問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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つまらない奴

『ようこそ皆さま《箱庭の世界》へ! 我々は皆様にギフトを与えられた者だけが参加できる《ギフトゲーム》への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしました』

 

 これが黒ウサギが説明の冒頭で述べたセリフだった。

 

 箱庭の世界とは、暇を持て余した神々の遊戯が執り行われる世界。世界軸と呼ばれる柱に支えられたこの世界の大きさは恒星に匹敵する。

 ここで行われる神魔の遊戯――――それがギフトゲーム。

 人の身に余る異才を駆使して争われる戦い。

 

 遊戯の仕組みは至極単純。主催者(ホスト)が開き、参加者(ゲスト)が参加する。

 主催者が定めたルールに従いゲームをクリアすれば参加者の勝ち。勝てば主催者が提示した賞品を得る。逆に負ければ、参加者は相応の何かを支払う。

 

 仕組みこそ単純なものの、遊戯の種類は千差万別。参加人数、勝利条件、敗北条件……時に知恵を、時に力を、時に運を試される。

 同様に、賭ける物も金銭に始まり土地、権利、人……才能さえも賭ける対象になり得る。

 有用な人材、又は才能を得ればより上位の遊戯に参加することも可能。逆に失えば戦力は大幅に下がることとなる。

 

 箱庭には無数のコミュニティと呼ばれるものが存在する。小さい規模のものでコンビ、大きなものとなると国家。例外に、単独でコミュニティを名乗る者達もいるそうだ。

 

 そして異世界者――――つまりは信長達のような者達は皆、いずれかのコミュニティに属さねばならないらしい。

 

 黒ウサギは最後にこう締め括った。

 

『YES。ギフトゲームは人を超えた者達のみが参加出来る神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたしますよ』

 

 信長にとってそれは、それだけで充分な回答だった。ここが、かつていた世界より面白くあれと願う彼にとって。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ。十六夜もだけど、黒ウサちゃんもすっごい速いねー」

 

「素直に感心するわ」

 

 今し方、黒ウサギが脱兎の如く駆けていった方向を見つめて信長と飛鳥は感嘆の声をあげる。

 

 場所はすでに湖から離れており、信長も落下中ちらりと見つけた巨大天幕へ向かって歩いていた。その際、途中で『ちょっくら世界の果てを拝んでくる』なんて台詞を残して勝手にいなくなってしまった十六夜。その後彼の不在に気付いて、嘆きから怒りにガラリと変わる感情表現豊かな黒ウサギが、黒髪を緋色に変化させて物凄い速度で駆け出して今に至る。

 ちなみに、信長の黒ウサギの呼称は『黒ウサちゃん』に自然に決定された。

 

 それにしても、と僅かばかり信長の笑みに変化が生じる。それは飛鳥や耀、誰にも気付けないほど、しかし確実な変化。

 ほんの僅か、その笑みに()()()()()()()

 

 先に行ってしまった十六夜、それと今し方駆け出した黒ウサギ。どちらも人外の脚力だった。黒ウサギは見た目からして人間ではないものの、要所に目を瞑れば胸の大きい可愛い少女。十六夜とて普通の少年だ。

 それがどうだろうか。

 単なる脚力の話であるが、信長は今の二人を見て勝てないと思った。生まれて初めて他人を見て敵わないと思わされた。

 

 それはとても新鮮な体験で――――

 

 ザワリ。

 

「どうしたの? 三毛猫」

 

 一瞬ではあるが空気の変化を気取ったのか、耀の腕の中で三毛猫がフシャーと歯を剥いた。

 

 ニコリと、信長は爪を出して本気で引っ掻こうとする三毛猫に自分の手をじゃらつかせる。

 

「見慣れない場所で驚いてるのかなー?」

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

「君のこと、嫌いだって」

 

「――――この子が?」

 

 コクリと頷く少女。その口ぶりはまるで彼女には猫の言葉がわかっているかのようだった。

 

「なんでかな?」

 

「……危ない奴だから、だって」

 

「へえ」目を細めて「賢いね」

 

 言葉とは裏腹に、なおも三毛猫をあしらう信長。

 首を傾げている耀は、三毛猫が感じ取った『それ』が理解出来なかったようだ。

 

「ウサギは箱庭の創始者の眷属。基礎である身体能力だけでなく、様々なギフト、他にも特殊な権限も持ってるんです」

 

 三毛猫を()()()のをやめて、信長は前を向く。

 

