問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━   作:針鼠

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二話

 四方八方から飛んで来るバリスタの弾を、アステリオスは片っ端から叩き折って落とす。

 彼が跨る白額虎、途中参戦してきた少女――――申公豹(しんこうひょう)も、それぞれ弾を迎撃する中、アステリオスは冷静に戦況を見極める。

 

 

「敵に空間転移の恩恵を授かる者がいるのは明白。射程は約百二十メートル。弾そのものを飛ばしているというよりは、発射した弾を飛ばしているようだ(・・・・・・・・・・・・・・・)。足を止めれば急所を射抜かれるだろうが、タネが分かればどうということではない」

 

 

 むしろ、アステリオスにとっては先ほどの事の方が問題だった。

 

 途中からやってきた白額虎の仲間、申公豹は、先ほど大規模攻撃をあの要塞に放つつもりだった。他の者はどうでもいいが、アステリオスの失われた記憶を呼び起こす鍵であろう人物、西郷 焔だけは殺させるわけにはいかない。

 場合によってはあの瞬間、白額虎諸共消し飛ばさなくてはならなかった。

 

 

「そうだ。転移の恩恵者はこの際もう敵ではない。今はそれよりも――――」

 

「――――はあっ!」

 

 

 剛槍が風を穿ち飛んでくる。顔を逸らしてひとつを躱すも、追撃にもう一本。

 

 

『させん!』

 

 

 大気を掴んで白額虎が左に駆ける。

 

 二本の剛槍を操るは少女。細身の体。可愛らしい顔に似合わぬ大振りな武器。

 しかし、その槍捌きは見事という他無い。

 

 白額虎は少女の背に回る。空中で体を捻る彩鳥。振り返った彼女の手には、引き絞られた剛弓があった。

 風を穿つ一矢を、白額虎は己が歯で受けた。

 

 

「突っ込め仙虎!」

 

 

 アステリオスの指示を受けて白額虎は駆け出す。真っ直ぐ彩鳥へ。

 射程に入ると戦斧を振り上げ、落とす。

 

 すでに少女の手には第三の武具があった。

 白銀の剣。

 

 構わず振り下ろしたアステリオス。

 彩鳥は剣を縦に構えて受ける。――――否、いなした。

 

 鈴の音のように澄んだ音だった。

 

 まるで抵抗もなく、アステリオスは虚空に向かって斧を振り下ろしていた。

 

 

「終わりです」

 

「お前がな!」

 

 

 横薙ぎに構えた剣を、彩鳥は即座に背後に向けて振るった。

 

 申公豹が放ったのは風の弾丸。彼女の周囲を衛星のように回る宝珠は、《開転珠(かいてんじゅ)》と呼ばれる中華神話に出てくる武器型の恩恵。宝貝(パオペイ)である。

 流体を操る宝珠は、可視化するほどの密度で風を纏っている。

 

 

「さっきは絶技を見せてくれてありがとう。驚きすぎて思わず首が飛んだよ。お返しだ吹っ飛べ首切り騎士!」

 

 

 空中にいる彩鳥へ六つの宝珠が殺到する。

 

 その一つが、横合いから撃ち落とされた。

 

 

「あれ? 斬れないや」

 

 

 サブローが刀で宝珠の一つを斬るも、切断には至らず。ただ彩鳥への軌道から逸れた。

 

 

「ハッ! そんなもので僕の開転珠が斬れるかっての。それにひとつぐらい落としたって……」

 

「いいえ、ありがとうございますサブローさん。その一つが邪魔でした(・・・・・・・・・・)

 

 

 言うや彩鳥の持つ剣が半ばから折れる。――――いや、折れたのではなく分かれた。

 

 蛇腹剣。

 

 文字通り蛇のように、一本のワイヤーのようなものに連なる刃の群れ。

 

 だが、それでも申公豹は余裕を崩さなかった。

 今更彩鳥の腕は疑わない。

 この嵐の中であろうと、踏ん張りの効かない空中であろうと、彼女の剣は過がたず宝珠を捉えるだろう。しかしそれまでだ。

 あの剣に、宝珠を落とすだけの剣圧は無い。

 

 弾かれ終わる。――――そう思っていた申公豹は、その両目を見開いた。

 

