問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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一巻 YES! ウサギが呼びました!
僕の名前は


 足元に広がる血溜まり。むせ返ると異臭と散らばる肉片。この世に地獄があるのなら、少なくともそこは地獄の一つに数えれられるものだった。

 惨劇の舞台に佇むのは独りきりの少年。

 顔立ちこそ整った良いとこの育ちを思わせるが、格好は安物の着流し。漆黒の髪を髷に結わず無造作に流すザンギリ頭。風貌はまるで浪人のようだった。

 

 少年の手には一振りの刀が握られていた。柄から切っ先まですでに拭い切れない血に塗れている。それら血の源泉は足元に広がる骸である。

 この惨状を生み出したのは彼。

 転がっている者達は彼を殺しにやってきた者達で、ならば返り討ちにした彼に罪はないかと言われれば……それでも人はやりすぎだと言うだろう。人の為せる所業ではないと慄くだろう。

 

 斬られた者は最低でも体を十以上に分断され、拳あるいは蹴りを受けた者は腐った果実のように無残に潰されていた。

 どこを見てもどす黒い血に侵された空間で、しかし少年の瞳は惨状を映してはいなかった。濡れた黒瞳はひたすらに虚空を見つめる。まるで夜空を眺めるが如く、虚ろに見つめ続ける。

 

 辺りは火に包まれていた。床が、天井が、転がる骸諸共、この惨劇そのものを無に帰すように炎は広がる。

 

 それでも、と彼はぼんやりと考える。

 きっと自分だけは生き残るだろう。これからやってくる人を斬り殺し、押し潰し、火は衰えることなく建物を燃やし尽くしてさえ自分は生き残るだろう。この程度で死ねるなら、遥か昔に死んでいる。

 

 少年は、彼は、僕は――――やはり独りだった。

 

 

 

 

 

 

「あー……つまらないなぁ」

 

 床に寝転んでぼやく。

 ひんやり冷たい道場の床は気持ちが良くて好きだ。いつもなら、『神聖な鍛錬の場であるこの場所でそのような!』とかなんとか、がみがみと小五月蝿い説教をされるものだが、今時分は彼一人きり。誰の小言も受けることはなく存分にだれていられる。

 だがしかし、暇であるのだ。

 

 この時代、十七となれば立派な成人。それが昼間っから鍛錬もせずにゴロゴロと、しかも道場でなんて。誰かに見られればまた『あのうつけ殿下は……』と聞こえるように嫌味を言われたことだろう。

 そのことに同意はしよう。けれどそれで彼が自身を省みるかと言われれば、否である。

 

 ごろり。また寝返りをうつ。

 うつ伏せのままジタジタと足をばたつかせて、不意に止まる。小鳥のさえずりが道場に響く。

 

「つまらない……」

 

 一体何度同じことを呟いただろうか。思い出せはしない。少なくとも、このぼやきが飽きてしまうほど彼は飽いていた。

 繰り返しの日常に。ハリのない平穏に。この世界に。生活に。

 

 ――――己の()()()()()()()()()

 

 彼はすでに知っていた。これから自身に起きる出来事、そのほとんどの顛末(てんまつ)を。どこで? と問われればこう答える。夢で、と。

 

 言えば誰もが笑うだろう。もしくは嘆くだろう。遂にあの男はここまで狂ってしまった、と。

 しかし事実なのだ。見たのは一度きり。一から十まで細かく見えたわけではない。

 それ以外の、見た夢全てがそうであるとは彼も思ってやしない。それでも、あのとき見たあの夢だけはこれから起こる出来事なのだと確証もなく確信している自分がいるのだ。

 その上で彼は思った。己の一生、正確には十数年に及ぶ生の歩みを先読みした感想は……なんてつまらない人生なのだろう、だった。

 

 夢の中の自分は、幾度となくあえて窮地へと赴く。周囲は無謀だ不可能だと叫ぶ戦の数々を、夢の自分はその全てに勝利する。()()()()()

 

 夢で見た出来事、その全てが楽しくなかったわけではない。いくつかはにわかに心踊るモノもあった。ありそうだった。

 けれどそれももう無くなってしまった。結末を知った物語を、一体どうやって楽しめというのか。

 

