問題児たちが異世界から来るそうですよ? ━魔王を名乗る男━ 作:針鼠
本当に頑丈だね
早朝、信長はひとり本館裏手にいた。正面に見据えるのは地面に突き立つ丸太。太さはおおよそ人の胴回りほど、天辺が2メートル程の高さにあるそれに向かって信長は鋭く踏み込む。
握った拳を左、右と丸太のほぼ中央部に打ち込む。丸太が僅かに後ろに押され軋みをあげるなか、続け様左右の衝撃。一瞬で放ったのは上段蹴り。まるで二撃同時に当たったかと錯覚するほどの鋭い蹴り。
半歩後退。一瞬時間が止まったかのような静寂の後、
「――――――――」
気付けば丸太の上部が破裂。すでに信長の右拳は振り抜かれていた。ここに誰かが居合わせたなら、まるで時間が飛んだように思えただろう。
丸太の裂け目から拳を抜いて、信長は憂鬱げにため息をついた。
「やっぱり相手がいないと面白くないなぁ」
戦国時代よりこの箱庭に召喚された少年、織田 三郎 信長はここしばらくの平穏に明らかに鬱憤を溜めていた。
現世で暇を持て余した信長が黒ウサギ達からの招待に応じてこの箱庭にやってきて早幾日。目に入る全てが未知のものであった彼にとって、ここが極楽浄土かと思うほど日々を楽しんでいた。しかし、一度世界に飽きた人間が毎日満足出来るような刺激などいくら箱庭といえどありはしなかった。
《ペルセウス》とのいざこざ以降、どうにも歯応えのある出来事が無い。街で見かける簡単な遊戯も最初こそ楽しかったが、やはり
鬱憤晴らしに体を動かそうかとこうして適当な丸太を殴ってみるが、やはり気は晴れない。どころか余計に増した気がする。
刀でもあれば違うか、と考えるも同じことだとすぐさま自己否定。
そも、信長にとって刀の有無以前に剣術に流派などなく、同じく弓も槍もそして無手も、技という技など持たない。
体は鍛えていた。研鑽を積んでいなかったわけではない。しかし技を編み出し、磨く必要はなかった。だがそれも少し考えればそれは当然のことである。
なにせ彼は、何もしなくても誰よりも強かったのだから。
剣は斬るもの。槍は貫くもの。弓は射抜くもの。拳は敵を砕くもの。
信長にとって武とは、敵を討ち倒す手段。ただそれだけでしかない。故に敵にその刃が届かなくては意味が無い。
確かに優れた技は存在する。しかし実戦でそれを使う場面は果たして何度あるのか。一度敗れればそれで死ぬかもしれない戦場で果たしてその機会は巡ってくるのか。たとえその機会に幸運に恵まれたとして、それを満足な条件で繰り出せるものか。そも、その技を相手に知られていたとき辿る末路は敗北しかない。信長はそんなふうに考えてしまう。
実際は、武術とは幾通りの手札を揃え、たとえ知られていても相手に刃を届かせる試行錯誤を含めて『技』と呼ぶのだが。
なんにせよ、かつての世界では誰よりも強かった男が誰かに教えを請うことなどあろうはずがなかったわけだが。
「信長?」
呼ばれて半身振り返る。振り返った先に立っていたのはどこまでも澄み切った綺麗な瞳でこちらを見つめる信長と同じ異邦者、春日部 耀と、こちらは耀よりもずっと小さな女の子、狐耳と尻尾を忙しなく動かす割烹着姿の獣人、年長組筆頭であるリリだった。
「おはよー。耀ちゃんにリリちゃん」
「おはよー」
「おはようございます! 信長様!」
ぬぼーっとした相変わらずの調子の耀。それとは対照的に小さな体を目一杯使って元気よく挨拶を返してくるリリ。どちらも可愛いな、と信長の心が癒やされる。
「ふたりともこんなところにどうしたの?」
このふたりはコミュニティ内でも信長同様に比較的朝が早い組だ。しかしこんな朝早くにこんな場所にやってくる理由はわからない。
ちなみに、朝に弱いのは飛鳥。遅いのは十六夜である。
「えと、飛鳥様の朝食にハーブティーを淹れて差し上げたくて!」
耳をパタパタ。彼女の気張り様を表している部位である。
信長はリリの視線を追って、見つける。裏手の一部にちょこんとある菜園を。
植物の知識に疎い信長にはその草花の種類はわからないが、リリ達の目的がそれであることは見て理解出来た。
「『はーぶてぃー』ってお茶のことだっけ?」
信長はリリに質問する。どうやら召喚された者の中では最も無知らしい信長だが、元より未知のことに対して貪欲な為、最近ではどんどん知識を蓄えている。
「はい! すっごく良い香りがするんですよ!」
「へえ……」感心して唸る信長は「なら後で僕にも淹れてくれる?」
「喜んで!」
正に花が咲いたようなリリの嬉しそうな笑顔。対照的に、にへらとだらしのない信長の笑顔。
しかしふたりの雰囲気は決して悪くはなく、和やかな空気が流れていた。
