問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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おまけ

 太陽に殺された八千万の怨嗟。もっと正確に言えば黒死病という呪いに殺されていった八千万の霊群。それがカノジョタチの形である。

 自然災害などという生易しいものではない。数多の平行世界でも必ず起こり得るということは、たとえどんな道を辿ろうとカノジョタチに生きる道は無かったということだ。そんな事実を突きつけられてあっさり受け入れられる者などいない。少なくともカノジョタチの中にはいなかった。

 

 ある男は言った。黒死病の死を縛る宿命は強固だ、と。

 わかっていたこととはいえ事実として認識してしまうと憂鬱になる。しかし、彼は続けてこう言ったのだ。

 箱庭の世界は可能性(異世界)に偏在する空間。ならば、箱庭の世界ならば太陽に復讐を遂げ、この宿命の楔を打ち砕けるかもしれないと。

 

 しかしその可能性を示した彼は、カノジョを召喚した直後に死んだ。かくいうカノジョも、カノジョタチの願いを叶えることも出来ず志半ばで死んだ。――――死んだ?

 

「え?」

 

 ペストの覚醒は間の抜けた声と同時だった。パチパチと目をしばたかせて、彼女は己が生きていることを理解する。

 《サラマンドラ》――――ひいては白夜叉を狙って強襲した火竜生誕祭。しかしそれは《サラマンドラ》とも白夜叉とも別のコミュニティの存在によって阻まれた。結末として自分はインドラの槍に撃ち抜かれて魂の一片も残さず消滅した。……はずだ。いや間違いない。それなのに、何故こうして自分は意識があるのか。

 そして、

 

「な、な……」

 

 ようやく冷静になった頭で辺りを見回す。畳の部屋だ。壁には達筆に書かれた掛け軸やらがあるが比較的物が置いていない。ここが一体どこなのか。どうして自分は生きているのか。――――そんなことどうでもよかった。

 彼女の格好は死したそのときの斑模様のワンピースではなく、メイド姿をしていた。しかもフリフリの。

 

「…………!!!?」

 

 言葉も出ないとは正にこのことだった。何故に八千万の霊群は、《黒死斑の魔王》と言われた自分は、死を与える神霊に迫った死神は、メイド服を着ているのだ。

 

「なんだ。ようやく意識も戻ったか」

 

 その声に彼女は一旦思考を全て断ち切って身構える。そちらを見るとお盆に茶と茶菓子を載せた和服の白髪美少女がそこに立っていた。

 

「白夜叉……」

 

 ありったけの怨嗟を込めた視線と言葉はしかし、ふむと一つ頷いただけで受け流され幼児体型の星霊は親指を立ててやたらいい笑顔をした。

 

「やはり私の見立ては間違っていなかった。似合ってるぞ」

 

 言われて再び自身の格好を思い出す。想い出すとともに顔を朱に染めて彼女は体を庇うように体をよじって後退る。

 

「何言ってるのさ。その服は僕が取ってきたんだよー」

 

 さらに加わる声。その声にペストは既知感を覚えながら、白夜叉に続いて入室した人物を視界に収める。

 

「やあペストちゃん」

 

 着物姿の少年はなんとも軽々しい調子で片手をあげて挨拶してきた。

 

「織田……信長……」

 

 もしかすると白夜叉以上に負の感情を乗せてその名を呼んだ――――のだが、呼ばれた彼はパッと顔を明るくして、ともすれば飛び跳ねるように喜んだ。

 

「うわあ! ペストちゃん僕の名前覚えててくれたの!? 嬉しいなー」

 

「当たり前でしょう。自分を殺した人間のことを忘れるわけがない」

 

 彼女の言う通り、《黒死斑の魔王》は信長に殺された。直接なトドメは別の人間であったが彼女を追い詰め、そのお膳立てを整えたのは実質たった一人。目の前にいる彼だ。

 だからこそペストは白夜叉以上に彼を恨んでいるのだが、当の本人は何故かわだかまりを感じさせないほど友好的に話しかけてくる。おかしいだろう。おかしいよね?

