問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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四話

 衝撃による烈風が周囲の物を薙ぎ払う。反射的に腕で顔を庇っていたリリは烈風が収まるとそっと覗き見る。するとちょうどそのとき、互いの拳が交差した耀とグリフィスがすれ違うように倒れ伏した。――――二人共に(・・・・)

 

「よ、耀様!」

 

 相討ち――――否、激突は三人であった。必然そこに残るのはあの着物の少年だけであるはずなのだが、もう一人そこには立っているものがいた。

 

「危ないなぁ。急に飛び出してくるからびっくりしちゃったよ、蛟劉さん」

 

 弾んだ声をあげて信長が笑う。グリフィスとの問答で冷め切っていた彼の表情は、どういうわけか今はいつぞやのペストとの戦いのときのように狂気の熱がこもっている。

 長刀を振るう信長の右腕は振り切る前に停止している。原因はその腕を掴む手。

 手を辿った先で、左目を眼帯で覆う男もまた信長と同じような笑みを浮かべていた。引き裂くように笑う口を開ける。

 

「よう言うわ。割り込んできたのが僕だってわかった途端、斬りつける速度上げたくせに。おまけに軌道まで変えてばっちり首狙ってるし」

 

 信長はニコニコ笑うばかり。しかし否定はしない。

 

「おかげで余裕がなくなって手加減し損ねて二人共気絶させてしもうた」

 

 リリには何が起こったのかさっぱりだったが、今の会話を聞くかぎり二人を気絶させたのは蛟劉らしい。耀の強さはもちろん彼女も知るところだが、グリフィスの強さも漠然とだがわかる。二人の実力差までは自分程度にわかるはずはないのだが、その二人を不意打ちとはいえノックアウトし、加えて信長の攻撃を受け止めた蛟劉がさらに桁違いの強さを持っているのだということもわかった。――――が、何より先に彼女の中に生まれたのは『耀が気絶しているだけ』ということへの安堵だった。

 

 信長と蛟劉。二人の硬直は唐突に解かれた。

 腕を抑えた蛟劉があっさりと手を放したことで、信長も刀を下ろしたのだった。

 明らかに不満そうな表情を浮かべる信長。

 

「もう終わり?」

 

「終わりも何も、僕はこの喧嘩を止めにきただけや。それ以上の理由が無いんやから、その先(・・・)も無い」

 

 信長には取り合わず、蛟劉は次に遠巻きに見ている観衆へ叫ぶ。

 

「ほら、はよ怪我人を医務室連れてったり」

 

 『勿論部屋は別々にな』と付け加える。その言葉に我を取り戻した皆々は動き出す。耀によって貯水池に落ちた者を引き上げ、信長によって斬り捨てられた者をテントの布とテーブルで作った即席の担架に乗せる。こうして見てみると傷を負ったのはグリフィス達側だけだった。

 リリも倒れた耀へ駆け寄る。胸元が規則的に上下しているのを見て改めて安堵の息を漏らした。

 

「耀ちゃんは僕達が連れて行くよ。まあ、平気だとは思うけどね」

 

 言いながら信長が耀を抱き抱える。

 手加減をし損ねた、と蛟劉は言ったが、それでも充分に手加減はしていてくれている。でなければもう少し傷らしいものがあってもおかしくはない。ただしその場合、理由はどうであれ仲間に手をあげられた信長がこのまま大人しく立ち去ることなどなかったわけだが。

 

「――――ああ、でもやっぱりなぁ」

 

「どうしたんですか信長様?」

 

 不意に立ち止まる信長。リリが不思議そうに首を傾げた。

 気付けたのは、ピクリと反応を示した蛟劉だけだった。

 首だけを回して振り返る。その視線の先、二人の手下に担がれる気絶したグリフィスを瞳に捉えて、途端、炎が広場を巻いた。

 

「そいつを生かしておくのは嫌だなぁ」

 

「ひっ!」

 