 勝つことがわかっている戦を繰り返し、挙句部下に裏切られ最大の窮地に追い込まれて尚、彼は生き残るのだ。

 夢はそこで終わったのでその先どうなるのかは知らない。だがはたして、寿命以外に迎える最期があるとは思えない。いや寿命という時間でさえ、自身が滅びる姿を想像することが出来なかった。

 

 そうして夢の中の自分と、その夢を見ている自分はふと思ったのだ。

 

 永遠に続く平坦な道を歩く人生。――――それは堪らなくつまらない。

 

「?」

 

 再び寝返りをうって、指先になにかが触れた。首を横たえてそれが何なのかを確認する。

 

「手紙……?」

 

 上体だけ起こしてその手紙を手に取る。

 見慣れない形状のそれは赤い蝋で封されている。刻印はされていない。――――いや、そんなことよりも気になることは別にある。

 こんなもの、彼が道場にやってきたときは確実になかった。だとすればこれが置かれたのは彼がここにやってきた後からになる。

 しかし、彼がここにやって来てから誰も道場にはやってきていない。少なくとも、彼はそれを感知していない。

 

 それはつまりどういうことか。何者かが、自分に気付かれることなくここにこの手紙を置いていったのだ。

 これは偶然ではない。何故なら、この手紙には彼の名前が記されている。

 

 それを考えて、彼は明確に口を笑みに変えた。何時ぶりか思い出せない、心からの笑みを浮かべた。

 

 封を破いた。無造作に。贈り物を待ち焦がれた子供のように封を破り捨てて中身をさらけ出した。

 中に綴られた文章に、彼は益々その笑みを深めるのだった。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの《箱庭》に来られたし』

 

 次の瞬間、世界は変わっていた。

 

 雲に触れられるほどの高所に突如投げ出された眼下には、見たことのない世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 問答無用で高所から叩き落とされた少年だったが、彼が落ちた場所は湖だった。無論、それだけでの理由であれだけの高度から落下して助かったわけではない。水面へ接触する少し前、まるで待ち構えていたかのように張られた水膜のようなものが緩衝材となって勢いを殺したからこそである。

 おかげで少年に怪我はなかった。しかし水に落ちれば濡れるは道理。

 

「うわぁ、道着がびちゃびちゃだよー」

 

「まったくよ信じられないわ! 問答無用で引きずり込んだ挙句空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃあれでゲームオーバーだぜ」

 

「大丈夫? 三毛猫」

 

 少年の声に応える――――実際応じたわけではないが――――声があがる。

 周囲を見渡せば、彼と同じく湖の浅瀬に落下したらしき者達の姿があった。

 

 少年を除いて、男が一人。女の子が二人。ついでに猫一匹。

 

 少女の一人。赤い布で髪を両脇に結った方は、勝ち気そうな顔立ちで、現在はありありと不満と怒りを顔に浮かべていた。

 もう一人の方は表情の変化は希薄なものの、やはりこの理不尽な扱いに僅かながら怒りを覚えているのか、不機嫌そうな雰囲気を漂わせている。ちなみにこちらの少女は腕に猫を抱いており、時折その猫へなにやら話しかけていた。まるで猫と会話をしているかのように。

 最後に、少年と同じくする男児。同じくする、といってもそれは性別と年齢――――推定ではあるものの――――ぐらいで、その他はまるで似ていない。目の痛くなるような明るい髪。丈夫そうではあるものの、機能性に優れているようには見えない服。極めつけは先程から時折出てくる聞き慣れない異国の言葉だ。

 

 猫を除けば、全員見た目は少年と同年代くらいの子供達だった。しかし少年自身を含め、風貌からして誰も彼も共通点は見つけられない。

 

 と、そこまで彼等彼女達の観察を終えて、少年はさらに視界を広げる。

 自分達の落ちた大きな湖。それを囲う森林。

 よくよく見てみれば草木もまるで見たことのない形をしている。というより、空気そのものが違う。

 明らかにここは先程までいたはずの道場ではなくなっている。

 それに、落ちている最中ちらりと見えた。巨大な天幕に覆われた、これまた見たことのないような街が。

 

「――――ちょっと貴方!」

 

 思考を一先ず中断し、呼び掛けられたようなので顔を向ける。声をかけてきたのは二人の少女の内、気が強そうな方の少女だった。

 

「レディの前なのだからもうちょっと気を遣いなさいよ!」

 

