問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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二話

「ったく、散々なゴールデンウィーク初日だぜ!」

 

 

 日が暮れる頃には燻り始めた空模様に、慌てて孤児院に帰ってきた焔達。帰ってくるなり孤児院の年長組も駆り出して台風対策を施した。そうしてなんとか形になってきた時には、すでに横から叩きつけるような雨が降り出していた。

 

 風は唸りをあげ、門前の枝葉はへし折れている。これは外から物が飛んでくることも考えておかねばならないかもしれない。

 

 

「花壇も植木も滅茶苦茶で植え直し確定だし! 非常食も全滅だ!」

 

「……あのアロエは食用だったんですね、鈴華」

 

 

 嘆く鈴華と、それを慰める彩鳥。そして、

 

 

「いやぁ、災難だったよねぇ」

 

「「なんでいるの!?」」

 

 

 ブルブルと濡れた髪を横着に弾く鈴華に、焔はタオルを投げつけた。次いでお歳暮で貰った新品のものを彩鳥に。自身もガシガシとタオルで水気を取っていると、さも当然のように厨二病行き倒れ少年がそこにいた。

 

 

「え? 僕ずっといたよ?」

 

「は?」

 

「サブロー! 水入ってきたー!」

 

「サブー! さっき積んだ石の城崩れたー!」

 

「よーし! 最終兵器……武ちゃんトンネル開通だー!」

 

「「おー!!」」

 

 

 ドタドタと走ってきたのは、孤児院の子供達。やたら泥塗れでやってきたかと思えば、焔達ではなく得体の知れない眼帯少年を呼ぶ。応えた彼が駆け出すと子供達もどこか楽しそうにそれを追っていった。

 

 

「…………どうなってんだ?」

 

「さ、さあ?」

 

 

 誰か説明してくれと訴えた焔だったが、二人の少女は首を横に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでも彼は焔達についてきた後、子供達と台風対策を手伝ってくれていたらしい。勝手に。

 焔達もそれぞれの作業に手一杯で気付かなかった。

 

 元々こんなボロ孤児院に盗まれるものも無いと、焔や鈴華がいないとき以外は人の出入りに甘いのが浮き彫りになった。

 

 

「出てけ」

 

「そんな殺生な!」

 

 

 焔の一言に衝撃を受けるサブロー。

 

 

「そうですよ先輩。この状況で追い出すのは、流石に夢見が悪いです」

 

 

 このご時世、この日本で行き倒れるような奴だ。帰れる家などあるまい。

 流石に無慈悲だと彩鳥が擁護する。

 

 

「さっすが彩鳥ちゃん! おっぱい大きい子は心も広い!」

 

「今すぐ叩き出しましょう、先輩」

 

「わー待って待って! ごめんごめん!!」

 

 

 一転して据わった目をした彩鳥が、首根っこを掴んで出口へ引きずる。焔より小柄とはいえ異性を軽々引きずる様はぞっとするものがある。

 

 

「あれ?」

 

 

 ふと、彩鳥は何かに気付いたように周囲を見渡す。

 

 

「鈴華はどこですか?」

 

「ん? ……ああ、あいつは学校に行った。食育用の動物達が心配だから見てくるってさ」

 

 

 なんてことはないように答えた焔とは対称的に、彩鳥は驚きに顔を染め上げた。

 

 

「この嵐の中を!? しかも一人で行かせたんですか!!?」

 

 

 いきなり怒鳴られたことに少々焔も驚く。彼女の言い分は真っ当だ。

 外は今や、大の大人はおろか、車でもひっくり返しそうな暴風雨に襲われている。この中をか弱い少女がひとりで出て行ったと知れば誰だって自殺行為だと叫ぶだろう。

 

 普通の少女なら(・・・・・・・)、だ。

 

 さてどう言ったものかと、焔が口を開いたそのとき――――、世界を引き裂くような爆音が轟いた。

 

 

「あー、びっくりした」

 

「今の爆発音……学校から?」

 

釈天(とくてる)さんは! 先輩、釈天さんはどこに行ったんですか!?」

 

「急用が出来て出掛けたまんまだけど……。この天候だし、そう遠くには――――って彩鳥!」

 

