問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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六話

「な、なによこれ!?」

 

 突然の事態に戸惑いを隠せない飛鳥。天井を見上げた彼女はぎょっとする。

 宿舎の天井から姿を現したのは仮面の奥から覗きこむ濁った眼。しかしそれはたしかに人間としての造形を保っており、事実それは人型であった。ただ、その体躯は彼女とは比べくも無く大きい。彼女の優に五倍以上はある。はたしてこれを同じ人間であると言うべきか、彼女は迷った。

 

「箱庭には大きな人がいるんだねー」

 

 腕を挟んだ向こう側で同様に巨人を見上げる信長はなんとも暢気なものだった。

 

「飛鳥ちゃん、耀ちゃんの様子を見に行ってあげて。上手くすれば黒ウサちゃんとも合流出来るかもしれないし」

 

 彼の言う通りたしかに耀は心配だ。

 

「貴方はどうするの?」

 

「僕?」

 

 チン、と澄んだ音が一つ落ちる。瞬間、巨人の腕が肘から落ちた。

 それだけではない。斬られた部分を始点に巨人が燃えた。鮮血も、絶叫をも吞み込んで巨人は炎上する。

 

 飛鳥は目が離せなかった。燃え盛る巨人にではない。頬に巨人の鮮血を浴びた微笑む少年から目が離せなかった。

 

「上の様子を見てくるね」

 

「……すぐに追いつくわ」

 

「うん。待ってる」

 

 信長の笑みはいつも通りだった。彼は巨人が空けた穴から大気を蹴って地上を目指す。その背をじっと見送る飛鳥の目には、彼女自身わからない感情が渦巻いていた。

 ディーンを得て追いついた、いや正直実力として上かもしれないと驕った考えを改めさせられた。今の斬撃を飛鳥はまるで目で追えなかった。つまりあの瞬間、彼が敵だったなら自分は殺されていた。なんの抵抗も出来ず、もしかしたら自分が死んだことすら理解出来ないまま。

 

「………………」

 

 悔しい。そう、この気持ちは己の無力を恥じている。ただそれだけのはずだ。それ以外は何もない。

 まるで自分に言い聞かせるように飛鳥は繰り返しながら耀の部屋へ向かって走った。地鳴りはまだ止まない。

 

 

 

 

 

 

 地下都市から地上へ上ってきた信長を迎えたのは月明かりを照らす水樹の幻想的な光。そして怒号と血の臭いだった。

 地上はすでに乱戦にもつれ込んでいた。暴れまわる巨人を相手にバラバラと戦う《龍角を持つ鷲獅子》。どうやら指揮系統が混乱しているようでお粗末な戦闘が辺りで散発している。聞いていた割に脆いその姿に若干落胆していると、

 

「信長君!」

 

 空から落下してくるのは赤き巨兵。そしてその肩に乗る飛鳥。その奥の上空には耀の姿が見えた。

 地面へ着地したディーンは飛鳥の指示を忠実に実行する。

 

「――――叩き潰しなさい」

 

「DEEEEEEEEEN!!」

 

 手近な二体の巨人へ突進するディーン。仮面を着けた頭部を鷲掴み地面へ叩きつける。堪らず手を振りほどこうとする巨人達だがディーンの膂力に為す術もなく振り回され、挙句投げ捨てられた。

 

「凄いね飛鳥ちゃん!」

 

 瞳をキラキラ輝かせて称賛する信長。彼がディーンの戦闘を目の当たりにするのはこれが初めてだった。話に聞いていた以上に強い。

 

「ありがとう。でも力試しをしたいならまた今度よ」

 

「さすが。お見通しかー」

 

 舌を出して茶目っ気に笑う信長。自分の力がどれほどこの紅の人形に通じるのか、試してみたいというのは目を見ただけで飛鳥には丸わかりだったらしい。彼女にしてみてもこの状況下でそんなことをされては堪らないといった表情だった。

 

「残念」

 

 言って、信長は今度こそ刀を全て抜く。己の背丈に迫る長刀は全貌を現すと同時に業火を生んだ。

 炎を纏いながら跳び上がる。グリフォンの大気を踏みしめるギフトを劣化して得た大気を跳ねる大跳躍。人外の大きさを持つ巨人の頭上を取る。

 仮面の巨人はこれまた巨大な剣を横に構える防御の構え。

 