 黒ウサギに案内されて辿り着いた天幕の入り口で待っていた少年は、年頃に似合わない人の良さそうな笑顔で出迎えた。

 

「僕はコミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げて自己紹介をするジン。この礼儀正しさといい、丈の合わないボロボロのローブを羽織った姿はどこか微笑ましい。滑稽で。

 

「皆さんのお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 まさか心の内で貶されているとは思いもよらないだろうジンは、声変わりもまだの高い声で丁寧な口調を紡ぐ。それが尚更滑稽なのだと知らず。

 

「久遠 飛鳥よ。猫を抱いているのが」

 

「春日部 耀」

 

「それで僕が織田 三郎 信長。好きに呼んでいいからねー」

 

 各々の自己紹介を終える。

 それに満足そうなジンは天幕の入り口へと手を差し向ける。

 

「それではこちらから――――」

 

「君も出来るの?」

 

「え?」

 

「黒ウサちゃんみたいに速く走ったり、さ」

 

 尋ねられたジンはまん丸の目をさらに丸くしてキョトンとする。しかしすぐに大慌てで首を横に振る。

 

「い、いえ! 僕には無理です!」

 

「だろうね」

 

 あっさりと信長はジンの言葉を肯定した。まるで初めからそんな期待はしていなかったとばかりに。

 

 温厚そうなジンもこれには些か頭にきたのかむかっとした顔を見せたが、信長はすでに興味を失ったようで周囲にばかり目をむけている。

 

「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入りましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

 

「あ、はい!」

 

 飛鳥に促されはっとしたジンは、怪訝だった顔を愛想笑いに戻す。その際、ちらりと信長の方を見た。

 

(……この人苦手だ。でも我慢しなくちゃ。この人達がいなくちゃ僕達は――――)

 

「……っ!?」

 

 そのとき、向けていた視線が信長の目と合ってしまい慌てて目を逸らす。

 別に目があったからといってどうってことはないはずだが、何故だろうか。まるで自分の心の内が見透かされてしまいそうで。

 

 その後、ジンは極力信長と距離を置くように歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外門と呼ばれる天幕の入り口を潜ってまず最初に信長を驚かせたのは、天幕の内側からでも空が見えることだった。外から見た時は何も見えなかったのに。

 ジンの説明によれば、この箱庭を覆う天幕は内側からだと不可視になるそうだ。なんでも直接太陽の光を浴びられない種族の為だという。

 

(太陽の光を浴びられない人ってどんな人なんだろう?)

 

 ジン達の話題に唯一ついていけない信長は気分を紛らわせるように周囲を見渡す。

 

 箱庭の世界は家ひとつとっても信長がいた世界とはまるで違った。

 こちらには藁の屋根に土壁といった農家も、木造屋敷も見当たらない。色彩豊かな石材で、それぞれが特徴的な形をした家々が建ち並んでいる。

 

 そして建物以上に目を奪われるのはここに暮らす人。――――いや、信長には彼等を『人』と呼んでいいのかどうかすらわからなかった。

 二本足で歩き、表情豊かに談笑する姿はまるで人間そのものだが、彼等彼女等は皆尻尾や角を生やしていた。信長も知る獣もいれば、見たこともない姿の者もいる。

 異国人とはいえ所詮海を隔てた程度の外国の人間しか知らない信長にとって、この光景は中々に衝撃的だった。

 

「信長君」

 

 あと少し放っておいたら十六夜同様ふらふらと何処かに行ってしまいそうだった信長を声が呼び戻す。

 我に返って振り向くと、そこには先程までジンと会話していた飛鳥がいた。

 

「なにかな、飛鳥ちゃん」

 

「飛鳥ちゃん……」

 

 異性から『飛鳥ちゃん』などと呼ばれたことのなかった少女は、信長の呼称に大いに戸惑った。

 

 一方、あくまで本人的には自然に名を呼んだつもりの少年は、話しかけておきながら一向に喋ろうとしない飛鳥を不思議そうに眺めるしかない。

 

 コホン、と飛鳥は咳払いを挟んでようやく口を開いた。

 

「信長君、貴方――――本当に()()織田 信長なの?」

 

 その話題に興味があったのか、ただ後ろを歩いていたもう一人の少女も足を早め二人との距離を詰める。興奮する三毛猫を宥めるように撫でながら。

 

「うーん」

 

 飛鳥からの質問に、そして背後の少女の眼差しに、今度は信長の方が戸惑ってしまう。

 

