問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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三話

「ん?」

 

 信長は視線を何もない彼方へ向ける。周囲の人間は誰一人として彼と同じ行動は取らず、どころか周りは彼一人の挙動など気にかけてもいないだろう。

 それでも、信長だけは感じ取っていた。

 

「今一瞬揺れたかな? さっきも不自然に景色が止まったりしたし……なんだか外は面白いことがいっぱいみたいだなぁ」

 

 完全な独り言を堂々と紡ぐ。

 

 実は今の揺れは、信長にも縁があるとある白髪の少年が翼龍を蹴散らしたもので、その前の景色が止まったように感じたのは今現在この土地を騒がせる神隠しの犯人の仕業だとは彼も知らない。しかしわかる。日常に混じる異変を、違和感を、彼は殊更敏感に感じ取っている。

 それはすでに感覚を超えた、いわば本能で。

 

 外に出ようか、と彼は少しだけ考える。

 きっとこのとき彼が外に出れば件の神隠しの犯人とも、もしくは白髪の少年とも出会えたことだろう。まるで向こうに引きつけられるように、もしくは信長自身の何かが吸い込むように、彼等は出会ったはずだ。

 

「やっぱやーめよ」

 

 だが彼は出て行かなかった。己の渇きを、求め続けた飢えを満たすものがあるかもしれないのに、彼は結局出て行かなかった。

 

「なんてったって今から耀ちゃんの試合だもんねー!」

 

 信長がいるのは闘技場。ここでは今まさに《造物主の決闘》のゲームが始まろうとしている。北でも有数のゲームに、参加者のみならず観客達の数も熱気も半端ではない。そこに仲間が、それも可愛い女の子の友達が出場するというのだから応援せずにはいられない。

 

 しかしそれでも、以前までの彼ならありえなかった行動だ。たとえそこに美女、美少女がいようとも、たとえ大切な友人の晴れ舞台でも、この箱庭に来た当初の彼ならば考える前に闘技場を飛び出していっただろう。

 信長にとって闘争は生きる意味そのものだから。己の命を刈り取ることが出来るほどの相手は何にも代えがたい。

 それなのに、彼はそこへ向かわなかった。

 箱庭に来て以来、あれほど求めてやまなかった生の実感。死への恐怖に、悉くさらされる毎日。渇きは心地良く潤い、飢えは即座に満たされる。

 そんな幸せが、そんな贅沢が、彼の足をここで引き止めたのかもしれなかった。

 

『それでは第一試合、《ノーネーム》所属、久遠 飛鳥! 《ノーネーム》所属、春日部 耀!!』

 

 ステージの中央で、ツインテールを可愛く揺らすアーシャがマイクを手に出場者の名を読み上げる。今回のゲームでは彼女が審判を務めているのだ。

 

「ああ良かった。間に合ったようだ。彼女の晴れ舞台を見逃すわけにはいかないからな」

 

 唐突に、本当に唐突に隣から声が聞こえてきた。声が聞えると同時に気配がそこへ現れた。

 信長は静かに振り向いてその人物を視界に入れる。

 それはそれは目が眩むような格好の男だった。青と赤の派手な外套を羽織った男は、信長の視線に気付いて首を傾いだ。

 

「私に何か用かな?」

 

 どこか薄ら寒さを感じる笑顔で男は声をかけてきた。

 信長はそれを感じ取りながらなお、変わらぬ笑顔で応えた。

 

「誰かの応援?」

 

「んん? 聞きたいかな? 聞きたいかね? なら聞かせてあげようじゃないか!」

 

 言葉が進むごとにテンションが高まっている様子の男は大きく両腕を広げると外套をはためかせる。

 

「それはもちろん、私の運命の花嫁――――」

 

『ウィラ=ザ=イグニファトゥス!!』

 

 ステージ中央のアーシャの声と男の声が重なる。そちらに視線をやると、立っていたのはつい先程まみえた少女だった。

 

「あ、さっきの美少女!」

 

「君もウィラを知っているのか?」

 

「うん。可愛いよねー」

 

「可愛い? 否! ウィラは完璧なのだ! 滑らかでミルクのように白い肌! 無垢な瞳! きっと柔らかであろう青い髪!」

 

「大きいおっぱい! 挑発的な格好であるはずなのに、どこか侵しがたい魔性の魅力!」

 

「聞き心地の良い声! 長い睫毛!」

 

「瑞々しい唇! おっとりした雰囲気!」

 

「細く長い指!」

 

「大きな耳!」

 

 ガシッ、と二人は荒い息遣いと共に固い握手を重ねていた。

 

「まさか私の他にここまで彼女の魅力を理解する者がいたとは」

 

「僕も納得だよ。それほど彼女を想っている君こそ、ウィラちゃんの運命の相手に相応しい」

 

 遂には熱い抱擁まで交わす二人。周囲は一体何事だとどよめくがそれも一時のこと。初戦でありながらメインイベントともいえる試合の熱に浮かされてすぐに気にも留めなくなる。

 

「友よ……いや親友よ……いや! 心友よ! 共に我が花嫁を応援しようじゃないか!」

 

「うん。僕は女の子みんなの味方だけど、今日はウィラちゃんを応援するよ!」

 

 飛鳥や耀が聞こえば怒り狂いそうな発言だったが、今彼女達は近いようで遠い闘技場に立っている。

 

 ド派手な格好は置いておいて、顔の造形だけならかなり整った男は、ここでようやく信長へ尋ねてきた。

 

「心友よ、君の名を教えて欲しい」

 

「僕は信長。織田 三郎 信長だよ」

 

「そうか。私はマクスウェル。心友として、信長にはマーちゃんとでも呼んで欲しい」

 

「よろしくマーちゃん。なら僕のことはノブちゃんと呼んでよ」

 

「おお、ノブちゃん! 初めてだよ。ウィラ以外でここまで気の合う者と出会うのは」

 

「僕もだよマーちゃん。――――さあ、君の花嫁さんを全力で応援しよう!」

 

 二人は今一度熱く固い握手を重ね、次には割れんばかりの歓声を上げた。

 

 そのとき、ステージ中央でウィラはとてつもない寒気に背筋を震わせ、鋭い聴覚を持つ耀は少年の裏切りに拳を握ったという。




閲覧ありがとうございましたー。

>超短くてごめんなさいです。でも次の展開を知っている方々なら、さすがにこのテンションのまま先に進むのを躊躇うのはわかってもらえるはず!だって次はそれなりにシリアスな空気になるのですもの!主に十六夜君が!

>ウィラの素晴らしさを書きたかったのですが、自分のあまりにもな語呂のなさに悲しくなりました。
彼女の美貌を!魅力を!エロさを!全力でお伝えしたかったのですが……無念なり。

>おそらく読者の皆さんも先読み可能だったとは思いますが、信長君とマクスウェルさんは波長が合います。一部例外もありますが、基本相性バッチリです。
それにしてもマーちゃんとノブちゃんてw(←自分で書いといて)

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