 悲鳴をあげたのは手下の一人。もう一人も声をあげなかっただけでほとんど反応は同じだ。危うくグリフィスを落としかけて必死に支え直す。

 しかし今や彼等は《レーヴァテイン》の炎に取り囲まれている。入り乱れる観衆を縫うように避けて、正確に彼等だけを補足している。――――いや、実際信長が見ているのはグリフィスだけである。故にグリフィスを見捨ててしまえば彼等の命ぐらいは助かるかもしれない。そう、かもしれない(・・・・・・)

 《ノーネーム》の実力がデマや誇張でないことは最早明白だ。耀の強さにしてグリフィスと同等、もしくはそれ以上。しかしその彼女を前にしたときでさえ、ここまで絶望を感じることはなかった。

 だから、グリフィスの手下達はこの場にこの男がいたことを深く感謝することになる。

 

「やめとこうや、もう」

 

 言葉と共にグリフィス達を囲っていた炎は一部から順に霧散していく。その始点に立つのは蛟劉。この場において唯一、力でもって場を収めることが出来る者。

 

「これ以上はやり過ぎや。やれば完全な敵対行為。《二翼》……いや、《龍角を持つ鷲獅子》を敵に回すことになるで?」

 

 今現在で深い傷を負ったのはグリフィスの手下だけ。この騒動のそもそもの原因がグリフィス達にあることを考慮すれば、この程度ならまだ穏便に済ませることも出来る。しかしここで《二翼》頭首のグリフィスまでを殺してしまえば、さすがに残った《二翼》のコミュニティメンバーは黙っていられないだろう。そうなれば、まだ連盟の繋がりを持つサラ達《一本角》を含めた《龍角を持つ鷲獅子》もまさか放っておけるはずもない。

 これはまだ信長達の知るところではないが、いずれ彼等は連盟ではなく一つのコミュニティとして統合される。そうなる以上、身内がやられて黙っていれば後々の亀裂のきっかけとなる。

 

「君等がサラ=ドルトレイクの名誉を守ろうとしたことは聞いた。でも《龍角を持つ鷲獅子》を敵に回すっちゅうことは彼女も敵になるんやで」

 

「それがなに?」

 

 さらっと、本当になんてこともないように信長は言ってのけた。さすがの蛟劉も隻眼を丸くして言葉を失う。

 

「僕が怒っている理由は彼等が僕達を嘲笑ったことで、サラちゃんのことについてはついでみたいなものだよ」

 

 それでも怒っていることには変わらないけどね、と笑って付け加える信長。

 

「少なくとも僕はサラちゃんと戦うのに拒む理由は無いよー。むしろ嬉しいかな。初めて会ったときから一度は戦ってみたいと思ってたから」

 

「……なら君は、その結果彼女を殺してもええんか?」

 

「うん。なにかおかしいかな?」

 

 周囲は唖然とした。おかしいか、と彼は尋ねた。おかしい。異常だ。

 親しくしていた者を貶されて、それに怒りを覚えるまではまだいい。しかしその結果としてその親しい者まで殺すことになるのを良しとするなど、それを嬉しいとのたまうことを、異常と言わずなんというのか。

 

「とりあえずその鳥馬はあまりにも目障りで耳障りに過ぎる」

 

 ようやく信長という少年の異常性を理解した者達は結果としてより一層彼の殺気に寒気を感じていた。

 ――――唯一人、蛟劉だけはなんとなく信長の言葉を理解出来た。彼にとって親しいことは殺さない理由にならない。たとえ心から愛した者でさえ、彼の理に従えば殺すことに躊躇いは無いのだろう。

 そしてこの場合、グリフィスへの不快感からの殺意と、サラへの高揚感からの殺意はイコールとならない。

 だとすればこの方面から問うても信長の殺意は削がれないと思った蛟劉はチラリと視線を横に動かす。

 

「でもそんなことになれば、隣の狐耳のお嬢ちゃんが悲しむんと違う?」

 

 蛟劉から送られたサインに気付いたリリはハッとして信長に詰め寄る。

 

「は、はい! 信長様が今ここで戦い始めたら嫌です! せっかく仲良くなったキリノちゃん達とこんな形で争うなんて嫌です!」

 

