問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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四話

 ゲームは初手から大変な騒ぎをみせた。ウィラが生み出した地獄の炎。蒼炎の焔が闘技場を呑み込んだ。

 

「先手必勝。一撃必殺。可愛い顔してウィラちゃんって意外と戦い方を知ってるね」

 

「そんなことを言っていていいのかい? 私にとってはどうでもいいが、あの少女達はノブちゃんの仲間なんだろう?」

 

 ウィラの巻き起こした惨状を、まるで自分のことのように誇らしく胸を張るマクスウェルは尋ねてくる。元々信長がウィラではなく耀達を応援しようとしていたのは知っていたからだろう。

 しかし、未だ燃え盛る眼下の炎を眺める信長の表情に怒りも悲嘆もありはしない。

 

「それはあの二人よりウィラちゃんが強かっただけだから仕方ないよね」

 

 なんと冷たい物言いだろう、とそれを聞いた者は思ったかもしれない。仮にも仲間が目の前で殺されて、そんな他人事のような言い方が出来ることは異常だと。

 だが人によってはこう見えるかもしれない。――――彼が彼女達の力を信用しているのだと。

 

「でも、あんまりあの二人を舐めないほうがいいよ」

 

 マクスウェルがその意味を尋ねる前に、闘技場を包んでいた炎が霧散した。否、砕け散った(・・・・・)

 

 炎が突如凍りつき、砕けたのだ。

 闘技場の中心には見慣れぬ球体が鎮座していた。それが光と共に解けて、やがて姿を現したのは赤いドレスを纏う少女だった。その傍らには先ほどの球体の正体らしい、稲妻を纏う獣。

 

「ほう、あの山羊はもしかしてアルマテイアかな」

 

 マクスウェルが驚いたように唸ったので聞いてみる。

 

「凄いの?」

 

「ああ。ギリシャ神群でも指折りの上位の神獣だよ」視線を上にあげて「それにあちらの少女も中々。ウィラの劫火を苦もなく防ぐとはね」

 

 闘技場の上空を飛ぶ耀は獣皮の半被を着込んでいた。おそらく光翼馬の脚甲同様、なんらかの生物を組み合わせて創りだしたものなのだろう。

 耀の半被も、飛鳥の神獣も、信長が見るのは初めてだ。

 本当に彼女達は面白い。見ていて飽きない。気付けば自分の想像を超えて強くなっていく。

 自然と彼の口元に笑みが浮かんだ。

 

「勝ち誇るのは早いぞ心友」

 

 その横顔を見ていたのか、マクスウェルもまた笑う。

 

「我が花嫁の実力とてこの程度では――――ん?」

 

 彼は突然言葉を切ると、耳に手をあてて不機嫌そうに何事か独り言を呟く。

 

「どうかしたのマーちゃん?」

 

「ふぅ、まったく無粋な。ウィラの晴れ舞台だというのに」

 

 ブツブツと何者かに不満を漏らすマクスウェル。どうやら今のはここにはいない誰かと会話をしていたらしい。

 

軍師(メイカー)殿のお呼びだ」

 

「また会えるかな?」

 

「会えるとも。私とウィラを繋ぐ赤い糸とは違うが、君とはそれに似た何かで結ばれているように思えてならない」

 

 問いかけに彼は優雅に微笑んだ。

 信長は心の底からこのマクスウェルという男に惹かれていた。それは可愛い女の子を愛する姿にだけではない。この優男から感じる、冷ややかな殺意に興味があるのだ。

 

「また会おう」

 

 恭しくお辞儀した後、彼の姿は忽然と消えた。

 

 

 

 

 

 

 闘技場で繰り広げられる激戦に会場が湧く声を聞きながら、マクスウェルは暗い通路を進んでいた。その表情は険しい。その感情を表すように、大気の温度が自然、数度下がっていた。

 ふと、その足が止まる。

 

「まったく……いくら軍師殿の命令とはいえ、我が蒼炎の花嫁の晴れ舞台の最中に呼び出すのはどうかと思う」

 

「ごめんなさい、マクスウェルさん」

 

 応えた声は幼い。通路の暗がりから姿を現したのは可憐な少女。まるでドレスのように腰にジャラジャラと短剣を下げた少女は、目の前の道化を見るなりおどけたように舌を出す。

 

「怒ってます?」

 

「無論だ。ウィラは寂しがり屋なのだ。私の応援の声が聞こえなくなって今彼女はとても不安を覚えているだろう。……ああウィラ! いても立ってもいられない! 今すぐにでも君の震える肩を抱いて励ましてやりたい!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 本当に行っちゃダメですよ!? もうすぐこちらのゲームの開始なんですから」

