問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
左手一本で振り下ろされる長刀。
十六夜は素手でそれを受け止めようとして、刃から漏れ出る火の粉を見るなり顔を顰めて後ろに跳んだ。
空を斬った刃。斬撃の軌跡を、紅蓮の炎が描いた。
「そーれ!」
気の抜けるような掛け声で、しかし放たれるのは冗談ではない火炎の大波。
空振りした刃を翻して、今度は切っ先を地面に掠らせながら切り上げる。それに合わせて炎の刃が、まるで波のように十六夜を襲った。
「しゃらくせえ!」
一喝。同時に一突き。
十六夜の拳の一突きは、炎の波を消し飛ばすのみならず、周囲の建物を軋ませた。
「!」
懐へ潜り込む影。
炎を目眩ましに、十六夜が迎え撃つのを予測して信長は深く踏み込んでいた。――――だが、読んでいたのは十六夜も同じ。
大きく振り上げられた右足。
「やば……っ」
「ふんっ!」
瞬間、大地が震えた。十六夜の足を中心に、地面が割れた。
「危ない危ない。蛙みたいにぺしゃんこになるところだった」
間一髪躱したらしい信長は、にやけ面は相変わらずで、わざとらしく額の汗を拭っている。
「……何のつもりだ?」
十六夜の質問に、信長は首を横に傾ぐ。
「なにがー? 僕がここにいる理由? 襲った理由?」
「全部だ。
「だってほら、僕魔王連盟のひとりだし? みんなの為にも、競争相手の十六夜は倒さないと」
「笑わせんな。その『みんな』とやら――――お前、殺しただろ? 噂になってるぞ」
指摘された信長は、薄く笑みを広げた。
「ちょっとじゃれてたんだけど、やりすぎちゃって」
悪びれた様子も無く、隠す気も無さそうに答えた。
信長も名を連ねる組織。彼はその仲間を手にかけている。
それに、と続けて、
「全員じゃないよ。二人ぐらいかなぁ。向こうから突っかかってきたんだよ? 本当だよ?」
「んな、内輪もめの理由なんざどうでもいいっての」
魔王連盟の人数が何人減ろうが関係ない。むしろ十六夜にしてみれば減ってくれて大いに結構といった話だ。
だが、目の前の人物が敵か味方か。
それだけははっきりさせなくてはならない。
ましてや、そんな輩を焔達と一緒にいさせるわけにはいかない。
「変わったね、十六夜。――――いや、変わらないが正しいのかな?」
「何の話だ?」
「――――まだ引きずってるの? あの三つ首の龍を倒したときのこと」
「ッ!」
その言葉に動揺した一瞬の隙を突いて、信長は接近。刀を左に薙ぐ。
十六夜は刀を受けない。後ろに跳んで躱す。
「さっすが。気付いてるんだね!」
楽しそうに信長は追ってくる。
今の十六夜に斬撃の類は効かない。その身に宿した獅子宮の恩恵が、あらゆる刃を受け止めるからだ。
しかし、信長のそれは斬撃にして斬撃に非ず。
「
つまり信長の斬撃は斬るのではなく燃やしているのだ。
拝火教が一柱。炎に耐性があったアジ=ダカーハをして傷つけた魔炎。
いくら十六夜とて、まともに受ければタダでは済まない。斬られはせずとも燃やされる。
「なまくらかと思えば、存外まだまだ頭は回る。それなのに……。ねえ、そんな生き方してて楽しい?」
「なまくらだと……?」
「僕はつまらない。つまらないよ、十六夜。本気の君と戦いたい。本気の君を殺したい。もっともっと遊びたい。――――あの時の続きを、僕はやりたいんだ」
「何を言ってんだ?」
信長の言葉の意味がわからず眉をひそめる十六夜。それに信長は、あからさまなため息をついた。
「寂しいなぁ。焦がれていたのは僕だけなの? てっきり十六夜も楽しみにしてると思ったのに」
がっかりだ、そう言った信長は、レーヴァテインの切っ先を十六夜に向けた。――――否、切っ先ではなく、それは一丁の古めかしい長銃に変わっていた。
「!?」
「つまらないから僕は行くね。今の君と戦うより、向こうの方がよっぽど楽しそうだ。――――ばいばい」
伽藍堂の穴から放たれた黒炎。あれは、以前世界の三分の一を滅ぼすとされたアジ=ダカーハの
着弾させればこちらの世界が致命的な傷を負うことになる。
「チッ!」
十六夜は右の拳を構える。拳に光が収束する。
