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クロノ率いる次元航行艦隊からの支援砲撃を受け、レギナは急速に数を減らしていた。そして勝負はSpiritsとファントムペインによるモビルスーツの一騎打ちへなだれ込んでいる。
そしてその中でも彼らの激突はもう何度目だろうか。
レンとキール。ハルファスベーゼとバルバトス・ミラージュ。二人と二機の衝突はジェネレーションシステム衛星上へと舞台を移していた。
月の軌道から外れていく聖王のゆりかごの姿はレンにも視認する事ができている。
舌打ちするしかない。いくら聖王のゆりかごでもその延長線上、クロノ率いる次元航行艦隊が搭載したアルカンシェルに抗う術はないはず。だがクロノは撃つ事ができない。できるはずがない。
ゆりかごにはまだなのはやフェイト。機動六課の面々が残っているのだ。
決死の突入が完全に裏目になっている。
追いかけなくてはならない。だがバルバトス・ミラージュを。キール・アルドを振り切れない。
少しでも隙が欲しいと振るビームサイズもバルバトス・ミラージュのガンブレイドが受け止める。ならばとビームダガーで切りつけても回避されてしまう。機体の重さに舌打ちを鳴らすレン。バルバトスから放たれる強烈なプレッシャーが烈風、疾風となって正面から吹き付けられているような感覚がレンとハルファスの動きを鈍らせていた。
ズキズキと頭が痛む。しかも悪い事にそれに引っ張られている自分もいる。意図せずに引き出されるレンの感応力に体はさっきから悲鳴を上げっぱなしだ。なんとかしなければと気持ちだけが焦り、それが自身の隙となった。襲いかかるガンブレイドの刃。咄嗟のビームダガーで受けたのも束の間、激しい蹴りにレンとキリエが悲鳴を上げる。吹き飛んだ先、迫る衛星表面にレンはレバーを押しだし逆噴射。ギリギリの所で墜落を回避するも、見上げた先でバルバトスが孔雀の羽を広げていた。
『お前さえ、お前さえいなければ、俺はぁぁぁぁっ!!』
「俺だって好きでこんな運命背負ってんじゃねぇよ!」
降り注ぐ流星から逃げるハルファスベーゼ。連鎖的に起こる爆発を背にレンは全速力で機体を飛ばす。
キールの抱えた闇。ブラッドとの戦闘でさらけ出されたそれはレン達の耳にも届いていた。
如何なる物も拒絶する氷と炎。レヴィが見た物と同じ光景はレンにもしっかりと見えている。
けれどもレヴィはそれすらも受け入れようとしていた。歩み寄り分かり合おうとしていた。
自然に口元が歪む。敵わないなと心の底から思う。
あの炎を見てどうして彼女は涙を流せたのだろう。どうして憎しみの炎の中に悲しみの氷塊を感じ取れる事ができたのだろう。レヴィの件がなければ、レンだけではそこまで辿りつけたか自分でも怪しいと思ってしまう。しかし妙に納得もできていた。レヴィは優しく感受性の強い少女だ。その力を発現させるのは必然だったのかもしれない。
これが本物と紛い物の差か。
そう思った瞬間、アラートが鳴り響く。目の向けるとビルの様に立ち並ぶ機械の建築物から無数のレギナが姿を見せ、四方から銃口を向けてきた。しかし瞬時に伸びるフェザースクゥィーズが四方を囲むレギナを貫く。すかさずビームサイズを手に機体を回転。流れるように紫の光刃がレギナを切り捨てた。
その爆発に紛れて建物の影にハルファスベーゼを潜り込ませると機体を預け、レンはひとまずの息を吐きだす。痛みは収まらない。表情を歪めるレンの隣に姿を見せたキリエが案じる様に問いかける。
「大丈夫?」
「ああ。でもすげぇプレッシャーだよ。あいつ、こんなのずっと胸の奥に隠してきたんだな」
