問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

19 / 77
二話

「わお」

 

 信長の目の前には可愛らしい狐耳が四つ、ぴょこんと立っている。同じく可愛らしいまん丸の目で互いを見つめた二人のリリは同時に叫んだ。

 

「信長様私が本物です!」

 

「違います信長様! あっちの私は偽者です!」

 

 自らを本物だと訴える右のリリと、相手を偽者だと叫ぶ左のリリ。姿かたちだけでなく声までそっくりだった。

 

「どっちかが本物で、本物を選べばあんたの勝ちになる!」

 

 二人のリリを指差してそう言ったミル。それを見たトカゲ男、ザイルは嗜虐的に笑った。

 

「ケッケッ、そんでお前の母ちゃんはお前を選べなかったんだよなぁ」

 

 悔しそうに唇を噛むミル。かつてのゲームでは人質に取られた彼が分身させられ、彼の母親が挑戦者だったのだろう。そしてミルの母は彼を見つけられず、敗北した。

 下卑た哄笑をあげるザイルだったが、ふと《契約書類》の名を見て驚愕した。

 

「待て。待て待て待てよ。織田 信長だと……? まさかテメェ、あの(・・)《ノーネーム》の織田 信長か!?」

 

 ザイルの言葉に《フォレス・リザード》の仲間達までざわめく。わけがわからず首を傾げる信長。ザイルは額に手を当てて再び笑い出しす。

 

「わかるわけねえよな。テメェ自身はあのゲームに参加していたわけじゃねえし、俺も出てなかった。だけどなぁ、俺達は忘れねえぞ?」

 

「?」

 

「俺達はお前達が潰した《フォレス・ガロ》のメンバーだったんだよ!」

 

 《フォレス・ガロ》は信長達が箱庭にやってきて最初に喧嘩を売った相手だった。リーダーのガルドは東区周辺のコミュニティの子供を攫い無理矢理ギフトゲームを仕掛けて勢力を拡大させていった。それを飛鳥のギフトによって暴露させられ、彼女達の逆鱗に触れたガルドはギフトゲームにて飛鳥達と対決。後、ガルドの死亡をもってコミュニティは解散した。

 旗を奪われ傘下に加えられていた者達はジン、正確には十六夜の策略によって解放され、再びコミュニティとして活動している。感謝されこそすれ恨まれることはありえない。つまりザイル達は傘下のコミュニティではなく、《フォレス・ガロ》のコミュニティだった者達ということだ。《フォレス・リザード》はつまり、《フォレス・ガロ》の残党が集まって出来たコミュニティなのだ。

 

「お前ら名無しがガルドを潰しやがってくれたおかげで、俺達は毎日毎日こんな薄汚え場所でコソコソ生きてかなきゃならなくなったんだ。余計なことしやがって畜生が……」

 

「…………」

 

「――――ッとか言えや!」

 

 ザイルが近場にあった椅子を怒りのまま蹴り飛ばす。壁に激突した椅子は粉々に砕け散った。剥きだしの憎悪に、リリとミルはたじろいだ。

 一方で、ザイルだけでなく《フォレス・リザード》全員の殺気を受けている本人は、

 

「ごめん。覚えてないや」

 

 あっけらかんと言い放った。

 

 ブチリ、とザイル達から何かが切れた音が聞こえた。彼等にしてみれば今まで一時も忘れることのなかった怨敵。その相手の口から『覚えていない』と言われた。ただそれだけでも彼等にしてみれば許せないが、それだけではない。信長はガルドとのゲームには結局参加していなかった。だから本当に覚えていなくても仕方が無いといえば仕方無いのかもしれないが、彼はおそらくあのときゲームに参加していたとしてもきっと今と同じ台詞を吐いたのだとザイルは察してしまった。ザイルにとって一生を狂わされたあのゲームは、彼にしてみればなんでもない覚えておく価値もない出来事だったのだ。それが許せない。

 

「……覚えとけ。テメェは必ずミンチにして喰ってやる」

 

 額に血管を浮き上がらせ、血走った目でザイルは言う。

 

「――――さて」

 

 信長は意にも介さず微笑を浮かべて二人に増えたリリに向き直る。相変わらず自分が本物であると訴える二人。二人の顔を一度ずつ見てから信長は一つ頷いて、二人同時に斬り捨てた(・・・・・・・・・・)

 その行動に誰もが息を呑む目の前で、斬り捨てられた二人のリリは煙のように消えてしまった。

 

 つまりどちらも偽者。

 

「信長様!」

 

