねぇじゃん」

 

 皮肉げにブラッドが唇の端を吊り上げた。

 四年前、ゼスト達によって救助されたブラッドの体は酷く痛んでいた。複雑骨折数か所、打ち身、打撲、内臓の損傷。よく生きていたと言っても良い。スカリエッティはそんな彼に一つの道を示した。それが戦闘機人に使用したフレーム骨格などを使い補う事。断る理由は無い。二つ返事で了承した彼はその後起こる拒絶反応すら耐えきり、屈服させる事に成功した。故に左腕を失ってもすんなり義手を作る事ができた。

 そして魔導士では無くても、魔導士並に戦う力を手に入れたのである。

 今更の話だろう。兎にも角にもブラッドはそうして生き永らえた、というだけの話。だがキリシマにとってはそうではない。ブラッドがそうであるならば、それ以外も簡単に予想がつくというもの。

 

「きっとお前だけじゃない。魔力を持たないラナロウとゾディもだな」

「ご明答。キールとティーダは魔力を持ってたんでな。身体強化でなんとか乗り切ったわけだ」

「成程な。しかし今はお前の体だ。いくら常人以上の体力や力を持っていても、お前は重傷なんだ。医者としてこれ以上は許可できん!」

「いくらアンタの言葉でもそいつぁ聞けないね。……いいから俺のやる事の邪魔すんな」

 

 既に語る言葉はないと歩きだすブラッドだが、その前をカチュアが遮った。両手を広げ、行かせまいと必死に震える足に喝を入れて。はぁ、と鬱陶しいとばかりにブラッドは頭を掻いた。

 

「ミネルバとアースラはもうジェネレーションシステムに到達した。はやてさんとリイン。ポータルで移動してきたギンガさん達地上部隊が中枢に向かってる。外もマリアにアプロディア。ニキ艦長だって出撃してる。ブラッドが出る事なんかなくても……」

「どけ」

「きゃあ!」

 

 なんとか止めたいというカチュアの願い。しかしブラッドは無視を決め込み、無造作に彼女を押しのけた。よろめいたカチュアがフワリと横に流され、キリシマが慌てて抱き止める。そのあまりの乱暴さにいい加減キリシマも我慢の限界だ。

 

「ブラッド!」

「……思いついちまったんだよ。クソがっ! 何でこんな簡単な事を見落としてたんだ!!」

「は?」

 

 高まった怒りもブラッドが漏らす言葉に一気に冷えていく気分だ。

 お前は一体何をしようとしている?

 キリシマとカチュアが向ける疑問の視線にブラッドは何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ブラッドが何かを思いついた頃、ゆりかごに突入していたライトニング03、エリオ・モンディアルは愛機ストラーダを手に飛びまわっていた。顔には焦りの色が濃い。そして視線も彼と相対するセッテではなく、玉座に座る男、スカリエッティへ向いている。早くあそこまで辿りつかなきゃ。ただその思いだけがどんどんと大きくなる。

 

「エリオ駄目! ちゃんと集中して!」

 

 フェイトの声に我に返る。既に目の前まで高速回転するブーメランブレードが迫っていた。

 

「くそっ!」

 

 一撃。もう一撃。ストラーダを振り、なんとか二発目までは弾く。三発目。とっさに右手に魔力障壁の盾を生みだす。M-Systemビギナ・ロナのマジックバックラー。受け止めるよりも逸らす事に重点を置いたその盾でその三発目を振り払う。だがセッテのブーメランブレードはバリアブレイクの効果を持つ一撃。

 弾きはできたものの、その効果により盾が砕け大きく体勢が崩れる。

そして訪れる四発目の直撃。騎士の一撃にも匹敵するそれは容赦なくエリオを床へと叩きつけた。

 一撃離脱。それがエリオの、ひいてはガードウィングの戦法である。故に近づかなくては意味が無いというのに、その一撃が遠い。セッテの操る四本のブーメランブレードが見せる変幻自在の動きに相手を翻弄すべきエリオが逆に翻弄されてしまっていた。

