問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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五巻 降臨、蒼海の覇者
一話


 朝から思わぬ痴態をペストに目撃されることとなったレティシア。いつもながら見事な金髪とフリル付きのメイド服を着こなす見た目十二、三の少女は《ノーネーム》本拠の広間へと足を運ぶ。そこにはズラリと並ぶ少年少女達。

 巨龍の一件よりすでに半月余りが経った。残された爪痕はそれなりに深かったものの取り返しのつかない人的被害は無く、収穫祭についても延期の形となった。その収穫祭も、有志の援助と《サウザンドアイズ》、それになにより南の新たな階層支配者(フロアマスター)、《龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)》連盟の努力によって復興の目処は早く立っていた。

 

 思うところがないわけでもない。なにせ《アンダーウッド》を半壊させた張本人はレティシア自身なのだから。たとえそれが無自覚であったとしても。

 それでも、もう帰って来られないと思っていたこの場所に、合わせる顔が無いと思っていた人達に、こうしてまた会えることが……この場所にいられることが彼女は嬉しい。諦めていたなにもかもを完膚なきまでに救ってくれた愛すべきマスター達。

 

 沈みかけた気持ちを立て直す。なにせ今から話すのは子供達にとってはとっておきのニュースだ。

 先ほどもあがった収穫祭。それに《ノーネーム》全員(・・)が招待を受けた。この全員とは魔王撃退の立役者である十六夜達はもちろん、ここにいる年長・年少組を含んだ全員である。

 送り主は《龍角を持つ鷲獅子》とある。より正確にするなら議長であるサラ=ドルトレイク。

 三年前の事件を折に、ほとんどこの本拠より出られなかった彼等彼女等にとって、このイベントは絶叫ものだろう。

 しかし同時に、彼等の行動が《ノーネーム》の評判を落とさぬよう釘をさしておく必要もある。

 

 レティシアはまず、ここを取り仕切る長としての振る舞いを見せるように彼等の前に立つに合わせて気を引き締める。

 子供達の筆頭、狐耳を立てるリリが報告する。

 

「レティシア様おはようございます! ね、年長組、全員揃ってます」

 

 どこか一瞬言い淀んだことを訝しみながらもレティシアは応答する。

 

「そうか。皆もおはよう。朝食は食べたか?」

 

「はい美味しかったです!」

 

「今日はご飯と目玉焼きでした!」

 

「レティシアちゃん今日も可愛いね!」

 

「昼食が待ち遠しいですッ!」

 

「それはまだ――――ちょっと待ってくれ」

 

 おかしい。何かおかしいものが混ざっている。

 答えは明確に頭に浮かんでいながら、レティシアはしばし考えるように眉間を抑え、視線をそちらへ。

 

「信長兄ちゃん、でもやっぱり目玉焼きには醤油だと思う」

 

「いやいや素材の味が大事なんだよ」

 

「えー! でもなにもつけねえと味しないじゃん」

 

「俺ソース!」

 

「わたしケチャップ!」

 

 あーだこーだと、目玉焼き論争をしている真っ只中に彼はまるで違和感なくそこにいた。先日の《アンダーウッド》での魔王撃退の立役者の一人……織田 三郎 信長。

 

「信長は飛鳥達と共に収穫祭まであちらにいるのではなかったのか?」

 

 レティシアは尋ねる。《ノーネーム》全員を祭に招待した折、ここには《龍角を持つ鷲獅子》の警備の者が数人いてくれる。つまり以前問題になった滞在日数については最早全員平等となったわけだ。最初から最後まで皆で楽しめる。

 子供達にあっちこっち引っ張られながら、信長はレティシアへ顔を向ける。

 

「うん。でもほら、そうすると収穫祭までレティシアちゃんやペストちゃんに会えなくなっちゃうし」

 

「…………それだけか?」

 

「うん」

 

 満面の笑顔の信長。疲れ果てたようにレティシアはため息を吐き出した。

 魔王を撃退した彼等は南の住人にとってちょっとした有名人となっている。特に戦いに参加していた者達の中にはライバル心を迸らせる者、憧れを抱く者……等など、理由に違いはあれど誰もが興味を抱いている。故に収穫祭が本格的に始まる前から行われるギフトゲームでもかなりの数の誘いを受けていたはずだ。

 それらを袖にして本拠に戻ってきた。それも理由は自分達に会いにきたという。――――いや、違う。本当の理由は別にある。

 

 女の子に会いにきただけ。非常に遺憾だが、彼の場合それだけの理由でここにいる可能性は充分……否、十二分にある。

 しかし今回に限ってはおそらく違うのではないだろうか、とレティシアは思った。

 もしかしたら信長は気付いているのかもしれない。自分が収穫祭に参加するつもりがないことに。

 当然のことだ。たしかに誰も死ななかった。取り返しのつかない被害は無く、レティシアに意識はなく、全てを企んだのは影で動いていた者達だった。――――だとしても、そんな理由でのこのこと自身の手で破壊した祭にどの面下げて参加出来るというのか。それに《龍角を持つ鷲獅子》の中にはレティシアを恨んでいる者だっていように。

 

 まったくもって本当に……。ため息を吐きながら、その実どうしようもなく抑えられない気持ちが彼女の胸を包む。傲慢にも、愚かにも、卑劣にも、不義理にも、彼女は嬉しかった。嬉しくてたまらなかった。

 助けてくれたただそれだけで充分なのにさらに与えられる優しさ。その優しさに、彼女の心はほだされていく。

 

「レティシア様?」

 

「ん? なんだ、リリ」

 

「い、いえなんでもありません!」

 

 それでもやはり行けない。自分には行く資格が無い。

 

