魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第67話 覚悟のカタチ

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 ピッと短い音を立ててモニターから光る点が一つ消えた。

 無機質に、ただの情報としてのみ送られてきたそれにマークとラナロウは一瞬だけ目を背けたものの、すぐに目の前に集中し直す。仲間の死。それについて何も思わないわけではない。しかし数多の戦場を駆けた二人にとって、それは日常として何度も経験してきた事。割り切っている、とまでは言わないがその感情を抑えこむくらいの事はできなくてはいけない。悲しむのも怒りをぶちまけるのも全てが終わってから。でないと次の瞬間それは我が身であるかもしれないのだ。

 分かって進んだ道だ。マスターフェニックスがクロスバインダーソードを一刀にした。

 知りながらも突き進んだ道だ。ブルデュエルがビームサーベルを抜き放つ。

 だから今はかつての仲間であり友が敵であっても、ここで剣を引く事はできない。

 決着をつけよう。もう戻れないのであれば。

 ゆっくりと間合いを詰めながら相手の出方を窺う。お互い実力はとうの昔に把握済み。故に下手な小細工などは無意味だ。だからと言って無闇に攻めるもまた愚行。やるならば一撃決着。そしてその瞬間は訪れた。

 踏み抜くペダルに二機のブースターが吹き出す炎に飛び出した二機は初速からトップギア。赤と青の尾を引く彗星が正面からぶつかろうとした正にその時である。

 

 

 

『ふっっっざけんじゃないわよッ!!』

 

 

 

 突然の怒声がコックピットに響き渡った。そのあまりにも突然の声が奇しくも二機の衝突を回避させる。

 すれ違い、旋回した二機が向けた視線の先には大破したハイペリオンが漂っていた。

 声はそこから聞こえてくる。

 

『もういい加減にして! どいつもこいつも自分の事ばっかりでうんざりだわ! そうよ。その通りよ。私はアンタ達が受けた事なんて記録でしか知らないし、運が良かったなんて言葉じゃ足りないくらいだって分かってる! でもだからって何? 生きる事に飽き飽きして死ねる事に満足? 何よそれ。悲劇のヒーローぶって全部分かった気でいるんじゃないわ。アンタだって私達の何を知ってるってのよ! 人の嫌な面なんて私達だって見飽きてるわ。次元漂流者ってだけで白い目で見られたり、やっかみ嫌がらせなんてしょっちゅう! 良いように使われて、休む間もなく大規模な戦場を転々とさせられた事なんて数え切れないっての。それでも私達は歯を食いしばってきたのは全部、全部全部アンタ達を見つける為よ! なのに一人で全部諦めて満足して、言いたい事言って勝手に逝ってもぅ……ゾディのバカ――――ッ!!』

『マ、マリア。色々ぶっちゃけ過ぎです』

『だって……、だってだってアプロディアもそう思わない!?』

『それは確かに勝手だとは思いますけれども……』

『でしょ!? アプロディアだってそう思うでしょ!? あいつな~んにも分かってない! そもそもそんなに大変で死ぬくらい追い詰められた癖に今まで生きてこれたのは何故? 誰かがアイツを、アイツらを助けたからでしょ? それは人の嫌な面? 違うでしょ? 私はね、アプロディア。そういうのに気付いてる癖に気付いてないフリをして、勝手に色々見切ったゾディが許せない。そんなゾディを止められなかった私がもっと許せない!!』

 

 愚痴。最早完全な愚痴だった。ゾディアックを逝かせてしまった事でマリアの中で溜まりに溜まった物が一気に爆発してしまったのだろう。一気にまくしたてる声と一緒に機材を叩く音が聞こえる。よほどの悔しさに普段のマリアの影も見られない。そしてそれを止めようとしているアプロディアの声も珍しくとても焦って聞こえる。

 オープンチャンネルだという事すら忘れてしまっているに違いない。マークとラナロウは機体越しに視線を合わせると、同時に深く重い溜息を吐きだした。

 

「……なんつーか白けちまったな」

『ああ。ってかお前らも大変だったんだってのがよく分かるわ……』

「まぁそれなりに。ただアイツの場合それが人一倍だったって事さ。主に管理局上層部と交渉してたのはマリアだからな。ま、ウチの部隊長の補佐官でもあるわけだし、そりゃ色々あるだろうよ」

 

 マリアの苦労を知らないマークではないから、彼女が今吐いている愚痴に最早ツッコむ気すらない。

 おかげで決着をつけようと躍起になっていた頭が冷えてきた。どうやらいつの間にか、ラナロウを止める事は倒す事であると思い込んでいたらしい。

 障害になっているのは確かだ。だからと言って倒す事が全てなのか。

否。違う。そんな事はないはずだ。

 ここはあの戦場ではない。違う世界なのだ。だったら別の道を模索したって良いじゃないか。

 衛星上で渦巻くGN粒子の渦を横目で見る。あれはレンがキールと対話をしている証。あいつは知ろうとしている。戦うだけじゃないんだって証明しようとしている。

 

「だったら先輩である俺が負けるわけにはいかないよなぁ。そうだろ? ラナロウ」

『は? この期に及んで対話ってか? 随分と甘い事で』

「ああ甘い。昔の俺だったらこうはいかなかっただろうよ。けどな、マリアが言ってる事は概ね正しい。俺達が管理局に身を置いた理由の原点はお前らを探す事だ。俺はそれを失念していた。それを思いだした今、ここで俺がするべきなのはお前の本音を聞く事だ。なぁラナロウ。お前は何でスカリエッティに加担する? この騒動がどんな影響を及ぼすか分からないお前じゃないはずだ」

 

 マスターフェニックスからマークの敵意はもう微塵も出ていない。感応力を持っていなくてもそれくらいラナロウにだって分かる。だが今、ここでそれを聞くか? そしてそれを自分が答えるとでも?