()()、かはわからないけど……僕は間違いなく信長だよ」

 

 実は、この世界にやってきてからした自己紹介の後も、彼女達の反応はこういったものだった。それは今ここにいない十六夜も含めて。

 彼女達はよほどこの名前に覚えがあるらしい。しかし、信長が彼女達と会うのは間違いなく先程の湖が最初だ。

 ならば名前だけがひとり歩きしているのだろうか。

 

 ――――何にせよ、そうなると訊きたいことが生まれる。

 

「じゃあこっちからも質問」

 

「なに?」

 

「飛鳥ちゃん達の知ってる僕って、どんな人?」

 

 彼女達の知る自分。もしかすれば同姓同名の他人かもしれないが興味が湧くのは自然だろう。

 

 尋ねられた飛鳥は細い腕を組んで上を向く。

 

「戦国時代……えーと、私が生まれるより昔にあった戦ばかりの時代の武将よ。数の不利を覆し、劣勢をはねのけ、最期は部下に裏切られ天下統一を目前に死んでしまうの」

 

 飛鳥の話は信長にとってとても興味深くあると共に驚くべきものだった。なにせその話の『織田 信長』という男は間違いなく自分――――否、()()()()、これからなるはずだった自分の姿だった。

 最期の結末を除けば、彼女の話す男の生涯はほぼ夢の内容そのままだ。

 それが一体どういう意味を持つのか。

 

 頭が悪いわけではないものの、頭を使うことを極端に面倒臭がる信長はすぐにその意味を考えることを放棄する。

 暴いたところで何になるとも思えない。

 

 それでもまあ、素直に驚いてはいるのだが。

 

「もう一つ訊いていい?」

 

「いいわよ」

 

 意味深に沈黙していた信長から二度目の質問を受ける。その目は先ほどよりずっと真剣な光を帯びていた。

 飛鳥は無意識に生唾を飲み込む。

 

「飛鳥ちゃんって意外と胸大きいよね」

 

「「…………」」

 

 完全無欠に絶句した。後ろで聞き耳を立てていた耀まで絶句した。

 

 痛々しい沈黙を、飛鳥の呆れ果てたため息が破った。

 

「もう一つ思い出したわ。織田 信長はとんでもない大うつけだったそうよ」

 

「ああ、じゃあそれはやっぱり僕のことかもね!」

 

 否定するどころか、恥じるどころか、何故か誇らしげに胸を張る着流しの少年に、飛鳥と耀はこの瞬間同じことを思っていた。

 

 これがあの織田 信長とは思えない――――いや、思いたくない……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 街の大通りを進み、女性陣の――――主として飛鳥の――――指名で話し合いの場に選ばれたのは、六本傷の旗が掲げられた洒落た雰囲気の茶屋であった。

 

 目録に並ぶ品名に始まり、見るも食べるも何もかもが初めて尽くしの信長は、猫族女性店員のオススメである紅茶とスフレチーズケーキなるものを話そっちのけでつついていた。

 

「ガルド」

 

「口を慎めよ。東区画最底辺の名無し風情が、この俺を呼び捨てに出来るとは驚きだ」

 

 そんな折、視界にズイッと入ってきた大柄な体躯の男。次いで、対面の席では男を見るなり険しい顔をするジンの顔があった。

 

「かつての森の守護者だった貴方なら相応の礼儀で返したでしょうが、今の貴方に敬意を払う気にはなれません。それに僕達のコミュニティの名前は《ノーネーム》です。《フォレス・ガロ》のガルド=ガスパー」

 

 出会ってから間もないが、この少年がこうもあからさまに他人を嫌悪するのは珍しいことなのではないか、と信長は思った。

 ズズ、緑茶とはまた違う渋みだが、悪くない。

 

「口を慎めと言ってるだろうが小僧。コミュニティにとって誇りである名と旗印を奪われた時点でお前等は終わったんだよ。それなのに過去の栄華を忘れられず、恥知らずにも今尚コミュニティを名乗り続けるってのは、まったく(たち)の悪い亡霊だぜ」

 

「――――ストップ」

 

 これ以上は言葉だけでは済まなくなると感じ取ったのか、飛鳥が制止に入る。

 

「貴方達の仲が悪いのはよくわかったわ。その上で質問したいのだけれど」

 

 キリッと刀のような鋭さすらある飛鳥の眼差し。その視線の先は礼を失したガルドという大男――――ではなく、ジンへ向いていた。

 

