問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
繰り出した右の薙ぎ払い。首を狙ったそれを十六夜はしゃがんで回避。刀を翻して袈裟斬りに移行――――しようとしたところを緊急停止。首を横に倒した直後、耳元で空気が唸る。突き出された拳が大気を穿った。
信長は流れる冷や汗をそのまま、今度こそ袈裟に刀を振り下ろす。銀閃となって肉を断つはずの刃を、十六夜は一切躊躇わず上から落とした左肘で弾く。お返しとばかりに今度は回し蹴り。
刀が弾かれた瞬間に後ろへと跳んでいた信長は紙一重で躱す。しかしカマイタチとなった蹴撃に、パックリと着流しは真一文字に裂けていた。
一秒にも満たない刹那の攻防。
「はは! 素手で刀を防ぐとか出鱈目過ぎるよ」
「俺の動きについてこれるってのも充分出鱈目だと思うがな!」
言葉を直後には両者の間合いは再び零へ。刃と拳が交錯する。
★
(あり得ないのですよ……)
黒ウサギはやや離れた所からその戦いを見ていた。壮絶なその光景に唇が震える。
ふたりの動きはすでに人の域を超えている。そも、十六夜の超人さは水神との戦いですでに見せてもらっていた。素手で神格持ちを倒す彼に今更驚かされることも無い。
だが、信長は違う。
信長の身体能力も確かに人間離れしてはいる。が、それは十六夜はもちろん、黒ウサギや耀と比べても明らかに劣っている。それでいて彼が十六夜の動きについていけているのは偏に彼の『眼』だ。
視野の広さも去ることながら、その動体視力と優れた観察眼で十六夜の僅かな動きから次の行動を先読みしているのだ。また、彼だけが唯一何らかの武術に精通しているらしいというのも、彼の図抜けた予測の一因なのかもしれない。圧倒的な身体能力の差を、彼は予測と経験でカバーしているのだ。
――――だが黒ウサギが、彼女が顔を青ざめさせている理由は
彼等は本気だった。本気で相手を殺す為に攻撃している。今の一撃も、その前の攻撃も寸止めするつもりなどさらさら無い。瞬後相手の急所を貫く斬撃を、粉砕する拳撃を、彼等は躊躇いもなく繰り出している。……そのことが黒ウサギには信じられなかった。
黒ウサギから見て彼等の仲はそう悪くなさそうだった。相性でいえば十六夜と飛鳥に、個人では感情の起伏が薄そうな耀に不安があるぐらいで、彼等男性陣にはそれほど不安はなかった。どちらも問題児には変わりないが。
さっきまで談笑していた相手を、名を名乗りあって意気投合していた相手を、今は互いに相手の命を刈り取ってしまって構わないとばかりに刃と拳を繰り返し交換する。
なにより、彼等は笑っていた。
肌を掠めた冷たい刃の温度を感じても、山河を砕く拳が耳元を通り過ぎても。
一瞬の判断の迷いで死に直結するやり取り。
互いの体に徐々に増えていく傷で朱に染まっていきながら、彼等は歯を剥き出しにして笑うのだ。
仲間の為ならば煉獄の炎にさえ飛び込む覚悟を持つ黒ウサギにとって、目の前の光景は理解の範疇を超えていた。
★
「しっ!」
鋭い吐息が聞こえた瞬間、十六夜の視界の端に鋼の刃が映った。膝を折って体勢を低くする。すぐ頭上で切り裂かれる風の音。ブチブチと逃げきれなかった金の頭髪が目の前を舞った。一歩、踏み込んだそこは信長の懐。
「終わりだ」
髪を切られた怒りを握り込んだ拳に込める。かつて異空間を叩き壊した、星さえ砕く一撃。
かつてない、同じ人間でありながらの強敵を目の前にした十六夜は自らも気付かずリミッターを外しかけていた。
けれどそれは信長も同じこと。
「甘いね」
口元は笑っているくせに眼だけは刃のようにギラついた光を放つ。
信長は踏み込んだ十六夜の足を思いっきり払った。常人ならば強靭な十六夜に蹴りを入れれば、蹴った方の足が折れるものだが、信長はきっちり踏み込んだ左足、その膝裏へと狙い定めて撃ち込んだのだ。
「チッ……!!」
刀への警戒ばかりで下への注意が散漫になっていた十六夜は僅かに体勢を崩す。十六夜はそのまま倒れてしまえばよかった。或いは攻撃動作を完全に放棄するべきだった。
十六夜はその場にとどまろうと踏ん張った。倒れまいと踏みとどまった。倒れはしまいと踏ん張ったその僅かな硬直を、信長は待っていたとばかりに狙い撃つ。何度も繰り返された首への斬撃。まともに刃が通じるかわからない十六夜を殺すには、とにかく急所を狙うしかないと彼はわかっていた。
