問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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三話

 響き渡る歓声。リリを含む多くの観客の視線を一身に受ける少女は、ただただ無言で同じ動作を繰り返している。それは信長にして凄絶な、そしてある種美しいとさえ感じる光景だった。だからこそ彼女はこの観客達の心を掴むことが出来た。

 けれど問題がないわけではない。それはとても重要……この場においては最も大切なことといっていいかもしれない。

 そう…………信長のお金がそろそろ底をつきかけていた。

 

 

 

 

 

 

 時は少しばかり遡って、信長はもぐもぐと口を動かしていた。

 

「この『しゅーくりーむ』ってやつ美味しいなぁ」

 

 かつての世界では味わえなかった食文化を存分に楽しんでいる信長。立食パーティーは基本無料の食べ放題。元々食べ物に特別な執着を持つタイプでは無かったが、こうも見慣れぬ食材で、食欲そそる香りが立ち込める料理が並べられれば胃も活発になるというものだ。そのくせ彼が手にとるのは尽く主食とは程遠いお菓子なのは如何なるや。

 兎も角、彼は思うままに収穫祭の夜を堪能していた。

 

「でもまぁ」口元のクリームをペロリと舐めとって「一人でお祭りを回るのは寂しいよねぇ」

 

 さっきまで十六夜や黒ウサギといたのだが、彼等とは早々にはぐれた。原因は好き勝手にパーティーに突撃してしまった彼自身にあるのだが。

 みたらしの串団子を二口で平らげ、そのまま所在無さ気にくわえた串を上下に揺らす。

 

「飛鳥ちゃんも耀ちゃんも見つからないし……いっそ舞台裏のサラちゃんと白ちゃんでも誘って――――あれ?」

 

 不意に見上げた空。夜間。それもそれなりに距離のあるそれを見つけられたのは信長の優れた眼があったからだろう。

 耀と飛鳥と《サウザンド・アイズ》の女性店員。空に浮かぶ美少女三人。

 見つけるなり人混みの上に飛び出した信長。屋台の屋根を蹴って、真っ直ぐ追いかけた。

 

「――――の、信長様!?」

 

 追いかけている最中、急降下した耀達。彼女達が地上へ降り立つのと信長がそこへ辿り着いたのはほぼ同時だった。そこには耀だけでなく十六夜と黒ウサギ、それとリリまでがいた。

 

「リリちゃんもいたんだー。レティシアちゃんの方は上手くいった? あ、リンゴ飴食べる?」

 

 パクリ。差し出したリンゴ飴に食いついたのは驚く狐耳の少女ではなく、何故か座った目をした耀だった。

 

「むー。むむむーむむ(行こう。早く行こう)」

 

 何を言っているのかまったくわからない。どうして足元に目を回している飛鳥や女性店員が転がっているのかとか特に。

 けれど問答は無用のようで、彼女は信長とリリの手を掴むなり再び空へ舞い上がる。抵抗する理由もさして無い信長は流されるまま空へ。下方でこちらを呆然と見上げる黒ウサギ、呆れる十六夜へ手を振っておいた。

 

 

 

 

 

 

 そうして辿り着いたのは先程までいた最下層広場より一つ上の広場。以前レティシアが話していた南の名物料理がここで食べられるらしい。なんでも斬る・焼く・食べる、という単純な手法の肉料理。信長の世界よりずっと原始的だ。

 そして出てきた料理はその通り、まさに『肉』を一言で表現した豪快極まりない料理だった。それを、今一人の少女が一心不乱に食べ尽くしていく。比喩ではない。正しく食べ尽くそうとしている(・・・・・・・・・・・)

 並べられる巨大な肉の塊を前に、彼女の存在は完全に浮いていた。テーブルについていたのは耀を除けば皆屈強な男達だったから。しかし今や彼等は無様に転がっている。最初こそ耀に対抗心を燃やして皆必死に肉に齧りついていたのだが、三皿目に突入した辺りで一様に脱落していった。四皿目に突入した者はいない。