「でもなんかおかしいわよ。いくら溜めこんでいたって言ってもあんなの尋常じゃないわ。もう! どうしちゃったのよあの馬鹿キール! そんなに溜めこむ前に少しでも誰かに相談するなりすれば良かったじゃない! そうじゃなきゃ、いつもみたいにレンに突っかかってくれば良かったのよ!」
「おいおい突っかかれる俺の身にもなってくれよ。……でもまぁ、そうだよな。そうだったんだよな」
「レン?」
そう言うなりレンは言葉を切った。ハルファスベーゼのチェックをしながら黙りこむレンにキリエも声がかけにくい。ほんの少しだけ沈黙が二人を包んだ。
「……ねぇキリエ。俺がさ、なんで自分の事を感応力者だって言い張るか分かる?」
「何よ突然。止めてよね。そういうの縁起でもないんだから」
「まぁまぁ。ちょっとだけだからさ」
声をかけられたかと思えば質問の意味がまるで分からない。頬を膨らませるキリエだったが、そう言いつつもその問いに頭を巡らせる。そう言えば確かにレンは一度も自分の事をニュータイプと言った事はない。あくまで感応力者だと言い続けてきた。けれどその理由なんて分かるはずもない。キリエは感応力者ではないのだ。他人の心なんて読めるはずもない。たとえそれが最も愛しい相手の心であったとしても無理なものは無理。首を傾げる彼女をちらり横目で見てレンは軽く頬を緩ませる。
「分からないよね。でもそれで正解なんだよ。相手が何を考えているかなんて本当なら分からないモンなんだ。だから人はそれを言葉で伝える。何を伝えるか自分で考えて、言葉を選んで、それを相手に伝える」
「でもニュータイプやイノベイターは言葉を介さなくても分かり合う事ができるんでしょ?」
「それはちょっと語弊があるかな。確かに言葉を使わなくてもある程度の意思疎通はできるかもしれない。でもそれは心の表層部分を感じ取っているだけだと俺は思ってる。大事なのはそのもっと先。それを感じた本人がもっと相手を知ろうと、それを受け入れなければ話は進まない」
「その人の心に踏み込むかどうかは本人次第って事?」
「そう。知ろうとするかしないかの判断は本人が決める事だ。でもそれでも限度がある。無差別に受け入れる事なんて人間はできない。自我という安全装置が働くからね。それでもなお、自我を捨て、全てを受け入れる事ができたとしたら。……それはもう人間じゃない。自我を超越してしまったものを人間とは呼べないんだよっと!!」
「きゃっ!?」
突然ハルファスベーゼを動かしたレンにキリエが悲鳴を上げた。寄りかからせた建築物を突き破りバルバトス・ミラージュが姿を見せている。振り向き様に唸るビームサイズだがその柄を握られ振り抜く事ができない。むしろ顔面を掴まれメキメキと音を立てて軋む。
このままでは握り潰されてしまう。もがきながら突き出した蹴りで無理矢理顔面から手を離させた。しかしビームサイズを握る手は離してくれない。再び引き寄せられると、その反動を使いバルバトス・ミラージュはレンとキリエを力任せに地面に叩きつける。二人が苦悶の声が響く。
痛む頭を振りながら、レンはなんとか機体を起こした。さっきまで自分達が寄りかかっていた建築物が音を立てて崩れていく。
「思い返してみるとさ! 俺はキリエと会う前に多くのニュータイプや特別な力を持つ存在を見てきたけれど、その領域に入れた人はほとんどいない。入れたとしてもほんの一瞬だけ!」
「まだ続いてたの!? いいから目の前に集中して!」
「大事な事なんだ!」
突然声を荒げたレンにキリエが身を竦ませる。
ごめん、と一言呟いてレンはハルファスベーゼを動かす。
ビームサイズが建物を切り裂いた。しかしバルバトスは既に頭上。銃弾の雨が降り注ぐ。咄嗟に展開した魔力障壁でその銃弾を弾き、着地をフェザースクゥィーズで狙う。今度はバルバトスが羽の刺突の雨に晒され、追い打ちにクロスメガビームキャノン速射モード。計八門の砲台が火を噴いた。
