魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第68話 インストール

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「駄目。危険過ぎる」

「それでも私達がやらなければなりません。そんな顔をしないで下さい。別に死に行くのではないのですから」

 

 それは作戦開始まで残り数十分という時。一気に慌ただしくなったミネルバでレンはシュテルに人気の無い倉庫の影へ引きずり込まれていた。そこで語られたシュテル達マテリアル達の目的にレンは思わず強く彼女の肩を掴んでしまう。実際そうもしたくなる。彼女達の目的はアメリアス・ナハトヴァールとの直接対決。とてもではないが容認できる物ではなかったからだ。

 

「当たり前だろ! スカリエッティの目的にシュテル達だって入ってんだ。ユーリの永遠結晶。それを制御するディアーチェだってシュテルとレヴィがいなけりゃ完全制御は不可能。そう言ってたのはシュテルじゃないか。なのに四人だけでアメリアスと対峙するって、みすみすスカリエッティの術中に嵌りに行くようなもんだろ!」

「これはけじめなのです。分かって下さいレン。闇の書から生まれた私達がつけるべき事なのです」

「駄目だ駄目だ! 闇の書って言っても並行世界、別次元。同じ闇の書じゃないんだからシュテル達がつけるようなけじめじゃない!」

 

 絶対許すものかと何度も頭を振るレンを碧玉の瞳はじっと見つめていた。シュテルだって彼が心配するのは十分に承知している。確かにレンの言う通りでシュテル達がつけるようなけじめではないのかもしれない。だがあれさえ居なければジェネレーションシステムに起こる歴史の連鎖は終わるはずで、スカリエッティが、最高評議会がねじ曲がった夢を抱く事もなかったのだ。シュテル達にはそれが許せない。それと同じ因子を持つからこそ、決着を自分達の手でつけたいと願うのだ。

 

「違う! シュテル達がそんな事気にしなくて良い! 悪いのは夜天の書に細工をした過去の王達だ。それに夜天の書が闇の書にならなければジェネレーションシステムは生まれなかった。俺も生まれなかった。シュテル達だって生まれなかった。はやてがなのは達に会う事だってなかったかもしれない。今、俺達がこうして居る事だってなかったんだ。だから全部をそんなに悪い事だけに捉えないでくれ」

「そうですね。悪い事だけではないのは確かです。私がこうして貴方に触れられるのは夜天の書が闇の書となったからこそ。でもだからこそのけじめ。決着です」

 

 シュテルの両手がレンの顔を包み込む。

 少女は微笑んでいた。その微笑みは死地に向かう者の顔ではない。

 泣きそうなのはレンだ。シュテルはトドメの言葉をレンに投げかける。

 

「これはこれからも貴方と共に生きていく為にどうしてもやらなければならない事なのです。だから分かって下さい私の愛する人。私は必ず貴方の下へ帰ってきますから」

 

 そして少女は自分から唇を重ねる。何度も何度も、まるで自分を繋ぎ止めてほしいと懇願しているように。だからレンも強く彼女を抱きしめた。何度も何度も、彼女を自分に繋ぎ止めるように。

 だってシュテルが小さく震えているのが分かってしまったから。アメリアスと対峙する事の意味が分からないはずがない。レンが言った通りなのだ。絶対も、確実もなく、不安が少女の体を震わせている。どんなに気丈に振る舞っても、絶対がないという事が絶対で確実。その不安を取り除いてほしくて、最後のひと押しが欲しくて少女はレンの体温を求めている。冷えた体に愛しい人の熱を求めていたのだ。

 

「おそらくアメリアスを倒してもその先があります。融合したとはいえ、あのナハトヴァールが大人しくアメリアスに主人格を与えているとは到底思えません。だからきっとその先がある。その時私達がどんな状態でもレン、貴方は我慢して下さい。ナハトヴァールが本性を現してからが本当の勝負です」

「……約束しかねる。正直そうなったら俺は……」

「駄目ですよレン。無理でも我慢して下さい」

 

 唇を離し、うっすら紅をさす顔でレンの唇にそっと指を添えたシュテルは少しだけ頬を膨らます。そんな事言ったってと言おうとしたレンに少女は滅多に見せない満面の笑みを向ける。

 

「貴方には名前を呼んで欲しいんです。声に出して思いっきり。感応力なんか使わなくてもそれだけで十分。特に私には、ね?」

 

 そしてくるりと振り向き、片目を瞑った。

 

 

 

「だからって、こんなの我慢しろってのはやっぱ無理だろうがっ!!」

 

 闇の大蛇に向かう漆黒の不死鳥。手に大鎌を携えてレンは怒りのままに向かっていった。

 大蛇は血色の瞳を不死鳥へと向け、その巨体で押し潰そうとする。だがそんな鈍くさい動きで捉えられるものかよと、レンは機体を操った。

 ずぷりと光刃が蛇の体に沈み込む。

 操縦桿を通して伝わるその感覚にレンは顔をしかめた。まるで泥沼に突っ込んだような手応えの無さに斬っているという感覚がない。下手をすればどんどん沈み込んでいくようだ。

