問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
ためらうように昇る十六夜の月を見上げ、ジンはため息を零す。
頭上の月と同じ名を冠する少年の、先ほどの言を思い出していた。
『打倒魔王』を掲げるコミュニティ。しかもその神輿をジンにするという十六夜の策。
たしかに彼の言うように、今や旗も名もない《ノーネーム》は有象無象の中から自らを主張する手段を持たない。となれば、リーダーの名を売るというのは唯一であり最も合理的な手段であるというのはジンにだって理解出来る。
しかし、それはどうしても自分には荷が勝ちすぎるとジンは不安を感じていた。
所詮自分は子供で、1人では力も知恵も勇気も足りない。ろくにコミュニティをまとめあげることも出来ない。
それでも、ジンは『あの頃』が忘れられなかった。自分達だけではないみんなの憧れだった『ノーネーム』の本当のリーダーや仲間達が誇りだったあの頃。楽しかったあの日々が。
だから今日までコミュニティを解散させずにいたのだ。
無力を承知で、恥を承知で。
だがそれすらも甘いと、先ほど十六夜によって気付かされる。己の考えの浅はかさに。
それでも不安は募る一方。今でも自分はリーダーに相応しいとは思えない。
――――だとしても、やはり諦めきれない。
「その為には絶対十六夜さん達の力が必要なんだ」
彼は明日のガルドとのゲームに敗れればコミュニティを抜けると言った。未だ正式に加入していない十六夜達にはその権利があり、それを止める権利がジン達にはない。もとより騙してでもコミュニティに入れようと礼を逸したのはこちらだ。
今更情に訴えることは出来ない。
だからこそ明日は負けられない。
不安と期待を胸に、ジンは目的地であるコミュニティ敷地内の噴水前にやってきた。かつては人々の笑顔が溢れ栄えていたその場所には、今は瓦礫と砂と灰だけが積もっている。
まるで何百年と打ち捨てられたこの荒廃した景色は、ジンの大好きだったコミュニティを潰した魔王による所業。それも僅か3年しか経っていないというのに。
ジンの表情が歪む。ここに来る度に、あの楽しい日々を思い出すと同時に苦い絶望を突きつけられる。
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思いながらジンは辺り見回すと、目的の人物が朽ち果てた噴水の縁に腰掛けているのを見つけた。
「信長さん」
呼びかけると信長は目だけで見て、すぐに視線を他所に戻してしまう。
素っ気ない信長の態度にジンはさっきとは違う意味で顔を顰める。目の前の少年は何故か自分にだけ冷たく接しているように思える。先刻コミュニティの子供達と顔合わせを見る限り子供が嫌いというわけではないようなのに、どうしてかジンにばかりは突っかかるような、もしくは無視するような言動を取っているように思える。
それでもこれからは一緒にやっていく仲間なのだからと、ジンは精一杯の笑顔を作る。
「探しましたよ、こんな所にいたんですね」
「なにか用?」
「お風呂空きましたよ」
「そう、わざわざありがとー」
ニコリと信長はこちらへ笑いかける。しかしそれが上辺ばかりのものにしか思えない。
(やっぱりこの人は苦手だ……)
「――――なにか悩み事かな?」
「え?」
伝えることは伝えたので、さっさとこの場を去ろうとしたジンだったが、信長の言葉に思わず足を止めて振り返る。
こちらを見つめる信長の表情から、彼がなにを考えているのかジンにはわからない。
一方で信長はケラケラ笑った。
「顔に出すぎだよ。素直なのは良いことだと思うけどねー」
「う…………」
ジンは恥ずかしくなって顔を俯かせる。
けれど次に信長から飛び出た言葉にジンは顔を上げざるを得なかった。
「僕はね、まだ悩んでるんだ。このコミュニティでやっていこうかどうか」
