問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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六話

 クロアによって十六夜がいなくなるのをしっかり見送って、信長は『さて』とマクスウェルへと向き直る。

 

 

「やあやあマーちゃん。なんだか凄い久しぶりな感じがするけど元気だったー?」

 

 

 朗らかな笑顔で、緊張感の無い調子で、信長は無遠慮にマクスウェルへと喋りかける。しかしマクスウェルの反応は薄い。

 

 輝く羽根を連ねた白銀の翼。派手派手しかった外套は穢れのない白一色に変わっている。一々仰々しかった役者然とした面影は無く、今は人形のようである。何より変わってしまったのは目だ。闘技場で愛しい女性を語った彼の目にはウィラを求める熱い炎と、その為なら他の何もかもを犠牲にしても構わないという冷酷な氷の意志を宿していた。あまりにも一途が故に歪な想いの形。

 

 しかし今は見る影もない。そも正気があるのかも疑わしい。ガラス玉が嵌っているだけのように意志を感じさせないその目は何も映していなかった。

 

 

「――――――――」

 

「おっと」

 

 

 不意に体の向きを入れ替えたマクスウェルの鼻先を炎弾が掠める。

 瞬時に刀から銃に変化させたレーヴァテインを抜き放っていた信長は銃口を向けたまま気楽に微笑む。

 

 

「お城の中へは行かせないよ」

 

 

 動きの出鼻を挫いてマクスウェルの逃走を阻止した信長だが、いつまでもそうしていられるわけもない。マクスウェルには転移の恩恵がある。本気で逃げられれば転移が使えない信長に追う術はない。かといって、正気を失っているマクスウェルがこのままこの場に残っていてくれるかはわからない。

 

 だが、その点に関して言えば信長はさして心配していなかった。何故なら信長にはマクスウェルをこの場に引き止める方法があったから。――――否、正確に言えば、『マクスウェルが何を目的にここにやってきたのか』それをよくわかっていた。

 

 

「無視だなんて酷いなぁ。それに、お城の中にマーちゃんのお目当てさんはいないよ?」

 

 

 そう言って先程から背負っている大風呂敷を下ろす。

 

 

「じゃーん!」

 

「…………ふえ?」

 

 

 広げられた風呂敷の中身はウィラだった。目をキョトンと丸くさせて忙しなく辺りを見回している。それも仕方がない。彼女は憔悴しきって部屋で休んでいるところを文字通り拉致されたのだから。

 

 

「こ、ここ……どこ…………????」

 

 

 転移すら出来ないほど弱っていたところを突然暗い場所に押し込められたと思えば、解放されてみれば城の外。動揺するなという方が無理である。

 

 だから、突然目の前に顔の半分が裂けるほど口を広げた化け物が現れても、防戦より怯えるより、ただただ呆然としてしまっても仕方がないのかもしれない。

 

 

「え?」

 

 

 呆然とただ眺めるしか出来なかったウィラ。そんな彼女の眼前で、襲いかかってきたマクスウェルの顔面は横合いから飛んできた蹴りに顔を変形させて吹き飛んだ。城壁の一部を破壊して埋もれていくまで彼女は状況もわからずただ見つめることしかしなかった。

 

 

「あっはは。まったくマーちゃんは堪え性がないなぁ」

 

 

 その場にへたり込んで動けないウィラは眼前を過ぎ去った足を目で辿る。それはちょうど今し方繰り出した右足を信長が静かに下ろすところだった。

 

 いきなり死にかけた。ウィラがその場を動けなかったのは、そのことに対する恐怖で体が麻痺して動かなかった――――だけではない。たった今目の前で起こったことを正しく頭が理解するまでに時間がかかっていた。

 

 襲いかかってきたのはおそらくマクスウェルだ。様相は随分変わってしまったが、あれは最後にジン達と共に対峙した彼の姿だった。あの時より理性を失っているように思えたが。けれど問題なのはそこではない。マクスウェルはある一件をきっかけに、正気を失うと同時に膨大な力を解放してきた。それがあの天使のような姿。しかし、いくら見た目が変わり力を上げようと根本的な霊格(そんざい)は変わっていない。それはつまりマクスウェルの恩恵は変わらず彼の力であるということ。

 

 襲いかかってきたあのとき、マクスウェルは間違いなく空間を跳んできた。ウィラと同じ転移の恩恵。前兆となる動作は必要はとせず、それほど厳しい制限も無い。速度や距離といった概念も無に帰す機動性だけでいえばウィラが知る限り最強クラスのギフト。転移に対抗するにはこちらも同じく転移を使う、或いは耀がそうしたように未来視のようなギフトを使うかだ。たとえそれらが無くても対処法が全く無いわけではないが苦戦は必死である。

 

 ――――しかし今、信長は転移したマクスウェルを迎え撃った。予備動作も無い、超高速すら越える空間転移者を正確に迎撃してみせた。

 

 

(……転移の動きに、ついていった?)

