問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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七話

『ヌ、ゥッッ!』

 

 

 空中城塞を背景に、アジ=ダカーハを臙脂色の閃光が追い詰めていた。途轍もない速度で大気を焦がし、空間を歪ませるほどの速度と威力を伴った斬撃は大陸と同等の質量を持つ白磁の肌を容易く抉った。

 

 

「神罰は全て覚悟の上!」閃光は――――ジャックは吼えた「この身は元より悪道を生きてきた! ならばその悪道の果てに『絶対悪』を滅ぼせるならば本望ッ!」

 

 

 今の彼の姿はいつものカボチャお化けではなく、『切り裂きジャック』である人型を模していた。その人型となったジャックは己の身を削って今戦っている。髪も瞳も、体の至る所を炎上させた彼はナイフを一度振るごとに、バネの足で空を駆けるごとに肉体が崩れていく。ジャックは命を賭して最期の戦いに挑んでいた。

 

 仕掛けたゲームを半ば以上解き明かされ、不死性を失い半死半生となった彼は最後の策としてゲームの内容を書き換えた。自分に有利になるように、あらゆる力が自分に集まるように。当然そんなことをすればただでは済まない。

 あらゆる可能性が偏在する箱庭で、無間に等しい世界と時代が絡み合ったそれの中から正しく筋立てたゲーム内容を作成出来る者、《詩人》と呼ばれる存在は少ない。無論ジャックはその詩人でもない。

 箱庭のシステムは成立していないゲームを異物(エラー)とみなして排除しようとするだろう。なにより、箱庭を管理する天界はジャックを許しはしない。それだけではない。膨大に膨れ上がった霊格にジャックの肉体は耐え切れず崩壊の一途を辿る。

 

 だが、ジャックはそれで構わなかった。ジャックの行いは、今まで彼が積み上げてきた償いを全て台無しにするものだ。彼を信じてくれた聖ペテロや女王を裏切る行為だ。

 わかっている。償えない罪を更に重ねる悪行。しかし、それでも、たとえ肉体を失おうとも、たとえ天界に追われ再びあの無間に閉じ込められようとも、今この瞬間立ち上がる力が必要だった。立ち向かう力が必要だった。

 

 

(全ては――――)

 

 

 ジャックは不意に思考が止まる。それはことここにおいて迷い(・・)だった。

 

 全てを犠牲にしたこれは、未来永劫の地獄を受け入れたこの時間は、はたして誰の為だったのか。

 コミュニティの子供達。ウィラ。それとも十六夜達……。――――いいや、本当にそうだっただろうか?

 

 自分は結局疲れてしまっただけではないのか。幾つもの子供の命を悦楽の為だけに奪った。ただ普通の愛が欲しかっただけの子供達は娼婦の命を奪った。救われなかった子供達の命を処刑人が奪った。それら全ての罪を背負い償う為に、ジャックはカボチャ頭の道化師として《ウィル・オ・ウィスプ》で子供達を導き続けた。償いきれないと知りながら、永遠に許されないと知りながら。

 

 しかし、今のこの姿はどうだ。髪を燃やし、瞳を燃やし、炎の化身として鮮血の外套を纏い刃を振るう。もう二度となるまいと誓った、暴力と血を求めて命を刈り取る殺人鬼の姿。

 

 

(結局(オレ)は、ただ自分の為に戦ってるんじゃないのか?)

 

 

 子供達を導き、笑わせた道化師ジャックはもういない。ここにいるのは魔王に身をやつした卑劣で最低の殺人鬼。

 許されたいわけじゃない。後悔なんて無い。それでも、今までの行いを台無しにした今だからこそ、ジャックは知りたかった。

 

 (オレ)は一体誰なんだ。

 

 

『――――神のひとりとして認めよう』

 

「?」

 

 

 三頭龍は六つの眼で真っ直ぐにジャックを見据えた。

 

 

『悪にその身を貶めてなお、お前には一片の正義があった。この絶対悪に突きつけた刃の輝きは偽らざる正義であったのだと。私が保証する』

 

「…………」

 

『悪を討つのが悪ならば、その後に残るのもまた悪だ』

 

 

 それでは虚しいだろう? とアジ=ダカーハは不遜に告げる。どことなく笑ったように見えた。

 

 

「――――は」

 

 

