問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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八話

「私達の仲間になりませんか?」

 

 少女はニコニコと無邪気な笑顔でそう言った。それに対して信長の返答は、大木を薙ぎ倒す容赦無い一刀だった。

 

「やっぱり全然動きが見えないや」

 

 振り切ったそこに少女はいない。またしても信長ですら目で追えない速度で射程外へ逃れている。

 勧誘の返答が殺意を持った攻撃。とんでもない話だが、しかし少女の表情には驚きも怒りもない。むしろその返答こそ予想していたとばかりに嬉しそうだった。

 

「私と戦うのは楽しいでしょう? 有り余る力を振り回すのは楽しいでしょう? 私達の仲間になってくれれば相応しい相手を、相応しい戦場を絶対用意してあげられます」

 

 尚も交渉を続ける間も信長の攻撃は止まない。少女が相手であっても躊躇いもなく急所を、全ての攻撃に殺意をもって刃を振るう。並の相手なら一撃で屠るそれを、少女もまるで気していないように軽々と回避しながら言葉を投げる。

 

「今の居場所は息苦しくはないですか?」

 

 ピクリと反応した信長の攻撃が遂に止まる。

 

「はっきり言います。貴方は異常です。少なくとも普通の人と同じなんかじゃない」

 

「僕はただの人間だよ」

 

「肉体的には。でも貴方は間違いなく――――魔王の器です」

 

 沈黙が落ちた。巨人達の雄叫びが、《龍角を持つ鷲獅子》の悲鳴が、遠くの戦場から聞こえる。

 前触れはなかった。ただ今までより――――否、箱庭以来最も速い速度で信長は動いた。

 

「………………」

 

 結果は変わらない。少女は無傷で、何もない空間を《レーヴァテイン》の刃が斬り裂いた。そうなるはずだった(・・・・・・・・・)

 

「これは本当にびっくり……」

 

 初めて少女の声に硬さが出た。彼女の着るワンピース、その裾がほんの少し、しかしたしかに切られていた。

 

「今のも届かないのかー。いけると思ったんだけどね」

 

 カラカラと笑う信長は長刀を肩に担ぐ。その姿を見た瞬間、少女の背を寒気が貫いた。この夜闇すら褪せて思えるほどの怖ろしく美しい、静謐の殺意が彼を包んでいた。

 

「間違いなく僕は人間だよ。まだ(・・)、ね」

 

「……もしかして私のしていることバレちゃってます?」

 

「ううん。全然」

 

 清々しく信長は答える。もちろん嘘ではない。

 

「目で追えないぐらい早く動いているのに髪や服に乱れがないことは不自然だけど、そこから君が何をしているのか僕にはさっぱりわからない。やっぱり頭を使うのは苦手だね」

 

 恥ずかしそうに頭を搔く信長。一方で少女の方はさらに驚きを重ねていた。たった数度の攻防の間にそんなところに気付く洞察力に。正直そこまで気付かれているとなると看破されるのも時間の問題だ。まあ、看破されたとされても対処法が無いことがこの力の最も大きな利点なのだが。

 

「それともう一つ間違ってるよ」

 

「はい?」

 

「僕はこの場所を息苦しいなんて思ってないよ。むしろ」

 

「むしろ?」

 

「居心地が良すぎて困ってるんだよ」

 

 予告の無い前進。振り下ろし。繰り返される攻撃は、やはり同じ結果を繰り返す。刀は何もない空間を捉え、少女の姿はない。ただし今度は完全に少女の姿は消えていた。

 

「今回はこれで諦めます」響き渡るような少女の声「でもまた勧誘しに来ますので! 着物のおにいさん」

 

「信長でいいよ」

 

「はい! 信長さんっ!」

 

 最後は気持ちの良い明るい声で少女の気配は完全に去る。

 

 

 

 

 

 

 《アンダーウッド》上空。吸血鬼の古城・城下町。

 

「随分と遅かったわね、リン」

 