 

 携帯を開いて連絡の有無を確認している間に、彩鳥は孤児院から飛び出してしまう。行き先は、おそらく学校。鈴華のもとに行ったのだろう。

 焔は大きく舌をうつ。

 

 

「何考えてんだあのお嬢様は!」

 

 

 壁に掛けてあった合羽を引っ掴んで焔も外へ出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「あれー? ほむらたちはー?」

 

 

 気付けば置いてけぼりをくらった黒コートに隻眼の少年。

 

 孤児院の子供達が騒ぎを聞きつけリビングへと集まってくる。見れば残っているのは、先ほど知りあったばかりの彼だけだった。

 

 ポツンとひとり寂しく座り込んでいるのかと思いきや、

 

 

「サブロー、笑ってるの?」

 

「んふふふ。いやぁ、随分楽しくなってきたよねぇ! まさかこっちでフェイちゃんに会えるとは思ってもみなかったし。それにあのふたりもすっごく面白そうだ。まるでみんなと初めて会ったときみたい!」

 

 

 座ったまま、落ち着きなく前後に体を揺さぶる姿は中々不気味だったが、子供達はすでに彼への警戒心など皆無で、それどころか変な人だということもしっかり理解していた。

 ユラユラと、体を振るに合わせて揺れる右腕の袖。

 

 

「ねえサブロー」

 

「なーに?」

 

「その左目の眼帯ってなに? 怪我してるの?」

 

 

 年長組のひとりが純粋に案じて投じた質問。

 彼は満面の笑顔で答えた。

 

 

「かっこいいでしょ?」

 

 

 眼帯を外した左目は、怪我の一つもしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ……くそっ……くそぉっ!!」

 

 

 額から血を流しながら、焔は校舎の廊下を走る。背中には気を失った彩鳥。背中に感じるじんわりと温かい感覚が、今も彼女の腹部の出血が止まっていないことを伝えていた。

 気を失うほどの出血。放置はしておけない。

 その程度のこと焔とてわかっている。わかっていて、重傷の少女を連れ回す理由は背後にあった。

 

 

『GYAAAAAAAAAA!!!!』

 

「なんだってんだあの牛野郎!」

 

 

 頭部に生える二本角。面長な顔。二足歩行――――人と同じ体の機構をしていながら、その様相はまるで違う。細身の下半身の上に、アンバランスな隆々とした上半身が乗っている。見た目違わぬ腕力は、廊下の壁を、床を、まるで発泡スチロールのように破壊する。

 削岩機さながらに迫ってくるあれに焔達が巻き込まれれば、結果は火を見るより明らかだろう。

 

 だが、そうなるのも遠い未来ではない。

 徐々に差が詰まっている。

 

 

(牛の頭に人の体……あれって神話とかに出てくるミノタウロスってやつか? ――――いやいや! どこかの研究所から抜け出してきた化け物の方がまだ現実味がある)

 

 

 違う。今はそんな話をしているときじゃない。

 

 

「お嬢様! 彩鳥!」

 

「っ……」

 

 

 声に応じたのか、僅かに体に掴まる力が強まった。一瞬安堵するも、それで安心し続けられるはずもない。声を出して返事をする余裕すら無いということでもあるのだから。

 

 早く彼女の治療をしなくてはならない。――――が、その為には後ろの化け物をなんとかしなくてはならない。

 単なる人間である焔には、あんな化け物を退治する剣も力も無い。

 

 不意に、焔はあるものを見つけると駆け寄った。

 

 私立宝永大学付属学園。

 

 焔達が通うこの学校は、近隣でも有名な私立大学付属。エブリシングカンパニーが経営に一枚噛んでいるだけあって、あらゆる防衛装置が存在する。特に大学の研究施設棟は、研究成果を守る為にエブリシングカンパニーの研究所と同じ装置を採用している。

 

 

「頼む、動け……!」

 

 

 縋るようにレバーを掴むと、それを下ろした。

 

 途端、校内のあらゆる所から鉄槌を落とすような鈍く重厚な音が響いた。焔が狙った通り、廊下を這いつくばって焔を追っていたミノタウロスの首目掛けて天井から降りてきた防壁が降りた。