「信長とリリは仲がいいね?」
若干蚊帳の外であることに悲しみを抱きつつ、妙に仲の良いふたりに疑問の眼差しを向ける。それに対して突然焦りだしたのはリリだった。リリをはじめとした子供達は、常日頃から黒ウサギにコミュニティ内での上下関係というものを大切にするよう言い聞かせられている。それというのも信長達の誰もがそういったことに頓着しないからだった。
だから、耀の指摘にリリはてっきり無礼をしてしまったのではないかと思ったのだ。実際はただの興味から出た質問なのだが。
慌てふためいているリリに返答の余裕はなく、代わりに信長がだらしない顔のまま答えた。
「うん。なにせひとつ屋根の下で、同じふとんで寝てるからねー」
「!?」
「の、信長様!!?」
表情の変化が乏しいと思われていた耀の反応は驚天動地とばかりに硬直し、一方リリは顔を真っ赤にして先ほどまでとは違う理由であわあわと困惑していた。
信長の言葉に嘘はない。召喚された者の中で信長だけが唯一、本館ではなく子供達と一緒の別館で寝起きしている。本来ならコミュニティの稼ぎ頭にして花形であるプレイヤーには相応の権利として個室が割り当てられる。実際他の三名はそういった対応を受けているし、黒ウサギは信長にも部屋を用意してくれた。しかし、雑魚寝の方が落ち着くのだという信長の我儘に、黒ウサギの方が渋々と要求を飲んだのである。それでもあくまで一時的に、という条件付きで。
硬直から立ち直った耀はリリの手をとる。
「え? あの、耀様……?」
「行こうリリ。黒ウサギにちゃんと相談しないと。このままだと私達のコミュニティで取り返しのつかない犯罪が起きる。絶対」
「うわー。なんか耀ちゃんの僕を見る目が凄い据わってて怖い」
「の――――信長様! 後でハーブティーお持ちしますぅぅぅ!!」
半ば誘拐事件の如くその場を去っていくふたりに呑気に手を振って別れを終える。
ふたりの姿が完全に見えなくなってから、信長の意識は再び菜園へと向けられる。とある夜、仲良くなったリリが話してくれたことを思い出した。
ノーネームが魔王に滅ぼされる前、ここには大きな農園があったらしい。そしてその農園の管理者こそリリの母親であると。
しかし魔王によって作物は根こそぎ死に絶え、大地は殺され、リリの母もまた他のメンバー同様魔王に連れ去られてしまったらしい。
黒ウサギの話では死に絶えた大地を蘇らせるには強力な恩恵が必要とのこと。
「無理じゃないってのが凄い話しだけど」
あの夜、懸命に泣くのを耐えながら話してくれた少女の姿を想起する。次いで、瑞々しい土の上で泥だらけになりながらはしゃぐコミュニティの子供達の光景を幻視する。
「……あそこが元に戻ったら、みんな喜んでくれるかなぁ」
そのぼやきにそれほど大した思いはこめられていなかった。ただ、思いついたことがそのまま言の葉になった口から零れてしまっただけのこと。故に、なんとかするあてもなければ、そのあてをわざわざ探すことも無い。
「さて、と」
しばし菜園を眺めていた信長はしゃがんでいた体勢からすっくと立ち上がる。
天幕の向こうで陽も充分昇った。先ほど耀達は飛鳥のもとへ行くと言っていたのを覚えていたので、ならばと信長は十六夜とジンを起こしに行こうと思い立つ。ふたりはここ最近朝までずっと地下の書庫に入り浸っている。どうせ今朝もそこだろうとあたりをつけて、信長は草履を履いた足を踏み出すのだった。
★
「ジン君生きてる?」
返事がない。ただの屍のようだ。
寝起きの側頭部に三回転してぶっ飛ぶほどの威力の飛び膝蹴りを喰らえばそうなるのも仕方がない。
事の始まりは信長が十六夜とジンを探しに地下の書庫にやってきたことに遡る。案の定調べ事をしてそのまま寝落ちしているふたりを見つけたまではよかったが、あまりにも気持ち良さそうに寝ているものだから起こすのが憚られた。信長にしてはかなり珍しいこの気の遣いがジンにとって不幸を呼ぶ。
とりあえず起こすのを保留にして信長が適当な本をパラパラと読んでいたところに新たな入室者が現れる。先ほど別れた耀とリリに加えて今は赤いドレスを着こなす少女、久遠 飛鳥がいた。
妙に浮足立った彼女は書庫の机に突っ伏して寝ている十六夜とジンを見るなり飛び膝蹴りをぶちかます。一瞬早く目覚めていた十六夜はそれに気付くと隣で寝ていた小柄な少年の首根っこをむんずと掴むと、躊躇いもなく盾にした。後の惨事は先ほど述べた通りである。
「お嬢様、寝起きにシャイニングウィザードは止めとけ。俺は頑丈だが御チビは命に関わる」
「盾にしたのは十六夜さんですよね!?」
しれっと言い放つ十六夜に意外に早く復活したジンが猛抗議する。
