問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
ギフトゲームの終幕から48時間後。魔王軍、グリムグリモワール・ハーメルンは完全消滅し、街は祝勝会一色に染め上げられていた。黒死病に侵されていた者達もペストの敗北と同時に回復した。元々病というより、呪いに近いものだったので、原因であるペストが消えれば効力も消えるのは必然だ。
かくして病人がすっかりいなくなり、隔離施設がもぬけの殻になった中で、ひとつだけ明かりの点いた部屋があった。信長の部屋である。
「あー……暇だなぁ」
枕に頭をうずめてぼやく。黒死病こそ治ったものの、その間に無茶した体力までは戻らない。戦いの決着と同時に気を失っていた信長は、こうして安静を言い渡されたのだった。――――と、そこへ扉が叩かれる。
「入っていい?」
耀の声だった。信長が応じると扉がそろそろと開けられる。やたら慎重に扉を閉めて振り返ったかと思うと、目が合えば咄嗟に逸らされてしまった。顔を俯かせたまま信長のいるベットの近くまでくるが、そこで止まってしまう。
「どうしたの? 座れば?」
なにやら様子のおかしい耀に首を傾げながらも椅子をすすめる。やはり無言で、椅子に腰を下ろした。沈黙。
「具合、平気?」
ようやく口を開いた耀。顔はあげてくれない。
「うん! 元々怪我はしてなかったしねー。耀ちゃんの顔も見れて元気百倍!」
「そう」
終了。
(あ、あれー?)
クスリと笑ってくれるか、もしくはいつもみたいに呆れた反応でもしてくれれば会話も発展しようものだが、どうにも続かない。いつもと違う耀の様子に背中に嫌な汗を流す信長。
ふと、耀がなにかを持っていることに気付く。串焼きがのった大皿だった。
「それ持ってきてくれたの?」
言われて思い出したように耀はコクリと頷いて皿を差し出してきた。
「わあ、ありがとう! 実はお腹ペコペコだったんだよねー」
串を1本手にとって先端に突き刺さった肉に噛り付く。――――美味しい。
とても単純な料理のようだが、ただ焼いているだけでもないようだ。なんの肉かわからないのが少々気になるところだが。
「凄くおいし――――」
いよ、と言いかけて驚いた。皿に載っていたもう1本の串焼きが消えている。いや、あるのだがなにも刺さっていない串がポツン、と置いてあるだけ。ふと見た少女は相変わらず表情に変化は見えないものの、その頬はリスのように膨らませてもぐもぐと動かしている。
(あ、全部くれるわけじゃないんだ)
もしかしたらこの1本も本来はあげる予定ではなかったのかもしれない。悪いことをしてしまったか、と考えながら食べかけを返すわけにもいかず、次に齧りつこうとして、
「ごめんなさい」
「んあ?」
あんぐり口を開いたまま首を傾げる。耀は思いつめたような瞳でこちらを見ていたかと思うと、やがてまた顔を俯かせる。むしろ串焼きを取ってしまって謝るのはこちらではないのかと、見当はずれなことを考えていた信長に対して彼女は繰り返す。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいって?」
耀は膝の上に置いた手でぐっ、と拳を作り意を決したように信長の目を見る。
「私、信長の言葉の意味をちゃんとわかってなかった。信長に甘えてた」
ああ、と信長はようやく彼女がなにに思いつめていたのか理解した。黒死病にかかっていたことを隠して遊戯に参加しようとしていた彼女を信長が諫めたときのことを言っているのだ。あれから彼女なりに考えて、こうして謝りにきてくれたのだろう。不安そうな顔を浮かべる彼女は、一体自分がどんな反応をすると思っているのだろうか。
子供のように怯える姿が少し可愛らしい。
「えー、なんのことー?」
ケラケラと笑って信長は誤魔化すことにした。元々自分は偉そうに説教出来るほどの人格者なわけでもないのだ。
「許してくれるの?」
「許すもなにも、僕はなにも覚えてないよ」
そんな反応に、耀は何故かため息を吐いて、その後クスリと笑うのだった。
