問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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こういう生き方しか出来ないだけだよ

 交渉が行われた日から2日が経った。それはつまり、早い者でペストが潜伏させた黒死病が発症する時間が経過したことを意味していた。すでに参加者側からは発症者が続出している。

 対処として隔離用施設を設け、患者は順次そこに収容しているが、このまま増え続ければいずれパンクするだろうことは明白だった。

 

 またゲームの謎解きも難航していた。十六夜とジンは交渉の後から連日書庫に篭っている。黒ウサギも彼等の食事の世話などをしながら協力しているが未だ誰一人ハーメルンの謎は解けていない。

 

 そんな中、信長は謎解きには一切関わっていなかった。元より生きていた時代が一番古い故にメンバーの中でも圧倒的に知識に疎い。今更本に齧りついてみたところで、そんな付け焼き刃の知識はジン達の役には立たない。ならばと、丸投げしているのだ。

 

 というわけで信長は耀やレティシア等と共に隔離施設の者達の看病を手伝うことにした。感染を防ぐために直接の接触は避けているが、毛布や薬を運んだり、新しい隔離施設を整えたりとやれることには事欠かない。

 

 今は休憩を貰って割り振られた部屋で休んでいる。

 

 

「増えてきたな……」

 

 

 苦々しく呟くレティシア。なにが、とは誰も言わない。

 

 この二日間で感染者は爆発的に増えた。これからももっと増えるだろう。幸いというべきではないが、ノーネームからは感染者が未だ出ていないが、それも時間の問題だとレティシアは考えている。

 それに心配事はそれだけではない。――――飛鳥が敵に捕まったのだ。

 

 ラッテンという白装束の女に拉致されたらしい。といっても今すぐ命を奪われることはないだろう。魔王軍のこのゲームの目的は自軍戦力の増強。飛鳥ほどの逸材をむざむざ失うような真似はしまい。少なくともこのゲームの間は無事なはずだ。

 むしろ心配なのは、

 

 

「耀、飛鳥なら心配ない。あれほどの才能を傷つけることはしないだろう。だから、あまり気に病むな」

 

「……うん」

 

 

 明らかに意気消沈している耀。飛鳥が攫われたとき、側にいたのは耀だった。飛鳥は耀とジンを逃がすため、自らを敵に差し出したのだ。

 守れなかった。守られてしまった。

 己の無力さがどれほど悔しいものかは、レティシアもよく知っていた。

 

 

「――――信長?」

 

 

 ふと、壁際に座っていた信長が立ち上がる。すると俯く耀の側へと歩み寄った。いつもの戯れなら注意しようと思っていたレティシアだったが、どうにも様子がおかしい。

 信長は耀の目の前までくるとしゃがみ込み、突然耀の服を脱がせ始めた。

 

 

「な」

 

 

 『なにを』と、レティシアは言葉を続けることが出来なかった。何故なら見てしまったから。

 はだけた胸元。露わになった鎖骨の辺りに浮き出た黒い斑点を。

 黒死病が、耀に発症していた。

 

 思い返していればおかしかった。十六夜に次いで超人的な身体能力を持つ彼女が、あれしきの仕事で大量の汗をかき、息を切らしていた。苦しげな顔も、てっきり飛鳥を連れ去られたことに対するものかと思っていたが。

 

 

「な、何故言わなかったのだ耀!」

 

 

 そう口にして、レティシアも本当はわかっていた。何故彼女が黒死病のことを黙っていたのかを。

 耀はこのままゲームに参加するつもりなのだ。

 飛鳥を救う為。そしてノーネームを勝たせる為に。

 

 もし、もしレティシアが黒死病を発症していたら、そのときはやはり自分もそのことを隠してゲームに参加しようとしていただろう。

 

 だが知ってしまった以上、黙っているわけにはいかない。

 

 

「サンドラちゃんに部屋を用意してもらおう」

 