 横目でチラリと見れば、光の檻で隔絶された向こうでフェイトもトーレと戦っている。更に視線を向けた先には玉座に座りニヤニヤとこの戦いを見物している白衣の男がいる。そしてここは聖王のゆりかごの玉座の間。歴代の聖王がその一生の殆どを過ごした場所。

 管制室に向かっていたはずのエリオとフェイトが何故ここにいるのか。

 それはほんの数分前にまで遡る事になる。

 予定通り管制室への道を急いでいたライトニング隊だったが、その途中で突如動いた隔壁によってフェイトとエリオ。シグナムとキャロの二つに分断されてしまっていた。隔壁一枚程度ならフェイトとシグナムによって破壊する事もできただろう。しかし何枚ともなれば話は別。次々と作動する隔壁から逃げるようにフェイトとエリオは足を進めるしかなかった。まるでどこかに誘いこまれるような感覚を否定できないまま二人が辿り着いたのがこの玉座の間だった。

 呆気を取られて周囲を見渡す二人。そこに突然襲いかかる刃があった。慌てて回避したのが運の尽き。

 二人の距離が離れた途端に罠が発動し、それぞれを光の檻の中へ閉じ込めてしまったのである。フェイトの前にはトーレを、エリオの前にはセッテを置いて。

 

「……戦えって事なんでしょうか」

「そうだね。してやられたって所かな」

 

 光の檻に遮られても声は届く。互いに背中合わせに立ちながら各々の敵に視線を向ける。あの隔壁は自分達をここに誘いこむ為に動かされた物に違いない。全てはこの場を整える為の準備にすぎなかった。

 そう。準備にすぎない。二人が本当に驚くのはこれからだったのである。

 

「ようこそプロジェクトFの申し子達。この場にまんまと来てしまった事、私は歓迎するよ」

「なっ!?」

「ジェイル・スカリエッティ!!」

 

 突然響く声。拍手と共に玉座に現れたのはジェイル・スカリエッティ本人だったのである。勿論ホログラムなんかじゃない。生身のジェイル・スカリエッティが二人の前に姿を見せたのだ。彼の登場にフェイトの語気がエリオの聞いた事のない程に強くなる。どの道彼の逮捕もまた任務の一つなのだから、こうして目の前にいてくれる事は手間が省けたと言えよう。しかし些か不審な点もある。あれほど用心深いスカリエッティがこうも容易く姿を見せる事が引っ掛かる。それほどまでに自信があるのか。それともまだ何か罠があるのか。何にせよ、玉座に座り悠々とした笑みと共に二人を見降ろす彼に油断はできないと、フェイトはバルディッシュを強く握り直した。

 

「さて、フェイト・T・ハラオウン執務管。君は今疑問に感じているはずだ。何故私がこうして君達の前に姿を見せているのか。何か罠でもあるのではないか。安心したまえ。ちゃんと本物のジェイル・スカリエッティさ。もっとも、正確にはその一人。実を言うとね、もう一人の私は別の場所で君達の仲間と戦っている最中だよ」

 

 パチンと指を鳴らすや、巨大スクリーンが彼の背後に現れた。そこに映っていたのはここではないどこかの宙域の戦い。フェイトは首を傾げたが、エリオにはすぐ分かった。Ex-S、タイタニア、真騎士ガンダム。それはシステム内世界の戦いの様子だったのである。そして画面はディーヴァのブリッジ。艦長席に座るスカリエッティに焦点が当たる。

 

「アバターシステムか!」

「さすが君はアバターシステムの事をよく理解している。そうだよエリオ君。あっちのスカリエッティは私の人格、記憶をダウンロードした私。けれども私である事には変わりない。そして私もまたこちらのスカリエッティという事になる。さて、ここで突然だが問題だ。このアバターシステム。何かに似ていると思わないかい?」

「戯言を!」

「待って下さいフェイトさん! ……オリジナル……。人格、記憶のコピー……」

「エリオ、もしかして」

「多分、それで当たってると思います。くそっ! そうだよ。何で今まで気付かなかったんだ!」

「全く本当に遅いよ。このシステムの根幹に在る物を君ならすぐに気付くと思ったんだがね?」

 