「いいなージン君、飛鳥ちゃんに蹴ってもらえて。どうだった? 可愛い女の子に膝蹴りされてみて?」
「信長さんはなにを言ってるんですか!!?」
「五月蝿いぞ御チビ」
信長的には本心から羨ましがっているわけだが。
ノーネームにおいてツッコミ気質の性なのか、意外な頑丈さを発揮するジンを十六夜は五月蝿いの一言で理不尽に気絶させる。理不尽である。はたして、蹴った当の本人である飛鳥はまるで気にした様子はなく、信長と十六夜に一通の手紙を見せる。
どれ、と手紙を読む。双女神の封蝋ということは、この手紙は白夜叉からのものだとわかる。手紙の内容は北と東の階層支配者による共同祭典――――《火龍生誕祭》への招待状だった。
リリが言うにはこの生誕祭というのは、北の鬼種や精霊達が作る工芸品の展覧会及び批評会が主だが、他にも様々な遊戯の開催が行われる大祭なのだそうだ。
話を聞くなり俄然気持ちが昂揚してきたらしい十六夜達。
「北? 北に行くって本気ですか皆さん!?」
「本当に頑丈だね、ジン君」
手加減していたとはいえ十六夜の一撃からこれほど早く意識を取り戻したジンに信長は呑気に感心する。一方でジンは決死の顔で首を横に振って十六夜達に訴えかけていた。
「駄目です! というか無理! 無理です!! コミュニティのどこにそんな蓄えがあると思ってるんですか!?」
今更語ることもないがノーネームは貧困コミュニティである。信長達の加入により幼い子供達を含めてまともに食べさせる程度には生活水準をあげることは出来るようになった。ここらの地域支配者に等しかったガルドのコミュニティを壊滅し、またペルセウスを打倒した信長達ではあるが、未だ充分な蓄えが出来るほどの収入は得られていないのである。
またこのときの信長達は知らなかったが、別の地区に行く場合使用される境界門にはそれなりの通行料が必要となる。それをポンと払えるほどの貯蓄は無いのだとジンは訴えていた。
「諦めて下さい。だから僕達は皆さんに北の大祭を秘密にして――――あっ」
しまったというジンの顔。秘密? と致命的な失言を耳聡く聞きつけた十六夜達は一様に笑顔だった。ただ、その笑顔に温かさは感じられない。
「……そっか。こんな面白そうなお祭り秘密にされてたんだ。ぐすん」
「毎日毎日コミュニティの為に頑張ってるのに残念だわ。ぐすん」
「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」
耀、飛鳥、十六夜の順に明らかな嘘泣きで発言する。
これは非常にまずいと悟ったジンが最早藁にもすがる思いで目を向けたのは、唯一十六夜達のダイコン演技に付き合わなかった信長であった。
「い、いいんですか信長さん! 皆さんが勝手に抜け出したりしたら黒ウサギ達が悲しみますよ!?」
「黒ウサちゃんやレティシアちゃんが?」
常日頃から女の子の味方を自称する彼ならば、と一縷の望みをかける。せめて彼が味方になってくれれば十六夜達を食い止められるかもしれない。
望みを託した着流し姿の少年は、傾げていた首を戻して朗らかに微笑んだ。
「泣いてる黒ウサちゃん達も可愛いよね」
「お、怒るかもしれませんよ!?」
「怒ってる顔もきっと可愛いと思うんだぁ」
駄目だこの人は、と項垂れるジンだった。
「御チビは案内役で連れて行こう」
「え?」
そうこうしている内に話がまとまってしまったらしい。小柄とはいえジンの体を軽々と持ち上げて肩に担ぐ十六夜。次いで飛鳥と耀は、言葉を挟む事もできずひたすら狼狽えていた狐耳の少女を囲んだ。
「ではリリには黒ウサギ達に手紙を渡してもらおうかしら」
この問題児達を相手に少女に抵抗しろというのはあまりにも酷な話だった。
この約1時間後、逃げた十六夜達を捕まえられなければコミュニティを脱退するという脅しの文面と、二枚目三枚目の紙にびっしり綴られた黒ウサギとレティシアへの恋文、律儀に最後まで読んだ黒ウサギの絶叫が農園に響くのだった。
閲覧ありがとうございました。
>というわけで二巻スタートです。一巻では光を浴びれなかった女の子達といっぱい絡ませたいですが、とりあえず書きながら展開を考えるスタイルなので閃き任せ。一体どうなることやら私にもようわからんです。が、絡ませてみせる!頑張って!
ではでは二巻もよろしくお願いします。
>第二回!作者が初めて知った豆知識!(読まなくてもなんの問題なし)
一巻の時点で言い忘れていましたが、なぜ信長が三郎?と思った人もいるでしょう。調べた結果は彼が三男坊だからというめちゃくちゃそのままの理由でした。
ちなみに皆さんも聞き覚えのある上総介というのは受領地の名前らしいですよ。