「しっ!」

 

 長刀は重厚な巨人の剣をまるで紙のように断ち切る。それだけに留まらず巨人を頭頂部から股間部へ一閃。雨のような血飛沫を撒き散らしながら巨人の体は左右に泣き別れた。

 信長の着地と同時に刀は形を変える。今度は大弓。その場で弦を引き絞り放たれた炎の矢は三人の獣人と戦闘中だった巨人の頭部を横から貫く。

 炎上しながら傾斜する巨人は、地面へ到達する前に灰となって消滅した。

 

「GYAAAAAAA!」

 

 仲間を殺された怒りか、信長に三体の巨人が包囲しながら肉薄する。各々の武器を振り上げた彼等は、次の瞬間バランスを崩して倒れた。膝から下が消失していた。

 

「遅いよ」

 

 驚くほどに穏やかな声音と共に炎の波が倒れ伏した巨人達を呑み込む。貪るような徹底的な炎上が鎮火した後には肉片どころか血の一滴すら残らない。痕跡を残さない虚無の惨状にはただ一人、微笑みを絶やさない少年だけが残された。敵だけでなく味方までも戦慄していた。

 それでもそれを好機と見たのは、精鋭らしい装飾を身につけた巨人達を相手していたサラだった。彼女は巨人を押し返すと翼を広げて戦場の上空へ立つ。

 

「主催者がゲストに守られては末代までの名折れ! 《龍角を持つ鷲獅子》の旗本に生きるものは己の領分を全うし、戦況を立て直せ!」

 

 叱咤に応じた者達が高らかに威勢の良い声をあげる。たった一声で戦場を変えた。その瞬間を見極めたこともさることながら、サラの存在感はやはり他の者とは一線を画している。

 

「やっぱり滞在中に一度くらいは戦ってみたいなぁ」

 

 熱を帯びた声で信長は空を見上げながら零す。

 

 刹那、琴線を弾く音が鼓膜をうった。すると唐突に発生した濃霧が戦場を覆った。

 顔をしかめて周囲を見回す信長。確保出来る視界の距離は精々数メートル。自然発生なわけがない。当然敵の仕業だろう。

 

「GYAAAAAAA!」

 

 信長は即座に横に跳んだ。寸後、濃霧を切り裂いて巨大な刃が先ほどまで信長のいた場所を吹き飛ばした。

 現れたのは巨人。ただし先程までの仮面だけの類ではなく、サラを足止めしていた精鋭兵。甲冑に似た鎧を着込み、手には長い柄の先に反り返った刃を着けた武器、薙刀を持っている。

 

「くっ、ディーン!」

 

 見れば飛鳥の方にも装飾を纏った巨人が、それも二体向かっている。それだけではない。他の巨人達が鎖を使ってディーンの動きを封じている。どうやら敵はディーンを危険だと判断したらしい。

 

 大気を踏んで巨人の眼前へ跳んだ信長は長刀を振り下ろす。全ての敵を一撃で斬り伏せていた刀は、しかし巨人のかざした鎧の腕に阻まれる。

 

「!」

 

 空中で動きが止まった信長へ今度は巨人の薙刀が襲う。刀を構えて受けるが、足場もない空中で踏ん張ることもかなわず吹き飛ばされる。地面を砕いてようやく止まる。

 

「いてて」

 

 粉塵をかき分けて起き上がる。口端から血が伝う。斬撃は完璧に止めていたためダメージは少ない。

 やはりこの巨人は他の仮面だけの巨人達とは違うらしい。少しだけ楽しくなった信長はもう一度真正面から斬りかかってみる。長刀を一撃はやはり鎧を断ち切れない。

 ならばと炎を襲わせる。巨人は上体を捻り、薙刀を一閃。あえなく炎は蹴散らされる。

 

 敵は勝機とみたのか薙刀を振りかぶって接近してくる。単純な腕力も他の巨人より上だ。まともに受ければ潰されかねない。

 唸りをあげて振り下ろされた巨人の一撃は斬るというより大地を破砕。クレーターを作った粉塵の先に、信長の姿は無い。

 

「……!?」

 

