問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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五話

「流石だ! 流石は閣下だ! これでもかってぐらい甘い夢を見ている連中に、これでもかってぐらい最高のタイミングで現実を叩き返しつけやがった! 相も変わらず酷い奴だ! ああ……これこそが魔王だ。最っっ高にイカしてるよアンタッ!! これがギフトゲームだ。神魔の遊戯! お前もそう思うだろ? ――――彩里 鈴」

 

「……はい、先生」

 

 

 投げ出した足をばたつかせて子供のようにはしゃぐ男の後ろで、リンはただじっと、凍りついたように微動だにしないで立ち尽くしていた。首だけを巡らせて声をかけられても上の空の返事しか出来なかった。

 それに対して男はなにを感じだとのか、それとも端から興味が無いのか喉奥で笑うのみだった。

 

 この男はリンの師であり、同時に現在リン達も所属している《ウロボロス》に所属する『遊興屋』と呼ばれるリン以上の策士。そしてかつて《幻想魔導書群》を率いた人類の幻想種である。

 

 リン達は今、現在戦闘が行われている仮想ロンドンの都市にいない。しかし戦況を把握出来るのは、男が持ち込んだ千里眼の恩恵を宿した九尾の尾で作られた布によるもの。これがあれば位相のズレたゲーム盤を覗き見ることが出来る。

 

 位相のズレた布の向こう側では現在アジダカーハと、アジダカーハを打ち倒そうと集まった連合コミュニティが戦いを繰り広げている。そして今、連合のひとつにして南の階層支配者《龍角を持つ鷲獅子》の党首であるサラのギフトゲームがアジダカーハによって破られた。複数のゲームルールでアジダカーハの動きを封じていた3つのゲーム、その中でも特に難易度が高いものが僅か1日足らずでクリアされたのだ。

 

 アジダカーハはただ強大な力を奮うだけの魔王ではない。人類の悪意の具現であるあれは人類の総決算たる知識をも備えている。あれにかかればどんな高難易度、複雑なゲームであろうと解けないものはない。

 

 そんな正真正銘の化け物と、殿下は対峙しなくてはならない。

 

 リン達は《ウロボロス》と手を切りたいと考えている。現状は組織がリン達を生かすことに――――というより、正確には殿下に生かす価値があるとして見逃してもらっているようなもの。彼等の気が変わろうものなら容赦なく消される。

 

 だがこの男、グリムの詩人が言うにはここでその価値を示せるなら今しばらく猶予が与えられるのだという。リン達としてはその間にジン達との交渉を進めていきたいのだ。

 

 

「殿下……」

 

 

 だがどれもこれも、結局は殿下が生き残れなければ意味が無い。リン達は彼の為に、彼を神輿として担ぐのだと決めたのだから。

 

 

「ところで先生。」

 

 

 リンはちらりとアジダカーハとは別の映像を見やる。そこはアジダカーハが暴れる戦場の上空。空中城砦。

 連合にとっての本丸にいきなり飛び込んだのは、空間転移を得意とするマクスウェルであった。今や天使――――先生曰く天使モドキ――――になりつつある異形の道化師の急襲に連合本部はかき乱されていた。

 元より主力のほとんどはロンドンの街でアジダカーハと戦っている。ここに残るのは切り札としての役割を持つ十六夜や、支援を主とする非戦闘員ばかりだ。

 切り札は最後まで温存したい。しかし、転移の恩恵を操るマクスウェルが万が一にでも非戦闘員に襲いかかれば彼等ではひとたまりもない。

 

 

「乱入を許すなんて先生らしくないですね。マクスウェルはコウメイという男に任せるのではなかったのですか?」

 

「ああ、それな」

 

 

 ガリガリと頭部をかき混ぜる男。

 

 

「さすがにこれは予想外だったわ。あのコウメイを無視するほど理性がぶっ飛んじまってたのもだが……まさかあんな天使モドキの足止めすら出来なくなってたとはな」

 

 

 落胆。失望。呆れを含めてぼやいた。

 

 一体、彼はこの状況をどういった結末で締めくくるつもりなのだろうか。

 

 リンが得ている情報を鑑みるに、アジダカーハに連合が勝つ可能性は限りなくゼロだ。恐ろしいことに、200年前、それとそれ以前に施された2つの封印によってアジダカーハの身体能力は元来の半分以下まで減衰されている。それでも勝てる見込みは少ない。