「そんな!」
その発言はジン達にとって最悪のものだった。万が一、明日ガルドのゲームに負け十六夜がコミュニティを抜け、今また信長まで抜けてしまえばコミュニティの再起は難しくなる。
信長の実力は未だ未知数だが、戦力とあてにした2人に抜けられるのだけはどうしても避けなければならない事態だ。
ここで選択肢を間違えてはならない。どうしても信長にはコミュニティに残ってもらわねば。
ジンは深く呼吸をして気を落ち着かせて、荒廃した土地を見つめる信長の横顔に尋ねた。
「それは僕達のコミュニティが弱いからですか?」
黒ウサギがいるとはいえ、現在ジン達のコミュニティは東区最底辺といっていい。不本意ながらガルドの口からこの箱庭の世界を説明された今、そんな最底辺のコミュニティに属するデメリットは計り知れない。
しかし信長は苦笑する。
「名が無かろうと掲げる旗が無かろうと関係無いよ。むしろ飛鳥ちゃんや耀ちゃん、黒ウサちゃんみたいな可愛い子がいるんだから文句なんてあるはずがない。子供も大好きだ。コミュニティに不満は無いよ」
「それなら!」
「でも強いて不満があるなら――――」
信長は嘲るように笑ってみせた。
「君が気に入らないから、かな?」
ジンは言葉を詰まらせる。喉に物を詰まらせたような顔で、なんとか口を開く。
「……それは、僕が子供だからですか?」
「そんなことを言っている時点でジン君は間違ってるのさ」
「どういう意味ですか?」
呆れたように、信長はあからさまにため息をついて噴水の縁から立ち上がる。『いいかい?』と物分りの悪い教え子にゆっくりと告げる。
「子供だからとか、弱いからとか、そんな
「……っ」
「魔王を倒したい。仲間を取り戻したい。……なるほど立派だと思うよ。でも君はそれを成す為に今まで一体なにをしてきた? 御大層な理想ばかり吠えて、いざとなれば子供だからと、無力だからとなにもしてこなかったんじゃないの? その結果今どうなってる? 理想ばかりは立派な君の言葉を守ろうと、黒ウサちゃんだけが今もずっと傷付いてる。そしてそれすらジン君は『仕方がない』と良しとしてる」
信長から嘲笑すら消えた。この世界にきて初めて見る彼の冷めきった目。
「黒ウサちゃんは優しいからなにも言わなかったんだと思う。飛鳥ちゃんや耀ちゃんも。みんなはどう思ってるかは知らないけど、君が嫌いな僕ははっきり言うよ」
いつの間にか目の前に立つ信長は、顔を近付けて凍えるような怒りを込めて告げた。
「無能な将のもとで死ぬのは御免だ。それはこれ以上ないくらいつまらない無駄死だから」
沈黙が流れる。項垂れるジンと何も言わずそれを見下ろす信長。
「…………ますよ」
やがて、虫の声も聞こえない死に絶えた静寂の中、ジンの震えるようなか細い声が零れる。
「聞こえないよ」
が、それすら冷たくあたる信長。
それで感情に火が着いたジンは勢い良く顔をあげて信長を真正面から睨んだ。
「そんなこと貴方に言われなくてもわかってますよ! 僕は無能だ! だから黒ウサギだけが、彼女だけがいつも傷付いてばかりいた! でも! でも仕方がないじゃないか! 僕だって本当は戦いたかった……」
普段の敬語をかなぐり捨てて感情を爆発させたジン。その両目から悔しさのあまり涙が溢れていた。
「でも僕は子供だし、黒ウサギや貴女達みたいな強力な恩恵も力も無い」
「なら最初から大将なんて名乗るな」
ビクリ、とジンは後退る。
切り捨てるように言い放ち、信長は何度目かの嘆息をつく。
「ジン君がコミュニティの他の子供達と同じ立場だったならなにも言わない。思う存分無力に嘆けばいい。僕だって同情するし、慰めたと思う。でも君は曲がりなりにも大将だろうが。誰かの命を背負うと決めた瞬間、言い訳も弱音も言う権利は君には無くなったんだよ」
戦国時代という、ある意味でこの箱庭と同じ『争い』でのみ全てを決していた世界で、いつも背負う立場だった信長だからこそ重みのある言葉だった。
