魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第65話 for Answer

1

 

 

 

 刃閃き、空を切る。響く剣戟、刃鳴散らす。

 猛る赤炎、奔る衝撃。放つ一撃一撃が一意専心。退かず、揺るがず、両の眼に相手を焼き付け、切り結ぶ姿は剣鬼。笑う顔は修羅のそれ。たとえ悪鬼羅刹と成り果てようとも悔いはない。騎士が身命を賭すに相応しい相手に出会えたことこそ僥倖なのだから。

 

「見事です。これほどまでに胸躍るのは何時振りでしょうか。できる事ならこれからも存分に剣を交えたいとさえ思えてしまいます」

 

 はらり。シグナムの髪止めが舞い、薄桃色の髪が広がった。

 

「残念だがそれは無理な話だ。一度は朽ちた我が身の限界くらいは理解している」

 

 つ……とゼストの頬を血が伝う。しかしそれもまた好敵手との戦いの証。わざわざ拭う必要はない。

 

「管理局に投降し、延命する気はないと?」

「塵は塵に。灰は灰に。そもそも死んだ俺がここにいる事こそが間違いなのだ。成すべきことを成すが為とはいえ、これ以上は恥の上塗りだろう」

「……無礼を。過ぎた事を言いました。しかしそれを承知で尋ねさせて頂く。貴方の言う成すべき事がこれなのですか? 世間に最高評議会の存在を暴露する。彼らが行った所業を顧みればその気持ち分からなくもありません。しかし! だからと言ってこれは行き過ぎではないのですか? スカリエッティに与し、ミッドに混乱を引き起こすのが貴方の成すべき事なのですか!?」

「そう言えば貴殿はあの場にいたのだったな。ならば覚えていよう。あの時ティーダは問うたはずだ。最高評議会の存在、管理局の裏で行われている非合法の実験。それを見ても世界を守る意思があるのかと。ならば我らは問うた責任を取る義務がある」

「逆賊の汚名を被ろうとも、ですか?」

 

 シグナムの呟きにゼストは答えない。彼女もそれ以上問いかけようとはしなかった。そして互いに無言で剣と槍を構え直す。これ以上の問答は無意味。決着をつける時が近い事を悟る。

 先ほどの動に対し、一転して訪れる静の空気が張り詰めた。

 じりじりと詰め寄る足が互いに止まる。既に何度も打ち合った事で間合いは掴めていた。故にそこは互いの間合いが交差するか否かの距離。

 間合いは死線。簡単には越えられない。何度もそれを越えてきた二人だからこそ、死線の先にある断崖絶壁の暗闇がありありと思い描ける。

 越えられるなら越えてみろ。暗闇は囁く。それは越えた者にしか聞こえない声。

 越えてやるさ。二人は暗闇に反する。何故ならそれは己の内から聞こえる声だから。

 囁くなら囁け。決して飲まれてなるものか。何故なら越える力もまた己の内に。

 勇気。それがその力の名前。

 

 ダンッ!!

 

 床を踏み締める音が響いた。同時に間合いへと足を踏み入れたのだ。

 鳴り響く剣戟が一度。弾かれる刃。その力を使いゼストが槍を引く。一度の打ち合いは全て次の一撃に繋ぐ為への工程。

 反動を込め、貫くは空。音よりも速く、衝撃すら追いかけるそれは何度も繰り返し練磨を重ね、技へと昇華させた必殺の突き。絶衝、とゼストは呼んでいた。

 しかしこの絶衝は違う。生涯一度放てるか否か、全てがゼストの思い描く理想の一突きなのだ。己を極限まで高めた故に辿り着く事ができた境地。決して一人では到達できなかっただろう。最高の騎士と出会い、高め合う事で理想の一突きを放つ事ができた。それだけでもこの仮初の命、決して悪い物ではなかった。

 

「感謝する。烈火の将よ」

 

 烈火の将が宙を舞っている。衝撃を殺し切れていなかったのか、騎士甲冑が千切れている。だがゼストに二の太刀はない。絶衝とはそういう技だ。炎を帯びた刀身を受け入れるより他、もう道は無い。

 

「紫電一閃!!」

 

 斬!!