「ならやーめた」

 

 総出でずっこけた。

 

「ほんとうですか!?」

 

「うん。僕がリリちゃんが悲しむようなことするわけないじゃない」

 

 その言葉に嘘はないようで、信長の周囲を旋回していた炎は消え去り、冷たく重苦しい殺意も霧散していた。

 呆気無い終劇。

 

「ほんまに面白い……ちゅーよりけったいな子やなぁ」

 

 呆れたように笑う蛟劉だった。それなのに、言葉とは裏腹にその隻眼にはどこか苛立ちめいた感情が見えた。

 

 

 

 

 

 

 蛟魔王・蛟劉。かつて数多の神仏を相手取ってみせた七人の義兄弟によって構成された魔王軍、七大妖王が第三席。本来なら海で千年、山で千年修行を積むことにより得られる《仙龍》の霊格を半分の過程で済ませるため、生物は決して耐えられないとされる海底火山で千年の修行をやり遂げた男。

 七大妖王といえば、箱庭における魔王の代名詞の一つともされ、又魔王の烙印を押されながら未だ存命する古強者。その一角ともなれば並の者では相手にならない。現に彼の実力はここより遥か上、四桁の上層である。

 けれどそれも昔の話。ある出来事を境に、彼はかつて溢れんばかりに燃え盛っていた闘志も野心も無くした。誰が呼んだのだったか、《枯れ木の流木》。

 

「まったく、言い得て妙やね」

 

 過去の傷に苛まれて抜け殻となってしまったこの体。行く宛もなくゆらゆらと各地を流れる自分は正しく枯れ果てた流れ木だ。

 しかし今日ばかりは少し気分が良かった。というのも、十六夜達にせがまれて語って聞かせた武勇伝。昔の話をすれば仲間を失った心の傷が痛むだろうと最初こそ乗り気でなかったが、話し始めれば存外に彼自身も楽しんでいた。

 やはり、たとえどんなことがあろうともあの日々は、あの熱く楽しかった日々は色褪せることはなかった。

 出来うるなら、またあの日に戻りたいと願う自分がいる。

 

「まったく我ながら女々しい」

 

「誰がだ?」

 

 一人静かに月を見上げて酒を煽っていた背中にかけられた鈴の音のような声。声だけでそれが誰なのかわかったが、蛟劉はあえて振り向き、自分の想像した通りの人物だったことに驚いた。

 

「なんや、随分懐かしい御方の登場やね」

 

「うむ。おんしと会うのは久しいな、蛟劉」

 

 リン、と今度は本当に鈴の音が鳴った。月夜に輝く銀髪を止める鈴付きの(かんざし)。紫色の着物を着こなす絶世の美女。立ち姿は本当に美しいのだが、女性が浮かべる憎たらしい微笑がその全てを台無しにしていた。

 白夜叉は夜風を蹴散らすように無遠慮に近付いてくると断りもなく蛟劉の隣にあぐらをかいて座った。虚空から酒瓶を取り出すと自らで酌をして、一気に煽った。

 

「他の妖王達とは違い、おんしだけはどうしても消息が掴めんかった」

 

「あれ? 僕のこと探してたん? 全然気づかんかったわ」

 

「嘘をつけ」

 

 白々しい物言いに白夜叉は横目で睨みつける。間者を放つ度に計ったように姿をくらましていたのがまさか全部偶然のはずもない。だからこそ今回は絶対に逃さないために、失せ物の探索にはうってつけである《ラプラスの小悪魔》を連れてきたのだ。そうでなければこの場所の特定すら難しかっただろう。

 

「ほな、これで長兄からの遣いも終わりやね」

 

「遣い? 牛魔王から?」

 

 七大妖王が長、《平天大聖》――――牛魔王。蛟劉等の兄にして、《斉天大聖》、美猴王・孫悟空と肩を並べた魔王。

 白夜叉にして悪童と言わしめる彼から、蛟劉は何事かを任されたという。

 蛟劉は懐を手で弄り、一通の封書を取り出す。

 

