問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
「そうは思わないかい? ノブちゃん」
赤と青のド派手なコントラスト。目の痛くなるような格好は、しかし役者のような仰々しい仕草と、本人がそれなりに整った顔立ちをしている優男というのもあってそれなりに似合っている。
ただ、悪く言えば気障ったらしい所作を生理的に受け入れられない人間、それも異性ともなれば鳥肌が立つほど嫌悪の対象となるのは仕方がない。
飛鳥や耀、そしてそんなマクスウェルから狂的な熱愛を注がれているウィラは隠しもせず苦い顔で引いている。ドン引きだ。
そんな中でただ一人、真っ向からマクスウェルに立ちはだかるのは、マクスウェルに負けず劣らずの優男。
いつも通りなんの悩みもなさそうなお気楽笑顔を振りまいて、布で吊った左腕とは逆の腕一本で身の丈ほどの大刀を器用に肩に担ぐ。担いだ大刀からは、時折吐息のように炎が漏れる。
「また会えて嬉しいよ、マーちゃん」
「……ま、マーちゃん?」
「ノブちゃん……」
何故か敵であるはずの男と親しげに話す仲間の少年に、飛鳥は顔を引き攣らせる。
「信長君、貴方あの男と知り合いだったの?」
「心友さ!」
恐る恐る尋ねる飛鳥だったが、答えたのはマクスウェルだった。
突然出された大声に、ウィラが『ひっ』と声を裏返して耀にしがみつく。
「私以外でウィラの美しさを隅々まで把握する唯一無二の理解者さ! なにせウィラの容姿だけで優に百を語り合った仲だからね」
「いやぁ、照れるなぁ」
「信長君、褒められたことじゃないわ。それとウィラが怖がるどころかもう泣いてるからやめなさい」
注意する飛鳥の後ろで、グスグスと耀にしがみついて泣きじゃくるウィラ。恐怖に侵された瞳は、マクスウェルはもちろん、本来味方の味方であるはずの信長にまで向けられている。
それを上手く擁護出来る自信が飛鳥と耀の二人にはなかった。
「だがわからない」
建物の屋根の上で、道化師は芝居がかった調子で額に片手を当てて悩ましげに天を仰ぐ。
「ノブちゃん、君は私とウィラが運命にまでさだめられた両想いだと知っているはずだ。その営みを――――どうして邪魔をする?」
仕草からセリフまで、飛鳥にしてみれば勘違いも甚だしいツッコミどころ満載の男だったが、彼女はいつもの調子でそれに茶々を入れることが出来なかった。
あの眼。
顔を覆う手の隙間から覗く氷のように冷たい眼。
魂が凍えるほどの明確な怒気が放たれていた。
ふざけた装いこそしてるものの敵は魔王。それも今や単独で四桁に昇格した悪魔。
飛鳥や耀はもちろん、信長やウィラにとっても格上の敵。
「マーちゃんとウィラちゃんがお似合いなのは認めるよ。でもやっぱり女の子を泣かせるのは駄目だよ。女の子は笑ってるほうが可愛いんだよ?」
「ふ、たしかにウィラは泣いているがそれは嬉し泣きだ。彼女はシャイなのだよ」
「え、そうなの?」
「ちがうぅ……」
涙声で全否定。
「違うってよ?」
「ノブちゃんは心友の言葉とウィラの言葉、どちらを信じるのかね?」
「ウィラちゃん!」
即答だった。
「それでこそノブちゃんだ!」
もう馬鹿らしくてやってられない。
いっそこのまま二人を置いてさっさと殿下や黒ウサギをあしらったという少女やらを倒しに動いたほうがいいのではないかと飛鳥は本気で考え始める。
今この瞬間が無駄な茶番にしか思えなかった。
だから、
「だがいくらノブちゃんとはいえ、我が愛しの花嫁との逢瀬の邪魔はさせん」
「え?」
失念していた。敵は境界門を操る悪魔。距離など無意味。
それをようやく思い出せたのは、すぐ後ろから声を聞いたその瞬間。
気付いた時にはすでに致命的だった。
「まずはウィラに付きまとう害虫駆除からだ」
炎と氷が牙を剥く。
「こーんな可愛い女の子達を虫だなんて、失礼だよ」
再びマクスウェルを引き剥がす斬撃。
マクスウェルの生み出した炎と氷は信長の刀から生まれた炎に呑み込まれる。さらにはマクスウェルまでも呑み込まんと襲いかかる。
「ふん」
つまらなそうに吐き捨てる。
たくしあげたマントから発生した冷気が信長の炎を凍らせる。
「地獄の劫火より温いこの程度の攻撃では私に傷一つつけられはしない」
「どうかな?」
「!?」
一度は凍りついた炎が氷の中で脈動する。氷を喰い破って飛び出した。
それはまるで生きているかのようにうねり、マクスウェルの氷を呑み込んで燃え盛る。まるでマクスウェルの霊格を喰らって肥大したかのように。
魔剣、《レーヴァテイン》。
「なるほど、悪食の炎か」一歩二歩と飛び退りながら「地獄の劫火より温いと言ったのは訂正しよう。……しかし! 私とウィラの愛ほどではない!」
