問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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逃げようか

 街を駆ける二つの影。

 

 信長は人混みを避けるために屋根の上を。

 レティシアはさらにその上。漆黒の翼を背から生やして信長に追走する形で飛行している。龍影――――彼女に残された恩恵の中でも特に使い勝手の良いものである。

 

 二人は硝子の歩廊に沿いながら街の中央に座するモニュメントを目指していた。レティシアとの合流前、飛鳥があれを特段輝いた目で見つめていたことを信長が覚えていたからだ。

 仮に見つけられなくとも、あそこからなら街を見渡せると考えていたのだが、先行していた信長はモニュメントで一休みしている十六夜と飛鳥を見つけた。

 

 

「見つけたよ」

 

 

 どうやら保険は無用だったらしい。

 

 先行する信長の報告に一先ず安堵するレティシアだったが、状況は決して自分達に優しいばかりではなかった。

 

 続け様に信長が報告する。

 モニュメントの二人目掛けて猛突進する、怒髪天の如く緋色髪を迸らせた黒ウサギの姿を。

 

 

「ついでに黒ウサちゃんも」

 

「あのペースではあちらの方が接触が早そうだな。主殿、悪いが先に行かせてもらうぞ」

 

「はーい」

 

 

 言うやいなや、レティシアの龍影が大気を一叩き。一気に速度を上げて信長を置いてけぼりにした。

 

 その姿を、信長は物欲しそうな目で見送る。

 

 

「僕も飛べたら便利なのになぁ」

 

 

 独りぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「観念してもらうぞ、飛鳥」

 

 

 黒ウサギ急襲からほとんど間を置かず告げられた言葉。飛鳥がそれに気付いた時には、我がコミュニティが誇る金髪美少女吸血鬼に羽交い締めにされていた。

 テンションマックスの黒ウサギ相手では、流石の十六夜もこちらを庇うことも出来なかったらしい。

 

 残念、と飛鳥は嘆息を漏らして両手をあげる。どうやら自分はここで脱落のようだ。

 

 

「貴方が最後の一人よ十六夜君! 簡単に捕まったら許さないわよ!」

 

「了解、お嬢様」

 

 

 ヤハハと笑いながらサムズアップで応えた十六夜は、さらにボルテージを上げた黒ウサギ……いや、赤ウサギを引っさげて更に街中に入り込んで逃走。黒ウサギもそれを追った。

 

 飛鳥の抵抗が無いことを感じたのか、ぶら下がるようにこちらを捕まえていたレティシアが拘束を解いて地面へ降りた。

 

 

「まったく、飛鳥達の悪ふざけには肝が冷える」

 

「ごめんなさい。少しやり過ぎたわ」

 

 

 耀同様、多少の罪悪感を抱いていた飛鳥は素直に謝罪の言葉を口にする。

 

 やれやれと首を振るレティシア。

 苦笑を浮かべる飛鳥。

 

 その二人の耳に聞き覚えのある声が飛び込む。

 

 

「あーすーかーちゃああああああん!!」

 

 

 ようやっと追いついた信長は屋根から大ジャンプ。

 高所から高所へ。

 そこから重力によって地面に引きつけられる速度を利用。両の腕を翼のように大きく広げて、信長は飛鳥へと抱きつこうとして、

 

 

「――――『その場で地面に跪きなさい』」

 

「ぐへッッ!!?」

 

 

 そのまま地面にダイブした信長。

 半ば石畳にめり込んでいる間抜けな姿に、飛鳥とレティシアは呆れたようにため息をついた。

 

 

 

 

 

「裏切るなんて随分じゃない、信長君」

 

「裏切るだなんてとんでもない! 僕はいつだって可愛い子の味方だよ!」

 

 

 信長がレティシアと共に現れたことに飛鳥がジト目で睨むと、信長はいっそ胸を張って答えた。

 

 可愛い子の味方。

 だから最初は飛鳥達の悪巫山戯に乗っかり、今度はレティシアに協力したとの言い分だった。

 

 

「それ、胸を張っていい言葉じゃないわ」

 

 

 ここまで堂々と言われては優柔不断とも言えず、最早怒る気にもなれない飛鳥はただただ呆れる。

 これが故郷の教科書で学んだ『織田 信長』と同一人物なのかと、本気で疑う。

 

 そんな飛鳥の憂鬱顔も愛しいとばかりにニコニコしている信長は、手元のものにパクリとかぶりついた。途端に表情を驚きと幸せそうな笑顔に綻ばせる。

 

 対して、同じものを持っている飛鳥は、自身の手にあるそれを見て難しい顔をした。

 

 

「飛鳥はこういった食べ物は嫌いだったか? クレープというのだが」

 

 