「どんなニュータイプも、どんなイノベイターも、全ての力を持つ者がその領域に簡単には入れない。結局人間は言葉を交わす事から始めなきゃ駄目なんだ。ねぇキリエ。君にも知っておいてほしい。俺は自発的に生まれた感応力者じゃない。どっちかって言えば強化人間に近い部類なんだ。宇宙に適応したわけでもなく、ナイトロに引っ張られて後天的に感応力を手に入れた紛い物さ」
爆炎の中からバルバトス・ミラージュが飛び出す。至近距離からの連射から逃げるようにハルファスベーゼが動きフェザースクゥィーズを伸ばす。
「でもそんな紛い物だからこそ俺は最初の一歩を大事にしなくちゃいけない! それこそ君が言った事そのまんまさ! 俺はキールの声を聞かなきゃいけない。まずはあいつと言葉を交わす事から始めなきゃ駄目だったんだ!!」
近づけまいと乱射される光弾の中、遂にビームサイズがバルバトスの右足を切り飛ばす。しかしキールも器用に体勢を立て直し、片足で振り抜く蹴りをハルファスに叩き込む。倒れたハルファスにマウントを取り顔面に突き付ける銃口。咄嗟にレンはバーニアを噴出し力技でそのマウントから抜けだすと、バルバトスの頭部を掴み一気に引き寄せた。轟音と共に二機に走る衝撃。頭突きに大きく揺らいだ二機だが先にハルファスが動く。再びバルバトスの頭部を掴むと、今度はレンが地面に叩きつけた。
『畜生! お前の存在が俺をこんなに苛立たせる! お前と俺の何が違うってんだ! どうしてお前なんだ! どうして俺じゃないんだ!!』
「!! レン、これって……」
スピーカーから聞こえてくるキールの声に顔を上げるキリエ。
レンの口元がニヤリと笑う。
「意味が分かんねぇ!! 何が俺を選んでお前を選ばなかったのかさっぱり分からねぇ!」
『分からねぇのか!? だったら言ってやる。どうしてシステムはニューロ・レンなんてもんを生みだした! 俺達が居なくなった世界でどうしてシステムは『お前』のニューロを生みだした! そいつはお前が世界に選ばれた証拠だ。マークさんでも、ティーダさんでも、俺でもない。他でもないお前が選ばれたんだ!』
そんなモン、俺だって何でか知りてぇよと言いそうになるレンだがここはぐっと堪える。正直それでえらい目にあったのだ。悪い事だけではなかったが、決して良い事ではなかったと胸を張って言えてしまう。
そんなレンの心も今のキールには見えていないだろう。尚も彼は声を張り上げた。
『どいつもこいつも最後にはレン、レンだ! 俺じゃなくお前の名前を最後に出すんだよ! 艦長も、セリカさんも、マークさんも。挙句の果てにはアプロディアやジェネレーションシステムも! 何よりも許せないのはなレン。アミタですら俺じゃなくお前を選んだ事だ!!』
キールの抱えた心の炎が噴き出しレンをたちまち飲み込んだ。幻だと分かっていても、それは実体を持ってレンの体を焼きつくそうとする。憎しみを糧に強まるキールの感応力と強制的に引きずり出されるレンの感応力が共鳴し、実体を伴った現象として具現化している。無理矢理入り込んでくるキールの心にレンはたまらず叫んだ。多くのニュータイプ達はこんなものを正面から受け入れ、理解し、その上で戦う事を選んだというのか。なんて強い人達なのだろうとレンは思う。本当に心から尊敬する。普通なら目を背けたくなるくらい強烈なプラッシャーだ。
だがここで背く事は許されない。最初の一歩を踏み出した以上レンは聞かなければいけない。無視なんてできない。してはいけない。
レンの意思を察したのか、キリエが嫌々と懇願するように見つめていた。しかしその頭を何も言わずに一撫でしてレンは微笑み、声を大にして叫ぶ。