 いいやそれがどうした。ハルファスベーゼがビームサイズを振り抜いた。斬撃の衝撃に飛び散る大小いくつもの闇の飛沫。まるで闇の泥水だ。

 モニターに映るそれと手に伝わる感触に再び顔をしかめた時、キリエの声とアラーム音が鳴り響く。

 大蛇が既に大きく口をあけて目の前にまで迫っていた。鈍くさいと思っていたのに、こんな時だけ妙に素早い。逃げようにも既に蛇の口の中。大蛇はそのままハルファスベーゼは一口に飲み込んでしまう。

 襲いかかる衝撃に声を上げながら目の前を見ると、モニター一面にべったりと張り付く闇があった。それは泥水どころか最早オイルだ。脱出しようにもそれはどろどろと絡みつき、ハルファスベーゼの自由を奪っている。同時に激しい頭痛と嘔吐感に襲いかかってきた。一瞬でも気を抜けば胃の中を全てブチまけてしまうだろう。冗談ではない。必死に堪えながらレンは闇の泥水を睨みつける。原因は明白だ。この闇の泥水から何十、何百もの思念が流れてくるのだ。歴代の王の嘆き。滅ぼされた者達の呪詛。痛い苦しいと、お前の命を寄越せと彼らは口々に叫び、レンを自分達の深淵へ誘おうとしている。

 一体どれほどの王達がこの蛇に飲まれて来たのだろう。八神はやてという最後の王に出会うまで、一体どれほどの者達が深淵に引きずり込まれたのだろう。

だからと言って同情はしない。全部受け止める気なんて全く無い。キリエに話した通り、これだけの思念を受け止めるならそれこそ人間を捨てなければ無理だ。同情はしよう。だが体を明け渡すつもりも、人間を辞めるつもりもない。頭痛はどんどん激しくなる。皮肉にもレンを繋ぎ止めているのはその痛みだった。飽和した意思に自分自身があげる悲鳴。体の限界云々以前にそれが人である証拠。それがなければこの永遠にも思える刹那にたちまち飲み込まれてしまっていたに違いない。それでも長くこの意思に触れていればその痛みすら飛び越えて、いつかは完全に飲み込まれてしまうだろう。闇の泥水はどんどんレンを沈めていく。

 不味い。これは本当に不味いパターンだ。

 一瞬でもシュテルとの約束を忘れ、怒りに走ってしまった事を今更後悔した。浮き上がれない。この意思の泥水に溺れてしまう。自分の意思が、意識が、泥水深く沈んでいく。

 

「「レン!!」」

 

 目を見開く。

 聞こえたのだ。この泥水の中でもはっきりと自分の名前を呼ぶ声が。

 その声がレンの意識を浮かび上がらせる。水面はこっちだと教えてくれる。

 声に向けて必死に手を伸ばした。未だ泥水は絡みついてくるが、それでも精一杯手を伸ばす。

 

「かはっ!!」

 

 ようやく水面に辿り着いた瞬間、レンは肺に溜まった泥水を吐きだすように一気にむせ込んだ。当然、その口から泥水など出てこない。出てくるのは空気だけ。しかし口の中に広がる感覚はあの泥水の物だ。

 まるで本当に溺れていたように咳き込むレンをキリエが心配そうに覗きこんでくる。まだ咳をしている彼の背中を優しく何度も何度もさすってくれる。おかげで意識がはっきりしてきた。現実と幻の間という混濁した感覚が、現実の感覚に一本化されていく。

 一体いつから自分は思念に飲み込まれていた?

 

「う~、くそっ。キリエ、俺はどれくらい落ちてた?」

「五秒も経ってないよ。その様子だとかなり危なかったみたいね」

「ああ。ほんとあっちの世界に入ると時間間隔がおかしくなるよ。でも助かった。キリエが呼んでくれなきゃ戻ってこれなかったかもしれない」

「自業自得って言いたいけど今は勘弁してあげる。それよりもどうする? このままだとかなりマズイんじゃない?」

「ん。でもやるしかないでしょ」

「だよね!」

 

 レンが何を考えているのか分かっているのか。それともただレンを信じているのか。あるいはその両方か。キリエの見せる笑顔には一点の曇りもない。

 その笑顔に後押しされ、レンはハルファスベーゼの両手にビームサイズを一本ずつ握らせる。

 

「目ぇ回すなよ!」

「良いよ! 思いっきりやっちゃえ!!」

 

 それじゃあ遠慮なく! レンはハルファスベーゼのスラスターペダルを思いっきり踏み込んだ。

 ハルファスベーゼは今、大蛇の口の中に固定されている。しかしその中で一気にスラスターを全方位に向けて吹き出したハルファスベーゼがその固定を引き千切り、回転を始める。しかも両手で大きく左右に広げたビームサイズを持ってだ。

