問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
大樹の麓。虚空に浮かぶ《契約書類》に記された勝利宣言は《龍角を持つ鷲獅子》を大いに沸かせた。後はロスタイムの間、魔物を殲滅すれば全てが終わる。――――そのはずだった。
「巨龍が……巨龍が突っ込んでくるぞぉぉぉぉ!!」
誰かが叫んだ。雲河を泳いでいた巨龍は東南の地平へ急降下したかと思うと突如その進路を変えて《アンダーウッド》へ牙を剥いた。たとえゲームは勝利しても、身動ぐだけで戦況が傾くほどの天災が激突すれば大樹は崩壊する。
それがわかっていても誰にもどうしようも出来なかった。逃げることすらままならない状況で、唯一人、飛鳥は最前線で巨龍を迎え撃とうとしていた。
(十六夜君が……春日部さんが必ずレティシアを取り戻してくれる。だから私は絶対に《アンダーウッド》を守る!)
たとえレティシアを十六夜達が救っても、自分のせいで《アンダーウッド》が壊滅すればきっと彼女は悲しむ。何より飛鳥自身ここが好きなのだ。まだちょっとしかいないがこの素晴らしい景観を壊したくない。そして、友人であるサラとの約束を破りたくない。
――――ここ任せるね。
フッと笑って少女は呟く。
「そうね。任されたのだから完璧にこなしてみせるわ」
「馬鹿なことはやめろ飛鳥!」
血相を変えてやってきたサラが叫ぶ。
「今すぐここから離れるんだ!」
「出来ないわ」
飛鳥の後ろには《アンダーウッド》がある。ここであの巨龍を通してしまえば《アンダーウッド》は間違いなく消滅する。そんなことは誰よりもサラが承知していた。歯を食いしばる彼女は血を吐く思いで叫んだ。
「駄目だ! こんなこと自殺行為でしかない!」
「たとえ自殺まがいでも! ここで退いたら生涯悔いが残るわ!」
友人の、サラの気持ちがわからないわけがない。この場の誰よりここで巨龍を止めたいと思っているのは彼女なのだ。だからこそ飛鳥はここから退けない。また明日、彼女と共にみんなで笑い合い収穫祭を迎えるにはここで止めるしかないのだ。
「……退けないのか?」
「退けないわ」
「……死ぬかもしれないんだぞ」
「それでも」
飛鳥の決意は堅かった。ディーンも主の決意に呼応するように身構える。
「………………」
彼女達の決意を正面から受け止めたサラはしばし俯いて沈黙する。やがてもたげた顔には飛鳥と同じ、死を覚悟した意志が垣間見えた。
「わかった。ならば私も同じだけの決意を示そう」
サラは腰の鞘から剣を抜くと自身の頭から生える角にあてがった。
「サラッ!?」
彼女はそのまま角を切断した。切断面から鮮血が噴き出し髪を濡らすが、それに構わずサラは切った角を飛鳥へ手渡した。
龍角は火竜にとってグリフォンの翼と同じように命と同じくらい大切な誇りだと聞いていた。同時に霊格を宿す大切な一部なのだとも。それを失った今、彼女は誇りと力、両方を失ったことになる。
「龍角は純度の高い霊格だ」痛みに呻きながら「神珍鉄にも融け合う、はずだ」
痛みに耐えられなくなったのか倒れこむサラを飛鳥は抱きとめる。
「頼む飛鳥……《アンダーウッド》を、守ってくれ!」
飛鳥の腕にしがみつくサラは何度もそう繰り返す。そこには己の力だけで故郷を守れない悔しさと、それ以上の願いが込められていた。守ってくれ。助けてくれ、と。
「――――ディーン!!」
飛鳥の裂帛の声が巨龍の声を掻き消すように響き渡る。サラの龍角がディーンに取り込まれ、伽藍の巨兵に炎の息吹が灯る。
