問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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二話

「十六夜様、どこか御身体の調子でも悪いんでしょうか?」

 

 

 マイクに声が入らないように気を付けながら、画面に映る十六夜の顔を見てそう呟くリリ。信長はそれに面食らったように目を瞬かせ、次の瞬間には耐え切れないように笑みが口角に浮かぶ。

 

 

「リリちゃんにまで心配させるようじゃあ、本当に重症だねえ」

 

「どうしてだい? 十六夜の旦那、なにかあったのか?」

 

「いや? 何もないよ。――――どっちかといえば何も出来なかったから、かな」

 

 

 『本当に病気なんですか!?』というリリに体は元気だと宥めて、信長は再度画面に映る金髪の少年を見やる。どこか集中しきれていない面で時折憂鬱そうに息をつく。それを見て何が面白いのか、にやけ面でステージを転がっている。

 

 まともな回答は得られないと諦めたのか、ポロロは思考を次回開催のゲームに向けた改善点に向ける。心配顔だったリリも、十六夜が襲ってきた参加者を返り討ちにしたことで観客と一緒になって歓声をあげる。

 唯一、御門だけが信長の話に続きを投げ入れた。

 

 

「何もということはあるまい。アジ=ダカーハを倒したのは事実だ」

 

「だよねー」ケラケラカラカラ。ステージを笑い転げる「棚ぼただろうと横槍だろうと、最後の最後にそれが明確な決着の形だったなら僕は満足出来る。でも十六夜は変なところで真面目なのかなぁ。己の力とは関係無く巡ってきた勝利っていうのが認められないんじゃないかな?」

 

「…………」

 

 

 逆廻 十六夜よりアジ=ダカーハは強かった。結局、十六夜が気にしているのはそのことだった。

 

 きっと十六夜はあの時の攻防を今でも夢に見ているに違いない。黒ウサギの投槍。槍を受け止め、ジャックによって剥き出しになった心臓をその手で穿つ。――――そんな結末はあり得ないのだ、と。

 毎夜、十六夜は槍を止めきれずにその身を貫かれる。無様に這いつくばった彼を踏みつけ、嘲笑い、アジ=ダカーハは愚か者めと(そし)るのだ。

 毎日。何度も。何度も。それが本来あるべき未来であったのだと言わんばかりに。

 

 あの日、あの瞬間、確かに十六夜に『何らかの力』が味方したことで、本来勝てるはずのないアジ=ダカーハに間違って(・・・・)勝ってしまった(・・・・・・・)

 

 それがどうしようもなく恥ずかしい。身の丈に合わない名誉など、一体誰に誇れというのか。周囲が褒めれば褒めるほど、賞賛を浴びれば浴びるほど、己の惨めさに死にたくなる。全てを懸けてあそこに立っていた者達に対して申し訳ない。無論、生粋の悪たらんと、立場は違えどアジ=ダカーハに対しても。

 

 ――――しかし、そんな悩みは信長に言わせればくだらないとしか言い様がない。十六夜はアジ=ダカーハに勝った。なら、それ以外の答えなど存在しない。

 

 確かに地力はアジ=ダカーハが勝っていたのかもしれない。多くの者が命を賭してアジ=ダカーハを追い詰めていったのも事実だ。敵対していた殿下の協力という、あらゆる要素が十六夜を有利せしめた『何らかの力』があったのかもしれない。それでも、十六夜はアジ=ダカーハに勝った。それが全てだ。

 

 十六夜は勝った。それは強かったからだ。あの時、あの瞬間、如何なる事情があそこに絡んでいたとしても確かに十六夜の方がアジ=ダカーハより強かった。だから生き残った。そこに『もし』を挟む余地は無いし、意味も無い。

 十六夜が言っているのは、単に自分の思う通りいかなかったからと駄々をこねているだけだ。

 

 

「完璧主義者っていうか……うん。傲慢、かな?」

 

 

 敗者が勝者になれないように、勝者もまた敗者にはなれない。それを終わった後にあーだこーだと言っている十六夜の気持ちは、悪いが信長には一分も理解出来なかった。

 

 

「けど、そうかー。ふふ!」

 

「何が面白い?」

 

「いやね? 最初は凄く似てると思ったんだぁ、僕と十六夜。でもいざ付き合ってみると十六夜ってば意外にお人好しでさ。嫌がる仕事や面倒な仕事、別に自分がやりたいわけでもないのにやっちゃったりする」