「ねえジン君。ガルドさんが指摘している、私達のコミュニティが置かれている状況というのを説明していただける?」

 

「それは……」

 

 一転して苦い表情で言葉を詰まらせるジン。

 

 それに対して、弱った獲物を見つけた肉食獣のようにニヤリと歯を剥いて笑うのはガルドだった。

 

「よろしければ私がご説明致しましょうか、レディ? コイツラの今の状況ってやつを」

 

 最早、ジン達が何かを隠しているのは明らかだった。

 そしてそれは信長にとって予想通りでもある。

 

「やっぱりね」

 

「やっぱり?」

 

 眉をひそめて、飛鳥は今度は信長を睨む。

 

「貴方も知っていたの?」

 

()()って言ったでしょ。知らなかったよ、僕も」

 

 慣れない手つきでフォークでケーキを切り分け、口に放り込む。

 

「でも2人がなーんか隠してるってことぐらいはわかった」

 

「それが貴方のギフト?」

 

「さあね」もう一口頬張って「昔から目ざとい方ではあるけど」

 

 飛鳥はそれでもしばらく信長の横顔を見つめ続けた。しかしやがてその視線をふっと切る。一先ず嘘はついていないと信じてくれたのか、はたまた一旦保留としただけか。

 

 兎に角、今はこの似非紳士風の大男に、ジンのコミュニティの『状況』とやらを聞くかどうかだ。

 どうやら彼とジンは仲が悪いらしい。となればもし、今ジンのコミュニティが何かしらマズイ状態にあるのだとすれば彼は喜々としてその状況を話してくれることだろう。ジン達が信長達に隠しておきたかった恥部まで知る限りを赤裸々に。

 

 信長はジンや黒ウサギの不審な動きを見抜くことは出来ても心までは読めない。現状、説明役としてガルドはうってつけと言える。

 

 同じような答えに至ったのか、飛鳥も最終的にはガルドへ説明を許した。それなのに気が乗らなそうな顔をしているのは、個人的にガルドが嫌いだからか。

 すぐ顔に出てくる辺り、多分彼女は素直な性格なのだろう。

 

 可愛いなぁ、とこっそりと信長はにやける。

 

 ガルドの説明はまずこの世界の『コミュニティ』という在り方から入った。

 

 コミュニティはまず箱庭で活動する上で『名』と『旗』を申告する。特に旗はコミュニティの縄張りを示すのに大変重要なのだと語る。

 例えば、今信長達のいるこの茶屋はこの六本傷の旗印の縄張りということだ。

 

 要は家紋や陣旗のようなものか、と信長は解釈する。

 

「その理屈でいくと、この近辺はほぼ貴方達のコミュニティが支配していると考えていいのかしら?」

 

 飛鳥の問に、ガルドはいやらしく笑って首肯する。

 

 ガルドの胸の刺繍と、周囲の店に掲げられた旗印は同じもの。ガルドが《フォレス・ガロ》のリーダーであるなら、この地域の支配者は彼ということだ。

 

 それには信長は少しばかり驚きを禁じえなかったが、口を挟むことなくケーキを頬張る。

 

「さて、ここからがレディ達のコミュニティの問題。実は貴女方の所属するコミュニティは、数年前までこの東区で最大大手のコミュニティでした」

 

 もちろんリーダーは今とは違いますがね、と嫌味らしく強調する。

 それに悔しそうにローブの裾を握るジンだが、言い返すことはしなかった。

 

 フン、とガルドはつまらなそうに鼻を鳴らし話を続ける。

 

「そんな先代のコミュニティは奴等に目をつけられたんですよ――――魔王にね」

 

「「…………」」

 

「嫌だなぁ。なんで飛鳥ちゃんも耀ちゃんも僕を見るのかな?」

 

 何故か疑うような目で2人に見られた。

 

 何のことかわからないガルドは不思議そうにするものの続ける。

 

「魔王とは、この箱庭において正しく天災。逆らうのはもちろんのこと決して目をつけられちゃならない存在です。《主催者権限(ホストマスター)》という特権階級を持つ修羅神仏にゲームを挑まれれば誰も断ることは出来ない。奴等はあらゆるものを、まるで暴風雨のように奪い、破壊していく」

 

 故に天災。故に魔王。

 

 話しているガルドの声にも緊張が窺える。かつてその目で見たことがあるのか。それとも目の当たりにせずともこうなるのか。

 それほどに魔王という存在はこの世界にとって恐怖の象徴だということだ。

 