雄叫びと共にマクスウェルの霊格も増す。先程より強力な冷気が炎を、大気を、空間を捻じ曲げ凍てつかせる。
喰らう炎と停止の氷。
せめぎ合う二つの力の余波に飛鳥は思わず顔を庇って踏ん張った。
やがて、二つの強大な力の衝突は街の一角を丸々凍りつかせるマクスウェルに軍配があがった。
「所詮不透明な伝承の武具に過ぎないその剣程度で我が恋心を砕くことなど出来はしない。それにいいのかい?」
薄い笑みをマクスウェルは浮かべる。
「今執行されているルールでそんなに張り切って」
「あれ?」
「信長君!」
カクン、と突如として信長の膝が折れる。
額にびっしり浮かぶ汗。気付けば肩を荒らげて息をしている。
「いけない! 男の人は無理しちゃ駄目だ!」
慌てたように耀の声が飛ぶ。
その理由は敵が執行したゲームルールによる衰退の呪い。
加えて信長のレーヴァテインは主の生命力を喰らって炎を生み出す魔剣。奪われる体力は普段の倍ではきかないだろう。
『いかん! あの小僧を守れ!』
信長の劣勢を感じ取った火龍達が信長の援護に動く。
しかしそれを敵が黙って見ているはずもない。ましてや敵の本拠地に、いくら四桁の魔王とはいえマクスウェル単独でやってくるはずがなかった。
「いやはや、ここは私達が愛を語るには邪魔者が多すぎる。――――蛮族など不要と思っていたが、どんなものにも使いようはあるものだ!」
うんざりした顔で火龍達を一瞥し、翼のように両腕を広げる。右からは炎、左からは吹雪。
炎熱と極寒の狭間より、数多の巨人族が雄叫びをあげながら現れる。
突如都市部へ出現したときと同じ、マクスウェルの境界門をくぐって巨人軍が転送されたのだ。
信長を援護しようとしていた火龍達は現れた巨人軍に対応を余儀なくされる。
「信長君!」
「信長!」
孤立した信長が複数の巨人に囲まれるのを見た飛鳥達がたまらず飛び出す。
「ウィラを連れて何処へ行く気だい、小娘」
そこへ再び気配なく現れたマクスウェル。
道を遮られる。それだけで迂闊に動けない。
「君等がどこへ行こうが興味は無いが、我が花嫁は置いて――――ああ、まったく」
悠然と立ちふさがっていたマクスウェルだったが、言葉の途中で呆れのような表情を浮かべると演技掛かった仕草で首を左右に振る。
その仕草の意味を測りかねて数瞬思考に耽った飛鳥のそれは隙だった。
「GYAAAAAAAA!」
「しま……っ!」
背後から強襲を受ける二人。
振り上げた岩石のような拳をすでに振り下ろされていた。
だが、拳は飛鳥を押し潰すことはなかった。
「邪魔」
何故ならその前に巨人の体は頭頂部から真っ二つに泣き分かれてしまったのだから。
炎上する巨人をさらに薙いで斬って捨てて、そこに立つのは信長。見れば先ほどまで彼を取り囲んでいた巨人達も血の海を築き上げていた。
「信長君……」
飛鳥は素直に信長の無事に喜ぶことは出来なかった。
彼はいつも通り笑っているものの、その顔色は決して良いとは言えず、今尚尋常ではないペースで体力を失っていることだろう。
巨人達の包囲網の突破。飛鳥を襲う巨人の撃退。その一切に彼は手を抜かなかった。
衰退の呪い。魔剣の侵食。
それらを知りながら彼は当たり前のように力を行使した。
味方である飛鳥が気付けるように、だからこそマクスウェルは呆れたように嘲弄を浮かべる。
「最早呆れを通り越して感動するよ。けれどノブちゃん、その行動は決して賢いとは言えないよ?」
「昔から賢いだなんて言われたことないよ」
ふざけた調子で返す信長。
大丈夫か、などと飛鳥は訊けない。どうせ答えは決まっている。
彼は戦場を目の前に退く気はない。邪魔をすれば飛鳥とて斬ることに躊躇わない。それが信長という人間だ。
わかっていても、気遣うことはやめられない。
「何故だい?」
マクスウェルは尋ねる。
「それほどまでに私の邪魔をする理由がわからない。良ければ教えてくれないか?」
マクスウェルはこの期に及んで悠長に会話に興じる。時間稼ぎは体力をすり減らしている信長に回復のチャンスを与え、ウィラを取り逃がす可能性を広げる。明らかに向こうにしてみれば利がない。
それもこれも向こうの余裕の表れなのだろう。
境界跳躍があればたとえどこへ逃げようとウィラに追いつける。回復されようと、援軍がやってこようと、撃退出来る自信の表れ。
それらがわかっている飛鳥達だったが、今は迂闊に動けない。この程度の隙を突いたこところで倒せるほど容易な敵ではないのは先ほどの攻防ですでにわかっている。
張り詰める緊張を保ちながら、彼女達は問われた少年の答えを待つ。
やがて彼は言い放った。
「それはね、僕もウィラちゃんが好きになっちゃったからかな」
「は?」
「「へ?」」