 ブルデュエルがビームサーベルを向けた。だがマスターフェニックスは構えない。

 正気か? まさか本当に自分と対話しようとしているのか?

 引き金に指を添える。ちらりと視線は遠ざかるゆりかごの方を向く。ゆりかごが向かう先には時空管理局の次元航行艦。この一大事に向けて管理局が用意した防衛ラインだ。そしてこの有事に際し、地上と海が手を結んで事に当たっているという事はラナロウの耳にも入っている。

 

『……潮時ってことか』

 

 そう呟いたラナロウの声が聞こえてきた。そしてブルデュエルが剣を下げる。その仕草にマークもほっと胸を撫で下ろした。しかし潮時とは? 尋ねるマークにラナロウはそのままの意味だと答える。

 

『マーク。俺達が地上本部襲撃をした時の事をどれだけ知ってる?』

「正直記録くらいでしか知らん。俺はギリギリまで眠ってたんだからな。目覚めてみれば六課が襲撃されていた。だから直接は何も知らないと言っても良いかもな」

『そうか。あの時ティーダは管理局全体に問いを投げかけた。最高評議会と言う闇を知ってなお、お前達に戦う意思があるかと。お前達が願った法と秩序とは一体何なのかと。投げかけた、問いかけた以上俺達はその答えを確かめなければならない』

「自分達が脅威になって、管理局を試したのか」

『それが問いかけた者の責任だ。他の奴らはそれだけじゃなかったが、少なくても俺とティーダはそのつもりだった』

「ならその目的は達成されたと見て良いんだな?」

『ああ。……だがまだ後始末が残っている!!』

 

 それは青天の霹靂。ラナロウから消えていた敵意が一気に膨れ上がった。瞬時に構えられるビームガンにマークの体は意思とは無関係に大剣を砲撃モードへと変えている。

 止めてくれ。マークは全てがゆっくりと流れる時間の中で懇願した。

 撃ちたくない。撃たせるな。どんなに思っても体に染みついた敵意に対する反射が止まらない。

 そしてマークには見えていた。マスターフェニックスが銃口を向けるのを確認したブルデュエルが銃口を逸らすその瞬間が。なのに体は止まらない。指先がトリガーを引き絞る。

 

「やらせるかよぉぉぉぉっ!!」

 

 意思と反射。その狭間でマークは声を張り上げた。意思の力で無理矢理体の主導権を取り戻し、機体をよじる。だが既にトリガーは引かれてしまった。少しでも位置を逸らそうとするが寸での所で間に合わない。それでも何もしないよりはマシだった。放たれた力の奔流はブルデュエルを真に捉える事はなかったがそれだけだ。ブルデュエルの右手足は砲撃に飲まれ、マークの目の前で爆発を起こしている。

 

「ラナロウ手前ぇ!! わざと俺に撃たせたな!」

『へへっ……。お前なら反応してくれると思ったぜ……。感応力者って奴は、感覚が……鋭すぎるからな。ちょっと敵意を出せば、この通り、さ。ただ、でき……れば、楽に逝かせてほしい、もんだぜ……』

「馬鹿言ってんじゃねぇ! ちくしょう! なんでだ!!」

『馬鹿は手前ぇだ……。言ったろ? 後始末が残ってるって……』

「その責任を死んで取るってか? ふざけんな! そんなの許せるかよ!」

『その通りだ!!』

 

 その声は突然舞い降りた。

 白い閃光が一筋。駆け寄ろうとするマスターフェニックスよりも先にそれはブルデュエルにしがみついた。それは見方によって七色に輝く純白の装甲。大きくせり出した肩部はバックパックが変形した物で、エンジェル・フォームと呼ばれる姿。右足を失っていても、その姿から滲みでる荘厳さと優雅さは少しも損なわれてはいない。

 

『俺達が責任を取らなくちゃならないってのに異論はないです。でもそれは死んで取るもんじゃない! まだ全部終わってもいない上に、俺達の責任は死んでどうにかなるもんじゃない!!』

『言ったはずッスよ先輩。アンタ達は逃げたんだ。それしか道がないと決めつけて、結局こういう道を選ぶしかないと自分に言い聞かせてるだけだって。また同じ事を繰り返すんスか? ゾディさんと一緒に死ぬ事でまた逃げるんスか? そんなの俺が許さない。アンタには生きて償ってもらう。誰が何と言おうと生きて生きて償ってもらう!!』

『お前ら……。畜生。生意気言ってんじゃねぇっての……』

 

 蒼炎を纏う漆黒の不死鳥もそこに舞い降りた。二機は爆発寸前のブルデュエルにしがみつき、必死に声をラナロウにかける。そして漆黒の不死鳥が無理矢理ブルデュエルの装甲を剥がした。そこはラナロウがいるべきコックピットの場所。今度はそこを天使の姿を模した孔雀がこじ開ける。開けた瞬間、血の泡が飛び出した。砲撃の余波で計器が暴発したのだろう。孔雀が優しくすくいあげたラナロウのパイロットスーツに血が滲んでいる。