 

 

 繰り返すが、信長が未来視のギフトを使った様子はない。ということはつまり、信長は単なる身体性能だけでマクスウェルの動きについていったということになる。その驚異的な事実にウィラは言葉を失っていた。

 

 

「W、eeeeeeRRRrrrrrrA!!????」

 

 

 そんな彼女の視界に映り込む炎と冷気。信長の背後から、牙を剥き出しにしたマクスウェルが襲い掛かる。言葉を為さない音をハウリングさせたマクスウェルの顔半分が焼け爛れていた。しかしそれは一瞬の内に元の人形めいた整ったそれに復元される。やはり転移同様、不死性のギフトも健在であった。

 

 

「あ――――」

 

 

 『危ない』、そう言おうとしたウィラだったが、信長はわかっていたかのようにマクスウェルの手を体を僅かに横に移動するだけで躱し、返す刀で袈裟斬りに捨てる。

 だがそれでも止まらない。上半身と下半身に泣き別れた状態でもマクスウェルは意にも介さずウィラへ手を伸ばす。

 

 信長はそれすら叩き伏せた。

 

 

「Gィ……ッ!?」

 

 

 苦鳴を吐き出して地面に沈むマクスウェル。瞬時にその姿が虚空に消える。

 

 

「ッッッAAAAAAAA!!」

 

 

 短距離空間転移とでもいえばいいのか。僅か数メートルの範囲を連続移動して信長を撹乱。死角から襲い掛かる魔手を、しかし信長は悉く躱し、いなす。どころかダメージを受けているのはマクスウェルの方だった。

 もう疑いようはない。信長は強くなっている。マクスウェルより遥かに。

 一度目の戦いでは己の身を犠牲にするほどの手段でようやく渡り合っていたマクスウェルを今や圧倒していた。

 

 

「はッ!」

 

 

 一閃。交差した腕の上から振り抜かれた刀の威力に踏ん張りきれず後退するマクスウェル。空中で制止したマクスウェルの体はすでに致命的と思われる傷もあった。しかしそんな傷さえすぐに再生されてしまうだろう。実際傷はすぐに再生し始めた。だが同時に、マクスウェルの体から炎が吹き出した(・・・・・・・)

 

 

「?」

 

 

 腕から、腹から、背中から、体中から吹き出した炎はマクスウェルの傷口を広げるだけでなくマクスウェルをも喰らわんとばかりに踊り狂う。

 

 

「君の不死性っていうのがどれほどかわからないけど、消し炭にしても生きていられるかな?」

 

 

 炎を振り払うように荒れ狂うマクスウェルだが、払えど払えど火は勢いを増すばかり。炎上の中で再生を繰り返すマクスウェルの雄叫びが轟く。

 

 

「ごめんね、ウィラちゃん。どうしても君にはここにいて欲しかったんだ」

 

「ううん。別に構わない」

 

 

 首を横に振るウィラ。実際彼女は本心からそれほど信長に怒りを抱いてはいなかった。マクスウェルを城内に招き入れ無力な人達を傷付ける危険性があった以上、自分を餌にしてマクスウェルを惹きつける作戦は正しい。

 

 

「でも、あんまり役には立てなかった。もうマクスウェルに正気はなかった。私だってことも、多分わかってなかった……」

 

 

 しゅん、とウィラが落ち込んでいるのは自分が役に立てなかったからだ。アジ=ダカーハの時は一番に逃げ出してしまい、先の戦いでも元はといえばマクスウェルを呼び出し境界門を壊させてしまったのも彼が自分に執着したのが原因だった。己の無力が情けなく、悔しかった。

 

 

「それは違うよ。マーちゃんがウィラちゃんのことに気付かないはずないじゃないか。――――ねえ、マーちゃん?」

 

「え?」

 

 

 意味深な言葉を自分ではない誰かに掛けたことにウィラは思わず俯いていた顔をもたげる。炎に巻かれ未だ炎上している影がのそりと立ち上がった。

 

 

「まったく、酷い目にあったものだ」

 

 

 立ち上がったマクスウェルは、その口から先程までの獣のような叫びではない言葉を発した。虚ろだった瞳に知性の光が灯り、表情には僅かな微笑さえ浮かべてみせる。

 咄嗟に臨戦態勢を取るウィラだったが、マクスウェルは手を突き出してそれを制する。

 

 

