問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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楽しませてよね

 境界壁舞台区画。ギフトゲーム造物主の決闘が行われるこの場所で、信長達は一般席ではなく舞台を一望出来る特別席にいた。本来ここで観戦出来るのはこの街の統治者であるサラマンドラはもちろん、下層では別格視されている白夜叉ぐらいなのだが、一般席に空きがないことを知ったサラマンドラ頭首が取り計らってくれたのだ。

 

 

「ありがとうねー、サンドラちゃん」

 

 

 礼の言葉を口にしながら信長が手を振る先には深紅の髪を頭頂部で結ったまだ幼い少女。豪奢な衣装もまだまだ服に着られている感じが否めないが、頭に生えた龍角は立派なものである。彼女こそサラマンドラ頭首、サンドラ。そしてジンの幼馴染でもある。

 

 

「いえ、白夜叉様の大切なお客様ですから」

 

 

 気安い信長の態度にも穏やかな微笑みで応えるサンドラ。公共な場ということもあって畏まった調子だが、信長的には昨日ジンとの再会の際に見せた年相応の方が好みだ。まあ、そんなことを口走ろうものならサンドラの背後の控えている兄であり側近のマンドラが黙っていないだろうが。

 殺気立って睨んでくるマンドラに対しても信長は手を振るが無視された。ふと、今度は隣でそわそわしている飛鳥の顔を覗き込む。

 

 

「どうしたの飛鳥ちゃん。(かわや)?」

 

 

 メキリ、と飛鳥の容赦ない回し蹴りが信長の側頭部を撃ち抜いた。

 

 

「昨夜の話を聞いて落ち着いてなんていられないわ。相手は格上なのでしょう?」

 

 

 スカートの乱れを直して何事もなかったかのように話を進める飛鳥。周りも『あれ』については何も言わない。

 

 呆れ笑いの白夜叉が答える。

 

 

「ウィル・オ・ウィスプもラッテンフェンガーも本拠を六桁に構えるコミュニティ。今回はおそらくフロアマスターから得るギフトを欲して降りてきたのだろう」

 

「……白夜叉から見て春日部さんの勝てる可能性は?」

 

「ない」

 

 

 厳しい戦いだということは飛鳥とてわかっていた。しかしまさかこうも断言されるとは思っていなかったのか顔を強張らせた。

 それに、彼女が心配しているのはなにもゲームの結果のことだけではない。昨夜のジンの話では、相手のコミュニティは魔王の可能性があるというのだ。つまり場合によっては耀は単身で魔王に対さねばならなくなる。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 いつの間にか復活していた信長が言った。

 

 

「黒ウサちゃんが審判してくれてるし、耀ちゃんは強いから。絶対大丈夫だよ!」

 

「信長君……」

 

 

 さっきまでふざけていたかと思えば、こうして気遣った言葉をかけてくる。どうして彼はこうなのだろうか。

 そんなことを考えていたらいつの間にか消えた息苦しさに飛鳥は小さく笑った。

 

 

「そうね。その通りだわ」

 

 

 今はただ一生懸命友人のことを応援しよう。不安にさせてしまっていたとんがり帽子の妖精を撫でながら飛鳥は舞台を見守る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長らくお待たせいたしました! 火龍誕生祭メインゲーム、造物主の決闘の決勝をはじめたいと思います! 進行及び審判は、サウザンド・アイズ専属審判でお馴染みの黒ウサギがお務めさせていただきますよ!」

 

 

 舞台上で黒ウサギが笑顔を振りまくと途端会場から割れんばかりの歓声が響く。

 

 

「うおおおおおお月の兎が本当にきたあああああああああ!!」とか「黒ウサギいいいいお前に会うためにここまできたあああああ!!」とか「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおおおお!!」

 

 

 などの歓声というには首を傾げる内容の。おかげで黒ウサギが怯んでいる。

 

 

「そういえば白夜叉」有象無象の歓声でハッとした十六夜が「黒ウサギのミニスカートを見えそうで見えないスカートにしたのはどういう了見だ。チラリズムなんて古すぎるだろ。昨夜語り合ったお前の芸術に対する探究心はその程度のものなのか?」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 