 少女は顔を背け、時折チラリと向けられる横目で睨んでくる。その頬がほんのり赤い。

 

 言われて少年は己の格好を確認。すでに水辺からはあがっており、今は水気を含んだ道着の上を脱いで絞っている。つまり、腹にさらしを巻いてるとはいえ半裸姿。

 どうやら彼女はその姿に文句を言っているらしい。

 

「ああ、ごめんごめん」

 

 ようやくそれを察した少年は絞っていた上着をパン、と広げて羽織直す。実は次に袴も脱ごうとしていたと言ったら、多分彼女は烈火の如く怒るのだろう。

 

「はっは!」

 

 それを見ていた金色の髪の少年が、未だ顔を赤くしている少女を見てニヤニヤといやらしく笑う。

 

「意外と初心なんだな」

 

「五月蝿いわよ」

 

 少女がキッと睨みつけると少年はわざとらしく肩を竦める。それでも口元はまだ笑っていた。

 

「ここ……どこだろう?」

 

 ここまでの経緯を終始無関心に眺めていた猫を抱える少女が、初めて面々に向けて口を開く。……いや、もしかしたらこれも独り言だったのかもしれないが。

 

「まあその前に念の為確認しときたいんだが……お前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど。――――まず『オマエ』だなんて呼び方訂正して。私は久遠(くどう) 飛鳥(あすか)よ。以後気を付けて」

 

 鋭い眼差しで真っ直ぐ射竦める少女。少女ながら思わず頭を下げそうになるほどの迫力を放つが、相変わらず少年の方は軽薄な笑みを浮かべ続ける。

 

 再び衝突する二人。どうやらこの二人はウマが合わないらしい。雰因気はどこか似たものを感じるのだが。いや、だからこそそりが合わないのか。

 

「それでそこの猫を抱えている貴女は?」

 

 埒が明かないと思ったのか、ふんと鼻を鳴らして少年から視線を逸らして猫をあやす同世代らしい少女へと質問を向ける。

 

春日部(かすかべ) 耀(よう)。以下同文」

 

 表情と同じく抑揚のない語調で自己紹介を終えた。

 

「じゃあそこの野蛮で凶暴な貴方は?」

 

「高圧的な前振りありがとうよ。ご紹介与った通り、野蛮で凶暴な逆廻(さかまき) 十六夜(いざよい)です。粗野で凶暴で快楽主義者の三拍子揃った駄目人間だから、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様?」

 

 挑発的な、それにしては所作が憎らしいほど礼儀正しい十六夜の自己紹介。おまけに最後は

 

「そう。取扱い説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

 思わぬ返しだったらしく十六夜は一瞬目を丸くして、次の瞬間にはヤハハと声をあげて笑った。

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ」

 

 それぞれの自己紹介を傍から聞いていた少年は早速この世界に来れたことを喜んでいた。

 元の世界では日々褪せていた日常。それがここにきてからというものの戸惑いを覚えるほどに潤っていくのを感じる。

 見たことのない土地。植物。空。世界。

 幼少のとき、親に黙って禁じられていた山へ遊びにいったときのような、かつての胸の高鳴りを思い出す。

 

 そしてどうやら少年と同じく『手紙』に呼び出されたらしい三人。飛鳥、耀、十六夜と名乗った彼女等は、元いた世界にはいなかった不思議な存在感を放つ。

 特に彼、逆廻 十六夜という人間とは気が合いそうだと少年は思った。粗野で凶暴で快楽主義者とはまるで自分のことのようだ。ただ彼は自分にはない知性も教養も兼ね備えているようなので、そこは少しだけ羨ましい。

 

(羨ましい……)

 

 そう感じて、彼は心底驚く。自分が他人を羨むことなど一度たりともなかった。

 いつからだったか、少年は他人に興味を持つことがなくなった。誰も彼も同じに見えて仕方がなかった。

 けれど彼等に対しては違う。十六夜だけではない。飛鳥や耀のことを、もっと知りたいと思う自分がいる。他人に惹かれる自分がいる。

 それが驚きだった。

 

「それじゃあ残るはあんただぜ」

 

 十六夜の言葉に、はっと少年は現実に引き戻される。

 

 十六夜の興味の視線。飛鳥の鋭い視線。耀の好奇の視線。

 三者三様の視線を受けて、心なしか緊張する少年だった。それもまた新鮮だ。

 