「慌てることはないよ、ウィラ。この様では君を抱きしめてあげることも出来はしない」

 

 

 言葉の通り、意識こそ戻っても炎は消えていない。今も燃え続ける火はマクスウェルを絶えず侵食している。

 

 

「それに、残念ながら今の私の力では我が宿敵の手から君を奪うことは出来そうにない」

 

 

 フッ、と笑うマクスウェル。

 

 

「正気は失っても意識は残っていてね。いやまったく、最愛の君には見られたくなかった醜態だ。死にたくなる。これではウィラに嫌われてしまう」

 

「元々大嫌い」

 

 

 にべもないウィラの言い草にもマクスウェルは動じない。聞こえているのかいないのか、いや相変わらず都合の良い耳をしているのだろう。

 

 

「さて」マクスウェルは信長に正対する「ノブちゃん、御礼は言わなくていいのだろう?」

 

「なんのことかな?」

 

 

 ケラケラと笑う。

 

 

「僕はここに、マーちゃんと戦いにきただけだよ。これからもずっと、ね」

 

 

 『これから?』と、信長の言葉の意味を理解出来ず首を捻るウィラ。一方でマクスウェルはどうやらわかってるようで、反応は苦笑を浮かべるというものだった。そんな2人の前に一枚の羊皮紙が現れる。魔王であるマクスウェルが主催者権限を用いたのならば黒い羊皮紙だが、それは通常通りのもの。ということは、互いの同意のもとに現れる契約書類《ギアス・ロール》だ。

 そんなウィラに、傍らにいた信長が契約書類を差し出す。流されるままその書類に目を落とし、ウィラは顔を青くした。

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名《恋するあの娘の胸を撃ち抜け(はぁと)》

 

 プレイヤー一覧、織田 三郎 信長。

         マクスウェル。

 クリア条件、プレイヤーは相手を屈服、或いはゲーム続行不可能にする。

 敗北条件、降参、或いは行動不能。また、ウィラ=ザ=イグニファトゥスに対する想いが無くなる。

 クリア報酬、ウィラ=ザ=イグニファトゥスへの告白の権利。

 ゲーム期間、無制限。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 言葉が出なかった。というかわけがわからなかった。

 

 

「なに、これ……?」

 

「んー? いやほら、まずは僕とマーちゃんどっちがウィラちゃんの相手に相応しいか決めないとウィラちゃんも困るでしょ?」

 

 

 本気でここから、いや箱庭から逃げ出すべきではないかとウィラは思った。そして改めて目の前の少年が自分にとって味方ではないことを知ったのだった。

 

 

「もちろん受けてくれるよね、マーちゃん?」

 

「……まったく、この私もノブちゃんには嫉妬すら覚える。もし私が乙女であったならきっと惚れていたことだろうね」

 

 

 肩を揺らして笑うマクスウェル。外套を、大きくはためかせた。

 

 

「無論受けるとも! この私のウィラへの想いは、誰であろうと負けるはずはない!! たとえそれがノブちゃんでもね」

 

 

 互いの承認が得られたことで契約書類は再び光となって消える。ウィラの知らぬところでゲームが成立してしまうのは、あくまでも賭けられているのは彼女への告白の権利だから。彼女がどちらの所有物でもない以上、彼女の意志無しで彼女を得ることは叶わないが告白程度の権利ならば無許可で通る。まあ、ウィラにとっては不幸に変わりないが。

 

 あまりの不幸っぷりに泣き喚くのを通り越して放心してしまっている傍らで、マクスウェルは炎に巻かれながら指を鳴らす。すると炎と冷気の境界門が現れる。すると信長はそれに向かって屋根を飛び進む。

 

 

「じゃあねマーちゃん。またどこかで」

 

「ああ、またいずれ。我が最大の宿敵であり、心友よ」

 

 

 境界門をくぐって信長は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一目惚れだった。

 

 一度はその存在は否定され、しかし如何なる者とて自分という存在を完全に否定するには至らなかった。それは同時にある疑問を生むこととなる。

 

 結局自分は何者なのだ?