 敵意と殺意と困惑と、もう正直自分で自分がわからなくなってきたペストはひとまずお気楽男を意識の外に追いやって白夜叉へと目を向けた。

 

「これは一体どういうこと? 私は殺されたはずだけど……」

 

「うむ。それはな」

 

 かくかくしかじか、と説明された内容にペストは心底驚かされた。彼女は間違いなく魂まで砕かれた消滅した。しかしギフトゲームのクリア条件の全てを達成されてしまった彼女は隷属の契りが結ばれる。結果としてどうなったかというと、箱庭の力が彼女を蘇らせたのだ。魂まで打ち砕かれた彼女を。

 そんな出鱈目な……と思う反面、この世界ならばそれもありえるのではないかとも思える。それだけの奇跡がこの世界にはある。何せここには運命さえ変えられる可能性があるのだから。

 

「ま、そういうことだ」

 

「わかったわ。わかった。……でも一つだけわからない。――――この格好はなに?」

 

 白夜叉と信長は顔を見合わせて、

 

「「趣味」」

 

「わかった。二人揃って死になさい」

 

 メイド服をたなびかせて噴き上がる黒い風。それは絶対の死を与える――――とまでは今はいかなくとも、肉体を蝕み床に伏せさせるぐらいの力は残した彼女のギフト。しかし、風は二人の直前で何か目に見えない壁に阻まれるようにピタリと止まった。

 

「なんで……!?」

 

 彼女の意志ではない。ならば理由は簡単だ。

 フッフッフ、と悪どい哄笑をあげるのは白夜叉。

 

「おんしは今は隷属状態にあると言っただろう。つまり、今やおんしはまな板の鯉同然じゃ」

 

 ゾッ、と彼女は悪寒が背に走るのを感じた。

 

「さて続けるか。信長」

 

「つ、続ける?」

 

「今ちょっと休憩中だったんだー」

 

 やたらと機嫌の良い二人に益々顔を青白くしたペストは無駄だとわかりながら後退る。

 

「なに。おんしにとっても悪い話ではない。隷属に伴っておんしに相応しい格好を見繕ってやろうかと思ってのう。黒ウサギには似合わんが、おんしに合いそうな衣装あってな」

 

「い、衣装……?」

 

「僕も大変だったんだよー。白ちゃんにペストちゃんのことを聞いてから色んな人達とゲームをして沢山服集めてきたんだー。きっと気に入ってくれると思うよ」

 

 『ほら』と広げられた二人の服を見て、ペストは一瞬意識を失くした。しかしそのまま意識を失うのは危険と判断した体が強制的に意識を繋ぎ止める。

 恐怖に耐えながらそれらを改めて見回す。そこに広げられたのは相応しい服とは到底かけ離れた凶器だ。凶器で狂気な品々が陳列されている。

 

「うん? 信長、この娘にナース服とは中々皮肉がきいているな」

 

「『なーす』服っていうんだ? これはお医者さんごっこ好きのミノタウロスさんがくれたんだ。この『ぶるま』っていうのは猫又さんが。キマイラさんなんて獅子の頭と蛇の頭で『にーそ』派と生足派で喧嘩始めちゃってさー」

 

 あははは、わははは、と世にも恐ろしい会話で盛り上がる馬鹿二人。まずい。これは非常にまずいとペストの本能が最大警報を鳴らしている。

 

「あ、そのメイド服はヘカーテさんて優しくて綺麗な女の人がペストちゃんのことを話したら喜んでくれたんだよー」

 

 聞いてない。聞きたくない。

 彼女は一瞬でこの場にいる危険性を理解すると一もなく逃走を試みる。出口は一つ。彼等が通ってきたあの向こうだけだ。盛り上がる二人をすり抜けて出口へと伸ばされた手は、無情にもあと一歩で止まってしまった。

 

「かっかっ、おんしは今隷属状態にあるといっただろう」

 

 ギギギギ、と錆びた人形のように鈍い動きで首を巡らしたその先で目を輝かせる悪魔が二人。わきわきと動くあの手が無性に嫌だ。

 

「こ、この! 絶対殺す! 殺してやるわ!!」

 

「やめなさい! 後悔するわよ絶対に!」

 

「やめ、」

 

「……お願い……ほん、とう」

 