「ま、待って!」

 

 

 自ら剥いた服を優しく正し、信長が立ち上がると耀は縋るようにその手を掴んだ。高熱によって苦しいだろうに息も絶え絶えに、それでも必死な目で。

 

 

「私も……戦いたい」

 

 

 戦いたい。戦わせて欲しい。

 みんなを守りたい。飛鳥を救いたい。

 自分だってノーネームの一員なのだから、と。

 

 レティシアは唇を噛んで口を噤む。かつて己の魂を切り売りしてここに戻ってきた彼女には、今の耀の気持ちが痛いほどにわかってしまうから。

 それでも、ここは止めるべきだ。たとえ理不尽でも、横暴でも、自分の行いを棚に上げようとも耀を止めるべきなのだとわかってもいる。止められるのは自分しかいないと。

 

 だから、あまりにも意外だった。

 

 

「無理だ」

 

 

 信長があまりにもはっきりとその申し出を切り捨てたのが。

 

 

「無理じゃない」

 

 

 耀は食い下がる。一層強く信長の手を握る力が入る。

 

 はぁ、と大きく信長はため息をついた。

 

 

「今そんな調子じゃあ、5日後には意識も朦朧として戦うどころかまともに動けないよ」

 

「それでも戦う。たとえ、私が死んでも!」

 

「耀! それは――――」

 

「足手まといだ」

 

 

 今まで聞いたことのない信長の声に、レティシアのみならず先程まで梃子でも動かないという意志を見せていた耀もたじろいでいた。その表情は、信じられないというのと同時に悲痛なものだった。それでも信長は容赦なく続ける。

 

 

「自分が死んでもいいなんてのは弱い奴の戯言だよ。僕はそういう考え方が一番嫌いなんだ。そんな人と僕は一緒に戦いたくない」

 

「……っ」

 

 

 耀の唇が震えた。一番言って欲しくない言葉を、一番聞きたくなかった人から言われてしまった。

 

 

「信長は、私を……頼ってくれないの?」

 

「甘ったれるな」

 

 

 泣きつく耀を、信長は一喝する。

 

 

「命を懸けて戦うことと、初めから死んでもいいと思って戦うことは全然違う。それは初めから勝つ気が無いのと同じさ。勝つ気も無いのに戦場に立つなんて、僕なんかよりよっぽど大うつけだよ」

 

 

 渇いた音が部屋に響いた。耐えかねた耀が信長の頬を打ったものだった。しかしそれは傍から見てもあまりにも弱々しく、遂に力尽きた耀が前のめりに倒れた。そのまま床に倒れるかというところで信長の腕がそれを防いだ。

 信長は耀の背中と足に手を回して抱き上げると、部屋のベットに耀を寝かせる。

 

 

「サンドラちゃんに部屋を用意してもらうね。レティシアちゃんは耀ちゃんをお願い」

 

「ああ……」

 

 

 いつもと同じ笑顔で部屋を出る少年を、レティシアはただただ苦々しい顔で見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょっと優しく言ってやりゃあよかったんじゃねえか?」

 

 

 信長が部屋を出ると、扉のすぐ脇で壁に背を預けて十六夜が立っていた。どうやら一部始終聞いていたらしい。

 信長は苦笑を浮かべる。

 

 

「昔から説得って苦手なんだよねぇ」

 

 

 そう、昔から。

 部下に裏切られ、同盟相手に裏切られ、弟にさえ裏切られた。

 

 

「僕も十六夜ほど口が達者ならもうちょっと違う未来があったのかもね」

 

「ハッ、俺もそれほど説得は得意じゃねえけどな。交渉で追い詰めるのは好きだが」

 

「それにね」と信長は「このまま耀ちゃんを見殺しにしたら、僕飛鳥ちゃんに嫌われちゃうし」

 

「ま、そりゃそうだ」

 

 