斜め上から落ちてくる、世界を終わらせる炎弾を、かつて世界を砕いた拳が撃ち抜く。
衝撃は崩れかかっていた周囲の器物を薙ぎ払い、奇跡的に無事だったものも半壊にまで追いやられた。
いや、むしろこれだけの被害で済んだことが奇跡だ。
衝撃が収まり、視界を潰していた噴煙が薄まった後には、信長の姿は何処にも見当たらなかった。
「…………くそ」
苦い顔で吐き捨てた十六夜のもとに、その後すぐ御門 釈天が現れたのだった。
★
アンダーウッド水上都市。コミュニティ、《六本傷》が経営するガーデンレストランに焔達はいた。
ミノタウロスに襲われ、五年も姿を消していた義兄に助けられ、逃げた先でも天の牡牛に襲われ、遂に異世界たる箱庭へ召喚された。
見たことの無い草木が生え、獣人が闊歩するザ・ファンタジー。向こうでは特殊とされていた自分達がちっぽけに思える不思議が、こちらの世界には溢れていた。
「――――あ、そうです。この場合はなにも武力で牡牛を倒さなくても良いのです!」
こちらへやってきて出会った不思議その一。黒ウサ耳の生えたロリっ子。
彼女は、こちらへ召喚されてすぐ溺れかかっていた焔達を助けてくれた命の恩人でもある。
「どういうことだ?」
「ギフトゲームで強大な敵を討伐するものは、武力とは別に知恵を絞って戦う方法があるのです! 今回でいえば、相手は牡牛座の化身。例えばミノタウロスならば、その伝承に攻略のヒントが隠されているやもしれません!」
焔達がこちらへ召喚されたのは、決して偶然ではない。彼等は――――いや、正確には焔は、あるゲームの参加権を与えられたのだ。
第二次太陽主権戦争。
不思議と超常の力が溢れている箱庭においても、黒ウサギ曰く破格の恩恵を宿すらしい太陽主権。それを奪い合う大舞台に焔は招待されたのだった。
招待状兼ルールが記された文面を読んで、しかし焔は一時声を荒げた。
焔が与えられたのは、あくまでゲームの予選参加資格。本戦に進むには『黄道の十二宮』、『赤道の十二辰』に属する星獣を一匹以上使役しなくてはならない。
だが焔にとって見過ごせないのは、このゲームの開催期間。
この予選にして記された期間は、七年。
焔とてこの異世界に興味が無いわけではない。心が踊らないわけではない。――――が、焔や鈴華がこちらにきてしまったら、彼等の家たるカナリヤホームを守る者はいなくなってしまう。
かつての創立者も、大黒柱だった義兄もいなくなった。
今、ホームを守っているのは焔達だ。
彼は己の人生の大半を代償に、彩鳥のエブリシングカンパニーから援助を受けている。焔がいなくなれば必然、援助は打ち切られる。同情的である彩鳥に至っても今はこちらにいるのだ。間違いない。
なんとしてでも帰らなくてはならない。
その為には、まずこのゲームをクリアして、自分達が誤ってこちらへ来てしまったことを主催者に伝え、元の世界に戻してもらわなければならないらしい。
ならばやる事は決まった。
倒す。
ミノタウロスを。天の牡牛を。
このゲームをクリアして、孤児院の子供達のもとへ帰るのだ。
「そうだった。こっちの神様や怪物は、俺達の世界の伝承が形になってる」
例えば、目の前の黒ウサギ。
彼女は、今昔物語集に載る仏教説話のひとつ、『月の兎』の末裔らしい。
このように、ここには焔達の世界の伝承、逸話が元になった神様やら化生、怪物が闊歩しているらしい。
「それならミノタウロスの伝承をなぞらえれば、ヒントどころか倒せるかも」
ぶつぶつと思考を巡らせる焔。そんな彼を見て、黒ウサギは意外そうな顔をした。
「なんというか、御二人は十六夜さんとは正反対なのですね」
「正反対? イザ兄と?」
黒ウサギの呟きを聞いていた鈴華が反応する。
「YES! 実は、十六夜さんのご家族が召喚されるかもしれないと聞いて身構えていたのですが……。焔さん達は、あまりにも優秀なゲストなので。とても優等生でちょっぴり感動してます」
「にゃはは。あの人は特別ぶっちぎりダントツで規格外だったからねえ」
「ええ、それはもう! 加えて、一緒に召喚されたのも負けず劣らずの問題児様達だったので。黒ウサギの心臓はいつ止まってもおかしくないくらいハラハラドキドキの毎日でした」