 

 誰にも否定出来ないということは、誰にも理解出来ないということだ。その存在は不確かで、不透明。延々と解明と否定を繰り返す朧気な現象。それがマクスウェルの悪魔。

 

 自分は一体何者なのか。何処に行けばいいのか。何をすればいいのか。

 自分自身ですらわからない。わからない。誰か教えて欲しい。けれど誰も教えてくれない。自分は誰にも理解されないから。

 

 そんなときに出会った。それは小さな悪魔だった。蒼い灯火の悪魔。

 

 内気な彼女が遠巻きに楽しげに遊ぶ子供達の輪を眺める姿に、恥ずかしがりながらも呼ばれるままとてとてと輪に加わる姿に、子供達と戯れる彼女の笑顔に、マクスウェルは心打たれた。生まれてこの方芽生えたことのない感情に、当時の自分は名をつけることは出来なかった。ただこう思ったのだ。『ああ、彼女が欲しい』と。たったそれだけのこと。しかし唯一、マクスウェルが成したいと思えたこと。

 

 己が誰かはわからない。ならば彼女を求める者でいい。

 何処に行けばいいのかわからない。ならば彼女のもとへ行こう。

 何をすればいいのかわからない。ならば彼女を手に入れよう。

 

 そうだ。それこそが、マクスウェルの悪魔なのだ。

 

 それは奇しくも彼女と行動を共にするジャックと似ていた。だからこそ、マクスウェルは彼が大嫌いだった。出会う時がほんの少し遅かった。しかしそれが彼女との信頼の差を生んだのだと本気で思っていたから。

 

 

「何者でもいい……そう思って仮初めの座にも居座ってみたが、それが私にとっての唯一を奪うというならば必要はあるまい」

 

 

 炎の侵食は止まらない。この炎はマクスウェルの肉体だけではない……その存在、歴史、そのものを燃やし尽くさんとしている。そうなれば恩恵による不死性などに意味は無い。おかげで座から引き摺り落とされこうして理性を取り戻すことも出来た。だがこのままではいずれはマクスウェルそのものを燃やし尽くす。

 この炎はあらゆる存在、たとえそれが如何なる最強種であろうとも燃やし、喰らうのだろう。こんなものをただの人間が使えることに疑問はあれど、それが信長ならばまあいいだろうとも思ってしまう。なにせ彼はマクスウェルの存在を賭けた宿敵であり、最愛なるウィラとは別の、心友であるのだから。

 

 炎の向こうに、今も城のテラスにへたり込んでこちらを見上げるウィラの姿を見つける。上目遣いでこちらを窺う彼女は、どうしていいかわからないといった顔でただただこちらを見つめている。

 

 

「ああ……ウィラ」

 

 

 なんと愛おしいことか。無垢な顔を、柔らかな髪の一本まで、その魂に至るまで全てが欲しい。その全てを自分に向けて欲しい。

 だが、今は駄目だ。結局この力では足りなかった。そも己の存在を消してしまう力など本末転倒である。この炎で自分は消滅してしまうかもしれない。だとしてもその程度で諦めることは出来ない。だからまたやり直そう。何度だってやり直せる。何故なら、

 

 

「そうさ、何度だってやり直せる。今度こそ、君に相応しい力を得て、世界の境界など飛び越えて――――ウィラ! また再び君に逢いに来よう!!」

 

 

 否定と解明を繰り返す。それがマクスウェルなのだから。

 

 炎の中で、マクスウェルは最後までウィラを見つめ微笑っていた。その瞳はやはり歪で、やはり一途に輝いていた。




閲覧ありがとうございました。

>前回更新から随分日を空けてしまい申し訳ございませんでした。実は転職活動しておりまして、中々執筆している時間が取れませんでしたとは言い訳です。はい。
しばらく新天地ということもありリアル事情でまた日が空いてしまうかもですが、先に謝罪とどうぞごゆるりとお待ちいただけると幸いですとだけ言葉を残します。

>さて内容に触れまして。
マクスウェル戦は終了です。まず最初に、マクスウェルについての後半あれこれは完全に創作です。原作では割りと呆気ない退場(再登場あるかもですが)だったので、出来ればカッコイイ退場をしてもらいたい!でもひとりよがりの性格はそのままで!という結果ああなりました。
まあ、こっちもこっちで復活信長君のお披露目&圧倒でしたが、少々無理矢理感あるのはご愛嬌。ちなみに信長君がどこに行ったのかは次回に!

>一部内容補足。
マクスウェル暴走時、信長君だけはマクスウェルの理性が残っている風に喋りかけているのは暴走しているように見えてもマクスウェルはきっちりウィラだけを狙っていたことに気付いてたからです。
もう一点、ウィラが顔を真っ青にしていた契約書類ですが、実はあれはこの一連の事件の中で彼女にとって唯一の利のある内容でもあります。契約が為された以上、2人の決着がつくまで今までのような直接的なストーカー行為が出来なくなったりしてます。報酬があくまで『告白の権利』なのでかなり曖昧な制限ではありますが。それでも契約不履行になるような行為には及べません(的な捏造設定)。

>さてさて、なるべく次は早く更新出来ますよう頑張ります。新生活始まる方も多いかと思いますが、お互い頑張りましょう。ではではまた次回ー。
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