 という飛鳥の冷たい言葉は届かない。

 

 

「フン。おんしも所詮その程度か。それではあそこの有象無象と変わらん」

 

「へぇ、言ってくれるじゃねえか。つまりお前には、スカートの中を見えなくすることに芸術的理由があるというのか?」

 

「考えてみよ。おんしら人類の最も大きな動力源はなんだ? エロか? なるほど、それもある。だがときにそれを上回るのが想像力! 未知への期待! 渇望だ!! 小僧よ、貴様ほどの漢ならばさぞかし多くの芸術品を見てきたことだろう! その中にも未知という名の神秘があったはず! 例えばそう! モナリザの美女の謎に宿る神秘性! ミロのヴィーナスに宿る神秘性! 星々の海の果てに垣間見えるその神秘性! そして乙女のスカートに宿る神秘性!! それらの神秘に宿る圧倒的な探究心は、同時に至ることの出来ない苦汁を併せ持つ! その苦渋はやがて己の裡においてより昇華されるッ!! 何者にも勝る芸術とは即ち――――己が宇宙の中にあるッ!!」

 

 

 ズドオオオオオンという効果音が聞こえてきそうな雰囲気で、十六夜は衝撃を受けて硬直した。

 

 

「なッ……己が宇宙の中に、だと……!?」

 

 

 打ちひしがれる十六夜に白夜叉はそっと近寄りその肩に手を置いた。

 

 

「若き勇者よ。私はお前が真のロマンに到達出来ると信じているぞ。さあ、この双眼鏡で今こそ世界の真実を――――」

 

「馬鹿ああああああ!!」

 

「ふぐぉ!?」

 

 

 双眼鏡を手渡そうとした白夜叉を信長は渾身の拳で殴り飛ばした。

 

 

「な、なにをする!?」

 

「白ちゃんの馬鹿! 間違ってるよ! 芸術はそんなところには存在しない」

 

 

 ほう、と口を拭った白夜叉は凄みのある笑みを浮かべる。

 

 

「昨夜まで『萌え』すら知らなかったおんしが芸術を私に語るか」

 

「たしかに僕は二人に比べて芸術の知識に疎い。でも二人が間違っていることはわかる! 二人は勘違いしているよ。たしかにスカートの中は魅力的だ。でも……でもそれはそこに女の子がいるからこそじゃないか!」

 

 

 ピクリと二人が反応を示す。

 

 

「僕達が本当に見たいのはスカートの中なんかじゃない。スカートを見られて恥ずかしがる女の子を見たいんだよ!」

 

 

 今度こそ、二人は衝撃を受けたようだった。

 

 

「昨日の黒ウサちゃんを見てわかった。黒ウサちゃんはスカートの中が見えないのをいいことに全然恥ずかしそうにしてなかった。それじゃあ駄目なんだ! 想像してごらんよ。跳んだり跳ねたりする度に顔を真っ赤にしてスカートの裾を押さえる黒ウサちゃん。みんなの視線が気になってウサ耳をへにょらせる黒ウサちゃん。――――見えればいいってわけじゃない。でも、見えなければいいわけじゃない!!」

 

 

 ガクッ、と今度は白夜叉が膝をついた。かつて魔王と恐れられた彼女が完全に膝をついていた。

 

 スカートの中は見えないからこそ己が掻き立てる妄想力により最大の魅力が発揮されると思っていた。だから彼女は見えないことに価値があるとしてあのスカートを作り黒ウサギに渡した。しかしそれは誤りだった。

 

 見えなければいいわけじゃない。

 

 見えそうで絶対に見えないスカート。それはクリア方法が存在しないゲームと同じだ。ゴールの無い迷路など一体誰が遊んでいて楽しいと思うのか。頑張れば見える……だからこそ探求者達は命を懸ける。見られてしまうかもしれない……そう思うから少女達は恥じらい、その姿がまた探求者達の心を煽る。

 

 スカートの中を追い求めるばかりに肝心なことを忘れていた。スカートの魅力とはそれを着る者がいてこそなのだ。ただ揺れるだけのスカートに価値はない。本当に大切なのはそれを履く女の子だということを。

