問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
一話
かつて生物が寄り付かないほどに荒廃し、最早蘇ることはないだろうと誰しもが諦めていた《ノーネーム》の田畑。それが今や瑞瑞しさを取り戻した肥えた土が広がっている。といってもそれはまだほんの一部に過ぎないが、それでもやはり、絶望的と思われていたところから一部とはいえ蘇ったのだ。奇跡といって差し支えない。
「洋食よ」
「和食だ」
そんな奇跡の復活をした水田の真ん中で、睨み合う美少女と美女がいる。どちらも田植え用の作業服を着たていた。
一人はペスト。かつて《黒死斑の魔王》と呼ばれた少女。
対するは白雪姫。神格を得た蛇神。
体格でいえば対照的な二人であるが、立場は面白いほどに似ている。時期は違えどどちらも《ノーネーム》とのギフトゲームに敗れて隷属された身であった。
火花散るほど睨み合う二人の間を右往左往する狐耳の少女、リリ。そしてその傍らで、年頃にしてはあまりにも老けこんだように遠くを見つめる少年こそ、彼女等を隷属する《ノーネーム》のリーダーであった。
しかし、彼は己の立場を改めて鑑みて、ため息を吐き出す。
やはり自分は器ではない。何故なら、目の前で争う彼女達を止めることが出来ないのだから。それも単なる食事の主食争いで、だ。
生前、畑で麦を育てていたらしいペストは新たな田園開拓の折には麦を中心に田畑を開拓するよう要求した。
しかしそこに、年長組筆頭にして、《ノーネーム》において代々農園を任されてきた一族のリリが訴える。コミュニティは代々水田を中心に田園を開拓してきたのだと。
それだけだったなら話はそれほどこじれなかっただろう。基本弱腰であるリリだが、ペストとて彼女の作る料理はお代わりするほど大好きだ。だからあくまで麦と稲、五分五分になるよう要求を通すことで一先ず争いは終わるはずだった。
そこへ、リリと同じくする和食派の白雪姫が口を挟んだのがいけなかった。彼女はリリとは違い力もあれば性格も強い。必然、ペストと真っ向から揉めて、今や和食一色、もしくは洋食一色の全面戦争が勃発しようとしていた。
ちなみに、ジンは巻き込まれただけである。リーダーなどとは名ばかり。『はは……』と自嘲気味に笑う彼は随分と荒んでいた。
しかし、と彼は思い直す。己の無力を理由に諦めるのはもうやめたのだ。ここはコミュニティのリーダーとして一つ強気に、
「そーれ!」
ばっしゃーん! とペストの顔面に泥がぶちまけられる。
「………………」
ジンは色々と諦めた。特に、この場を穏便に済ませることを。
「くっそー。信長兄ちゃんつよすぎー」
「大人げなーい」
「はっはっは! 僕は子供だから本気出してもいいんだよーだ」
きゃっきゃと、リリを除いた年長、及び年少の子供達と遊んでいる少年。
泥に塗れてもまるで艶を失わない見事な着物をまくり上げ、散切りの髪を後ろで無造作に縛っているのは信長だった。
「ぷ……ぶぁっはっはっはっはっは! ざまあないのまな板娘!」
泥に塗れたペストを指さして腹を抱えて笑う白雪。
「これに懲りたら大人しく和食派の軍門に――――」
バシャン! と至近距離から投げつけられた泥が白雪姫を硬直させる。
顔を青くするジンとリリを置いてけぼりに、ペストは泥のついた手を払いながら笑う。
「あらごめんなさい。手が滑ったわ。それにまさか、仮にも神格を得ている貴方がこの程度避けれないとは思わな――――ぶっ!?」
再び、ペストの顔面に泥団子が。
眉間を痙攣させる白雪姫の手には泥団子。
「死にたいの?」
「出来るものならやってみろ。返り討ちだ」
ゴゴゴゴ、と闘気を纏う二人。そこへ、
「あー! ペストちゃんと白雪ちゃんが面白いことしてるぞー! 者共であえー」
「「おおー!」」
和食派でも洋食でも女の子の料理なら美味しく食べる信長率いる子供達が、両手に泥団子を掴んで突撃。田植え作業のはずが、瞬く間に泥が飛び交う戦場となってしまった。
「リリ、僕はもう駄目みたいだ……」
言ってる間に流れ弾が彼の頭に直撃する。
「し、しっかりしてジン君! あ……」
それは誰が投げたのかもわからない一投だった。否、誰が投げたものでも関係なかったかもしれない。
兎に角それはとある人物の顔面に直撃した。それをリリは目撃してしまった。
「――――ほう、随分楽しそうだなみんな」
たった一言。あれほどの馬鹿騒ぎが嘘のように静まり返ってしまった。
視線が集まる。金糸のような長い髪の見目麗しい少女が立っていた。
「どうした? 続けていいぞ。みんながこれほど楽しんで仕事をしてくれるとは私も思わなかった。ああ、本当に嬉しいぞ」
優しい微笑みから告げられる言葉は、内容だけみれば慈愛溢れるものだろう。けれどその声はあまりにも平坦過ぎる。
「だが、まさか……いや、まさかだと思うが……まさか、まだ田植えが終わってないということはあるまいな?」