 

 剣閃がゼストの体を走り、血花が咲き乱れた。迷いの無い良い一撃だ。願わくば彼女にとっても最高の一撃であってほしいと思うゼストの体がたちまち炎に包まれる。

 炎は黄泉へと篝火。血花は手向けの花。一人の騎士として迎えられる最期にこれ以上の門出は無い。

 

「顔を上げるのだ。烈火の将よ」

 

 剣を振り抜いたまま顔を上げないシグナムにゼストは声をかけた。勝者は敗者の行く末を見届けなくてはならない。騎士の決闘であれば尚の事、敗者の姿をその目に刻み込む事が勝者の責務。シグナムもそれを理解しているのだろう。何も言わずに立ち上がり、じっと燃えるゼストを見つめた。何かしらの感情を宿す事のない淡々としたその目。そうだ。それで良い。しかしいつも傍にいてくれた炎の剣精は違う。小さな体を震わせ、大粒の涙を流し今にも炎に飛びこまんとしているのをシグナムに止められている。

 

「旦那! 旦那~!!」

「すまんアギト。俺はここまでだ」

「そんな事言わないでくれ! もっと生きてくれよ!」

「……お前は彼女と共に行け。お前が出会い焦がれた炎を操る古代ベルカの騎士だ。俺よりもずっとお前の力になってくれる。すまないがアギトの事、頼めるか?」

「……承知しました」

 

 頭を垂れるシグナムにゼストは薄く笑う。アギトの事もあっただろう。しかし霞んできた視界の隅で彼は見たのだ。遠く、シグナムとアギトの後ろに現れる少女の姿を。少女はゼストの視線に気付くと、流していた涙を拭い深く頭を下げる。ゼストもただ頷くだけ。

 

(レジアス。俺は答えを得られたぞ)

 

 天を仰ぎ、炎の中で彼が最後に思い出したのは無二の親友の事だった。

 

 

 

2

 

 

 

 セッテにはどうしてこの少年が前に出続けているのかが理解できない。

 血だらけで息も荒い。バリアジャケットは所々千切れてボロボロだ。

だが彼の目には光がある。少しでも気を抜こうものなら喉笛を食らいついて来そうな、そんな狼の様な目の輝きがある。

 稼働してから今まで感じた事のない威圧感に彼女が導き出した結論は「危険」の二文字。しかしセッテに「退却」の二文字は存在しない。スカリエッティがあれを倒せと言った。それは絶対の命令。自分はそれを遂行する道具であれば良い。

 そして狼が相手であるならば、戦い方はいくらでもある。自慢の牙も届かなければ意味がないのだ。

 見ろ。相手は既に手負いだ。いくら瞳に力があっても体はそうはいかない。このまま自分の距離を守り、じわじわとその体力を削り取ってやれば良いだけの事。そう。何も問題は無い。

 実に現実的な選択と言えるだろう。エリオの威圧に屈せず、冷静に勝つ為の最適解を下せるセッテは戦闘機人としてパーフェクトにもっとも近い。

 だが敢えて指摘をするのであれば、エリオは狼であり人だと言う事。そして時として人の想いは。気迫は。意思は。たとえ最適解で対処したとしても、それすらも凌駕する事があることを彼女は知らない。

 飛びまわる刃を潜り抜け、眼前に迫った穂先にギリギリ間に合わせた刃。力の押し合いでギチギチと嫌な音を立てている。だが単純な力の押し合いなら、戦闘機人である自分がただの人間に負けるはずがない。

 そう思っていたセッテだったが、少年が呟く声に彼女は戦慄する事になる。

 

「……づいて、斬れ」

「……?」

「近づいて……斬れ!」

「……!!」

 

 バサリと肩から切り裂かれる感触にセッテは無我夢中で、ブーメランブレードを飛ばした。残り三本全てでエリオを斬り飛ばす。血が飛び散り、少年の体は床に叩き付けられた。

 しかしセッテの心臓は早鐘を鳴らしている。肩で荒く息をして、顔を真っ青に染めていた。

 自分の肩口を触って確かめても、斬られた様子は無い。ならあれは何だ? 近づいて斬れ。そう確かに言い、少年の目がギラリと光った瞬間確かに自分は斬られていた。

 未知の感覚に戸惑うセッテの前で少年はゆらり立ち上がる。ブツブツとうわ言のように呟いているのはきっと先ほどの言葉だろう。足取りはおぼつかない。吹けば倒れてしまいそうなのに、このまま行けば自分の勝利は「確実」だというのに、目を逸らす事ができない。

 「危険」という結論を「とてつもなく危険」に上方修正する。体力を削り取るなどと悠長な事を言っていては、いつかその牙が自身に届いてしまう。「確実」を「より確実」にする為には不安要素はあってはならない。その為にするべき事はその牙を確実にへし折る事だ。