「これは?」

 

「例の《階層支配者》襲撃件について。北を襲った魔王とその主犯格らしい連中、だそうや」

 

 白夜叉の顔が強張る。その情報は正に今彼女が求めているものだった。

 災厄たる魔王が秩序の象徴である《階層支配者》を襲う。それ自体はさして珍しい話ではない。しかし近頃起きているのはそれよりずっと厄介なことだ。複数箇所の《階層支配者》達を互いに連携が取れないよう同時に、そして最も相性の悪い魔王を計画的にぶつけてくる。偶然とはいえない。なにせ彼女自身も二度襲われ、内一度目、ペストとのゲームではあわや陥落の寸前まで追い詰められた。

 襲ってくる魔王達が実行犯だとするならその背後には必ず糸を引くものがいるはずだ。

 受け取った封書を眺めて考えこむ白夜叉。

 

「んー! ようやく肩の荷がおりた」

 

 肩を回して揉みほぐす仕草をする蛟劉。

 

「百年ぶりに会ったと思ったら手紙の遣いや。まったく人付き合いの荒いで」

 

「仕方あるまい。この封書の中が真実であるなら連中に襲撃される危険もあった。だからこそ、信頼出来るおんしに任せたのだろうよ」

 

 苦笑してそう言う白夜叉。

 それに対する蛟劉も苦笑いを返した。いや、それは自嘲であったのかもしれない。

 しばらくそうして沈黙の中酒が飲み交わされる。ふと、三日月を見上げた白夜叉が尋ねる。

 

「今はどこぞでコミュニティの長をしておるのか?」

 

「はっ、まさか」心底おかしそうに「柄じゃないの知ってるやろ?」

 

「それこそ謙遜だ」対して白夜叉は真剣な顔つきで「星の深淵、海底火山で千年もの修行を経て得た『龍』の霊格。おんしを訪ねる者も多かろう」

 

「それが面倒なんや。このチンケな《覆海大聖》の旗下は一人しか入れんよ」

 

 そう言った蛟劉は笑っていた。しかしその瞳には、言葉には、たしかな拒絶が感じられた。

 かつて己の力不足故に仲間を失った彼は、もう二度あのときのような気持ちを味わいたくなかった。だからもう仲間は、大切なものはいらない。どうせ自分では守り切れないのだから。

 なんという腑抜けだと蛟劉は心の中で自らを嘲笑う。それでも、もう繰り返しは御免だ。

 

「そうだね。僕としても貴方がいればそれで充分かな」

 

 蛟劉と白夜叉、二人が揃って振り返る。闇夜に包まれた木々から月明かりの下に姿を現したのは信長だった。

 

「なんだ。ついてきたのか、信長」

 

 白夜叉が声をかけると信長は軽く挙げた右手を振って挨拶を返す。

 

「こんばんは白ちゃん。――――それに蛟劉さん」

 

 白夜叉は特に気にしたふうもなく、杯を口に傾ける。

 蛟劉の方は、少なくとも歓迎していなかった。というのも、実は蛟劉は彼のことがどうも苦手だった。明確な理由は存在しない。信長と会話を交わしたのは二度。そのどちらも彼は自分に対して好戦的な態度を現した。けれどそれは苦手になる原因ではない。むしろ血気盛んな若者は好きな方だ。

 ならば何故か。彼を見ると、何故か無性に苛立つのだ。どうしようもなく心がざわつく。

 

「……おんしらなんかあったのか?」

 

 妙な空気を感じ取った白夜叉が呑気な調子で尋ねる。

 

「なんにもないよ。ねえ、蛟劉さん?」

 

「ああ、なんもないな」

 

 朗らかに笑う信長。突如、その周囲を炎が取り巻く。夜闇を切り裂いて顕現した炎。

 シャン、と静かな音を奏でたのは、信長が腰の鞘から《レーヴァテイン》を抜いた音だった。

 

「じゃあ蛟劉さん、いい加減相手してよ」

 