 ヤハハ、と笑った十六夜は――――次の瞬間信長の腕を取ると袖を捲り上げる。その下に見える黒い斑点を見つけて、十六夜は冷たい目で笑う。対して信長は平然とそれを見返した。

 

 

「なにかな?」

 

「命を捨てる奴は嫌いなんじゃなかったか?」

 

「そうだよ。でも僕ってば、命を懸けて戦うのは大好きだから」

 

 

 それを聞いた十六夜は腕を放す。肩を揺らして言う。

 

 

「大したタマだ。さすがは天下統一を目前にまでした男ってわけか」

 

「違うよ。こういう生き方しか出来ないだけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーム再開の前日。耀は特別に充てがわれた個室のベットの上にいた。ノーネームで唯一黒死病が発症してしまったが故に。

 本来ならば他の発症者同様に一箇所に押し込まれるところなのだが、ノーネームは白夜叉の招待客で、かつ今回の主戦力になるコミュニティメンバーだからこその特別扱いだ。

 

 

「ゲームクリアの目処は立った?」

 

 

 問い掛けた先は、ベット脇で椅子に座り読書している十六夜。ギフトを無効化する彼はどうやら黒死病に感染することもないようで平然とここにいるのだ。耀にしても一人は退屈なので話し相手になってくれるなら有り難いので文句も無い。

 

 

「大まかには、な」

 

 

 そう答えた十六夜はしかし険しく眉を寄せる。

 

 

「――――が、核心はまだだな」

 

 

 コミュニティの中で最も博識であり、常に先へ進む彼にしては珍しく苦戦しているようだった。

 

 十六夜曰く、考察自体はすでに終わっているのだが、解釈が多すぎて参加者の中でも答えが絞り込めていないらしい。その中のどれかは答えなのは間違いないが、それを検証する時間ももはや無い。

 

 

「なら真実は置いておいて、十六夜的にはどれが偽物だと思うの?」

 

「ペストだな」

 

 

 核心はわかっていない、という割には即答だった。

 

 

神隠し(ラッテン)暴風(シュトロム)地災(ヴェーザー)……どれもが刹那的な死因だが、黒死病だけは長期的な死因として描かれている。《ハーメルンの笛吹き》は1284年6月26日という限られた時間で130人の生贄が死ななければならないんだ」

 

 

 黒死病の発症は早い者で2日、遅い者でも5日程かかる。発症の時点でこれだけの個人差があるのだから死亡するまではさらにずれるだろう。つまりは刹那的な死が起こり得ないペストはハーメルンの笛吹きではない。

 ならば彼女を倒してしまえばいいのだが、十六夜は2つ目の勝利条件の一文が気になっていた。

 

 ――――偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ

 

「その一文も部分的には解明出来てるんだがな。この伝承ってのは一対の同形状で『砕く』と『掲げる』ことが出来る。なら考えられるのは碑文と共に飾られたステンドガラスだ」

 

 

 それこそが魔王達がこの祭典に侵入した方法でもある。白夜叉が講じたルールをすり抜けた存在――――それは出展物。彼等は己を出展物としてこの祭典に潜り込んだのである。

 そちらはすでに裏も取れており、十六夜達以外のノーネームの名義で100以上のステンドグラスの出展があった。

 

 と、そこまで話して十六夜は両手をあげた。

 

 

「だがここまでだ。ペスト以外のどれを砕いて、どれを掲げればいいのかわからん。もういっそ明日は運を天に任せて魔王を倒しちまうかな」

 

 

 まるで魔王そのものを倒すことは問題無いとばかりの言いようは相変わらずである。

 

 耀は素直に感心していた。謎は解けていない、と言いつつここまでの考察は完璧に思える。真実まではあと一歩まで来ているはずだ。

 得ている情報は耀も同じはずなのに、やはり彼は別格なのだと思った。

 だからこそ妙なものを見たと笑ってしまった。いつだって泰然としている彼が子供っぽく拗ねていることが。

 