 一瞬で無数の斬撃が大蛇の頭部を走った。正に力技。狙いなんかどうでも良い。どうせ周り全てが破壊対象だ。たちまち水風船の様に大蛇の頭部が弾け飛び、そこからまだ回転の止まらないハルファスベーゼが姿を見せる。

 

「……微妙に酔った……うぷっ」

「思いっきりやっちゃえと言ったものの、これは二度とやりたくないわね……」

 

 やっと回転の止まった機体の中で揃って青い顔をしているレンとキリエ。ちょっと無茶し過ぎたかもしれないが結果オーライとしよう。先ほどとは別の嘔吐感から競り上がって来た胃の中身を無理矢理飲み込み、レンは頭部を失った大蛇を眼下に見据える。

 

『レン、キリエ! 無事ですか?』

「ちょっと目を回してま~す……」

『あんな無茶するからです』

 

 アプロディアの呼びかけにキリエが答えるとニキの呆れ声が聞こえてきた。見れば飛行形態になったハミングバードが大蛇に集中砲火を与えている。これがこの機体の真の姿。その機動力と火力で牽制し、少しでも大蛇の注意を向けようとしているのだろう。しかしそれでも埒が明かない。砲撃を加えられた箇所から始まる再生の方が攻撃よりも数倍早いのだ。しかも頭部を失った大蛇はその頭部を別の何かに作り変えようとしている。

 

『あの子達は無事でしょうか……』

 

 アプロディアのマテリアル達を心配する声が聞こえてきた。確かにそれはレンも同意見だ。あの泥水をかぶったからこそ尚更思う。だがだ敢えて泥水をかぶったからこそ見えた物もある。

 

「生きてる。絶対に生きてる。さっき俺はキリエと一緒に俺を呼んでくれるシュテルの声を聞いたんだ。今もきっと四人で戦ってる。だから俺達は呼びかけるんだ。きっと届く。俺達の声はきっと届く!」

 

 GNドライヴが唸りを上げ、蒼炎が噴き出す。

シュテルが言っていた。感応力なんかなくても声はきっと届く。一人だけじゃない。このGN粒子に乗せてキリエとニキとアプロディアの声もきっと届けてみせる。

 この俺とハルファスベーゼが!

 

「だから帰ってこい。ディアーチェ! ユーリ! レヴィ! ……シュテル!!」

 

 

 

2

 

 

 

 広いドーム状の空間がはやての目の前に広がっている。機動六課の施設が丸々入ってしまうくらいとても広い空間だ。

 ここはジェネレーションシステム最深部。そこにはやて達は到達していた。

 だが待っていたのはガジェットの群れ。共に突入したギンガも対峙した事のあるガジェット・ビルゴⅡだ。それを率いているのはシステム内に残ったチンク、セイン。そして同じくシステム内にいるクアットロを除いた戦闘機人ナンバーズ最後の一人、ウェンディとジェイル・スカリエッティその人。

 その後ろにはボール程の大きさの黒い球体が浮かんでいる。

 衝突は唐突に始まる。ギンガがウェンディを引きつけ、他の突入部隊はシスター・シャッハが率いている。そしてはやてはリインとのユニゾンを維持したままスカリエッティと対峙。響く爆音も彼女達の周りだけはとても静かな別世界だった。

 

「さて、これがジェネレーションシステムのメインシステムだ。このボール大の大きさにまるまる世界を内包していると言っても良い。おっと見た目に騙されてはいけないよ。こう見えてこれの実質量はとんでもないものだからね」

「言われんでも分かってるわ。要はこの空間と同じって事やろ? 空間の圧縮と拡張。広域結界魔法の応用で幾らでも説明がつくわ」

「鋭いね。捜査官としての眼力と状況判断は流石と言っておこう。ではこれには気付いているかい? 既に私達の周りにも空間処置が施されている事が」

「私達の周りの空間位相をズラしてんのやろ? こんだけドンパチやってんのに私らの所には一切その影響が無い。姿は見えていても存在はここに在ってここには無いって状況や。けれど分からんのは何故私をここに招いた? ジェネレーションシステムから遠ざけたいなら、この方法でシステムを隔離してしまえばええんと違う?」

「君には見る権利がある。知る義務がある。最後の夜天の王として、過去にその夜天の書が犯した罪と現在に連なる結果をその身に刻む必要がある。いわば君はVIPなんだよ。八神はやて君」

 

 黄金の瞳はいつになく真剣だった。人を小馬鹿にしたような笑いがない。

 そしてはやてもスカリエッティの言っている意味はそれとなく理解できた。夜天の書が犯した罪。それはシステムが世界を内包するに至った原因を作った事だ。夜天の書自体が悪いわけではない。書とその意思であるリインフォースは抗えないシステムに操られていただけだ。悪いのはシステムを改ざんした過去の王。しかし結果としてジェネレーションシステムのあった世界は崩壊し、システムは世界を内包するまで自己進化を遂げた。それが今、この世界の脅威になろうとしている。それが現在に連なる結果。

 