 三度目。やはり彼は蛟劉に対して刀の切っ先を向けた。

 相変わらずだ、と呆れたように首を振る白夜叉。

 蛟劉も困ったように笑い首を振った。

 

「だから言うたやろ。僕は誰とも戦う気がない。――――というより、戦う気が起きひんのや」

 

 最早己の中に、かつての闘争心は無い。そんなものは根こそぎへし折れてしまった。

 だというのに、

 

「ふふ、面白い冗談を言うね」

 

「冗談?」

 

「戦う気が起きないだなんて、冗談じゃないならなんなのさ?」

 

 クスクスと、本当におかしそうに笑う信長。

 ざわり……また、蛟劉の中で何かが唸った(・・・)。それが何かはわからないが無理矢理押しとどめる。

 

「何を言いたいのかわからんな。それに君は僕のこと嫌いなんやろ? なんでそない絡んでくるんや」

 

「蛟劉が嫌い? なんで?」

 

「なんでって」困惑した様子で蛟劉は「言うとったやん。死んだように生きてる奴が嫌いって」

 

「言ったよ。大嫌いだねそんな人。――――でも貴方は違うでしょ?」

 

 コロコロと喉を転がすように笑う信長は言った。

 

「だって僕達は似てるもん」

 

 今度こそ間違いなく蛟劉は困惑した。信長の言葉が理解出来なかった。

 

「十六夜達に聞いたよ。蛟劉さんは昔仲間を失ったって。悲しかっただろうね。怒りが込みあげてきただろうね。でもさ、僕も貴方もそんな程度のことで(・・・・・・・・・)戦えなくなるような情に厚い人じゃないでしょ?」

 

 蛟劉の顔から笑みが消えた。同時に噴き上がる怒りという名の闘気が木々を騒がす。

 それに気付いていながら信長は続ける。

 

「怒った? でも本当のことだよ。感情が無いわけじゃない。仲間が傷付けられれば怒るし、悲しければ泣ける……」

 

 『多分ね』と茶化すように笑う。

 

「でもその次の瞬間には、仲間を倒すほどの強敵を前にして喜び笑える薄情な人間だよ、僕等は」

 

「……クックック、こいつはあかんわ」

 

 再び蛟劉の顔に笑みが戻る。ただし冷たい、異物を目にした殺意の込もった冷笑。

 彼はそのまま傍らの白夜叉に向き、

 

「こいつ、今殺さな絶対後悔するで?」

 

 確信があった。目の前の少年はやがて災厄をもたらす。まさしく魔王としてこの箱庭を血に染めるだろうと。

 しかし、秩序の守護者たる白夜叉は蛟劉の言葉に酷薄な微笑を浮かべて答えた。

 

「なら、おんしがやってみるか?」

 

 蛟劉は気付く。彼女も信長の孕む狂気は承知しているのだと。その上で彼女は彼を見逃している。そこにどんな思惑があるのかまでは自分にもわからない。

 そして、もう一つ気付いたことがある。非常に、彼にとって非常に認めたくないことだった。

 自分が信長のことを苦手な理由。彼を前にするとどうしようもなくざわめく心。苛立つ気持ちの正体。

 似ているのだ。信長は自分に。

 あの頃の、『彼女』と共に戦場を駆け回った恐れ知らずの自分と。

 だから、こんなにも苛つく。

 

「今わかった。僕は君が嫌いや」

 

「そう? 僕は貴方のこと好きだけど」

 

 噛み合わない――――否、噛み合ってしまうから嫌いなのだ。

 

「けどあれだよ。僕と戦うときは余裕見せて、そんなヘマはしないでよね」

 

 ため息混じりにそう言った信長はちょいちょいと脇腹を示した。

 

「なんや、気付かれとったのか」

 

 二人だけが通じ合う中、白夜叉だけは首を傾げて信長が示した蛟劉の脇腹を見る。青黒く腫れた傷を発見して彼女は目を丸くした。

 

「おんし傷を負わされていたのか?」

 