「うん。待たせちゃってごめんなさい、アウラさん」

 

 城下町へ降り立った少女、リンは先に街に降り立っていたローブ姿の女性を見つけると陽気さを無くさない声で謝罪する。

 アウラと呼ばれた女性も少女の明るさは彼女の美徳と思っているので特に注意などはしない。今は完全に意識を失っている《ドラキュラ》、レティシアを抱え直す。

 

「構わないわよ。それで貴方の言う気になる子というのはどうなったのかしら?」

 

「断られちゃいました」

 

 小さく舌を出して恥ずかしそうに笑うリン。

 

「それどころか手痛い反撃まで」

 

 そう言って見せた物を見て、アウラの動揺は目に見てわかるほどだった。リンが出したのは彼女がいつも身に着けているナイフの一本。それが完全に砕かれていた。注意深く見ればワンピースの一部も切り裂かれている。

 

「防げたのはラッキーでした」

 

「リン、貴方ギフトは使っていたのでしょう?」

 

「はい。それどころか向こうは本当に最後までギフトの正体も見破ってなかったみたい。私もあの人のギフト全然わからなかったし」

 

 嬉しそうに語るリン。一方でアウラの表情は暗い。リンのギフトは彼女が知りうる中でも究極に位置するものだ。何せ見破ったところで対処法は存在しない。敵の攻撃は届かず、逆に彼女の攻撃だけがたとえどこからでも届く。そんな出鱈目な力さえ一端に過ぎない。そしてその一端でさえ何者も破れない。

 それを、ギフトの正体を見極めることなく破ってみせた者がいる。その脅威を彼女は案じている。

 

「大丈夫だよアウラさん」

 

 彼女の不安を見透かしたようにリンは言う。

 

「私ますますあの人のこと気に入っちゃいました! だからもし仲間になってくれなかったら、そのときは」

 

 ――――そのときは私が排除しますから。

 

 もし、先ほどのリンと信長の対峙をアウラが見ていたなら思っただろう。今彼女が浮かべている表情は、まるで信長がして表情と同じものだったと。

 

「わかったわ。今は殿下のもとへ急ぎましょう」

 

「はーい!」

 

 一秒前の表情などすっかり消え失せて、見た目相応の女の子らしい賑やかな彼女にアウラは微笑ましく笑う。軽やかに城へ走る少女の背を見守りながらアウラは決意を固めていた。もしその人物が敵に回ったなら、自分こそがこの身を犠牲にしてでも倒す。

 彼女は懐のギフトを確かめるように触れた。《龍角を持つ鷲獅子》から奪ったギフト、《バロールの死眼》。

 

 

 

 

 

 

 戦場は唖然という二文字によって凍りついていた。突然の奇襲、それも二度目となれば大方の戦闘員に被害が広がっている。非戦闘員にも被害が出てしまっている今、絶望にこそ染まることはあれ呆然と戦場を眺めることになろうとは思ってもみなかった。

 理由は戦場を暴れまわる『あれ』だ。

 

「ふぅん。ケルトの巨人と言っていたからてっきり神群を指すのかと思っていたんだが違ったのか。つまりお前らは『巨大化した人類』という枠組みでしかないわけか」

 

 冷静に、そしてどこか落胆した調子でぼやく少年は、まるで木の葉のような気軽さで巨人を殴り飛ばした。比喩ではない。巨人は、己のひざ下もないほどの大きさの少年によって正しく数メートル数十メートル先まで吹き飛ばされてしまった。少年の名は逆廻 十六夜という。

 すると巨人達は十六夜を鎖で縛り上げる。幾重にも重ねて動きを封じ、味方の攻撃に巻き込まれるのも承知で鎖を握る。攻撃をする側の巨人も承知で錫杖を振り上げた。

 そんな決死の覚悟をもった巨人達の覚悟は、業火によって喰い殺される。まさかの十六夜諸共。

 

「ッの野郎……信長! テメェ他人様を焼き殺そうだなんていい度胸じゃねえか」

 