「確かにアンタの言う通りこの結果を見届けるのが最後の王たる私の義務かもしれん。でもだったら尚更アンタの好きにはさせんよ。ジェネレーションシステムも、この世界もアンタの思い通りにはさせへん!」

「勿論そう来るだろうね。ではこれを見たまえ。既に状況はチェックだという事を知るが良い」

 

 世界が一変する。戦っているギンガ達の姿が消え、はやてと彼の周りは別の戦場へと切り替わった。

 はやての頭の中でリインが盛大に混乱の声を上げている。彼女だってできるなら声を上げてしまいたかった。だがそれをしてもスカリエッティが喜ぶだけ。ここはぐっと堪えて周囲に目を凝らす。

 そこは魔法世界とは違う世界。けれどもリアルタイムで戦いが起こっている世界。

 ジェネレーションシステム中枢部、Geistともう一人のスカリエッティが衝突する戦場だ。

 空間ホログラムか何かだろう。飛び交う銃弾、光線。爆発の余波。それら全てが体をすり抜けて行く様はなんとも形容し難い。ここではあくまで傍観者だという事だ。

 はやては努めて冷静に周囲を観察し、そして苦い顔をした。スカリエッティもそれに気付いたのだろう。

 それでもまだ彼の顔に笑みは生まれない。

 

「気付いたかい? 君達が頼りにしていたGeistもシステムのファイアーウォールもかなり押し込まれている。もう一人の私とクアットロがシステムを掌握するのは時間の問題だ」

 

 悔しいが彼の言う通りだ。Geistとレギナ達はもう中枢部中央に大分押し込まれていた。リーンホースJr.を最後尾になんとか耐えているが限界が近い。

 真騎士ガンダムが爆炎に吹き飛ばされ、地に伏した。その真騎士ガンダムを守ろうとしたタイタニアのライフルが弾かれ、右手が吹き飛ぶ。Ex-Sが両手に持ったビームサーベルを振るった瞬間、別方向からの攻撃に体勢を崩し倒れ込む。

 しかし彼女達は諦めていない。互いに励まし合い、肩を貸し、立ち上がり戦い続ける。

 信じているのだ。外の世界ではやて達の作戦が成功するその瞬間を。

 

「私はさっきチェックと言った。しかしチェックメイトではない。八神はやて君。私は君達を過小評価しているつもりはないよ。まだ何か隠し玉を持っているね? だから君達はまだ諦めていない」

 

 ようやく金の瞳に笑みが浮かんだ。彼は過程を楽しんでいた。決まり切ったワンサイドゲームなど面白くはない。この危機的状況の中で相手がどんな手を使ってくるのかが楽しみで仕方がないのだ。どんな手で来る? どんな手で逆転を狙ってくる? どんな手段を使って私を驚かせてくれる? 驚くという事はそれが意識の外にあるという事。意識の外とは思いつきも、考えもしなかった事。こんな手があったのか。あんな手があったのか。それを知る事もまた一つの知の探求に他ならない。そしてそれを知りたいと思う事もまた無限の欲望に課せられた呪い。

 付き合ってられん。はやては逆に冷めた瞳でスカリエッティを睨んだ。

 お前の知的探求とやらに付き合ってやる義理などない。お前一人の欲望を満たす為にどれほどの被害が出たと思っている? どれだけの血が流れ、どれだけの人が今歯を食いしばっていると思う? 知的ゲームがしたいなら勝手にしていろ。

 はやてが突然リインとのユニゾンを解除した。

 ますますスカリエッティの笑みが強まる。ここでユニゾンを解除する理由が全く見当たらない。八神はやてという少女の身体能力を顧みるにユニゾンアウトはデメリットにしかならない。それでも笑いが止まらないのはそれがスカリエッティの性だから。知らない事が目の前で起こるという期待に溢れているから。

 それこそがスカリエッティにつけ入る隙になる。はやては夜天の書を開き、騎士杖シュベルトクロイツを大きく掲げた。

 

「インストール! ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士!!」

「何っ!?」

 

 一気にスカリエッティから笑っている余裕が無かった。はやての髪が真紅へと変化。黄金色の金属部もレッドメタリックへと変化したのである。何よりも魔力の質ががらりと変わっていた。はやての魔力は感覚的な話をすれば大海の広く、闇の様に深い。だが今の彼女はどうだ。鉄よりも堅く、頑強になっている。白衣に仕込んだフルオートディフェンダーが彼の意思に関係なく働く。そうでもなければ彼ははやての一振りで呆気なく吹き飛んでいただろう。今、目の前で騎士杖を白衣に阻まれているはやては宣言通り、鉄槌の騎士そのものだった。

 

「リイン!!」

「はいです!」

「させるかっ!!」

 

 ユニゾンアウトはこの為か。飛び出すリインにスカリエッティはIS・レイストームを発動。渦巻く光がリインを狙う。しかし的が小さくて当たらない。光と光の隙間を縫ってリインはジェネレーションシステムメインシステムへと飛翔する。

 

