シドと、そして、オレンに続いてルクスは町を駆け抜ける。
異国情緒溢れる風景はルクスの興味を引くが、今はそれどころではないとルクスは意識を前にいる二人の方へと戻す。と、前の二人の更に奥に門が見えてきた。
「村長!」
シドに気が付いた一人の男が声を上げる。門の上にいる彼に向かってシドは素早く尋ねる。
「ジンの奴はどこだ?」
「まだ来ていません! ですが、ジンのコントロールから外れたと思しき魔物が迫ってきています! ……来た!」
門番の彼が声を上げると門の向こうから獣の唸り声がした。
「俺たちが出る! お前たちは門をしっかり守ってくれ!」
「分かりました! ご武運を! ……開門!」
門番が叫ぶと、門に少し隙間が開く。
「行くぜ、オレン! ルクス!」
「おう!」
「ああ」
先陣を切って門の隙間に身を滑り込ませたシドに続き、オレンとルクスも門の外へとその体を動かす。
「これは……?」
ルクスの目の前には白い毛を蓄えた三匹の獣がいた。三人を確認した獣の魔物たちは口を大きく広げ、ルクスに向かって吠える。
「ルクス」
固まったルクスに向かってオレンがゆったりとした口調で話しかける。
「無理はするなよ。お前はまだペルトゥルに来て間もないんだ。ここの勝手が分からないのに無茶をすると危ない目に会う。それは避けた方がいい」
「……オレン、君の言う通りだ。確かに私はペルトゥルに来たばかり。そして、ここのルールで知っていることの方が少ない」
ルクスが手を振ると光を伴い、その手に一振りの剣が現れた。
「だが、助けを求めている人がいるのに逃げ出すことはできない。これはペルトゥルのルールにもあるか?」
驚いた表情を少し見せたオレンだったが、すぐに表情を明るく自信があるものに変える。
「あるさ! 全く……いい奴だな、お前は」
オレンは肩の近くまで右手を持っていき、そこから一気に斜めに振り下ろすと彼の手にもまた剣が現れた。
「それじゃあ、行こうぜ!」
二人は狼の魔物たちと睨み合っているシドの隣に移動する。
「来たか。……ルクス、お前さんはさっき俺が言ったアビリティと魔法の使い方を覚えているか?」
ルクスは頷く。それを横目で確かめたシドはニヤリと笑い、手に持っていたウォーハンマーを構え直す。
「練習なしで、いきなり実戦になるがオレンがお前さんをサポートする。思い切ってやれ!」
シドはルクスにそう言い残すと、先頭にいた狼の魔物の鼻先にウォーハンマーで打撃を加える。キャンと鳴いた魔物は後ろに向かって逃げ出し、シドはそれを追いかける。一匹の魔物を追ったシドに続くように残された魔物の内の一匹がシドを後ろから追いかける。
「シド!」
ルクスはシドの名前を呼ぶが、シドは振り返ることもなく林の中へと消えていく。
「ルクス! 親父なら大丈夫だ! 今は目の前の魔物に集中しろ!」
「あ、ああ。済まない」
オレンに促され、ルクスは目線を目の前に残った一匹の魔物に集中させる。
「いいか? アイツは“シルバリオ”って呼ばれる魔物だ。一匹一匹は大したことはないが、群れでやってくると厄介な魔物」
「と、いうことは……」
「ああ、今がチャンスだ。群れじゃないシルバリオなら簡単に倒せる」
シルバリオはルクスとオレンに唸り声を上げる。
貴様らを喰い殺してやる。唸り声がそう言っている。ルクスは剣を構え直し、息を整える。目を見開いたルクスはシルバリオに向かって声をあげた。
「ヤァアアア!」
しかし、これは彼にとって初めての実戦。そのことがルクスの剣を鈍らせた。彼の愚直で真っ直ぐな動きは、厳しい生存競争の中に常に晒されているシルバリオにとって格好の獲物だ。ルクスの剣を易々と避けたシルバリオは、その牙を向きだしてルクスの左腕に向かって飛び掛かる。
「ファイア!」
火の塊がルクスに迫っていたシルバリオを吹き飛ばす。
「ルクス! 行け!」
オレンだ。彼の使う魔法がシルバリオの牙からルクスを守った。
彼に一つ頷いたルクスは剣を腰に構える。
「ハッ!」
立ち上がったシルバリオに肉薄したルクスは溜めた力を一気に開放する。
「強切り!」
アビリティ:強切り。敵に向かって構えた武器を力の限り振り下ろすという単純な攻撃ではあるが、その威力はシルバリオを屠るのに十分過ぎるものであった。
ルクスの剣は寸分狂わずシルバリオの体を捉える。最期に一声泣いたシルバリオは地に伏し、その体を霞みに変えていった。
「やったな! ルクス!」
ペルトゥルに来て初めての実戦。ルクスが思い描く理想の戦闘はできなかったものの、この経験は彼にとって活きた経験となった。
ルクスの頭の中にファンファーレが流れる。
興奮冷めやらぬ様子でルクスが周りを見渡すと、オレンと目が合った。
「おいおい、大丈夫かよ、ルクス? ケガはないよな?」
「ああ、君のお陰だ。シルバリオに君が魔法を当ててくれなければ、私はこうして五体満足でいることができなかっただろう。ありがとう、オレン」
「そう畏まらなくてもいいって。“仲間は助ける”。お前がペルトゥルに来る前にいた所ではないルールだった?」
「いや、そのルールはあった。……そうか、仲間か」
