問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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言わないよ

 火の都が照らす北の夜空は東の空とはまた違った趣がある。

 そんなことを考えながら、信長は街の大通りを疾走していた。傍らを、蝙蝠のような翼を広げて飛ぶレティシアもいる。

 

 昼間十六夜達を探していたときのように再び街を巡る二人。

 違う点があるとすれば、昼間は人通りが多かった通りを避けて屋根の上を走っていたこと。もうひとつは、レティシアの顔に浮かぶ焦燥感だろう。

 

 

「ほらほらレティシアちゃん、顔が怖いよー」

 

「う、む……」

 

 

 見かねた信長が、自身の眉間を指で示す。

 指摘されたレティシアは、平静を装う余裕すら無くしていたことを自覚すると、一度瞼を閉じて深く息を吐く。

 

 信長達がこうして街を走り回っている理由は、昼間に別れてから一度も戻ってこない飛鳥を心配してのことだった。

 

 

「僕もほっんとうに心配だよ。あの可愛さだもん。誘拐とかされて売り飛ばされてたらどうしよう!」

 

「あまり怖いことを言わないでくれ。ぞっとしない」

 

 

 しかし、レティシアが案じているのは正しくその通りのことなのだから。

 幼い子供や見目の良い者の誘拐は箱庭では珍しくない。

 だがこの北の都は治安が良い方だし、何より今は生誕祭の最中。並の神経を持っていれば、下層最強の白夜叉まで来ている今、事を起こそうとは思わないはずだ。

 

 

「それはそうと主殿、本当に白夜叉の話は聞かなくてよかったのか?」

 

 

 不安を誤魔化すように話題を変えたレティシア。

 

 

「平気平気。僕頭悪いから、難しい話はわからないし。面倒くさいのは十六夜に任せる!」

 

 

 屈託なく笑う信長。

 

 運営本部では、白夜叉がノーネームを北へ招待した理由、魔王襲来の可能性について話し合いが行われている。二人はそれを抜け出してきたのだ。

 レティシアはまだいい。箱庭でも古参に入る彼女は、今更魔王とのゲームをレクチャーされる必要は無い。それに今の彼女にとって大切なものは、なによりも仲間の命だ。

 

 だが信長は違う。

 

 未だ対魔王どころか、ギフトゲームの経験値が圧倒的に少ない彼こそ、白夜叉のレクチャーを受けるべきなのだ。

 それなのに彼はここにいる。

 

 頭を抱える黒ウサギを思い浮かべ、思わず苦笑してしまうレティシアだった。

 

 

「そうか。なら飛鳥が行きそうな所に心当たりは無いか?」

 

「んー」

 

 

 腕を組んで考える信長。

 

 北にやってきたのは信長も初めて。心当たりと言われてもそも知識が無い。しかし同じ好奇心旺盛な問題児として、信長の思考と飛鳥の思考が合致するかもしれないと考えた。

 

 

「やっぱり面白そうなところかなー。あ、昼間の歩くキャンドルみたいなのがいっぱい置いてあるところとかないの?」

 

「展示物が多い場所、か。確かこの先の洞穴に、作品を展示した会場が――――悲鳴?」

 

 

 まだ少し遠い。が、確かに騒ぎが起こっているようだった。それも今まさにレティシアが口に出そうとした展示場のある方角から。

 

 何やら嫌な予感を覚えるレティシア。

 

 

「なにかあったみたいだね。先行って様子みてくるねぇ」

 

 

 言うやいなや、舗装された石床を踏み砕く脚力で信長の姿はあっという間に見えなくなる。どうやら昼間は抑えて走っていたようだ。

 前とは立場が逆転してしまい、レティシアも急いで向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一足早く展示場である洞穴の入り口に着いた信長。やはり騒ぎはここらしく、今も続々と人が逃げ出すように這い出てくる。

 そこへ信長はまるで躊躇いなく飛び込んでいった。

 

 洞穴の中はそれなりに広い。展示物を壁際に並べ、なお余りある空間。もしかしたらここは他の展示場の中でも目玉の会場なのかもしれない。

 