 それを確認した不死鳥がブルデュエルを蹴り出した。ゆっくりと離れて行くブルデュエル。そして十分に距離が離れた頃、一際大きな爆発と共に砕け散る。もしかしたらアレもパイロットを守ろうとしていたのかもしれない。いつ爆発してもおかしくはないのに、それでも踏み止まっていた姿にマークはそんな事を思った。

 

「レン! ラナロウは生きているか!?」

『なんとかやってます! けど脈が弱い。すぐにミネルバかアースラに行って治療しないと!!』

『それなら私が! シャマルさんほどじゃないけど回復魔法使えるから! ったく何でそんなに死にたがるのよウチの男達は!!』

 

 それでもマークはすぐに頭を切り替えた。舞い降りた二機の内、漆黒の不死鳥のパイロット。レン・アマミヤにラナロウの容体を尋ねる。孔雀の手の上でキリエと共にラナロウの応急処置を行っていたレンがそれに声を張り上げる。救いの手を差し伸べたのはマリアだった。ほぼ全壊したハイペリオンをなんとか操りそこまで辿り着くと、すぐさま乗り移り回復魔法をかける。必死に回復魔法をかけるマリアの愚痴にレンとマークは耳が痛い。しかしそんな愚痴を吐きながらもその処置は的確だ。その光を受けたラナロウの脈が力を取り戻し、マーク達は安堵の息を漏らす。まだ余談を許す事はできないが、それでも一つの峠を越えたと思って良いだろう。

 

「正直生きているのが不思議なくらいだわ。あ、いや死なれても困るんだけど、でも普通の人間なら間に合わなかったかもしれない」

「それはラナロウさんに戦闘機人の技術が使われているからです」

 

 マリアの呟きに彼が孔雀の掌へ降りてきた。そこにマークもやってきて一同の視線は彼、キール・アルドへと集まる。その中でやっぱりとマリアは目を伏せた。

 

「そう……。キリシマ先生から少し話には聞いていたわ。ブラッドの体がそうだったからもしかしたらって思ってたんだけど、やっぱりそうなのね。今回ばかりはスカリエッティに感謝だわ。でなきゃ、私はまた仲間を失う事になっていたんだもの……」

 

 ゾディアックを失った直後だ。マリアとしてもこれ以上仲間を失いたくはないという思いがある。

 故にまだ余談を許さない状況でも、ラナロウが一命を取り留めたのは大きい。

 もしもゾディアックにもこういうチャンスがあったなら、と思ってしまうのは仕方ないにしてもだ。

 

『皆さん顔を上げなさい。まだ終わってない。キール、貴方がそう言ったのですよ』

『そういうこった。これからが正念場だぜぇ?』

 

 そんな一同にまたもや近づく機体があった。肩部装甲と脚部ユニットにSガンダムのブースター計四基。武装もまたSガンダムのビームスマートガンを持つ青と白の機体は形式番号MSZ-006C1[Bst]。ZプラスC1Bst。通称ハミングバードと呼ばれる機体だ。そしてその機体を操るのはニキ・テイラー。アースラとミネルバを守るべく孤軍奮闘していたSpiritsの艦長その人である。各所にダメージを負った痕は見られるものの、まだまだ余裕がある辺りがニキの腕の高さを証明していた。

 しかしそれに随伴する機体は逆に戦えるのかと疑ってしまう物。ブラッドのアストレアリペアだ。流石に単機での戦闘は困難と見なされたのかGNアームズとドッキングしている。

 そんな二機から二人も孔雀の掌に降りてきた。それだけで一同は気を引き締め直す。確かに二人の言う通りだ。まだ終わっていない。まだゆりかごもジェネレーションシステムも残っている。

 

「ゾディアックの事は残念でしたが、ラナロウがこうして生きている事はまだ救いですね。しかし皆さん、繰り返しますがまだ終わってはいません。むしろここからが正念場と言っても良いでしょう」

「ぶっちゃけ悪い報せだ。あんの馬鹿共。勝手にジェネレーションシステムに突入しやがった」

『はぁっ!?』

 

 ブラッドの報せにレン達は大声を上げた。ここにはいない馬鹿共とは即ちマテリアル達の事である。姿が見えないと思ったらそんな事をしていたのか。

 一体何故? スカリエッティの標的に自分達も入っているという事を忘れてしまったとでも言うのか。

 誰もが頭を抱える中、ブラッドの視線はじっとレンを向けられていた。

 お前、何でか知ってんだろ? 如実にその視線はそう言っている。

 知っている。口には出さなくてもレンもまた視線でその答えを返した。

 

「はぁ。めんどくせぇ事しやがるわ。艦長ぉ、ここは一つ戦力を分ける事を提案するぜ。アンタはそこの行きたくてウズウズしてる馬鹿を連れてシステムに行く。ゆりかごへは俺とマークさん。んで人の事を半殺しにしてくれた阿呆で行く。どうだ?」

「その理由は?」

「あ? あの馬鹿共が無策で突っ込んだとは到底思えねぇがフォローは必要だろ。だが戦力は過分に割けねぇ。ゆりかごにこそ戦力を集中させるべきだ。俺にも考えがあるがそれにはそこの阿呆が必要なんでな。マークさんは一人でも戦力が欲しいから。そんだけだって何だよその目は」