 今食べ続けるのは耀だけ。そんな彼女は遂に――――六皿目に突入した。

 

「ば、馬鹿な!? あの小さな口がこの速度で食べ続けられるわけが……!」

 

「いやそれ以前に、もう明らかにあの女の体積より食べた肉の量の方が多いだろうが!!」

 

「そんなこたぁどうでもいい! テメエら! 絶対に負けるわけにはいかねえぞ!!」

 

 勝手に対抗心を燃やすのは料理人達。しかしそれもいつまでのことやら。そしてここにも悲鳴をあげる者が一人。

 

「の、信長様……?」

 

 そろりと覗くリリの視線の先、地面に膝をつく着物の少年の姿が。

 今夜の立食パーティは基本無料の食べ放題。しかしこの名物料理に限ってはお祭りの色が強く、通常通り料金を取っている。ただし今回の売上は《アンダーウッド》の復興資金に当てられるそうなので面白半分、加えて良心から料理を注文する者が多い。

 その話を信長達が知ったのはここについてからだった。料理の値段は決して高くはないが、安くもなかった。

 耀は困った。精霊の追跡によって無料の方の料理はまだろくに食べていない。その空腹を癒すには今の手持ちでは些か以上に心許ない。彼女はクルッと振り返って、

 

『信長』

 

『なーにー?』

 

『約束したよね。お願いきいてくれるって』

 

 にっこー、と笑う耀。

 北でのペストとのギフトゲームの後、たしかに信長は彼女と約束をした。耀に病のことを黙ってゲームに参加したこと。その償いとしてお願いをきく、と。

 しかしまあ、そんな約束など必要なかったと思う。笑った耀が可愛い。可愛い女の子からのお願い。それだけで彼の答えは誰もが予想通りだった。

 

『いいよ! いくらでも奢っちゃう!』

 

 かくして、耀は思う存分肉を喰らい、潤沢に丸々と肥えていた信長の巾着はただの布切れになるまでやせ細った。

 まさか彼女の食欲がここまでとは……。いや、たとえ知っていても信長は断らなかっただろうが。

 

「僕は……」

 

 膝をついた状態でブルブルと震えていた信長は勢い良く立ち上がって、

 

「僕は耀ちゃんが幸せそうだからそれでいい!!」

 

「おおよく言ったにいちゃん!」

 

「いけいけお嬢ちゃん! 料理人共をぶっ倒せー!」

 

 同情の目を向けていた観衆も一転、耀へ声援を送り出す。

 そうか、これが愛なのか……と間違った納得をするリリ。ツッコミが一人いれば教えてくれただろう。あれは『馬鹿』というのだと。

 

 

 

 

 

 

 一種の催しのような賑わいを見せる広場を信長は気分良く見回す。元々彼はこういった馬鹿騒ぎは昔から好きだった。何より耀とリリが楽しそうにしている。世界に退屈を覚えてからは心から楽しめる行事がめっきりなくなってしまって、もっぱら一人寂しく過ごしていたものだ。

 空になった巾着袋をそっと懐に戻したとき、ふとその会話は聞こえてきた。

 

「フン、なんだこの馬鹿騒ぎは。《ノーネーム》の屑が意地汚く食事をしているだけではないか」

 

 そちらを見れば声の主は身なりの立派な大男だった。有翼人というのだったか、皆一様に背中から翼を生やしている。中でも今の声の主、彼等の中で一際威圧感を持つ男の背中からは逞しい鷲の翼が生えていた。

 彼等は観衆に混じって楽しそうに笑う耀を冷めた目で見下し、時折蔑みの言葉を吐き出していく。

 

「所詮屑は屑」鷲の翼の男吐き捨てるように「如何なる功績を積み上げようが《名無し》の旗に降り注ぐ栄光などありはしないのだから」

 