 実に楽しそうなスカリエッティに対して、フェイトとエリオの顔は汚物でも見るかの様だ。

 ああそうだ。確かにそうだ。一刻も早くエリオもフェイトもそれに気付くべきだったのだ。むしろそれがあったからこそ今の自分達がここにいると言っても過言ではないのだから。

 その名はプロジェクトF。記憶転写型クローンを生みだす技術。

 だが、とフェイトは思う。プロジェクトFには重大な欠点がある。記憶は受け継がれても、些細な差異は如何ともし難いという点がそれだ。魔力資質、性格、利き手。フェイト・テスタロッサがアリシア・テスタロッサになれなかった様に、エリオ・モンディアルが本物のエリオ・モンディアルとは違った様に。

 だからこそフェイトはそれを否定しようと声を上げる。

 

「同じ人間は作り出せない。それがプロジェクトFの欠点だ!」

「確かにプレシア・テスタロッサの技術ではそれが限界だっただろうし、アバターシステムとプロジェクトFは必ずしもイコールにはならない。しかし知っているかい? アルハザードの時代、自分のコピーを用意しておく事は彼の時代の権力者にとってはごく当たり前な事だったのだよ。そこから考えてみたまえ。完全記憶転写型クローンは存在すると思わないかい?」

 

 立ち上がったスカリエッティは悠々と二人を玉座から見降ろす。まるで自分がその権力者であると言わんが如くだ。嫌な予感が二人の中で膨れ上がっていく。

 

「技術は常に進歩し続ける。君達がM-Systemという力を得た様にね。故に私がいつまでも未完成な技術をそのままにしておくはずがないだろう。まして根幹を設計したのは私自身だ。未完成な技術で我が物顔をされては、このジェイル・スカリエッティの沽券に関わる」

「つまり僕とフェイトさんが失敗作と笑いたいのか?」

「それは違うよエリオ・モンディアル。君達は君達で完成している。現に君達は君達という個を持っているからね。あくまで完全な記憶転写型クローンを生みだすという目的から見れば、君達は異端。失敗作と言われるだろう。しかしその代わりに君達には未来があっただろう? 自分達を自分達として見てくれる人がいただろう? 男と女の交わり以外から一つの新しい命を生みだすというアプローチで見れば君達は実に優秀な成功例だ」

「……は?」

「や、やめろスカリエッティ!」

 

 首を傾げるエリオと、顔を赤くしてスカリエッティを止めようとするフェイト。

 だが構うものかと、スカリエッティは続ける。

 

「やめないよフェイト・テスタロッサ。別に恥ずかしがる必要はないじゃないか。君だって立派な女性だ。男が女を求め、女が男を求め、その結果子を成すと言う事はごくごく自然な事だという事くらい理解できるだろう? そしてエリオ君、いつか君も理解できる時が来るよ。というか君くらいの年齢ならそろそろ女体に興味を持ってもおかしくはないと思うんだが……って、いかんいかん、話が逸れてしまった。で、プロジェクトFについてなんだが」

「戯言はもう良い!!」

 

 フェイトの怒りに電撃が走った。やれやれ。ジョークも通じないのかと肩を竦めるスカリエッティと、むしろジョークだったのかあれ、と呆気を取られるエリオ。

 こんなに怒ったフェイトをエリオは見た事がない。彼の記憶にあるのはいつも笑顔を向けてくれる大人の女性。母であり、姉であり、憧れの人であるその人が今、見た事もない程に怒っている。その理由はどうであれスカリエッティはフェイトを怒らせた。槍を取る理由には十分だ。

 

「本当に君達はせっかちだねぇ。忘れてないかい? 今君達が相手にしなければならないのは私ではない。彼女達だよ」

 

 再度指を鳴らすスカリエッティ。ずいと前に出るトーレとセッテ。どうやら彼女達を倒さねば、スカリエッティには辿りつけないらしい。

 だったらやってやる。エリオはストラーダを握りしめ、セッテと向き直った。

 

 

 

2

 

 

 

「プロジェクトFの目的は失われたアルハザードの技術、完全な記憶転写型クローン技術の復活にある。しかしそもそも何故私がそんな事を始めたか分かるかい?」

 

 