 けれど、そんな彼等の注目に彼が気圧されることはない。十六夜とも違う、実に子供のような無邪気な笑顔を浮かべる。

 

「僕の名前――――の前に、さっきからこっちを見てる()()が気になってしょうがないんだけど」

 

 自己紹介を後回しに、少年は湖から少しばかり離れた草陰を指さした。

 

 実は、少年達がこの湖に落下してからずっと、あそこに気配を感じていた。獣ではない。人特有の感情を宿した視線が、少年の鋭い感覚に引っかかったのだ。

 

 言葉の通り少年は気になっていたことを口にしただけだ。だとしても、それを告げても()()()()()()()()()()()()

 

「なんだ、貴方達も気付いてたの?」

 

「まあな。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?」

 

「風上に立たれたら嫌でも気付く」

 

 むしろ当然だというような返事だった。その反応は彼等の只者ならぬ存在感を証明するものであり、益々もって少年が彼等に対する興味を抱く理由にもなった。

 

 ただ一人、茂みに隠れる『何者』かだけは予想外だったようで、がさりと大きく音をたててしまうほど驚いていた。

 しかしそれも仕方がない。決してそれの身の隠し方が未熟だったわけではない(熟練されていたというわけではないが)。ただ彼等の勘が鋭過ぎた。

 

 はたして、日頃川遊びで慣れている少年を除いて、理不尽で問答無用の湖落下に軽い殺気を伴った視線に、茂みから出てきた者は大いに震えていた。――――()()()()震えさせていた。

 

「や、やだなぁ皆々様。そんな狼みたいな顔で睨まれると黒ウサギは死んでしまいますよ? ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵にございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「裸みたいな恰好してるね」

 

「あっは、取りつくシマもないですね。というか裸みたいってなんですか!?」

 

 茂みから現れたのは彼女自身が名乗ったようにまさしく『黒兎』であった。長い耳。フサフサの黒髪。けれど、その兎は特徴的な部分を除いて人間の姿をしていた。

 

 両手を挙げて降参のポーズを取る黒ウサギ。しかしその目はじっくりと少年達を観察している。品定め、というべきか。

 見た目の愛らしさとは裏腹に、中々油断ならないと密やかに笑う。

 

「そこのウサギにこの状況を説明してもらう前に、やっぱ自己紹介は終えちまおうぜ」

 

「そうね」

 

 提案した十六夜は、言いながらも黒ウサギを逃さないよう逃げ道を塞ぐように彼女の背に立つ。彼女も逃げるつもりはないのか反論もなく大人しく座っている。

 再び、黒ウサギを加えた四人の視線が少年へ集まった。

 

(……嬉しいなぁ)

 

 自然、口元がにやける。

 

 ここにやってきてまだ時間は僅か。そこですぐに出会った人物達は、かつていた世界では決して会えないだろう逸材ばかりだった。

 戦が、力こそ全てであったあの世界でさえ満たされなかった少年の心。それが、彼等相手では僅かばかり言葉を交わしただけで容易く潤っていく。

 

 ならば一体ここにはあとどれくらい、自分のこの渇望を満たしてくれる存在がいるのだろうか。

 考えるだけで期待が膨らむ。胸が高鳴る。

 

 だからこれは彼等だけではない。これから先出会うことになるであろう者達へ向けた、謂わばこの世界へ対する挨拶。

 

 それぞれが領土を治め、数多の大名が覇権をかけて争う乱世の時代。その時代を正面から力でもって制するはずだった男。

 

「僕の名前は――――織田(おだ) 三郎(さぶろう) 信長(のぶなが)だよ」

 

 これは、この箱庭の世界に新たな魔王が召喚された物語。




どうも!初めましての人もそうでない人もこんにちわ!

遂に問題児シリーズ二次書いちゃいました。アニメも始まってテンション上がりっぱなしです。はたして完結するのか!?そも原作完結してないじゃん!そして私は四月より社会人ですけど更新出来るの!?
そんな全てを丸めて食べて知らん顔しながら書いていきます!(おい)

アニメ効果できっとこれから先、俺なんかの駄作と比べ物にならないくらい素晴らしき作品たちが生まれるのを楽しみながら、私は私の精魂果てるまで書いていきます!!
どうぞ生暖かい目でヤハハと笑いながら読んでやってくださいませ。

ではこれからよろしくです。

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