 飛鳥の顔が優れないことに気付いたレティシアが窺ってくる。

 

 三人は時間潰しに観光と腹ごなしを兼ねて街を練り歩いているところだった。その際通りがかった露店でクレープを買ってくれたのはレティシアなのだ。

 故に飛鳥の顔を見て、どこか申し訳無さそうになっている彼女へ、飛鳥は首を横に振る。

 

 

「いいえ違うのよ。とても美味しそう。美味しそうなのだけれど……」

 

 

 改めてクレープを見下ろす。

 

 生クリームの上にスライスした果物を列べ、チョコソースやいちごソースがかけられたそれを薄い生地と包んでいる。ふんだん生クリームは今にも溢れんばかりである。

 飛鳥とて女の子。大食漢の耀ほどではないけれど、甘いものは好きな方だ。だが、

 

 

「どうやっても口元が汚れてしまいそうで」

 

 

 故郷では正真正銘のお嬢様であった飛鳥。礼儀作法は物心ついた頃よりみっちり仕込まれている。

 立派な淑女たれと常に身だしなみひとつにも気を付けている彼女には、汚した口元を衆目に晒すなど、そんなあられもない姿を見られることを躊躇っていた。

 

 

「まあ、箱庭の外からやってきた人間のほとんどが飛鳥のような反応をするものだ。故郷とは文化も思想も種族も、なにもかもが違うのだからな。――――信長は違うようだが」

 

 

 飛鳥の隣りで未知の食べ物を臆しもせず口に運ぶ信長。彼のいた時代を考えれば飛鳥以上に困惑してもおかしくはないのだがそんな素振りは無い。ぺろりとクレープを平らげた。

 

 

「あ、レティシアちゃん口についてるよー」

 

「ん? ああ、ありがとう」

 

「信長君は馴染みすぎよ」

 

 

 信長がレティシアの口元についたクリームを指で拭い、それを口にパクリ。

 レティシアもレティシアでまるで動じずに、むしろ当たり前のことであるかのように受け答えをしている。

 

 見ている飛鳥の方が赤面していた。

 

 

「…………」

 

 

 未だ一口も食べられずにいるクレープ。遂に意を決してかぶりついた。

 

 まだ少し温かさの残る生地。生地が破けると冷たいアイス、トッピングしたバナナとチョコレートがいっぺんに殺到する。

 案の定、口が汚れた。

 

 

「美味しいわ」

 

「それならもっと笑いなよー」

 

「ふんっ! ――――あら? あれ何かしら」

 

 

 顔を背けた向こうで、露店を彷徨うとんがり帽子の小人を見つけた。

 

 

「はぐれの精霊、か? 珍しいな」

 

「はぐれ?」

 

「あの類の小精霊は大抵群体精霊だからな。単体で行動することは滅多にないんだ」

 

 

 そんな話をしている矢先、視線に気付いた精霊は慌てた様子で三人の視界から逃げ出した。

 

 それを見た飛鳥は半ば反射的に体が動かす。持っていたクレープをレティシアに渡した。

 

 

「わっ!? あ、飛鳥?」

 

「残りはあげるわ。ちょっと追いかけてくる!」

 

 

 初めて見る精霊に胸踊らせて街中をかき分けるように駆け出したのだが、ピタリとその足が止まる。

 

 

「でもそれ、信長君にはあげちゃ駄目よ?」

 

 

 顔を振り向かせず念押しするように告げてから、飛鳥は再び精霊を追って走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく」

 

 

 非常に行動的な主にレティシアは肩を竦め、しかし愛らしい子を見るような暖かい微笑みでそれを見送った。

 

 それに最後の言葉。

 問題児だと言われながら彼女もやはり女の子かと、レティシアは笑みを溢す。

 

 さて、と彼女は手元のクレープを見比べる。

 片方は半分ほど残っている。こちらはレティシア自身の。そして一口だけかじられているのが飛鳥に渡された方だ。

 

 食べきれなくはないが、流石にこれでは食べ過ぎになってしまう。

 

 

「一つ片付けてくれるか? 私の残りで悪いが」

 

 

 レティシアは自分の残った方を信長に差し出したのだが、信長は中々受け取らない。

 

 

「?」

 

「……うん、ありがとー」

 

 

 受け取るまでの妙な間に不審がるレティシアだったが、信長は受け取ったクレープも大した時間をかけず食べきってしまう。

 一体なんだったのか。

 考えるも答えは出なかった。

 

 

「あ」

 

 

 信長の声に意識を現実に戻す。

 頭上を見上げる信長の視線を追うと、十六夜と黒ウサギがちょうど真上を飛び跳ねるところだった。

 

