問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
「ペスト、貴女は何故巨人族が黒死病に弱いか知っている?」
四面楚歌。全ての巨人が倒され、敵の軍勢に囲まれたこの状況で尚アウラは余裕の笑みを崩さなかった。むしろ、そこには勝利の確信が込められていた。
「さようなら《黒死斑の御子》! そして《龍角を持つ鷲獅子》同盟と、その他大勢の皆さん! 不用意に全軍を進めた貴方達の負けよ!」
高らかな宣言と共に掲げられた《バロールの死眼》。そこから視界を塗り潰すほどの光が溢れだした。浴びれば死が確定する光。発動すれば誰も逃げられない。誰もが死を覚悟した。
「……死なないね」
信長は光から目を守るように上げていた腕を下ろす。念のため体を見下ろしてみても何の変化も見られない。そもそも死んでいたらこうして話すことも出来ないはずだ。
「失敗?」
「違うわ」
皆が困惑する中、ペストだけが苦い顔で呟いた。直後巨人達の雄叫びが戦場を覆った。それも一つではない。黒死病によって倒れていた巨人全てが復活していた。
こうなると戦場深くまで攻め込んでいた信長達は自然と囲まれる形になる。それだけではない。戦力のほとんどがここにいるということは、現在《アンダーウッド》本陣は必然的に手薄になる。そも信長のような主力勢を除けば巨人族一体に複数で当たらなければ戦えないというのに。
辺りを見回した信長は腕を組んで深く頷く。
「まずいね」
「そんな呑気に言っている場合じゃないわ!」
発言と行動が噛み合っていない信長に飛鳥が怒鳴る。それはそうだ。このままでは《アンダーウッド》が落とされる。彼女と同じように動揺が広がる《龍角を持つ鷲獅子》を敏感に感じ取り声をあげたのはやはりサラだった。
「怯むな! 如何に黒死病から復活したといっても敵も万全ではない。《アンダーウッド》が攻め落とされる前にこの魔女さえ討ち取ることが出来れば我々の勝利だ!」
そう、アウラさえ倒せば巨人達は再びペストの黒死病を効果を受ける。そうなれば再逆転は可能だ。
アウラは例の儀式場の真ん中から動かない。そして彼女の周囲は澱んだ黒い光が結界のように包んでいた。あれが《バロールの死眼》なのだとするなら、あの光は神霊に迫ったペストの死を与える風と同質のものだと予想出来る。信長は勿論、ペストでさえ今の状態では触れることは出来ないだろう。しかし彼女を倒すにはあの光を突破しなければならない。
飛鳥は己に付き従う巨兵を見つめる。ペストの風さえはねのけたディーンならば。
「飛鳥ちゃん」
「こんなときになにかしら! 今ふざけたことを言ったら巨人達の真ん中に投げ込むわよ!?」
思考の最中に声を掛けられたことに、それと復活した巨人達を相手にする余裕の無さから飛鳥は怒鳴り返すように応えた。一方で、声を掛けた当人は戦うどころかどこかあらぬ方向をぼーっと眺めていた。さすがに苛立ちを覚えた彼女は持ち上げた巨人を彼に投げ込んでやろうとディーンに指示を出そうとして、予想もしなかった言葉を耳にすることとなる。
「ここ任せるね」
「はっ!?」
思わず素の声をあげてしまった。それも当然のことだ。巨人達に最も有効だとしていたペストが敵のギフトによって無効化されてしまった今、巨人を相手に対等以上に戦えるのはディーン、サラ、フェイス・レス、信長ぐらいだ。そのうちフェイス・レスの姿はどうしてか見えない。その上、彼まで戦線を抜けるというのか。
「それじゃあ頑張ってねー」
「ちょ、信長君!?」
飛鳥が言葉を見つける前に、信長は馬鹿にしていると思うくらい弾けるような笑顔で手を振ると巨人の囲いを斬り伏せて彼方へ走り去ってしまった。その背中を見つめて最早言葉も無く口をパクパクさせる飛鳥。
「信長はどこに行ってしまったんだ!?」
空を自在に飛び回って巨人達を相手取っていたサラが戦場を駆け抜ける着物の少年を見かけたのか慌てて飛鳥の元へやってきた。
尋ねられたところで飛鳥にだってわからない。彼の向かった方向は儀式場でも、ましてや《アンダーウッド》の方角でもない。ならば信長は一体どこに行ったのか。普段からいい加減だし、のらりくらりと掴みどころのないどうしようもない大うつけだが、決して逃げるような臆病者ではない。そも戦いこそ彼がこの世界で求めているもののはずだ。ならば逃げたとは思えない。
