問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
「もうひとつ訊きたいことがある」
《サウザンドアイズ》旅館銘湯、少彦名の湯。ポロロ主導のもと行われていた御門の接待はルイオスの完全ダウンを機に一旦お開きとなった。御門の無茶ぶりで泥酔したルイオスを人間形態となった裸漢のグリーが担いで湯殿を出る。接待要員として呼ばれていた女達も合わせて出て行く。次は宴会場での接待で再会となる。
一方で、一向に出る気配の無い十六夜。そしてそんな十六夜の意を汲んだのか同じく湯に浸かったままの御門がふたりきりとなる。早々に十六夜は話を切り出した。
「なんだ?」
「さっきの話だが……ひとつだけ腑に落ちないところがある」
御門の軽薄な笑みがスッと消えた。
十六夜が言っているのはつい先程、箱庭の世界と外界の関係性……そしてそのふたつを密接に繋ぐ
問いに対してもちろん十六夜は正解を得た。だが、どうしても納得出来ないことがあったのだ。
御門の反応から彼もそれに気付いた上での出題であったと悟る。――――納得出来ないのはひとりの仲間の少年についてだ。
「アンタのさっきの話が本当なら、アイツはどうなる?」
「あいつってのは?」
「は、しらばっくれんなよ。――――信長だ」
御門は黙り込んだ。十六夜は視線だけちらりとやり、構わず続けた。
「さっきの出題に倣うならこうだ。『織田 信長』を日本史における歴史の転換期と前提して……1つ、信長の出生は転換期に含めるか。2つ、尾張国の趨勢は転換期に含めるか。3つ、信長が本能寺で死ぬことは転換期に含めるか」
「…………」
「正解は前2つはイエス。最後だけはノー」
まず、『織田 信長』を歴史の転換期とするならば1つ目の出生は当然満たされなければならない事項。同様に2つ目についても織田家の躍進は必須だ。ならば最後の問いはどうだろうか。
一見、『織田 信長』が本能寺で死ぬことは達せられなければならない事項に思える。なにせ一代で事実上の統一を実現した人物だ。生きていれば何かしらの影響を及ぼすことは間違いない。――――が、それは死んでいなければならないのだろうか?
「『織田 信長』が生きていれば、そして天下統一の野望を捨てていなければまず間違いなくその後の歴史は狂う。――――が、この武将に関していえば少々特殊で、『織田 信長』の死体は実は誰にも観測されていない」
いつぞやの『ハーメルンの笛吹き』のように、『織田 信長』の最期は幾通りもの結末が語られている。十六夜のいた世界でも彼の生存説は根強く支持されていた。
「となれば転換期のポイントは『織田 信長』の死じゃない。この人物が歴史上から姿を消すこと、だ」
もし仮に、このとき『織田 信長』が本能寺の変を生き延び、かつ野望を諦めなければ箱庭へ強制召喚されるのだろう。実際聞いた話ではすでにこの箱庭に数度、『織田 信長』が召喚されていると十六夜は聞いている。
「――――まあ、これはさっきアンタが出してくれた問題を丸々パクったんだが――――これっておかしいだろ?」
本題はここから。
「アイツは……信長は初めて会ったとき、上総介の名を名乗らなかった。上総介はあいつの領名。家督を継いだ時に与えられるもんだ。それを名乗らなかった。それはつまり、あいつは召喚されたあの時、まだ織田家を継いじゃいなかったってことだ」
「…………」
「てことは、本能寺の変を生き延びるどころかあいつはまだ歴史の教科書に載るようなこともほとんどしちゃいないってことだ」
それはあってはならないことだった。何故なら織田家の躍進は歴史を正しく進める上で必要な事項である。そしてその鍵となるのは間違いなく織田家頭首、後幾百年まで名を残すこととなる『織田 信長』の存在が不可欠であるはずなのだ。
『織田 信長』はいずれ間違いなく歴史から消えなければならない。しかし、それは裏を返せば、それまでは間違いなく歴史にいてもらわねばならないのだ。でなければ歴史は致命的に狂う。おそらく彼でなければあの戦乱の時代を統一間近までもってくることも、又、次代を担う『豊臣 秀吉』を用いることもなかった。
「どうしてだ。アイツは何故ここにいる? アイツは本当は……誰なんだ?」