最初はマクスウェル。次に飛鳥と耀が間の抜けた声を思わずあげた。
「……ノブちゃん」底冷えするような声で「悪い冗談はよしてくれ。いくら君といえど――――殺すぞ?」
それは先ほどとは比べ物にならないくらいの殺意と怒り。
「冗談じゃないよ。僕はウィラちゃんが欲しい」
「本気かい?」
「うん。なっといってもウィラちゃん可愛いしさ!」
「そんなことは許さない」
「なら彼女に聞いてみようよ」
「――――ふぇ?」
唐突に二つの視線の的となった青いツインテールの少女は目を丸くする。
それもすぐに怯えるものとなる。
「ウイイイイイイイイィィィラアアアアアアァァァ!!!! 当然、私を選ぶだろう? 君と私は赤い糸で結ばれているのだ。これは運命だ!」
「第一印象から決めてました。その大きいおっぱい触らせてください!」
馬鹿馬鹿しいとしかいえない全力の告白が飛び交う。
泣きそうな顔でしがみついた先の耀の顔を見上げている。その表情を見るだけで彼女がなにを言いたいのか、飛鳥はわかる。
どっちも選びたくない、だ。
それには飛鳥も同意する。
相手はどちらも超弩級の変態。一方はストーカー。一方はセクハラ。
後者については後ほどきっちりとっちめてやろうと決めつつ、今は答えを出さない限り動く気配はない。選んだ結果どうなるかはわからないが、しかし今出す答えは決まっている。
ウィラにしてみれば非常に不本意であるだろうが。
視線を合わせて頷く耀も同じ結論らしい。
彼女が何事か伝えると、ウィラは顔をさらに泣きそうにして幼子のように頷きを返す。
「さあ!」
「さあ!!」
信長とマクスウェルが詰め寄る。
先ほどまで殺し合いをしていたくせに。
耀の服の裾を掴んで俯きながらも二人の前へ出るウィラ。震える唇が開く。
「…………の」
信長がぱぁ、と顔を明るくし、
「…………ま」
マクスウェルが勝利を確信して天を仰ぎ見て、
「あ……う……」
「頑張って、ウィラ」
今にも声をあげて泣き出しそうなほど怯えきった少女へ耀は献身的に声をかける。
ウィラはそれに頷き返し、そうして遂にその名を口にした。
「の――――の、ぶながぁ」
もごもごと蚊の鳴くような声で、しかししかと答えた。
「――――よ、っしゃあああああああああああ!!!!」
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その瞬間、二つの異なる雄叫びが轟いた。
「もういやだぁ……」
「ナイスファイト」
胸に飛び込んで泣きつくウィラを、耀は同情の念を抱きながら優しく頭を撫でてやる。
「えっへっへー。それじゃあお言葉に甘えてウィラちゃんの胸を――――」
手をワキワキと動かしながらウィラに迫ろうとする信長だったが、突如後ろに跳ぶ。刹那、信長が立っていたその位置を氷の波が駆け抜ける。
一瞬遅れて巻き込まれたのか、信長の腕を吊っていた布が氷に閉ざされた。
マクスウェルの周囲は炎と氷が踊り狂っていた。それはさながら彼の今の心情を現すかのように。
「ノブちゃん、どうやら君と僕が出会ったのもまた運命だったらしい。宿命だ。ウィラをかけて争う生涯唯一の宿敵」
「ようやく本気になってくれたね。嬉しいよ」
マクスウェルは氷の表情で、しかし心底無念だというように首を振る。
「残念だよ。初めての心友だと思っていたのに。――――しかしいてはならないのだ! ウィラが私より愛する者など!」
ウィラにしてみれば、そんなものはいくらでもいると訴えたかった。むしろ信長達は最底辺の争いなのだと。
言ったところで聞かないのはわかっている。
「僕は今でも心友だと思ってるよ」
「決めようじゃないか。どちらがよりウィラに相応しいか!」
刀を抜く信長。
マクスウェルの周囲に濃密な力の渦が生まれる。
「見せてあげるよ。ウィラちゃんに選ばれた、ウィラちゃんに選ばれた僕の実力を」
「二度も言ったなああああああああああああ!!」
二つの
はい、シリアス回でした(←!?
>閲覧ありがとうございましたー。随分と日が空いてしまい申し訳ないです。亀更新改めナマケモノ更新とでも命名してやってください。
ここ数ヶ月は仕事がピーク通り越してオーバーヒートしてるのでまだまだ終わりは見えてこない!!
>てなわけで信長君には耀、ウィラと一緒にマクスウェル戦に参加してもらいます。飛鳥はこの後分かれて巨人達の相手をしてもらう予定です。
そして念願のウィラちゃんセクハラ万歳!!万歳!!
実はこの戦い、新刊まで通して一番の被害者でございます。皆さん黙祷。
>まま、この先も更新は遅いのですが、どうぞ気長に待ってやってください。でも更新遅いぞ馬鹿野郎!という声も受け入れます。どMなので(引き)
それでは次話でー。