 ザイルとは別の《フォレス・リザード》のメンバーの手を振り払ってリリが飛び出す。涙を浮かべながら信長の胸に飛び込む。

 

 ――――それを信長は再び斬った(・・・・・・・・・・・)

 

「な!?」

 

 今度こそ全員が驚愕した。斬られたリリは呆然と己の胸からあふれ出す血を見つめて、

 

「ぎ、ぎゃああああああああああ!!」

 

 野太い叫び声をあげた。

 

 床に倒れるなり傷口を押さえて転げまわるリリの姿が見る見るうちに変わっていき、やがて爬虫類系のギフトを宿した小男に変わる。否、戻った。

 男が転げる拍子に短剣が床に落ちた。もしあのまま信長に抱きついていたらそのままその剣で彼を貫くつもりだったのだろう。致命傷を負い続行が不可能となればルールに従い信長の負けとなっていた。

 

「なんでだ! 何故偽者だとわかった!?」

 

 ザイルが叫ぶ。信長は血糊を払った刀を鞘に戻しながら答えた。

 

「僕が女の子を見間違えるわけないよ――――と、言いたいところだけど実際は違う。最初の二人も、彼の変化も見分けがつかないほど完璧だった。だから君に教えてもらうことにした」

 

 信長が指差したのはザイル。

 

「俺、だと?」

 

「人質を取って子牛君の母親とゲームをするくらいの君ならまず対等な勝負をしてくるはずがない。なら最初の二人の内どちらかが本物なんて運任せなゲームのはずがないよね」

 

 だから最初の二人はどちらも偽者。そうして次にまるで本物かのように現れたリリ。

 しかしそれも実は偽者。むしろこちらがザイル達にしてみれば本命で、見破ったと思わせて隙を見せた挑戦者を負傷させてゲームの終了を狙う。

 

「だから僕は君の表情から、これが偽者だと見破った」

 

 本物がわからないなら知っている者に教えてもらうだけ。いくらなんでもあからさまな表情はしないだろうが、いくら隠そうとしても信長の洞察眼ならその違和感程度容易く見破ることが出来る。そしてこの策が破られた今、ザイルにこれ以上の手が無いこともお見通しだった。

 その証拠に、ゲームの終了を告げるように信長の手元に賞品として土地利権書が出現した。これでゲームクリアだ。

 

「信長様!」

 

 今度こそ、男達の手から逃れたリリが信長の胸に飛び込んできた。おそらく最初の発光の瞬間に連れさられたのだろう。

 

「ごめんなさい信長様。私足手纏いになっちゃいました……」

 

 ゲームの対象でもあった彼女は、だからこそザイル達も手出しが出来なかった。それがわかっていても幼い彼女は恐ろしかったはずだ。泣きじゃくる少女の頭を優しく撫でる信長。

 

「ところで子牛君」

 

「あ、ああ」

 

 呆然としていたミルは信長に呼ばれてハッとする。そんな彼に信長はごく自然なことのように尋ねた。

 

「君、この人達とグルでしょ?」

 

 ミルとザイル、それに泣いていたリリまでその発言には驚いた。涙で目を腫らしたリリは困惑した様子でミルと信長を交互に見る。

 

「君はゲームの最初にこう言ったよね? 『どっちかが本物だ』って。でも変じゃないかな。君は一度このゲームに参加しているんでしょ? それも分身の対象として。――――なら少なくとも、最初の二人が本物でないことぐらい(・・・・・・・・・・・・・・・・)知らないはずがないよね(・・・・・・・・・・・)

 

「嘘、だよね。ミル君」

 

 俯く彼はリリの言葉に応えない。応えられない。体を震えさせて、必死に拳を握り締めている。やがて彼は震えた声で告白を始めた。

 

「あいつらに協力してもっといいギフトを手に入れられれば土地は返してくれるって言ったんだ」

 

 彼の役割は二つ。一つは同情を引いてザイルのゲームにプレイヤーを参加させること。もう一つはゲームのミスリード。ホストであるザイルはゲームについて嘘は言えないし、彼の仲間が言ったところで挑戦者は信じない。

 しかし挑戦者側であるミルの言葉なら信じる。そもそもこのゲームは彼を救うために参加したゲームなのだから。

 

「ねえ、もう一つゲームをしようか」

 

「なんだと?」

 

 信長の言葉にザイルが怪訝な顔をする。

 

「ホストは僕でプレイヤーはあなたとこの子牛君。勝った方にこの権利書をあげる」

 