 無事だった。振り下ろした右足が大地を砕き、揺らす。炎は霧散しあとには非常に元気な十六夜だけが残った。巨人達に至っては灰すら残っていない。

 

「あーごめんごめん」

 

 戦場においてこれほど似合わないことはない幼く無邪気に弾んだ声。今まさに仲間諸共巨人を無為に焼き払った人物とは思えない。

 白い着物をなびかせて十六夜の隣に降り立つ彼の名は、織田 三郎 信長。

 

「でも平気なんでしょ?」

 

「服が焦げた」

 

「意外と十六夜って器小さいよねー」

 

「戦国の大名様は謝罪の仕方ってのを知らないみたいだから教えてやる。土下座って知ってるか? こうやるんだよ」

 

 言いながら、十六夜は跳躍して巨人の頭上を陣取ると踵落としを食らわせる。そのまま巨人の頭部をめり込ませて踏みつける。

 それを間近で見ていた信長は朗らかに笑う。

 

「見たことあるね。やったことないけど」

 

 クソ、と十六夜は吐き捨てる。鋭い視線を受けても信長は笑う。

 その間、すでに戦場の三分の一以上の巨人が殲滅されている。二人がしていることは共闘などとは程遠い。ただただ各々の力を思うがままに奮う。それだけで巨人の複数が吹き飛ばされ、焼き払われる。

 あまりの光景に《龍角を持つ鷲獅子》連盟は彼等を救援だと喜ぶことも、恐れを抱くことも出来ず、ただ呆然と眺めていた。

 

「ところで《龍角を持つ鷲獅子》連盟の同士諸兄等は一体いつまでそうしているつもりかな?」

 

 だから不意にかけられた言葉に反応出来る者はいなかった。

 

「見ての通り敵は十人一殺の覚悟で挑んできた。なるほど、一度は落胆したものの見事と言わざるを得ない。それなのに、そんな仇敵を目の前に勇気の象徴《龍角を持つ鷲獅子》を掲げるお前達はどうだ?」

 

「放っておきなよ十六夜。命が惜しいなら後ろに退がってればいいよ」

 

 また一体、巨人を斬り伏せた信長の声は先程とは打って変わって冷め切っていた。

 

「でも、生きるために生きるなんて死んでいるのと同じだと思うけどね。それでいいと言うなら放っておけばいいんだよ」

 

 途端、幻獣達は怒りと共に声をあげた。言葉は通じないが二人の発言に奮起しているのは明らかだった。巨人を薙ぎ倒した十六夜が口元に笑みを貼り付けて信長を見た。

 

「さすが本場の大将は言うことが違うな」

 

「焚きつけたのはそっちのくせに」苦笑する信長「それにさっきの言葉は嘘じゃないよ。生きるためだけに生きるなんて、そんなのは死んでいるのと変わらない」

 

 そしてそれがどれだけ退屈なのかを信長はよく知っている。

 

「GYEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 二人揃って空を見上げる。雲海を切り裂いて姿を見せる巨龍。人語ではない声は大気を揺らすどころか大地までも震わせ、身動ぎ一つで身を引き裂かれるような突風が巻き起こる。神話でしか知ることの出来なかった伝説の生物が今まさに空を覆っていた。

 

「十六夜」

 

「あん?」

 

「楽しいね」

 

 脈絡のない話に思わず首を傾げる十六夜。その間も信長はじっと空を見上げていた。

 

 ――――私達の仲間になりませんか?

