「見違えたな」
シドは頷き、ルクスに声を掛ける。
「ああ。シャイン……モーグリがよくしてくれた」
ルクスはその光景を思い出す。いわゆる、自腹を切るという行為は他の媒体でがめつい印象があったモーグリのイメージを払拭する効果があった。
「それだけ、モーグリの奴もお前さんに期待しているってことだろうな。ルクス、気を引き締めろよ」
「もちろんだ」
そう言って、静かに頷いたルクスの表情を見たシドは笑みを浮かべた。
「いい返事だ。オレン! アリス! そして、ルクス! これから、ジンを止めに行くが準備はいいな?」
「もちろんだ、親父!」
「はい、私はいつでも」
「ああ」
自分の周りに立っている三人を見回して、シドは踵を返す。
「んじゃ、行くぞ! てめぇら、遅れんなよ!」
+++
群れる魔物を斬り飛ばし、時には魔法で吹き飛ばしながら森を進んでいく。ルクスだけではなく、シド、アリス、オレンも多くの魔物たちを屠り、道を切り開いていく。
森を抜けた。目に映る景色の中で一番大きなものは城だ。古く荘厳な城。しかし、その城からは生き物の気配は全く感じ取ることはできない。昔に遺棄された城であるだろう。ルクスは城から、自分たちが今居る場所からそこへ繋がる道に視線を移す。
その先に居たのは頭から角が生えた一人の少年だった。
「ジン!」
シドが怒声をその少年に浴びせる。
ルクスは目を見開いた。まさか、今回の騒動、多くの魔物をコントロールしている犯人が年端もいかない少年だとは予想だにしていないことだった。
「シド。見てよ、ボクの力を。こんなにたくさんの魔物を操れるようになったんだ」
少年、ジンが手を広げるとこれまで戦ってきた魔物たちと同種類の魔物が彼の後ろにワラワラと群がってきている様子が見て取れた。
「操れてねーよ。お前のコントロールから外れた魔物がカズスに襲い掛かってきていたんだぞ」
「嘘だね! ボクの力に嫉妬してるんだろ、オレン!」
「嘘じゃねーし、嫉妬もしてない!」
「オレン。ジンの奴には何を言っても通じない。実力行使だ」
「ひぅ!」
「お前はなんでそう物騒なのかな、アリス?」
アリスが剣を振るうと、剣の先端に開けられた穴に風が入り、甲高い音を立てた。その音に慄くジンと呆れるオレン。今にもジンに斬りかかりそうなアリスを止めたのはシドの厳しくも優しい声だった。
「ジン、お前は凄い力を持っている。召喚士としての力はカズスの中でも一番だ。けどな! その力を好き勝手に使ったら周りの人が傷つく! 最悪、死ぬかもしれない! そのことは前も教えただろうが!」
「でも、けど、だって、ボクがやらなきゃ誰がティアマットを倒せるのさ!」
「ティアマットに手を出すなって俺はあの時、皆に言った。お前もそれを聞いていたよな?」
「聞いていた! けど、シドは何もしてくれないじゃないか! ボクの村を襲った魔物たちの親玉がティアマットなんだろ!? なら、あいつはボクの村の仇だ!」
シドの顔が一瞬、歪む。苦悩の色を映し出した彼であったが、すぐにその表情を無に戻したシドは有無を言わせない口調でジンに告げた。
「ジン、帰るぞ」
「嫌だ! ボクがティアマットを倒すんだ!」
「お前に何ができる!?」
一際、大きな声を出したシドの言葉は止まらない。
「あの日、俺たちは何もしなかった訳じゃねぇ! 俺たちはティアマットに挑んで、そして、負けた。だからこそ、ティアマットの力をよく知っている。その俺が言うんだ。お前じゃティアマットには勝てない! 絶対にだ!」
「やってみなきゃ分からないよ、そんなの!」
「分かってるんだよ! どれだけの魔物を引き連れようが、奴の牙は魔物を噛み殺す! 奴の爪は魔物を斬り殺す! 奴の
シドはそう言って、地面に目線を落とした。
「俺はお前を、お前たちを守る義務がある。だから、聞き分けてくれ。辛いだろうが……」
「うるさい! ボクは強いんだ! ティアマットなんかに負けない」
「黙って聞いていれば、ぐちぐちと」
沈黙を守っていたアリスが口を開いたと同時に回りの空気が変わった。並の者であるならば恐怖を感じる今のアリスの雰囲気は、触れたら斬られるとルクスが確信するほど剣呑としたものであった。
しかし、ジンはアリスを逆に睨み返す。どうやら、ジンも精神的に強い者であるらしい。とはいえ、震えている。無理もないことだ。まだ幼い少年にとって、魔物との戦いで日々、修羅場を潜り抜けてきた者の醸し出す空気は冬の空気以上に冷たく、息がし難いものだ。アリスが目線を緩めると、ジンは大きく息を吐いた。
「分かっただろう? 今のお前ではティアマットはおろか、私ですら相手にできない」
「……それはどうかな?」