そう言いながら、しかし黒ウサギの横顔に辛さや悲しみといった感情は一切見えなかった。むしろ楽しそうに、嬉しそうに語る話に、鈴華は一緒になって笑うのだった。
「私達の先輩? は凄かったんだね」
「YES! 北は煌焔の都。南はここアンダーウッドまで。魔王相手に獅子奮迅の大立ち回り! が、同じくらい迷惑を振り撒いておりましたッッ!」
「お、おう……。大変だったんだね、黒ウサよ」
ウサウサ、と耳を立てる黒ウサギ。
これは相当な苦労だったのだろう、と鈴華は悟った。
「けどイザ兄に負けず劣らずかぁ。どんな人達だったの?」
「ええと、飛鳥さんというザ・お嬢様と。小柄なのに大食漢の耀さん。それに――――」
「おい、黒ウサギ」
話の途中だったが、一旦考察を終えたらしい焔が声をかけてきたので中途半端だが話は終わった。鈴華としても今は元の世界に帰ることが最優先なのだから。
「――――よし、それならなんとか勝ちの目があるかもしれない」
「本当!?」
「本当ですか先輩!」
黒ウサギにいくつか質問をした焔が出した答えに、鈴華と彩鳥が反応を示す。
「ああ、偶然だが切り札を持ち込めたからな」
「……まさか先輩、
「それしかないだろ。幸いにもストックはまだある。ひとつなら使っても平気だろ」
まだ何か言いたげな彩鳥だったが、焔としては研究材料より、今はゲームの攻略が優先だ。
「ゲームの攻略については一先ず目処が立った。黒ウサギ、実際俺達が帰る為の方法は何かあるか?」
「それならひとつ。皆様を召喚した《クイーン・ハロウィン》と接触するのが良いと思うのです!」
焔と鈴華は一瞬首を傾げ合うが、すぐさま思い至った。
召喚のきっかけとなったメール。その差出人のアドレスが、そんな名前であったと。
「余り表に出る方ではありませんが、一般的には世界の境界を操る女王と呼ばれております!」
「世界の境界を操る?」
「YES!」
ハロウィンとは、西欧に実在した古代ケルト民族による太陽崇拝と収穫祭を祝う催事。彼等は一年を通して輝きを変える太陽の運行に死生観を重ねており、夏から秋にかけて衰え始める太陽が、冬に死に、再び蘇る存在として崇めていた。
太陽が衰え始める十月三十一日は、世界の境界そのものが不安定になり、祖霊があの世から常世に帰ってくると信じていた。しかし、あちらからやってくるのは、祖霊だけでなく悪鬼羅刹もやってくると恐れた彼等は、自らを化生に擬態することで身を守った。
それがハロウィン。クイーン・ハロウィンはこれが神格化した存在らしい。
故に、あの世とこの世、境界を与る者なのだと。
「彼女ほどの御人ならば、帰る手段を知っていると思うのです。そして、幸運なことに、このアンダーウッドでは近日、女王と面会する機会があるのです!」
「マジか!?」
「アンダーウッドの水は浄水と名高く、中でも朝露の数滴しか取れない水は格別らしいのです。この水が、女王の好む紅茶に良く合うらしく、月に一度使いの方が受け取りにきます」
「次はいつ来るんだ?」
「明日の夜。上手くいけば女王に御取り成しいただくことも可能でしょう」
「ひゃっほー
「そうだな
ようやく笑顔が戻った二人に、彩鳥はどこか安堵した顔を浮かべる。
「方針は決まったらこうしちゃいられないな」
「ういさ! 生活費稼がないとね!」
拳を突き上げる鈴華。
「……先輩、鈴華。御二人は参加費の代替になるものは持っているんですか?」
「そこはご安心を!」
ウサ! 黒ウサギは耳を立てて、
「御二人は大恩ある十六夜さんのご家族。参加費は黒ウサギのポケットマネーから都合させていただきます」
「さっすが黒ウサ! 太っ腹!」
衝動的に抱きつく鈴華に、黒ウサギはあわあわと動揺する。
最終的な目標を決め、当面のやる事は定まった。一先ずの金の都合もついたのならば、早速ギフトゲームを参加しようと、先ほど通りがかった出店にでも向かおうとして、
『ちょっと待ったあああああああああ!!』
突如出現する水柱に、一同は呆然とする。
広大な大河に伸びる大きな水柱。さぞ見応えがある。――――あまりにも至近距離でなければ。
「り、料理が……」
あまりにも距離が近かった為、頭上からはスコールのように水しぶきが降り注ぎ、テーブルの上の料理は無残に流されてしまった。