「そんなことありません!」

 

 思わず喧騒が鳴り止むほど大きな声があがる。それは翼の男達に向けられたものであり、男達の視線が集まる。涙が零れそうな目で男達を見つめる狐耳の少女。リリだった。

 

「なんだこの狐耳の娘は」

 

「私は《ノーネーム》の同士です! 貴方の仲間達への侮辱、たしかにこの耳で聞きました! 直ちに謝罪と訂正を求めます!」

 

 珍しく……いや、彼女がここまで怒りを顕にするのを信長は初めて見た。身内からすれば普段からは想像も出来ない彼女を前に、男達は鼻で笑った。一歩前に出たのは取り巻きの一人。

 

「君が誰かなのはよくわかった。――――しかし君もこの御方が誰かわかっているのか? 《二翼》が長、幻獣ヒッポグリフのグリフィス様ですよ?」

 

 《二翼》――――《龍角を持つ鷲獅子》連盟における運搬を担当するコミュニティ。運搬といっても運ぶのは物だけではなく戦車(チャリオット)として戦場を駆ける。先の戦いでも多くの幻獣達が前線に出ていた。

 鷲の翼の男はその長であった。

 男達の正体に一瞬怯んだリリだったが、またしても珍しく彼女は退かなかった。今この場において、相手の立場など彼女にとって問題ではないのだ。故に彼女は重ねて謝罪を要求する。その態度に、僅かばかり苛立ちを募らせた男が叫ぶ。

 

「ハッ、分をわきまえろ。グリフィス様は時期《龍角を持つ鷲獅子》の長になられる御方。《ノーネーム》如きに下げる頭などないわ」

 

「それってどういう意味かな?」

 

 ここでようやく割って入った信長。目の前の観衆が割れて、リリと《二翼》までの道が開ける。

 

「私も聞きたい」

 

 加えて耀も。いつの間にか食事の手を止めて騒ぎの中心にまで来ていた。

 

「劣等種族がぞろぞろと」鬱陶しそうに吐き捨てるグリフィス「あの女から聞いていないのか。あの女は龍角を折ったことで霊格が縮小し、力を上手く扱えなくなった。元々龍の力を見込まれて図々しくも議長の座についていたのだ。それを失えば退くのが道理だろうが」

 

 信じられないといった表情の耀。観衆も、思わぬ真実に動揺が広がっていた。

 そんな中でグリフィス達だけがいやらしく口元を歪めて笑う。

 

「なんなら本人にでも聞けばいい。龍種の誇りを無くし、栄光の未来を自ら手折った愚かな女にな!」

 

「――――訂正して」

 

 それは冷えきった耀の声だった。普段から特別抑揚のある喋り方ではないが、今は普段のそれとは種類が違った。明らかに彼女は怒っている。

 

「サラは愚かな女じゃない。彼女が龍角を折ったのは《アンダーウッド》を守るため……私の友達を守るためだ」

 

 あのとき、サラは命を賭して約束を守ると叫んだ飛鳥を守るため、己の誇りを躊躇わず折ってみせた。その場には信長もいた。

 それを、愚かだと罵るグリフィスに彼女は生まれてより覚えがないほど激しい怒りに包まれていた。

 真っ直ぐグリフィスに近付いてくる耀。それを取り巻きの男が遮ろうとして――――吹き飛んだ(・・・・・)

 

「――――え? あ、がッッ!?」

 

 有翼人とあろうものが、否、空を駆ける幻獣であろう者が無様にも空でもがきながら貯水池へ落下した。

 それを為したのは間違いなく耀。先程までなかった、彼女の足には《光翼馬(ペガサス)》を模したレッグアーマーが装着されており、ペガサスの光とグリフォンの旋風で男を蹴り飛ばしたのだ。――――ただその行為をほとんどの者が目で追えなかった。それほどに速かった。

 

「貴様――――ッ!」

 