「なるほど。理解したわ」

 

 飛鳥が答える。

 

 過去はどうであれ、今は最低限の地位も名誉も持っていないジン達が信長達を召喚したのは、彼のコミュニティの復興の戦力として。

 しかし、呼んだはいいが信長達が必ずしもジンのコミュニティに入るとは限らない。コミュニティとして主張するべき最低限の『名』も『旗』も持たないジン達に、この世界で信用があるとは思えない。信用が無ければ遊戯の開催は当然として、下手をすれば参加すら許されない。

 

 だからこそ、ジンや黒ウサギはこのことを頑なに隠したかったのだろう。少なくとも、信長達から色好い返事を貰えるそのときまで。

 

「私は黒ウサギが不憫でならない。『兎』といえばこの箱庭で《箱庭の貴族》とまで呼ばれるほど強力な種族。どこのコミュニティでも破格の待遇で愛でられるべき存在なのに……彼等はろくな活動もせずに彼女を使い潰している。亡霊でなければ寄生虫だ」

 

「それで?」

 

 言い負かすことに悦に入るガルドへ、今まで傍聴していた信長は尋ねる。

 

「ガルドさん――――だっけ? 懇切丁寧に説明してくれた貴方は何が目的なの?」

 

「察しが良くて結構」

 

 口を裂いて笑う。

 

「よければ兎共々、我がコミュニティに入りませんか?」

 

「なにを――――!」

 

「テメエには聞いてねえ、黙ってろ!」

 

 遂に黙っていられなくなったジンが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がるも、ガルドのひと睨みで押し黙る。

 

 ガルドは信長達に向き直るとコロリと表情を微笑みに変える。

 

「焦らずともレディ達は30日間この箱庭で自由が約束されています。両者のコミュニティを充分視察した後に結論を――――」

 

「結構よ。私はジン君のコミュニティで間に合ってるもの」

 

「「――――は?」」

 

 妙なことに口を揃えたのは犬猿の仲といっていいジンとガルドだった。

 

 一方で、飛鳥は紅茶を一口含んで長話から人心地つく。

 そうしてからずっと沈黙している耀へ笑いかける。

 

「春日部さんはどうかしら?」

 

「別にどっちでも」

 

 耀は素っ気なく答える。

 

「私はこの世界に友達を作りにきただけだもの」

 

「あら意外。なら私が友達1号に立候補してもいいかしら?」

 

 提案する飛鳥を、耀は上から下まで見回して、

 

「……うん。飛鳥は私の知る女の子達とちょっと違うから平気かも」

 

 小声ながら、信長には耀の声色に少しばかり喜びが混じっているように聞こえた。

 そしてここはこの2人と御近付きになる絶好の機会である。

 

「なら僕は耀ちゃんのお婿さんに立候補しちゃおうかなー」

 

「無理」

 

「無理!? 嫌だじゃなくて無理なの!!?」

 

 予想以上にあんまりな答えだった。

 

「それじゃあ友達2号で我慢しとくかー」

 

「……それならギリギリ」

 

「うわーい、耀ちゃんって意外とキツイんだね!」

 

 一度目はしょんぼりしたものの、2度目はいっそ笑った。信長という少年は中々打たれ強いのである。

 

 クスクスと笑う2人の少女。

 

「――――お楽しみ中に失礼ですが」

 

 激情を押し込めた声で、ガルドが割って入る。

 

「理由をお聞きしても?」

 

 実際、ガルドは今にも暴れださんほど内面怒り狂っていた。

 才能有りしとはいえ、新参者……それもこんな子供に無視されるのは相当に気に障ったらしい。

 こめかみを痙攣させながら、それでも必死に紳士――――だと思ってる――――らしい振る舞いで微笑みを続けるのは、ガルドにとって最後の理性か、はたまた自尊心を保つためか。

 どちらにせよ、

 

(つまんない奴)

 

 すでに信長はこの男に対する興味は失せていた。

 それに比べて、

 

「私は裕福な家庭も約束された将来も、およそ望みうる全てを捨ててここに来たの。それをたかが一地域を支配して満足しているだけの貴方に、それも組織の末端として迎え入れてやるだなんて慇懃無礼に言われて魅力的なわけがないでしょう?」

 

 彼女達は本当に面白い。

 

