問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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番外編③

「甘っちょろい、ですって?」

 

 地べたを這わされる屈辱を噛み締めながら飛鳥が帰蝶を見上げる。否、睨み上げる。

 帰蝶はそれに妙な圧を感じながらもあくまで平静を装い答える。

 

「そうですわ。戦いに待ったが存在しまして? せーので始めなければ成り立たない戦いなど、そんなもの戦いとは呼びません。それがまかり通るのがこの世界だというのでしたら……ここはあの方が居るべき場所ではないですわ」

 

 戦国時代。数多の武将達が覇を競った時代。そこには敵国との争いはもちろん、謀略、裏切り、奇襲、騙し討ち、身内での内紛も茶飯事だった。

 両者の意見を揃えて、日を合わせて規則を取り決めて、そんな整えられた綺麗な戦いなどただの一度も無かった。

 そんな世界を味わってきた彼女にとって、ギフトゲームなんてものは温いと言わざるを得ない。

 

「まあ貴女達は――――」

 

 話を断ち切るように超スピードで耀は帰蝶の背後を取った。体の痺れは取れていないが最後の力を振り絞ってそこを陣取った。彼女の背後――――つまり風上を。

 帰蝶が粉末、もしくは霧状にした毒を扱うなら風向きは彼女にとって生命線。耀のようなギフトでもないかぎり風に逆らって毒を届かせることは出来ない。

 しかし、

 

「な、かっ!」

 

 耀は新たな目眩と視界の揺らぎ、加えて吐き気にその場に崩れ落ちた。

 背後に倒れる耀へ、帰蝶はゆったりと振り返った。

 

「貴女達はそんなものとは無縁で生きてこられたのでしょう。それはとても羨ましいことですわ」

 

 毒は風向きに逆らえない。帰蝶が耀のように風を操る、もしくはそれに準ずる恩恵でも無いかぎりそれは絶対だ。故に彼女は最初から仕込んでいた。一足先に屋外へ出たときに、自分よりさらに風上に予め毒の小筒を。

 それぐらいを仕掛ける時間ならたしかにあった。しかし、

 

「なら、なんであなたは平気なの?」

 

「わたくしは毒と空気を選別して呼吸を行えます。毒を扱うと決めたその日から、それは努力しましたのよ」

 

 耀の問いに応えて、彼女は今一度三人を睥睨する。

 

「もうよろしいですか。こんな茶番は終わらせますわよ」

 

「――――そうね。終わらせましょう」

 

 

 

 

 

 

「あれが濃姫か。そりゃ資料も残らねえわな」

 

 屋根の上で雑談を続けていた十六夜達。すると建物から帰蝶が、しばらくして黒ウサギ達が出てきたことで成り行きを見守っていた。戦いが始まってからは完全に他人ごとで観戦中だ。

 

「そんなのことないよ」愉快そうに眺める十六夜へ信長が「帰蝶は本当は誰よりもお姫様っぽいお姫様だよ。でも、僕が絡むとなににでもなれる(・・・・・・・・)のが彼女なんだ」

 

 恥ずかしげもなく言ってのける。

 

「ちょ、ちょっと! そんな悠長にしてないで止めてくださいよ!」

 

 唯一、身動きが取りたくても取れないジンは二人に叫ぶ。信長は首を傾げて、

 

「なんでー?」

 

「なんでって……」

 

「騒がしいと思えば、主達までこんな場所でなにをしているんだ」

 

 声に振り向くとメイド姿の金髪少女がそこにいた。ジン達がいるのは本館の屋根の上。そんな場所に年端も行かなそうな少女がどうやってやってきたかというと、背中から生える蝙蝠のような翼でだ。彼女は純血の吸血鬼、レティシア。同時に《ノーネーム》のメイド長である。

 

「レティシア! お願いだ。戦いを止めて!」

 

「ジンまでいたのか」レティシアはジンを視界に収めるものんびりと「止めろと言うならそうするが、どちらを止めればいいんだ?」

 

「どっちって……そんなのあの帰蝶さんって方に」

 

「大丈夫だ。おチビ」

 

 十六夜はジンとは対照的に落ち着き払った態度で言い切る。わけがわからない。少なくとも十六夜は、なんだかんだと言いながら仲間が殺されそうなら一に助ける性格だと思っていたのに。

 

「ジン君」

 

 いい加減怒り出しそうなジンの気配を察したのか信長が声をかける。

 