 そして時はエリオが床に叩きつけられた直後へ。ストラーダを杖になんとか立ち上がるも、ズキズキと走る痛みにエリオの顔が歪む。一気に体力が持っていかれ息も切れそうだ。それを無表情に見つめるセッテの手元でブーメランブレードが音を立てて回転している。

 来る! 一瞬の指の動きからそう判断する。しかしエリオが動くよりも早く四本のそれはたちまち彼の周囲を取り囲んでしまう。

 それでもと痛む体に鞭打ちながら一撃を弾き、道を作ったエリオは走りだす。まともに受けようとしたら駄目だ。とにかく接近しないと話にならない。二撃目、三撃目を避け切るとストラーダがブースターを噴き出した。四撃目。刃がエリオの頬を掠める。よしっ。これで凌いだ。一気に距離が詰まる。ブースターの威力を殺さず、一気にストラーダを振り抜いた。だがそれを阻んだのは一撃目のブーメランブレード。 

 エリオの目が、セッテのゆらり動く手に気付いた。慌てて引こうとしたがもう遅い。舞い戻った別のブレードがエリオを弾き飛ばした。

 

 

「簡単な話、最高評議会の依頼さ。彼らが永遠の命を欲していたのは知っているだろう? 脳みそと成り果てて、時空管理局を裏から操るのにも限界がある。まして培養液の中に入っていてもいずれ限界が来る。とどのつまり彼らには先が無かった。だから肉体を欲した。しかも記憶転写ができて、代えのある肉体なら尚の事良い。故に私は基礎理論を組み上げた」

 

 

 エリオが弾かれる様にフェイトの注意が逸れる。トーレがそれを見逃すはずがない。

 何度も叩きつけられるエクスカリバーをフェイトはバルディッシュ・フェイスレイヤーを巧みに操り捌く。互いに一撃を重視した装備だと言うのに、交わる剣戟は些かもそれを感じさせない凄まじい剣速の斬り合い。制したのはフェイトだった。弾き合い、互いの大剣が後方に流れた瞬間に峰を蹴り上げ一気に振り降ろしたのだ。それをトーレが受けたのも束の間、すぐさま弾かれた勢いのまま体を捻り、横薙ぎへと剣筋を変化させる。とっさにもう一本の大剣を床に突き立て足で抑えるも、フェイトの一撃はそれすらも無視。エクスカリバーを砕き、トーレの脇に強烈な一撃を見舞った。

 吹き飛んだトーレへ向かう追撃の雷槍。プラズマランサーだ。極光の翼が閃き乱れ飛ぶ雷撃の槍から逃げ出すも、雷槍は追撃を止めることなくトーレに牙を向く。

 これで終わるとは思えない。一時の間、フェイトはじっと次に備え、神経を張り詰めた。そしてそれが正しかったかのように煙を突き破って飛び出したトーレ。その両手に握られているのは大剣ではなく、短剣フラッシュエッジ。プラズマランサーは確実にトーレにダメージを与えている。それでも加速した斬撃の嵐に、さしものフェイトも顔に焦りの色が濃くなっていく。

 

 

「だが私は思った。欠陥のあるそれになんの価値があるとね。だから表向きはプロジェクトから身を引いたフリをして研究を続けた。だってそうだろう? 私が求めたのは完全なる記憶転写型クローンだ。プレシア・テスタロッサがそうであったように私もまた完全なクローンを求めたのだ。戦闘機人計画はアプローチを変えるのにとても有意義な時間だったよ。そしてジェネレーションシステムの存在は更に私の世界を広げてくれた上に良い隠れ蓑になってくれた。結果、私は遂に完成させたのだ。完全なるプロジェクトF.A.T.E.。完全なる記憶転写型クローンをね」

 

 

 スカリエッティの独り言にも近い言葉は耳障りだ。だが聞きたくなくても、いくら戦闘に集中していても彼の声が耳に入って来る。いい加減にしてほしい。結構、かなりウザイ。というかうるさい。

 立ち上がったエリオは明らかに不機嫌な顔をしていた。スカリエッティの演説、目の前のセッテ、トーレと戦うフェイト。それだけではない。分断されたキャロとシグナムが気になる。外で戦うレン達が気になる。動力炉に向かったなのは達が気になる。