 ――――そう改めて心に決める彼女だったが、信長がリリに授けたとある作戦(作戦名はロリっ子上目遣い涙目作戦)によってその決意は脆くも崩れ去るのはすぐのこと。但し、その事実が彼女に知れることはない。それもまた、彼の優しさなのかもしれなかった。…………多分。

 

 

 

 

 

 

 子供達がそれぞれの割り振られた仕事に奔走する。それを微笑ましく見守る三人。レティシアにペスト、そして信長である。

 

「そういえばさっきの話」ペストがレティシアへ顔を向けて「ジン達はともかく黒ウサギまで《アンダーウッド》に滞在中だなんて初耳よ。昨日まで本拠にいたでしょ?」

 

「ああ、黒ウサギは……」

 

 レティシアは不自然に言葉を切って窓から覗く陽光に目を細める。首を傾げるペスト。

 代わりに答えたのはまだ仕事の出来ないほど幼い少女を肩車した信長だった。

 

「黒ウサちゃんなら捕まったよ。白ちゃんに」

 

「…………は?」

 

 ペストは視線を信長に向けて首を傾ぐ。彼の言う白ちゃんとは、ここ東の階層支配者である白夜叉。名実共に下層最強を冠する彼女のことを白ちゃんなどと気安く呼ぶのは箱庭広しといえど信長くらいだ。

 けれど今はそんなことより彼の発言の意味をまったくもって理解出来なかったことが問題だった。

 詳細はまた代わってレティシアが話した。

 

「昨晩白夜叉と連れの者が来て半ば無理矢理……というか主殿はそのときいたのか?」

 

「白ちゃんの店にね。なんか面白いところに行くっていうから僕も行きたいって言ったんだけど……」

 

 『今回のことに限ってはおんしを連れて行くとややこしくなりそうだから駄目だ』

 

「……だってさ。仲間外れだなんて悲しいよー」

 

「どさくさに抱きつこうとしないで」

 

 飛びついてきた信長を蹴り飛ばすペスト。飛びつく前に幼女をちゃんと地面に下ろしている辺り、この男はわかっていてそうしているのが尚苛立たしい。

 

「階層支配者って本当に暇なの?」

 

 年がら年中、娯楽に費やしていそうな駄神――――もとい、東の支配者を見ているとそう思えてならない。

 

「そんなはずはない。巨龍の一件の間、東では魔王アジ=ダカーハの分隊が暴れていたらしいしな」

 

 信長が下ろした幼女をあやしながらレティシアが苦笑しながら答える。その話にペストは目を丸くする。

 

「アジ=ダカーハって《拝火教(ゾロアスター)》の魔竜のこと?」

 

「そうだが?」

 

 アジ=ダカーハとは《拝火教》に記された五大魔王が一角。三つの頭と巨躯を誇り、千の魔術を操るという。しかし真に恐るべきはそこではなく、この魔竜は傷口より自身の分身を生み出すらしい。それも本体より直接分かれた第一世代は神霊級。加えて本体はあらゆる攻撃に対して不死性を持つという反則極まりない。

 結論として対抗策は封印しか手段がなかった。

 

「何それ本気で怖い。箱庭ってそんな大物が首輪もないまま徘徊しているの?」

 

 一度はその箱庭を上り詰めるべく旗揚げした魔王は身を震わせる。

 

「――――へえ、面白そうだね」

 

 ペストとレティシアは振り返る。

 かつて白夜叉より功績として賜った白の道衣と黒の帯と袴。背中には《天下布武》というこの世界に喧嘩を売った四文字を背負う少年は、今の二人の話に怯えるどころか笑みを深めた。

 

「是非戦ってみたいね。本当に、絶対に、死なないのか」

 

 ペストとレティシアは揃って、ゾクンと背筋に寒気が走った。アジ=ダカーハはたしかに怖ろしい。しかし、今この瞬間においては目の前の少年の方が怖ろしい。そう思った。

 

「とはいえその分裂を食い止めたとなるとさすがは最強の《階層支配者》。仏門に神格を返上するや否や一撃で第一世代を五体葬ったとか」

 

 気をそらすようにレティシアは話題を進める。

 

「仏門に神格を返上とか……そこらへんのことは僕よくわからないけど、白ちゃんが前よりずっと強く見えたね」

 

「強くなった、というより戻ったのだがね」

 

「いやーほんと白ちゃんも意地悪いよねえ。でも益々惚れ直しちゃったよー」

 

 ケラケラと笑う信長からは先程のような圧迫感はすっかり消え去っている。彼のギフト同様、彼自身の性質を未だ計りきれないペストだった。

 そのことに気付いているのかいないのか、おそらく気付いた上で触れてこない信長は愉快そうに崩していた顔をぶすっとむくれさせた。

 

「あーあー、やっぱり一緒に行きたかったなぁ。あとでどんな場所だったのか黒ウサちゃんに聞かなくちゃ。せっかく代わりに(・・・・・・・・)連れて行ってもらったんだから(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 黒ウサギが拉致されたのはお前のせいか。心の中で二人のツッコミが重なった。同時に、とばっちりを食った哀れなウサギへ合唱するのだった。




五巻スターッット!原作復活!!そして閲覧ありがとうございます!

>さてさて皆様おまたせしました。五巻突入でございます。
原作でもここはお祭り騒ぎがメインの巻ですし、信長くんも一緒に騒がしてやりたいですな。特に《ヒップカンプの騎手》はどうやって絡ませていこうか。そしてあの眼帯兄さんとの絡みは。そしてそして、水着回とは!!?(しまったネタバレ)

>ようやくの二連休も早くも一日が消費……。悲しくも今日を過ごして明日は仕事……世知辛いぜ!

>番外編は都合によって二話ではなく三話構成にしました。

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