彼には十六夜のような知識や知力は無いが、常人離れした洞察力と直感がある。おそらくそれに『何か』が引っかかったのだろう。ここを離れなければならないほどの『何か』が。そして信長はここを飛鳥達に任せたのだ。彼は十六夜以上に自分を買ってくれていると実際に言っていた。それは飛鳥にとって渇望していた信頼だ。
――――だとしても、
「知らないわよ! ……ええもうまったく、
頼ってくれたのは嬉しいがこんな勝手に行ってしまうのは許せない。説明の一つぐらいして然るべきではないか。
憤怒と笑顔というサラでさえ若干引いている表情を浮かべて、飛鳥は彼の顔を巨人に重ねて殴り飛ばしていった。
★
「ふん、正直驚いた」
そう言ったのはまだ十代前半といった白髪の少年だった。戦場が一望出来る岩頭の上、少年はこの場にはあまりにも不釣り合いな身なりの良い格好をしていた。白髪に並んで特徴的な金色の双眸が見つめる先には穏やかな笑顔を浮かべながら長刀を握る信長がいた。
信長が近付いてきていることに彼も途中から気付いていた。仲間からも自分は姿を見られてはならないと注意されていたが、それなのに逃げなかった理由は二つ。一つはすでに気付かれてしまっている以上逃げることに意味が無いと思ったから。もう一つは、自分を見つけたのがどんな人物なのか気になったからだ。結果、目の前の和服の青年がこうしてやってきたわけだが。
第一印象とすれば、冷えきった殺意と幼気な笑顔が仲間の少女に似ているな、というものだった。
とりあえず聞きたいことが一つ。
「まさか気付かれるとは思わなかった。何故気付いたのか参考までに教えてもらえるか?」
凶器を持った人間に淡々と少年は声を掛ける。落ち着き払った態度もまるで年不相応だ。逆に無邪気な顔で首を傾げる信長の方は実際の年齢よりずっと幼く見える。
「勘かな」
あっけらかんと言い放つ信長はしかし、体が震えているのを自覚していた。目の前の少年と相対した瞬間から――――否、彼の存在を明確に感じ取ったときからこの体は震えていた。震えはペストと戦ったとき、最強種の巨龍を目の当たりにしたとき以上だった。まるで化け物の口腔に自ら歩を進めるような気さえした。
そこまで鋭敏に感じ取りながらのこのこ一人でここへやってきたのは、それが織田 三郎 信長という人間だからだ。
死を間近に感じるほどに、恐怖を明確に感じるほどに、生きている実感とやらを得られる狂人。それでいて死にたがりなわけでもないのだから、いい加減彼自身、自分というものがわからなくなってくる。今こうしている間も心は大きく昂ぶっており、気を抜けば本能の赴くまま少年に斬りかかってしまいそうだ。
「そうか。勘か」
「うん」
少年はふむ、と考えこんでしまう。信長の言葉に嘘はないか疑っているのかもしれない。
信長の言葉に嘘はない。あの敵味方入り乱れた戦場で特定に視線を感じ取れるわけはないし、信長には黒ウサギのような素敵耳は無い。それなのに何故ここへ辿り着けたのかと問われれば、やはり勘だ。そうでないのならこの少年の異様な存在感がそも隠し通せるものではないのか。
何にせよ、信長は少年のもとへ辿り着いた。辿り着いてしまった。
少年は考え込んでいた姿勢を解く。
「それなら仕方がない。次からはもっと上手くやるとしよう」
「僕みたいな人がそうそういるとは思わないけどねー」
カラカラと笑う信長。少年も初めて小さな笑みを見せた。
「まあな。とりあえずこのままだとリンに怒られる」
信長に油断は無かった。装いこそいつも通りだが、初見から少年がただ者ではないと見抜いていた彼に油断などあるはずがない。少年の一挙手一投足に神経を尖らせていた。それなのに、
「悪いが死んでくれ」
ようやく気付けたのは懐に飛び込んだ少年が拳に殺意を込めたときだった。
本能は同士討ち覚悟の攻撃を求めたが、それを抑えこんで咄嗟に腕を交差させる。少年の方は構わず拳を引き込み、放った。
世界が歪んだ。
まるで記憶が飛んでしまったように、気付けば崩壊した岩石に寄り掛かっていた。先ほどの位置よりずっと後方へ弾き飛ばされたようで拳を振りぬいた体勢の少年が遠くに見える。その光景と両腕の痺れが少年の拳の馬鹿げた威力を物語っていた。
「へえ」
信長の生存に気付いた少年の瞳に変化があった。さっきまで無感動に輝いていた瞳に、僅かばかり好奇心という光が波打った。
「本気でなかったにしろ今ので生きてるのか。なるほど存外――――」
少年の言葉を待たず信長は真正面から斬り掛かる。無謀は承知だったが、これ以上燻る本能を抑えられなかった。