「ブラッドがまともな事言ってる……。ねぇレン。私そっちの方が怖いわ……」

「テメ、コラ色呆け淫ピ。ちったぁその胸と同じくらいの頭があんならそれで考えやがれ。そうすりゃ「誰が色呆け淫ピよっ!!」」

 

 全て言わさずキリエがブラッドをヘルメット越しに引っ叩いた。だが引っ叩かれたブラッドは口元を歪ませたまま何かを呟く。気付いたのはキリエだけ。誰もその言葉に気付く事はない。

 

「ブラッド。勝算はあるんですね?」

「ああ。賭けるには十分値する。今のこいつがいれば尚更だ」

「ったく。阿呆だの散々言ってくれた挙句必要だ? 俺に殺されかけたの忘れたのか?」

「だから? 別にそんなのどうってことねぇだろ。あん時の手前ぇは敵だったんだから俺を殺しにかかって当たり前だろうが。何だ? また良い子ちゃんに逆戻りか?」

「ぬかせ。お前じゃ俺には勝てねぇよ。絶対勝たせてやらねぇ」

「……良い面構えになったじゃねぇか。溜めこんだもん一気に吐き出したら楽になっただろ? お前はそういうの溜めこみ過ぎ何だよキール」

「お前に言われるから余計に腹が立つんだよ。人は誰もお前みたいにシンプルじゃないんだ」

 

 しかしブラッドの言葉は今のキールには痛いほど良く分かる。確かに誰もがブラッドの様にシンプルには出来ていない。かと言って溜めこみ過ぎた結果がさっきまでの自分。キールが見上げる機体は正にそれを色濃く反映していたと言っても良い。バルバトス。スカリエッティがどうやってこの機体を生みだしたかまでは知らない。しかし以前彼から聞いた事がある。本来この機体は今の純白の姿で生まれる予定であったらしいが、生まれてみればいつの間にかその色は青く染まっていたと言うのだ。

 今なら分かる。バルバトスはアメリアスに搭乗されながらも知っていたのだ。キールの心にあった闇を。

 だからこそ姿を変えた。バルバトス・ミラージュ。儚い幻。形を持たない揺らめく蜃気楼として。

 だからこそキールの心が霧を振り払った事で真の姿を取り戻したのだろう。

 

「レンちゃん、お前も良い子ぶってんじゃねぇぞ。分かるぜ。本当なら今一番飛び出したいのはお前だもんな。そいつを今必死に殺している。お前も溜め込み過ぎなんだよ。遠慮なんか要らねぇ。衝動で動くのも悪くないぜ?」

「これでも結構衝動で動いてたりするんだけど、まだ足りないってか」

「ああ、足りないね」

「やれやれ参った。もっと頼れって言われたり、衝動で動けって言われたり散々だよ」

「確かにレンもキールも色々考え過ぎな所があるよな」

 

 マークに肩を叩かれ、さすがのレンも少し困った顔をして見せた。それを見てニヤニヤと笑っているブラッドにレンは思い出したように告げる。

 

「それに良い子ちゃんぶってるつもりはないからな。勘違いすんなよ」

「俺からすりゃ十分良い子ちゃんなんだけどな」

 

 べーと赤い舌を見せるブラッド。こいつ殴ってやろうか。それこそ衝動の赴くままに、と思ったレンは仕方ないのかもしれない。と、パンパンとニキが手を叩いた。

 

「はいはい、話はそれくらいにしておきない。では皆さん。Spirits艦長として命令します! 各機補給を行った後、マーク、ブラッド、キールの三名は聖王のゆりかごに向かい無力化を。レンとキリエは私と共にジェネレーションシステムに突入。マテリアル達の捜索とはやてさん達の援護に向かいます。マリアはミネルバに戻り全体の指揮を。アプロディアは私と共に来て下さい」

「はい……」

「しっかりなさい。ゾディアックの件は確かに悲しい事です。ですがそれは誰にも可能性があった事。そして彼を止められなかった責は全員が背負うべき事。貴方一人が背負う事ではないのです』

「艦長……、はいっ!」

 

 ようやくマリアも顔を上げた。完全にふっ切れた訳ではないが、それでも自分のやるべき事は理解している。そんな顔と声にニキは頷き返す。

 

「全員生きて帰りますよ。これが私から貴方達に贈る至上の命令。ではミッション開始です!」

 

 その彼女の声でミッションの開始が告げられる。

 世界を越え、四年の月日が流れ、紆余曲折の後にようやく一つの方向へ向いたSpirits。

 そんな彼女達を迎え入れるようにミネルバとアースラがゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

2

 

 

 

 闇を裂いて三色の光が飛翔している。

 光が追うのは黒の光。闇の中でもくっきりと映える異質の黒に追いすがる様に閃光は飛び続けていた。

 

「ハハハッ! どうした? 全く追いつけていないぞ」

 

 三色の閃光に向き直り、挑発する黒の閃光はアメリアス・ナハトヴァール。後ろ向きに、それでも柱などの障害物の多いこの空間を彼女は後ろに目でもついているかの様に飛び続ける。

 ちっ、と紫の閃光が舌打ちをした。

 

<ディアーチェ!>

「分かっておる! あんなもの安い挑発だ!」

 