 すでにほとんどの者が逃げ去ったのか、入り口以来、奥へ進めどまるで人に会わない。まあ邪魔でしかないのでいないに越したことは無いかと考える。だがまあ、誰もいないというわけでもなさそうだ。

 

 

「音……?」

 

 

 先ほどから聞こえてくる音色。最初はどこかの展示物から聴こえているのかと思ったが、違う。この音には人を感動させようという想いは伝わってこない。

 ただただ不快な、それなのに誘われるように耳を傾けてしまう魔性の音色。

 真っ当な芸術を競うならば、こんな作品の参加はよしとしまい。

 

 音は洞穴を反響していて、どこから聴こえてくるのかわからない。果たしてこの騒ぎと関係あるのか。

 

 信長がそんなことを考えながら回廊の奥へ進んでいると、突然開けた場所に出た。周囲への警戒に速度を緩めて、その先に赤いドレスの少女を見つけると、一度は緩めた駆け足を全開にする。

 

 

「ばあ!」

 

「の、信長君!?」

 

 

 横合いから飛鳥の視界に飛び出す。

 すると飛鳥は目を丸くして驚き顔を作り、ふっと表情の筋肉をゆるめるとその場にへたり込んでしまった。

 

 

「あれ? なにやらお疲れ様??」

 

「ええ、ちょっとね……」

 

 

 見れば黒ウサギから譲り受けたドレスは汚れにほつれと無残な有様。彼女自身にも少なくない傷が見える。

 それでも大きな怪我はないことを確認して、信長は飛鳥を背に、今まで彼女が相対していたものに目を向ける。

 

 目。目目目目。

 至る所、それこそ視界を埋め尽くさんばかりの光の群れだった。

 その正体は、夥しい数の鼠。

 

 数百。数千。最早数えるのも億劫だ。

 

 

「むむ」

 

 

 人差し指と親指で顎を支えるようなポーズを取る信長。至極真面目な顔で。

 

 

「飛鳥ちゃんの魅力に気付くなんて、鼠ながら天晴!」

 

「褒めてるとも思ってはいないけど、嬉しくないわ」

 

 

 飛鳥は十六夜や耀達のような出鱈目な身体能力が備わっていない。ただの鼠が相手とはいえ、肉体としては非力極まる彼女には、剣一本でこれほどの大群を相手することは出来なかったのだろう。

 それでも彼女のギフトならどうとでもなりそうなものだが。

 

 

「さてさて」

 

 

 飛鳥がギフトを使わなかった理由は置いておいて、信長は考える。自分もまた広範囲を一掃出来るようなギフトを持っていない。鼠達が襲ってくるならば、ひとつひとつ潰していくしかないのだが、

 

 

「それはちょっとめんどくさいよねぇ」

 

 

 こんな有象無象を蹴散らしたとて、何も楽しくなさそうだ。

 それに、潜んでいるのは鼠ばかりでもない。

 

 ふとあることを思い出した信長はおもむろに懐を弄るが――――その動作は途中で止まる。

 

 正面の鼠の大群をよそに、信長は後ろを振り返った。

 背後に庇った飛鳥が目を開いて驚いている顔がある。そのさらに向こう。

 

 

「ちょ、ちょっと信長君!?」

 

 

 突然の無謀な行動に慌てた飛鳥。敵を目前によそ見をする信長を窘めるより先に鼠達が我先にと走り始めた。

 床に壁。天井までぎっしり覆い尽くす鼠は、波となって襲い掛かってくる。

 

 それなのに、信長は動こうとしない。

 

 このままではマズイと、力の入らない足に喝を入れて立ち上がろうとして、首筋に感じた悪寒に思わず飛鳥まで振り返ってしまった。その瞬間、

 

 闇が一瞬視界を覆い、やがて晴れていった。

 

 理解が追いつかない飛鳥は呆然と顔を前に戻し、また声を失う。鼠の群れが跡形もなく消えていた。

 代わりに、自分と信長を背に庇うように現れた金髪の麗人。

 