 

 言って置かなければ目の前の男は本当に姿を消しかねないと思い、リンは慌てて呼び止める。

 マクスウェルはさらに不満そうな顔をするが、どうにか足を止めてくれた。

 ほっ、と息をつきながらリンは思い出したように口にする。

 

「そういえば……良かったんですよ? あのとき別にあの人を殺してくれても」

 

 うら若い少女が口にするにはあまりにも物騒な発言だった。

 それを不審に思うことも、咎めることもなく、マクスウェルは今し方別れた和服姿の少年を思い出して笑った。

 

「とんでもない。彼は私の心友だ。そして同じ女性を想うライバルでもあるかもしれない」

 

 ふはは、と笑う道化にリンは呆れたように空返事した。そうしたリンもまた笑う。

 マクスウェルがあそこに現れたのは偶然などではない。彼女の指示で、あわよくば殺害も許可してあそこに行ってもらった。

 しかし結果は友好を深めて帰ってきた。こんなとんでもない変態と。

 

「やっぱり面白いなぁ、信長さん」

 

 コロコロと笑う少女は思う。やっぱり彼にはこちら側について欲しいと。彼が欲しいと。

 

 しかしなんにしても、今回は信長に構っている余裕は無い。

 

「さあ行きますよマクスウェルさん。予定ではそろそろ――――!?」

 

 突如会場が地響きと共に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 はたして、信長がそこにちょうどよく居合わせたのは偶然だったのだろうか。

 

「やあ黒ウサちゃん。ジン君も」

 

 そこには黒ウサギがいた。ジン、カボチャ頭のジャック、サンドラ、ペスト。どこかで見たような気がする輩もいたが、そこは気にしない。

 

「それと久しぶり」

 

 そして彼女達と対峙するように立つ一人の少年を見つけて、信長はいつも通り微笑んだ。――――かつて己を殺しかけた白髪の少年に平然と。

 少年の方も、相変わらず無表情で応える。

 

「久しぶりだな。アンダーウッド以来か?」

 

「あれ? 隠してなくていいの?」

 

「ああ。ちょうど今バレたところだ」

 

「ジン坊っちゃん! 皆さん! 離れてください」

 

 即座に空気が張り詰める。黒ウサギがその手に顕現させた神槍を突きつける。周囲の者達も同様に戦闘態勢を整える。

 黒ウサギを始め、ここには《ウィル・オ・ウィスプ》の参謀ジャック、かつて神霊に迫る力を持っていたペスト、そして信長がいる。もう少しすれば先ほど憲兵を連れたサンドラも戻ってくる。

 

「殿下、大人しく投降して欲しい」

 

 ジンは呼びかけた。

 思わず信長は笑う。――――甘い、と。

 

「取引しようぜ、ジン」

 

 また殿下と呼ばれた少年も笑った。

 

「全員生かして帰してやる。だからジンとペストはこちらの軍門に降れ」

 

 全員が絶句した。否、彼の力を知る信長だけは驚きはしなかった。

 この手練を前に、命乞いどころか脅しをかけてきた。命乞いをするべきはお前等だと、彼は言う。

 

「ああ、でもお前は別だぞ」殿下は信長に向き直り「お前はいつでも大歓迎だ。ただし、生きてる間はな」

 

「ありがとう。君を殺してから考えてみるよ」

 

 炎がその手に収まる。――――と、同時に殿下のプレッシャーに耐えられなかった黒ウサギが動いた。

 

「……っ……覚悟!」

 

「そうか、やるのか《箱庭の貴族》。なら仕方ない」

 

 両の手を広げて無防備な背中を晒す殿下。首だけ巡らせた横顔には泰然とした微笑が浮かぶ。

 怒りのあまり黒ウサギの顔がかっと赤く染まる。

 

 彼女の実力は信長もよく知っている。なかでも今手にしている槍は、穿てば必ず勝利が確定するとんでもない代物だ。

 しかし嫌な予感が胸を過る。

 

「駄目だ黒ウサちゃん!」

 

「穿て……《疑似叙情詩(ブラフマーストラ)・梵釈槍(・レプリカ)》」

 

 雷鳴が轟く。雷光が目を焼いた。

 勝利という運命を宿す超常のギフト。かつて神霊に近付いたペストすら焼きつくした軍神の槍。それを、殿下は防御した様子もなく受け止めていた。

 

「な……」

 

「今日は様子見のつもりだったんだがな。残念だぜ、《月の御子》」

 