 巨人の顔が歪む。足元に大木ほどありそうな太い塊がいくつも落下した。それは巨人の指だった。

 続いて右足の感覚が消えた。バランスを失い倒れる体を支えようと突き出した右腕。その真下に信長は現れた。鎧が覆われていない関節部分を狙い、傾斜する巨人の体重も利用して刀を切り上げる。完全な切断こそされなかったものの、半ば以上斬られた腕では体重を支えきれず巨人は無残に倒れ伏した。

 カチリ、という音を聞いた巨人は倒れた自分の頭に古めかしい長銃を突きつける少年を見つけた。

 

「少しだけ楽しかったかな」

 

 言葉と共に引き金が引かれる。近距離で、しかも鎧ではなく仮面部分を貫通した炎の弾丸は身動き取れない巨人の命を奪った。

 

 風穴を空けて巨人の絶命を確認した信長は手に収まる武器を眺めた。筒状の先端から火薬を使った凄まじい勢いで鉄を発射するそれは銃と呼ばれる代物。彼の時代では最先端の武器として存在していた。無論これは信長によって《レーヴァテイン》が形を変えただけであるため、本当のそれとは違い火薬も必要なければ弾丸も炎そのもの。弓が内側から炎上させるものならこちらは貫通に特化しているという違いがある。

 

 再び《レーヴァテイン》の形を刀に戻すと信長は飛鳥の救援に向かおうとしたが、すでに必要なかった。

 全滅。ディーンを押さえていた巨人も、今さっき信長が戦っていたのと同じ精鋭の二体も、等しく惨殺されていた。飛鳥ではない。巨人達は全て斬り殺されていた。

 飛鳥と呆然とした周囲の惨状に呆然とした様子の耀を見つける。同時に彼女達の近くに立つもう一人の女性を見つけた瞬間、信長の肌が泡立った。

 白銀の鎧を巨人達の返り血で汚した彼女は、それでも輝きを失わない。むしろ奇妙な魅力すら感じた。

 

「――――――――」

 

 幻獣達によって濃霧が払われ、巨人達の姿が消えても、しばらく彼を包む炎は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

「魔王の残党?」

 

 宿舎の惨状を見るなり気を失ってしまった耀を担いで飛鳥と信長は救護施設として設けられた区画へ耀を運びこむと、先ほどの巨人の正体について知っていた信長は飛鳥へ話していた。

 

「十年前にここを襲った魔王の残党らしいよ。サラちゃんはその抑止力として僕達と《ウィル・オ・ウィスプ》に協力して欲しいんだって。――――はい、出来た!」

 

「ありがとう。でも魔王の撃退は《階層支配者》の役割ではなかったかしら?」

 

 信長に巻いてもらった腕の包帯を撫でながら、お礼の言葉と疑問を口にする。

 

「やられちゃったらしいよ。ちょうど僕達が北で戦っているのと同じ時期に襲ってきた魔王に」

 

 だからこの収穫祭はサラ達《龍角を持つ鷲獅子》が南の《階層支配者》になるための白夜叉と行われているゲームなのだと信長は説明する。巨人達の目的はかつての復讐、それとサラ達が持つあるギフトを奪うためだという。

 慣れない説明役に信長が辟易し始めたとき、耀の意識が戻った。

 

「気分はどう? 春日部さん」

 

 耀はまどろむような目で信長と飛鳥を見るといきなり不安そうな顔になった。その理由を信長達は知っている。

 

「春日部さん、これについて説明してくれる?」

 

 飛鳥が差し出したのは見覚えのある炎のエンブレム。それは十六夜がいつも身に着けているヘッドフォンにあったマークであり、そしてそれは彼が探していたはずの物の残骸でもあった。

 

 彼女が意識を取り戻す前に、信長も大体の事情を飛鳥から聞いている。耀が己の無力さに悩んでおり今回の収穫祭に強い意気込みを持っていたこと。飛鳥と共に《ウィル・オ・ウィスプ》のゲームをクリアして、それを飛鳥の承諾のもと彼女個人の戦果として申告していたこと。

 だからそれをも上回った十六夜への嫉妬から耀はヘッドフォンを隠したのではないかと信長、それと少なからず飛鳥も思っていた。

 しかし飛鳥の問いかけに彼女は首を横に振って答える。信長から見ても彼女は嘘をついていない。それでも事実十六夜のヘッドフォンは彼女の荷物に紛れ込んでいた。

 

「犯人の臭いとかわからないの?」

 