 

 理由のひとつはアジダカーハの持つ《疑似創星図》――――アヴェスター。あれは彼自身属する、拝火教における善悪の二元論、それを高速で構築することが可能な相克の恩恵。その内容は敵対する神霊の力をそのまま自身に上乗せしてしまうというとんでもないものだ。つまりたとえどんな強力な神霊がいたとて総体的な力でアジダカーハを上回ることは出来ない。逆に単独においてアジダカーハの力を増強する結果にしかならない。

 迦陵の炎を打ち消したのもこの恩恵によるもの。性能だけでなく、恩恵すら相殺したのだ。

 

 だが、それを掻い潜れる種族がたった1種だけ存在する。ひとつの宇宙観……年代記をアジダカーハと共有する種族。それこそが人類。

 人類だけはいくら数を揃えようとも1体以上を力を模倣されることはない。彼等だけがアジダカーハを打倒し得る可能性を持っている。故に、いやだからこそ、アジダカーハは人類最終試練なのだ。

 

 現在この戦場にいる人類で、アジダカーハを倒せる可能性を持つ者はリンが思い浮かべるだけで精々が5人。しかし実際それを成し得る者を選ぶならたった2人。

 1人はリンの主である殿下。もう1人は主催者側の十六夜。

 

 この2人が共闘するのが最も勝率の高い作戦だと思うが。

 

 

(無理だろうなぁ)

 

 

 アンダーウッドに始まりこの北でも、リン達は十六夜達にとって限りなく悪として敵対行動を取っていた。リン達にもそれなりの理由があったとはいえちょっとやそっとで許されるとは思えない。ましてや背中を預けて共闘など――――

 

 

「!?」

 

 

 ゾクン、とリンは突如襲う悪寒に背中が泡立つのを感じた。例えようもないプレッシャー。その出処はすぐにわかった。

 

 

「せ、先生……?」

 

 

 震えきった声で男の背に呼びかけた。

 

 しかし、男の方は聞こえていないかのように反応をみせず、布地の向こうを睨みつけているようだった。

 先ほどまでの上機嫌が嘘のように、その気配には怒りが滲んで見えた。

 

 

「ったく。キャストも大物。ストーリーも上々。こんな見応えのあるゲームは久しぶりだっていうのに――――どうしてこんな異物が混じってやがるんだ?」

 

 

 リンが覗き込むと、どうやら見ているのは空中城塞、つまりは十六夜達とマクスウェルの戦場。自我を失い今にも暴れ出しそうなマクスウェルと対峙する十六夜。彼我の実力差は歴然であるものの、空間跳躍を使うマクスウェルを十六夜が捕まえられるかどうか。

 非戦闘員の避難を優先した死神クロア=バロンが戻ってくれば話は変わってくるのだが……。

 

 しかしそこに先に現れたのは山高帽に燕尾服の神ではなく、ボロボロの和装をはためかせる黒髪の少年だった。

 

 

「信長さん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信長?」

 

 

 たったひとりマクスウェルと対峙していた十六夜の目は、今にも飛びかかってきそうな敵ではなく城の頂上付近へ向いていた。足場の少ない崩れつつあるそこに、いるはずのない人間が立っていた。信長だった。

 白の和装は見るも無残な有り様で、血染みも酷くこびり付いている。

 その染みの血のほとんどは彼自身のもので、それだけでどれだけ重傷であったかよくわかる。実際、彼は城に運ばれてから意識は戻らず、処置すらままならず彼の武具であるレーヴァテインの炎に包まれ手を出せなかったという。

 

 はたして、クロア曰く諦めた方がいいとまで言われていたはずの彼は今この戦場に立っていた。右手に例の如く刀を持ち、何故か左手では大きな風呂敷を肩に担いで。

 

 

「……生きていたのか」

 

 

 不意に隣に現れた気配。山高帽子に燕尾服、生と死と快楽の神霊。金糸雀から伝言を預かって十六夜の前に現れたときから人を喰ったような態度の死神は、しかし今はらしくもない厳しい顔つきをしていた。

 その顔に違和感を覚える。仮にも仲間である信長の参戦。ここは増援を喜びこそすれこんな顔はおかしいではないか。しかも今のセリフ、まるで生きていて欲しくなかったかのように聞こえる。