 彼女を諌める声はユニゾンしたユーリの物。しかし歯痒いのも事実だ。こんな時自分の魔法スタイルが後方特化型である事が悔やまれる。広域大魔法の使い手は必然的に高速戦闘が苦手となるのが宿命だ。古今東西、どんな時代、どんな世界においても大魔法というのは必ず立ち止まって、そこに必要な術式を展開し、その魔法を撃つ事に集中しなければならない。故に今は牽制が精一杯。十分な力が使えない。

 だからそれをサポートする存在が必要になる。

 夜天の王に四人の騎士がいるように、紫天の王にも星光と雷刃という臣下がいる。

 

「王よ焦る事はありません。その為の我ら。星光と雷刃が貴方への道を切り開きます」

「そうそう! 王様は僕らが作った道に堂々と魔法をブッぱすれば良いんだよ!」

「シュテル、レヴィ。すまん。頼むぞ!」

「御意」

「おおせのままに~」

 

 緋色と水色が左右に展開した。柱の間を潜り抜け一気に速度を上げ、黒色の閃光をたちまち二色が挟み込む。先に仕掛けたのは水色、レヴィ・ザ・スラッシャー。両腕両足、バルフィニカスが変化したレイザーエッジに走る電撃を叩きつけるように襲いかかる。アメリアスの槍射砲がそれを受け、青白い電撃が闇を照らした。右腕の一撃が防がれるのは想定済み。体を捻り、振り上げたレヴィの足が弧を描く。それを上段から一気に振り降ろした。チッという音と共にアメリアスの髪が数本散る。

 直撃はしていない。掠っただけだ。しかしアメリアスにとってはそれで十分。今度は彼女の光鞭が風を切り襲いかかる。身を切る痛みがレヴィに走った。鞭は止まらない。二度、三度、うねる蛇の様に光鞭はレヴィにその身を叩きつける。

 だが四発目。視界から消え去るレヴィにアメリアスの反応が遅れた。そしてその瞬間を待っていたのは緋色の炎。シュテル・ザ・デストラクターの生みだした炎弾の群れだった。しかしたちまち起こる爆発がそれも消えぬ内、光鞭の一閃が周囲の柱ごと炎を裂く。

 

「温い! その程度で我は止められんぞ。止めるというのはこうするのだ!」

「くっ!?」

 

 アメリアスのかざす手に生まれる魔法陣。そこから伸びる血色の鎖が一瞬で彼女の体を絡み取った。しかもリアルタイムで術式が変化している。さしものシュテルも処理が追いつかない。そしてそんなシュテルをアメリアスは一気に引き寄せる。槍射砲がギラリと輝いた。

 

「堕ちろ!」

 

 ただその一言。シュテルの体を魔力が突き抜けた。物理と魔力、二重のパイルバンカーを直接撃ち込まれたようなものだ。体を縛る鎖さえも千切れ、今度は後方に吹き飛んだシュテルの体は柱に激突。そのまま柱に食い込んだシュテルの両手がだらりと垂れる。

 

「お前―――ッ!!」

 

 全身から青白い電撃を迸らせ翔けるレヴィの行く手を、アメリアスから分離したガーディ・ダンサーが阻む。一糸乱れぬ連携にさしものレヴィも足が止まってしまった。それを待っていたように伸びるアメリアスの鞭が一瞬でレヴィの体に巻きついた。

 

「そーらっ! お前も仲良く堕ちるが良い!」

 

 どこにそんな力があるのかと思わせる程軽々と、アメリアスはレヴィの体をそのまま振り回した。何度も何度も柱に叩きつけ、終いにはぐるぐると回した後に渾身の力で柱にレヴィを叩きつける。如何に頑丈なレヴィでも辛うじて意識を繋ぎ止めている事しかできない。動こうにも力が入らず睨みつける事で精一杯。しかしその紅の瞳の厳しい視線もアメリアスにとっては蚊に刺された程にも感じない。むしろ弱者の悪あがき。ガーディ・ダンサーを再び纏ったアメリアスの笑い声が響き渡る。

 

「脆い。脆過ぎる! それでもナハトヴァールの欠片か? それでは闇の書の残滓が聞いて呆れるぞ!」

「我らは断じてナハトヴァールの欠片等ではない!」

「ぬうっ!?」

 

 アメリアスを襲う魔力の砲撃。それは足を止めたディアーチェから放たれたものだった。しかし一瞬驚きはしたものの、アメリアスはそれを難なく吹き飛ばす。こんなものか。正直落胆した気分だった。四年前は彼女達がどういう存在なのか分からなかったが今は違う。アメリアス自身もナハトヴァールによって生み出された存在。次元、並行世界の違いはあれど起源を辿れば行きつくのは闇の書。その根幹となるプログラムだ。故にアメリアスはこれでもディアーチェ達にそれとなく意識を向けていたのは否定できない。

 しかしどうだ。ナハトヴァールと同化し、その古い記録から生みだしたこの姿。魔法の力を行使できるという同じ立場に立って見れば、待っていたのはこの力の差だ。正直見るに堪えない。所詮は分割された力という事か。ならばこれ以上は意識を向ける必要もないだろう。後は淡々と搾取するだけだと振るう鞭が風切り音を立てた。それはこれからお前を倒すというアメリアスの意思表示。だと言うのに、アメリアスは目を細めた。