 考える事が多過ぎる。常に状況を把握する為に考える事は重要だ。だがいくらマルチタスクで思考の並行処理ができようとも、いくら彼が同年代の少年に比べ大人びた少年であろうとも、やっぱり少年は少年。

 多過ぎる情報を処理するには些か無理がある。

 

 

「使ってみるとこれがなかなかに便利なものでね。そしてミッドで死んだ私もまたその一つ。よく出来ていただろう? 私という存在の影響は理解しているつもりだから、それを利用させてもらったよ」

 

 

「自分すら道具として扱うか!」

 

 短剣の連撃に体術を組むトーレの攻撃に、防戦のフェイト。一撃一撃は先よりもまだ軽い。しかし手数は格段に増えていた。一撃重視では分が悪いと踏み、本来のスタイルに戻ったと言うべきか。バルディッシュを盾にしてもその防御すら崩さんとするラッシュに歯噛みしながら、フェイトはスカリエッティに声を上げる。

 

「お前は命をなんだと思っている! 例え自分の命であったとしても、道具として使って良いものじゃない!!」

「何よりも私自身の命が道具であると自覚しているが故さ! そもそも私はアンリミテッドデザイアという開発コードの下に最高評議会が生み出した人造生命体。私の中にある自分の意思とは関係なく無限に沸き立つ探究欲の全ては最高評議会が動けぬ自分達に代わり、様々な失伝技術を復活と新たな技術発展を促すべく私に植え付けた物なのだよ。分かるかい? 麻薬の様にもっともっとと探究を求めるこの苦痛が! 望まぬ生、望まぬ役割。それらを押し付けられ、自分達の欲を満たす為に生み出された私の命が道具でなくて何なのだ!」

「お前も人造生命体? だったら尚更……」

「いい加減にして下さいフェイトお嬢様!!」

 

 反論するフェイトにずっと黙っていたトーレが遂に声を上げた。怒気のこもった声と共に放たれた一撃が遂にフェイトのガードを崩す。バルディッシュが弾かれ、無防備に晒されたフェイトの体。そこにトーレは体を滑り込ませ、強烈な肘を打ち込んだ。

 ビシリと何かがきしむ音がフェイトの体の中から響く。頭では分かっていても体が動かない。感覚だけが先走り、トーレが腕を引く姿だけがやけにゆっくりと見える。

 次の瞬間、視界がぐるりと回転した。肘の打ち込みから繋げられた正拳が軽々と自分の体を吹き飛ばし、床に叩き付けてられて初めて倒れている事に気付く。

 

「なぜドクターの苦しみを理解できないのです。貴方とて道具として生まれた存在の一つでしょう!」

「だ、だからだ……。だからこそ私は知っている。アリシアの代わり。母さんの道具。そうやって生まれたからこそ、命は誰かに踊らされる為にあるんじゃない事を知っている。トーレ、それは貴方も同じだ! 貴方は生きている。生きてここにいる。貴方の命は貴方の物だ。スカリエッティの道具になる為なんかじゃない!」

「……違いますね。私の命はドクターの物だ。私はドクターの剣。道具である事に意義を見出している」

「そんな……ゴフッ!」

 

 突如せり上がる嘔吐感に堪らずフェイトは口を押さえた。鉄の味が広がり、それが血である事を教えてくれる。自動治癒は働いている。けれども走る痛みは収まらない。これは骨にヒビでも入った上に内臓までやられたかなと考える。ダメージは見た目以上だが、トーレとて状況はあまり変わらないはずだ。見ろ。彼女だって息が荒い。ラッシュの間だって何度も歯を食いしばっていた。

 もっと頑張らなきゃ。バルディッシュを杖代わりに立ち上がるフェイト。しかしそんなフェイトの前へエリオの体が弾かれて来た。光檻に激突し、ずるりと彼の体が崩れ落ちる姿にフェイトは声も出ない。純白のバリアジャケットが今は自身の血で赤く染まり、体もぐったりと力が無い。

 