 笑われていることに気付いて癪に触ったのか、一転意地悪げに十六夜は笑う。

 

 

「ちなみにあいつは謎解きにも参加しないで、毎日昼間はぼーっ、とこの部屋を見てるぜ」

 

「……別に信長のことなんて聞いてない」

 

「おやおやぁ? 別に信長だとは一言も言ってないぜ」

 

「ッ」

 

 

 抱きかかえた枕に顔を半分埋める耀。不覚だった。

 

 

「許してやれよ。あいつだって悪気があったわけじゃねえんだからよ」

 

 

 十六夜のフォローにも、耀は答えない。というより本音は答えられないのだった。

 すでに耀自身わかっている。悪いのは自分で、信長はなにひとつ悪くない。

 

 もしあのまま信長が病のことを黙ってくれていてゲームに参加出来たとしても、きっとなんの役にも立てなかっただろう。それどころか仲間の足を引っ張った可能性が高い。

 

 でも、だからこそ……己の過ちに気付いているからこそ合わせる顔が無い。子供のような我儘を吐いて、状況が悪くなったら叩いてしまった。そんな自分のことを、彼は今どう思っているだろうか。

 

 

「白夜叉はどう?」

 

 

 下手な話題のそらし方だったが、十六夜は察して合わせてくれた。

 

 

「例のバルコニーに封印されたままだ。参戦条件も結局わからず仕舞い」

 

「でもどうやって封印したんだろうね。夜叉を封印するような一文がハーメルンにあるのかな?」

 

「まさか。夜叉はどっちかっていや仏神側だ。それに白夜叉は正しい意味の夜叉じゃないらしい。本来持ってる白夜の星霊の力を封印するために仏門に下って霊格を落としてるんだと」

 

「本来の力?」

 

 

 今のままでも充分規格外と思えた彼女には、さらに上の力があるというのは耀には驚きだった。

 

 

「ああ。なんでも白夜叉は太陽の主権を持っているらしい。太陽そのものの属性と、太陽の運行を司る使命を――――」

 

 

 言葉を途中で止めた十六夜はしばし硬直したかと思うと今度は物凄いスピードでさっきまで呼んでいた本を読み始める。

 

 

「そうか……これが白夜叉を封印したルールの正体か。なら連中は1284年のハーメルンじゃなく……ああ、くそ。完全に騙されたぜ」

 

 

 独り言を呟いては納得する十六夜。

 

 

「ナイスだ春日部。おかげで謎が解けた。あとは任せて枕高くして寝てな!」

 

「そう。頑張って」

 

 

 部屋を出ていこうとする十六夜は、一度は完全に出た体を頭だけ戻して、

 

 

「俺もお嬢様に怒られるのはごめんだ」

 

 

 そう言って今度こそ部屋を出て行く。

 

 ああまったく……。本当に彼は察しが良すぎる。

 

 ベットに入り直すと、今まで話を窺っていた三毛猫が枕元に寄ってくる。

 

 

『あの小僧……本当に信用して大丈夫なんかなぁ、お嬢』

 

「大丈夫だよ。彼はああ見えて仲間想いみたいだし」

 

 

 謎も全て解けたようだし、次に目を覚ましたときはみんなで美味しいご飯が食べられることだろう。みんなと……。

 

 

「ねえ三毛猫。どうしたら信長と仲直り出来るかな?」

 

 

 すると三毛猫はあからさまに嫌な顔をした。

 

 

『わしはあいつが嫌いや。だからお嬢があいつと仲良うならんでもいい』

 

 

 フン、と鼻を鳴らす三毛猫。のそのそと耀の腕に収まるように体を丸めて寝る体勢を作る。『でも』と続けた。

 

 

『でも、お嬢が死んだらわしも悲しい。だからもうあんな無茶はせんで欲しい』

 

「……うん。ごめん」

 