 

「鼠風情が……」開いた口に覗く牙「我が同胞に牙を向けるとは分際を知れ! 術者は何処だ!? 姿を現せ!!」

 

 

 裂帛の怒声に応えるものはなかった。

 

 いつの間にか、奇妙な音色が消えていた。

 

 

「退いたか」

 

「貴方……レティシアなの?」

 

 

 初めて出会ったときのような拘束具に似た奇形の服に深紅のレザージャケット。しかしその外見は、今までとは似ても似つかなかった。

 年端もいかない小柄な少女だった見た目が、今は妙齢の美女となっていた。変わらぬ点といえば、相変わらず目を奪われる美しさを持つ金糸の髪か。

 

 呆けたように問いかける飛鳥に、怒りを鎮めたレティシアが微笑む。

 

 

「ああ。だがどうしたんだ? あの程度に手こずる主殿ではあるまい」

 

 

 正直、今の今までレティシアに似た別人かもしれないとも思っていた飛鳥だったが、見た目は変われど返ってきたのが普段と同じ口調だったことにどこか安堵し、そして同時に先ほどの壮絶な力が彼女のものだと思い出して、小さく笑った。

 

 

「貴方、凄かったのね」

 

 

 それは情けない己に向けた嘲弄だった。

 

 

「な」怒っていたこともあり、鋭さすらあったレティシアの顔付きがガクッと崩れた「主殿、褒められるのは嬉しいが、その反応はさすがに失礼だぞっ! これでも私は元・魔王にして吸血鬼の純血! 誇り高き《箱庭の騎士》! あの程度の畜生いくら相手にしようと――――」

 

 

 レティシアの脇を高速飛翔する石礫が、彼女が振り返るより先に、背後の鼠を仕留めた。

 

 動かなくなった鼠を見て、今度こそ敵がいなくなったことを確認したレティシアは、石礫が飛んできた方へ――――いや、投げた人物を見やる。

 

 

「ありがとう信ながああっ!!?」

 

「なにそれなにそれ可愛い綺麗すっごーい!!」

 

「こら! 突然抱きつこうとしないでくれ!」

 

 

 どったんばったん途端に騒がしくなった洞穴で、飛鳥は胸元の精霊の頭を撫でながら笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コホン、と白夜叉は咳払いを一つ。

 

 

「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

 

「始めません」

 

「始めます」

 

「始めませんっ!」

 

 

 白夜叉に悪乗りする十六夜を、黒ウサギが速攻で断じる。日も沈んだ頃合、サウザンド・アイズ来賓室に集まった白夜叉とノーネーム一同。実はこの前に、サウザンド・アイズの店員に風呂場に叩き込まれた飛鳥。それに続いて風呂場へ入ってきた黒ウサギ達。それを堂々と正面からのぞきに来てズタボロにされた信長のエピソードがあったりもしたのだが、今はその後の話。

 

 

「そういえば黒ウサギの衣装は白夜叉がコーディネートしてるのよね。なら私の着ている赤いドレスも?」

 

「おお、やはり私が贈った衣装だったか。あれは黒ウサギからも評判が良かったのだが……」難しい顔で至極残念そうに「あれではせっかくの美脚が見えない」

 

「白夜叉様の異常趣向で却下されたのです!」

 

 

 ブー、と頬を膨らませる黒ウサギをカラカラ笑いつつ、白夜叉は思い出したように尋ねた。

 

 

「そういえば黒ウサギ。実は明日から始まる決勝の審判をおんしに依頼したいのだ」

 

「あやや。それはまた突然ですね。何か理由でも?」

 

「うむ。おんしらの大暴れで《月の兎》が来ていることが公になってしまってな。皆も明日からのゲームで見られるのではと期待が高まってしまっているのだ。なので黒ウサギに正式に審判・進行役を依頼させて欲しい。別途の金銭も用意しよう」

 

 

 なるほど、と一同が納得する。黒ウサギが深々と頭を下げる。

 

 