十六夜が戦いの素人であることなど信長はとっくの昔に見抜いていた。同時に自分とは比較にならない十六夜の身体能力にも。
十六夜ほどの膂力があれば全力での攻撃など不要である。その半分ほどの力でも充分に信長を破壊することが出来るというのに、彼は感情の赴くまま、隙だらけの全力攻撃の溜めを作った。そこにつけ込んだ。
体を硬直させたいま、今更回避しようとしても間に合わない。はたしてこの刀で首を落とせるか。落とせたとして、それで十六夜が死ぬのか。そんなこと信長にはわからない。でも、もし首を落として生きていたらとりあえず首を踏み潰して粉々にしてみよう、そんなことを考えながら刃を振り抜く。
「――――ッめんなあああああ!」
体勢は崩れていた。動きも止まっていた。溜め込まれた力のほとんどが霧散していた。
だというのに、十六夜の拳はそれでも第三宇宙速度に匹敵する速さで絶妙なカウンターで信長の刀をかち上げた。尋常ではない衝撃を横っ腹に受けた刀は根本から折れて上空へ投げ出される。
振り抜いた刀。手元に残った柄と鍔、僅かに残された刀身を見て信長は苦笑を浮かべた。
「本当に出鱈目過ぎるよ、十六夜は」
「お互い様だろ。今のはちょっとやばかった」
表面上笑みを作りながら、一体何時ぶりかもわからない冷や汗が十六夜の背を伝った。スピードもパワーも間違いなくこちらが上。それなのに躱しきれない、詰め切れない。
これがかつて一度は日ノ本を統一しかけた男。戦国の世を力でもって治めた魔王。
得物を失った信長は、しかし降参の意志を微塵も見せない。信長にとって刀は所詮道具。あればよし。無ければ無いで構わないといった風だ。精々今だって、刀が短くなった程度にしか思っていないのだろう。
だから油断はしない。熱くなりすぎた頭を冷やす。されど昂揚する心は滾らせたままに。
再びぶつかり合う為にどちらともなく一歩前に踏み込もうとしたそのとき、
「いい加減にしやがりませ。この、お馬鹿様方あああああああああああああ!!!!」
仲間同士の殺し合いに遂に耐え切れなくなった黒ウサギが、緋色の髪とウサ耳を逆立てて、涙ながらに雷の槍をこちら目掛けてぶん投げたのだった。
★
信長と十六夜のひょんな殺し合いからすでに一週間。非戦闘員の子供達を除いてノーネーム全メンバーが、《ペルセウス》の本拠地、白亜の宮殿の前に揃っていた。
当初、レティシアを所有するコミュニティ、ペルセウスの頭首はレティシアの返却を賭けた遊戯を拒否した。利点が無い、と。
しかし唯一つ彼が出した条件、黒ウサギとの交換であれば要求を受け入れると言い放った。当然ノーネーム一同は却下。
ならばどうするか。どうにかしてレティシアを取り戻す方法を模索していた面々の前に、ふらりと行方を眩ませていた十六夜が持ってきた二対の宝玉。それは英雄ペルセウスに挑戦するための証の秘宝であった。彼はたったひとりで試練たる遊戯を突破し、見事正面からペルセウスに挑む権利を得てきたのだった。
――――が、歩を進める信長はむくれっ面だった。
「ぶー。十六夜抜け駆けこれで二回目だからねー」
「文句があるなら一週間前の続きでもやるか?」
ニヤリと笑う十六夜。望むところだ、と言いたいのだが信長は困った顔で器用に笑う。
「そうしたいのは山々なんだけどねえ」
チラリと見やった先、黒ウサギが信長に負けず劣らず頬をふくらませてこちらを睨んでいた。その目が若干潤んでいるのもばっちり見えている。
信長と十六夜は顔を見合わせて、互いに肩を竦めた。
一週間前、信長と十六夜に落雷を落とした黒ウサギが直後泣き喚いて珍しくふたりで狼狽えたのは記憶に新しい。余程仲間同士の殺し合いが嫌だったのか。
「また雷落とされるのも困るし、今回は大目にみてあげるよ」
「は、黒ウサギには随分優しいんだな」
「僕は昔から友達には優しいよー」
ただ、それ以外に容赦がなかっただけである。
「特に女の子には!」
「十六夜さんだって仲間じゃありませんか!」
ウサ耳を逆立てて抗議の声をあげる黒ウサギ。
信長は首を傾げる。
「んー、十六夜はほら、『宿敵』と書いて『友』と読む! ……感じ?」
「仲良くしてくださいよぉ……」
「半分だけね」
「そりゃありがとうよ」
くつくつと喉奥で笑う十六夜。カラカラと信長は笑った。黒ウサギだけはまだ納得がいかなそうな顔をしていた。