 

 ここにも一匹、心配をかけてしまっていた。本当に自分はダメダメだ。

 三毛猫をギュッと抱きしめながら瞼を閉じる。

 

 素直に謝ろう。それがきっといい。

 でもきっと彼は素知らぬ顔で恍けるのだろう。いつもみたいにふにゃっと笑って、なんてことはないように接してくれるのだろう。

 

 その光景があまりにも鮮明に想像出来てしまったものだから、思わずクスリと笑いが漏れてしまった。そのまま眠りに落ちる少女には、死の刻印を植え付けられた恐怖など一切感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間前の喧騒が嘘のように静まり返った街並み。もう間もなく約束の期限が経過し、ゲームが再開される。

 宮殿広場に集まった参加者は僅か500。全体の一割ほどにしかならなかった。

 

 不安にざわつく参加者の前に、やや緊張した面持ちのサンドラが立った。白夜叉が戦闘参加不可能である今、参加者側の最大戦力はサラマンドラ。となれば頭首の彼女が矢面に立たなくてはならないのだ。たとえそれが年端もいかない少女であったとしても。

 

 

「今回のゲームの行動方針が決まりました。マンドラ兄様、お願いします」

 

 

 入れ替わりに前に出たマンドラが皆に作戦を伝える中、宮殿広間を上から見下ろしていた黒ウサギと十六夜。

 

 

「なんだ黒ウサギ、浮かねえ顔してるな」

 

「はい……。もしもこのゲームに敗れれば私達のコミュニティは事実上の壊滅です。残された子供達を思うと」

 

 

 もしこの戦いに黒ウサギ達が敗れれば、約定通り自分達は魔王軍の尖兵となる。それはあくまでも黒ウサギ達であって、ノーネームというコミュニティは吸収されない。そうなれば残されるのは非戦闘員として置いてきた子供達だけ。彼等だけでこの箱庭を生き残ることは、どう考えても無理だ。

 

 しかしそれはここにおいて特段珍しい話ではない。魔王に敗北し、親を失った雛が死ぬことなどこの世界ではざらだ。

 だから、今この場において黒ウサギが悔いているのは十六夜達に対してである。

 以前白夜叉は言った。魔王と戦うなら力をつけろ、と。今のままでは羽虫の如く蹴散らされると予言していた。それなのに黒ウサギは今日まで彼等にコミュニティの益にしかならないゲームだけをさせていた。どれも難易度はそれほど高くはなかった。

 

 確かにそれらはコミュニティの生活を潤すのに必要なことではあった。だが、それが十六夜達の成長に繋がったかといえば、否である。元からの才能だけで越えてしまえる試練で、一体どうして成長出来ようか。強くなることが出来ようか。

 

 結果耀は病に倒れ、飛鳥は捕まった。

 

 全ての責任は自分にあると黒ウサギは悔いた。だからこそ、このケジメをつけるのも自分でなくてはならない。

 

 

「十六夜さんお願いがございます。聞いていただけますか?」

 

「聞くだけなら」

 

「魔王の相手は黒ウサギに任せてもらえないでしょうか」

 

 

 十六夜がどれほど魔王との戦いを切望していたかは知っている。その上でその役を譲って欲しいと願い出た。

 

 

「勝算は?」

 

「あります。……いいえ、もし無くても……たとえ相討ってでも!」

 

「なら却下だ」

 

 

 ばっさりと十六夜は切り捨てた。

 それでも食い下がる黒ウサギの唇に、人差し指を押し付け黙らせる。

 

 

「これはある大名様が言っていた言葉なんだが」白々しく前置いて「『自分が死んでもいい』なんてのは馬鹿が吐くセリフなんだそうだ」

 

 

 しゅん、とうさ耳を折る黒ウサギ。ニヤリと十六夜は笑った。

 

 

「それに悲観しすぎだ。お前が考えているほど状況は悪くない」

 