「教えてあげようか? 無能な将のせいで最初に死ぬのは将じゃない。いつも最初に死ぬのはそれに従う人間だ」
まあ、それを本望と思うかどうかは本人の勝手だけどね、と付け加える。それが黒ウサギを指しているのだというのはジンにもすぐわかった。
事実、今日までコミュニティのために真っ先に傷付いてきたのは彼女だ。
しかし黒ウサギは決して文句も弱音も吐かなかった。それは彼女が強いからだと思っていた。『箱庭の貴族』として、箱庭の創始者達の眷属として、強靭な肉体と強力な恩恵を持つ彼女。憧れたかつてのリーダー達のように選ばれた者だからだと。
彼女はただ優しかったのだ。辛くなかったはずがない。不安じゃなかったはずがない。それなのにいつも黒ウサギは笑っていた。
それに気付かされた。いや、気付いていたのに気付かぬふりをしていたのだ。今までずっと黒ウサギの優しさに甘えていた。それが楽だった。
諦めたくないからと理想ばかり口にして、しかし厳しい茨の道の先頭をいつも他人に進ませていた。終わらない道だと、どこに向かっていいのかもわからないのに。今日までずっと。
「ふっ……く……」
涙が止まらない。握りしめて、力が入りすぎた拳から血が滴るも、今は痛みすら感じる余裕は無い。
情けない。悔しいと感じる権利すらないのだとわかっている。それでも己の不甲斐なさにジンは涙を止めることが出来なかった。これでは信長や十六夜に覚悟が足りないと言われても仕方がない。
「ひとつだけ、お節介を焼いてあげる」
一向に泣き止まないジンを見かねて信長は言う。その声が、ほんの僅か優しさを帯びたように感じられた。
「ジン君はたしかにひとりで戦える力はないかもしれない。それでも決して無力じゃない」
「……?」
「君はひとりじゃないでしょう? 道に迷えば黒ウサちゃんが手を握ってくれる。倒れそうになったら飛鳥ちゃんが支えてくれる。空が飛べなければ耀ちゃんが翼になってくれる。目の前に障害が現れたら十六夜が砕いてくれる。君の力は君個人の力だけじゃない」
「でもそれじゃあ……」
「甘えることと頼ることは違うよ」
優しく、されど厳しく信長は告げる。
「腕力が足りないなら頭を使え。必要だと思うなら嘘も覚えろ。そして覚悟を決めろ。命を背負うなら、時には背負った命に死ねと言える覚悟を。君に賭けた彼等の命を十全に使いこなすことが、君にとって強くなることだから」
「僕の力は、僕個人の力だけじゃない……」
そんな風に考えたことは一度もなかった。
ジンは袖の長いローブでゴシゴシと目を拭う。ぼやけた視界で、しかと信長を真正面から見つめる。
「わかりました。そして誓います。僕はもう二度と泣かないし、俯きません」
『でも』とジンは続け、
「仲間の命を捨てる覚悟は出来ません。命を賭ける必要があるならまず僕自身の命を賭けます。だってこれは僕の
それがジン=ラッセルの覚悟だと。
すると信長は初めて笑った。無関心なそれでもない。嘲笑でもない。初めて彼はジンに向けて笑顔を見せた。
「自分の我儘に命を賭ける、か。将としては最低だけど……僕個人としては好きな考え方かな」
そういえば、こうして信長の顔を真っ直ぐ見るのは初めてだったかもしれないとジンは気付く。
「お願いがあります」
「なに?」
「今でなくても構いません。もしいつか、信長さんが僕のことを認めてくれたら、そのときは僕のコミュニティに正式に入ってもらえませんか?」
ジンは真剣だった。
さっきまでのような戦力云々は関係ない。今は本気で信長に仲間になって欲しいと願っている。
信長はおもむろに腰の刀に手をかけると、少しだけ刀身を見せるように抜く。
「約束するよ。そのときはもう一度考えてあげる。ジン=ラッセルが織田 三郎 信長を従えるに足る人物かどうか」
その言葉と共に、甲高い音を鳴らして刀を収める。
「はい!」