 予想だにしない結果に身を強ばらせた黒ウサギの懐に振り返った殿下は踏み込む。そこへ割り込む影。

 

「僕を無視しないでよ」

 

 唯一動くことが出来ていた信長が刀を薙ぐ。

 それを殿下は手で受け止めた。

 

「懲りないな」

 

 一言で切って捨てて殴りつける。

 受けた左腕が軋み、威力を殺しきれず体が後方に押される。

 

 その隙に我に返った黒ウサギが再び槍を振るうが、こちらには一切防ぐ気配のない殿下は生身の首で受けた。

 たとえ『穿てば必ず勝利する槍』だとして、そも貫くことが出来なければ勝利は約束されない。あの槍では彼を傷つけることが出来ない。

 

「ふん」

 

 止まった槍を拳で弾き、今度こそ黒ウサギの懐へ飛び込む殿下。

 

「一瞬だけ時間をやる。死にたくなければ《鎧》を召喚しろ」

 

 ほんの一瞬、たしかに彼は無意味に止まった。

 その隙に太陽の鎧を黒ウサギが纏う。

 それを待った上で、彼は拳を突き込んだ。

 

「が……はっ!」

 

 踏みとどまれたのは一瞬。殿下の膂力の前に木の葉のように弾け飛ぶ黒ウサギ。

 庇おうとしたジャックが後ろに回り、しかし止まらない。あわや激突という瞬間、体を差し入れた信長が二人を受け止めた。

 

「あ、ありがとうございます。信長殿。――――その腕!?」

 

 顔が半分割れたジャックが驚いたように炎を躍らせる。視線の先で、自分達を受け止めた信長の左腕が奇妙な方向に曲がってしまっていることに気付いたのだ。

 

「うん、折れちゃった」

 

 本人はさして気にした様子も無く腕の中の少女を覗きこむ。

 

「おーい黒ウサちゃん、生きてるー?」

 

「がはっ……ごほ!」

 

 呼び掛けに応えることは出来ず、黒ウサギは血を吐いた。生きてはいる。しかし、今はと付け加える必要があるが。

 慌てるジャックが声を張り上げる中、信長は黒ウサギを彼に預けて立ち上がろうとして気付いた。着物の裾を、黒ウサギが握っていた。

 

「ジン、坊っちゃん……耀さん、飛鳥さん」

 

 意識は無い。不死の鎧を纏っていたとしても、《月の兎》が如何に強靭な肉体を持っていたとしても、殿下の力はその全てを上回った。

 だというのに、

 

「逃げてください……信長さん、逃げて……!」

 

 ざわり。

 

 黒ウサギの声を聞いて、その姿を見て、不自然に胸が脈動した。

 

「……本当に優しいね、黒ウサちゃんは」

 

 信長は優しく彼女の指を剥がした。そして彼女の頭をそっと撫でる。

 

「でもごめんね、僕馬鹿だからさ」

 

 炎が揺れる。盛る。より強く、より大きく。

 

「こんな状況なのに、楽しくて仕方がないんだよ!」

 

 いとも簡単に飛鳥と耀をあしらっていた殿下は、飛び込んだこっちに気付くとニヤリと笑う。

 

「今度は手加減してやらないぞ?」

 

「あっそ。でも歯は食いしばってた方がいいよ」

 

「なに?」

 

 怪訝に眉をひそめた殿下が吹き飛ぶ。

 血を吐きつつ闘技場へ突っ込む殿下を追って、彼を吹き飛ばした影が飛び込む。

 その正体を知っていながら容赦なく炎を叩き込んだ。

 しかし一瞬で炎は消え去る。

 

「やっぱり駄目か」

 

「ふざけんなコラ」

 

 残念そうにぼやいたところで節々に憤怒を感じさせる声がツッコンだ。

 破砕された闘技場の真ん中に立つのは十六夜だった。

 

「こうもまともに攻撃を受けるとは……」

 

 いつの間にか突っ込んだ闘技場から離れた位置に立つ殿下。口端からは血を流していた。

 

「それにしても、お前等は仲間同士だろ? 今、殺す気だったのか?」

 

「当然でしょう」

 

 信長は十六夜の傍らへ降り立つ。

 

 そう、当たり前だ。気遣いなど無用。そんなものよりもっと大切なことが今はある。

 だからこそ、十六夜も怒っている。

 

「殺るならきっちり仕留めろ」

 

「ごめんごめん。次はそうするよ」

 

 黒ウサギを傷つけたあの少年を叩きのめす。この怒りはコミュニティの総意だ。彼女を傷付けるとはつまり、《ノーネーム》を敵に回した。

 