 

 どういう意味なんだと言いたげな黒ウサギの視線に十六夜は続ける。

 

 

「敵の目的が人材の確保なら自然タイムオーバーを狙った消極的な動きになる。となれば?」

 

「……敵は分散し、こちらは各個撃破しやすくなるのです」

 

「聡いのはポイント高いぜ、黒ウサギ」わしわしと頭を撫で回し「まずサンドラと黒ウサギ、それともう一人ぐらいをつけてペストを押さえる。その間に俺とレティシアでラッテンとヴェーザーを倒す。主力が集まったところで黒ウサギの切り札でペストを倒せればベストだな」

 

 

 確かにそれが考えうる限り最善だ。

 

 

「でも」と黒ウサギが「十六夜さんはそれでいいのですか?」

 

 

 誰よりも魔王との戦いを切望していたのに。

 不謹慎ではあるが、これほどレベルの高いゲームなればこそ、十六夜を満足させられるかもしれない。

 

 

「別に構わねえよ。魔王と戦う機会はこの先まだある。今回は帝釈天の眷属の力ってやつを拝ませてもらうさ」

 

「YES! 帝釈天様によって月に導かれた月の兎の力、とくと御覧くださいまし!」

 

 

 黒ウサギがむん、と拳を握る。

 ようやく調子が戻った彼女に気分良く笑う十六夜だったが、不意にぽつりとこぼす。

 

 

「ま、不安が無いわけじゃあねえがな」

 

 

 その独り言に思い当たる節があった黒ウサギもまた顔を暗くする。

 ふたりの視線は自然、宮殿の屋根の上へ。その縁に腰を下ろし漫然と空を見上げる和装の少年へと集まった。

 

 

「ここ数日はずっとあの調子です。黒ウサギがご飯を持っていってもほとんど食べないですし」

 

 

 昼は耀の病室の前に。夜は空の月を見上げて。

 

 ゲーム中断以来、信長の様子は明らかにおかしかった。

 てっきり十六夜同様、魔王とのゲームを心待ちにしているかと思ったのに、ゲームの日取りが近づくにつれて彼の覇気はみるみる失われていく。当初は戦力に数えていたサラマンドラの連中も、昨日の作戦会議では信長を戦力外として切り捨てた。

 

 ペストと交戦したときも、暴れ具合はいつも通りだったがどうもテンションが低かったとレティシアが言っていた。考えられる可能性といえば。

 

 

「やはり信長さんでも、魔王との戦いは怖いのでしょうか」

 

 

 黒ウサギの言葉に十六夜は適当な相槌をうちながら、内心ではそれはあり得ないと断じていた。たかがあの程度にビビるタマでは無い。だが、それならばあれが今何を考えているのかは十六夜にもわからなかった。

 

 しかし気になることがひとつだけ。

 

 確かに信長の覇気は日に日に薄れている。魔王に恐怖し、戦意を失ったのだと言われても仕方がないほど。だが、覇気こそなくなれど引き換えに近づき難い雰囲気を纏っている。それも日に日に強く。

 まるで、抜身の刀をつきつけられているような……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――、一体いつからだっただろうか?




はい閲覧ありがとうございます!

>えーと、あれは誰だ?本日はらしくない信長君でお送りしましたが、マジでこいつ誰だといった感じになりました。いつもの変態が書きたい衝動に駆られております。
おまけに今回は色々拾って指摘されていたダイジェスト感を無くそうとしてますがどうですかね。原作をちょこちょこ変えてるとはいえそのまんまなのが難しいところです。

>マズイことが発覚しました!このままだと耀とばかり絡んでしまいます!だって、だって飛鳥はどっか行っちゃうんですもの!ついていったらハーメルンと戦いにくいんですもの!!
飛鳥ああああ!!あなたは何処にいいいい!!

>おそらく二巻はあと二話ぐらいで終わりです。順調にいけば。

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