 ディアーチェは動かない。微動だにせず、そこから動こうとしないのだ。

 

「何故そうも平然としていられる?」

「そう見えるか? そう見えるのならばお前の目は節穴よ」

 

 言ってくれる。言う事は一人前でもこの状況で一体貴様に何ができる。

 星は堕ち、雷光は光を失った。お前の信頼する臣下達もこの様ではないか。

 そう思えばディアーチェの睨みつける視線も、血が流れるほど強く噛んだ唇も所詮は恐怖を紛らわす為だけの物にしか見えなくなった。一瞬でも何かあるかと期待したが、やはりその程度でしかないのだろう。

 滑稽。実に滑稽。だからこれは慈悲だ。最後くらいは王らしく一撃で終わらせてやろう。

 アメリアスが再び鞭の柄を握り締めたその時だ。

 

「我は今という時ほど我慢をした時が無い! 貴様を倒す為だけに力を集めるこの瞬間、一分一秒が那由他の果てにすら思えるわ!!」

 

 奔る奔る奔る。魔力が烈風となって奔る。全てを飲み込まんとするディアーチェの魔力が一気に駆け巡る。それは叫びであり咆哮だ。威嚇とも言って良い。強制的に頭を垂れたくなるほどの圧倒的な威光と重圧がいっぺんにアメリアスにのしかかって来る。

 即座に考えを改め、彼女は唇の端を愉悦に吊りあげる。やればできるではないか。落胆は歓喜へと変わった。まだこんな力を出せるではないか。そして歓喜は期待へと変わった。

 笑いが止まらない。そうだ。待っていたのはこれだ。問答無用で屈服させようと吹き付ける魔力。それくらいやってくれなければ困る。もっと力の純度を高めてくれなくては困る。

 さぁもっと。もっとだ。お前の力、魔力をもっと高めるが良い。

 

「良いぞ。良いぞディアーチェ! そうだその力だ! その力を我は待っていた! 存分に力を引き出したお前でなければ意味が無い!」

「ほざけ三下」

 

 エルシニアクロイツを振り、魄翼を大きく広げ、ディアーチェはアメリアスの歓喜を切り捨てる。

 

「我だけが戦っているのではない! 我には信頼すべき、命を預けるに値する臣下がいる! その臣下が道を切り開くと言った! ならば我は王としてそれを信じる。盟主と共にお前へ最大級の一発を叩き込むまであ奴らが倒れるものかよ!!」

「私達はもう闇の書の残滓なんかじゃない。ナハトヴァールに囚われる貴方とは違うんです。そうでしょう? シュテル、レヴィ」

「無論。当然です」

「だよね――ッ♪」

 

 ディアーチェに重なるように姿を見せるユーリ。そして二人が微笑んだ瞬間、炎と雷が弾け、アメリアスの下へと飛び出した。

 光る瞳。冷徹で、だが静かに燃える炎を内に秘めたシュテルのルシフェリオンクロー。

 笑う唇。無邪気に、故に眩く力強い雷光を全身に走らせるレヴィのレイザーエッジ。

 左右からの同時攻撃。炎と雷が互いに尾を引き揃って仕掛けてくる。だが所詮は最後の悪あがきだとアメリアスは一笑に付した。なんら問題ではない。シュテルには槍射砲を、レヴィには光の鞭を。迎撃せんと、二度と立ち上がれぬよう徹底的に痛めつけんとその力を再び行使しようとしている。

 しかしそんな事二人にとっても予測の範疇だ。だったらどうする。愚問だ。シュテルが拳を突き上げ、レヴィが蹴りを放った。炎の爪拳は槍射砲をいなし、雷の蹴刃は光鞭を弾く。そして懐に潜り込む二人が揃って拳を引き絞る。攻撃が来るなら対処すれば良い。そして狙うのなら一気にカウンターだ。

 

「はあぁぁぁっ!!」

「せいやぁぁっ!!」

 

 放つ拳は炎と雷を纏う必中の拳。息を合わせる? とんでもない。この二人にそんなものは必要ない。

 揃って戦うだけで良いのだ。レンもブラッドも到底及ばない。揃って戦うだけで即興の、それでいて抜群のコンビネーションを生みだせるのがこの二人なのだ。

 それをアメリアスは知らない。闇の書の残滓、ナハトヴァールの欠片という認識しかもたないアメリアスでは何が起こっているのかすら理解できないだろう。

 現に拳はアメリアスに吸い込まれている。炎と雷が渦巻き、今まさに自分を吹き飛ばそうとしている事にだって理解が及んでいるか怪しいものだ。

 そして遂に雷火の渦はアメリアスを飲み込んだ。悲鳴すら上げさせない。渾身の、万感の、会心の一撃がアメリアスの体を吹き飛ばし、柱に激突させる。

 

「がはっ!?」

「立て直す暇なんて」

「与えないゾ!!」

 

 シュテルとレヴィの宣言通りだった。柱に弾かれながらも、理解が及ばないとしても、体だけは正直に反撃に出ようとしたアメリアス。しかしそこにシュテルの炎弾とレヴィの雷撃が降り注ぐ。二種の力にもまれ、体勢を立て直す暇もない。それでも振るおうとした鞭。こんな物、鞭の一薙ぎで振り払ってしまえば良い。しかし雷光の妖精は許さない。垂直落下の踵がアメリアスの手から鞭を叩き落とす。ならば槍射砲で。ところが今度はその腕を、その体を炎輪が縛り上げる。シュテルの唇が吊り上がる。その蒼い瞳の奥で、決意の炎が揺らめいた。