 

 少女の言葉が心の奥底で木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 《アンダーウッド》収穫祭本陣営。一夜が明け、大樹の中腹の会議場に複数のコミュニティメンバーが集まっていた。進行役の黒ウサギ。《一本角》頭首にして《龍角を持つ鷲獅子》連盟代表のサラ。《六本傷》頭首代行、キャロロ=ガンダック。《ウィル・オ・ウィスプ》参謀代行、フェイス・レス。そして《ノーネーム》からジン、十六夜、飛鳥、信長の四人だ。

 この場にいない《六本傷》の頭首ガロロ=ガンダック、《ウィル・オ・ウィスプ》のジャックとアーシャ、そして耀までも見つかっていない。情報では休戦の際、巨龍が引き起こした突風に巻き込まれて古城に運ばれてしまったらしい。他数人の子供達と共に。

 

 状況の悪さはさらに続く。会議でサラは巨人族が狙っていたという例のギフト、《バロールの死眼》が紛失したことを報告した。奇襲のゴタゴタの間に奪われたらしい。おそらく犯人はレティシアをさらったローブの女性か、信長が出会った少女のどちらかだろう。

 さらに現在、南側だけでなく白夜叉のいる東、《サラマンドラ》のいる北にも同時に魔王が出現中とのことだ。無論偶然などではあるまい。この一連の襲撃は仕組まれている。孤高であるはずの魔王が明らかに結託して各地の《階層支配者》を狙っている。十六夜は彼等を仮称《魔王連盟》と呼んだ。なんでもペストの一件も彼等が関わっていた可能性が高いらしい。

 

 それら様々な最悪な状況。その全てに輪をかけて《ノーネーム》の気を重くするのは今回の敵のゲームマスターがレティシアだということだ。彼女がわざわざこんなことをしでかす理由はない。だとすればこれも例の《魔王連盟》の仕業。つまりレティシアをさらった女性、それにおそらく信長と戦った少女もその一味だということだ。

 

 ギフトゲーム名《SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING》。プレイヤー側に敗北条件は無し。当然ホスト側に勝利条件は無い。存在するルールはプレイヤー側の勝利条件とペナルティ事項のみ。一度でもゲームマスターと交戦すれば十日ごとに死と同義のペナルティが課せられる。延々と、プレイヤー全員が死んでもゲームは終わらず、かといってホストが勝つこともなく、終わらないゲームの中で永遠のペナルティが繰り返される。何度も殺されるそれはまさに地獄のような光景だろう。

 

 かつてレティシアは《箱庭の騎士》の所以ともなった功績を手に上層の神仏達に戦争を仕掛けようとしたらしい。同士達はそれを止めたが、彼女は聞かず止めようとする同族を皆殺しにしたという。それが彼女が《魔王ドラキュラ》と自称し、呼ばれた所以であると。

 メイドとして、またコミュニティのメンバーとして、日々コミュニティに献身的に奉仕し、子供達の面倒もよく見る彼女からはまるで想像出来ない話だった。

 

 会議の結論はゲームクリア条件は一旦保留。古城へさらわれた者達を救い出す部隊と巨人から《アンダーウッド》を守る部隊の二手に分かれるということでまとまった。

 解散したその後白々しく『ゲームの謎ならもう解けてるぞ?』という十六夜の発言に、飛鳥と黒ウサギはなんともいえない表情をしていた。




>閲覧ありがとうございまッス!

>十六夜君と実は初共闘。前は結局喧嘩になっちゃいましたからね(笑)

>最後の会議部分はもう介入する余地もなさそうだったのでハイライト感でした。申し訳ない。
それと四巻結末が完全に決まりました。つまり今章のヒロインが決まったというわけです!前回は耀でしたが今回は果たして誰に!?
まま、過程はさっぱりなので結局手探り感半端ないですがね!w

>アニメより。
遂にアニメ終了ー!お疲れ様でしたぁ!!色々とありましたが、まあやっぱり動いてる問題児プラス黒ウサギを見れただけで良かったです。
でも他のアニメに比べてなぜ問題児だけ終わるのがちょい早いのだろう?

>まだ先は長いですが予告。元々予定していた番外編(一、二話ぐらいの)を四巻終わり後に書くことが決まったのと、これまたリクエストがあったペストちゃんお着替え大作戦!(これは一話分)を四巻終わりのおまけで書きます。本編終わってないのに気がはええ!
3月中にせめて四巻まで書いてしまいたい……。

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