 再び四刃が飛び交った。ありったけの力をそれに込めて、セッテは騎士を仕留めにかかったのだ。

 騎士も槍を構え、迎え撃った。電撃を纏って宙を舞う姿は狼が駆けているようにも見える。

 狩人の銃弾を避けるように、その狩人に牙を突き立てんが如くに、駆ける狼騎士。

 追い切れない! 遂に騎士の速さがセッテの処理を上回り始める。どんなに捉えたと思ってもコンマ数秒のズレが起こってしまう。追いかけて駄目ならば先読みで、と四刃の一つを前方に配置する。だが狼は、騎士はそんな障害にたじろぐ事もなく、一刃に槍を叩きつけた。光と電撃が走る。セッテも一刃に力を込めながら二刃を向かわせた。今なら動きは止まっている。このまま挟みこんでしまえば……。

 

「邪魔だぁぁぁっ!!」

 

 空気が震え、セッテのスーツ越しの肌にビリビリと伝わる狼の咆哮。どこにそんな力があるかと思える咆哮に一瞬だけ、ブーメランブレードの動きが鈍った。一瞬。されど一瞬。その間に騎士の肩から槍が二本射出され、電撃を纏って二刃を食い止めた。だがセッテはそれでも負ける事はないと思っていた。たかがこれしきの事で止められる筈がないと思っていた。だがその後予期せぬ事が、セッテの計算外の事が起こる。

 

「!!」

 

 砕けた。砕けてしまった。ブーメランブレードがエリオのバスターランサーに貫かれ、粉微塵に砕かれたのだ。そして彼を止めていた一刃も遂にストラーダの一振りに砕かれてしまう。

 そんな、そんな事。ブーメランブレードの耐久性を上回ったというのか。何故だ!

 考えている暇はなかった。もう自分を守る刃は一本。そして騎士はもう目の前。この一本だけでもと思った刹那、セッテの体を二本の槍が弾く。左右からの連撃。初めてのクリーンヒットによろけた彼女の目に映り込むエリオが槍を引き、その前方で円陣を組んだ四本のバスターランサーが力場を生み出している。

 なんだ。そう思った時にはもう遅い。エリオが床を蹴っていた。

 魔力を噴き出すストラーダとエリオが力場を潜り抜け、その力で更に加速。一本の雷槍に変えたその身に最後のブーメランブレードも間に合わない。雷槍がセッテに迫る。迫る! 迫る!!

 とっさに障壁を張る事しか答えが導き出せない。こんな事は初めてだった。ブーメランブレードの攻防一体が破られ、初めてセッテは障壁で身を守らなくてはならなくなった。しかし雷槍はぐいぐいと押し迫って来る。ブーメランブレードを操作する余裕もなく、維持するだけで精一杯。障壁と穂先の接点から溢れる力に顔を曇らせながら彼女は両足を踏みしめる事しか答えが、最適解が導き出す事ができない。

 

「ストラーダ!!」

『Jawohl!!』

 

 それはエリオが愛機を呼ぶ声。そして愛機もそれに応え、カートリッジを二連続ロード。魔力噴出が更に増す。押し返せない。障壁越しに体を押され、踏み締めた足がズッ、ズッとセッテの体を後方へ押し出す。しかし止めた。止め切った。後はブーメランブレードで切り飛ばせばそれで終わりだと思った刹那、騎士の後方から全てのバスターランサーが障壁に襲いかかった。衝撃に顔をしかめたセッテの前で遂に亀裂が入る障壁。そして瞬く間に砕け散ると同時に、衝撃がセッテの体を突き抜けた。

 全身を突き抜けた電撃に体が弾けたかと思った。四肢は痺れ、思考もまとまらない。分かるのは自分があの槍の直撃を受け、体が宙を舞っているという事実だけ。

 防御も何もあったものではない。それほどまでに痛烈で、強烈な一撃だった。

 だがそれだけではセッテの意識はまだ刈り取れない。まだ意識がある。まだ一撃を放つ力は残っている。

 

「させない! これで終わりです!!」

 

 騎士が、狼が宙を駆け、目の前に迫った。拳を引き絞り、電撃をそこに溜め、彼女がいつか自分の喉笛に食らいつくと懸念したそれが目の前にいる。

 

「紫電一閃!!」

 

 再び衝撃が体中を駆け巡った。体に打ち込まれた拳とスパークする電撃。拳ごと、体ごと。そしてそのまま床に叩きつけられ、今度こそセッテの意識を刈り取っていく。

 任務を遂行できなかったという悔しさは無い。それよりもその時セッテが思う事は、どこで間違えたのかという疑問と、これは最適解ではなかったというどこまでも機械的な自己完結だった。

 

 

 これこそが自分の求めていた戦場だ。

 フェイトの斬撃を受けるたびにトーレの心は高揚していく。

 セッテが戦闘機人としてパーフェクトに最も近いのは、思考が機械的であるからだ。機械的であるが故に一切の感情を破棄して最適解を導き、確実に仕事をこなす事ができる。それからすればトーレは自分がパーフェクトの器でない事は十分に理解している。