 

「さぁアメリアス。我慢大会といきましょう。私の炎にどれだけ耐えられるか勝負です」

 

 そう言ったシュテルがアメリアスの両肩を掴む。一体何事かと言う暇さえなかった。たちまち立ち昇る炎の柱それ自体がバインド。全ての魔力をこの炎柱に注ぎ込み、シュテル自身もろともアメリアスを封じ込めにかかったのだ。

 無論シュテルとて無傷ではいられない。自身の炎に焼かれ、苦悶の表情を浮かべている。

 分からない。アメリアスは混乱の極みにあった。何故そこまでする。何故そこまで自身を追い込める。

 ディアーチェの為? 機動六課の為? それともそれ以外の何かの為?

 分からない。何故シュテルが自身を焼いてまで自分を封じ込めようとするのか全く理解できない。

 

「貴様馬鹿か!? 自身まで焼いてなんとする!!」

「ここで貴方を討つ為ならば私は自身をも焼きましょう。それが引いては王の為。仲間の為。何よりも愛する人がこれ以上戦う必要が無くなるのであれば、私は喜んで焼かれましょう。ただし! 燃え尽きるのはアメリアス、貴方だけだ!」

「させぬ! させてなるものか!!」

 

 やはり理解に及ぶ事はない。そもそもアメリアスにとってディアーチェとユーリ以外の二人はおまけに過ぎないのだ。所詮は無限の魔力とその制御を守る防衛プログラム。そのプログラムが何を言おうとそれを理解しようとも思わないし、その力に屈服させられるはず等微塵も考えていないはずだった。だが現実はどうだ。その防衛プログラムの縛に身動き一つとれない。そもそもナハトヴァールの欠片でしかないものに、そのナハトヴァールと同化し、ナハトヴァール自身とも言える自分が抑えこまれている。それはアメリアスにとって屈辱の極まりだ。

 故にアメリアスは炎の縛から抜けだそうともがく。抑えこまれてなるものか。そもそも自分はお前らのもう一つの姿の集合体。欠片などに負けてたまるものかと彼女はもがく。

 だがシュテルが欠片であるのならば、忘れてはいけない。

 欠片はもう一つあるのだ。

 

「ぬぐぅっ!?」

「シュテるんだけじゃないんだよ!!」

 

 自身を縛る炎の中に生まれる別の力。紅蓮の炎に混ざるは蒼い雷光。割り込んできたのはレヴィだった。

 シュテルと並び、彼女もアメリアスを雷の牢獄に閉じ込める。こうなる事を分かっていたのだろう。割り込んできたレヴィにシュテルは肩を竦め、レヴィもニッと脂汗を流しながら笑うだけ。

 二人の力が眩い光となってこの暗く無機質な世界に満ちていく。

 そしてその中で闇を纏う王がいる。眩く輝く光の中で、彼女は大きく翼を開いた。

 

「シュテル、レヴィ。よくぞ持ち堪えた。貴様らの作った千載一遇の機会を決して無駄にはせぬ。ああそうさ。無駄にしてなるものか!!」

『ディアーチェ!』

「おうさユーリ! ここで決めるぞ!!」

『はいっ!』

 

 展開する魔法陣。その上に立つディアーチェのエルシニアクロイツが一本の魔槍へと姿を変えていた。

 溜めに溜めた魔力は全てこの闇の槍へ。今にも暴発しそうな魔力を無理矢理抑えこんでいるが故に、魔槍は細かく何度も電流が走っている。それを持つディアーチェの手にも鋭い痛みが何度も奔っていた。こんな痛みがなんだ。シュテルとレヴィの味わっている痛みに比べたら何の事はない。彼女の唇から一筋の血が流れる。ずっと待っていたのだ。血が流れるほどに唇をずっと噛み締めながら。

 全てはこの刹那の為。飛び出したい衝動を抑えこみ、道を切り開くと言った臣下を信じ、ただひたすらにこの刹那だけを待ち望んでいたのだ。

 しかしもう待つ必要はない。その刹那はこうして訪れた。

 

「滅せよ夜の女王。光と闇の狭間で虚無へと還れ!!」

 

 光を裂く闇が一筋。夜の女王に向けて羽ばたいた。

 ただただ前へ、夜の女王の胸にその槍を突き立てんが為だけに紫天の王は盟主と共に虚空を翔ける。

 しかししかし。ああだがしかし。忘れる事なかれ。ゆめゆめ忘れる事なかれ。

 月が沈み、太陽が昇る刹那の世界。その瞬間こそ闇は最も色濃く、最も深い。

 忘れる事なかれ。

 明ける刹那にこそ世界は最も暗いのだ。

 

「なめるなぁああああああっ!!」

 

 炎が弾け、雷が砕け、光が消えた。

 翼を広げた夜の女王。その翼は刃。血をすすり、肉を削ぎ、骨を断ち切る死神の鎌。

 飛び散る血飛沫。シュテルが、レヴィが死神の鎌に狩られ、その肢体から舞い散る血でアメリアスは体を濡らす。温かく、鉄の臭いのする赤に染まったアメリアスは二人に目もくれず、己を縛る刹那から這い出て見せたのだ。だが足りない。まだ足りない。死神の鎌の狂刃が求めるは紫天の王の生き血。魔槍が届くその寸前、遂に死神の鎌は紫天の王の体を貫き一撃は止められる。そして伸びる槍射砲の穂先が、ディアーチェの腹を突き抜けた。