 

 

 毒にも薬にもならない、というのは言葉の使い方を間違っているかもしれない。退化も進化も無い、なんの変化も見込めないことにも十六夜は殊更顔を突っ込む。そこにはいつだって誰かがいて、十六夜は否定するだろうが彼は他人の為に自身を犠牲に出来る人間だ。信長はそんなことはしない。というより出来ない。面白味もないことにかかずらうなど、例え暇でも御免だ。

 だから違うのだろうと思った。一度は同類と思った十六夜だったが、それはすぐに勘違いだったと訂正した。

 

 しかし、今の十六夜も見て、信長は少しばかりまた彼への認識を改める。

 

 

「傲慢か」

 

「だってそうでしょう? 十六夜はこう言ってるんだ。箱庭の命運より、今ここにいるみんなの笑顔より、十六夜は自分の欲が満たされな(・・・・・・・・・・)かったことを後悔してる(・・・・・・・・・・・)!」

 

「…………」

 

 

 勝てるはずのない悪を倒した。皆の笑顔が守られ、命を賭した英雄達は報われた。それで良かったと、皆が助かって良かったと、十六夜は手放しで喜ぶことが出来ない。アジ=ダカーハが勝っていれば、少なくとも皆が笑っているこの光景はあり得なかった。箱庭の消滅すらあり得た。だから、たとえどんな形であっても勝てたことに喜ぶべきなのだ。本当にこの景色を尊いと思えるならば。

 

 十六夜はおそらくこう思っているのではないだろうか。

 

 自分なんかがアジ=ダカーハに勝つべきではなかった。自分はあのとき、あそこで――――魔王に殺されるべきだった、と。

 

 あれだけの犠牲の上に、これだけの幸せの上に立っておきながら、こうあるべきではなかったと首を振る。

 自分勝手極まりない。飛鳥辺りが聞けば平手のひとつ飛んできそうだ。そしてその自分勝手さこそ、信長が彼を見直した理由だ。

 

 

「やっぱり十六夜は僕に似てるよ。人でなしのところなんて特にね」

 

 

 己の同類に出会えたことに上機嫌に鼻唄を歌う信長。御門はただただそれを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、採掘ゲームで奪い合い始める馬鹿がこんなに多いとは思わなかったぜ」

 

 

 襲ってきた輩を綺麗に埋めて返り討ちにした十六夜は呆れたように頭を掻く。予選は採掘の人手、本戦は武具のデモンストレーションを画策していた主催者側の思惑としてはこれは誤算だ。予選でも武力による採掘略奪を認めたのは、本戦に腕自慢を残す為だったのだが、これでは肝心の採掘に支障が出る。元より純粋な鉱山夫のために採掘量に応じた換金を約束してあるのだから。

 用意されたゲームに挑むのとは違って、ゲームの運営とは奥が深い。

 

 

(――――本当に、ただ無心に楽しめりゃ楽だったのによ)

 

「――――ああくそ!」

 

 

 らしくない、とガシガシと頭を掻き乱した。

 

 以前の十六夜ならばこんな悩みはしなかった。主催者の思惑も参加者の思惑も、全部知ったことではないと空気も読まず暴れまわっただろう。空気を読んでなにが面白い。そんなものはぶち壊して、周りの奴等をドン引きさせてこそ問題児なのだ。

 傲岸不遜。気随気儘こそ問題児だ。

 

 なのに、十六夜のテンションはゲームが進めば進むほど落ちていく。冷めていく、というのが正確か。

 

 何が原因だったか――――そんなことは考えるまでもない。アジ=ダカーハとの決戦。

 あのとき、最後の攻防で十六夜はアジ=ダカーハの心臓を必勝の槍で貫いた。しかし、本来ならそんな結果にはなるはずがなかった。何故なら、逆廻 十六夜ではアジ=ダカーハには敵わないのだから。十六夜は槍を受け止められずに死ぬ。それがあるべき決着だったはずなのに、それは『何か』によって覆された。力及ばぬものが勝利するという、十六夜にしてみれば恥でしかない決着。

 ジャック達が命懸けで作った勝機も、殿下が手を貸したことも、思えば全てが十六夜にとって都合が良すぎた。そして最後の美味しいところだけをかっさらった。

 