 だがセッテはパーフェクトに最も近いだけで、パーフェクトではない。何故ならトーレには勝てないからだ。パーフェクトに最も近いセッテが、パーフェクトの器ではないトーレには絶対に勝てない。

 何故か。この胸の高揚がその確たる証拠だろう。トーレは強者を求める。道具でありながら、スカリエッティの剣でありながら、その刃は強者を求め、戦場を求める。高揚し昂った感情が、数値以上の力を引き出してくれる事を知っている。ヒリヒリと肌を焼く緊張感が堪らない、なんてセッテにはまだ分からないだろう。最適解を求める事を悪いとは言わないが、常にそれを選んでいては自らを高める事など出来はしない事をセッテは知り、理解する必要がある。間違ったって良い。時には回り道も必要だ。最適解を選び、楽に勝てたとしてもそれは戦いではなく、高揚も無く、得られる物は何も無いただの排除行為。そんなものにトーレは興味が無い。

 だから強者を、戦場を求める。その中でこそ、自らを知り、自らを感じ、ここに自分がいる事を証明できる。故に道具であっても、剣であっても、心を失くしてはいけない。心が無ければ、この高揚は得られない。

 

「楽しい! 楽しいですねぇフェイトお嬢様!!」

 

 フェイトの一撃に飛ばされ床を転がったトーレはそう言って立ち上がると、実に楽しそうな笑い声を上げた。体は刃に刻まれ、血はとめどなく流れるのに痛みは無い。体も軽い。限界などとうに越えている。

 だがもっと。もっとだ。私にもっと高揚を与えて欲しい。そうすればもっと高みに行ける。この高揚をずっと味わっていられる。それこそが道具であり、剣でありながら心を持つ醍醐味なのだ。

 

「……剣を交える事を楽しいと思える気持ち、分からなくもありません。でも貴方の剣は独りよがりの剣だ。ただ己の快楽の為に振るう剣を私は楽しいと思えない」

「剣に独りよがりも何もないでしょう! あるのはただ勝つか負けるか、斬るか斬られるか! さぁもっと! もっと私と斬り結んで下さいよフェイトお嬢様! そしてその果て、私に生きている実感を与えて下さい!!」

「断る! 貴方の快楽に付き合う気はない!!」

 

 再び。いや、もう数えるのも馬鹿らしくなるほどとなった剣と剣の交わり。

 己の快楽を得る為に振るわれるそれと、それを真っ向から否定するそれは互いに退かず、正面からの斬り結びは果てがないように思えた。

 だがそれを止めたのは横から聞こえてくる轟音と、凄まじい閃光。

 視界の隅、勝利の雄叫びと共に拳を突き上げる若き騎士の姿が見える。

 そうか。セッテは負けたか。

 きっとセッテは最後までセッテであったに違いない。そして最後まで理解できなかったに違いない。

 この楽しみを理解できなかったとは何と不憫な妹だ。

 トーレの剣速が上がる。さぁもっと、もっとだ。私はまだ戦える。この楽しみをもっと私に……。

 

「付き合う気はないと言った!!」

 

 拒絶の刃が振り抜かれ、トーレのフラッシュエッジを粉々に砕く。欠片が舞う刹那の中、今度は突き出された蹴りがトーレを吹き飛ばした。だがトーレは倒れない。後方に滑らされながらも、両足はしっかりと床を踏み締め倒れる事を許さない。何よりも口角は吊りあがり、笑いが絶えない。拒絶されようがどうだろうが、自分はこの瞬間を何よりも楽しんでいる。それだけが全て。それだけがトーレの心を沸き立たせるただ一つの答え。

 床を蹴ったフェイトが迫り、漸く体を止めたトーレも飛び上がり弧を描く蹴りでフェイトに襲いかかった。そのまま首を刈り取る気だろう。しかしフェイトも掲げた左腕に電撃が走らせる。攻防一体の魔法サンダーアームだ。左腕を痛烈に蹴られたものの、しっかりとカウンターの電撃はトーレに走っている。だがトーレには左爪先から伝わる痺れに顔をしかめている時間はない。感覚がないならそのまま薙ぎ払ってしまえば良いのだと、右足一本で独楽の様に回転する。遠心力に任せて左足を踵から振り払いフェイトをひっかけるとフェイトごと床に倒れ込んだ。

 かはっとフェイトの口から空気が強制的に吐き出される。背中か床に叩きつけられた挙句、上からトーレの全体重を乗せられたのだ。すかさずマウントを取るトーレが修羅の笑みで拳を引く。咄嗟に顔を逸らしたフェイトの頬を彼女の拳が掠め、床を砕いた。まともに受けたが最後、頭部はトマトの様に砕け散ってしまうだろう。フェイトは無我夢中で足を振り上げ、トーレの後頭部に蹴りを叩き込む。意識の外からの一蹴に拘束が緩んだ。その機を逃さずトーレの胸に置かれる左掌。排出される薬莢と満ちる魔力。バルディッシュが主に代わって叫ぶ。