 

 

「私は……私はなんてことを」

 

 

 白夜叉は悔やんだ。マジ泣きだった。

 見えないスカートは黒ウサギから恥じらいを奪った。結果、今まで一体何度彼女から生まれたであろう芸術を潰してしまったのか。それは決して許されることではない。

 

 己の罪に悔やむ少女の肩にそっと手が置かれる。

 

 

「白ちゃん、顔を上げてよ」

 

 

 おずおずと白夜叉は顔を上げた。見上げた先で、信長もまた泣いていた。マジ泣きだ。

 

 

「大丈夫。これからいくらだって芸術は生まれる。黒ウサちゃんが……ううん。可愛い女の子がいる限り芸術は無限なんだから」

 

「信長……」

 

 

 十六夜も加わり、三人は熱い抱擁を交わした。

 

 ……………………。

 

 

「し、白夜叉様?」

 

「見るなサンドラ。馬鹿がうつる」

 

 

 飛鳥にいたってはもう三人の存在そのものを意識から消していた。

 

 

(あれ? なにやら悪寒が?)

 

 

 舞台上で、ブルリと黒ウサギはウサ耳を震わせるのだった。

 

 そうして造物主の決闘、決勝が開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそったれ」

 

 ウィル・オ・ウィスプのプレイヤー、アーシャ=イグニファトゥスは悔しそうに吐き捨てる。

 

 白夜叉によって舞台は移動され木の根に囲まれた《アンダーウッドの迷路》が開始された。対戦相手の耀はまず序盤に舌戦でアーシャの冷静さを奪い、感情任せにぶっ放し続けた攻撃手段である火炎の正体も看破してみせた。天然ガスを導火線に放ってくるそれは風のギフトでガスを吹き飛ばされてしまえばどうやっても火は耀に届かない。木の根の迷路も嗅覚その他五感が鋭い彼女ならば容易くゴールに着けるはずだった。――――ただ、耀にとっての誤算はアーシャが連れていた者の存在だった。

 

 

「後はアンタに任せるよ。やっちゃってジャックさん」

 

 

 今までアーシャに付き従っていたはずのカボチャのお化け。てっきり彼女が操る人形かと思っていたそれは、

 

 

「嘘」

 

「嘘じゃありません。失礼、お嬢さん」

 

 

 先行していた耀の眼前に突如現れた。ジャックの真っ白な手が耀を薙ぎ払う。勢いを殺せず木の根に背中から激突し肺の中の酸素が全て吐き出される。

 

 

「……っ!」

 

「さ、早く行きなさいアーシャ」

 

「悪いねジャックさん。本当は自分の手で優勝したかったけど……」

 

 

 こちらを見るアーシャの顔にはありありと見える不満。言葉の通りこの展開を、彼女は本意と思っていないようだった。そんな彼女を先ほどまで騒ぐだけだったカボチャのお化けは紳士的な口調でたしなめる。

 

 

「それは貴女の怠慢と油断が原因。猛省し、このお嬢さんのゲームメイクを見習いなさい」

 

「うー……了解しました」

 

「待っ」

 

「待ちません。貴女はここでゲームオーバーです」

 

 

 走り出すアーシャを追おうとするとジャックが立ちはだかる。ランタンのかがり火が耀の周囲を囲む。先ほどまでの手品じみたものではない。――――本物の悪魔の炎。

 

 

「貴方は」

 

「はい。貴女のご想像はおそらく正しい。私はアーシャ=イグニファトゥス作のジャック・オー・ランタン()()()()()()()。貴女も警戒していた――――生と死の境界に権限せし大悪魔、ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の大傑作! 世界最古のカボチャ悪魔、ジャック・オー・ランタンにございます」

 

 

 ヤホホー、と笑うジャック。

 

 耀は直感してしまう。彼には勝てない。ジャックのかがり火の瞳はすでに生命の目録を看破している。そも切れる切り札も無いが、あったとしても今の自分ではいくらあっても太刀打ち出来ない。

 首に下がるペンダントを一瞥し、耀は静かにゲーム終了を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つお聞きしても?」

 

