問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

44 / 77
二話

 箱庭五四五四五外門、《煌焔の都》。北の都市の中心に据えられた巨大なペンダントランプは街の象徴であると同時に、たった一つで極寒の環境から人々を守る驚くべきギフトでもある。

 そんな、街の人々にとって守り神に等しいペンダントランプの上にレジャーシートを広げる面々が。

 

「絶景かな絶景かな。前に見たときも思ったが、やっぱりここからの景色は当たりだったな」

 

「ええ本当。炎の光が硝子に反射して、まるで街そのものが宝石箱みたい」

 

 一人は逆廻 十六夜。高所を恐れるどころか縁に足をかけて街を見下ろすのは、箱庭の最強種を素手で消滅せしめる等々やることなすこと全てが規格外の少年。

 少女の方は久遠 飛鳥。赤いドレスの裾を押さえながら少年同様街を見渡す。外見のお嬢様然とした格好ながら、その横顔はどこか少年にも似たわんぱくさが窺える。

 そしてここにはもう一人いる。春日部 耀はさっさとレジャーシートに座り込み、その視線はシートの上のバケットに釘付けであった。

 

「お腹減った」

 

「そうね」飛鳥は苦笑して「私もお腹が空いたわ」

 

「んじゃまあ、遅めの昼食にでもしますかね」

 

「するな馬鹿者共ぉぉぉぉぉ!!」

 

 三人は眼下を見る。

 遥か下で、青筋をたててがなっているのは《サラマンドラ》の参謀マンドラ。ここ数日、彼等彼女等の暴れっぷりに、あるウサギ耳の少女と共にあっちへこっちへ奔走している可哀想な人。

 

「貴様等! そのペンダントランプがどういったものなのかわかっているのか! さっさと降りてこい!!」

 

「ところで春日部、登録したギフトゲームがまだ残ってるらしいな」

 

「話をきけえええええ!!」

 

 聞かない。三人は弁当を食べながら談笑を続行する。

 

「火龍生誕祭でも参加した《造物主の決闘》。今回はリベンジ」

 

「ふふ、応援してるわ」

 

 おにぎりを頬張りながらむん、と気合を入れる耀。

 その姿に母のように微笑む飛鳥は彼女の口元についた米粒を取ってあげようと手を伸ばして、

 

「へえー、それはそれは燃えるね」

 

 後ろから伸びてきた手がひょいと耀の口元の米粒を取る。

 三人が一斉に振り返る。

 

「や! 数日ぶり」

 

 そこで信長が朗らかに笑って立っていた。

 

「うわー! 本当にいい景色」

 

「なんだ信長。もうこっちに来てたのか」

 

 信長は耀の隣によいしょと腰を下ろして、バケットからおにぎりを拝借。かぶりつき、二口で平らげる。

 

「ついさっきね。さっきかぼちゃさんにも会ったよ」

 

「あら、ジャックも来てるの?」

 

「信長、そのおにぎり私の」

 

 ワイワイと、一人加わって一段と騒がしくなる。下のマンドラの絶叫も一層激しさを増すが、誰も一向に聞いちゃいない。

 

「さてと」

 

 買った弁当も食べ終わると十六夜が一同を見渡す。

 

「お嬢様は俺と一緒にジャックに合流するとして」

 

「どうして?」

 

「ちょっとな。お嬢様には内緒でプレゼントがあるんだよ。ジャックが近くに来てるならちょうどいい」

 

 十六夜の話を一切聞かされていない飛鳥は首を傾げる。

 

「御チビは召集会の挨拶回り。春日部はゲームに参加。信長はどうするんだ?」

 

「うーん。特に予定は無いし、耀ちゃんの応援してようかな」

 

 なんなら一緒に参加してみても面白いかもしれない、とコロコロ笑う。

 一同の予定を聞いた十六夜は腰を上げる。

 

「なら一旦解散するか」

 

「十六夜君、エスコートをお願いね。私一人じゃここから降りられないんだから」

 

「あ、僕が抱っこしてあげようか?」

 

「そのいやらしい手つきをやめたら考えてあげる」

 

「――――だったら皆様仲良く黒ウサギが叩き落としてあげます」

 

 一行は振り返る。怒気を迸らせるウサ耳少女。そのまんま、名を黒ウサギ。

 信長は三人に向き直る。

 