「君には帰蝶がどういう風に見える?」

 

「どう?」

 

「そんなに強そうに見える?」

 

 当然、と答えかけてジンは止まる。実際彼女は黒ウサギを含む三人を圧倒している。でもなんとなく信長が言いたいことを理解してしまった。

 

「帰蝶は全然強くないよ」

 

 信長は言い放った。

 

「あの毒も、知略も、言ってしまえば誰にだって出来る。飛鳥ちゃんみたいな《威光》、耀ちゃんみたいな《生命の目録》……彼女はギフトを何一つ持たない」

 

 彼女には才能と呼べるものはない。黒ウサギには言わずもがな、飛鳥を相手にしてもディーンに毒は通じず、耀の身体能力を前に為す術もないだろう。

 それでも強いて彼女にあったものをあげるなら、才能ではなく努力と運の二つ。努力は草花動物に限らず、ありとあらゆる成分をその身を持って調合と使用を繰り返した気の遠くなるような作業。運は、その最中に命を落とさなかったことだ。

 

 本来、彼女はあの場の誰にも勝てはしない。絶対的優位に立つ今でさえ。

 

 

 

 

 

 

「そうね。終わらせましょう」

 

 そう言って立ち上がったのは飛鳥だった。飛鳥と、そして帰蝶の頭上に一枚の羊皮紙が出現する。

 

『ギフトゲーム名《Stand and Faight》

 

 プレイヤー一覧、飛鳥、帰蝶。

 敗北条件、先に膝をついたら負け。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗の下、ギフトゲームを開催します』

 

 文面を読んだ帰蝶は探るように飛鳥を見る。

 

「なんのつもりですの?」

 

「言った、でしょう」唇に痺れを残しながら「ここは箱庭よ。ここにはここのルールがあるの」

 

 それに、と続けた彼女は口元に嘲笑を浮かべ、髪を手で跳ね上げる。

 

「これは温情よ。まともにやっても勝てない、貴女に、わざわざ勝ちの目をあげようというのに」

 

「なにを――――」

 

「ディーン!」

 

 少女の呼びかけに現れる赤き巨兵。思わず後退る帰蝶は新たな毒を構え、動きを止めた。

 

「カラクリ人形……」

 

 毒が有効なのは生き物にだけ。鉄の巨人に毒は効かない。

 帰蝶は歯を食いしばる。

 

「――――けれど、貴女が毒に体の自由を奪われているのは事実! 貴女程度倒すだけならわたくしにだって!」

 

「受けるのね?」

 

 ギアス・ロールが発光し消える。ゲームが今、成立した。直後、

 

「――――『そこに跪きなさい』」

 

「っ!?」

 

 突如帰蝶の体を不可視の力が上から押さえ付けた。それが飛鳥の力によるものだということくらい、帰蝶にもすぐに理解出来た。しかし、理解出来たところでどうしようもなかった。

 必死にその場で耐え忍ぶ帰蝶。

 

「中々粘るじゃない」

 

 飛鳥は笑う。――――が、彼女とて余裕はない。帰蝶の毒に侵されている事実は変わらない。今だって気を抜けば気を失ってしまいそうだ。それでも彼女は倒れない。

 しかし帰蝶も倒れない。《威光》は格上の人間には効かない。だが格下相手には絶対的な力を発揮する。そして帰蝶の霊格は明らかに飛鳥より格下だ。それでも耐えられているのは彼女の意地という他無い。

 それは驚嘆すべきことだが、飛鳥は落胆したようにため息をついた。

 

「信長君の身内だというから期待していたのだけれど、残念ね。ただ彼の言いなりに生きるだけだなんて」

 

「……貴女に、なにがわかるんですの」

 

 下駄を踏みしめて帰蝶は額に汗を浮かべながら顔をあげる。今まで崩すことのなかった微笑みは今は見る影もない。

 

「生みの親に生まれたその瞬間から政《まつりごと》の道具として育てられたわたくしを……あの方だけが……信長様だけがわたくしを、わたくしとして見てくださいました」

 

 嫌悪しかなかった蝶の名前。いつか他国に嫁ぎ、父の国に利益を伴って舞い戻るよう名付けられた名前。

 自分ですら好きになれなかったそれを彼だけが綺麗だと言ってくれた。

 自国を、ひいては己を繁栄させるために日々争う父を含めた亡者の世界で、彼だけが空を、大地を、草を、花を、人を、悠然と眺めていた。

 綺麗だね、と。可愛らしい名前だね、と。梅の木を一緒に見上げたその瞬間、たったそれだけで、彼女は彼を好きになった。本当にそれだけの理由で。

 