「そんな!」ミルが叫ぶ「俺のために戦ってくれたんじゃないのかよ!?」

 

「君が先に僕達を裏切ったんだからこれで御相子でしょ?」

 

 言葉を詰まらせるミル。誰にだってわかる。今の彼に文句を言う権利なんてない。

 

「……ルールは?」

 

「子牛君が僕に一撃入れたら子牛君の勝ち。君はそれを邪魔すればいい」

 

 それはつまり信長とザイルが仲間で、ミルは二人を相手にたった一人で戦うということだ。

 

「乗ったぜ!」

 

 信長を相手にしなくていいとわかった途端合意を示したザイル。信長は再度ミルに問いかける。

 

「さあどうするの? といっても、これを受ける以外君のもとにこの権利書が戻ることはないけどね」

 

 そう、この勝負に勝つ以外ミルの元に土地が戻ることはない。そして母が傷を負っている今、土地を取り返す以外で彼等親子がこの箱庭で生き残る術は無い。こんな子供を働かせてくれる場所も簡単には見つからないだろうし、よしんば働けても二人分の生活を支えられるわけがない。

 最初から彼には頷くしか選択肢は残されていなかった。

 

『ギフトゲーム名《弱者の一矢》

 

 プレイヤー一覧、織田 三郎 信長。ザイル。ミル。

 ルール説明、ミルが信長に一撃与えればミルの勝利。ミルが一撃を与えられないままゲームを続行出来なくなった時点でゲームは終了。

 

 宣誓、上記のルールに則りギフトゲームを行います。』

 

 

 

 

 

 

 当然のことながら、ゲームは一方的なものだった。ザイルの一方的な暴力にミルは血を流して床に倒れこむ。元々大人と子供では力に差があるのは人間であろうと獣人であろうと同じだ。

 リリは始め、信長はミルに怒っているのかと思った。騙されたことを怒ってこんなゲームをしたのかと。

 けれど少女の知る信長は自分が騙されたからなんてつまらない理由でこんなつまらない報復は絶対しないはずだ。なら何故か、その答えはどうしても出ない。

 

「あぐっ!」

 

「ミル君!」

 

 幾度目かわからないザイルの拳にミルは無様に床に這いつくばった。顔を腫らし、節々から血を流している。最初こそ信長に向かっていっていたが、今やただ体を丸めて耐えるだけ。

 

「ほらほら子牛君、頑張らないと負けちゃうよー」

 

 ミルから見ればザイルを挟んだ数メートルの距離。椅子に座りながら他人事のように声をかける着物姿の少年。

 きっと信長にはなにか考えがある。そう信じている。でも、少女にはもう限界だった。

 

「信長様! もうやめさせてください! これ以上やったらミル君が死んじゃいます!!」

 

 涙を流して訴えるリリ。信長は白々しい声援をやめて、床にうずくまったまま動かないミルを一瞥する。退屈そうにため息をついた。

 

「そうだね、これ以上は無駄みたいだねぇ。なら子牛君、さっさと降参しちゃいなよ」

 

 ピクン、と少年の体が震えた。

 

「殺されちゃう前に降参すればいい。それでこのトカゲさんにこれまで通りこき使ってくださいと泣いて頼むか、それとも土地も怪我をしたお母さんも見捨てて箱庭の外に出ればいい」

 

 言葉が進むごとに信長の声は冷え切り、遂には緩んだ笑顔も消失してミルを見下ろした。

 

「毎日震えて、己を蔑んで、一生を過ごせばいいよ」

 

「あんたみたいな強い奴になにがわかるんだってんだよ!」

 

 ガバッ、と顔をあげたミルは泣きながら信長に訴えた。

 

「俺は子供だし力も弱い! 頭が良いわけでも凄いギフトを持ってるわけでもない! そんな俺がどうやったってコイツラに勝てるわけないだろ!」

 

「だから言ってるでしょ。毎日震えて、そうやって自分を貶して生き続ければいいって。君にはそれがピッタリだ」

 

 その言葉は何よりも痛烈に少年に響いた。

 

「そうやって言い訳ばかりしてる君より、リリちゃんの方がずーっと強いよ」

 

「え?」

 

 いきなり話にあげられたリリは驚いて尻尾を逆立てる。いくらコミュニティの中で年長といえど、力比べで彼に勝てるわけがない。

 

「だって僕がついてるもん」

 

 呆気に取られるリリとミル。

 

「……そ、それはあんたみたいな強い人が味方にいるから」

 