元々、十六夜は彼について様々な違和感があった。だが敢えてそれを仲間の前で口にしなかったのは、はたして彼のルーツなど関係無いと思っていたからか。十六夜達は本物の『織田 信長』に出会ったことはなく、あの瞬間共に召喚された信長しか知らない。たとえ彼が何者であろうと、彼が別の何かに変わるわけではないと信じていたから。
しかし、今こうして十六夜自身のルーツについて悩み、飛鳥や耀について明かされていくなかで考えが変わった。知りたい。信長という男について知りたいのだと、このとき十六夜は自身の思いに気付いた。本当に、今更な話であるが。
十六夜の質問に、御門はしばし沈黙を保った。そうして待った末にようやく開かれた口から出た答えに十六夜は心底微妙な顔をした。
「わからん」
「…………」
「おいおい、そんな顔をするな。別にはぐらかそうってんじゃない」
不信感丸出しの十六夜に苦い笑みしか出来ない御門。
「悪いがわからないのは本当だ。――――だが、この際召喚されたことそのものは関係無い。実際歴史の齟齬も出ていないからな」
「そんなんでいいのかよ」
「今の俺は御門 釈天だしな。どうもしないし……おそらく
肩を竦めてそう言う御門に、十六夜も何も言えなかった。御門がここまで霊格を貶めたのは眷属である黒ウサギを助けたからだと聞いている。元々そうする用事があったから気にするなと本人は言うが、だとしても十六夜がどうこう言える立場にいないのは確かだ。
さて、と湯から体を起こす御門はペタペタと石床を出口に向かって歩く。その背を見送ることもせずにいた十六夜だったが去りゆく御門の一言は確かに聞こえた。
「羨むのは自由だが、お前とあれは全然似ちゃいないぞ」
★
「魔王連盟、僕も入れてくれないかな?」
ダメ? とニコニコと腑抜けた顔で首を傾げる和装の少年を、混世魔王は数メートルの間合いをおいて観察していた。この少年を混世魔王は知っている。いや、正確には話に聞いているだけで直接会ったことはなかった。殿下の仲間、リンに聞いた魔王の素質充分の少年。名を――――織田 信長。
アジ=ダカーハをリンが復活させる前、彼女がもし出来るならば仲間に引き入れたいと言っていたのを思い出す。
(『織田 信長』っていやぁ、俺様だって聞かねえ名じゃねえ……が)
どうしたものか、と混世魔王は顔には出さず胸中で悩んでいた。というのも件の少年、こうして目の前に現れて対峙してみた印象だが、どうにもピンとこない。感じられる霊格は精々が神霊の末端の末端クラス。何気ない立ち振舞いや右腰にさげた刀を見る限り武術を修めているようだが、これも《クイーン・ハロウィン》の騎士フェイス・レスや蛟劉のような神技に達しているようには感じられない。
強くないわけではなさそうだが、混世魔王すら認めたリンがあれほど言う価値を見出さない。
『織田 信長』といえばこの箱庭でもおよそ三度召喚された経歴がある名だ。その全てが魔王として。人にしておくには勿体無い怪物ぶりだった。しかしその怪物性を、目の前の少年からは感じられない。
「ふっ」
「?」
檻の中で殿下が笑ったように見えた。特に今気にする必要はないか、と混世魔王は視線を前へ。
一先ずは回答しておくべきだろう。
「嫌だね」
「ええー!? どうして?」
「当ったり前だろうが。俺様はお前を知らねえ。こちとら新設だが、生憎と誰でもいいってわけじゃねえんだよ」
混世魔王の回答は否。リンがなんと言おうと自分はこの少年のことを知らない。仮に知らずとも、殿下やリンがそうだったように相対すればある程度の力量とは測れるものだ。伊達に最古の魔王に連ねてはいない。その上で彼を採点するなら、落第。
――――しかし、それはあの姿を見ていなければの話だ。
(アジ=ダカーハとの戦い……あれは正しく快楽に身を貶した魔王そのものだった)
そう、混世魔王は信長とアジ=ダカーハとの戦いを見ている。互角にせめぎ合ったあの戦いを。確かにあの姿にはリンが絶賛する魅力があった。今目の前にいるのがあの時の信長だったなら二つ返事で迎え入れただろう
しかし今の少年にその面影は無い。霊格の多寡は先程言った通り、何よりあのときの狂性がまるで感じられない。本当に同一人物か疑うほどに。
「ほれ。わかったら大人しく――――ッ!!?」
「あれ?」
混世魔王は全力で後ろへ跳んだ。獣としての生存本能が無意識にそうさせた。そうしなければ死ぬ、と。
ドッ、ドッ、と脈打つ心臓。混世魔王は己の胸に手を当てる。滑り気のある血液が手を汚した。