「エリオ! しっかりしてエリオ!」

「フェイト……さん……」

「おやおや、自慢の騎士君は限界らしい。だがここで倒れる方が彼にとっては幸せなのかもしれないね」

「なんだと!!」

 

 睨みつけたスカリエッティの目は絶対的強者が弱者を見る憐れみの目。慈悲、同情。可哀そうだと思ってやるといった上からフェイト達を見下すその目に、フェイトの怒りが沸きたってくる。

 だがスカリエッティはその目を止めない。むしろフェイトにすらその視線を向けてくる。

 

「君は命を道具とする事を否定した。トーレにも道具ではないと言う。けれども私と君の何が違う? 私は自分と娘達の命を目的の為に使う。君もその子が自分に逆らわないように教え込んで、戦わせているだろう? 周り全ての人間は、自分のための道具にすぎない。そのくせ君達は、自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ。実の母親がそうだったんだ、君もいずれ、ああなるよ。間違いを犯すことに脅え、薄い絆にすがって震えるそんな人生、無意味だとは思わんかね? 彼もいっそここで楽になった方が道具としての役割から解放されるというものさ」

「ち、違う! 私はエリオとキャロをそんな風に思った事はない! 母さんの……、プレシア母さんの様にはならない!」

「違わないさ。それにねフェイト君。プロジェクトF、人造魔導士、戦闘機人計画。挙句の果てには君達が保護した聖王の出来そこない。これらを計画し、望んだのは紛れも無く時空管理局であり、君の守ろうとしている人間じゃないか」

「そ、それでも……」

「安心したまえ。時空管理局が特別なんじゃない。ジェネレーションシステムに記録されている世界にだってそんな話はごまんとある。薬物投与、洗脳、マインドコントロールと様々な処置を施し、モビルスーツのコアパーツの一つとして扱う技術だってある。結局どんな時代、場所において人も、まして機械ですらも命を道具として扱う事を止めはしないのさ」

 

 カラン、と音を立ててバルディッシュが床に落ちた。同時にフェイトも体の力が抜けて床に座り込んでしまう。瞳からはどんどん精気が失われ、スカリエッティの言葉が蜘蛛の糸のように絡まり、絶望という毒になってフェイトの心を蝕み、じわじわと侵していく。

 駄目だ。耳を貸してはならないと思っていても彼の声が耳に入り込んでくる。いくらフェイトが叫んでも人が、世界が命を道具にしている事実は変わらない。

 自分もまたエリオとキャロを道具にした? プレシアの様に逆らえない様にして、戦わせていた?

 違う。違う。そんな事を考えた事は無かった。ただ自分みたいな思いをさせたくなくて、もっと愛情を与えてあげたくて……。

 

「君の行為は自己満足だよ。自分が得られなかった愛情。彼らに幼き自分を投影して、自分が愛情を受けているかのように感じる代償行為。形は違えど結局同じだよ。自分の目的の為の道具として誰かを利用するのは私となんら変わらない」

 

 自己満足。スカリエッティの言葉が遂にフェイトの心に突き刺さった。

 痛い。胸が張り裂けそうに痛い。涙が止まらない。結局、自分もプレシア母さんと同じなの? ただ気付かなかっただけで、やっている事は何も変わらないの?

 これが、私の全てなの?

 目の前が、真っ暗になる。

 

 

 

 

「……違う」

 

 

 

 

 それは小さな、本当に小さな否定。フェイトはその声に弱く首を傾け、スカリエッティは眉をしかめながら視線を向ける。何故か無視できない。そんなか細い声だというのに、聞き流す事ができない。

 

「違う。貴方の言う事は間違っている」

 

 それはエリオだった。バリアジャケットは千切れ、血を流し、光檻に体を預けながらやっと立ち上がった彼。その顔は俯き表情は見えない。しかし、声は。最初は小さく、辺りが静まっていなければ聞こえなかっただろう。だが次の言葉はしっかりと誰の耳にも聞こえるように力強く、スカリエッティにしっかりと反論していた。

 

「エリオ……」

「フェイトさんは何も間違っていません。惑わされないで」

「で、でも私は! もしかしたら知らない内にエリオとキャロを……!」

「逆らえない様にした? 冗談言わないで下さいよ」

 