 飛鳥、それに耀という少女も。どちらもガルドに対する気負いも無ければ怯みもしない。どころか信長同様歯牙にもかけてやしないだろう。

 断言してもいい。仮に飛鳥や耀がガルドの誘いに乗ったとしても彼は絶対に彼女達を乗りこなせない。器じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「もういいよ。がる……がるお? えーと、筋肉だるまさん。説明はもう充分。ご苦労様」

 

 血走った目でガルドは信長を睨む。

 それを彼は紅茶の一飲みで涼しげに流した。

 

 人のことを言えた義理ではないが、大した根性だと飛鳥は感心していた。

 

「ジン君に義理があるわけじゃないけど、別に貴方に義理があるわけじゃない。それなら暑苦しい貴方のコミュニティより、飛鳥ちゃんや耀ちゃんに黒ウサちゃんみたいな可愛い女の子がいるコミュニティの方がずっといい」

 

「ただの人間如きが……この俺を誰だと――――」

 

「――――お前こそ」空気が「何様だ」

 

 変わった。

 

「……っ!?」

 

 ガラリと空気が変わった。まるで熱帯夜から、突然南極にでも放り出されたような。

 

 この空気を作り出したのは間違いなく()だ。

 

「たかが獣畜生が、一体誰の上に立つって? 身の程を知れよ」

 

 口調だけではない。姿形はそのままなのに、まるで別人のようだった。

 

 ガルドはたじろいだ。そのことにガルド自身が驚いているようだった。

 たかが人間だと、子供だと侮っていた目の前の少年に、言葉ひとつで気圧されていることに。

 

 飛鳥も気持ちは同じだ。

 今のこの体の震えは、はたして何なのか。わからなかった。

 

「飛鳥ちゃん、訊きたいことはもう終わり?」

 

 こちらへ話しかけるそのときには、すでに信長の雰囲気は最初に出会ったときと同じ、柔らかなものに戻っていた。

 震えも、いつの間にか止まっていた。

 

 今の顔とさっきの顔。一体どちらが本当の彼なのか。そして、()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

 それはこれから先知っていけばいいと飛鳥は無理矢理結論づけてガルドへ向き直る。

 

「貴方にはまだ訊きたいことがあるの。――――『貴方はそこに座って、余計なことは喋らず私の質問に答え続けなさい』」

 

「……っ!?」

 

 飛鳥の宣告を受けて、ガルドはガチリと口を閉じて尚且つ椅子に座る。

 今の状況からガルドが彼女の言葉に大人しく従うはずはない。実際ガルドはなにかに抑えつけられるかのように不自然に体を揺らして椅子に座らされている。

 一連の行動に誰よりも驚いていたのはガルド自身だった。

 

 飛鳥はつまらなそうにため息をこぼす。

 

「質問するわ。貴方はこの地域を『両者合意』によるギフトゲームで勝利し支配していったと言ったわね。でもね、私はここで行われるゲームのチップは様々だと聞いたわ。それを、コミュニティそのものを賭けたゲームなんて早々あるものかしらね、ジン君?」

 

「やむを得ない状況ならば、稀に……」

 

「そうよね。そんなこと箱庭に来たばかりの私にだってわかるわ。だからこそ主催者権限を持つ魔王は恐れられている。それなのに、それを持たない貴方がどうしてそんな大勝負ばかり出来たのかしら。 ――――『教えてくださる?』」

 

 再び少女の魔性の言葉に、強制的にガルドの口が開かされる。

 

 それを見て周囲の者達も段々とわかってきた。久遠 飛鳥の命令には絶対逆らえないのだ、と。それこそが彼女のギフト。

 

「き、強制させる方法はいくつかある。一番簡単なのは女子供をさらうこと。それでも応じない連中は周辺のコミュニティを従わせてからゲームをせざるを得ない状況に追い詰めていく」

 

「常套手段だね」

 

 涼しい顔で同意を示したのは信長だけだった。飛鳥を含め、他の者達は揃って苦い顔をする。

 

「それで? そんな手段で傘下に収めても彼等は従順に従ってくれるかしら?」

 

「各コミュニティから数人子供を人質に取ってある」

 

 予想されていた言葉だったとはいえ、飛鳥の顔つきが厳しいものに変わる。

 

「……子供はどこ?」

 

「もう殺した」

 

 周囲がざわつく。

 

 ガルドは手をついたテーブルに罅を入れながら、憤怒の表情で飛鳥の言葉に従い口を開き続ける。

 