 

 まあ、今はそのことの追求よりやることがある。

 

 

「なんだ、重傷だって聞いてたが案外ピンピンしてんじゃねえか。春日部やお嬢様が知ったらまず殴られるかもな。『心配させて』って」

 

「あー、うん。ごめんごめん。けど本当に死んじゃうところだったんだよ? 三途の川は見えたんだけどさー。生憎文無しだったから連れて行ってもらえなかったんだよ」

 

 

 ヤハハと笑う。少しだけ、現れた瞬間の信長の気配に違和感を覚えたのだが、会話が成立したことで気のせいだったと思い直す。のらりくらりとした性格は死に瀕して変わらないらしい。

 

 

「馬鹿は死んでも治らないってのは真理だな。――――このストーカーをぶっ倒す。手ぇ貸しやがれ」

 

「…………」

 

 

 クロアは何かを言いたげだったが無視をした。

 クロアに信長、そして十六夜。これだけの戦力が揃えばマクスウェルといえどすぐに倒すことは可能だろう。本命の作戦までもうすぐ。あまり時間はかけていられない。

 

 本人こそ自覚はなかったが、十六夜にしては珍しい協力の申し出。それだけこの後に控えているアジダカーハとの戦いはギリギリのものになるという確信からだったのだが、それに対して信長はのんびりとした語調で答えた。

 

 

「ううん。マーちゃんの相手は僕が引き受けるよ」

 

「……あん?」

 

 

 返答は拒否。それに妙な愛称で呼ぶ始末だった。

 

 

「お前、このストーカーと知り合いだったのか?」

 

「まあね。ウィラちゃんの魅力を語り合った唯一無二の心友だよ」

 

 

 カラカラと笑いながら信長は続ける。

 

 

「だから彼は僕にちょうだい。ほら、十六夜にはやることがあるんでしょ?」

 

 

 十六夜はしばし考えこんで沈黙する。確かにここで万全の体勢を整えてアジダカーハへの作戦を開始出来ればそれが最善だが、ここで十六夜が去るということはクロアもここを離れるということだ。マクスウェルの空間跳躍に唯一対抗出来る恩恵を持つのがクロアなのだ。

 マクスウェルの様子から、すでにあれから自我は感じられない。もし信長を無視して城内の者達を襲い始めたら、最終的に倒せても甚大な被害が出てしまう。

 

 そのことは信長も重々承知だったらしく、彼は左手に持っていた大きな風呂敷を示す。

 

 

「だーいじょうぶ。お城の中のみんなには手は出させない。その為の切り札を持ってきたから」

 

 

 やけに自信満々な信長。

 十六夜は数拍置いて、右手で後頭部を掻いた。

 

 

「同情こいて逃がしでもしたら後で女子組にこってりしぼってもらうからな」

 

「それはそれでむしろ僕の方からお願いしたいかもしれない」

 

 

 はっ、と十六夜は鼻で笑った。

 

 

「行くぞ」

 

「本気か?」

 

 

 クロアが訪ねてくる。

 

 

「テメエがあいつを一体どう思ってるかは知らねえが、あいつは俺達の仲間だ。それを抜きにしても、少なくとも今はこれが最善だろ?」

 

「むぅ……」

 

 

 理解はしたが納得は出来ない。そんな顔をしながらも、クロアは境界門を開いて十六夜と2人作戦位置に跳んだ。




閲覧ありがとうございます。

>あけましておめでとうございます!!!ええ、ええ、誰がなんと言おうともあけましておめでとうございます!だって年は明けたのだから!明けたならたとえいつ言ったっていいはずですから!!

あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。更新遅くてごめんなさい。

>さてさて言いたいことは言ったので本編の話題に戻りましょうか。遂に11巻までぶった切っての全力失踪(誤字にあらず)でございますよ!いやいやピックアップは基本信長君だとはいえ、そこだけ切り取るととんでもないショートカットとなるのですね。
しかしこの対決の構想は原作読んでからあったのでどうしても外せないです。原作ではあっさり退場の我らが変態マーちゃん、はたしてこちらではどうなってしまうのか!?そこに乞うご期待くださいませ!信長くんの活躍はそのおまけぐらいに期待していてください。

>改めまして。皆様の2015年は素晴らしいものであることを願っております。

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