 ゲームの終了を、熱に浮かされた観客達の歓声が知らせる。その場を立ち去ろうとした耀をジャックの声が止めた。

 

 

「このゲームは一人だけ補佐が認められています。同士に手を借りようとは思わなかったのですか?」

 

「…………」

 

「余計な御節介かもしれませんが、貴女の瞳は少々物寂しい。コミュニティで生きていくうえで誰かと協力するシチュエーションというのは多く発生するものですよ」

 

 

 ふと彼女の頭の中で今回のゲームのサポートを申し出ていた少年の顔が思い浮かんだ。

 

 ――――でもね耀ちゃん。これだけは覚えておいて? 僕は耀ちゃんのことが大好きだよ。

 

 多分ジャックが言いたいことは信長と同じだ。仲が良いのと、協力出来るかどうかは話が違う。協力は相手に負担を任せるということだ。相手を信頼し、相手に信頼されなければ成り立たない。耀は自分で傷を負うのは我慢出来ても友達が傷付くのは見たくない。だから今回も一人で参加した。

 それでも、もしいつか彼等に背中を任せたいと思えたそのときこそ、彼等を真に仲間だと呼べるのだろうと思った。

 

 でもね、辛い時は辛いって言って? 無理だって思ったら頼って。僕も、ノーネームのみんなも耀ちゃんの味方だから。どんなに傷付いたって一緒に笑っていたいと思う――――友達だから。

 

 

(一緒に傷付いて、一緒に笑う……)

 

 

 耀はくるりとジャックに振り返る。

 

 

「よかったね」

 

「はい?」

 

「私の仲間がいたら、絶対私達が優勝してたから」

 

 

 やられっぱなしが悔しかった彼女のせめてもの反撃だった。しかしその言葉は決して嘘ではない。十六夜でも、飛鳥でも、レティシアでも、そして『彼』でも。もし一緒にいてくれたらこの悪魔を相手でも負けはしなかったと、彼女は本気で信じていた。

 

 ジャックはカボチャの中の火の瞳をキョトンとさせて、やがて楽しそうに笑った。

 

 

「ヤホホ! これはまた、本当に余計なお世話だったようで」

 

 

 ウィル・オー・ウィスプは迷える御霊を導く形の功績で霊格とコミュニティを大きくしていった。その癖でつい声をかけてしまったが、彼女にはどうやら蒼き炎の導きは必要なかったらしい。だがそれはジャックにとってとても喜ばしいことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けてしまったわね、春日部さん」

 

「ま、そういうこともあるさ。気になるなら後で励ましてやれよ」

 

 

 目に見えて気落ちする飛鳥と軽い調子で笑う十六夜。

 

 

「シンプルなゲーム盤なのにとても見応えのあるゲームでした。貴方達が恥じることは何も無い」

 

「うむ。シンプルなゲームはパワーゲームになりがちだが、中々堂に入ったゲームメイクだったぞ」

 

 

 階層支配者二人が励ます中、信長は一人遥か上空を見上げていた。

 

 耀の戦いは惜しかった。あの南瓜の悪魔も相当に強い。今度機会があったなら耀と一緒に再戦を挑んでみようか、などと考えていた。

 

 ――――しかし、それは()()()()()()()()()()

 

 空から雨のように撒かれた黒い封書。それに気付いた辺りが騒がしくなる。

 それら雑音を無視して信長は大きく両腕を広げる。まるでその黒い手紙を嬉々と受け入れるように――――否、現に彼は嬉々として受け入れた。待ち望んだ遊戯への誘いなのだから。

 

 

「楽しませてよね、魔王様」

 

 

 黒い紙の雨を浴びながら、信長は壮絶な笑みを浮かべた。




閲覧ありがとうございまっす。うす。あざます!

>ってなわけで、遂にハーメルン襲来!初の魔王戦と相成りました!

>ゼオンさん、以前信長を造物主に出そうか迷ったといった理由が今話の前半です。あの馬鹿馬鹿し過ぎる討論に参加させたいが為に造物主参加を取りやめました。ね?しょうもない理由でしょ!(胸を張っています)

というか前半のお馬鹿が際立って最後かっこつけても台無しだよ!駄目だよ信長君!!w

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