「アミタが俺を選んだってどういう事だ! 良いから全部吐き出してみろ。いい加減覚悟を決めたぞ俺は! お前のその感情の根源、俺に見せてみろ!! 全部受け切ってやる!!」
「駄目よレン! これ以上の感応力は危険だわ!」
それでもやるしかない。相手が本当は何を考えているのか分からない。それが人間だ。その人間が意思を理解する最初の一歩が言葉を交わす事であるのならば、ここから先は更なる一歩が必要だ。感応力は本来その為の力。確かに本物には遠く及ばないかもしれない。だがそれを増幅してくれる力をレンは託されている。人と人の意思を繋げる為の力は何も感応力だけではない。
「さぁハルファス! お前が得たその力でもっと俺にキールの声を聞かせてくれ!!」
レンの叫びに呼応したのはハルファスベーゼの身から吹き出す蒼い炎。
少なくともキリエにはそう見えた。
蒼炎に見えるのはGN粒子。かつてはダブルオークアンタに。今はハルファスベーゼのメインエンジンに据えられたGNドライヴが唸りを上げているのだ。外部に放出される事のないGN粒子は直接エネルギーに変換され、機体の隅々にまで行き渡っている。その粒子がエネルギー変換しきれずに関節部や装甲の下から噴き出している。それだけではない。レンの胸元には輝くリンカーコア。GN粒子が彼の魔力に反応し、まるでデルタカイの、ナイトロを思わせる蒼炎となって燃え上がっていたのだ。
確かにGNドライヴ単体ではダブルオーライザーやクアンタの様な高濃度粒子領域を生みだす事は不可能だ。しかし脳波に干渉する特性はGN粒子が本来持っているもの。もしかしたらレンの感応力を補助してくれるかもしれない。
……いや、それでも駄目だ。キリエは頭を振って淡い期待を振り払った。それでも危険過ぎる。帰ってこれなくなるかもしれない。そうなる前に止めなければ。
たとえそれがキールを取り戻す手段を失う事になったとしても。
キリエはそう判断し、再びハルファスのコントロールを奪おうとした。しかしできない。以前の様にレンがキリエをコントロールから切り離したわけでもないのに、キリエの命令をシステムが受け付けない。
ハルファスベーゼ自体が命令を拒否している。キリエの顔がさぁっと青くなる。
「ハルファス! あんたレンを壊す気なの!?」
ハルファスベーゼは答えない。“彼”が従っているのは躁主、レン・アマミヤだけ。
炎は猛る、燃え盛る。光が目の前で一気に爆発する。
不思議と眩しくない。熱も感じない。その光の粒一つ一つがキールの心で、レンにとっては彼を知る情報源。その光と炎は教えてくれる。脳裏にはっきりとヴィジョンが広がった。
両親の死。対面する幼きレン。その瞬間から始まるキールの記憶。負けたくない。確かにレンは父親を失くしているがセリカがいる。そんな奴に負けてたまるかと湧き上がる対抗心。しかしそれも時が経ち、成長していくにつれて理性が蓋をする。だが決して消える事はない。底火の様にいつまでも、燃え上がるのは今か今かと待ち望んでいる。
その蓋を開いたのは裏切りのコード。システム内でレンと戦った時、確かにキールはその蓋を開けていた。だがレンが消え、再び蓋は閉じられたかに見えたが、一度開いた蓋が完全に閉まる事はない。
姿を見せたレンがハルファスに乗りバルバトスと戦う姿を見た時、キールは安堵を覚えた。しかし同時に嫉妬もした。何故あいつが選ばれたのだ。あの時自分が消えていれば、あのモビルスーツに乗っていたのは自分ではなかったのか。
全てが終わり、システム中枢部の爆発に飲まれながらキールは願う。力が欲しい。レンよりも力が欲しいと心の底から願う。蓋から這い出てきた闇が囁く。力が欲しいならくれてやる。だがその一方で光が声を上げる。駄目。闇に飲まれないで。その闇は私が持っていく。