確かに、少年の心構えは未熟であった。アリスの気に中てられたジンであったが、未熟である故に、彼は蛮勇を備えていた。
「ボクが何の手もなくティアマットへ戦いに行くと思うかい? 違うよ! ボクは奴に“勝てる”と思ったから魔物を集めたんだ!」
ここで、彼が取った策は愚かとしか言い様がない。自分の力を過信し、周りを省みず、思うまま行動する。先ほどのシドの注意が無駄になった。
「来い!」
ジンは自らの手に持つクリスタルツールを空に掲げる。クリスタルツールの画面が光り、そこから空に向かって茶色の光の線が刻み込まれるように幾度も輝いた。
茶色の光が形作るのは魔法陣。
「“タイタン”!」
空間に円状に刻まれた魔法陣が一際強く輝くと、ルクスたちの足元が揺れた。
すぐに体勢を立て直したルクスが顔を上げると、一人の大男と目が合った。いや、一人の“男”と定義するのは間違いである。その存在は人より上位の存在。神の領域に達した存在、蛮神と呼ばれた時代もあった。
「……召喚獣」
オレンの呟きは魔法陣より顕現した土の召喚獣、タイタンの咆哮により飛ばされた。人の二倍程度の大きさでしかないタイタンであったが、ルクスにとって、その姿は実際よりも大きく見えた。
「どうして、ジンがタイタンのメモリアを!?」
「……ジンの親の形見だ。この前のジンの誕生日に俺がアイツに渡した。正しく使ってくれるって信じてな」
「村長! ジンはまだ子どもです。幼いジンにメモリアを渡すなどあってはならないことです!」
アリスとシドを見つめていたルクスは視線を正面に戻し、剣を抜いた。
「二人とも話は後だ。来る!」
アリスとシドがルクスの声でタイタンに注意を向けた瞬間、タイタンは両の拳を地面に叩きつけた。
「レビテガ!」
シドが魔法を唱える。
レビテガ。浮遊呪文、レビテトの上位魔法で、魔法発動者の周りの者に効果を及ぼす魔法だ。その効果は対象を地面から浮かせる効果を持つ。本来は、沼や火山を抜けるなど足場が悪い時に使う魔法であるが、今回のタイタンが放った“アースシェイカー”を飛んで無効化するという変則的な使い方もできる魔法である。
「GUOOOO!」
しかしながら、タイタンは地面を揺らす攻撃しかしない訳ではない。自身の攻撃が避けられたと知ったタイタンは、すぐさま、ルクスに駆け寄る。
クラッシュダウン。固い巨体を使った圧し潰す攻撃。単純だが、素早く繰り出すことができ強力な威力を誇る攻撃だ。
自分に迫る巨体。それを見据え、ルクスは自分の
「GUOOOO!」
「ハァアアア!」
タイタンの影がルクスに覆いかぶさろうとした瞬間、ルクスの持つ剣の輝きがタイタンに向かって煌めいた。
「セインクロス!」
横薙ぎに一閃。光に押し返されたタイタンの目に映ったのは自分に迫るもう一つの光の線だった。
セインクロスは光属性の単体攻撃。しかし、その攻撃は二連続攻撃である。まずは横に一回、そして、縦にもう一回、剣を振るい祈りを捧げることで、このアビリティは完成する。
「GUoooo……」
ふらつき、後ろへと下がるタイタン。しかし、その目からは闘志は消えていない。そのことに気がついたルクスの思考は『失敗した』という文言で埋め尽くされた。自分がアビリティを使うことを見越した他の三人は自分とタイタンから距離を取っている。そして、その三人が自分を助けるために魔法やアビリティを使うには少し遅い。更に、自分は先ほどのセインクロスで魔力を全て消費した。
つまり、タイタンから矢継ぎ早に繰り出された次の攻撃を防ぐ術はない。
咄嗟に剣を構えて防御の体勢を取ったルクスを襲ったタイタンの拳は、ルクスを軽々と空へと持ち上げる。シドやオレンの声が遠くに聞こえたが、その声はノイズが掛かっていてどうも聞き取ることができなかった。しかし、彼らに続いて聞こえたアリスの『嫌だ』という喪失感が溢れる声はルクスの耳に響いた。
私は死なないさ。
そうニヒルに心の中で呟いたルクスは目を閉じ、タイタンに打ち上げられた体が地面に叩きつけられた衝撃で意識までもを手放したのだった。
Tips
ジン・バイキング
⇒頭に角が生えた12歳の少年。アリスと同じ村の出身であり、彼女と同じように村が壊滅状態に陥った後、バズに引き取られてカズスの村で育った。アリスとは違い、バズをそれほど憎んでいないが、自分たちの村を襲ったカオスの軍勢を憎んでいる。
ティアマット
⇒シドが治めるカズスの村がある大陸、プルヴァマにいる“カオスの四神”の内の一柱。アリスやジンの村を襲ったカオスの軍団の長であり、プルヴァマに魔物がはびこる原因はティアマットが持つ魔物を創る能力にあると言われている。