「おかげでわたくしは自分自身を好きになれた。だからわたくしは! 少しでもあの方に近づきたくて……少しでもあの方の近くにいたくて……」

 

 でも、駄目なのだ。それでは駄目なのだ。

 信長にとってあの世界は狭く、色褪せて見えていた。それに気付くことは出来ても帰蝶には何も出来なかった。

 何故なら、彼が求めるものは自分と並べる存在だった。並んでくれるなら仲間として横でも、敵として正面であっても構わなかったのに。

 彼に憧れてしまった彼女には一生辿り着けない。憧れてしまった彼女が辿り着けるのは精々彼の後ろが限界だった。

 

「羨ましかったのです」

 

 ポツリと彼女は零す。

 

「信長様をただ憧れるのではなく対等に立っている貴女達が……あの方が見たこともないような顔で楽しそうに笑っているのが……悔しくて羨ましくて――――」

 

 そこまでだった。彼女の体が完全に崩れ落ちる。

 瞬間、勝利の文字が飛鳥の前を踊った。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 目を覚ました帰蝶は体を起こして辺りを見回す。場所は織田家の道場だった。外は薄暗い。

 首を傾げる。なにか夢を見ていた気がする。

 信長が姿を消して、彼がよく入り浸っていた道場に足を運んだ彼女はそこで妙な文を見つけた。それを開いたら大空に放り出されて、そして――――。

 

 ぶるり、と体が震えた。時刻はわからないがすでに日は落ちている。少しばかり落ちた気温にこんな薄着では寒くて当然だろう。

 

「あれ?」

 

 帰蝶は自身を見て驚く。その格好に驚いて、次いで床に置かれた文を見つけた。しばらく逡巡してから、意を決して手紙を開ける。

 

「――――姫様!」

 

 道場の扉が開かれる。鼻下から顎を覆う無精髭。甲冑姿の大男だった。

 

「このような場所におられたのですか。昼間から姿が見えず城内は大変な騒ぎだったのですぞ!」

 

「勝家」

 

「信長様に続いて貴女までいなくなられたと――――は、はあ?」

 

 帰蝶は笑った。それはそれは可愛らしい笑顔だったと思う。信長が姿を消して以来、笑うことがとんと無くなった少女の久方ぶりの笑顔。

 それは喜ぶべきはずのことなのに、男は奇妙にも寒気を感じた。まるで、

 

「この国を獲ります」

 

 まるで、今はいない彼の主のような。

 

「善は急げですわ。まず落とすならば美濃ですかしらね。お父様もまさかこのわたくしに寝首をかかれるとは思っていないでしょうし。武田は放っておいてもしばらくは攻めてはこないでしょう。その内に必要ならば足利辺りを担ぎあげて上洛し、後、織田の旗を掲げますわよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくだされ!」

 

 姿を消して、ようやく見つけたと思ったら突然おかしなことを言い始めた主の妻を、勝家は本気で心配した。彼女が日々毒草やら毒虫などを扱っているのは知っていたので、なにかに当てられたのかもしれないと。

 

「あら、何を待つの? 時間が惜しいと言いましてよ」

 

「い、いえ……たしかに姫様の言葉の通り、我らは織田家を天下にするべくこの血肉も魂も捧げるつもりですが……その」

 

 さあ天下を取ろう。はいわかりました、とはいかない。

 だというのに彼女は止まらない。

 

「なら問題などありませんわ」

 

「勝家殿!」

 

 再び訪問者。男は勝家を探しにきていたようで、帰蝶を見るなり目を丸くして驚いた。普段ならば礼を取るべき場面なのだが、よほど火急なのかそのまま叫ぶように要件を告げた。

 

「今川軍が攻めて参ります!」

 

「なに!? 数は!」

 

「正確な数はわかりませんが……二万とも四万とも」

 

 勝家は言葉を失った。報告しにきた男も見るからに消沈していた。なにせ織田の総戦力はどうかき集めても五千が精々。その少なくとも四倍以上を相手にしろというなら、それは死ねと言っているようなものだ。兵が逃げ出せばさらに数の差は出る。

 降伏か。籠城か。

 織田家でも無双と恐れられる勝家でさえ、その二つの選択肢しか頭になかった。

 