四年の月日が流れ、再会したレンは昔のままだった。自分が受けた境遇を奴は知らない。四年前と変わらない調子で会話をしてみても、心の奥底ではレンに嫉妬を覚えていた。どうしてお前がそこにいる。自分はレリックを集めるテロリストで、お前は世界を守る管理局の一員。自分は世間から疎まれる存在で、お前は世間から必要とされる存在。ほんの些細な違いで立場は逆転していただろうに、そのほんの些細な違いが立ち位置を変えてしまった。
それでもまだ蓋は開き切らない。まだ理性の蓋は闇を抑えつけている。だからヴィヴィオを助けようとした。アミタの声が取り戻せるかもしれないという淡い期待を全て投げ打ってまで。
けれども同時にキールは思う。
あれは本当にヴィヴィオを助ける為に選択した事だったのだろうか。
本当は逃げ出したかったのではないか。テロリストである事から。人に後ろ指を指される事から。
自分も誰かを守るという錯覚を得たかっただけではないのか。
そんな彼にレンが声を上げる。
甘ったれるな。安っぽい同情はしたくない。間違っていると思うからぶん殴ってでも全力で止める。
それが親友としてできる事だから。
その言葉に救われた気分だった。どれだけ妬ましく憎く思ってもやっぱりレンは親友なんだとキールも思った。
しかし。
「GNドライヴをレンとキリエに託しましょう」
彼女の一言が全てを壊す。
あの時クアンタが見せた高濃度圧縮粒子下で、久しぶりに聞いた彼女の声はキールにとって喜ばしい物ではなかった。確かにシステムの機体であるハルファスならばあの次元の扉を閉じる事ができるだろう。
だがそれはあくまでハルファスの力であってレンの力ではないはずだ。そもそもあの機体に乗っていたのは自分だったかもしれない。どうして自分じゃない。どうして自分はレンの様に力を持てない。
レンとキリエに全てを託そうとする彼女はキールを見ていなかった。それが悔しくて、情けなくて、遂に理性の蓋が弾け飛ぶ。
闇がニタリと笑った。
「この大馬鹿野郎!!」
我慢できなくなったレンの拳がキールの頬を容赦なく殴り飛ばしていた。
光の中、キールの根源で向き合う二人。レンは怒りを隠そうとしない。が、むくりと体を起こしたキールは片膝をつき、自虐的に笑うだけに留まる。
「返す言葉もねぇ。俺は大馬鹿だよ。アミタの声を奪ったのは他でもない俺なんだ。アミタは俺の闇を引き受けてくれたんだって今更知っちまった。それにアミタがあの時ドライヴをお前に託したのだって状況的に考えれば当然だってのは分かってる。でもな、それでも俺を選んでほしかった! 誰も俺を選ばなくても好きになった女だけは俺を選んで欲しかった!!」
「だから何か? お前は自分からアミタを手放して聖王のゆりかごの動力にしたってのか!? ふざけんなよオイ。だとしたらお前はどうしようもなく救いようがねぇ馬鹿だぞ!!」
「違う。あいつは自分から動力になる事を選んだんだ。大方俺に愛想が尽きたんだろうよ。だから俺から離れて……」
「だから何でそうなるんだよ! それでもどうしてアミタを止めなかったんだ!」
いじけるキールの胸倉を掴みあげる。目は逸らさせない。溢れんばかりの怒りを瞳に込めてキールを睨みつけている。
だったらどうしろと言うのだ。レンの胸倉を掴み返すキールの目にだんだんと力が入って来る。
しかしレンは構わず一気にまくしたてる。