間合いを詰める速度。刀を振る速度。どれもがこの箱庭に来て以来最速だったと確信する。それを少年は事も無げに裏拳で刀を横合いから弾くと、今度は明確に楽しげに笑った。
「
その言葉が過去形であったのはこの一撃で確実に仕留めるが故。
刀を払われた信長が次の行動を取るより速く、山河を打ち砕く――――さながら十六夜のような膂力でもって深々と腹を撃ち抜いた。
★
ピンボールのように弾かれた信長は先程激突した岩場までも突き破って彼方へ吹き飛んだ。あの調子では五体がバラバラになっているかもしれない。そうなっても構わないという気で殴った。
「少し勿体無かったか」
――――生かしておけないのなら勧誘してみても面白かったかもしれない。そんなことを考えていたなればこそ少年は心底驚いた。まさか己に向かって雷を伴った拳大の岩石が飛んで来ようとは。
無造作にそれを避けると土煙の向こうにそれは立っていた。顔面を鮮血に染め上げながら悪鬼の如く口元を引き裂く信長が。
「おいおい、あれでも生きてるのか? 一体どんな手を使ったんだ。不死身のギフトを持っているようには見えないが」
「昔から体だけは、丈夫なんだよ。頭は残念だっていうのは言われる、けどね」
正直返答を期待してなかっただけにまたしても少年は驚いた。何故なら言葉を返したあれはまるで変わらないのだ。少年によってたしかに死線を彷徨ったはずの直後であっても。肋どころか内臓も確実に痛めているので呼吸音が妙で喋り難そうだが、ただそれだけだ。
「今度は、こっちから――――」
信長の宣言を終える前に少年は再び信長の懐へ踏み込んでいた。初撃の形と同じになった。
先程はこれを防いだ信長だったが、今度は防御など微塵も構えなかった。長刀を横向きに振りかぶる。相討ち覚悟――――否、信長は少年の拳より先にこちらの首を落とすつもりだった。
振りぬかれた刀は虚空を斬り裂く。
「甘い」
僅かに刀の軌道の下へ潜り込んだ少年。膝の屈伸運動のように曲げた膝を伸ばし、掌底で信長の顎を跳ね上げた。
「……ッ!」
鮮血が雨のように降った。完全に意識を断った。それどころか命を絶つ一撃。
「が、ああああ!!」
その確信を
少年はその全てを紙一重で躱し、体を懐に潜ったまま横に一回転。遠心力を伴った蹴りが側頭部を蹴り抜く。
縦に横。異なった角度から脳に衝撃を与えられればたちまち動きは止まる。そも少年の一撃一撃が本来必殺足りえるはずなのだが。
兎角、棒立ちとなった信長に意識が残っているかはわからない。それでも少年は追撃の手を緩めない。握った拳の威力は大地を砕く一撃だ。
――――にぃ、と信長の口元が歪んだ。
これ以上のダメージは本当に危険だとさすがにわかっているはずだ。それなのに、信長の取った行動は回避でも防御でもなく、さらなる攻撃だった。
至近距離で眉間に突きつけられた銃口。いつの間にか形を長刀から古めかしい戦国の兵器へ変えていた。引き金が引かれる。明らかに火薬ではない轟音を伴って発射された炎弾。
しかしそれすら少年は涼しげに首を傾ける動作のみで躱してみせた。
二人の一度の攻防は刹那の時間で行われる。その僅かな時間で反撃を選択した信長はもはや死に体と成り果て、大地を揺るがす拳は容赦なく信長を貫き、衝撃は足場としていた岩頭の一部を崩落させた。
両手足を投げ出して崩壊した岩石にもたれかかっている信長。血溜まりは秒単位で広がっていた。誰がどう見ても致命傷だと思える光景を前に、それを為した少年は最早感心するように声をあげた。
「呆れたな。まだ生きてるのか」
「自分でも、びっくり、してる」
そう応えながら血を吐いた。内臓の一つぐらい潰れていておかしくないのだから仕方がない。
罪悪感の一つもなく冷静にそう判断した少年は躊躇いもなく信長へ近付くと手を差し出した。
「なにか、な?」
「お前、俺の配下に加われ」
不思議そうに差し出された手を見つめる信長へ少年は告げた。
「そうすれば助けてやる」
応じなければ殺す、と言外に語っていた。そも先程までの攻撃全て殺す気だったのだが。
信長は差し出された手を見て、次いで少年の言葉を聞くとおかしそうに笑った。
「せっかくだけど、遠慮する、よ」
「何故? この手を取れば今はとにかく死にはしないんだぜ?」
「先約が、あるんだよ」
信長は言った。
「ずっと、保留にしてるんだけどね。そっち、を断ったときまた、誘ってくれる、かな」
「この状況で次があると思ってるのか?」