 ――――恥じることは無い。知らぬなら此処で学べ。その震えこそ恐怖だ。

 

 アジ=ダカーハはそう言った。けど、それは違う。

 

 ――――違わぬ。そして忘れるな。恐怖に震えても尚踏み込んだその足、それが勇気だ。

 

 宗主と共に待ち望んだ英雄の誕生。幾星霜の時を、己を試練としてまで待ち、そして報われたと信じて彼は満足して消えていった。

 

 けれど、違うのだ。

 

 あれは恐怖に震えていたのではない。彼等が待ち望んだ英雄が得るべき勝利ではない。あれは……あれらは全て至らぬ十六夜を勝たせる為に『何か』が働いて至った『結果』に過ぎない。あんなもの、断じて『勝利』などではない。

 

 しかし、十六夜はそれを叫ぶことなど出来なかった。この『結果』を否定することは、あの戦いで犠牲になった真なる勝者達への、そして最期まで畏敬するべき魔王であったアジ=ダカーハへの冒涜だ。『結果』だけを掠め取った盗人である自分には、その資格も無い。

 

 

「………………」

 

 

 ふと、十六夜の脳裏にひとりの少年の姿が浮かび上がる。あの戦いにおいて、おそらくは最も自由に戦場を荒らし回り、そして最後までアジ=ダカーハと対等であろうとした少年。

 

 

「もしかしたら俺は、アイツが羨ましかったのかもしれねえなぁ……」

 

 

 その呟きは誰にも届かず、物言わぬ洞穴に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十六夜の予選が決着している一方で、洞穴の最奥、金剛鉄で出来た天然の堅牢に幽閉されていた殿下は現れた混世魔王と話していた。

 

 

「本当の魔王連盟を作らないか、だと?」

 

「おうよ」

 

 

 色々と思惑が外れた結果、虜囚の身を演じている(・・・・・)殿下は、晴れて自由の身となっても別段やることもなかった。《ウロボロス》への反旗にしたって、ただ自分の人生を他人に好き勝手にされたくなかったから。それから解放された今、彼に目的は無くなった。

 

 そんな折に現れたのが混世魔王だった。先の戦いの間は《サラマンドラ》頭首、サンドラの体を乗っ取っていたのだが、殿下の解放を条件にその身柄を引き渡したと今し方本人の口から聞いた。そのことに殿下は怪訝にならざるを得ない。

 先に言っておくなら、殿下とこの猿鬼に確かな繋がりなどはない。殿下達はその目的の為にこの魔王を利用し、彼もまた己の目的の為に一時的な協力に応じたに過ぎない。最初にリンが誘い文句として使った魔王連盟《ウロボロス》の正体にしても、この猿鬼はすでに察している。

 

 それを、何故今こうして迎えにやってくるのか。しかもまだ充分に利用価値のあるサンドラの体を渡してまで。

 

 その問いに対する答えが先ほどの言葉。本物の魔王連盟を作らないか、だ。

 

 確かにウロボロスの正体は孤高であるはずの魔王達が連なったものではない。その正体とはある神群が裏で糸をひいている、魔王の名を隠れ蓑にした紛い物。――――混世魔王はそれを本当に作ってしまわないか、そう言っているのだ。そして殿下にその旗本になれと。

 

 

「何故だ?」殿下は訊く「それでお前に一体なんの得がある?」

 

 

 こんな話を振ってくるくらいだ。混世魔王は殿下の正体にも勘付いている。目を見ればそれくらいは殿下にもわかった。

 だが、だとしても何故。彼の、斉天大聖の敵として、生まれながら敗北を定められた生粋の噛ませ犬たる混世魔王が一体何を望むのか。

 

 

「なにも?」

 

 

 殿下の問いに、犬歯を剥き出しに笑った混世魔王は言ってのけた。

 

 

「それでも理由が欲しいってんなら……俺がそう望まれたからだ。大聖の成長の為、星霊大聖の完成の為だけに生み出されたのか俺様だ。生まれながらの敗北を定められた、生粋の噛ませ犬役の半星霊」

 

 

 しかし、結果として彼女は混世魔王を殺せなかった。その原因は彼女の甘さと混世魔王自身にもある。倒すべき混世魔王()が、生まれながら非才と悪を強要された姉弟であったと知った斉天大聖。そんな甘さも似たのか、どうしても子供の血肉を喰らうことが出来なかったことで怪物(噛ませ犬)にもなれなかった混世魔王。