 ジャックはこみ上げてくるものを抑えきれなかった。噴き出てきたのはどうしようもない哄笑と、感激。

 

 

「ハハハハハハハハッ!! そうか、保証してくれるか。他ならぬ絶対悪の言葉、これ以上のモノはないな!!」

 

 

 遂に、物質としての肉体が崩壊する。残すは膨張し続けた結果星辰体(アストラル)の塊となったこの魂のみ。肉体はすでに無いのに激痛が体中に走る。まるで灼熱に炙られ続けているようだった。

 

 しかしジャックは止まらない。暴発寸前の霊格を一本の刃として、目の前の悪神に突き立てる。

 もう迷わない。もう見失わない。

 

 何故ならもう、答えは出たのだ。

 

 

「今こそ我が王号を名乗ろう! 俺は――――魔王《南瓜の王冠(パンプキン・ザ・クラウン)》!」

 

『――――アヴェスター起動!』

 

 

 星辰体と星辰体のぶつかり合い。破格のエネルギーがぶつかり合った後には、三頭龍だけが残った。ただし、切り裂かれたその胸には脈打つ心臓が露わになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャック……ッ」

 

 

 最後までジャックの戦いを見届けた耀はもう届かないと知りつつ彼の名を口にした。ジャックは立派だった。己の全てを、文字通り全てを投げ打った彼の覚悟は遂に三頭龍の心臓を暴いたのだ。戦いが終わった暁には、最大の栄誉が与えられることだろう。

 彼の勇気に感服する。尊敬する。だがそれ以上に、悔しかった。

 

 本当は止めたかった。消えて欲しくなかった。一緒に戦いたかった。ウィラの為にも。アーシャの為にも。《ウィル・オ・ウィスプ》の子供達の為にも。

 しかし、出来なかった。アジ=ダカーハを倒さなければ全員死ぬ。それがわかっていたからジャックは最後にコミュニティのことを耀に頼むと言ったのだ。わかっていたから、耀だって見送ったのだ。

 

 

「そうだ……私は託されたんだ!」

 

 

 滲んだ視界を乱暴に腕で拭って正常に戻す。悔やむのは後でいい。今は前を向く。敵を見る。ジャックが残してくれた希望を無駄にはしない。

 

 強い意志で萎えかけた心を立て直した耀はアジ=ダカーハを見た。

 

 

「あれは――――」

 

 

 《疑似創星図》によって星辰体となっていた三頭龍の体が、纏っていた光が収まると共に戻っていく。アヴェスターが停止する瞬間、その背後の空間に炎と冷気が迸る。――――直後、空間を切り裂いて現れたのは信長だった。

 

 

『ヌッ……!?』

 

 

 何れかの感覚で気付いたのか、アジ=ダカーハは高速で体を旋回させる。ほぼ同時に信長が到達。瞬ききの半分ほどの時間の交錯だった。

 

 

「………………」

 

 

 交錯してから数メートルほど進んで信長は宙に立ち止まった(・・・・・・・・)

 

 

『貴、様ァ……!!』

 

 

 大気が震えるほどの怒声をあげたのは、先に振り返ったアジ=ダカーハだった。三頭龍の頭のひとつ、ちょうど耀から見える側の龍の頭は目から夥しい鮮血を流していた。

 

 一方で、命知らずにもアジ=ダカーハに背中を向け続けていた信長は悠然と振り返る。その際鮮血に濡れた左手を軽く振ると、その手に握っていたモノごと(・・・・・・・・・・・・・)炎で焼き払った。

 

 

「まず、ひとつ」

 

 

 『天下布武』。背負った四文字が風ではためく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決して油断などしていなかった。アジ=ダカーハは右頭の目が完全に潰されたのを確認しながら、己自身に問う。油断はしていなかった。不意は突かれたが転移による襲撃を想定していた以上、確実に反応していたはずだった。ならば何故、防ぎきれなかった……!