 眼の色を変えて耀に掴みかかろうとする別の男。しかし男の伸ばした手は耀に触れることなく、それどころか不意に力無く倒れてしまう。倒れた男の背中には白い蒸気をあげる刀傷。

 鈴の音のような鯉口を叩く音。観衆の、耀の、グリフィスの視線が一挙に集まる。

 

「あのさぁ、無視されると僕も悲しいんだけど」

 

 無言で離れる観衆の真ん中で信長は微笑む。

 耀に睨まれながらもまるで動じないグリフィスは忌々しげに信長を睨んで、

 

「それほどに貴様等はあの女が気になるのか。だがそれも似合いだ。弱者は弱者同士で傷の舐め合いでもしているが――――」

 

「どうでもいいよ、そんなこと」

 

「……なに?」

 

 グリフィスは怪訝に眉を潜める。

 

「余計なことばっかりペラペラペラペラ。僕が最初に訊いたのは君達の内輪揉めのことなんかじゃないよ。そんなことより……《ノーネーム》如きに下げる頭は無いだって? ――――舐めるなよ」

 

 一瞬、信長の顔から笑みが消えた。途端に心臓が止まるような鋭い殺気が突き刺さる。それは直接殺気を向けられていない周囲の者達まで息を飲み、膝を震わせるほどの。グリフィスにして、距離にしてみれば信長より近くにいる耀を思わず頭から消して身構えてしまったほどに。彼女だって怖れるほどではないにしろ、脅威程度には感じていたのにもかかわらず。

 笑みが消えたのは本当に一瞬だった。すぐにまた信長の顔には貼りつけたような微笑みが戻る。冷えきった殺気は変わらないが。

 

「君達は今、一体誰に敵意を向けているかわかってる? リリちゃんを泣かせて、耀ちゃんから笑顔を奪って、せっかく僕も楽しんでいたのに台無しだ。それに比べれば君の《龍角を持つ鷲獅子》の長の座の話なんて心底どうでもいい」

 

「貴様!」

 

「まあそれでも」グリフィスの言葉を遮って「僕はサラちゃんのことも大好きなんだ。彼女はあのとき命を懸けて戦った。捨てたんじゃなくて、生きるために戦った。それを笑う君の声は……耳障りだ」

 

 雷が広場を踊った。

 突如としてその姿を変貌させるグリフィス。鷲の上半身と馬の下半身を持つ幻獣、ヒッポグリフ。稲妻と暴風がグリフィスを中心に荒れ狂う。

 逃げ惑う観衆達。耀と信長、そして少し離れた所にいるリリだけが広場に残る。

 

『思い知るがいい! このグリフィス=グライフこそが第三幻想種、《鷲獅子》と《龍馬》の力を持つ最高血統の混血であると!』

 

「言いたいことはなんとなくわかるけど、何を言ってるかわからないよ」

 

 生憎信長には耀のように動物と会話する術はない。

 雷と暴風を纏うグリフィス。光と風を纏う耀。そして信長は炎を纏った。

 

「来なよ。どうせなら命を懸けて」クスリと信長は嘲笑を浮かべる「――――もっとも、サラちゃんと違って君如き(・・・・)の命を懸けたところで何のことはないだろうけどね」

 

『後悔するなあああああああああああ!!』

 

 三人が間合いを詰める。そこに、

 

「はい、そこまで」

 

 三人の内、誰のものでもない無遠慮な声が割り込んだ。




閲覧ありがとうございますー。

>てなわけで時間差あとがきー。これぞ本当のあとがきですね!(うん。黙ろう)

>とはいうものの書く内容が意外と無かったり……。今回ほぼ原作の場面ですしねぇ。
本当はこのお祭りで耀とデートさせても面白いなぁ、とか妄想していたのですよ。以前の約束で奢らせるのを理由に誘ってみたものの、耀ちゃん実は顔赤いとか可愛い!

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