「わかりました。明日のゲーム審判・進行、この黒ウサギが承ります」

 

「感謝する。……それで審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」

 

「着ません」

 

「着ます」

 

「断固着ません! ああーもういい加減にしてください十六夜さん!」

 

 

 茶々を入れる十六夜。ウサ耳を逆立てて起こる黒ウサギ。はて、と白夜叉が首を傾げた。

 

 

「あの小僧はどうしたのだ?」

 

 

 いつもなら十六夜に続く形で黒ウサギを引っ掻き回す少年の姿がないことに気付いた。答えたのはハリセン片手の黒ウサギ。

 

 

「信長さんですか? 話し合いがあるとはお伝えしたのですが……その、難しい話は任せると言って外へ。申し訳ありません」

 

 

 申し訳なさそうにへにゃりとウサ耳をたれさせた。

 四桁以下最強と謂われる彼女の呼びかけを無視してすっぽかすなんて、聞くものが聞けば卒倒ものだ。それも彼は昼に続いて二度目である。

 

 

「よいよい。とはいうものの、昼間の話の続きをしようと思っていたのだが……あやつは本当にやる気があるのかの?」

 

 

 昼間とは飛鳥が鼠に襲われていたときのこと。話の内容はこの祭典に魔王が現れるかもしれない、というものだった。彼女がノーネームに依頼したのは、彼女とサラマンドラに協力して襲来する魔王を撃退して欲しいということだった。

 信長には一応魔王がやってくるかもしれないとは伝えているものの、その他詳細の一切を聞かないつもりなのか。

 

 

「大丈夫だろ」

 

 

 常に飄々としていて、仲間であっても心の底を悟らせないあの少年の本心を問われるも誰も答えられなかった中、そう断言したのは十六夜だった。かつて命を賭け戦い、彼自身、数少ない自分の同類とさえ感じた十六夜だけに確信があった。魔王が現れれば信長は絶対戦う、と。

 

 

「あいつは多分誰よりも魔王ってもんに興味持ってると思うぞ」

 

「ほほう。何故じゃ?」

 

本物(・・)がどんなもんか。かつての自分がどんな風に周りに見られてたか。気にならねえ方が嘘だろ」

 

 

 ヤハハと笑う彼の目は、しかし決して笑っていない。はたして十六夜の言葉を、信長の真意を理解出来たものがこの場で何人いただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜がくれば皆寝静まる東とは違い、北の都は夜が来ても街全体が煌々と輝いていた。その明るさからか、人も未だ多く出歩いて賑わっている。

 炎の光に彩られる都は昼も夜も眠らない。

 

 昼は人々に活気を与える太陽のような光。対して夜は、人を惑わす魔性の光にも似ていた。

 

 そんな街の上空。東とを隔てる境界壁。

 その縁に信長はいた。

 足を投げ出し、草履の足をぷらぷらと揺らしている。

 

 見える景色はさぞ絶景だろうが、信長が見ているのはさらに上に座す月だった。

 

 

「――――――――♪」

 

「こんな所で月見とは随分趣味が良いじゃねえか、坊主」

 

 

 人影が増えた。信長の他に境界壁の上に四つ。

 

 四人はまるで統一性の無い格好だった。

 

 一人は露出の覆い白装束の女。

 一人は斑模様の服装の少女。

 一人は唯一人の形をしていない、穴の空いた巨兵。

 

 そして、今し方信長に喋りかけた、軍服姿の男――――ヴェーザー。

 

 

「………………」

 

 

 声を掛けられて一瞬視線を向けた信長だったが、何を言うでもなくすぐに興味を失ったように再び夜空を見上げる。

 その態度に殊更反応したのは、白装束の美女――――ラッテンだった。

 

 

「なーにあの子、可愛くなーい」

 

「まあまあ、いいじゃねえか」

 

 

 剣呑な雰囲気を醸し出すラッテンをヴェーザーが宥める。背後の斑模様の少女と巨兵は沈黙を続ける。

 

 一歩、ヴェーザーが信長に歩み寄った。

 

 