 

 

『何故、貴様が生きている』

 

「昔から運は良い方なんだ。日頃の行いの賜物かな?」

 

 

 おどけて返す信長だが、そんなことはありえない。アジ=ダカーハは間違いなくこの少年を殺した。不死性を宿さないただの人間が心臓を貫かれ生きている道理はない。

 

 織田 信長。かつて三度箱庭に召喚され、その全てが魔王として召喚されたという生粋の魔王。しかし何れも不死性を宿していたという話は聞かない。一度は悪霊として召喚されたとも聞くが、少なくとも目の前にいる少年は実体を持つ人間である。

 

 度重なる戦闘でズタズタになった着物。はだけて露出した左胸に傷は無かった。

 

 

(死に瀕した者を蘇らせる方法が無いわけではないが――――いや、今はそんなことよりも)

 

「今や!」

 

 

 思考を切り替えた瞬間、機を狙っていた蛟劉とフェイス・レスが動く。拳と蛇腹剣を左翼の龍影で迎撃。右翼はレティシアと迦陵によって失ったが、迎撃程度なら片翼で充分。――――相手が二人だけだったなら。

 

 

「しっ!」

 

 

 空を蹴って飛びかかってきた信長の狙いは応戦で伸びきった左翼の龍影。残る片翼を砕かれれば飛行能力を失い、機動能力が著しく低下する。

 

 

『まずは機動性を削ぎにきたか……だが甘い!』

 

 

 黙ってやらせはしない。信長の進路を塞ぐように開いた五爪で薙ぎ払う。大陸と同等の質量から放たれる一撃。十六夜のような超人的な身体能力。フェイス・レスのような神域の技。どちらも持っていない信長には防ぐことは出来ない。ただ押し潰されるのみ。

 

 

「ッ……」

 

 

 信長は進路を変えなかった。腰に差した刀に手を置いて体を捻る。抜刀術。

 

 

『愚かな!』

 

 

 火の粉を散らしながら抜かれた刃が、街ひとつを容易く崩壊させる凶爪と激突。

 

 

「らぁっ!!」

 

『な……!?』

 

 

 弾かれたのは同時(・・)。信じられない光景にアジ=ダカーハの思考が一瞬止まる。しかし信長は止まらなかった。次の動作へ入ったのは信長が先だった。

 弾かれた体勢をそのまま大上段の構えへ。

 

 アジ=ダカーハは左腕を掲げてそれを受けにいく。信長の剣撃ではこの肉体に正面から致命傷を与えることは出来ない。それは先の戦いで知れている。だから彼は前の戦いでは常に死角から急所を狙い続け、血を流させる役にいたのだ。左腕で受け、右で今度は首を飛ばす。確実に殺す。

 

 

(――――なにを、している……?)

 

 

 アジ=ダカーハはまたしても困惑する。信長に正面からアジ=ダカーハを打ち破る力は無い。この攻撃に危険は無い。そんな思考とは裏腹に、アジ=ダカーハの体は右腕までも守りに備えていた。思考と肉体が別離しているような奇妙な状態。

 絶対悪にあるまじき当惑をよそに、交差された腕に信長の長刀が振り下ろされる。瞬間、アジ=ダカーハの体が僅かに沈んだ。

 

 

(ッ!? 重いッ!)

 

 

 前の一戦とは比べくもない威力。味方を足蹴にしてまで姑息につついてきた前回とはまるで違う。全身全霊の一撃はその余波だけで周囲の建物を崩壊させた。どころか、

 

 

「うえぁッッ!!」

 

 

 刀はアジ=ダカーハの両腕を斬り裂き下段にまで振り切られた。アジ=ダカーハの肉体を遂に正面から切り裂いた。

 

 

『――――貴様一体何をしたッ!?』

 

 

 

 たたらを踏むアジ=ダカーハだったが、踏み止まると同時に反撃。今し方斬られたばかりの右腕で信長の肉体を粉砕するべく突き込む。全力の一撃後で満足な体勢でなかった信長は辛うじて反応するのが精一杯。刀でいなすも威力を殺しきれず刀は手から弾かれた。レーヴァテインを失った信長に、己を守る術は無い。

 

 

『死ね』

 

 

 連撃。突き出した左の五爪は、絶望する信長の顔を消滅させる――――はずだった。またしても思惑は外れる。信長は笑っていた。

 信長の右手に炎が生まれる。炎は刀に。

 

 

「っと!」

 

 

 長刀で受け、さらに体を捻ることで攻撃を逸らす。それだけでなくさらに懐へ踏み込んだ信長の剣閃は左頭の首を深く切り裂いた。

 

 

『が、ァアアア!?』

 

 

 左頭が呻き声をあげる。晒した醜態に憤怒が湧き上がる時には信長はすでに大きく間合いをあけていた。

 