 血に染まる顔で笑いかける。光檻にしがみつき、フェイトは呆然とその顔を見ていた。

 

「キャロも僕もお互いに最初は悲しい思い出から始まったかもしれない。でも、それでもこの道を選んだのはフェイトさん。貴方に憧れたからなんですよ。僕を救いだしてくれた手は温かくて、僕にもう一度命を与えてくれた。その与えられた命の使い所を決めたのは僕の意思だ! 誰に強制されたわけでもない。フェイトさんみたいな強くて、優しい剣になりたいと僕が考えて決めた事だ!!」

「そう仕組まれていたとしたらどうするんだい? 彼女の自己満足がそう君に決めさせるように導いたとは思わないのかい?」

「思いません」

 

 はっきりと言い放つ。そしてスカリエッティを見つめる目は憐れみに溢れていた。スカリエッティがさっきまでエリオとフェイトに向けたいた物とは別種の目。本当に心からスカリエッティを悲しむ目だ。

 スカリエッティの眉間が険しくなる。嘲笑はいつしか、その余裕と共に消えている。

 

「貴方は悲しい人だ」

「……何?」

「僕達には未来があった。人として見てくれる人がいた。悔しいけど貴方の言う通りだ。そうやって僕らは大勢の人から愛情を貰ってきた。でも貴方はきっと僕やフェイトさんが貰った愛情を知らないんでしょう。だから自分の命すら道具として扱える。フェイトさんが僕らに向けてくれた愛情も自己満足だと言える。それはとても悲しい事だと思います……」

「簡単に言ってくれないでくれ。君の言う通り、私は愛情など欠片も受けていない。しかしそれを悲しいとは思わないし、思ってほしくもない。第一、世界はそんなに優しくもないし、人はもっと闇が深く罪深い生き物だよ」

「そうですね。それは否定のしようがない事実かもしれない。けれどもそれが全てじゃない。世界も人もそんな簡単に一括りにされてたまるもんか。ジェネレーションシステムに記録されている人達だってそうだ。ちゃんと人として救われている人だっている。それはその人達をちゃんと人間として見てくれた人がいたからだ! 僕やフェイトさんを人間として見てくれる人達がいるように!」

 

 満身創痍だと言うのに、エリオの体からは溢れんばかりに電撃が噴き出していた。

 そしてその目が再び輝いている。まだ終わりじゃないと、終わらせてなるものかと訴えている。その光に当てられ、フェイトの目にも光が灯り出す。

 

「立って下さいフェイトさん」

「エリオ……」

「まだ終わっていません。ここで僕らがあの人の言葉に屈したらそれまでなんです。あの人の言う様に世界にも管理局にも、まだ命を道具の様に使う人がいるのなら僕らがそれを止めましょう。それで傷ついた人がいるなら僕らが手を出しましょう。フェイトさんが僕とキャロにしてくれたように、冷え切った心を温めてあげましょう」

「……うん。うん!」

 

 大きくなった。まだ子供だと思っていた少年が本当に大きくなった。もっとその顔を見たいと、滲む涙をぐいと拭ってフェイトは少年を見る。六課に来た頃のあどけなかった少年はもうそこにはいない。ジェネレーションシステムでの経験は少年を大きく成長させていた。

 少年が自分の道が正しいと言ってくれた。それのなんと心強い事か。自分の辿った道が間違いじゃないと言ってくれた事が、なんと嬉しい事か。

 

『そうです! エリオ君の言う通りです!』

「何っ!?」

「えっ……、この声は」

「キャロ!?」

『はいっ!!』

 

 突如空中に無数のモニターが開き、そこに映るキャロに二人の目が丸くなる。スカリエッティですらも、この予期せぬ事に驚いている。どういうこと……、いや。そういう事か。スカリエッティは成程と納得した顔に変わる。開かれたディスプレイには映っていたのはキャロだけではない。