ジンには、今はそれだけで充分な答えだった。
★
(将としての覚悟、か)
ふふ、と信長は内心で笑う。その言葉があまりにも滑稽に響いたからだ。何故なら、偉そうなことを言った自分こそがおそらく最もその覚悟とは程遠い存在なのだから。
弱者はただ奪われる。力が無い者は、たとえなにを失おうと抗う機会さえ与えられない。
戦国時代という、ある意味でこの箱庭と同じ『争い』でのみ全てを決していた世界に住んでいた信長だからこそジンの将としての在り方に怒りを抱いた。それは本心である。
だがそもそもとして、信長は今まで一度たりとも自分が将だと思ったことがない。生まれた立場上、自身はいつも誰かの命を背負う側であったが、正直そんなもの迷惑でしかなかった。というより知ったことではない。
一生に一度きりの人生。ひとつ限りの命。
自分自身の為に使わなくてどうするというのか。
実際夢の中の自分――――正しくは信長が歩むはずだった未来の自分は、幾度と無く自ら窮地に飛び込んでいる。
そこには勝利の確信も、部下や家族の命の気遣いも一切無い。
あるのはただただ自身の快楽を求めて。
将としてこれほど最低な者はいまいと、前を歩く少しだけ成長した少年の背を見ながら自嘲的に笑った。
★
「ガルドの身をクリア条件に、指定武具で打倒!?」
門前に貼られた
これはつまり、ガルドはこのゲームに限り絶対の不死性、もしくは盾を獲得したということだ。己の命をゲームに組み込むことで絶望的とさえ思えた飛鳥達との戦力差を埋めた。
勝負は如何にしてその指定武具を見つけ出し、それをガルドに突き立てるかに絞られる。
他にも不安はある。
ガルドが選んだこのゲームの舞台。彼等の居住区を埋め尽くす鬼化した森。
「やっぱりここは信長さんにも参加していただいて……ってあれ? 信長さんはどこデスか?」
「あぁ? あいつなら今朝、『ちょっと外を散歩してくるねー。お昼は黒ウサちゃんの手料理が食べたいな』って言い残して出て行ったぞ」
もう黒ウサギには叫ぶ気力すらなかった。
★
「どうしておんしがここにいる?」
「暇だったから」
道着姿の少年は幼い笑顔でそう答えた。彼の背後では、来訪者を止めきれなかったことに割烹着の女性店長が歯噛みしている。
信長は先日に続いて《サウザンドアイズ》の支店にやってきていた。
しかし本来なら彼はここにいていい人物ではない。
「小耳に挟んだ噂が真なら、今日おんしのコミュニティは《フォレス・ガロ》とのギフトゲームではなかったか? というか、おんし自身が参加者だろう」
「つまらなそうだから抜けだしてきちゃった」
てへ、と舌を出して答える信長。
さすがの白夜叉も口端がひくついた。
『箱庭の三大問題児』と呼ばれた白夜叉といえど、己のコミュニティが決闘に等しいゲームをしているのにそれをすっぽかして『暇』と抜かす輩の気は知れない。
「ていうのは半分冗談で」
「半分なのか」
「あの程度の相手なら飛鳥ちゃん達で充分でしょ。僕までいたら役不足」
「まあ、な」
それには白夜叉も同意だった。《フォレス・ガロ》の悪行は時折耳にしていた。いつか証拠を揃えて相応に罰するべきだとは考えていた。
ガルドの力量も、コミュニティの戦力も把握している。ここ七桁の最下層で中の上といった彼等では、鍛えあげられていない原石のままの飛鳥達でも相手にならない。
「おんしがゲームに参加していない理由はわかった。だが、ここに来た理由はなんだ?」
「白ちゃんと遊びたくて!」
「白ちゃんとはまた……」
かつての『白き夜叉の魔王』である彼女を知る者からすれば青ざめる場面だ。そうでなくても四桁以下最強の階層支配者といわれる自分を白ちゃん呼ばわりする者はいない。実際後ろの女性店長は卒倒している。
「今忙しかったかな?」
「んにゃ」
しかし、そんな風に懐かれるのも嫌いではない。
「丁度仕事も一段落したところだ。少しならば相手をしてやろう」