「余所見はあかんよっ!!」

「うぐっ!?」

 

 再び衝撃が白衣を突き抜けてスカリエッティに襲いかかる。これは先までの情報を更新する必要があるとスカリエッティは判断した。過小評価していたつもりはない。だがユニゾンアウトした八神はやての身体能力は自分と同程度。男と女の体格を考えれば身体強化を入れても僅かに自分の方に分があると踏んでいたのだ。この変化については仮説が立てられる。全く面白い事をしてくれるものだ。

 そんなスカリエッティの眼前。騎士杖の一撃が床を砕く。ゾクリと寒気がスカリエッティの背筋に走った。これは本当に読み違えたと素直に認めよう。しかしこうでなくては面白くない。もっとその先を見てみたくなる。

 くい、グローブ型デバイスの指が動く。迫るはやてに気付かれないように、そっと。

 一方のはやては慣れない力の加減に戸惑いながらも、なんとか制御をしていた。

 はやての弱点は近接及び対個人戦闘にある。いかに指揮系統に優れ、いかに広域殲滅魔法に優れていても、その網を掻い潜り懐に潜り込まれてしまうとその牙城はかくも脆い。これは長年の問題だった。指揮官はあまり前に出るものではないというのは分かっている。しかし状況によっては前に出なければならない。そうなった時のはやてはあまりに無力と言っても良い。

 分身とも言えるディアーチェにも言える事だが、魔法のスタイルと適正がそうである以上ある程度は仕方がないだろう。だがそれに甘んじる程、八神はやてという女性は弱くはない。

 その結果考案されたのがこの力だった。夜天の書に記録されているヴォルケンリッターのデータをユニゾンの要領で自身にアジャストさせる。インストールとはユニゾンとは似て非なる力故の仮呼称である。

 だがこれはまだ完成に至っていなかった。間に合わなかったのである。ユニゾンとは二人分の意思を同調させ、術者の管制・補助を行う魔法。インストールははやて自身にヴォルケンリッターの力を落とし込み、反映させる技術。処理や調整ははやて自身に委ねられる事になる。

 故にまだまだ調整が必要。実戦で使うにはまだ早すぎるというのが、担当したシャーリーの見解である。

 だがなりふりかまっていられない。はやてはこのタイミングでインストールを使う事を躊躇いはしなかった。あんな光景を見せられた。時間がもうそれほど残されていない事を知った。ここで切り札を使わずしていつ使うというのだ。

 しかしその刹那である。騎士杖の一撃がスカリエッティを捉えたかに見えた途端、その姿が蜃気楼の様にかき消えてしまったのだ。思わず手を止めるはやての周囲を囲むスカリエッティ。

 幻影? はやては目を細める。

 

「なかなか興味深い事をしてくれる。だが随分と辛そうじゃないか。そんな様で私が止められると思ったのかい?」

「親切にどーも。けどまだまだ余裕のよっちゃんや。ぶっ倒れるのはアンタを捕まえてからでええやろ?」

 

 虚勢だな。スカリエッティは肩で息をしているはやてにそう確信した。どうやらあの状態は相当体に負担がかかるらしい。自らの弱点を補い短期決戦に挑んだ判断は認めよう。しかしそれも結果が出せなければ意味がない。

 IS・シルバーカーテン。はやての周囲にいるスカリエッティは全て幻。今のはやてに構っていられるかと、スカリエッティの視線はジェネレーションシステムを操作しているリインに向けられる。

 そう。既にリインはあのボール状のジェネレーションシステムに辿りついている。だが辿り着いた所でどうしようというのだ。システムを完全掌握する事はできずとも、プロテクトに変更を加える事はできる。彼女が如何に優秀なデバイスでも、変更されたプロテクトを突破するにはまだ時間がかかるはずだ。そもそもアクセスした所で何ができる。外部掌握をしようものなら全てデータが消去されてしまうというのを知らないわけでもあるまい。

 いや、念には念を入れておかなければならない。小さな波紋がやがて大きなうねりになってからでは遅いのだ。

 

「……見つけた」

「!?」

 

 その小さな呟きにスカリエッティは驚き振り返る。幻に囲まれていたはずのはやての視線がじっとこちらを見つめていた。

 そんな馬鹿な。スカリエッティは慌ててレイストームの軌道をはやてに向けようとする。そこで気付いた。はやての色が淡く鮮やかな緑に変わっている事に。

 

「まさかまだ変わるのか!?」

「インストール。ヴォルケンリッター、湖の騎士。かーらーのっインストール! ヴォルケンリッター、守護の聖獣!!」

 

 緑が青へと変わる。髪の色も灰がかった青へと変えて、はやては驚くスカリエッティを尻目に騎士杖を床へと突き立てた。途端に幻も全て掻き消して光の氷柱が突き出し、スカリエッティ本体を囲う。

 畳みかけるなら今だ。はやては気力を振り絞り最後のインストールを行う。

 

「インストール! ヴォルケンリッター、烈火の将!!」

 