「そういえばペストちゃんが黒ウサちゃんを呼びに行ったよー」

 

「それなら来る前に早く行くか。まあ黒ウサギとの追いかけっこも楽しいが――――」

 

「無視ですか!? もう来てます手遅れです御馬鹿様! いい度胸です……まとめてはたき落としてやりますよ!!」

 

 四人の頭を黒ウサギのハリセンが張り飛ばすのを合図に、マンドラと《サラマンドラ》憲兵隊も含めた壮大な鬼ごっこが始まった。

 それを見ていたジンは痛む胃をさすった。青白い顔で。

 

 

 

 

 

 

 舞台区画、《星海の石碑》前の闘技場。歴代の偉大な術者達が残した数々のモニュメントの回廊は何度見ても飽きないといわれる北の名所である。

 そこを並んで歩く耀と信長。

 

「見て見て耀ちゃん! あの氷、七色に光ってる!」

 

 子供のようにはしゃいで回る信長。

 その後ろをクスクス笑いながらついていく耀。

 

 普段はどちらかというと、はしゃぐ耀や飛鳥を一歩退いた場所で信長が見守る形が多い。信長という男の子は意外と物事を達観して受け止めている面がある。そこに自分も飛鳥も安心感を抱いているのだ。

 しかし時に彼も子供のようにはしゃぐ場面があり、そういったときは暗黙の了解で女性陣は母親のように見守るのだ。

 そんな関係はとても温かく、楽しく、居心地が良い。

 

「なにか楽しいことでもあったの?」

 

 無遠慮に顔を覗きこんで訊いてくる信長。

 口元が自然とゆるんでいたのかもしれない。

 

「ううん。なんでもない。――――ほら、あれなんだろ?」

 

 耀は首を振って、次に見えてきた小型のカラクリ人形を示す。それで彼の興味もそれに移ったらしい。

 

 そんな穏やかな時間を過ごしながら、耀はずっとあることを考えていた。

 回廊に並ぶのは作品だけでなく、コミュニティの名と旗も刻まれている。これから彼女も出る予定の《造物主の決闘》の歴代優勝者達のものだ。

 北の者達にとって、ここに名を、旗を刻めることはなによりの名誉である。しかし当然、そこに名を残せるのは優勝コミュニティ、たった一つである。

 この日の為だけに研鑽を重ねた者も多くいる中、果たして自分はその者達に混じって戦ってもいいのか。

 

「耀ちゃん、楽しくない?」

 

 耀はハッとして横を見ると、信長は寂しそうな顔を浮かべていた。おそらく自分は今、考えこむばかりで無表情だったからだろう。

 いや、基本的に自分は表情豊かな人間ではない。――――が、みんな、特に親友の飛鳥や信長はそういった無表情をどうやら見分けているらしい。

 それは嬉しくもあるのだが恥ずかしくもあり……兎に角、今は誤解を解かなくては。

 

「違う。少し考えてたの」

 

 一瞬、考えた。こんな弱音を信長へ吐くことを。

 以前に一度、考えたらずな発言で彼を不快にさせた経験があるから。

 それでも一瞬の後、言うことを決めた。

 

「ギフトゲーム、私なんかが参加してもいいのかな?」

 

「耀ちゃんが……僕達がみんなから非難されるかもしれないから?」

 

 物凄い言葉足らずだったが、彼はそれだけで全てを察してくれていた。特に非難される対象が『耀が』ではなく『みんなが』としっかり解釈してくれていることに嬉しさを感じた。

 信長は耀と歩幅を合わせて横を歩く。

 

「たしかにここじゃあ格上の人が格下のゲームに参加するとすっごい目でみられるからねー」

 

 基本的に箱庭は例外を除いて誰がどのゲームに参加しようが自由である。しかし明らかにレベル違いの者がゲームに参加してしまえば始まる前から結果は見えてしまう。必然他の参加者達はやる気を失くし、主催者とて確実に損するゲームを開きたいとは思わない。実際、耀達も『荒らし屋』として出禁をくらってるゲームがいくつかある。

 故に暗黙の了解として、ゲームに参加する者は自身のレベルに合ったもの、もしくは格上の者が開いたゲームに参加するのは自由とされている。

 