「俺が許せないならそれでも良い。妬んでくれたった構わない。ああそうさ認めてやるよ。お前の方がセンスも技術も上さ。そんなお前を俺だって羨ましがったり、妬んだりしたり、力が欲しいなんて何度思ったか分からねぇ。でもそいつを隠しておかなくたって良かったんだ! そんなもんは誰だって大なり小なり思う事でお前だけの事じゃねぇんだよ! だがそれ以上にアミタを止めなかったのが俺には我慢できねぇ。別にアミタから直接愛想が尽きたとか言われたわけじゃねぇんだろ? お前の闇を背負って声を失くしたような女が、お前から離れて自分から動力になったんだとしたら、何かもっと理由があるんじゃないのか? それを確かめようともせず、終いにゃブラッドに図星を突かれて逆ギレみたいな感じになりやがる。ふざけんじゃねぇぞ。周りの所為にして卑屈になる前にやるべき事があんだろうが!」
「あぁん!? お前、それでアミタが本当に俺を見限っていたらどうすんだよ!!」
「もっかい振り向かせる努力をしろよ! 本当にアミタが欲しいと思ってんならそれくらいの事をして当然だろうが!!」
互いに額を擦り合わせ、唸る様な声を出す二人。その光景は幼き頃から続く『いつもの』二人に他ならない。その事に気付いたキールはなんだか無性に懐かしく、また同時に心が沸きたってくる感情に心地よさも感じていた。
嫉妬の炎でも、自らを閉じ込める氷でもない。もっと別の熱がこんこんと湧き上がって来る。
一緒に笑いも込みあげてきた。堪らず吹き出すとそれにつられてレンも吹き出した。
最初は小さく、だがだんだんと大きく。光の中で大の男が二人腹を抱えて笑っている。
悪くない。とても久しい感覚だ。そう、確かに自分はレンに嫉妬していた。しかしこうやって笑い合う事を楽しんでいたのも事実なのだ。そうやって今まで高め合ってきたのだ。
ああなんだ。こんな簡単な事だったんだ。
認めさせれば良い。世界がレンを選んだというならばその世界に。皆が最後にレンの名前を言うのならば自分の名前を言わせるように。
そしてアミタにも言わなければ。自分を見ていろと。お前に相応しい男になるから目を離すなと。
キールは改めてレンを見る。悔しいが認めてやる。その事に気付かせるお前はやっぱり俺の親友だ。
「……負けねぇぞ」
「ドンと来いだ。俺だってお前に負けてやらねぇ」
拳を突き合わせる二人。その顔は無邪気な子供のそれだった。
2
GN粒子の生み出す蒼炎がハルファスベーゼとバルバトス・ミラージュを包み込んでいる様にガンダムベルフェゴールから注がれる冷たい視線。
ゾディアック・シンルー。SpiritsのNo.3だった男である。
ハルファスベーゼが生み出す蒼炎によって清められ、バルバトス・ミラージュは本来の姿へと戻ろうとしている。浄化されているとでも言おうか。その様に彼は溜息を零した。
所詮その程度か。正直落胆、幻滅だ。キール・アルドの抱える憎悪、嫉妬。それは実に好ましい物だった。他者よりも上でありたい。誰よりも強くありたい。自分こそが特別でいたい。人であればそれくらいの欲望は持って当然。己の欲望に忠実であろうとする事に何を恥じる必要があろうか。
だが人はそれを理性で抑えこもうとする。それはいけない事だと心が無意識にブレーキをかける。
だったらそれを取り払ってしまえば良い。だからゾディアックは本来自分に与えられるはずだった力をキールに与えた。理性の壁を壊し、感応力を増大させるオリジンジェネレーション・メモリーを。
だが結果はこの在り様。レンとハルファスベーゼの蒼炎に浄化されてキールは憎悪の炎を、自らの闇に再び理性の蓋をしようとしている。とんだ見込み違いだ。故にその程度。所詮はその程度で鎮まるだけの憎悪と嫉妬であったと言う事でしかない。
そう言えばホテル・アグスタで見たティーダの妹もそうだった。あの時は実に惜しい事をしたと今でも思う。彼女も堕ちる素質は十分にあったのに。だからゾディアックは手を伸ばし、甘い誘惑を彼女に囁いたのだ。