「おう! カズスの村のために体を張ってくれる。そんなお前が仲間じゃないなんて言う奴はこの村にはいねーよ」
“仲間”という言葉を噛みしめるように呟くルクスにオレンは眩しい笑顔を見せる。
「フン。どうせ、そいつもどこかの光の選者のようにすぐに逃げ出すさ」
声が聞こえた。その方向にルクスは振り返る。
「君は……」
振り返った先にいたのは、ペルトゥルに着いた直後に自分を導いてくれた女性だった。
彼女は立っているカズスの村を守る門の上から地面に向かって飛び降りる。優雅で洗練された彼女の動きからルクスは彼女が一流の武芸者であることを読み取った。
彼女は立ち上がりながら冷たい視線をルクスへと向ける。
「おい、アリス! そんな言い方はないだろうが! コイツは逃げ出したりするような奴じゃない!」
「どうだか」
アリスと呼ばれた女はルクスを見遣る。
「あの程度の魔物に手古摺るような光の選者では、ペルトゥルではすぐ死ぬ。それか……逃げ出すか、だな」
「アリス。お前、バズのおっさんのこと……」
「その名前を私がいる場所で口にするな」
静かに、だが、確かに怒りを感じることができる声色でアリスはオレンの言葉を遮る。アリスの迫力にオレンは言葉を失う。
「奴は光の選者でありながら、その使命から逃げ出した臆病者だ。虫唾が走る。そして、他の光の選者どもも奴と同じように自分の身が危険に晒されたら逃げ出すのさ。結局、身に降りかかる火の粉は自分の手で払わなければならない。ジンはカズスの村の者で止める。いいな、オレン?」
「ジンという人物を止めることを手伝おう」
二人に背を向けて歩き出していたアリスの背に向けてルクスは声をあげた。アリスの歩みが止まる。肩越しにルクスを見遣りながらアリスは目を細めた。
「お前は話を聞いていなかったのか? ジンの不始末はカズスの村の者がつけると言っているんだ。お前は関係ない」
「確かに、私は関係ないかもしれない。だが、困っている人を見て手を差し伸べるのは私にとって自然なことだ」
「そうやって、お前の偽善に付き合わせた挙句に逃げ出すのだろう? ……もう私は光の選者には期待しない」
「待ってくれ!」
ルクスの声を無視し、金色の髪を揺らしながらアリスは森の中へと歩みを進め、その姿を晦ました。
「ルクス、すまねぇな。あいつ、アリスっていうんだが……おい! アリスを追いかけるなって! こういう時、あいつの機嫌はなかなか直らねーんだから!」
「しかし……」
「あいつなら心配いらねぇよ。カズスの村でも5本の指に入るほどに強い奴だぜ」
「む? そうか」
ルクスは口を噤み、そして、オレンを正面から見る。
「オレン」
「何?」
「アリスという人物について教えてくれ。そして、なぜ、彼女が光の選者を嫌うようになったのかをシドを追う道中に聞かせて欲しい」
「りょーかい」
二人はアリスの後に続いて森へと足を踏み入れた。
「昔さ、この大陸は魔物の軍勢と戦っていたんだ。その中で、アリスが住んでいた村が襲われた」
「アリスはカズス村の出身では……」
「じゃない。アリスはここから北にしばらく行った所にあったウルの村の出身だ」
森の中へ足を踏み入れた二人を魔物、ゴブリンが襲う。それらを剣、または、魔法で迎撃しながら二人は森の奥へ奥へと進んでいく。
「魔物に襲われたウルの村を救ったのが光の選者の一団、“プラウド・クラッド”。そのリーダーだったのが“バズ”っていう光の選者。親父の昔馴染みで一緒に旅をしたこともあったらしい。いい人だったよ」
「いい人……だった?」
「ああ。バズのおっさんはいなくなったんだ。魔物との戦いが一番激しい時期に姿を晦ました」
「それで、アリスは戦いから逃げ出したバズを、そして、彼と同じ光の選者を憎んでいるということか」
「そうなる。自分の命の恩人だったバズのおっさんが急にいなくなったんだ。アリスにとっちゃ、憧れ余って憎さ百倍ってとこだろうな」
オレンは肩を竦めながら、頭上から襲い掛かってきた鳥の魔物、ルフに魔法:エアロを当てる。
「そんな訳でアリスは光の選者のことが嫌いな訳さ」
「しかし、そのバズという光の選者はなぜ逃げ出したんだ?」
「それは分からない」
オレンは肩を落とし、悲しそうな顔を見せた。会って時間はほとんど経っていないものの、オレンは明るく面倒見のいい人だと思っていたルクスは予想だにしないオレンの顔付きに思わず表情を引き締める。
「はっきりしたことはバズのおっさんにしか分からない」
「それは、そうだが……」
オレンは何も言わず、森の中を進んでいく。話の続きを聞きたい気持ちもあるが、今のオレンに聞くのは少し躊躇われる。
ルクスは横目でオレンを観察する。
察するに、アリスだけではなくオレンもまたバズという人物のことを敬愛していたのだろう。バズを信じたい気持ちがあり彼の不可解な行動、魔物との激化した戦いの途中で姿を消したことを信じられない、信じたくないと思っている。
そう当たりを付けたルクスは口を閉ざすしかなかった。異邦人である自分はオレンのこと所か、この世界、ペルトゥルの常識すらも知っていることが少ない。そのような自分が苦し気に顔を歪めた彼にどんな言葉を掛けることができるのだろうか?