 たった一つ。

 彩鳥の剣は、たったひとつの宝珠を撃った。

 

 途端、その一つが隣りの宝珠に。またその宝珠が別の宝珠に。

 連鎖する同士討ち。

 結果、彩鳥は無傷で宝珠の弾丸を突破した。

 

 

「そんな出鱈目……ッッ!?」

 

 

 ゾクン、と申公豹は首筋に嫌な感覚を得た。

 

 背後には、腰だめに刀を構えるサブロー。

 

 

「もう一回首を飛ばしても生きてられるのかな?」

 

 

 一閃。抜き放つ。

 

 刀は振り切られた。しかし、振り切った刀は、半ばから折れていた。

 

 サブローと申公豹の間に割り込んだ白額虎。その牙は、刀身の半分を咥えていた。

 

 

「首とは言わん。両断してやる」

 

 

 白額虎の背に乗るアステリオスが振り上げる大戦斧。

 サブローが折れた刀を投げつけるも、アステリオスは片手でそれを払い退ける。

 

 その一瞬によって、旋回してきた蛇腹剣の切っ先が間に合った。

 

 

「チッ!!」

 

 

 アステリオスの右目に喰らいつこうとする剣先を、体をそらして回避する。おかげで攻撃動作は中断せざるを得ない。

 

 

(――――強い)

 

 

 素直に、アステリオスは評価を下した。

 

 少女の方とは、アステリオスがミノタウロスと化していた状態で一度戦っている。しかし今はそのときとは比べ物にならない強さを見せている。

 

 一方で、眼帯の少年の方はというと、よくわからない。

 

 強い。それは間違いないはずだ。

 彩鳥が来る前までは、彼がたったひとりでアステリオスと白額虎を相手取っていたのだから。

 しかし、それだけではない気がする。

 

 ただ強いだけの少女には無い、得体のしれない何か。

 

 そう、アステリオスの本能は、人の業を越える絶技を見せる少女よりも、この少年の方を警戒しろと騒いでいるのだ。

 

 

「この疑問も、この記憶を取り戻せば解けるのか……」

 

『どうした怪牛?』

 

「いや、なんでもない」

 

 

 答えながら、アステリオスはもう一本の斧を顕現させた。疑似神格(プロト)・星牛雷霆(・ケラヴノス)よりも小さい。元々、こちらは戦いの為のものではないのだから仕方がない。

 

 

「んー? どうかしたの?」

 

 

 動きを止めたアステリオス達へ、申公豹が疑問に思って近寄ってくる。

 

 

「西郷 焔が俺の答えを持っているなら、このまま逃すわけにはいかん」

 

 

 移動城塞の屋根に立つ二人の敵を見下ろしながら、アステリオスは顕現させた両刃斧(ラブリュス)を虚空に突き刺し、捻った。

 

 瞬間、七色の光が溢れでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……!」

 

 

 アステリオスは虚空を斬った瞬間、視界は七色の光に埋め尽くされた。

 回復した視界で彩鳥が最初に見たのは、眼下の浮遊島。大嵐の中、大河を走っていた精霊列車は今や宙空に放り出されていた。

 間違いなくアステリオスの仕業だ。

 彼のラブリュスによって、彼のゲーム盤に引き込まれた。

 

 敵地に呼び込まれたものの、これで彩鳥達の解答は、半分以上当たっているということが証明された。

 後はミノタウロスを倒せばゲームはクリアされる。

 

 

「っと、わわわ!?」

 

「サブローさん! ……くっ!?」

 

 

 走るべき道を失い、ただ落下する精霊列車。当然、屋根の上にいた彩鳥達も足場を失う。

 彩鳥は咄嗟に甲板の突起に掴まることが出来たが、運が悪いことにサブローは外へ放り出されてしまう。

 

 蛇腹剣を伸ばして救出させようとする彩鳥だったが、そこへ白額虎とアステリオスが襲いかかる。仕方なく迎撃する間、もうひとりの敵はサブローへ向かっていた。

 

 

你好ー(ハロー)你好ー(ハロー)。君達のせいでそろそろ僕のフラストレーションも溜まりまくりだよ。だから――――」

 

 