「わかった。――――じゃあ信長も謝って」
「………………え?」
「謝って」
満面の笑顔で耀はそんなことを言うのだった。その笑顔にどこか迫力を感じるのは錯覚だと思いたい。
「僕が、耀ちゃんに?」
「うん」
当然だとばかりに頷く。一体何について謝ればいいのか。信長はしばし考えて、
「串焼き取っちゃったこと?」
「違う」
即答された。
「十六夜に聞いた。君も黒死病にかかってたって」
ギクリ、と信長の体が揺れる。同時に理解した。彼女の笑顔が怖い理由を。
耀は変わらず怖いくらい完璧な笑顔で信長に詰め寄る。
「謝って」
「で、でも僕は別に嘘をついたわけじゃ……」
「でも黙ってた。謝って」
怖い。いつもよりずっと怖い。
冷や汗をダラダラ流してこの場の解決策を模索して、
「ごめんなさい」
土下座が一番だという結論に達した。彼女は満足そうに一つ頷く。
「うん。許さない」
「あれえええええええええええ!?」
まさかの判決だった。
「許してくれないの!?」
「うん。許さない」
「僕は耀ちゃんのこと許したのに?」
「だって信長覚えてないんでしょ?」
してやったりと勝ち誇る耀。これにはさすがに困った信長は、
「あ、はははは」
もう笑うことしか出来なかった。
「わかったよ。耀ちゃんのお願いなんでもひとつきいてあげる」
「きかせてください」
「……耀ちゃんのお願いをなんでもひとつきかせてください」
「よかろう」
殿様にでもなったように見えない扇子を扇ぎながらふんぞり返る耀。信長はもうどうにでもなれと諸手を挙げて苦笑した。
とりあえず、今度ご飯を奢るということで一時的に許してもらえることになった。それでほっとした信長は知らない。目の前の少女の胃袋が、名だたる戦国武将達をも寄せ付けない猛者だということを。
「信長さん体の御加減はどうでございますかー! 栄養たっぷりのニンジンスープを持ってきました」
部屋に突入してきた黒ウサギ――――だけではない。
「あら、割と元気そうね。パイを持ってきたのだけれど食べられるかしら」
「疲れなど酒を飲めば吹き飛ぶぞ。おんしのために私の秘蔵コレクションから持ち出してきたのだから飲め!」
飛鳥に白夜叉と続々と部屋に入ってきた。一気に騒がしくなった部屋を眺めて、信長は今日いくつめだかわからない発見をする。
信長は笑っていた。戦いでもなんでもない、彼女達を見るだけで彼は心の底から笑えていた。
(ああ、本当にここは楽しいところだなぁ)
改めて、箱庭に来れたことに感謝した
~if~耀ルート
(謝った後……)
「頬叩いちゃってごめんね。痛かった?」
シュンとうな垂れる耀。
「大丈夫大丈夫。あ、でも耀ちゃんが優しく手で撫でてくれたら僕嬉しくて叩かれたことも忘れちゃうか――――」
柔らかな感触がかつて叩かれた右頬に触れる。
思わず固まってしまう信長の視界で、耀の顔が獣の如き速さで離れていく。
「もう痛くない?」
首を傾げてはにかむ少女。信長の呆け顔にしてやったりといった感じだが、その顔は真っ赤だった。
さすがの信長も呆然としてしまい冗談を返せない。それにますます恥ずかしくなったのか、耀は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
「た、食べ物もっと持ってくるね!」
言うや否やドアからではなく窓から飛び出してパーティーが行われている広場へ。
部屋に残された信長は右の頬を名残惜しそうに撫でる。
「うーん。不覚にもドキッとしちゃった」
パーティ会場を駆ける少女もまた、そのとき同じように唇を撫でているのだった。
>上記は当時リクエストで感想欄に書いた耀ちゃんルートキスエンドでした。
ここより下あとがき
>耀ちゃんエンドかと思いましたか。残念、ハーレムエンドでした。
>閲覧ありがとうございますー。
この二巻は耀ちゃんとの絡みが多かったのでどうせだから最後まで絡ませてみました。ちなみに、耀ちゃんにフラグがたっていたら彼女からキスが(うわ、やめろ。なにをする)
>というわけで二巻終了です。三・四巻では是非とも飛鳥と絡ませてあげたい!