 

 どちらにしたって中途半端だ。その代償として七天戦争が起こり、彼女は地獄を見た。一方で混世魔王は、温情によって得た自由のなんと空虚なことかと呆然とした。

 

 

「汝、悪であれかし――――呵っ、上等だ。ならなってやろうじゃねえか。俺様を生み出した野郎共が後悔してもしたりないぐらいこの世界を滅茶苦茶にしてやる! その悉くを、百億万度で焼き尽くしてやる!! ……お前さんを選んだ理由は、お前さんならこの箱庭をぶち壊してくれると思ったからだ」

 

「お前のそれは、復讐か?」

 

「それもある。――――が、それだけじゃねえ。俺様は今更どんな結末だろうが受け入れられない。だが、だからといってこの人生に背を向けるってのも無理なのさ」

 

 

 己の人生は、自由にしろ消滅にしろやはり斉天大聖との決着の先にある。ならば彼女に会わなければならない。

 しかし今回アジ=ダカーハがあれだけ暴れても彼女が姿を現すことはなかった。となればもう、奴等が無視出来ないほどの災厄を振り撒いてやるしかない。

 

 

「それにな、これはお前にだって益のある話だ。ウロボロスは今でこそお前さんを放逐しているが、いずれ必ず捕獲しにくる。だからそれすらも悉く踏み潰す為に、俺様とお前で魔王連盟を作るのさ」

 

 

 ニヤリと笑う猿鬼。殿下の黄金の瞳を真正面から見据えて、彼に向かって本当の自由を勝ち取れと吠える。

 

 どれくらいの時間そうしていただろうか。フッ、と殿下は笑みを作った。

 

 

「そうだな。本当の自由とやらがどんなもんかは知らないが……俺を縛ってきたウロボロスの連中の横っ面を全力で殴りつけられるなら、それはきっと最高だろうな」

 

「ヒヒ、そら当然よ」

 

「ならいいぜ。唆されているようで癪だが、小気味いい甘言だった。乗せられてやるよ」

 

「ヒハハハハハ!! ならお前さんのモチベーションは其処に決定だ!」

 

「だがひとつ問題がある。ウロボロスが今すぐに俺を回収しに来たらどうするんだ?」

 

「それは無い。絶対にだ。だが同時にこのままお前を見逃すこともあり得ない」混世魔王は断言する「いいか、よく聞け。これは星霊に纏わる者と一部の神霊にしか知らされていないが――――誰だ!?」

 

 

 背後に気配を感じて振り返る混世魔王。檻の中からそちらを覗く殿下の耳にカラコロと石床を叩く下駄の音が聞こえてくる。やがて暗がりから音の主は現れた。

 

 

「面白そうな話しをしてるねえ」

 

 

 わかりやすいほど弾んだ声音が響く。殿下と混世魔王の殺気に意にも介さず彼は、織田 三郎 信長は、純粋無垢な笑顔を振り撒いて片側だけとなったその手を伸ばした。

 

 

「僕も入れてよ。その魔王連盟にさ」




閲覧ありがとうございまっす!

>さて二話です。思ったよりも時間がかかってしまいましたが、なんとか一週間以内でちょっとほっとしています。

>凄い今更ですがお気に入りが二千越えてまして、びっくらしてました。ここまで続けてこられたのも、読者である皆様がいてくれたおかげです。ありがとうございました!

>さてこうして二話を投稿してみて、改めて信長君と十六夜達との『ズレ』というのは書くのがつくづく難しいですね。こんなときは文才もそうですが、発想力といいますか、才能が欲しい。まあ、才能を欲しがるのは努力前提なので、そこに至ってない私はまずは努力ですけども!

>一応、今回序盤の十六夜君の懊悩云々は作者である私でも原作でもなく、あくまでも信長君の考えるものですのであしからず。実際あそこまで人でなしではないですよ。なので人でなしは信長君だけ(笑)

>さて、予定では次話で今章……ひいては一部完とさせます。終わりどころが実はまだ悩んでいたりするのですが、どうなるかは次回を待つべし!というか、もう次巻を待って書いてもいいような……とかも思いますが。予定は今月中です。

ではではまた次回まで、おさらばです!

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