「やったね!」
両手を挙げて喜ぶ信長。女性店長だけが不満気だった。
「ではどんなゲームにするかの」
ズズ、と茶を啜ってから白夜叉は考えを巡らせる。すると信長がはい、と手を挙げた。
「ちょっと待ってて」
信長は道着の懐に手を突っ込んでまさぐるとそれを取り出した。
「サイコロ?」
正六面体に1~6の点が掘られたそれは箱庭でも特に珍しくない賽。それが2個、信長の手に乗っている。
続いて信長は自分に出された茶をグイッと飲み干すと、空いた湯呑みに賽を投げ入れた。
「今日は僕の遊戯に付き合ってよ」
「ほう」
箱庭にやってきた当初なら兎も角、今日日、最強とまで言われた白夜叉が例外を除き他人のゲームに参加することはほとんど無くなった。というのも彼女が強すぎるのが原因である。
この箱庭にも人々が生活する上で最低限のルールというのは存在する。そのひとつに、格下のゲームにあまりにも格上の者が参加するのは控えるようにというのがある。理由はもちろんバランスの問題だ。結果のみえたゲームなど見ていてもまるで面白くはない。
つまり白夜叉がゲームに参加するには、まず彼女に見合うゲームを用意しなければならない。
そこで、信長が提案したゲームはなるほど妥当といえるものだった。
「まずこの湯呑みに僕が賽を入れる。それで賽を振って、2つの賽の合計の目が偶数か奇数か白ちゃんが当てるの。どうかな?」
「力でも知恵でも勇気でもない。純粋な運のゲームというわけか」
たしかにそれなら実力差に意味は無い。
ニヤリと白夜叉は笑う。
「でもいいのか? 私は運も強いぞー?」
「それは楽しみだねー」
一歩も譲らない信長もまた笑った。
★
馬鹿馬鹿しい、とキャッキャと楽しげにゲームの内容を話す2人を信長の後ろから見ていた女性店長は内心で吐き捨てた。運に任せたこのゲームであっても主の勝利は確定しているのに、と。
信長が持ちかけたゲームは確かに運の要素がほとんどだ。湯呑みに隠した賽の目を当てる。それも偶数か奇数の2択。何らかの抜け道が無い限り――――たとえば透視の恩恵など――――確率は揺るがない。
ゲームの選択は悪くなかった。しかし場所が悪い。
信長がひとつミスを犯したとすれば
ここは《サウザンドアイズ》の支店であると同時に白夜叉の領域である。それは白夜叉の意志に拘わらずあらゆる結果が主に味方をする。
白夜叉自身の地の運もたしかに強いが、土地の加護が与えられるここで勝負が行われるかぎり、運のみのゲームで主に勝つことは不可能だ。
そして、それを教えてやる義理は無い。この箱庭において無知による敗北は自身の責任に他ならない。不死を殺せといわれたゲームをクリア出来ないのは、不死を殺せないプレイヤーが悪いのだ。
今回でいえば白夜叉の領域で安易にゲームを始めた信長が悪い。
そも彼女にとって白夜叉は味方。むしろ鴨がやってきたとほくそ笑むのが正しい反応だ。
「では契約書類を作るか」
ゲームのルール、
この世界においてゲームを行うならば必ず必要となる。
「別にそんなのいいよ」
だというのに、信長はあっけらかんと言い放つ。
「いいって……おんし」
「今回はそんなに大層なものじゃないし。それに白ちゃんは約束を破るような人じゃないでしょ?」
その言葉はあまりにも無邪気で、さすがの白夜叉も女性店長も毒気を抜かれる。
「昨日今日知り合ったばかりだというのに随分な信用のされようだのう」
無条件の信頼。それに白夜叉は嬉しそうに、こそばゆそうにはにかんだ。
「でも白ちゃんが僕を信じられないっていうなら仕方がないけど……」
「いや、いい。おんしがそう言うなら、私もおんしを信用しよう」
白夜叉の言葉に信長は嬉しそうに笑った。
そうして賽を湯呑みに投げ入れる。
「じゃあ始めるね」
「おいおいちょっと待て。ルールはともかくまだ互いに何を賭けるかも決めていないぞ!?」
「ああ、そういえばそうだったね。でもまあ僕が賭けるのは決まってるしさー」