「お楽しみ中失礼するけれど、そろそろ敵陣よ?」
黒ウサギを含めて騒がしい面々を飛鳥が宥めるという珍しい構図。黒ウサギだけが『す、すみませんでした』と申し訳無さそうにウサ耳を下げる。無論、男子ふたりは弁える様子は無い。
「それより信長君」不意に飛鳥が「本当によかったの? 私と一緒に露払いの役回りだなんて」
今回の遊戯の役割は大きく分けて三つ。ジンと共に敵の首領を倒す。それを補佐し、見えない敵とやらからも守る役。最後に、大多数のその他大勢を蹴散らす役割だ。前者ふたつの役はどうあってもジンと行動して敵本陣を目指すのだが、最後の役割だけは完全な別行動。おまけに最大の敵との対決の可能性は無いと言い切っていい。
飛鳥は十六夜からの忠告もあって最後の露払いの役を請け負った。五感に優れる耀はジン達の補佐。そして十六夜がルイオスとの対決。
本来なら飛鳥も耀も大一番を任されたい気持ちがあったが、適材適所というものがある。――――というのは建前で、正直飛鳥達ではルイオスの相手は難しいだろうという判断であった。彼は飛鳥の《威光》のギフトに抗ったそうだ。格下相手となれば圧倒的なギフトも、同格以上となると並みの身体能力しか持たない飛鳥には厳しい。加えて、最も厄介なのはルイオス自身では無いとも聞く。
兎に角、本音を言えば見返してやりたい気持ちを堪えて、飛鳥と耀は今回全面的に補佐の役割を渋々受け入れた。しかし信長だけは違った。彼だけは、自らルイオスとの戦いを辞退したのだ。
「僕じゃあ石化の攻撃を防げないからね。それに相手が本当に白ちゃん並なら、僕じゃあ手も足も出ないで殺されちゃうよ」
「意外」耀が目を丸くして「信長はそんなこと考えない人だと思ってた」
強大な敵だろうとなんだろうと、誰かれ構わず牙を剥くものだと思われているようだった。事実この場の誰もがそう思っていた。
「僕は勝負っていうのをとことん楽しみたいんだ。赤ん坊を殺したってなんの張り合いもないでしょう? その逆だって同じさ。一瞬で殺されちゃうなら楽しむ暇なんてないもの」
でもまあ、
「……いざ目の前にいたら、我慢出来なくなっちゃうと思うけど」
最後の呟きは誰にも聞かれることはなかった。
「得物はなくて平気か?」
「平気。いざとなれば木の枝でだって相手は殺せるんだよ?」
はたしてそれで神や英雄を殺せるかはさすがに試したことはないが。
白亜の宮殿を目の前にして、大きな門扉が信長達の前にそびえ立つ。
「ひとつ提案があるんだけど」
門扉へ近付くみんなへ、信長は口を開く。
「黒ウサちゃんは僕の可愛い友達だ。レティシアちゃんもすっごく可愛い女の子だった。そんなふたりを泣かせたあいつらが、実はとても許せない。だから、僕はただひとつだけを取り返すだけじゃあ物足りない」
言わんとしていることを、問題児たる三人はいち早く理解したらしい。未だ理解に及ばない黒ウサギとジンは首を傾げている。
信長は続ける。絶えず笑っていた。しかし、声音だけは冷えきっていた。
「どうせなら徹底的にやり尽くそうよ。壊して奪って、泣かせて這いつくばらせて……涙ながら許しを乞うた目の前で、僕は全てを壊してやりたい」
恐ろしいほど歪みない笑顔だった。それがひとりではない。
『賛成!!』
十六夜の前蹴りが門扉を破る。開戦の合図は盛大だった。
ペルセウスのリーダーは正真正銘の外道である。それなのに、黒ウサギはほんのちょっぴりルイオスに同情してしまうのだった。
閲覧ありがとうございました。
>……ええ、色々言いたいことはあるでしょう。十六夜とのバトル短い、《ペルセウス》とのゲームが無い、つかルイオス出てきてない、女性陣出番少ない、黒ウサギもっと弄ってくれ。
ええ、まったくですよねほんと!
>後半二つは是非とも今後に期待してください。応えられるかはわかりませんが、必死に黒ウサギを辱めてやりましょう。前半三つは、もうどうにもなりませんですはい。
一応ペルセウス戦の構想はあって、信長は飛鳥と一緒に囮&攪乱の大暴れだったのですが……実際それだけならいらないのではないかと途中で思い至りました。ルイオスの方にいかないと重要性も少ないですし。
飛鳥ファンの皆様にはとても悪いことをしました。ごめんなさい。
>まま、何はともあれこれで一巻は完結です。二巻以降もこんな感じの書き方をしていくので、もし気に入ってくれたなら二巻以降もよろしくお願いします。
それでは!