「初めて連れてきたガキは泣き喚くから殺した。次は自重しようかと思ったがやっぱり我慢できずに殺した。けど身内のコミュニティの子供を殺したとなれば組織に亀裂が生まれる。だから遺体は見つからないように腹心の部下に喰わせて――――」

 

「――――『黙れ』」

 

 ガチン、と再びガルドの口が塞がれる。

 もうこれ以上、目の前の下衆が口を開くことを飛鳥は許せなかった。

 

 別に、飛鳥という少女は無償の愛を振りまくような聖人君子などではない。見ず知らずの他人の為に駆けずり回って、己の血肉を切り分けてまで他人を助けることなど出来ない。

 生まれた時代も戦時中というわけではなく、すでに終戦時。暮らしも満帆。

 飢えも知らず、争いにも縁遠い。

 ただの少女だ。

 

 ――――しかし、()()()()()()()

 

 ただの少女だからこそ、普通に怒れる。

 子供を、弱者が虐げられることを怒り、わかりやすい悪事を憎む。

 そこにまどろっこしい理屈や信念などない。

 ただただ人の情として、常識として、犯した罪は、相応に裁かれるものだと考える。

 

 だから、彼女はもうこの男を許すつもりがなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 信長から見て、わかりやすいぐらい飛鳥は怒っていた。耀も、表情の変化が乏しいかと思いきや今は凄まじい嫌悪をガルドへと向けている。

 おそらくこの場のほとんどの人間が彼女達と同様の怒りを、もしくは嫌悪を抱いていた。

 けれど、信長だけは少しだけ違っていた。

 

 信長のいた世界では人質というのはさして珍しいものではない。ただし、それは単に弱点としての捕虜というより、むしろ大切に扱い恩を与え帰し、いずれ自身の支配下に置こうという考えだ。

 ただ反逆の抑止力として預かるのとは違う。

 

 それ以前に、信長は今のガルドの子供殺害について特に思うことはないというのが本音であった。

 人が死ぬことなどは信長にとって珍しいことではない。不憫だとは思うが、たとえそれが子供であっても。

 

 それにギフトゲームとやらが未だどんなものなのか理解は出来ていないが、それが戦いで、勝者と敗者が出る以上、その結果なにがあろうとそれは仕方のないことだ。

 勝者は強かったから勝った。敗者は弱かったから負けた。それ以外理由はない。

 そして負けたものはなにをされようとどうしようもない。何故なら、敗者は()()()()()()()()敗者なのだ。逆らえる道理は無い。

 負けた方が悪い。

 

 これは別に信長という人間が冷たいわけではない。

 彼が生きた戦国という時代は、そういう時代だったのだ。

 

 まあ、それでも信長が少々特殊な、ともすれば極端な考えの持ち主だというのは否定出来ないが。

 

 信長はガルドのやり方を否定しない。勝者は何かを為す権利が与えられるから。

 ただ、その上で彼はこうガルドを評価する。

 

 ――――やはり底の見えたつまらない男だ、と。

 

 結局ガルドの根っこにあるのは、支配による多少の優越感と怯えだ。箱庭以前の世界で飽きるほど見てきた有象無象の地方領主大名達と同じ。

 そう考えるとあの逞しい肉体が逆に滑稽で笑えてくるというものだ。

 

「ジン君、箱庭の法がこの外道を裁くことは可能かしら?」

 

「難しいです……。ガルドの行いは間違いなく違法ですが……裁かれるまでに箱庭の外に逃げ出してしまえばそれまでです」

 

 全てを捨てて逃げ出す。それも裁きといえなくもない。

 

「そう」

 

 飛鳥は短く呟く。

 

 そうして唐突にパチンと指を鳴らした。

 それが合図だったのか、ガルドがつんのめるように動き出した。――――解放されたのだ。

 

「この小娘ェェェェ!!」

 

 解放されて数瞬呆然とし、次の瞬間調度品を破壊して立ち上がった。

 するとガルドの姿がみるみる変わっていく。逞しい肉体はさらに膨れ上がり、人間の姿から虎の姿へと。

 

 信長が知る由もないが、ガルドはこの箱庭で、通称ワータイガーと呼ばれる獣のギフトを有する混在種であった。

 

 ガルドは唾液を振りまくほど興奮した様子で飛鳥を睨む。

 

「テメェ……どういうつもりか知らねえが、俺の上にいるのが誰かわかってんのか! 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!」

 

「はぁ」思わず、信長はため息をついてしまう「かっこ悪いなぁ。他人の名前がなきゃ喧嘩ひとつも出来ないの? たかが人間、たかが《ノーネーム》相手にさ」

 