 のそりと、アジ=ダカーハは信長へ正対する。遅々とした動きがアジ=ダカーハの行き場のない怒りを表していた。しかし噴き上がる怒りをアジ=ダカーハは一度鎮める。怒りのまま暴れるのもまた魔王の姿だが、同時に愚策でもある。今は蹂躙するより先に解決すべき謎がある。

 

 

「ふふ、君なら絶対躱さないで受けると思ってたよ」

 

 

 攻め急ぐことはないらしい。これほどまで傷を与えておきながら追撃を仕掛けなかった信長の左肩からドクドクと血が溢れていた。直前の攻撃、逸しきれなかったらしい。決して浅くはなさそうだが信長は意にも介さない。

 

 

「僕は君を勘違いしていたよ」

 

『勘違いだと?』

 

「その見た目にさ。なまじ僕達と変わらない大きさをしていたから僕は間違えた。君は、本当はとってもとっても大きい龍だ」

 

 

 両腕を大きく広げて信長は語る。

 

 

「君の一歩は家屋を潰す。大樹の如き腕のひと薙で町を崩壊させる。その身の丈は、そうだね……お城くらいかな?」

 

 

 何が面白いのかコロコロ笑う。

 

 

「そんなモノを相手に疾さで挑むこと自体間違ってたんだ。だから僕は君をお城並みの大きさだと思って戦うよ。皮の一枚剥ぐのにも全身全霊で打ち込む。中途半端な剣なんてそれこそ蚊に刺されたもんでしょう?」

 

 

 信長の言っていることは正しい。アジ=ダカーハの外見がなまじ人間大をしていたが為に意識し難いが、真の姿は大陸と同等の巨体を持つのである。いくら意表を突こうとも、いくら急所を穿とうとも、本来剣の一突き拳の一打で揺らぐものではない。故に信長の言う通り、アジ=ダカーハに挑むにはまず相応の威力を持たねば話にならないのである。

 速さより威力。それは正しい。だが本来、それでもただの人間が大陸を傷付けることは出来ないのだ。

 

 

(それに謎はもうひとつある)

 

 

 アジ=ダカーハは視線を大地へ。ちょうど真下には先程弾いた長刀が確かに突き刺さっている。だが信長は今もその手にもう一振りの刀を持っている。

 

 

(レーヴァテインが二本あるなどという伝承は存在しない。しかし間違いなくあの二振りは本物だ)

 

 

 本物の、それも超級の神格武具でなければアジ=ダカーハに届く事はかなわない。そして二度の攻撃時、あれは間違いなく焔を纏っていた。この土壇場で都合良く炎の恩恵を宿した神格武装を準備したというのは、ありえなくないが現実的ではない。

 

 思考を巡らせているアジ=ダカーハの目の前で、地面に突き刺さっていた方の刀が炎に形を戻して空を駆け昇る。それは対峙する信長の方へ向かい、溶け込むように信長の体の中へ消えていった。

 

 

『まさか貴様……』

 

 

 その光景で謎は氷解した。やはりあの刀は両方共本物だった。どちらも魔剣――――否、魔炎レーヴァテイン。しかし、あろうことか信長はそれを、

 

 

『取り込んだのか!? その身に神格武装を!!?』

 

 

 すると今まで抑えつけられでもいたのか、刀からだけではなく、信長の体から(・・・・・・)炎が立ち昇る。際限なく溢れ続ける炎を従える言葉を、信長はすでに聞いている。

 

 

「『木蛇殺しの魔剣(レーヴァテイン)』神格解放――――『神殺しの魔剣(レーヴァテイン)』」

 

 

 静かにその名を告げた。




閲覧&感想ありがとうございましたー。

>さてさて、今回は成長回でした!レーヴァテインを出した時からこの真名解放は考えていたので私敵には、ようやくな感じでした。
原作でも、この戦いでは他メンバーも急成長なわけでして、人間辞めちゃうのはこの瞬間しかねえ!って感じでした。

>ジャックさんの戦いはハイライト気味でしたが、やはり外すわけにはいきませんです。ああ、カッコイイぜジャックさん。もう本当なら全文そのまま載っけたく思っちゃったんだぜ。やらんけど。

>ああ、それにしてもレーヴァテインにラグナロクといい、いい歳して中二心は未だ健在でありましたw

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