信長は手を止めずカラカラと賽が湯呑みの中を転がる。
「ほう、なにを賭けるのだ?」
純粋な疑問として白夜叉は尋ねた。一時とはいえ楽しい遊び。いつもより幼い無邪気な顔。
「えっとね――――」
それが、消失する。
「僕の命」
トン……、と湯呑みの口を下に畳に振り下ろす。
「――――おい」
静寂を破ったのは白夜叉の声。それによって呆然としていた女性店長も我に返る。そして同時に寒気を覚えた。
「おんし、今なんと言った?」
先ほどまでの幼い顔など雲散霧消していた。鋭い双眸。冷えきった声音。
白夜叉は湯呑みに目もくれず、正面の少年を睨んでいた。
「冗談ならば今すぐ取り消せ。私は笑える冗談は好きだが、笑えない冗談は心底嫌いだ」
「冗談なんかじゃないよ。僕が賭けるのは、この命」
胸の上に手を置いて答える。
霊格の弱いものならばそれだけで押し潰されかねない白夜叉のプレッシャーの中、信長は一切変わることない無邪気な笑顔のまま受け答える。
それは、明らかに異常だった。
「これは大層なものではない単なる遊び、ではなかったのか?」
「そうだよ。これは単なる遊び」
「はぁ……」
まるで会話が噛み合わないことに、白夜叉は重い重いため息を吐き出す。
「己が言っている意味がわかっているか?」
「もちろん!」
「ならば私も命を賭けろと? すまんが、階層支配者として、契約書類も介さないこんないい加減なゲームで命を賭けることは出来ない」
その通りだ、と女性店長は内心安堵する。万が一にでも白夜叉が乗ってしまうことを想像したが、さすがにそれはなかった。
むしろ、白夜叉はせっかくの機嫌が損ねられて、逆に怒りすら抱いているようだった。
逆に今度は怒りの対象である信長を心配する女性店長だったが、
「あは! 違う違う」
彼女は怪訝に眉をひそめた。
(笑っている?)
肩を揺らして、堪えるように時折笑い声を漏らす信長。
「別に白ちゃんは何を賭けたっていいよ。なんならそこにある和菓子でもいい」
そう言って、信長は白夜叉の茶請けに彼女が出した羊羹を指さした。
今度ばかりは彼女の怒りも頂点に達する。
「馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」
気付いたら薙刀を背中に突きつけて怒鳴りつけていた。
それほどまでにさっきからの彼の態度は、ふざけているのを通り越して白夜叉を侮辱している。
「たかが菓子ひとつと命だなんて、いくらなんでも釣り合うわけないでしょう!」
「そうだね」
首だけを動かして、信長はこちらを向いた。その顔はやはり、笑っていた。
「だから賭けるならお菓子ぐらいが丁度いい。僕はただ白ちゃんと遊びたいだけなんだから」
会話が成り立たない。使っている言語は同じはずなのに、彼と自分ではまるで会話が出来ない。
はたして原因は自分か彼か。
間違いなく、異常なのはこの男だ。
「なら」
柄を握る手に汗が伝った。
「なら、貴方は何故命を賭けるのですか?」
「そんなの決まってる」
次に出た信長の言葉に、今度こそ彼女と白夜叉は戦慄する。
「その方が
「っ……!!」
彼女は確信した。この少年は、今ここで殺すべきだと。
この少年はいつか絶対に害となる。コミュニティにとって、白夜叉にとって、箱庭にとって。
あまりにも無邪気で、純粋だったが故に今に至るまで気付けなかった。その身に宿す身の毛のよだつほど強大な狂気に。
そしてこれほどの狂気を今に至るまで感じさせなかった異常性に。
彼女とて大手コミュニティの支店を任されるほどの人物。それが商業コミュニティであれ、決してそれは『弱い』という結論にはならない。
今なら倒せる。殺せる。
背後を取った上にすでに切っ先を突きつけている。対して信長は座ったまま、武器も抜いていない。
絶好の機会。
それなのに、
(何故、手が動かないの……!?)