思考に沈んでいたルクスの顔に光が差した。
「親父!」
「おう、オレン。ルクスも怪我はないみたいだな」
「シド、そちらこそ無事で何よりだ」
森を抜けた先に待っていたのはシドだった。ウォーハンマーを肩に携えたシドはルクスに笑いかける。
「ルクス。アリスに嫌われたみたいだな」
「ああ」
「気にすんな。アイツは素直な態度を取るのが苦手な奴でな。好意の裏返しって奴だ」
「そうなのか?」
「違う! 村長も揶揄わないでください」
シドの後ろから出てきたアリスはルクスを睨みつける。
「村長がお前に協力しろと言った。だが、お前が使い物にならないと私が判断したら魔物の餌にしてやるから気を引き締めていろ」
「ああ」
自分の脅しにも怯まず、堂々としたルクスの態度にアリスは眉を顰める。心底、気に食わない。感情がありありと表に出ているアリスは手を腰に当て、大きく溜息をついた。
「早く準備しろ。ジンを止めるのは早い方がいいからな」
「準備?」
「知らないのか? 思っていた以上に愚鈍な奴だな、お前は」
顔を顰めるアリスをシドが宥める。
「そう言うな、アリス。ルクスはペルトゥルに来てからほとんど経っていないんだからよ」
アリスからルクスへと視線を移したシドは体を移動させ、自分の後ろにあったクリスタルをルクスから見えるようにした。薄緑色に発光した人の背丈ほどの大きさのクリスタル。その光が4人を優しく照らしている。
「ルクス。お前さんのクリスタルツールをこのクリスタルに翳してみろ。そうすりゃ、モーグリに会える」
「モーグリに会うよりもその“ジン”という人物を追った方がいいのではないか?」
「いや、モーグリと光の選者が会う空間はここに比べて時間がゆっくり流れているらしくてな。お前さんがモーグリと話し込んでもこっちじゃあっという間だ」
「そういうことか。なら……」
ルクスが右手に意識を集中するとクリスタルツールが光を伴ってその手に現れた。それをそのまま目の前のクリスタルに翳すと、クリスタルツールの画面に光が点り、文字列が現れていく。
『ADMIT:CRYSTAL』
クリスタルツールから放たれた一筋の光がルクスとクリスタルとを繋ぐ。意識が薄緑色の渦に巻き込まれていく感覚を感じたルクスは思わず目を閉じる。
「ここは“クレイドル”」
前方から聞こえた声に反応し、ルクスは目を開けた。
「ルクス、君のクリスタルツール、つまり、心の中の場所の一つクポ」
無機質な白い空間。約25mの立方体の中の中心に浮かんでいたのは、ここに来る前に会ったモーグリ、シャインだった。
Tips
アリス・シュイゼンバーン
⇒青い鎧を着込んだ金髪のロングヘアーの女性。幼い頃に住んでいた村をカオスの軍団に襲われた過去を持つ。そして、カオスの軍団の兵に襲われていた幼いアリスを助けたのが、後に養父となった光の選者のバズである。
自分に何も言わず、カズスの村が大変な時に、突然、姿を晦ましたバズを憎んでおり、バズと同じ光の選者も同様に憎んでいる。
クリスタル
⇒自然発生した魔力を帯びた鉱物。その力は多岐に渡り、ペルトゥルに生まれた人が持つクリスタルツールはクリスタルを加工して作ったもの。また、光の選者のみクリスタルに自分のクリスタルツールを翳すことで、自分の心的空間であるクレイドルに行くことができる。
その他にも、一度、クリスタルツールを翳して記憶したクリスタルの元にテレポすることができるようになる。