 信長の提案にはっとした二人。エンブレムを鼻に近付けた耀は一瞬目を見開き、やがて複雑そうな表情を浮かべた。どうやら犯人はわかったらしい。それでも彼女には何故この臭いの持ち主が犯人なのかわからないようだった。

 そんなとき、カーテンの向こうから声がかかる。

 

「えっとっと、《ノーネーム》の春日部 耀さんと。ここでいいですか、三毛猫の旦那さん」

 

 覚えのある声に、にゃあにゃあとこれまた覚えのある鳴き声。途端表情を歪ませた耀を見て、なんとなくだが信長にも犯人の察しがついた。理由までは興味もないし、自分に何が出来るとも思えない。それ以前にあの十六夜が本当に犯人がわからなかったのか今更ながら甚だ疑問だ。

 白状した三毛猫の理由を聞いた耀は、一旦閉じていた瞼を開けて飛鳥を見る。

 

「やっぱり犯人がわかっただけじゃ駄目だ。何とかしてヘッドフォンを直さないといけない。……手伝ってくれる?」

 

「ええ、勿論」

 

 二つ返事で頷く飛鳥。自分の出番は終わったとこの場から立ち去ろうとする信長の着物の袖を耀と飛鳥が掴んだ。

 

「信長君、まさかこのまま春日部さんを放っておくつもり?」

 

「え、でも僕に出来ることなんて無いよ」

 

「前に頼っていいって言ってくれたよね?」

 

「い、言ったけどさぁ……」

 

 珍しく慌てる信長。物の壊し方なら生まれたときから知っているが、何かを直したことなど一度も無い。それに家族相手ですら仲良く出来なかった自分が誰かの仲を取り持つだなんて出来るわけがない。

 

「いざとなったら貴方が代わりに十六夜君に殴られてあげなさい」

 

 茶化すような飛鳥の台詞に苦笑いを浮かべる。戦うのなら喜ぶべきところだが、制裁の代わりになれというなら一方的に殴られろということだ。万一にでもそうなればさすがに何発も持つまい。

 

「た、多分何も出来ないよ?」

 

 少女二人は本当に珍しいものを見た気分だった。いつになく弱気な彼が本当に珍しかったのだ。

 

「大丈夫。一緒にいてくれればいい」

 

 そんな風に言われてしまえば承諾しないわけにはいくまい。信長は困った笑顔を浮かべて上げかけた腰を戻した。

 

 その後、黒ウサギ達とも合流してヘッドフォンを直すより代わりの品を用意しようという相談が行われる中、信長はぼんやりと考えていた。今更ながら何故だろうかと。何故彼女達は自分を受け入れてくれるのだろうかと。

 

 織田 三郎 信長という人間は外れている。人間という道から果てしなく道を踏み外している。それを自覚出来てしまっていることそれ自体が破綻しているのだ。

 十六夜、飛鳥、耀。彼等もまた人に身に余るギフトを宿して生まれた。しかし人間としては真っ当だ。一緒にいるからわかることだがどこまでいっても彼等は人間らしい。そんな彼等と一緒にいると、尚更自分が人間らしくないと思い知る。

 別に今の自分が嫌いなわけではない。それでもこんな自分を受け入れてくれる周りが理解出来ないでいた。もし逆の立場ならこんな歪んだ存在は怖ろしくて堪らない。そんな自分を飛鳥は羨ましいとまで言ったのだ。

 以前ならこんなことを考えることもなかった。何故なら信長を対等な存在として認める者など世界に存在していなかったのだ。そも歪んだ自分は母にすら受け入れ難かった。それも仕方がない、と割りきれてしまうことも異常なのか。

 

 答えは出ないまま、再び巨人の襲来を告げる地響きが都市を揺らした。

 また戦いが始まる。思い悩む思考とは裏腹に体は喜びに打ち震えている。高鳴る心臓が、少しだけ鬱陶しく感じた。




閲覧感謝でございます!

>以前にも零しましたがこの三・四巻は本当に難しい。どう動かしていいのやらさっぱりのまま書いております。後々矛盾や無理が出てくるかもですが、そうしたら是非とも教えて下さい。

>銃が登場しましたが随分あっさり。信長といえば銃。銃といえば信長なのに少し勿体無かったかなぁ、とグチグチと。

>さてさて、後の『連中』とはどうやって絡ませようか、今から頭を悩ませています。マジでどうしよう……

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