そして頭に当たった泥が頬を伝っているのに、それすら構わず微笑む姿は、あまりにも怖かった。
「わ、私はもう自分のノルマは」
「黙れ」
なんとか絞り出したペストの訴えを、彼女はやはり慈愛の笑みのまま断ち切った。
「よし、ならこうしようか。私も混ぜてくれ」
「「!?」」
少女の背後で影が蠢く。龍を象った影はその顎を開いて敵を徹底的に殲滅してみせた。
今日も箱庭は平和である。
★
「あー楽しかった」
全身ズタボロになりながら朗らかに笑う信長。
その横のペストは仏頂面で舌を打つ。
「本当に嫌い。あんたといると碌な目に合わないわ」
あの後、全員仲良くレティシアにお仕置きされた面々は明日分のノルマまで田植えを続けさせられた。勿論、レティシアの監修の下。おかげで腰が痛い。
「……頼むから二人共、召集会のときは大人しくしていてね」
切実な願いとしてジンは言うが、二人は返事をしなかった。たとえ返事をしてくれてもまるっきり信用ならないのでどちらにしても同じことなのだが。
ジン達はこれから北の階層支配者、《サラマンドラ》が治める外門へ向かう。理由は各地の階級支配者が一同に会する召集会へ、《ノーネーム》が招待を受けたからだ。これは名無しのコミュニティにとって大抜擢である。それもこれも、これまで幾度と魔王を退けてきた実績を買われたのだ。
「そういえばジン君」信長が「召集会ってやつの内容はなんだっけ?」
「貴方そんなことも忘れたの?」
「えー、じゃあペストちゃんが教えてくれる?」
「死んでもお断りよ」
顔を背けるペスト。かつて彼女が敗れる原因となったからか、彼女達の相性はすこぶる悪い。あるのは信長からの一方的な好意だけだ。
「例の魔王連盟についての対策ですよ」
先行きの不安にため息をこぼしながらジンが答える。
魔王連盟。孤高であるはずの魔王達が何らかの意図、あるいは人物によって連なる者達。
南では《龍角を持つ鷲獅子》の前の階層支配者を討ち、ついこの間レティシアを使って再び《アンダーウッド》襲った巨人達。そして何を隠そうペストの古巣である。
強力な魔王達が連携を取って襲ってくる可能性がある今、階層支配者達も今まで以上に情報や連携を密にしようと集まったのだ。
なにせ今はもう、最強の階層支配者と呼ばれた白夜叉はいないのだから。
そう、白夜叉はいない。東の階層支配者を蛟劉に任せ、自身は他の者とは別の線から魔王連盟を見つけ出すため姿を消した。
故に最近少しばかり暇を持て余している信長。なにせ彼は暇があればしょっちゅう白夜叉の所へ遊びに行っていたのだから。
ちなみに、ここにはいない十六夜達は一足先に北へ行っている。本来なら信長もそこに含まれるはずだったのだが、居残り組の戦力事情、それに何より保護者である黒ウサギの負担を考えて後発組になった。
信長達が魔王連盟について知っていることといえばそのメンバー。正しくは魔王連盟らしき、だが。
巨人を操っていた魔女、アウラ。耀が戦った、彼女と同じ《生命の黙示録》のギフトを持つ漆黒のグリフォン。黒ウサギ、そして信長も戦った少女、リン。そして、信長を真正面から戦って打ち倒した白銀の少年。
彼との戦いは楽しかった。理由は知らないが、信長は彼に負けたのにこうして生きている。情けをかけられたのか、それとも見逃さなくてはならない状況になったのか。気を失った自分は知らない。
もし、彼の情けで自分が生かされたのだとしてもそれを屈辱と感じはしない。むしろ嬉しい。再び戦場に立てる機会が与えられたのだから。それは再び彼と戦える可能性があることも意味している。
彼等の情報網が確かなら、今回の召集会もすでに知られている可能性はある。その上で信長は思う。――――否、願った。
どうせなら、彼等が襲ってきてくれはしないかと。
黒ウサギやジンが聞けば不謹慎だと怒られそうだ。なにが面白いのか心中で笑う信長。
「信長さん、行きますよ?」
「うん」
起こるかわからない戦場に思い馳せながら、信長は境界門をくぐった。
閲覧ありがとうございまっす。
>約一ヶ月。本編だとそれ以上空いてしまって申し訳ないです。
兎にも角にも始まりましたウロボロス編。一話は完全日常で話は一切進んでいませんが。
>そして!ここに障害が二つ!
一つは10月半ばに長期出張が再び!一週間ぐらいですね。人によってはたかが一週間を長期と呼ぶとはまだまだ甘いな、という方もいるかもですが。
そしてもう一つが、展開が頭に浮かんでこない!
いや、場面場面で妄想しているところはいっぱいあるんですが、この序盤は特に浮かばないんですよね。
それと原作がそれぞれの動向を描いて一巻分なのに対して、信長君だけを描写するとこの六巻すんごく短くなるんじゃないかと不安が……。
ま、不安は兎に角書いてからにしましょう(投げやり)
とりあえず六巻以降の私の楽しみはウィラちゃんが出てきてくれること!さあどうやってセクハラしてやろうか!!
ではまた次話でー