「本来ならまだ姿を晒すつもりはなかったんだが、俺がお前と話したくて無理言ったんだ。聞いてくれよ」

 

 

 再びヴェーザーが話しかけるも、やはり信長は反応しない。それでも沈黙は是として、ヴェーザーは話し始める。

 

 

「お前、俺達の仲間になれよ」

 

 

 ヴェーザーは腕を左右に広げる。

 

 

「俺達は仲間を探してる。とりあえずはここにいる連中を丸々呑み込むつもりでいる。――――が、お前は話がわかりそうだったからな。先に声をかけた」

 

 

 信長はこちらを見ない。しかし口ずさんでいた鼻歌は止まった。

 ニヤリと、ヴェーザーの口端が吊り上がる。

 

 

「一目見りゃわかる。お前は俺らと同類だ」

 

 

 ピクン、とようやく信長が反応を示した。

 

 

「……同類?」

 

「ああ。お前は、弱者を守り讃えられて満足する奴じゃねえ。俺達と同じ、壊し、奪う側だ。そうだろ?」

 

 

 同類を歓迎するように獰猛に笑うヴェーザー。

 彼には確信があった。この少年が、単なる人間の枠に収まらないだろう異端児であることは。

 

 しかし信長は一向に返答を出さない。反応の素振りも無い。

 

 二人のやり取りを眺めていたラッテンが、肩を竦めてため息をついた。

 

 

「答えはノー、みたいね」

 

 

 それでもヴェーザーだけは諦めきれないのか、重ねて言葉を連ねようとして、

 

 

「――――昼間の鼠は君達の?」

 

 

 急な質問に、口を開けたまま黙るヴェーザー。

 一方で、ラッテンはニコリと笑った。

 

 

「ええ私。素敵な催しだったでしょう?」

 

「ふーん」

 

「……本当にむかつく」

 

 

 聞いておいて、然程興味は無いような信長の態度にはっきりと怒りを覚えるラッテン。

 

 

「魔王……ふふ、魔王様だって」

 

「?」

 

 

 何かを呟きながら肩を揺らす信長に、ヴェーザー達は顔を見合わせて首を傾げる。

 ラッテンが、唇を尖らせて言う。

 

 

「ちょっと本当にこの子大丈夫なの? 頭のネジ外れちゃってるんじゃない?」

 

「黙ってろよ」

 

「はいはい。どうぞご勝手に」

 

 

 肩を竦めるラッテン。

 

 ――――彼等は気付けなかった。

 

 いや、普段の信長を知らないのだから気付けないのは当然の話だった。

 

 ラッテンも、そして後ろにいる斑模様の少女も、どちらも美と付く容姿の女性である。それなのに、彼女等を前に信長は一切そのことに関する反応を示さない。その異常性に、気付けない。

 

 何かないか。ヴェーザーが信長を誘う言葉を探していると、カタカタと鳴る音に舌を打った。

 

 

「おいシュトルム、その音――――」

 

 

 言いかけて、止まった。

 

 背後で気配が膨れ上がる。どす黒い気配。

 ただ立っているだけで汗が噴き出す。

 

 風穴の巨兵シュトルム。

 ラッテンの人形として、或いは使い勝手の良い尖兵として、唯一感情など持たないはずのそれが、震えていた。

 

 

「っっっ!!?」

 

 

 振り返ると共にヴェーザーは武器である棍に似た巨大な笛を構える。ラッテンも、長いフルートを抜く。

 

 何も。信長は何もしていなかった。

 体勢は変わらず、相変わらず空を見上げている。

 

 ただ、彼から溢れ出る真っ黒な光。そして濃密な殺意。

 殺意が具現化でもしたように渦巻き、圧に耐えきれなかった石壁が軋み、割れた。

 

 

「僕、楽しみにしてたんだぁ」

 

 

 遅々とした動作で信長は立ち上がる。

 

 

「修羅神仏だその化身だと謂われてたのは会ったことがあった。幾度となく壊して殺してきた。――――でも、僕と同じ『魔王』とは出会ったことがなかった!」

 