 

『Palma Fiocina!!』

 

 閃光と雷撃が走りトーレの体が吹き飛んだ。パルマフィオキーナ。掌の槍という名に恥じず、フェイトの左掌から放たれた雷撃の槍が見事にトーレの体を突き抜けていた。クロスレンジ。それも密着からの強力な魔法。相手が例えエース級だとしても、防御を突き抜けてくる雷槍に抗う術はない。

 だがそれでもトーレは立ち上がった。全身は痺れ、胸には刺突の痕。

しかし瞳だけは爛々と輝いている。もっと戦いたい。もっと続けたいと如実に訴えてくる。

 執念。正にその言葉が相応しい。

 

「これで終わってなるものか!! 私はドクターの剣!! 私の心はまだ折れていない!!」

「ならば私が折る! 貴方という剣を終わらせる! 今日、ここで!!」

『Extreme Blast. Ignition!!』

 

 極光の翼がトーレの四肢から噴き出し、彼女は床を蹴った。そしてフェイトもその背に雄々しく雷の翼を広げて飛び立つ。エクストリームブラスト。自身の限界を越える自己ブースト。巨大過ぎる魔力はフェイトの体をも傷つける諸刃の剣。しかしもうこれしかフェイトに残された手はなかった。そしてそれはトーレも同じ。IS デスティニーインパルスを設定された限界以上に稼働させた事にフレーム骨格が軋み、人工筋肉が断裂を続けている。

 しかしそれでも二人は止まらない。己の手にあるバルディッシュ・フェイスレイヤーとエクスカリバーを何度も打ちつけ、二筋の閃光は宙を駆けた。意地。執念。二人を突き動かしているのは最早己の心に刻んだその一念だけ。

 だが終焉は突然訪れる。

 

「……ぐっ!」

「……ッ!!」

 

 視線が交わる。バルディッシュがエクスカリバーを砕いていた。

 そしてトーレの胸に置かれるフェイトの掌。魔力が電撃になって膨れ上がる。

 

「パルマフィオキーナ!!」

 

 二度目の雷槍がトーレを貫いた。

 動きが止まる。吹き飛んではいない。ビクンビクンと全身を痙攣させるトーレをフェイトは流れる汗と一緒にじっと見つめる。エクストリームブラストからのパルマフィオキーナ。これでもう後がない。

 

「まだだっ! まだ終わらんよっ!!」

 

 急に息を吹き返したトーレがフェイトの両腕を掴んだ。万力の様に締め上げる手にフェイトが呻き声を上げる。そんな、これでもまだなの? 彼女の腕を掴むトーレの顔は血に染まり、その血の向こうにある異様な瞳の輝きが消えていない。その輝きにフェイトの胸が一気に早鐘を打ち始めた。それを嘲笑うようにニタリと浮かべる笑みは幽鬼かとさえ思える。

 ……いや実際に幽鬼であったのだろう。

 その迫力、執念に一度は気圧されたフェイトだったがやっと気付く。

 すでにトーレの意識はない。フェイトを掴んだまま、笑みを浮かべたまま、トーレの意識は既に無くなっていた。それでもなお肩を掴む手の力は緩めず、瞳の輝きは失わず、トーレは戦い続けようとしていたのである。

 ペタリと床にフェイトが座りこむ。ドッ、ドッと鼓動は収まる事を知らず、血の気の無い顔で彼女は静かに体を震わせる。戦いの間は感じなかった恐怖が今更、堰を切ったように噴き出していた。

 単純に恐ろしかった。意識を失っても戦い続けようとする執念が怖かった。戦いを求めるあまり、そういう答えに辿り着いたトーレが本当に怖かった。

 

「大丈夫ですよフェイトさん。もう大丈夫ですから」

 

 そっと肩に手が添えられる。大きく体を震わせ、ゆっくり振り返ると優しく笑う騎士がそこにいた。血と痣だらけの顔だったけれども、それでも彼の。エリオの声と温もりに恐怖に強張っていたフェイトの心は少しずつ緩んでいく。

 

「僕らは勝った。今はそれだけを考えて下さい」

 

 そう言って彼は肩からトーレの手を離そうとする。しっかりと食い込んだ指は簡単には離れなかったが、それでも彼はゆっくりと一本一本を離してくれる。そして十の指が離れた瞬間、トーレの体は操り糸が切れた様に床に倒れ込んだ。もしかしたらまだ起き上がって来るのではないかと思えるが、その様子はない。