 別に耀としては自分一人が罵られることは構わない。ただ、その対象が他の仲間達にまで向けられてしまうことが怖いのだ。

 以前ならその境界線を三毛猫が教えてくれた。だが今彼はここにいない。巨龍との戦いで負傷し、養生、そして最期の時を《アンダーウッド》で過ごすと決めたのだ。

 悲しいし寂しい、がそれはいい。いつか来る別れだったし、三毛猫も自分も納得している。でも自分一人ではどうしてもその境目がわからない。これからは自分の力でやっていこうと、いくと約束したのに。

 

「ま、でもいいんじゃない」

 

 だというのに、信長はとても軽い調子で言ってのけた。

 

「ちゃんと考えてくれてる?」

 

 少しだけ怒ったように睨むと彼は笑った。

 

「もちろん。僕はいつだって女の子のことだけを考えてるよ」

 

「もう少し違うことも考えて」

 

 冷静に、冷たく言い放つ耀。

 信長は堪えた様子もなくコロコロ笑う。

 

「じゃあ少し真面目に」信長はそう前置きして「ギフトゲームは楽しむことが大前提だと僕は思ってる。なにせ遊戯なんだから。それはきっとどんな時代でも、どんな世界でも一緒でしょ? だから参加は自由なんだ。上級者は格下のゲームに出ないのは暗黙の了解なんて言ってるけど、それが暗黙じゃなくて公の決まり事になっていないのが答えだと思わない?」

 

「そういえば……」

 

 箱庭には無法者とされる魔王という存在がいる。理不尽な災害とまで称される、恐怖の象徴。

 しかしそんな彼等達でさえルールに則っていればゲームに参加出来る。又、主催することが出来る。箱庭は彼等を問答無用で締め出すような真似をしなかった。

 結局、それが信長の言う答え。箱庭は許しているのだ。それが遊戯であるのなら、全てを許している。

 格上だ格下だと一体誰が決めたのだ。その判断は誰が下すのだ。

 そんなもの、誰も決められるはずがない。

 

「耀ちゃんはゲームに出たくないの?」

 

 信長は問い掛ける。優しく。

 

「……出たい」

 

 父親の手がかりが見つかるかもしれない。そういった私情もある。――――が、そういった私情もひっくるめて、自分はこの箱庭のゲームを楽しみたい。

 参加したければすればいい。それが箱庭のルールだ。

 

 その答えに信長は穏やかに、心から微笑みかけてくれた。

 

「なら出よう! 耀ちゃんの格好良いところ、僕も見たいし!」

 

「うん」

 

 なら頑張ろう。そう思ってやる気を上げた彼女だったが、直後信長はいやらしく顔を歪める。

 

「それに耀ちゃんだって――――いたっ」

 

 突然後頭部を擦ってしゃがみ込む信長。

 どうしたのか、と声をかけようとして自分の頭部にも衝撃。

 二人の視線が、ガラン、と音をたてて落っこちた物に集まる。

 

「「金槌?」」

 

 注目すること数瞬、再び両者の頭にどこからともなくそれは打ち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 何やら思い悩んでいた耀だったが、どうやら吹っ切ってくれたらしい。それに満足していた矢先飛来してきた金槌。

 後頭部が当たった頭部を擦りながら、信長はじっとその金槌を見つめる。

 

 信長は基本的に常に自分の周囲に気を張っている。言い方を変えるなら如何なる状況に陥ろうとも対処出来るよう心身を緊張させている。それは日常生活、果ては睡眠時においても。

 かつての世界では暗殺など珍しくもなかった彼にとって、それは最早癖であった。

 

 しかし今、彼は如何なる方法でかわからないが奇襲を受けた。まともに金槌を食らったのだ。

 もしこれが殺意ある攻撃だったなら、例えば刃だったなら、自分は今ここで死んでいたということだ。

 まあ、並の攻撃がたとえ無防備でも彼に通ずるかどうかは置いておいて、今問題なのはこの金槌が彼の警戒網を抜けてきたことだ。

 

 表情にはおくびにも出さず、金槌の襲来に最大級の警戒と期待を膨らませていると――――二撃目が二人を襲った。またしても信長の意識にその攻撃は引っかからなかった。

 一方で、二撃目の金槌を拾い上げた耀はとてつもなく無表情だった。拾った金槌がミシリ、と悲鳴をあげている。

 