「そうだよ」当然だとばかりに信長は言う「でも君には一生得られない強さでしょ? だって僕はリリちゃんの味方になりたいとは思うけど、君の味方になろうとは思わないもん」

 

 ハッとしたミルは俯いて黙り込む。

 

「体格も筋力も君はリリちゃんより強いかもしれない。でも君は絶対リリちゃんに勝てない。それはたとえ君が強力なギフトを得ても変わらない。――――背中ばかり見せて逃げ回る君に、立ち向かうことを知っている彼女が負けるはずがない」

 

 リリは立ち向かった。母を失い、仲間を失い、代々任せられていた大地を失い、それでも少女は戦ってきた。幼くして年長組の筆頭として子供達をまとめて、小さいながら土地を耕し守ってきた。

 それがどれだけ辛く厳しい道のりだったか。あの小さな体にどれほどの重しとなり傷を負わせてきたのか。想像できるなどと無責任なことをいうつもりはない。

 それでも彼女は笑うのだ。毎日ごはんが食べられると笑う。再生していく大地を朝早くから夜遅くまで泥にまみれながら笑う。明日が待ち遠しいと言って笑って眠る。

 

 そんな彼女だからこそ信長は味方をする。したいと思う。

 

「ケッ、こっちはなんでもいいってんだよ」

 

 冷たく吐き捨てるようにザイルはそう言うと、未だうずくまったままのミルを見下ろす。

 

「オラ、さっさと降参しろよ。そうすりゃこれからも使って――――うぉ!?」

 

 ミルは突然立ち上がったと思ったら頭からザイルに突進する。子供とはいえ牛の獣人、それに油断していたこともあってザイルはもろに鳩尾を打たれて息を詰まらせた。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 雄叫びと共にさらにミルは踏み込んだ。

 

「調子に、のんなッ!」

 

 二度は無いというようにザイルはミルを蹴り飛ばす。壁に背中からぶつかりズルズルと沈黙する。

 

「ケ、さあこれで終わりだ。さっさと権利書を」

 

 信長へ振り返ったザイル。信長は指を差して示した。ザイルが顔を戻すとミルは再び立ち上がっていた。

 

「お前さ」ピクピクとザイルの瞼が痙攣する「うぜえよ!」

 

 振り下ろした拳がミルの頬を打つ。二、三歩よろめくが、今度は倒れなかった。

 

「ああああああああああ!!」

 

 倒れるどころかミルの拳がザイルを打った。反撃を予想していなかったザイルは簡単に膝が砕けてしりもちをつく。呆然としたままたった今殴られた頬を撫で、ようやく理解した。

 

「こ、このクソガキィィィィィ!!!!」

 

 凄まじい咆哮と共にザイルは力任せにミルを殴った。反逆など、反抗など想像だにしていなかった者からの反撃に無様な醜態を晒してしまったザイルは完全に頭にきていた。倒れこんだミルに容赦なく追撃を加えた。

 

 それでも今のミルは諦めなかった。戦うことを初めて知った彼は、がむしゃらにザイルの足にしがみつく。このゲームで彼が勝つには彼が信長に攻撃を当てなければならない。ザイルにいくら歯向かっても意味は無い。

 だとしても彼は離さない。意味がないとかあるとか、今更そんなこと関係ない。彼は今戦っている。必死になって戦っている。

 

「いい加減にしやがれ」

 

 足にしがみつくミルをもう一方の足で蹴ったり殴ったりするも離れないことに苛立ったザイルは遂に腰のサーベルを抜いた。このゲームはミルが一撃を与える、もしくはミルがゲーム続行不可能となれば終了だ。それはつまり彼の死亡も含まれる。

 今まで相手が子供だからとそれなりの自制心があったようだが、それも今のザイルには無い。

 

「最後だ。離せ」

 

 ミルは震えた。歯の根が合わない。足はガクガクだ。体中痛いし、殴られて腫れたのか左目が見えない。それでも、

 

「いや、だ」

 

「そうか。なら死ね」

 

「ミル君!」

 

 冷たい宣告と共に振り上げたサーベルはミルに向けて振り下ろされ――――止められた。剣を握るザイルの手を掴むのは信長だった。

 驚愕するザイルへ微笑んで、信長の回し蹴りがザイルを吹き飛ばした。

 

「信長様!」

 

「な、んで?」

 

 本心から困惑するミルは信長に尋ねた。

 

「ん? ほらやっぱり君が死んでリリちゃんが泣くのは嫌だし」ケラケラと笑いながら「それに今の君なら味方をしてあげてもいいかなって」

 