 ようやくフェイトは大きな息を吐きだした。

 自分とてエクストリームブラストのダメージが大きい。全身が痛み、体に収まり切れず噴き出した魔力によって彼女の白い肌にはいくつもの切り傷が生まれていた。

 それでも勝った、なのか、やっと勝った、なのか、もうよく分からない。

 エリオはああ言ってくれるが勝った、という感情が一切湧いてこない。

 むしろ敗者は自分なのではないか。

 自然とエリオの腰に腕を回し、彼の胸に顔を埋める。涙が止まらない。怖くて怖くて堪らない。助けてほしいと懇願し泣きじゃくる。

 エリオはそんなフェイトの頭を抱き、何度も優しく撫で、大丈夫と何度も呟いた。

 

「大丈夫。もう大丈夫ですよ。だからもう、なか……ない、で……」

「エリオ?」

 

 急に力の抜けるエリオの体。顔を上げたフェイトの目の前で彼の体が膝から崩れ落ちた。

 慌てて腕に力を入れると、ぬるりとした感触が掌に満ちる。見れば掌はべっとりとした血に染まっていた。なんて事だ。自分の事で精一杯でエリオの体が自分よりも酷い事に気付かなかった。それでもエリオはフェイトの心を優しく、必死に解きほぐそうとしてくれていたのだ。

 

「エリオ! しっかりしてエリオ!」

「今度こそ彼は限界みたいだね。なかなかそこまでできるものじゃあないよ。これが君達の言う愛の結果かな?」

「……スカリエッティ!!」

 

 エリオを呼びかけるフェイトに向けて、傍若無人な声が響き、彼女は涙を拭って彼を睨みつける。

 そうだ。まだこの男が残っていた。この男を捕まえるまで、まだ終わりじゃない。

 

「満足か? プロジェクトFの失敗作と自分の戦闘機人が戦う所を見て」

「満足だね。予想以上だよ。君達もさることながら、私の娘達も想定以上の力を発揮していた。大いに有意義な時間。素晴らしいショーだったよ」

「ふざけるな!」

 

 魔法陣が広がると同時に放たれたプラズマランサー。いつの間にか光の檻は消え、雷槍が真っ直ぐにスカリエッティに向かって飛ぶ。しかし彼が生み出した力場は飛来する雷槍をことごとく掻き消した。

 AMFの盾か。気付いたフェイトが唇を噛む。ならば直接とバルディッシュを握るも、それを止めたのはスカリエッティ本人。

 

「良いのかい? このままではその少年が危ないのだろう? 一刻も早く治療しなければ命に関わる。君の愛情とやらに応えてくれた命を散らす事が君にできるのかい?」

「この……。だったらその前にお前を捕まえてエリオも助ける!」

「君らしい愚かな判断だ。その直情的な性格はやはり母親譲りと言える」

「何をっ!!」

「本質を見抜けていないという事さ。だから気付かない。視界が狭くなり、それ以外目に入らなくなる」

 

 一体何をと身を乗り出したその刹那だった。フェイトの視界の隅で何かが動き、風切り音が耳に入ってきた。動けない。反射すら起こらない。それが何であるかすら認識できない。

 

「ごふっ!!」

 

 状況を理解できたのはスカリエッティが大量の血を吐いた声を聞いた時。その胸を半月型の刃、最後のブーメランブレードが貫いた光景を目の当たりにした時だった。ほぼ全く同じ状況を見た事がある。それは先日、シュテルのルシフェリオンに腹部を貫かれていたあの時と全く同じシチュエーション。まさかと思う。バラバラだったピースが繋がっていく。プロジェクトF。完全な記憶転写型クローンの存在。逃げ場の無い状況。自ら退路を断ち、フェイトを挑発するような態度。それは全て彼女の目を自分に引きつける為のフェイク。

 自ら命を断ち、別の自分を目覚めさせてそこに逃げ込む為にスカリエッティがとった猿芝居。

 

「ク……ククク……。だから言っただろう? ヒントは十分にあった。気付かなかったのは君の……落ち度、さ」

 

 ふらりとよろめき、彼は玉座に座りこむ。真っ赤な血が玉座を伝わり、床まで流れ出す姿を見てカタカタとフェイトの体が震えている。言っている事は分かる。しかしだからと言って自らの命を断つなんて。いくら自分の命を道具だと言ったって、こんな事許される筈がない。いくらでも代わりがあるとはそういう事なのか。自分が死んでも次のスカリエッティがいるから問題ないと言いたいのか。

 これがプロジェクトFの果て。スカリエッティが辿り着いた答えだと言うのか。

 間違っている。そんな考え、絶対に間違っている。フェイトははっきりとそう思った。

 