「それはちょうどいいですわ。ではまずは今川を落としましょう」

 

 あっさりと、穏やかな中にいつもより弾みのある声で帰蝶は告げる。

 

「出ますわよ。ついてきなさい」

 

「無茶ですお濃様!」

 

 引きとめようとした勝家の手は止まる。

 

「無茶?」

 

 まただ……また、勝家には彼女の横顔が彼の主君にダブって見えた。

 

「それでは駄目なんですの。この程度で足踏みをしているようでは」

 

 手紙には彼女の愛する彼の字で、たった一文こう書かれていた。

 

 『日の本を面白おかしくしたら僕を招待してください』

 

 ふざけているとしか思えない。しかしこれこそ彼なのだ。

 結局、彼女は信長への憧れは捨てられない。それでも彼のこの命令を果たすには、彼女自身が彼が楽しいと思える世界を自分で考える必要がある(・・・・・・・・・・・)。彼がそう促している。

 それが彼の優しさであることも彼女は気付いている。

 

「まずはこの国を落とします。必要ならばさらにその以上も。けれどそれはあくまで前戯。本番はその先。そしていつか必ずお迎えしますわよ。あの方が一生を楽しく過ごしてくださるような素晴らしい世界に!」

 

 そしていつか彼を迎えたその日にはもう一度、彼に告白をしようと彼女は決心するのだった。

 

 

 

 

 

 

「よかったのか? 勝手に帰しちまって」

 

「うん」

 

 帰蝶が帰っていった空を見上げる信長は頷く。

 己の身に余る霊格に抗った代償に気を失った帰蝶を信長は元の世界へ送り返した。召喚された者は約三十日間箱庭での自由を許される。本当に自由であるならば、帰還も出来ない道理はない。

 帰蝶はたしかに気を失っていたが、彼女は信長の言葉に二もなく頷く。故に信長の意志で彼女を箱庭から元の世界に帰すことは可能だった。無論、彼女がコミュニティに正式に加入していなかったから出来た方法だが。

 

 彼女が自覚している通り、信長は彼女に自分の横か、前に立っていて欲しいのだ。初めて自分の苦悩に気付いてくれた女性――――否、人間だったから。

 憧れを捨てろとは言わない。でも、もっと彼女には自分を大事にして欲しい。信長の言うままにただ生きていたら、それは結局父親の言う通りに生きていた頃と変わらない。

 

 だから彼女にはあっちの世界で頑張ってもらおう。彼女は強力なギフトは持たないが、その意志力は誰とも比較出来ないほど強い。才能なんてなくとも、彼女ならきっと面白おかしい国を創りあげてくれると信じている。そしていつかこの箱庭にいる自分へ招待状を届けてくれると。

 

「の、ぶ、な、が、君?」

 

 メラッ、と背後になにかを感じた信長は振り返る。

 帰蝶が気絶した後、信長が彼女の持っていた解毒薬を拝借して飛鳥達の毒を治した。そうしてから彼女を元の世界にと帰したわけだが。

 そこには飛鳥と耀と黒ウサギと、それとなぜかレティシアまで。

 

「言いたいことは色々とあるのだけれどとりあえず――――一発殴っていいかしら?」

 

 ディーンが吼えた。

 

「私も」

 

 竜巻の如く風が舞い上がった。

 

「黒ウサギもいいですかー?」

 

 帝釈天の雷が迸った。

 

「ん? よくわからんが私もいいか主殿」

 

 影が踊った。

 

「うわーなんかいつにもまして大人気だよ僕。どうしよう十六夜?」

 

 すでにかの少年はいなかった。絶叫と轟音が響き渡る。

 

 これはそう、箱庭にあったかもしれないとある一日……。




閲覧どーもありがとうございました!

>うん満足。帰蝶さんが書けて私は大変満足でした。残念なのは自分の創作力の低さだ馬鹿野郎!!
ギャグ成分が思いの外少なかったのが自分的に残念でしたね。もっとギャグラブコメ的な展開も面白かったかも……。

>さてさて次回はようやく本編に戻ります。えーと……五巻ですね。五巻といえば例の一・大・イベント!!
三・四巻、それと番外編で飛鳥を存分に書けたから次は耀が書きたいですねえ。ま、その場の閃き展開なので結局どうなるかは未知数ですが。
あと三日お仕事頑張ればようやく念願の二連休!ひゃっほう!

毎回書いてますが……勉強しろ俺。

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