自らが犯した罪を救ってあげよう。君が望む力を与えてあげようと。
結局あれも失敗してしまった。なかなか上手くいかないものであると彼は肩を竦める。
「面白くありませんねぇ。えぇ。本当に面白くない」
ゆらり機体を動かす。ガンダムベルフェゴールの脇を光の砲撃がすり抜けて行った。高速で接近するハイペリオンが見える。ストライククローを伸ばしビーム砲で応戦。だがハイペリオンは先の砲撃、フォルファントリーからアルミューレ・リュミエールを展開。光の壁がそれを阻止している。
『投降しなさいゾディ! これ以上罪を重ねないで!!』
チッと盛大に舌打ちしながらストライククローを伸ばす。ハイペリオンの接近武装はビームナイフ。通常のビームサーベルよりも刃渡りが短い為にリーチで負ける事はない。だがマリアはストライククローが機体を掴む前にいなすと、ザスタバ・スティグマトを連射。無数の弾丸がベルフェゴールに襲いかかる。
ほぅ。着弾の光と衝撃に目を細ませながらゾディアックは感心した。マリアはそもそも副館長だ。Spiritsの準戦闘要員ではあるが、技量としては正規パイロットに及ばない。先のストライククローも一撃でハイペリオンを掴み潰す絶好のタイミングだったのだが、彼女はそれを捌いて見せた。それはこの四年でパイロットとしての技量が上がっているという事。いや、それだけではないか。マリアにはアプロディアもついている。彼女の補助が上乗せしているに違いない。
成程。確かに強くなっている。だがまだまだ甘い。
ガクンと動きを止めたハイペリオンにマリアとアプロディアは目を見開く。ベルフェゴールの足から伸びるアトミックシザースがガッチリとハイペリオンの足を掴んでいたのだ。動きのタイミングを合わせられた? あの銃撃の中で? ゾクッとマリアの背筋が凍りつく。すでにハイペリオンの頭部と銃を持つ右腕がストライククローに掴まれていた。
「投降? 投降してあのモルモットの日々に戻れと言うのですか?」
『そんな事させない! 私達が絶対にそんな事させたりしないから!!』
「口だけなら何とでも言えますね!」
グシャッと音を立ててアトミックシザースによって潰されるハイペリオンの両足。爆発の衝撃にマリアとアプロディアの悲鳴が木霊した。
「マリア、貴方に非がある訳ではありません。知らないのだから当然ですよ。良かったですね。貴方は本当に運が良い。でもね、その代わり僕らはいっそ殺してくれと思うほどの苦痛と屈辱を何度も味わったんですよ。それを忘れて管理局に投降なんてできもしないし、やろうとも思わない。少なくとも僕は、ね」
今度は右腕が潰された。残るは頭部のみ。
ゾディアックの言う事も分かる。マリアは彼の言葉を聞きながら唇をきつく噛んだ。以前同じ様な事をキールがレンに語っている。スカリエッティが見せた映像もそれはそれは酷い物だった。彼がそう思うのも無理はないかもしれない。
それでもかつての仲間だ。止めたいと思うのが当然だろう。
だがゾディアックはもうそうは思っていない。止めて欲しいとも思わない。だからトリガーを引く。
ストライククローから伸びたビームサーベルがハイペリオンの頭部を貫いた。
ゆっくりとベルフェゴールから離れていくハイペリオンの中でマリアは涙を流す。
自分の言葉はもう彼に届かない。口では仲間だと言っても彼の言う屈辱の日々を知らないマリアでは、どう逆立ちしてもゾディアックを動かす事ができない。なんて無力だ。サブモニターには悪魔の顎を開くベルフェゴールの姿が映っている。ソニックスマッシュ砲の発射体勢だ。
「マリア。これはかつての仲間としての忠告です。僕を止めたいのならば言葉でなく行動で示しなさい。まだハイペリオンには武器があるでしょう? それが僕を止める唯一の手です」