「ふ、ざけんな」

 

 信長は前に視線を向ける。蹴られた横腹を抑えながらザイルが立ち上がる。

 

「このゲームは俺とあの牛のガキのゲームのはずだ! お前はむしろ俺側だろうが!」

 

「あれー? でも、僕が君の味方になるだなんてルールは書いてないよねぇ」

 

 ニコニコと彼は平然と言い放つ。信長の言う通り、たしかに《契約書類》に彼がどちらかの味方になるとは書いていない。ミルに攻撃をされたらゲームは終了だが、それが信長の負けであるとは限らない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「そんな……こんな茶番が……俺がこんなガキに……!」

 

「さっきも言ったでしょ。『魅力』も立派な力さ」

 

 信長に殴られたザイルは壁をぶち破り沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 ミルと別れた信長達は当初の目的である買い物を済ませると帰路についていた。その間もリリは手に持った紙を眺めてはずっとニコニコしている。

 

『騙していて悪かった』

 

 ゲーム終了後、ミルはいの一番に頭を下げてそう謝った。事情はどうであれ彼が信長達を騙していたのは事実。そして一歩間違えれば信長の命はなかったのだ。

 それでも当の信長はすでに終わったゲームに興味なさそうなのだから相変わらずだ。

 

 彼は取り戻した土地の利権書をしまい、別の証書を渡して言った。今後《ノーネーム》の苗や種の買い付けを任せて欲しいと。特殊なモノも依頼があれば例の土地で必ず増やしてみせると。彼はボロボロだったが、初めて会ったときよりずっと男前だった。

 

「じゃあそれ、僕とリリちゃんの成果ってことで十六夜達とのゲームに報告しようか」

 

「え? で、でも私はなにもやっていないですし……それにこれぐらいの成果じゃ」

 

 ――――おそらく十六夜達には勝てない。

 

「そんなことないよ」

 

 リリが言いかけたところで信長は先んじて言う。

 

「リリちゃんがいなかったら僕は彼を助けようとは思わなかった。それにこれは胸を張っていい立派な成果だよ。ね?」

 

 信長が微笑むとリリは目をまん丸にして、次の瞬間花が咲くような笑顔をみせた。どちらかといえばこれが今回の一番の成果だったと言えなくも無い、と信長は心の中で思う。

 リリが前を向いて歩き始めたのを確認して、ふと先ほどの台詞を思い返す。

 

『彼女がいなければ助けようとは思わなかった』

 

 嘘ではない。リリがいなければきっと自分はあそこまで完璧にミルを助けることにはならなかっただろう。でももしかしたら手は出さなくても口は出してしまったかもしれない。

 ミルは少しだけ似ていた。弟に。

 

 信長の弟はとても平凡だった。普通に優しくて、普通に厳しくて、普通に兄が大好きな弟だった。それ故に彼は信長の非凡さに誰よりも苦しんでいた。

 兄に追いつこうと頑張って、それでも追いつけなくて、普通に苦しんで――――普通に壊れてしまった。

 

 努力が無駄だと知り、世界は優しくないことを理解し、運命の残酷さを呪った。

 結局弟は何もかもを諦めた。努力を諦め、期待に応えることを諦め、戦うことを諦めた。

 結果彼は人形同然の廃人となり、権力争いの御輿(道具)として扱われた。その後……。

 

 戦うことを諦めて、ただの道具に成り果てようとしていたミルをどう思っていたのか。哀れだと思ったか。それとも怒りが湧いたのか。

 信長自身にも結局よくわからなかった。

 

「信長様……」

 

 リリは俯き気味に名前を呼んで言った。

 

「手を、繋いでもらってもいいですか?」

 

「――――うん」

 

 繋いだ手をとても小さくて、とても温かい。

 沈んでいく夕日を眺めながら信長は少しだけ故郷を思い出していた。




閲覧ありがとうございますー。

>ふふふのふ、これはまあ三巻の十六夜君の過去編代わりだと思って読んでくだされ。けど次回より本編復活です!信長君のキャラがもう真面目に偏りすぎてぶれぶれなので次回は是非とも『いつもの』信長君を描きたい!!いや書いてみせる!

>感想を読んで、皆さんの信長君のリスペクト具合に思わず笑ってしまいました。女の子なら一発でわかるでしょ、とかもうギャグパートならその通りの展開でしたよおっしゃるとおり(笑)

>では次回は変態の……じゃなくていつも通りの信長君を乞うご期待!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。