「………………」

 

 (※あまりにも凄絶なシーンだったため割愛致します)

 

 ――――数時間後、そこには溌剌とした笑顔の二人と着ている優美な衣装とは似つかないボロ雑巾の如く畳の上に倒れこんだ少女の姿があった。

 

「あ、そういえば黒ウサちゃんに頼まれたことあったの忘れてた」

 

「ん? もうこんな時間か。おんしはもうそろそろ帰れ。あらかた衣装は決まったことだしな」

 

「そうだね」

 

 どうやら彼がかき集めた衣装はここに置いておくようで彼は畳の上に所狭しと広げられた服をそのままに店をあとにしようとする。その背を、

 

「待って」

 

 少女の声が止めた。立ち止まった信長と白夜叉は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「ゲームをクリアされたのは私の落ち度。この命をどう使われようが構わない。――――だけど一つだけ条件がある。どんな形でもいい……ハーメルンの旗を残してもらえないかしら」

 

 ペストは顔をあげない。それはもしかしたら頼むために頭を下げてるのかもしれなかった。それとも今の情けない顔を二人に見せたくない彼女のプライドだったのかもしれない。

 彼女は条件と言ったが、そんな言葉が通る関係ではないことぐらい彼女にもわかっている。すでに彼女は彼等に隷属させられていて、最早どんな仕打ちを受けようとも彼女には文句の一つも言える権利は無いのだ。

 それでも、と彼女は頼み込んだ。

 

「お願い……」

 

「いいよ」

 

「え?」

 

 耳を疑った思わず彼女は顔をあげてしまう。その先で、答えた少年は柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「僕は君達に感謝してるんだ。《グリムグリモワール・ハーメルン》は僕が初めて恐怖を覚えるほど強い相手だった。一生忘れることはない。だからそれで君が少しでも強く在れるというのなら、僕は何も言わないよ」

 

 多分他のみんなもね、そう笑って言って彼は今度こそ店をあとにする。

 

「意外そうな顔をしているな」

 

 ニタニタと浮かべる白夜叉のいやらしい笑みにペストは顔を背ける。

 

「当然でしょう。甘いにもほどがあるわ。隷属させた輩にコミュニティとは別の旗を許すなんて」

 

「ま、あ奴らは端から掲げる旗も今はないからな」

 

 かっかっ、と笑って扇を仰ぐ白夜叉。

 立ち去った彼の背を思い出して、ペストは胸中で繰り返す。本当に甘い、と。でも、

 

「……ありがとう」

 

 小さく。本当に小さく彼女はそう呟いた。

 

「さて、では続きを始めるか」

 

「は?」

 

 なんか良い感じの雰囲気をぶち壊して白夜叉はわけのわからないことを言い出した。ペストは既視感のある悪寒を感じながら彼女の背へ喋りかける。

 

「続きって?」

 

「おんしの着せ替えに決まっているだろう」

 

 当然とばかりの言いようにペストは顔をひきつらせて。

 

「私の服はもう決まったんでしょう!?」

 

「フフ……これからはお子様厳禁の大人の時間。信長(じゃまもの)が去ったところで私の○禁コレクションナンバー12を開こう」

 

 さあいざ挑まん芸術への挑戦! と意気込む彼女は今まで手を付けなかった襖に手をかける。見たくない。あの向こうは見たくない。見てはいけないと誰かが言っている。

 ペストは現実を誤魔化すため自ら意識を手放した。

 

「もう……殺して」

 

 これが少女の最後の言葉――――には当然ならなかったわけだが。




まずい……まずううううううい!

あ、どもども約一週間ぶりです。
思ったよりもやることがたくさんあってきっついなぁと社会人舐めてたわぁ、と実感している私です。
この短いおまけですら文章がガタガタな感じが否めないですが……。

安心してください皆様、これで原作に追いつくかもという心配がなくなりました。やったね!(やってない)
ままま、それでもちょこちょこ亀更新でも続けようと思います。あまりにも失踪期間が長かったり、やむを得ない事情で長期勉強しなくちゃ駄目なときとかは活動報告を書いて連絡致しますので。

更新遅くなってしまい&なりますが申し訳ありません。

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