『できるはずないでしょ! 貴方は私の仲間! Spiritsの副艦長として仲間を止める為に私はこのハイペリオンに乗っているの!!』
「だったらその責務を果たしなさい。反逆者を始末するのも副艦長としての役割ですよ。それができないと言うのであればここで宇宙の藻屑になるだけです!!」
『マリア!!』
我慢できなくなったアプロディアが声を上げた。だがマリアも分かっているのだ。もうこれしか手は残っていないと。トリガーに添えられた指は今も震えている。それでもまだ僅かな希望が頭から離れない。
その間にもソニックスマッシュ砲のエネルギーチャージが完了する。
あれを受ければ今のハイペリオンではひとたまりもないだろう。
死がそこまで迫っている。嫌だ。死にたくない。でもゾディアックを撃つ事は……。
死を拒否する本能。仲間を救いたいと思う理性。
その狭間で遂にマリアの頭の中は真っ白になり、目の前が赤の閃光に包まれた。
「うっ……。うぅっ……」
『マリア……』
『泣く事はありません。貴方は貴方のするべき事をした。そう……。僕が望んだ通り、心のままに貴方は動いた。それで良いんです……』
コックピットの中で嗚咽を上げるマリア。聞こえてくるのは今にも途切れそうなゾディアックの声。
そう。マリアとアプロディアは生き残っていた。あの瞬間、真っ白になったマリアは無我夢中でハイペリオンを動かしていたのである。咄嗟に動いたハイペリオンはソニックスマッシュ砲を避け、アルミューレ・リュミエール・ランサーを起動。そのままベルフェゴールを貫いていたのだ。
『貴方がやらなくてもアプロディアが同じ事をしていた。……そうですね?』
『はい……。私もマリアもここで落ちる事はできませんから。もしもの時はコントロールを奪ってでも、ゾディアック。貴方を撃つつもりでした』
『だ、そうですよ』
「でもゾディ! 私は!!」
納得なんかできるはずがない。あの本能と理性の天秤がちょっと本能に揺れただけなのだ。それが結果として仲間を失う事になってしまう。それがマリアには重い。
たとえ罪を持っていたとしても、それでも助けたかった。戻ってきてほしかった。なのにそれを砕いたのは自分自身なんて。
『僕は満足ですよ……。いい加減生きる事に飽き飽きしていたんです。生きて行くには人の嫌な部分を見過ぎました。策を講じて誰か道連れにしてやろうともしましたが、人はそう簡単に堕ちてもくれませんでした。もう良いんですよ。全てがどうでもよくなってしまいましたから』
「そんな自殺願望聞きたくない!」
マリアの絶叫が響く。
ハイペリオンから少し離れた場所にベルフェゴールの上半身が漂っている。その中でゾディアックも半身を失い、辺りは血に染まっていた。
自殺願望? 確かにそうかもしれない。本当に全てがどうでも良くなっていた。だからこれで良い。これでやっと楽になれる。
なのに。それなのに何で自分は涙を流しているのだろう。
死ぬ間際、何故昔の事ばかり思い出すのだろう。Spiritsにいた頃の遠い思い出。辛い事もあったが、それ以上に仲間と笑いあえていた日々。
「ああそうか。そんな簡単な事だったんだ」
結局、自分も堕ち切れてはいなかったのだ。
ただ昔に戻りたかっただけ。あの頃に戻りたかっただけなのだ。
気付くのが遅すぎましたね。
その思いと共に瞳を閉じると、光がゾディアックの体を包み込んだ。
そしてその光にマリアは手を伸ばす。届かないと分かっていても手を伸ばす。
だが光は次第に小さくなり、その場所にはただ残骸が浮かぶだけ。
それがSpiritsのNo.3。ゾディアック・シンルーの墓標となった。