 白夜叉に見つかったことにバツが悪そうに蛟劉は苦笑する。

 

「あはは……まったく大した女の子やったで。気ぃ失ってるのに腕の隙間を縫うように一撃入れよった」

 

 実際は本気で殺しにきた信長の一撃を止めるのに気を取られたことも理由の一つだったが。

 白夜叉はしばらく考えこんでいたと思うと突然声をあげた。

 

「オイ、まさかおんし黒ウサギに手を上げたのではあるまいな!?」

 

「「へ?」」

 

 蛟劉達が揃って疑問符をあげた。

 

「ちょ、ち、違う違う! 僕が喧嘩を止めたのはグリフィスの小僧とショートカットの女の子! 名前はたしか……」

 

「耀ちゃんだよ」

 

「……あの春日部 耀がおんしに手傷を?」

 

 困り顔の蛟劉を助けるように答えを教える信長。

 その話を聞いて本気で驚いた様子の白夜叉。この収穫祭の参加者で蛟劉に手傷を負わせられるような手練は極々僅か。それが女となれば該当するのは黒ウサギかフェイス・レスぐらいのものだろうと彼女は考えていた。

 耀はたしかに強い。これからもっと強くなるだろう。それでも、少なくとも白夜叉が知っている彼女では間違っても蛟劉に一撃入れられるほどの力はなかった。

 

「稀にああいう天才児がおるから下層は面白い」

 

 クツクツと笑う蛟劉の姿は僅かにだが、かつて魔王と恐れられた男の笑みに戻っていた。

 

「お、ちょっとやる気出てきた?」

 

「うっさい」

 

 幼子のように声を弾ませる信長を邪険に一蹴。

 それを眺めていた白夜叉はニヤリと笑う。

 

「蛟魔王、それと信長。一つ提案がある」

 

 二人の視線が白夜叉へ。彼女の視線はまず蛟劉へ向く。

 

「おんしが望むなら《斉天大聖》に会わせてやってもよい」

 

「なんやて?」

 

 蛟劉の眼の色が変わる。惨めに漂うだけしかしてこなかった彼の唯一の願い。今のこの腑抜けた自分を変えてもらいたくて今一度彼女に会いたかった。

 

「ただし条件が二つ。一つはサラ=ドルトレイクが《階層支配者》になれるよう手を貸すこと。二つ目は《ヒッポカンプの騎手》に出て優勝すること」

 

 白夜叉はどうしてもサラに南の《階層支配者》になってもらいたかった。それは個人的な感情以上に、これから先起こり得る戦いに備えて。

 グリフィスも決して弱くはないが、それでもサラには劣る。力はあっても『器』ではない。

 次に、白夜叉は信長へ視線を向ける。

 

「おんしもこやつと戦いたいならギフトゲームに出るがいい。ま、ルール上殺しは御法度だがな」

 

「うーん」

 

 唸り声をあげて考えこむ信長。彼としては蛟劉とは殺し合い(戦い)に来たのだ。それをお預けにされた上に用意された戦場は殺しは御法度のギフトゲーム。正直あまり乗り気にはなれなかった。

 

「それにおんしには一つ頼まれ事を受けてもらいたかったのだ」

 

 しかし続けざまの白夜叉の言葉を聞くなり彼はあっさりその頼み事を承諾するのだった。

 こうして、収穫祭初日、三日月の夜は更けていく。




※今回は今後の報告込みなのであとがきを読んでおいてください!

>閲覧ありがとうございましたー。今回は忙しくてちょこちょこ進めていて、結果いやに長くなっていたなぁと書き終わってから気付きました。

>報告!
以前から言っていた資格の勉強を本格的にそろそろ始めようと思います。ので、今度こそ本当に!本当の本当に更新が遅く……というかほとんど止まります。
ちなみに期間とすれば八月後半に試験なので、約二ヶ月。その間に更新があったとしても多分一度くらい!
楽しみにしてくれている皆様には本当に申し訳ないです。
まま、現実逃避でこちらはちょくちょく覗いたりしますがね。

ではまた二ヶ月後!

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