 

 ケラケラ笑う。コロコロ笑う。

 

 月を背に、引き裂くように吊り上がる口端。

 

 

「そう、僕等は同じだよ! だから教えてよ。僕はどんな風に見られてたの? どんな風に笑うの? どんな風に戦って――――どんな風に死ぬのかな?」

 

 

 漆黒が、より一層濃くなる。

 

 狂い笑いは止まらず、闇空へ響く。

 

 

「……済まねえ、マスター」

 

 

 ヴェーザーは、己の思い違いを認めた。

 

 

これ(・・)は駄目だ。こいつは誰かに飼えるような奴じゃない。首輪を着けようとすれば、逆に喉元を喰い破られる」

 

「――――ならここで殺すわ」

 

 

 答えたのは、常に沈黙を守っていた斑模様の少女――――ペストだった。

 信長の放つ濃密な殺意にも、顔色ひとつ変えない。

 そうして彼女からもまた、信長に似た黒い瘴気のようなものが溢れ出した。

 

 それを見たからか、信長の興味は一転、少女に向いた。

 どちらも視線を逸らさない。

 

 

「やめようよ」

 

 

 不意に、信長が口元を歪めたまま提案した。

 

 

「今日はもうやめよう。今ここで戦うのは、君達も嫌なんでしょう?」

 

 

 信長の言葉通り、今こうして参加者に接触するのは本来の作戦からすれば絶対のタブー。それでも信長の本質を見たヴェーザーが仲間にすること懇願し、ペストが許可したのだ。

 

 

「残念だけど、私達がここにいることを知られた以上、貴方を生かしてはおけない。仲間になる気が無いのなら大人しく――――」

 

「言わないよ」

 

「……なんですって?」

 

「誰にも言わない。そんなつまらないことしない。君達が襲ってきて僕達が迎え撃つ。それが今回の遊びの始め方なら、僕はそれを待ってるよ」

 

 

 いよいよもって、ペストも信長のことがわからなくなってきた。

 

 今回のギフトゲームは、まず奇襲だ。最初の一手で最強の階層支配者たる白夜叉を封じる。

 それこそが勝敗を決する最重要の鍵だとも思っている。

 故にペスト達の存在が、白夜叉に露見することだけは避けねばならない。

 

 

「そんな口約束信じられると思ってるの?」

 

「同じ『魔王』の(よしみ)じゃない」

 

「馬鹿にしてるの?」

 

「えー……駄目?」

 

 

 敵の存在を知らせない馬鹿などどこにいる。

 

 何より、ペストの内の何かが訴えている。目の前の少年は、今ここで殺すべきだ、と。

 

 ――――それなのに、何故体が動かない?

 

 

「本当か」成り行きを見守っていたヴェーザーが「本当に俺達の存在をバラさないか?」

 

「うん!」

 

 

 屈託ない笑顔で頷く。子供のような笑顔で、しかし充満する殺意はまるで衰えない。

 しばし、黙っていたヴェーザーはやがて武器を下ろした。

 

 

「退こう、マスター」

 

「ちょっと本気!?」

 

 

 仲間の行動に驚くラッテン。

 

 

「ここでこいつ相手に暴れれば、騒ぎに気付いて本当に白夜叉も出てくる。ゲームが発動されてなけりゃ、今の俺達じゃあ全滅だ」

 

 

 ペストは何も言わなかった。しかし、持ち上げていた袖を下ろす。瘴気も消えていた。

 そのまま四人は闇夜の中に消える。

 

 

「――――あはっ!」

 

 

 昂ぶる何かを抑えつけるように胸を掴み、信長は月に笑いかけた。




いつもより遅い十二時投稿でしたが、閲覧ありがとうございましたー。

>ちょっと真面目な内容でした。真面目に書こうと思うと文章が変になっちゃいますねぇ(泣)
フライング気味にハーメルン登場です!あれ?このサイトと同じ名前ですね。

グウゼンダナー。

>またまた切りどころが難しくて次回分どこで切ろうか今から悩んでいます。

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