(あ、怒ってる)

 

 今回はたとえ彼でなくとも気付けただろう。

 

「……大丈夫?」

 

「「!?」」

 

 唐突にかけられた至近距離からの声。驚くままに振り返って、さらに驚いた。

 こちらを覗き見上げるのは少女だった。とても幼く見える顔立ち。だというのにヒラヒラした服の間から窺える少女のスタイルは黒ウサギとタメを張るものがある。体格の比率を考えれば少女の方が上か。

 

 そしてなにより、彼女が近付いてきたことに信長はまるで気付けなかった。

 二度の攻撃に、耀も含めて周囲を警戒していたのに。その間をいとも容易く抜けてこうして声をかけてきた。

 

「可愛いね、君」信長が声をかけると少女はこちらを見上げる「それにとっても面白い」

 

 少女はキョトンと首を傾げるだけだった。こうも無垢な反応をされてしまうとさすがの信長も先制攻撃とばかりに刀を抜くわけにはいかなかった。

 

 信長の思惑も知らず、少女は耀へ向き直る。

 

「貴女もゲーム、出る?」

 

 質問だった。

 耀と一瞬顔を見合わせて、

 

「うん」耀は答えた。

 

「そう。出るんだ」少女はうっすら微笑み「これでコウメイとの約束を果たせる」

 

「……! コウメイって――――」

 

 耀が問い詰めるより先に、少女は目の前から忽然と消えた。

 

「信長!?」

 

「ごめん。全然わからなかった」

 

 言いながらも引き続き周囲を探る。しかし少女の気配どころか痕跡も見つけられない。

 そも、信長は一度たりとも彼女から視線を外していなかった。彼女は正しく消えたのだ。

 素早く動いたわけではない。どちらかといえばそう、

 

「境界門のときの感覚に似てたかも」

 

 その場から消え、別の場所に出現する。線で動いたのではなく点と点を跳んだ。その考えがしっくりくる。

 

「今度会ったらもう一回見てみたいなぁ」

 

 名前ぐらい聞くべきだった。今更ながら悔やむ。

 悔やみながら、彼はずっと上機嫌に笑っていた。

 

「今の女の子、ゲームに出てくるのかな?」

 

 耀もまた色々と考えるところがあったのか、神妙な顔だ。

 最後に少女が口にした名は、たしか耀の父親の名前だったか。

 元々少女の出現前に出場の決意を決めていたとはいえ、益々やる気になる理由が出来たようだ。

 

「頑張ってね」

 

「うん」

 

 耀は頷いて、『ところで』とこちらの顔を覗いた。

 

「さっき、なにを言おうとしてたの?」

 

「うん?」

 

 言われて少し考えて、思い出した。あの少女が現れる前に言おうとしたことだと。

 

「ああ、うん。耀ちゃんは格下のゲームに出るのに不安がってたけど、そも耀ちゃんが勝てるとは限らないしねー。ほら、案外コロッと負けちゃうかも。そうしたら僕が存分に慰めてあげたいなぁ……ってあれ?」

 

 耀はこちらをじとっとした目で見つめ、ぷくーと頬を膨らませていた。

 

「どうしたの耀ちゃん? 可愛い顔して」

 

「じゃあ優勝したら信長にまた驕ってもらおう」

 

「え゛」

 

 蘇る南の地での出来事。空っぽになった巾着袋。

 

「よ、耀ちゃん? でもほらやっぱり遊戯はみんなで楽しく遊ばないと。だから大人気なくいきなり全力とかは」

 

「よし。やる気出た。早く終わらせてご飯食べにいかなくちゃね」

 

 むん、と両拳を握る耀。クルリと振り返ると、べっ、と悪戯っぽく舌を出した。

 少女は軽やかな足取りでエントリー場へ向かうのだった。

 その後ろで、あのときよりずっと心許ない巾着袋を広げる信長だった。




>耀無双

>閲覧どーもですー。

>さて、アドバイスを頼りに視点を耀にしてみたら、すっごい乙女チックになってしまいました。けどいいんです。だって彼女は可愛いから!

>と、いうわけで、一週間の出張いってまいりますので一週間は更新が止まります。
………………あれ?最近の更新速度で一週間止まるのは普通なような?

…………まあ細かいことはいいでしょう。

>ではでは、また次回までー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。