 サブローの腹部を中心に、宝珠が三つ集まる。

 幼い顔は、残忍な笑みを浮かべた。

 

 

「吹っ飛べ」

 

「っ……!!?」

 

 

 大気を極限まで圧縮した宝珠が連鎖的に爆発した。

 

 落ちていく精霊列車から離されるように、ひとりサブローは迷宮へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……駄目だ。開転珠は完全に奪われてる」

 

 

 完全に迷宮へ落下した精霊列車から少し離れた岩陰で、申公豹は肩を落とす。

 少女の周囲を衛星のように回る宝珠は四つ。当初七つあったので、三つ足りない。

 

 三つの開転珠は、鈴華によって奪われた。彼女自身知らなかったことだが、空間転移で手元に転移させた恩恵を奪うことが出来るものだった。

 それによって精霊列車も、なんとか地面に降りることが出来た。

 

 

『女王騎士だけでも厄介に過ぎるが、特殊な空間転移能力者とはな』

 

「これだけ隠れる場所があると、宝具を扱う僕には天敵だなぁ」

 

『私も、あの女王騎士とは相性が悪すぎる。――――ん? おい申公豹、あの怪牛はどこに行った?』

 

「へ?」少女は小首を傾げる「さっき僕を咥えて逃げたとき飛び降りたけど?」

 

『なに!?』

 

 

 勝手にさせれば、という顔をする申公豹だが、白額虎は怒鳴りつけた。

 

 

『何故言わなかった! 我等の任務はあれを確保しておくことなのだぞ!』

 

「ええっ! 僕聞いてないんだけど!?」

 

『ホウレンソウが出来ぬ奴ばかりか!』

 

 

 一人嘆く虎。否、一匹。

 

 ふー、と気を落ち着かせるように息を吐く。

 

 

『先ほどの影が《影の城》だとすれば、あれも女王騎士のひとり、おそらくスカハサに間違いない。我等だけでは戦力に不安があるが、他の面子を呼んでいる暇が無い以上、今すぐ我等で捜しに――――』

 

「その必要はないわ」

 

 

 二人の前に黒い風が渦を巻く。雲散して現れたのは、斑模様の服を着た少女だった。

 

 

「あ、ペスト」

 

『必要無いとは?』

 

「そのままの意味よ。誘導ご苦労様。もう帰っていいわ。このままいたら巻き込まれるわよ――――本当のミノタウロスの戦いに」

 

 

 ペストがそう口にした瞬間、迷宮そのものが揺れだした。かと思えば今度は、迷宮を形作る白亜の岩塊が変形を始め、やがてその形は巨大なミノタウロスを形作ったのだ。

 

 

『なるほど。本当のミノタウロスはあの童子ではなく、この王墓そのものだったというわけか』

 

 

 ゲームの謎を理解して頷く白額虎。

 道中共にしていた間、アステリオスの異常はこれが答えだったのだ。

 

 はたして、白額虎達の主はどこまで気付いていたのか。兎も角こうしてペストが迎えにきた以上、もうこのゲームに干渉する必要は無いのだろう。

 

 

「あーあー、宝具は奪られるし、あの首切り騎士には仕返しし損ねたし。損ばっか」

 

 

 両手を後頭部に当てて不貞腐れる申公豹。

 

 

「戦果といえば、よくわからない眼帯男を殺しただけかー」

 

「あれがあの程度で死ぬはずないでしょう?」

 

「へ?」

 

 

 『あら?』と、申公豹の発言にペストが声を挟む。

 

 

『どういうことだ? お前はあいつが何者か知っているのか?』

 

 

 怪訝に問いただす白額虎。

 やがてペストは、得心がいったように頷いた。

 

 

「ああ、そういえば貴方達はアイツがあの眼帯をつけてから会ってなかったかしら。――――まったく。いっそ本当に粉々にしてくれれば良かったのに」

 

「???」

 

 

 何やらいきなり不機嫌な仲間の少女に、申公豹と白額虎は顔を見合わせて首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 芭蕉扇を肩に預けて、牛魔王は十六夜が飛んでいった方向を見やる。

 

 

「本当なら俺も駆けつけてやりたいが、焔達にはまだ合わす顔がないんでな。後は頼んだぞ、十六夜」

 

「終わりましたか? 牛魔王」

 