「ふ、ふふふふ……。信じられない、という顔をしているね……。これが、私の命の使い所さ。これが、私の答え、さ……。そして、私の命をトリガーにしてゆりかごは再び動き出す」

 

 ドンッ! と大きな揺れが襲いかかってきた。聖王のゆりかご全体が揺れ動き、フェイトはとっさにエリオを抱きしめた。一体何事か。周りを見渡すフェイトを尻目に揺れの中で高笑いをするスカリエッティ。

 

「私は一足先に逝かせてもらうとしようか。悔しかったら足掻いてみたまえ! 君達の力でゆりかごを止めてみると……い、い……」

「スカリエッティ……!」

 

 呪詛の言葉を残しスカリエッティが息絶えた瞬間、その体が破裂し一気に四散した。びちゃびちゃという音と共に飛び散る肉片。あまりにもグロテスクなその光景が逆にショックを与えてくれる。回り回って一周した頭が逆に冷静さを取り戻し、決意の炎は静かに再燃する。今回は後一歩の所で取り逃がしてしまったが、次は必ず捕まえて見せる。

 

「でもその前にここをどう切り抜けるかが勝負、かな」

 

 揺れるゆりかご。スカリエッティが消え、倒れたトーレとセッテ。そして血だらけのエリオを抱きかかえたフェイトの前にガジェットの群れがわらわらと姿を現した。あれは確かガジェット・ビルゴⅡと言う名前だったか。物理干渉まで至る強力なAMFを持つモビルスーツ型ガジェット。

 悔しかったら抗えとスカリエッティは言った。上等だ。お前の思い通りにこれ以上させてなるものか。

 とは言え、現実は非情。魔力も残り少なくなり、満足に戦う事も難しいこの状況であのガジェットからエリオ達を守り切れるだろうか。ジリジリと詰め寄って来るガジェット・ビルゴⅡにバルディッシュを向けたフェイトの顔に冷や汗が流れたその時だった。

 轟音と衝撃。突如として天井が抜ける。瓦礫と共に炎の翼を広げた騎士が舞い踊る。突然の来訪、異なる姿にフェイトは呆気を取られるしかない。なんて無茶苦茶で、強引な登場の仕方だろう。その騎士らしいと言えば騎士らしいと言ってしまえばそれで納得だが、やっぱり無茶苦茶だ。

 しかしそんな事、炎の騎士には関係ない。むしろ眼下に群がるガジェット・ビルゴⅡを見て、僅かに唇を緩ませる程度。それは絶対の自信から来る笑いだ。彼女もガジェット・ビルゴⅡの堅牢さは知っている。しかしそれがどうした。今の『自分達』には雑兵にしかならない。

 

「行けるなアギト」

『マジでやる気か? あーもう知らねぇぞ。やるからにはあたしの炎、使いこなしてみせろよ!』

「当然だ」

 

 騎士に渦巻く炎が剣となる。炎気万丈。彼女達の心をそのまま示したかのように燃え上がる炎の刃。

 さぁ焼き尽くしてくれる。この炎の中で灰塵と化せ。

 

『剣閃烈火!』

「火竜、一閃!!」

 

 剣閃一閃。燎原走火。床を舐める炎は火竜となり瞬く間にフェイトの前を灼熱に染める。如何に堅牢な装甲だろうがこの熱までは防ぐ事ができず、ガジェットが次々と爆散する。まして頭上から降り注ぐ瓦礫もある。あれだけいたガジェットが瞬く間に一掃されてしまった。

 

「し、シグナム?」

「無事か。テスタロッサ」

「ぶ、無事とかそういう問題じゃありません! いきなり天井ブチ抜いてびっくりするじゃないですか! ……助かりましたけど」

「それなら良いではないか。そんなに怒る事はないだろう」

「怒ります! トーレやセッテもいるんですよ!? 巻き込まれたらどうするんですか!」

「……自分達でなんとかするだろう」

「気を失ってるんです! 無理ですってば!」

 

 絶対何も考えてない! とぼけるシグナムにフェイトは頬を膨らませる。当の本人はやれやれうるさいなと視線を合わせない。

 

「何言ったって無駄だよ。あたしだって止めたんだけど聞きやしねぇ。それよりもそいつ、大丈夫なのか?」

 

 シグナムの体から光り、小さな剣精が姿を見せ事でフェイトの疑問が晴れた。あのいつもと異なる姿は彼女がシグナムとユニゾンしていたからだ。その小さな剣精の問いにフェイトは慌ててエリオに視線を戻す。相変わらず息が細い。容体はあまりよろしくない。

 