 会話を終えて二人は跳んだ。まず到達したのは当然十六夜。無造作に拳を振りかぶる。

 殿下は身構え真正面から拳を受け止めるが、

 

「がっ……!?」

 

 予想だにしない衝撃が守った腕を吹き飛ばす。

 体勢を崩したそこへ肉薄する信長。炎を宿した長刀を振り切る。

 先ほど黒ウサギの槍を通さなかった肌を、長刀は容易く斬り裂いた。鮮血が舞う。

 

 間を置かず次撃――――がそれより早く撃ち込まれた掌打が顎を跳ね上げる。

 真上を仰ぐ信長は、薄ら笑いを浮かべて囁く。

 

「捕まえた」

 

 掌打を放った腕を、信長は刀を手放した右手で掴んでいた。

 ゾクン、と殿下の背筋を悪寒が貫く。

 

 轟音。

 

 闘技場を、否、会場そのものを揺るがす十六夜の剛力。普段から意識的に、また無意識に力を抑えた戦い方をする彼は、このときに限ってその枷を外していた。

 

「あっはっはっは!」

 

 ただ近くにいるだけで身の毛のよだつプレッシャーを感じる。直接こちらに殺意を向けられているわけではないのに、先程から震えが止まらない。

 恐怖を受け入れながら十六夜に続いて殿下を追う。

 

『そこまでだ!』

 

 唐突に、正しく湧いて出たとしか思えない黒竜。

 

「退いて」

 

 だというのに、一切の硬直も無く信長は刀を目の前の怪物に向かって振り抜いた。

 斬撃が黒竜の鱗を切り裂き鮮血を飛ばす。

 攻撃の為に立ち止まった一瞬の間。しかしその一瞬の時間を稼ぐことが黒竜の役目だった。

 殿下の窮地に最も不安要素だったのが信長の存在。彼はかつて、少女のギフトを超えてその刀を届かせたと聞いていた。ならば万一にでもそれをさせないために、今ここで足止めする必要があった。

 

「消えた……!? まさか昼間の野郎か!」

 

「御明察」

 

 振り抜いた十六夜の拳は虚空を穿ち、目の前にいたはずの殿下の体は消えた。そしてそれに応える声があったときには、信長の前にいた黒竜も姿を消していた。

 

 一同が見上げた先に並ぶ影達。その背後にたなびく尾を喰らう三頭の龍の旗。

 《ウロボロス》。

 魔王連盟と呼ばれる、今までの事件を裏で操っていた者達。

 

 黒竜から姿を変える、漆黒の鷲獅子。

 ローブを深くかぶる魔女。

 可憐な少女。

 二色の派手な衣装を纏う道化。

 

 そして、彼等を率いるように前に立つ白髪金眼の少年。

 

 体中を鮮血に染めながら、しかし傷を気遣う少女の支えを断って、彼は不敵にこちらを見下ろす。

 やがて彼から告げられる宣告を、それぞれは様々な気持ちで聞くことになる。信長もまた、再び起こるであろう闘争に胸躍らせるのだった。




>閲覧ありがとうございまっす!

>こちらではお久しぶりですみません。そして予想通り六巻が超速で終わってしまいました。どうしよう。

>まま、まずは今話の感想としては殿下へのリベンジ+初十六夜と共闘(?)でした。当初六巻読んでたときは黒ウサギ虐められて信長君も怒り爆発な展開だったのですが、『あれ?信長君てそういうキャラだったっけ?』と元々変態以外不安定な設定が顔を出してきました。結果はあれです。
熱い展開、私大好きなんですけどね!黒ウサギ虐められて十六夜君と一緒に殿下ボッコも良かったかもと軽い後悔。

>さてさて、ここで困ったことを報告。
先も言った通り、六巻が予想通り超速で終わりまして、原作ストックが足りませぬ。いや、実際原作は8巻まで出てて、つい最近新刊きたんですが……新刊が番外編だったあああああ!
まだ中身は読んでないのですが、最初のイラスト見る限りアジさんの決着があるとは思えないw

――――で、せめてアジさんとの決着、ひいては北の話が終わらないことには書きようがないのです。実際妄想だけなら半ばくらいまで展開は決まってるんですが、見切り発車してここにきてとんでもない矛盾発生してしまうのも困りますし……
というか原作に追いついてしまったパターンが初めてでマジで困惑してます。

とりあえず、時間探して新刊読んで、黒ウサギを愛でながら先を考えようと思います。もしかしたらその間に本編の新刊出てくるかもですし!
そうすれば問題無しですぜ!

ではではー
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