 

 

『GIッ!!?』

 

「よし!」

 

 

 厚さ500ミリの特殊複合装甲板。さながら断頭刃のように降りた壁によって、ミノタウロスは動きを止めた。

 本来なら首を落とせるほどの衝撃だが、やはりというか、これほどの化け物となれば動きを止めることしか出来ないようだった。それでも動きは止めた。

 

 焔は彩鳥を抱え直して校舎の外へ。それとタイミングを同じにして、さきほどと同じ材質の防壁が校舎を囲んだ。

 

 

「第三研究所まで行けば治療が出来る。そこから救急車を呼んで、話はその後だ。いいな?」

 

 

 先ほど、焔があのミノタウロスと邂逅する前に見た光景。彩鳥があの怪牛と戦っていた。彼女がミノタウロスの足に傷を負わせていたから、焔達は辛うじて逃げることが出来ていたのだ。

 しかし焔の知る彼女は、間違ってもあんなものと戦える女の子ではない。

 

 訊きたいことは山程ある。――――だがそれよりも今は、彼女の命を救うことが優先だ。

 

 この状況で冷静な判断を下す焔。彩鳥にしても、今そのことを追求されても答えに窮する。故に大人しく焔の言葉に従った。

 

 

「はい。……ですが、先輩……鈴華は?」

 

「言ってなかったが、鈴華は俺なんかとは違う本物の超能力者だ。もし校舎に取り残されててもアイツなら――――」

 

 

 焔の言葉を掻き消すように雷鳴が轟いた。大地が揺れるほどの衝撃。

 閃光に一瞬目をやられた焔が、徐々に回復した視力で見たものは信じ難い光景だった。

 

 

「嘘、だろ……」

 

 

 艦砲すら防ぐ特殊装甲板が、切り裂かれていた。

 

 先ほどの光は雷などではなかった。積乱雲から吐き出されたのは一振りの斧。

 焔の身の丈ほどはありそうな大戦斧。華美な装飾など無い。あるのは中心に嵌めこまれた赤い宝石。しかし、それを見た瞬間、焔は一瞬とはいえ全てを忘れてそれに魅入ってしまった。それほどまでの存在感を、あれは放っていた。

 

 だからこそ、恐怖した。

 

 先ほどの一閃で崩壊した学園。炎の中から歩み出てきたミノタウロスが、大地に突き刺さった斧を掴んだ。

 

 覚悟した。もう逃げることなど出来ない。

 焔は最後の意地とばかりに浅い呼吸を繰り返す後輩を、庇うように抱えた。

 

 

『GYAAAAAAAAAA!!!!』

 

 

 たとえ無抵抗になろうとも、ミノタウロスは容赦しない。咆哮と共に駆け出したミノタウロスは、振り上げた斧を焔達に振り下ろそうとして――――、突如その動きを止めた。

 

 焔の前に立ちふさがったのは、漆黒のコートの背中。大きく十字架が描かれた背に、暴風に激しく靡く右腕の袖。

 

 ミノタウロスの動きが止まった。今更障害の一つ増えた程度で止まる理由など無いはずなのに。

 無力な獲物を前に舌なめずりをしているのか。

 いや、本能のままに襲うこの獣はそんな無意味はことはしない。

 

 なら何故。どうして。

 

 

(なんだ? ……怯えてる、のか?)

 

 

 あれほど荒れ狂っていた怪牛がこうして停止した理由。

焔はミノタウロスの目に見えた感情に疑問を抱く。そして信じられなかった。

 牛の顔から表情など読めやしない。だが、その瞳が僅かに揺れているように見えた。

 

 

『G、GYAAAAAAAAAAッッッ!!!!!』

 

「やめ――――」

 

 

 何もかも遅かった。

 

 何らかの理由で動きを止めていたミノタウロスだったが、雄叫びと共に再始動すると大戦斧を横に溜めた。瞬後、焔が声を出す前に、斧は眼前を通り過ぎていった。無論、そこにいた人物を薙ぎ払って。

 

 

「サブロー!!」

 

 