「殺すっ!」

 

 ガルドの矛先が一気にこちらへ向く。

 丸太のような豪腕の先に伸びる短剣のような爪を喉元へ突き立てる。

 

 しかし、それは脇から割って入った短髪の少女によって止められる。その華奢な体に一体どれほどの力があるというのか、倍以上の体格をした獣人の腕を容易く捻り上げるとその場で押さえつける。

 

 耀は相変わらず抑揚の無い調子で言った。

 

「喧嘩はダメ」

 

「いやいや耀ちゃん、()()とは喧嘩をする価値も無いよ」

 

「だとしても避けるか迎え撃つ素振りぐらい見せなさいよ。春日部さんが止めなかったなら貴方死んじゃってたわよ? 腰のそれは飾りではないのでしょうに」

 

 飛鳥の視線は信長の腰にさがる刀を見ていた。

 

 信長は襲われてから今もまだ、立ち上がる素振りすら見せない。

 

「飛鳥ちゃんと耀ちゃんに見蕩れちゃって」

 

「どうだか」

 

 素っ気なく返される。耀はクスリとだけ笑ってくれた。

 

「さて、これからの話をしましょうか」

 

 飛鳥はそう前置きして、今も耀の下で藻掻くガルドへ話しかける。

 

「私は貴方のコミュニティが瓦解する程度では満足出来ないの。貴方のような外道はズタボロとなって、己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ」

 

 微笑みすら浮かべて飛鳥は告げる。しかしその目は一切笑っていなかった。

 

「だから提案なのだけれど、私達とギフトゲームをしましょう。貴方の《フォレス・ガロ》存続と、私達《ノーネーム》の誇りと魂を賭けて、ね」

 

「な……」

 

「そんな!」

 

 その言葉はこの場の者達を驚愕させるには充分なものだった。

 ガルドの不義は明白。時間と共に箱庭の裁き、少なくともコミュニティの瓦解は確定している。

 放っておけば破滅する男に彼女はこう言ったのだ。――――逃げる機会を与えてやると。

 しかもわざわざ彼女自身リスクを背負ってまで。

 

 不合理だ。――――だが、故に面白い。

 

 信長は自分でも知らず笑っていた。

 飛鳥は己の手でガルドを破滅させるつもりなのだ。時間の経過による瓦解も、逃亡の末の消滅も生温い。明確に、決定的に、確実に、自らの手で(ガルド)を敗者にして破滅させる。

 

 一方で、ガルドはこの申し出を受けるしかない。すでにガルドに退路など無く、むしろ飛鳥の申し出は袋小路からの唯一の抜け道だと言っていい。

 しかし、それでもガルドは素直に喜ぶことなど出来なかった。

 その理由は簡単で、彼女達にどうやっても勝てる気がしなかったからだ。

 

 言葉ひとつで自由を奪う飛鳥のギフト。

 ギフトの詳細はわからないが、とてつもない身体能力を持つ耀。

 

 コミュニティのトップである自分が逆らえないものを、一体どうして自分より格下の部下が逆らえるというのか。

 現状、たとえどんなに自分達に有利なゲームを仕掛けたとしても勝てないと悟ってしまった。

 

 そしてなにより、

 

「ほら、早く答えなよ」

 

 ザ、ザ、と耳元に近付いてくる足音。それはわざわざガルドの視界に入るように止まり、しゃがみこんだ。

 

 ガルドはまるで魅入られるように地面に抑えつけられたまま顔を上げた。

 飛鳥のギフトに操られたのとは違う。これはもっと根源的な理由。

 目の前に、氷のような微笑を浮かべる少年の顔。彼は顔を近付けそっと耳打ちした。

 

「でないとここで殺しちゃうよ?」

 

「…………ッッ」

 

 弱者は敗者。敗者はたとえ何を失おうとも抗うことは出来ない。

 今までガルド自身が強いてきた真理が、まさに彼を殺そうとしていた。




アレンジにしてもちょっと説明が多くてオリジナリティが薄すぎました。反省。
普段の書き方なら原作知らない人には不親切な説明ぶっ飛ばしなのですが、ここ吹っ飛ばすと内容スカスカになってしまいそうで。おかげで一話五千文字くらいが目安だったのに一万近くいってしまいました。さらに反省。

>次話はいよいよ皆さんお待ちかねの駄神様のご光臨!!

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