「DEEEEEEEEEEEEN!!」
紅の蒸気を上げたディーンは真正面から巨龍を受け止めた。しかし止まらない。轍を刻みながら押し込まれる。
「頑張ってディーン!」
主人の決死の叫びに応えるように伽藍に灯った光がより強くなる。大きく広げられた顎を手で押さえ込み、遂に勢いを完全に殺した。――――しかしそこまでだった。巨龍は前に進もうとより強く体を押し込む。ディーンは止めるのが精一杯のようで徐々に押し込まれてしまう。喰いこんだ牙が肩の装甲を砕き、体中に亀裂が広がっていく。
「D、EEEEEEEEEEEEN!!」
ディーンは耐えた。それでも、
(このままじゃあ……)
傍らでそれを見守る飛鳥は体を震わせる。誰がどう見てもディーンの限界は近い。このままではディーンは砕かれ、巨龍は《アンダーウッド》を蹂躙してしまう。
ゲームには勝ったのに。こんな結末はあんまりだ。
熱くなる目を堪えるように飛鳥は必死に歯を食いしばった。
「あれー? ディーンってこんなに大きかったっけ?」
――――そんな声がひょんと背後から聞こえて、飛鳥の中に何より先に沸き上がってきたのは怒りだった。
「信長君一体どこに行って――――ってどうしたのよその傷!?」
怒鳴りながら振り返って、目をぎょっとさせた。そこに立っていたのは間違いなく信長だったのだが、その体は血に塗れていた。返り血というわけではないようで、純白の着物が今もじんわりと赤黒く染まっている。腹部も痛めているのか右手で脇腹を押さえ、右足は引きずっている。唯一変わっていないことといえば、そんな痛々しい姿でも変わらない微笑みか。
遊んでいたとは思っていなかったが、まさか彼がここまで傷を負う結果となるとは飛鳥も予想していなかった。そして同時に希望が潰えた。
彼ならばこの絶望的状況を覆してくれると声を聞いたその瞬間に期待してしまったのだ。情けないことこの上ない。
「信長君、サラを連れて今すぐここを離れて」
ディーンの背を目に焼き付けて今一度自身を奮い立たせる。万が一《アンダーウッド》を守りきれなくても二人だけは守ってみせる。ディーンが戦っている限り彼女自身はここを離れる気はなかった。
返答は中々なかった。
「信長君!」
「――――飛鳥ちゃん、僕はどうしたらいいんだろうね」
焦燥に駆られた彼女が再び振り向いた先で、少年は微笑んで真っ直ぐこちらを見つめていた。ただその笑顔がいつもとは違って見えた。
「箱庭は凄く素敵な場所だ。みんなと一緒にいるのも凄く楽しい。故郷では絶対満たされることのなかった心が満たされていく。だからね、僕もこんな自分じゃなくてみんなみたいに普通になれるよう頑張ってみたんだよ。――――でも駄目だった。そしてどうやらこれは死んでも治らないみたい」
「何を、言っているの?」
「嫌われるのは慣れてるんだけど、困ったことに飛鳥ちゃん達はこんな僕を受け入れてくれる。それで逆に不安になっちゃたんだ。僕は絶対いつか
潤いはいつか渇く。そして次は前までの刺激では足りなくなる。それで満たされてもその次は、その次の次は。
いつか彼女達との日々が色褪せて感じるようになったら一体自分はどうなってしまうのだろうか。わからない。だから柄にもなく不安になる。
故郷にはそんな贅沢な不安を案じる必要がなかった。箱庭にやってきて毎日が楽しかった。底の見えない少年少女達、己の命を脅かす敵。求めた全てがここにあった。――――けれど、それは一体どこまであるのだろうか? どこまで自分はここで満足出来るのだろうか?