 最後の色はピンク。しかし燃える炎のピンク。騎士杖の先端から噴き出した炎を刃へと変え、はやてが放つ一閃は灼熱の軌跡を描いた。光の氷柱を砕き襲いかかる炎刃に反応する白衣。だが物理は防げても熱は防げない。身を焼く炎に身をよじらせ、スカリエッティは何度も床を転がった。そしてその炎が消えた頃、眼前にはインストールを解除したはやてが騎士杖の先端を突き付けている。

 初めて焦りから来る笑みがスカリエッティの顔に生まれた。

 彼女の息はまだ整っていない。だがスカリエッティのダメージも深刻。白衣のオートガードを突き抜けたあの炎刃は彼の胸元に大きな火傷と裂傷を刻みこんでいる。とてもではないが動ける状態ではない。

 これは予想外も予想外。過小評価はしていなくても、ここまで追い込まれるとも思っていなかった。

 しかしまだ“次”がある。あるにはあるが、少々リスクが高い。

 それ以上にクライマックスはもう目前だ。“次”に変わるのはそれを見てからでもなんとかなるだろう。

 

「完全にしてやられたよ八神はやて君。だがもう終局だ。間もなくもう一人の私がジェネレーションシステムに到達し、完全掌握をするだろう。さぁどうする。あのユニゾンデバイスで何か企んでいる様だが、どっちが先に事を成すか神にでも祈るかい?」

「神に祈る? 笑わせんな。勝つのは私達や」

「言うね」

 

 ならば見守ろうじゃないか。スカリエッティはそれ以上抵抗せずにその時を待つ事にした。

 乗ってやろうじゃないか。はやても騎士杖を向けたままその時を待つ。

 はやてはリインとGeistに全てを託した。

 スカリエッティはもう一人の自分に全てを託した。

 お互いやるべき事をやり、後はその瞬間を待つ。

 その間にも周りのホログラムは動いて行く。真騎士ガンダムが動かなくなり、タイタニアが動かなくなり、Ex-Sが動かなくなる。ディーヴァの砲撃にリーンホースJr.が沈黙する。

 スカリエッティが勝ちを確信したように笑った。はやてはまだだとリインに目を向ける。彼女は必死にコンソールを叩いていた。ディーヴァからもう一人のスカリエッティが下りてきた。

 これから仕上げに入るのだろう。悠々と歩くスカリエッティがジェネレーションシステムに到達する。

 しかしそんなスカリエッティが不意に作業の手を止めて振り返る。そこにいたのはチンクとセイン。声は聞こえないが何かを必死に訴えている。それをスカリエッティも最初は黙って聞いていた。だが不意に溜息をつくと何かを呟く。

 それは少し寂しそうな、それでいて彼にはとても似つかわしくない父親の顔。

 チンクとセインが走り出す。しかしスカリエッティは既に指をボタンに当てている。

 そして彼はそれを強く押し込み……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も変化は訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界は、ジェネレーションシステムは私を拒否したのだろうか?」

「残念ながらジェネレーションシステムそのものにその判断はできないと聞いています。システムは中枢部に到達した者全てを受け入れる。それが善であっても悪であってもプログラムを書き換えられれば、システムはそれに抗う力は無い。だからファイアーウォールがあり、アプロディアがいる」

「ドクターは最後の最後でそれに阻まれた。ただそれだけなんだよ。アプロディアが仕掛けた本当に最後のプロテクトが土壇場で間に合ったんだ」

「アプロディアが仕掛けた最後のプロテクトだと?」

「そう。現実世界でアプロディアが機動六課と時空管理局に託したプログラム。それはアンチリセットプログラムさ。ドクター、確かに貴方の野望は今も進行しようとしている。この世界は貴方の命じたプログラムの通りに再編されようとしている。しかしその一方でこの世界を維持させようとしているプログラムも動いている。いわばプログラムのいたちごっこだ」

「アンチリセットプログラムだと? 世界のリセットを行っていると同時にこの世界を維持させようとしているだと? 理屈に合わない。そんな事をすればシステムが情報オーバーロードを起こすぞ!」

「確かにね。流石のジェネレーションシステムでも情報オーバーロードは免れない。でもねドクター。それと同じくらいの処理が外部で出来たら話は別だと思わない?」

 

 チンクとセインの言葉にスカリエッティは力無く崩れ落ちた。

 二人の言っている意味が理解できたのだろう。そしてそれは外のスカリエッティも同じ。だがシステム内のスカリエッティの様に崩れ落ちはせず、むしろ笑い声を上げている。同じ人物でこうも反応が違うと本当に同じ人間の派生なのかとはやては疑ってしまう。そんなはやてを他所にスカリエッティは空間ホログラムを解除。彼らは再びジェネレーションシステム中枢部へと戻って来る。

 