「待ってな。応急処置だけど回復魔法かけてやっから」

「使えるの!? ならお願い! エリオを助けて! え~っと名前はアギト、だよね?」

 

 そうだ。確か名前はアギト。ファントムペインの一人として資料に乗っていたのを思いだす。その彼女がどうしてシグナムと一緒に行動しているのかと疑問も覚えるが、今は藁にもすがる思い。フェイトは小さな剣精に頭を下げた。アギトはわたわたと慌てたが頷くシグナムに頬を掻くとふわり、フェイトの側によって肩を叩く。

 

「任せろ。フェイト・T・ハラオウン執務管。これでも古代ベルカのユニゾンデバイスだ。騎士のサポートがユニゾンデバイスの勤め。ま、あたしのは若干アレンジ入ってるけどな」

 

 パチンとアギトが指を鳴らすと、煌めく炎がエリオを包んだ。身を焦がすような熱は感じない。その代わり感じるのは心地よい優しい温かさ。エリオを抱くフェイトにもそれは伝わり、傷ついたフェイトも一緒に癒していく。

 

「これは……、凄い。傷と一緒に魔力も回復していく」

「再生の炎。ぶっちゃけティーダの兄ちゃんから教えてもらったのをあたし流に術式を変えさせてもらった。リジェネレートって奴? 回復速度は遅いけど、普通の回復魔法と違って動きながらでも回復するから、シグナムみたいに止まってられない奴らなんかには都合が良いのさ」

「言ってくれるなアギト」

「間違ってないだろ? それに旦那達も黙って動くなって言ったって聞かない奴らだったからな。必然的にこうなっちまったんだよ」

 

 そう言ってアギトは目を伏せた。彼女が誰の事を言っているのかフェイトとシグナムにも理解し、思いだす。外ではまだレン達が戦い、この揺れるゆりかごの中でも戦いは続いているのだ。立ち止まっている時間はあまり無い。

 

「シグナム、キャロは? それにこの揺れも……」

「別行動中だ。事情は追って話す」

「ゆりかごが動きだしたんだ。狙いは十中八九クラナガン。月の魔力を十分に溜めた上にまだアミタは動力炉に繋がってるからね。早くなんとかしないとヤバイよ」

 

 アギトの言葉にフェイトは息を飲んだ。ゆりかごがミッドに行く為にはクロノ達の艦隊を突破する必要がある。しかしゆりかごの力は未知数だ。しかも月の魔力を十分に蓄え、アミタもまだ切り離せたという連絡はない。やはり当初の予定通り管制室を抑えなければゆりかごは止まらないという事か。エリオを抱えて立ち上がる。シグナムもトーレとセッテを担ぐと揃って彼女自身が開けた大穴に目を向けた。あそこから行くのが近道だろう。

 

「アギトは、その、良いの? 私達と一緒に来て」

「構わねぇよ。そもそもこの計画にあたしは乗り気じゃなかったんだ。皆で静かにどっかで暮らせてりゃそれで十分だったんだよ。でも旦那達はそうじゃなかった。旦那達は旦那達の目的と想いがあった。その旦那があたしの事をシグナムに託したんだ。だったらあたしはシグナムに付いていく。管理局に協力すんじゃなく、シグナム個人にあたしは力を貸すんだからな。勘違いしないでくれよ」

「……そっか。うん。それで良いと思うよ」

 

 フェイトが軽く微笑むと、アギトはそっぽを向いてしまった。その心根はきっと優しいのだろう。口ではなんだかんだ言いながらも、フェイトは少女の協力に心から感謝した。

 

「良い子だね。シグナムが気に入るのも分かるかな」

「そうだろう? アギトとのユニゾンは不思議なくらい胸が温かくなる。もうずっと昔から知っている親友の様な、そんな感覚を覚えるよ」

「あー! うるせぇうるせぇ! さっさと行くぞ!!」

 

 聞いていられないとさっさとアギトが飛び出していった。口ではなんと言おうとその背中がシグナムの言葉に喜び、奮えている事を雄弁に物語っている。フェイトもシグナムと笑い合うと天井の大穴目指して体を浮かせた。

 その途中でふと眼下を見やる。シグナムとアギトが放った炎はまだメラメラと燃え盛っていた。魔力で生みだした炎だ。燃やす物を燃やし尽くせば自然に鎮火する。きっと砕け散ったスカリエッティの肉片もこの炎に燃やされる事だろう。

 自身の命。それはたった一つだからこそ誰もが必死に生き、それを力に変えて明日へと目指す。

 完全となったプロジェクトFはそれを根幹から揺るがす物だ。決して許される物ではない。

 止めてみせる。必ず。フェイトは揺らめく炎を瞳に映し、新たな決意と共に先を急ぐのだった。

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