 数メートルも離れた小屋が崩壊した。土煙はこの雨ですぐに消え、残ったのは瓦礫の山。当然、動くものはいなかった。

 

 今度こそ、ミノタウロスは斧を振り上げた。

 

 ――――そして、それは一陣の風と共に現れた。

 

 

「…………え?」

 

 

 焔は間の抜けた声をあげるしか出来なかった。

 

 その人物は、疾風の如く駆けつけ、特殊装甲板を容易く切り裂いた戦斧を片手で止めた。

 

 ――――だが、焔が素っ頓狂な声をあげた理由は他にある。

 

 自分よりも背丈が高く。鍛えられた背中。

 いつだって、焔の中でその背中は大きかった。何よりも誇らしかった。

 

 牛頭の化け物。

 大地を揺るがす大戦斧。

 

 こんな荒唐無稽な状況をなんとか出来るのは彼しかない。だが、この人だけは絶対駆けつけてこないと思っていた。

 五年前、突然いなくなってしまったのだから。

 

 だけど、

 

 

「――――おい」

 

 

 ああ、でもそうだ。

 見間違えるはずがない。彼の姿を。

 聞き違えるはずがない。彼の声を。

 

 

「テメエ、人の弟に何しやがる」

 

 

 憤怒に染まった声をあげて、逆廻(さかまき) 十六夜(いざよい)は、焔の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジかよ。こうまで他人に振り回されたことなんて俺の人生になかったぞ?」

 

 

 校舎の瓦礫に腰を下ろしながら、天を仰いでぼやく十六夜。見上げた空は、雲ひとつ無い夜空だった。

 

 先ほどまで暴風雨を起こしていた天の牡牛も、大戦斧を振り回すミノタウロスも、さらにカナリヤホームの弟分達までこの場から忽然と消え去った。

 彼等がどこへ行ったのか、十六夜は知っている。だからこそこれは彼には想定外だった。

 

 

「女王よ、全員もれなく箱庭に召喚されちまったら俺はどうやって帰るんだ?」

 

 

 三日前、十六夜はミノタウロスのギフトゲームの最中にこちらへ召喚された。本当ならいずれか箱庭へ召喚される者に便乗してあちらへ戻る予定だったのだが。

 

 途方に暮れるも、それは僅かな時間だった。

 一先ず天の牡牛とミノタウロス、二匹の怪牛が現れた南アメリカでも目指すか、と考えたところで腰をあげる。

 

 さて、(・・)ここからが本番だ(・・・・・・・・)、と。

 

 

「出てこいよ、バカ殿」

 

「――――バレバレかぁ」

 

 

 瓦礫の山の一部が燃えた。

 

 ポッカリと開いた空間に、少年はあぐらをかいて座り込んでいた。

 

 十字架のイラスト入りの漆黒のコート、左目を覆う眼帯、左腕に巻かれた包帯。

 そして、今はその左手に一振りの刀が握られていた。

 

 

「久しぶりだねぇ、十六夜」

 

 

 ふやけた笑顔を浮かべ――――、

 

 織田 三郎 信長は十六夜に斬りかかった。




閲覧感想ありがとうございます。

>前回更新より、ご心配をおかけまして改めて申し訳ございませんでした。そしてたくさんの感想と激励本当にありがとうございました。

>てなわけで二話!一体彼は誰ノブさんなんだと思っていたでしょう?そう、彼こそ信長君だったのです!!
…………知ってましたね。そうですよね。

>厨二っぽい格好をしているのには理由はございません。ちなみに彼の格好の候補としては、昔ながら番長スタイル。もっと昔だぜ殿様スタイル。本当にいるのかオタクスタイル。まさかの女の子スタイル……などなど。
本当に意味はないのでどうしようかなぁ、と悩んでおりました。つまり一番現代でも無難(!?)なスタイルに落ち着いたんですね。

>おまけ。カナリヤホーム台風対策の武ちゃんトンネルは、武田信玄さんのことです。なんか調べてたら信玄さんの治水凄いんだよ、って情報が出てきました。気になる方は検索だ!

>ではでは、次回は十六夜君との激突!?……てな予告をしておこうかな、と思います。それではまた次回ー

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