 追いかけっこもいよいよ佳境のようで、遂に二人の一騎打ちにまでなっていた。

 まともな戦いならば十六夜だろうが、どうやらゲーム内容は特殊な鬼ごっこ。

 黒ウサギの身体能力の高さは十六夜に勝るとも劣らず。駆け引きも加わるならば充分黒ウサギにも勝ちの目はあるだろう。

 

 

「十六夜も黒ウサちゃんもやっぱりすっごいねー!」

 

 

 お祭り騒ぎとなった街に混じってはしゃぐ信長。まるでその姿は実年齢よりずっと幼い子供だ。

 

 レティシアはそんな無邪気な横顔を眺めながら、彼等について考えてみる。

 

 困窮極まった黒ウサギ達が召喚した四人の異邦人。

 レティシアにとってかけがえのないコミュニティを、そして自分自身を救い出してくれた恩人達。

 

 彼等彼女等は逸材だ。それもこの箱庭でも一級品のプレイヤーであることは間違いない。

 無論まだまだ経験不足は否めない。殊更、飛鳥や耀は。――――が、そんなもの些細なことだと言わせてしまう才能が、光がある。

 

 そう、十六夜達は光だ。

 ジンにとって、黒ウサギにとって、レティシアにとって、コミュニティとって。

 

 そして何れは……。

 

 

「うーん。どうして黒ウサちゃんのお尻は見えないんだろう」

 

 

 ガクッ、と真面目なことを考えていたレティシアはその発言に強制的に現実に戻された。

 

 問題児達の中でも彼は他の3人とは違うベクトルで残念だ。

 

 

「信長、そんなことばかり言っているといつまで経っても異性と恋仲にはなれないぞ」

 

 

 人差し指を立てて、正しく母親のように諭すレティシア。

 

 だが、信長は真顔でこう答えた。

 

 

「え? 僕もう結婚してるよ」

 

「そ、そうなのか?」

 

 

 思わぬ発言に目を白黒させる。

 

 しかし驚愕はすぐに興味心へとすげ替わる。

 

 

「どんな御人なんだ?」

 

 

 この奔放な少年の伴侶だ。さぞ出来た人に違いないと思っていたレティシアは奇妙な光景を目撃する。

 

 女性を語る上では閉じることのない信長の口が、確かに強張った。

 

 極めて珍しい反応にレティシアはまたしても目を瞬かせる。

 

 つい、とレティシアから目を逸らした信長は虚空を見上げる。

 

 

「…………凄いよ」

 

「凄い、とは?」

 

 

 重ねて問う。

 

 

「僕の事が大好きなんだ」

 

「良いことじゃないか」

 

「もちろん嬉しいよ? でも好きで好きで好き過ぎて、僕の為なら国も家族も……ううん、日ノ本そのものを滅ぼすのも多分躊躇わないんだ。実際それで実の父親の国を落としてるし」

 

「………………」

 

「何が凄いって、そんな性格なのをみんなに気付かれてないってことだよね。みんなには内気で病弱で気立ての良い良妻って感じなんだ」

 

「それはその……凄いな」

 

 

 恋は盲目などというが、愛した男の為なら家族も国もいらないとは。

 顔も知らない女性を想像し、レティシアは僅かに身震いした。

 

 

「さすがはマムシのおじさんの娘って感じだよー」

 

「マムシ?」

 

 

 信長の奥方は蛇神の化身か何かなのだろうか、と実際にはかなり見当はずれな予想をしていたレティシアの手を突然信長が握った。

 

 

「さてレティシアちゃん――――逃げようか?」

 

 

 何から、とは続かなかった。

 

 暴れすぎた十六夜と黒ウサギを捕まえる為に出動してきたのは、北の階層支配者《サラマンドラ》の赤竜部隊だった。

 

 己の所業にようやく気付いて、しかし時既に遅し。

 ウサ耳を抑えて悶えている黒ウサギを遠目に、レティシアは心の中で合唱するのだった。




切りどころが難しくてかなり短くなってしまいました。すみません(汗)もしかしたら次回更新した後に、ここの話と次話を統合するかもしれませんが、ご了承くだされ。

>閲覧ありがとうございました。さてさて、前話は耀だったので今話は飛鳥とレティシアにスポット当ててみたわけですが、どうでしょう。繰り返しますがフラグではないですからね(笑)

>実は結婚してたんだぜ信長君。ちなみに十七歳で結婚は史実なので嘘ではないですよ。ちなみにちなみに、帰蝶さんというのは世間的には濃姫と呼ばれている女性です。資料が少なかったので、どうせだからととんでもない女性設定にしてしまいましたw
信長君は追われる恋より追う恋の方が好きなようです。決して彼女のことが嫌いなわけではないですが、唯一苦手な女性です。
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