 

「ごふっ」

 

 ディアーチェの口から吐き出される大量の血。

 なんたる不遇。なんたる執念。

 杖に集まった魔力が四散する。臣下が身を削ってまで作ってくれた刹那を自分は活かせなかった。

 だがそれでもだ。

 己の腹を突き抜け、吐いた血に赤く染まる槍に手をかけ、ディアーチェはそれでも笑う。

 悲観するのは早い。全てが終わったと結論付けるにはまだ早い。

 まだ、女王を貫く剣は残っている。

 

「ユ――リィ―――ッ!!」

「ッ……、はいっ!!」

 

 ディアーチェの体から少女が姿を現した。ユニゾンアウト。今の今までディアーチェにユニゾンしていたユーリがディアーチェの体から分離したのである。それだけではない。ディアーチェの体から抜き出される魔剣をその手に携え、ユーリ・エーベルヴァインはアメリアスの頭上へと舞い上がる。

 確かに夜が明ける刹那が最も暗い。

 だがだ。それでもだ。

 如何に世界が暗かろうとも、それでも明けない夜はない。太陽は必ず昇り、朝はやってくる。

 これはその為の剣。夜を終わらせ、朝を告げる為の一撃。

 

「エンシェント……マトリクス!!」

 

 盟主の少女の手から放たれた魔剣が夜の女王の胸に吸い込まれる。

 その姿に盟主の少女は涙を流す。これは星光が、雷刃が、愛しき王が繋いでくれた一撃。彼女達が血を流しながら繋いでくれた一撃。無駄にはできない。無駄であって良いはずがない。

 

「これが、始まりです!!」

 

 最後にユーリはトドメの蹴りを魔剣に叩き込んだ。

 

「お、おおおおおおおおっ!!」

 

 夜の女王が咆哮を上げる。自身を貫く魔剣によって一線を越えたのか、女王の体が瓦解を始める。

 吹き出す闇。瘴気の様に煙の様に。夜の女王ナハトヴァール・アメリアスの体から闇が吹き出す。

 瓦解は止まらない。闇がどんどん吹き出す。そして交わるアメリアスとユーリの視線。

 ニィっとアメリアスが笑ったその瞬間、彼女の体が遂に限界を迎える。

 たちまち広がる闇。ありとあらゆる物を一瞬にして飲み込む漆黒の闇に抗う術は無し。

 そしてその中でユーリは真っ赤に血走る眼の群れを見る。

 途端に湧き上がる恐怖にユーリは悟り確信する。

 終わりからの始まり。アメリアスを倒すという終わりを機に、それが目を覚ましたのだと。

 黙示録の獣。堕天の蛇。

 そう言っても過言ではない“何か”が確かにユーリを、ディアーチェを、シュテルとレヴィを飲み込んでいく。

 だがこれで良い。これこそが四人の望んだ終わりから始まる結果の序章。だから。

 

「後は頼みましたよレン」

 

 それは誰の声であったろうか。

 レンがハルファスベーゼと共に姿を見せたのはその瞬間だった。

 補給を終わらせ、シュテル達のデバイスから出るビーコンを頼りにニキのハミングバードと共にここまで一目散に駆けつけたのだ。

 だが目の前で闇が広がっている。それは獣であり蛇だった。

 脳裏をかすめるのは自分を捉えていたあの蛇だ。ああそうか。今なら分かる。あれはお前だ。システムの中に僅かに残ったナハトヴァールの残滓。それがあの蛇だ。ほんの僅かに、アメリアスと融合したナハトヴァールとはまた別に奴はまだシステムに自分を残していたのだ。

 ずっとジェネレーションシステムが自分のニューロを生みだしたのか分からなかった。

 キールはシステムが自分を選んだと言ったがそうではない。システムに残ったナハトヴァールが密かにシステムに干渉し自分の影を生みだしたのだ。

 自分を倒した男のデータを掻き集め、形取ったのがニューロ・レン。なんて事はない。ナハトヴァールにとって都合の良い人間がレンだった。それだけなのだ。だが唯一の誤算があったとすれば、ニューロ・レンをナハトヴァールが制御できなかった事だ。あいつはあいつの意思で変革を遂げようとしていた。あの世界をやり直そうとしていた。そこにナハトヴァールの意思はない。あいつはあいつの意思で事を成そうとしていた事だ。

 だがその蛇が今、再びレンの目の前にいる。その身にディアーチェを、ユーリを、レヴィを。何よりもシュテルを飲み込んで目の前にいる。

 

「シュテル駄目だよ……。俺やっぱり我慢できそうにない。これが君達の選択だとしてもこんなの我慢しろってのが無理だわ」

「え、レン。何を言ってるの?」

「こんなの見せられて大人しくなんかできるかって事だ!!」

 

 レンの上げる叫びにハルファスベーゼが再び蒼炎を纏う。

 そして怒りのままにレンはハルファスベーゼを駆り出す。

 キリエの制止も今のレンには聞こえていない。

 迫る不死鳥に蛇は血塗られた瞳を光らせた。

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