がっくりと、鈴華が膝をつく。
「し、白雪様! どうしてこんな無意味ではた迷惑な登場を!?」
「格好つけたかったんだろ」
「そうですね、先輩」
『喧しいわ!』
焔と彩鳥の冷めたツッコミに、内心冷や汗を流しながらも黙らせる大蛇の姿をした白雪姫。
実は彼女、焔達が箱庭にやってきて最初に出会った人物でもあり、黒ウサギと一緒に焔達を救出した、実は優しい心の持ち主。
しかし、白雪姫は晴らすべき恨みをもって今この場にやってきた。
『貴様、気配が似ていると思ったが、本当に主殿の弟らしいな』
「主殿? イザ兄の家族ってなら鈴華もだぞ」
「ご飯がー……」
『ん? そうなのか。そうは見えんが……。――――まあいい。貴様等が主殿と同郷の者であるというなら、私が受けた数々の屈辱、貴様等で晴らさせて貰おうか!』
お断りします、一同声を揃えた。
『よし! それでこそあの大戯けの縁者よな! これぐらい想定済みだわ!』
「いえいえ白雪様。大変言い難いですが、今回ばかりは焔さん達の言い分が真っ当です」
『五月蝿いぞ黒ウサギ! それに、いくら主殿の家族だとしても、子供の内から無償で金銭のやり取りをするのは感心せんな』
「はうっ!?」
最近あの人に似てきた、こんなはた迷惑な登場をした相手に思わぬ正論をぶつけられてただならぬ衝撃を受ける黒ウサギ。
ここは箱庭。
力が全てとは言わずとも、生きる術は無償で与えられるべきものではない。
その一点に関して言えば、白雪姫の言い分が正しい。一点に関して言えば。
『そこでだ。ゲームの経験を積むためにも、この白雪姫が直々にギフトゲームに招待してやろうではないか!』
「まあ、俺らとしてはそれは有り難いけど」
「それって報酬出るの?」と鈴華。
『無論。とっておきの恩恵を用意してやろう』
この箱庭で、まだ右も左もわからない中、黒ウサギの知人らしい者のゲームに招待してくれるというならば、焔達には断る理由が無い。
三人は視線を交わし合って頷く。
『よしよし。それではゲームの舞台区画まで――――ぶはぁッ!!?』
焔達を背に乗せようとしたのか、焔達のいるテラスに頭を近づけようと下げた白雪姫の頭上に、突如弾丸の如き何かが落ちてきた。
再び上がる水しぶき。
目を丸くしている焔達の目の前に、落ちてきたそれは座り込んでいた。
「あーびっくりした。けどこれが無いと、こっちに来たって感じしないよねぇ」
濡れ羽のような髪をさすりながら、彼は何やら小さな声で言っている。
その人物の登場は、焔にとって驚嘆ものだった。
「サブロー!?」
黒のロングコートに、左目の眼帯、包帯を巻いた左腕。
外界では厨二病まっしぐらだった見た目も、箱庭ではそう浮いて見えないから不思議だ。
いや、そんなことより、焔は一番に駆け寄った。
「お前、どうしてここに? 生きてたのか!?」
彼は、外界で焔がミノタウロスに襲われたとき庇ってくれた。しかしただの少年に、牛頭の怪物を相手出来るはずもなく、特殊合板を引き裂くほどの無慈悲な一撃に沈んだはずだった。
どうして、何故と思うと共に、それ以上の安堵が広がる。
鈴華、彩鳥とその様子を眺めていた。
――――いや、もう一人、それを見ている者がいる。
黒ウサギはまん丸な目で現れた少年を見つめ、
「え、ええと、
小首を傾げた。
それにサブローはニッコリ笑う。
「うん。初めまして、可愛いウサギさん」
閲覧ありがとうございましたー。
>今日はいつもと違う時間に更新です。最近休みなのにお昼まで寝てられないから、朝は運動したり、テレビみたり、時間を潰すのが大変です。
>ほとんど原作通りの説明回になってしまいました。飛ばしてもいいような気もしましたが、焔君達の行動方針が決まる場面ですし、黒ウサちゃん達との仲良いアピールの場面ですし、すっ飛ばすと原作既読者も『あれ?』ってなりそうだったので、微妙にアレンジ入れて書きました。
充分色々すっ飛ばしましたしね。許してくだせえ。
>一週間一回ペースの更新を実現したいですねえ。すでにこの更新は達成出来てないのですが。
でもまあまあ、ゆったり進もうかと思います。
次は第一部で大活躍したあの人(!?)が登場です!!