切っ先が震える。主人に牙を剥く害だと確信しているのに体は凍りついたように動かない。
それ以前に信長はこちらを見てすらいなかった。始めから彼が見ているのは白夜叉だけ。
それだけではない。白夜叉の世界が、主に絶対の加護を与えるはずの領域が歪んでいる。
原因は知れている。信長しかいない。
はたして彼の狂気が白夜叉の領域を上回ったというのか。
「ねえ白ちゃん。本気で、遊んでよ」
薄い瞼の向こうに覗く漆黒の双眸。
真正面からそれを見据える白夜叉は、以前の会話を思い出していた。
★
「十六夜、というたか」
「なんだ?」
耀とグリフォンの勝負を終え、それぞれに白夜叉からギフトカード渡された後、心労が限界突破した黒ウサギが耀に抱きついて喚く光景を白夜叉と十六夜は少し離れた位置で眺めていた。
視線は向けないまま質問する。
「あれは、一体なんだ?」
白夜叉の視線は先程から1人の人物に注がれていた。美人が抱き合う絶景を、自分達とは別の位置からホクホク顔で眺めている少年。
白と紺の道着に草履姿。ゆるみきった笑い顔をずっと浮かべる優男。白夜叉が好む和の世界からやってきたと思われる異邦人。
彼のことが、白夜叉はどうしても気になった。ともすれば、《正体不明》などという奇天烈なギフトネームを発現させた隣の少年よりも。
「おんしも充分イレギュラーだが、奴は――――
この箱庭でも類を見ない一級品のギフト保持者である彼等の中で、一際彼に気を惹かれたのは、彼だけが血の臭いを纏っていたからだ。
本当に血の臭いをさせているわけではない。それならば五感の優れる耀や黒ウサギが気付く。
白夜叉の感じたそれは――――血を求める獣の魂。
(あるいは、鬼か……)
間違いなく人の、それもまだ十数年生きたばかりの少年を、白夜叉は最初に会ったとき人ならざるものだと見誤った。
あの歳でどうしてあんな空気を纏えるのか、と。
問われた十六夜は十六夜で軽薄な笑みで返した。
「間違ってなけりゃ、あいつは俺のいた世界の歴史の中で、最も戦に明け暮れた男だ。一度会ってみたいとは思ってたが、まさか叶うとは思わなかった」
ヤハハ、と笑う彼は続ける。
「それにしても魔王打倒を掲げたこのコミュニティにあいつがやってくるてのは、なんつうか妙なもんだ」
「どういう意味だ?」
「あいつのギフトネームにもなってただろ? 《他化自在天》ってのはあいつが当時呼ばれていた異名の別称だ。あいつは――――」
★
(第六天魔王――――たかが人間が、欲界の王を名乗るか!)
自然、白夜叉の口角は上がった。
何故ひと目みたときから信長に惹かれたのか。それは彼が自分と同類なのだと
何故なら白夜叉という己もかつて呼ばれていたのだから。――――魔王、と。
そう、織田 信長は魔王だ。それはこの箱庭における、主催者権限という特権を乱用する荒くれ者を指す俗称ではない。彼の本質。魂と言い換えてもいい。
己の欲を、快楽を満たすために他を顧みない最低最悪の破綻者。
彼等は己を満たすためならば平気で何もかもを捨てられる。一瞬の快楽のために己の命すら天秤にかけられる。
信長の力はまだ未熟だ。――――が、その身に宿す狂気は箱庭で最悪と呼ばれる魔王達にも引けをとらない。そんな男の手綱をはたして《ノーネーム》が握れるのか。
かつての、いや失踪した今でも唯一無二の盟友である
――――こんな楽しいゲームは久方振りなのだから。
久しく忘れていた高揚感が彼女の身を震わせる。本来の力は未だ封印されたままなれど、魂まで衰えたつもりはない。
「かっ、吠え面かくでないぞ小僧!」
領域の加護が消えた今、勝負は真に五分と五分。
白き夜叉が笑う。そしてまた、覇道を歩むはずだった少年も笑った。
王が2人、賽にその欲を投じる。
閲覧ありがとうございます。
>地の文少なくて台詞が多いなぁと思いつつ、直さないのはご愛嬌です。可愛くはないですが。
前半は良い信長!後半は悪い、もとい魔王な信長でした。特に後半の部分はもっと信長君を怖い、お手本通りな魔王にしてやりたかったのですがどうでしょうか。残念な信長君にはなっていなかったでしょうか。
『命を賭ける』は耀の二番煎じだったんですが、信長さんが賭けそうなのってやっぱりそれっぽいかなぁと思ったので強行致しました。
え?ガルドさんですか?
彼の出番は終わりました(!?)。ええ、人狼らしくいい噛ませ犬だった姿はアニメで観られるでしょう。是非是非ご覧あれ!もしくは原作をもっていない人は原作もご覧あれ!!