 ヴィータ、スバル、ティアナの顔が次々と現れ、全員がフェイトに激励の声をかけてくれる。同じ仲間として。同じ人間として。確かにスカリエッティの言う通り、世界は優しくない。人だって内に闇を抱える生き物だ。けれどエリオも言ったではないか。世界も人もそんな一括りになんてできないと。フェイトもそれを信じたい。信じ続けていたい。そうすればきっと応えてくれる。この仲間達の様に。

 

『よく吠えたエリオ。男子三日会わざれば喝目して見よ、と言うが正にその通り。テスタロッサ、いつまでも呆けていないで剣を取れ! エリオとキャロにいつまで情けない姿を見せるつもりだ!』

「シグナム……」

 

 レヴァンティンを構えたシグナムから檄が飛んだ。彼女の力強い言葉はそれだけで心が鼓舞される。

 厳しくも優しい、なんともシグナムらしい言葉だ。そうだ。いつまでも呆けてなんかいられない。

 

『フェイトちゃん、立って』

 

 そして最後に映し出されたのはなのはだった。ヴィータ達から先行し、ゆりかご内を飛翔する姿が映っている。迫るガジェットを撃ち抜きながら、かけられたのは真っ直ぐなあの声。

 

『フェイトちゃんがエリオとキャロの事を大事に想ってるのは、みんな知ってるよ。はやてちゃんも、シグナムさんも、スバルやティアナだって。勿論私だって知ってる。だって一緒に見てきたんだもん。エリオとキャロの事を話すフェイトちゃんの顔、すっごく良い顔してた。二人がいなくなっちゃった時、ずっと誰よりも心配してた。それが自己満足なはずない! 自己満足なんかでそんなに誰かを想えるはずない! 迷ったって良い。自信がなくったって良い。でもフェイトちゃんがやってきた事は間違いじゃないってみんなが証明してくれる。だから立ってフェイトちゃん! 負けないで!!』

「なのは。みんな……」

『フェイトさん。エリオ君の言う通り、私も私の意思でこの道を選びました。力を制御できずに臆病だった私も、少しずつですけど自分の足で歩きだす事ができました。それは全部フェイトさんが温かい場所といっぱいの優しさをくれたからなんですよ。嬉しかった。里を追いだされて、管理局でも居場所の無かった私にとってフェイトさんはもう一人のお母さんなんです。スカリエッティがどんな事を言っても、私にとってそれは紛れもない真実なんです!』

「キャロ……」

『大好きです。フェイトさん』

 

 画面越しのキャロの言葉と笑顔が全てを吹き飛ばす。

 エリオが教えてくれた。ヴィータ達が助けてくれた。シグナムが喝を入れてくれた。なのはが勇気をくれた。キャロが証明してくれた。

 そうだ。やっと分かった。疑う事なんてなかったのだ。エリオとキャロにかけた愛情に彼ら自身が応えてくれたではないか。自分は弱いからこれからも悩んだり、迷ったりする事はあるだろう。でもそれで良いのだ。そんな自分を愛してくれる、助けてくれる子供達、仲間達がいる。恐れる事はない。暗闇の中でもそれが、それこそがたった一つの真実。フェイト・T・ハラオウンがフェイト・T・ハラオウンで在る為の唯一無二の証明。

 

「行きましょうフェイトさん」

「うん。行こうエリオ」

 

 そして彼女は立ち上がる。その手にはずっと彼女を支えてくれた相棒。そうだ。彼もまたずっと自分を助けてくれた。どんな時もボロボロになっても彼はずっとフェイトから離れずに傍に居てくれた。

 

「ありがとうバルディッシュ。また……、ううん。これからもよろしくね」

『……Get Set.』

 

 カートリッジがロードされ魔力がフェイトの体に満ちる。多くを語らず、行動で示す彼にフェイトは頷き、一度強くバルディッシュを抱きしめた。そして眼前のトーレを見据える。

 エリオもカートリッジをロードし、フェイトと同じ様にセッテを見据える。

 これが先ほどまで戦意を失っていた者の力か。トーレとセッテだけでなく、スカリエッティですらそのプレッシャーに身じろぎする程。当然だ。これは決して彼女達だけの力ではないのだから。仲間達と繋ぎ、束ねた絆を力とした金色の雷神が二人。反撃の雷渦が立ち上ろうとしていた。

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