いつかこの世界ですら満たされない日々が、
「――――馬鹿ね」
「え?」
信長は目をきょとんとさせてそちらを見る。
「馬鹿といったのよ。黒ウサギがいればハリセンの一つでもお見舞いしているところだわ」
飛鳥は心底おかしいとばかりに嘲笑した。そしてはっきりと言う。
「そんなことはそのとき考えなさい。貴方らしくもない……訪れるかもわからない先のことで不安がるなんて無駄だわ」
ズバズバと言葉を浴びせる飛鳥はしかし、内心信長の様子に不安に駆られていた。確証のない話だが、この会話の行方次第で彼は彼女達の目の前から去るだろう。別にそれが本当に彼が望んだ結果ならば仕方がないと思う。しかしこの場に限って、それは彼が本当に望んでいる結末ではない。
そんなもの認めたくはない。
「いつかだなんて、
力強い飛鳥の声音が心に響く。スッ、と心の靄が晴れた気がした。フッ、と彼女は笑って、
「でもそうね……それでも不安なら一つ保証してあげましょう」
フッ、と彼女は笑う。
「どんな?」
いつの間にか信長の笑顔はいつものに戻っていた。子供のように無邪気な顔で飛鳥の次の言葉に目を輝かせていた。もう心配は不要なようだ。
まるで手のかかる子供を相手しているようで、飛鳥は呆れたように小さく笑う。そうして胸に手を当てて、力強く答える。
「この先貴方がこの世界に飽きることは絶対ないわ。なにせここには、この久遠 飛鳥がいるのだから。この世界が楽しくならないはずがないでしょう」
恥ずかしげもなく高らかに告げる飛鳥の姿に、さすがの信長も虚を突かれた顔で唖然とし、やがて傷も忘れたように大きく腹を抱えて笑った。
「あっはっはっはっはっは! うん、そうだね。こんな可愛い子と一緒にいてつまらないだなんて、そんな贅沢将軍だって言わないよ」
「当然よ」飛鳥は温かな眼差しで今一度「安心しなさい。この世界はきっとまだまだ想像がつかないことがたくさんあるから」
「うん。黒ウサちゃんと飛鳥ちゃんが言うんだもの。絶対そうだよね」
さて、と一段落終えた飛鳥は改めて前を向く。ディーンはもう完全に限界だ。おそらくもってあと数秒。
「まずは巨龍を止めなければこの先を見る前に二人共ここで終わりよ」
「大丈夫だよ」
いやに断定的な言い方をする信長。飛鳥がそちらを見ると彼を取り巻くように今まで見たことのないほど大きな炎が燃え上がっていた。
「ちょ、ちょっと」それに慌てる飛鳥「その炎って信長君の命なんでしょう!? そんな体でそんな大きな炎を出して大丈夫なの!?」
「んー、多分ね」
あまりにも無責任な答えだった。それなのに彼に確信めいた期待をしてしまうのは、これもまた無責任なのだろうか。
「飛鳥ちゃんのおかげで今凄く気分がいいんだ。だから大丈夫」
「そう。それならいいわ」
飛鳥までも半ば投げやりな返事をした直後、遂にディーンが押し負ける。
邪魔だった巨兵を蹴散らした巨龍はその勢いで大樹を目指す。途中にいる飛鳥達には目もくれていない。
「信長君」
回避も不可。防御も不可。そんな人生で最も絶体絶命な危機敵状況であるはずなのに、飛鳥は何故か微塵も恐怖を感じなかった。
「頑張りなさい」
「凄くやる気出た!」
《威光》のギフトも何も関係ない。気休めの一言であったのに、彼は言葉の通り一層炎を迸らせた。暗雲を貫かんばかりに立ち昇る炎。それはまるで――――もう一匹の龍のようだった。
「痛かったらごめんね、レティシアちゃん」
「G……ッッ!!?」
このときの光景を現実として受け止められた者が果たしてどれほどいただろうか。己の目で見た者でさえそのほとんどが後々まで信じることが出来なかった。又聞きならば尚更だろう。
まさか、ただの人間が生身で龍の顎をかち上げるなど。
それを見た飛鳥は呆れを通り越して笑えてきた。彼を飽きさせないためには生半可な努力では足りない。もっともっと自分を磨かなければならないと。それは途方もなく難しい、しかしやり甲斐のある目標であった。
――――強制的に上を向かせられた巨龍は一点空を駆け昇る。同時に大天幕が開かれる。
空に近付く黄道の化身はその体を徐々に透過させ始め、心臓に刻まれた神々しい極光が浮き彫りになる。それを待ち望んでいたのは天馬の翼を駆る耀と、両手に光を携えた十六夜だった。
「見つけたぞ……十三番目の太陽!!」
最後に信長が見たのは消えゆく巨龍の心臓から零れ落ちたレティシアを抱きとめる耀の姿だった。――――暗転。
★
主賓室という待遇とすれば立派過ぎる個室のベットの上で、信長は蛍のようにキラキラと光る極小の精霊を一人眺めていた。彼は巨龍を止めてすぐに気を失ってしまい今に至る。
「なんか癖になりそうだなぁ、この展開」