察しが悪いと怪訝な顔を浮かべる少年が殺意を明確に告げる。それに対する返答は、
「さあ?」
頭にくるものだった。
むっ、とする少年がおかしかったのか益々笑みを深める信長。刻一刻と己の命が削り取られていくのを理解していながらそれは異常な光景だった。そんな男だからこそ、同じく命を燃やすとされるギフトを躊躇いなく使えるのかもしれない。
「それにね」
言葉の途中で投げ出されていた右手が弾けるように動いた。抜け目なく握り込んでいた《レーヴァテイン》はいつの間にか銃から刀に形を戻しており、刃は閃光のように駆け抜けた。無防備に思えた少年だったが一足飛びで信長から間合いを離す。
すでに握力も無かったのか、振り上げた刀はそのまま手をスッポ抜けて上空を回転し、やがて信長の傍らに突き刺さった。
「……ハハ」
この男には何度驚かされるのか、少年は驚きを通り越して笑ってしまった。合間合間で血反吐を吐きながらの会話。それなのに、信長の闘気は一向に萎えない。氷点下の殺意も、無邪気な笑顔も、何一つ損なわない。今のだって本気でこちらの腕を切り落とすつもりだったはずだ。
刀のような美しさすら感じる殺意。そして純粋無垢な子供のような弾むような声音で信長は言った。
「――――こんな楽しいのに、途中で終われるなんて出来るわけないよ」
それを聞いた少年はくつくつと体を揺らして笑った。ひとしきり笑い終えると問い掛ける。
「一つ訊きたい。お前のような人間にはあのコミュニティは窮屈じゃないか?」
その問いは奇しくも彼の仲間である少女が信長にしたものと同じものだった。
「お前は人並みの幸福じゃあ満足出来ない。自覚もあるようだから言ってやるが間違いなく異常だ。破綻している。狂人だよ」
散々な言葉を吐き捨てておきながら少年には悪意も不快感もなかった。むしろそれが正しいというように喜々と告げる。
「お前はこちら側にあるべきだ。お前自身の欲求を満たすために。願いを果たすために」
だから俺のもとへ来い、そう続けようとした少年だったが気付いた。
「なんだ。気を失ってたのか」
完全に沈黙していた信長。一体いつからだったかはわからない。
信長へ近付こうと少年が歩み寄ろうとして――――その瞬間、地面に突き刺さっていた刀が形を崩して炎となった。
魔剣を知るものならば魔剣が気を失った主を焼き殺そうとしていると思えただろうが、少年には違って見えた。炎は信長を囲むだけで火の手を伸ばそうとはしない。それはまるで少年と主を隔てる壁のように広がっていた。
「随分と御執心だな。余程そいつの命が美味いのか……それとも余程波長があったのか」
使い手の命を喰らって燃え盛る悪食の炎と呼ばれた魔剣、《レーヴァテイン》。それが今は気を失った信長を守ろうとしている。
また少年は笑った。しかし今度は何故笑ったのか少年にもわからなかった。魔剣の滑稽な姿にか。瀕死でありながらこの戦いを『楽しい』とほざいたイカレタ青年に対してか。それとも、死に掛けの人間に間抜けにも傷を負わされた自分自身に対してか。
当たったのは二度。一度目は炎の弾が僅かに頬を焦がした。二度目は最後の一撃だ。左手の指先に血が伝っていた。
「安心しろ。もう殺す気はなくなった」
死んでいて正しいはずなのに、少年にはもう彼が死ぬとは思えなかった。きっと彼自身死ぬとは微塵も思っていないのだろうとなんとなく、本当になんとなく少年は思った。
すでに信長に意識はないとわかっていながら彼は声を掛ける。
「もうじきゲームが再開される。精々足掻け。巨龍が再び暴れれば何も残らない。そしてそこに勝者がいなければ、それで俺達の勝ちだ」
炎の向こうへ笑いかけた少年は思い出したように最後に付け加える。
「ああそれと、俺も中々楽しかった」
そう言葉を残して戦場から姿を消した。
ようやく更新!そして閲覧ありがとうございます。
>今回は徹頭徹尾バトルでしたねー。
そして次回で三、四巻結末です。ラストバトルとエピローグ。なんとか……なんとか残り数日で書き上げなければ!四月はいきなり研修で拉致なので、ここで更新出来ないとこの状態で少なくとも一週間以上空いてしまうんですよ。
上手く筆(指or妄想)が進めば例のペストのおまけも書けるといいなぁ、とか思ってます。
>変更点を一つ。この章の四話でジャックのことを信長君は『ジャックさん』と呼んでおりましたが『カボチャさん』に変更しました。
…………うん、少なくとも現在の本編に一切関係ない変更でした!