 

 ふわりと、柔らかな風と共に傍らに降り立つ少女。その頭部には立派な龍角。何より、ただの少女にはあり得ない巨大な霊格は、牛魔王すら凌いでいた。

 純血の龍種。

 箱庭の最強種、その一角が彼女の種族である。

 

 

「ああ。もう用は済んだし、俺達もここを出――――」

 

 

 ドオオオオオン、と空から何かが落ちてきた。

 

 

「うわー。やーらーれーたー」

 

「あらあら」

 

 

 砂塵が舞う落下地点。そこから聞こえてくる声に、少女は愉しそうに口端を歪め、牛魔王は顔を顰めた。

 やがて、砂塵は収まり、そこには一人の少年が寝転んでいた。

 

 

「あれ? 誰もいない」

 

 

 巻き上がった粉塵から考えて、よほどの高さから落ちてきたであろうに、少年はケロリとした顔で上体を起こして周囲を見回していた。

 ふと、その視線がこちらと合う。

 龍種の少女を見るなり、ぱあ、と顔を明るくした。

 

 

「初めまして可愛い女の子! 僕はサブロー。是非お友達になりましょう」

 

「ふふふ、相変わらずですね。ノブ君(・・・)

 

 

 牛魔王はポリポリと頭を掻いた。そしてチョイチョイ、と左目を示した。

 

 

「お前、俺達の前で一度眼帯(それ)外しているだろうが」

 

 

 初めはきょとんとしていたものだったが、牛魔王に言われて彼はニヤリと笑う。

 

 

「あ、そうだっけ?」

 

 

 その周囲を焔が巻く。

 

 それなりに距離があって、尚肌が炙られるような灼熱。

 臙脂色の炎が半ばから裂け、再び姿を現した人物は、その装いを変えていた。

 

 赤い衿の見える白の着物。片腕の袖だけ通された緑色の羽織。

 遊ばせていた濡羽色の長い髪は後ろで括られ、左目の眼帯と、隻腕に巻かれた包帯だけは変わらなかった。

 

 ――――信長は、隠蔽の恩恵を宿した眼帯を外すと、柔らかな笑顔で二人を見つめた。

 

 

「こんにちは。クーちゃん、ウッシー」

 

 

 《天下布武》とはためく旗印。

 

 第六天魔王、織田 三郎 信長。




閲覧どうもでしたー。

>さて皆さん、ご報告したいことがあります。緊急事態です。

実はこれでほぼ2巻まで終わってしまった。
実はこれでほぼ2巻まで終わってしまった。(二回言った)

>皆様、信長君がサブローくんだった謎に対して色々な想像ありがとうございます。正解は眼帯の恩恵という……もうなんかみんなの予想の方が立派過ぎて恥ずかしがりながら最後書いてました!!
なにそれ、『縁を焼く』とかちょっとかっこいいじゃないですか!!!!

>まあでもでも、信長君としては黒ウサギ始め、可愛い女の子との縁を永遠に切るというのは発狂ものなので、一時的なものが必要だったわけですよ。
ちなみに、眼帯の詳細とかは次回にします。多分。

>てなわけで話は戻りますが、これでほぼほぼ2巻まで終了なのですね。まあ、ミノタウロス話は一巻からの続きですしね。天の牡牛に関しちゃ原作でも絶賛続行の問題なのですが。
さてさてどうしたものかな、と。

>とはいうものの、原作既読の方は知ってらっしゃるでしょうが、とりあえず現行3巻までなら追いついてしまって平気そうなんですよね。最後の〆的な感じが。
なので一先ずそこまでいっちゃいましょーってな感じです。
何より3巻からは、遂に第一部のアイドルのあの人が……!!可愛すぎるぜちくしょうが!!

>信長君の新衣装は、色合いは教科書に載ってる本物様の格好です。ただ本当は羽織ではなくて、裃(かみしも)。
子供っぽい彼には似合わないので羽織に変更しております。

>原作を微妙に改変したのは、ゲーム盤招待までのタイミングと、十六夜君ふっ飛ばしからの焔君達との合流の時間差と、あとはクーちゃんがゲーム盤離脱のタイミング。
クーちゃんと少しお話させたいが為にそこは変更しました。

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