思い返せばペストとの戦いの後もこうしていたような気がする。今後も戦う度にこの様では十六夜辺りに馬鹿にされそうだ。
そんなことを考えているとコンコン、と扉が叩かれる。これも覚えがある。たしかあのときは耀が部屋を訪れた。
「入っていいか?」
レティシアだった。
どうぞ、と声を返すと静かに扉を開閉して入ってきたのは予想通りレティシアだった。彼女も寝込んでいるという話だったがどうやら意識を取り戻したらしい。彼女が傍らの椅子に腰掛けたのを確認して話し掛ける。
「元気そうでよかった」
彼女は困惑した顔をして、苦笑した。
「おかげさまでな。私のことより自分のことを心配してくれ」
レティシアは小さな手を伸ばして信長の包帯をさする。何度も何度も。
「レティシアちゃんのせいじゃないよ。これは僕がマヌケだっただけ」
「いいや。私のせいだ」
彼女は痛々しい顔でかぶりを振る。
「付け入る隙を与えてしまったのは私自身だ。私がもっと強ければ――――」
「僕がもっと強ければこんな傷は負わなかった」
ハッ、としたレティシアに信長は優しく微笑みかける。
「でしょ?」
もし、の話は嫌いではない。夢物語でも楽しい話は大好きだ。しかしそれで悔やんだり悩んだりするのは嫌いだ。意味が無いし、何より楽しくない。
信長もここ数日はそれで悶々としていたのだが、飛鳥のおかげで吹っ切れた。今思えばなんともらしくない、くだらないと心の中で吐き捨てられる。
レティシアの方はそんな簡単に吹っ切ることは出来ないようだった。まだ浮かない顔をしている。
「一つ訊きたいことがあるんだ。さっきと同じ、今更問う意味のないくだらない話しだ。聞いてくれるか?」
「もちろん」
「もしあのとき、お前が古城に来ていたら――――お前は私を殺してくれたか?」
ゲームクリアが目前となったあのとき、レティシアは生きることを諦めた。これ以上の被害を出さないために、己の罪を重ねないために、彼女は死を覚悟した。
しかしそれは叶わなかった。十六夜は言った。自己犠牲の出来る聖者より物分かりの悪い勇者が好ましいと。悲劇など喜劇に変えてみせると。完膚なきまでに救ってみせる、と。――――結果、信長を含めた彼等の優しさによって自分はこうして今も無様に生きている。
けれどもし、あの場に彼がいたらどうだっただろうか。信長は他の三人とは明らかに違う。普段の飄々とした装いとは裏腹に、彼は冷酷な現実における犠牲の必要性を知っている。
あのとき十六夜達が巨龍を倒せる可能性など皆無に等しかった。失敗していれば二人をこの手で殺していたのだ。そうなれば悔やんでも悔やみきれなかった。だからもしあの場に信長がいてくれたら、彼は自分を殺してくれたのではないかと考えた。助かった今となっては問う意味のない話。
信長はレティシアの質問からまるで間を置かず、ひどく懐かしさを感じる笑顔のまま答えた。
「絶対殺さなかったよ」
「……やはり、か」
何故だろうか。彼女はそんな答えが返ってくると思った。
夢見がちな幻想を追うタイプではないと思っていたのに、この答えは何故か予想出来たのだ。
すると突然、信長がこちらに手を伸ばしてきたかと思うと抱きしめてきた。レティシアの顔を胸にうずめるように。
「……主殿?」
「なに?」
「いや、何ではなく……これは?」
これが飛鳥や黒ウサギだったら顔を真赤に発狂して信長は死刑だっただろうが、レティシアは大人しかった。そこはやはり年の功というのだろうか。外見でいえば一番幼いが。
「レティシアちゃんて意外と強情で見栄っ張りでしょ?」
随分な言いようにむっ、とするレティシアだったが次の言葉にその気も失せる。
「だからほら、誰にも
――――ああ、なるほど。
彼女は納得した。そして彼の気遣いに深く感謝した。
「万が一ここに誰かがやってきたら主殿が襲ってきたといいわけしよう」
「うわぁ、誰が来ても僕殺されない?」
クスクスとレティシアは笑い、信長の胸に顔をうずめてそのまま静かに泣いた。あの頃から堪え続けた涙はとめどなく流れ、中々止まってくれなかった。
>これにて三、四巻完結です!閲覧ありがとうございましたー。
おまけは書き上げられるかまだわからないので、とりあえずこっちをぱぱっとあげてしまいます。
>今回の女子スポットはほとんど飛鳥。最後だけレティシアでした。前回登場させるの忘れてしまいましたので今回はソロステージだぜ!
信長君が無駄にいいとことってるのは見逃してください!
>てなわけで、次の更新は(おまけは例外として)早くて四月八日以降です!それ以上に間が空いてしまうかもですがご勘弁を。
ではでは、皆様も四月からの新生活頑張ってくだされ!