「あっはっはっはっ! やってくれるじゃないか八神はやて君! まさかアンチリセットプログラムとはね。成程。完全掌握ができずともプログラムを流し込む事はできる。あのユニゾンデバイスはそれを流しこんだという訳か。最高だね君達は。何処まで私を楽しませてくれるんだ? 前提となるジェネレーションシステムと同等の処理ができるシステムなど、この世界のどこにもないのだから考えもしない。一体どんな手品を使ったんだい? 教えてくれよ」

「ここでこれ以上ネタをばらすわけないやろ?」

 

 スカリエッティの流れる様な言葉に騙されてはいけないとはやては警戒を強めた。

 正直な話、スカリエッティとの会話は非常に危険だ。彼は一を聞いて十を知る。ほんの些細な事から彼は真実に辿り着く可能性がある。

 実際の所、このアンチリセットプログラムは薄氷の上を履むが如し。非常に危うい事この上ない。

 確かにこの世界でジェネレーションシステムと同様の処理能力を持つ物は存在しない。無限書庫も然りである。しかしそれはあくまで単体のシステムであれば。だったらその処理を分散させてやれば良い。ありとあらゆるシステムを繋げ、少しずつ処理を行えば負担は激減する。Distributed computing。分散コンピューターという奴だ。その為に時空管理局は無限書庫に管理者権限を一時的に与え、全てのネットワークを繋げた。今頃ユーノと集められた演算処理に長けた優秀な局員が悲鳴を上げているはずだ。しかし彼らの努力と、それこそ陸と海関係なく現在管理局が保有する全ての機器が少しずつこの処理を行う事でアンチリセットプログラムは進行している。正に時空管理局の総力を以ってジェネレーションシステムの世界を維持しようとしているのである。

 だがこのシステムのアキレス腱はそのネットワークにある。ネットワークが途切れればその分だけ無限書庫がそれを肩代わりし、次第に処理演算が間に合わなくなる。それは即ちジェネレーションシステムのリセット処理に間に合わなくなるという事だ。

 追い詰めているようで、実際に追い詰められているのははやて達の方なのである。

 故に悟られてはいけない。本当の意味でこれが最後の砦。目に見えない一身一体の攻防がギリギリで現状を維持していると絶対に悟られてはいけない。

 だが、一枚上手なのはスカリエッティの方だった。

 

「ふむ。なら仕方ない。いっその事全部仕切り直してしまおう」

「……は?」

 

 今、彼はなんと言った?

 

「聞こえなかったかい? 全部仕切り直してしまおうと言ったんだ。アンチリセットプログラムがこちらの世界から送られているのならばその大元を断ち切ってしまえば良いという単純な話さ。大方無限書庫か地上本部だろう? ん~、どちらかと言えば無限書庫か。陸でも海でもないもっとも中立な場所だしね。となるとゆりかごはこのままで良いか。どうせクラナガナンに落とすつもりだったのだし」

「ちょ、ちょっと待てぃ!! あんた今、ゆりかごを落とす言うたか? クラナガンにゆりかごを落とす言うたんか!?」

「ん? 言ったけどそれが何か?」

 

 焦るはやてにスカリエッティは首を傾げていた。その顔に一切の淀みはない。ごくごく自然な顔。

 はやては後頭部をガツンと叩かれた気分だった。

 今の今まで、何も分かっていなかった事を思い知る。ここに来てやっと彼の本質を垣間見えた。

 破壊者でも、愉快犯でも。その総称たる犯罪者などでは収まりがつかない。スカリエッティは純粋に研究者なのだ。この世界が彼の実験場。検証の場。自分の実験が間違ったと思えば仕切り直す。新たな理論を用いてやり直す。モルモットで生体実験をするのに罪の呵責がないように、自分の研究でどれほどの被害が出ようと彼にとっては些末な事で気にする必要もなければ、そんな気もない。

 ジェネレーションシステムがうまくリセットできないなら。その原因が地上にあるのなら。だったら原因を潰していく。実験と検証を重ねる上で修正すべき原因は取り除く事はごくごく当たり前の事として、彼はそれを実行しようとしているのだ。

 

「させへん……。そんな事絶対にさせへん!!」

「もう遅いよ。ゆりかごの中にいた私が死んだ時点で聖王のゆりかごは地上に落ちる様に設定していた。君達が悪いんじゃないか。君達がここまで邪魔しなければ、私は君達を実験失敗の原因因子として扱う事はなかったんだし。そりゃ攻められたら反撃もする。研究を守らなければならないからね。でも幸運なのは君達が無限書庫を中心にしてくれた事だ。おかげで手間が省ける。これでみんなリセット。仕切り直しができる」

「アンタに罪の意識は無いんか!!」

「ある訳ないだろう。どうしてそんな物が必要なんだい?」

 

 ああそうだろう。アンタならそう言う。分かってて言ったんや!