思い出したように汗が噴き出る。今、間違いなく自分は死にかけた。あと一瞬下がるのが遅かったら混世魔王の上半身は無残に落ちていた。
先程まで自分がいた場所を見やる。殿下の檻の前で、刀を横に薙いだ格好の信長。混世魔王と目が合うと彼は喜色に顔を染めた。
「お猿さん意外と疾いね! びっくりしちゃったー」
「は、そらどうも。――――で? なんの真似だ」
「んん? いやぁ、仲間に入れてくれないっていうからさー。ほら、貴方を殺せばその場所を貰えるかなーって」
だから殺そうとした。臆面もなく信長は言い放つ。それを見て、混世魔王は自身の思い違いを正す。
(前言撤回だ。こいつは、正真正銘
こうしている今も目の前の少年には一向に変わりない。普通の子供と同じ、無邪気に笑っているだけ。そう、そんな顔で彼は混世魔王を殺そうとした。
確かに踏み込みは速かった。剣速も同様。しかしそれ以上にこの少年は
「そういやぁ聞いてなかったな」
「ん?」
「なんで俺達なんだ? 場合によっちゃあ、お前の今の仲間と殺し合うことだってあり得るんだぜ?」
混世魔王の問いに信長は僅かの躊躇いも無く答える。
「そんなの決まってるよ。そっちの方が楽しそうだから!」
少しだけ混世魔王はこの少年を知った気がする。善も悪も関係無い。きっと彼はそれが敵であっても仲間であっても同じ顔で斬るのだろう。今と同じ、虫も殺さないような純粋無垢な狂った笑顔で。
「お前、わかってて黙ってやがったな?」
終始口を挟まなかった殿下へ混世魔王は恨みがましく言い放つ。そういえば殿下も以前この少年とやり合ってるのだと聞かされた。
「全部が全部お前の掌で終わるのが癪だったんだ」
「けっ、意外と性格曲がってやがんな」
ヒヒ、と笑いが込み上げてくる。ひとり話題に乗ってこれずにきょとんとしている信長へ、混世魔王は告げる。
「合格だ、信長。ようこそ魔王連盟に」
「わーい! ありがとう、お猿さん!」
刀を持ったまま全身で喜びを現す信長。抜身の刀が洞窟をヒュンヒュン鳴らす。危ない。
「話はついた。もうここにいる理由は無いな」
金剛鉄の檻を自ら破壊して出てくる殿下。ふと、信長へ訊く。
「信長、お前名前どうするんだ?」
「名前?」
「連盟を名乗るからには名が必要だ。それとも俺様の旗本につくか?」
半分冗談、しかし半ば本気の混世魔王の誘い。余程信長のことが気に入ったらしい。
「そうだねえ」
信長はふと思い出して懐からボロ布を取り出す。それはアジ=ダカーハとの戦いで原型を失った白夜叉に貰った着物。一部、こうして残っていたのを回収したのである。そこには辛うじて残された四つの字。かつての、否、いずれ彼が掲げることになるはずだった世界への布告。
そういえば、と信長は思い出す。確かもうひとつ自分には与えられる名があった。己の欲望に満ち満ちたが故に与えられた、仏敵を示す渾名。今の自分にはちょうどいい。
「――――《第六天魔王》。そう呼んで?」
閲覧、感想ありがとうございます!そしてそして…………これにて一部完達成!!
>改めまして、これにて原作一部完となります。もう正直原作持ってない人にはとても不親切な書き方をしていて大変申し訳ございません。が、なにはともあれようやく辿り着けました。
思い返せば1話投稿が一体いつだったのか。活報を見る限り2013年の1月末。今は2015年の5月末日。二年以上書いてたんですねえ。そら長いっすわ。
けれどもこうして続けてこられたのは偏に皆様の応援あればこそでした。モチベーションってとても大事ですもの。
この場を借りて改めて、ありがとうございました。
>さてさて、こうして原作は明日第二部スタート的な感じになるわけですね。私としても二部もこうして連載続けていきたいと思っていますが、やはり原作を見てみなければわからないというのが現実でしょう。はたして信長君をぶっこむ余裕があるのか!?
というわけで皆様で新刊わくわくしながら待ちましょう!
……あれ?これって結局今までと同じなんじゃあ。
>兎にも角にも、しばらくは更新控える形になるとは思います。やってない原作番外編なんかも残ってますし、ネタとしてはまだありますが、どうぞ今まで同様のんべんだらり待っていてくださるとありがたいなぁ、と思っております。
ではでは!また次皆様の目に止まるよう、精進忘れず書いて行こうかと思います。