 それでも口に出さずにはいられなかった。言わずにはいられなかった。はやては舌打ちを鳴らしながら至急クロノへ通信を繋げようとする。だがどのチャンネルに合わせても聞こえてくるのは雑音だけ。ミネルバにもアースラにも繋がらない。どうして? はやては無意識にスカリエッティを見て目を見開いた。

 得意気な顔をしたスカリエッティが見せつけるように自分のデバイスを出していたから。

 

「ジャミング……」

「念話なんてさせないよ。ああそうだ。ついでだからアレも出してしまおう。もしかしたら無限書庫が本命じゃないかもしれないからね。いっその事、地上をまっさらにしてしまえば余計な事もできないだろう」

 

 そしてスカリエッティは術式を発動させる。はやては騎士杖を振りかぶっていた。これ以上スカリエッティが何か企んでいようとも、本人を抑えればAMFジャミングは解けるかもしれない。

 だが踏み出した途端、大きな揺れにはやては足を取られてしまう。

 最初は時空管理局の総攻撃かと思った。遂に管理局が我慢の限界に来たのかと思った。しかしどうやら違うらしい。スカリエッティが上空を見上げ、ひきつった笑いを浮かべているのが見えたから。

 それにつられて見上げたドーム状の壁面に亀裂が入っていたのが見えた。

 正確にはこの部屋全体に施された術式に、と言った方が正しいだろう。この部屋を一つの大きな広域結界と見なすのであれば、それは結界の亀裂と見て間違いない。何かが外部から力技でこの結界を砕こうとしている。

 その結果を即座に弾き出したはやての顔から血の気が失せる。

 すかさず踵を返す。リインがまだジェネレーションシステムの所にいる。ギンガとシスター・シャッハ。共に乗り込んだ管理局員は申し訳ないが自力でなんとかしてもらうしかない。

 スカリエッティも何か叫んでいた。きっとウェンディを呼んでいるのだろう。

 だがもう何もかも遅い。空間の圧縮と拡張。そしてはやてとスカリエッティの周囲に施された位相のズレ。それらが崩壊したらどうなるか。本来ならば結界解除の段階を踏んだ時点で害を起こさない様に空間は修復される。だがこれは解除ではない。破壊だ。一部の結界は作用しつつ、そこに穴ができる。拡張した空間に突如として元の空間が出現する。

 待っているのはその元の空間への収束だ。それも急激な。

 

「リイン! こっちに来るんや!!」

「はやてちゃん? 一体どうなってるんですか!?」

「良いから早く!!」

 

 リインが飛び出す。はやてがその小さな体を引き寄せた瞬間、遂に亀裂は穴を穿った。

 突如として豪風が渦を巻く。空間に穿たれた穴へと全てが収束していく。はやては即座に魔法を発動させてそれに耐えるしかなかった。インストールの影響で体がキツイがそうも言っていられない。できるだけ身を小さくし、リインと共に風の暴力にじっと耐えるしかなかった。いつの間にかギンガとシスター・シャッハ。魔導士達が近くにいる。ついでにウェンディが目を回してギンガに担がれている。これは運が良い。空間が本来の距離に戻り、はやて達を引き寄せてくれたのだろう。運が無かったのはスカリエッティ。この暴風に耐えられず、ガジェットと一緒に吹き飛ばされていた。なんだか楽しそうに見える。よく聞こえないが歓声を上げているらしい。こんな経験滅多にできないと喜んでいるのかもしれない。

 ……本当に運が無かったのだろうか。

 

「はやてさん! あれ!!」

 

 ギンガが指さす先、空間に穿たれた穴。そこから何かが入り込んできた。

 どうしてあんたがここにいるんやと声を上げたくなる。

 それは漆黒の不死鳥ハルファスベーゼ。しかし声を上げなかったのはそれと一緒に見えた物があまりにも場違いな物だったから。

 腕、である。広げた掌は丁度モビルスーツ一機分。伸びた腕は更に大きい。

 もう一本の手が亀裂に手をかけた。何かがそこから這い出ようとしている。地獄の底からぬるりと、漆黒の不死鳥を追って這い上がってこようとしている。

 肌は薄紫。髪は銀。その瞳は血色。上半身だけみれば悪魔の様に美しい。だが亀裂に身を乗り出した事で見える下半身は蛇。半人半蛇。ラミアと呼ばれる幻想の怪物そのもの。あまりに異様であまりに異質。自然と嫌悪を覚えるはずなのに、何故か美しいと思えてしまう。何故か目を奪われてしまう。

 彼女達を除けば、だ。

 

「あ、アインス……」

「違いますはやてちゃん! あんなの、あんなのがアインスのはずないです! アインスであって良いはずないです!!」

 

 リインの声がはやてを連れ戻す。確かにそうだ。アインスはあんな醜悪な笑みを浮かべない。耳まで裂けるような口で笑わない。あんな血に飢えた目をしていない。

 となれば何か。アメリアス・ナハトヴァールなのか? だとしてもあの姿は? 何故ハルファスベーゼがここにいる?

 一体全体何がどうなっている?

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 はやての尽きぬ疑問を他所に咆哮をあげるそれ。

 それでもたった一つ言えるのはあの巨大な怪物とハルファスベーゼが戦っている。

 ただそれだけであった。

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